読書記録:日付順にさらさらと書きながしていきます。
ただ日付はついてるけど、すぐに古くなるような内容にはしてません。過去分も読んでみてください
現代において小説を読む意味はうんちゃらかんちゃらなんて話興味ないよなー。マイナー趣味のおタクが斜陽の自分の趣味を自己弁護するみたいで。
だから、楽しけりゃいいじゃん、といったところでジム・トンプスンの出番はいかがでしょう(かなり無理やりか)。こいつは長さもほどいいし、ストーリーも最後にちょっとだらけるけどそこまではスムーズに流れていうことなし。移動中の暇つぶしには最適でしょう。移動距離に応じて長かったら、ゲッタウェイでどうぞ。それにしてもこういう話から現代社会の闇をとか、資本主義の矛盾がなんて解説、ヒマにも程があるよなー。
それにしてもジムトンプスンなんてマイナーな作家の本も気軽に手に入って読める今の日本の現状も幸せっちゃ幸せで豊かなんだねぇ。
先頭に戻るサガンなんていい加減全作品読んでそうなもんだけど、未読ものってあるもんだ。
サガンの最近の作品では「戦争モノ」なんていまいちだらけていただけないけど、これはいつもながらのフランソサーズ・恋愛・サガンもので、悲しみよこんにちわなんかが好きな人が安心してひまつぶしに読むには最適かと。それにしても最後まで30分くらいじゃひまつぶしにならないか。
ローランスは頭はいいが、機知はない。金づかいは荒いが、気前のいい鷹揚さはない。美しいが魅力はない。献身的だがやさしさはない。機敏だが生き生きしていない。人を羨むが自らの願望はない。彼女は、人を中傷するが憎しみは持っていない。自尊心は強いが誇りはない。親しげだがあたたかさがない。感受性は強いが傷つくことはない。彼女は子供っぽいが純真さがない、愚痴を言うがあきらめはしない。高価な服を着ているがエレガンスがない、ヒステリックだが怒りはない。彼女は率直だが誠実ではない、臆病だが恐れをしらない。そして情熱はあるが、愛がないのだ。
で、つづけてお奨めするのはゲッタウェイのジム・トンプスンものだったりして。
先頭に戻る年末になって少しひまができたんで、ここでも更新しますか。
まぁ面白い本を読んでないわけでもないんだけど、おもわず更新したくなるほどの本って最近なかなかないもので。トシとると眼高手低でやだよねー。こういうときは動物行動学の定番もので。何回読んでもほのぼのして、カラスを見る目が変わるから不思議。それにしても宝石魚のえさを食べながら子供をくわえるエピソードは忘れようったって忘れられない。今回は別のところを引用して
オオカミ系のイヌは、たった一人の主人に完全にそして永久に従っているか、それとも真の主人を見出せず、あるいは主人を失って、だれのものでもなくなるか、そのどちらかなのだ。後者の場合、彼は「ネコになってしまう」。つまり、深い精神的に結びつきを生じることもなく、ただ人間のそばで生きてゆくだけなのである。北アメリカのそりイヌは、大部分こういう状態にある。ジャック・ロンドンのような人があらわれてそれを理解し、解明してくれなかったならば、彼らの深い精神的価値はけっしてくみとられることはなかったであろう。
で、つづけてジャックロンドンでどうぞ。
先頭に戻るゲイリー・ギルモアの殺人事件を弟、マイケル・ギルモア(ローリングストーンズ誌の執筆者)が書いたノンフィクション。たぶん若い頃に読んだらもっと同情的な部分も多かっただろうし、ある意味では作者(殺人者の弟)には共感したりもしたかもしれない。
でもある程度歳をとってくると、この本みたいに、何回も犯罪や殺人を犯すような原因やその他の兄弟の人生のいろいろな問題を過度に、育った家庭、環境、宗教に起因するという「言い訳」を長々読ませられるとうんざりするのも事実だったりする。もっと人生で自分の意志が反映される部分が大きくてしかるべきじゃないかと。
といいながらも最後までちゃんと読ませる良質なノンフィクションであるわけだが。
先頭に戻る僕は何年ものあいだ頭に血を上らせないようにできるだけ鈍感になるようにと心がけてきた。多くの人々からずいぶんいろんなことを言われたが、かれらの口にした台詞やジョークは往々にして、ご当人の知性と品性を疑わせるものだった。その手のことを耳にするたびに、僕の中で何かがさっと身をすくめた。もう死んでしまったろくでなくの殺人犯の弟であるというだけで、世の中の人々は僕のことを忘れてはくれないし、赦してもくれないのだ。僕にはそう思えた。処罰を受けた後の余波を乗り越えていきていくのがどういうことなのか、僕はいささかを学んだ。生き残った身内の一人としてその処罰の負担と遺産の一部を引き受けていかなくてはならないのだ。人々はもうゲイリー・ギルモアを罵ったり傷つけたりはできない。しかしあなたが彼の弟であるというだけの理由で、たとえ似たところがまったくなかったとしても、人々はあなたを標的にすることができる。
歴史は現代から過去へとさかのぼって教えるべき派だけど、この本は20世紀の歴史をコンパクトに網羅してて読んでて面白い。
ふだんは歴史モノっていうだけで老後の楽しみとかで、今の読書リストからはずしたりもするが、こういう網羅的な本は読んでおかないとね。
今につながる議論で過去の経緯が必要なものは結構あるものだし
自国の小農民にたいする膨大な補助金を維持するために戦った。それは、農民が決定的な票を握っているからだけでなく、いかに非能率あるいは非競争的であるにせよ、小農的農業の破壊は自国の風景、伝統、国民性の一部の破壊を意味すると心から感じているからであった。(略)経済的な議論がどうであれ、人生には保護しておかなければならないものがある。シャルトルの大聖堂やタージマハールを壊して、その跡地に高級ホテル、商店街、会議センターを建てれば、現在の観光客の往来よりも国のGNPに大きな純益の増加をもたらすということを、まじめに考慮する政府があるだろうか。
ひきつづいて「長い19世紀」でしょうか?
先頭に戻る例のアクセルロッド本への言及もふくめてよくとりまとまっている本。宗教やイデオロギーでではなく、どうやって社会を導いていくかの一つの指針となる。
賢い利己主義ねぇ、現実的でなかのQ&Aもふくめてなかなか読ませるところはあり。
で、結論部分あたりから
賢い利己主義者は知っています。戒律にとらわれないで楽しく利己的と目される行為も平気で実践し、同じように、見返りを期待せずに済む楽しい利他的な行為なら淡々と実践するのが、ほんとうの自由なのだ、と。
まぁ30年もいきてこればふつーにわかってることではあるわな。
先頭に戻るハルバースタムもどれか一冊といえば、やっぱり日本の日産がとりあげられてることもあるし、この本でしょうか。戦後の組合の経緯なんかもいろいろふれられていて、この人の本は全般にそうだけど、事実関係やかかれている事実の当時の状況での本当の重みづけはどうあれ(一例をあげれば、個人がクローズアップされすぎ)読ませるし納得させる。逆よりはずっといい、のかな。
日本の戦後史はけっきょく個々の産業の歴史だし、鉄→自動車とおさえておけばいいわけで、その次は結局なんなんでしょう? コンピュータも落ちた偶像っぽいし。
で、日産の組合とストライキ関係のところから引用を
栄光に満ちたストライキ時代の歳月、そして新生日本への情熱。あれほど嘱望された人間が、どうしてこんなに寂しく、失意の中でその生を終えてしまうのか、畑田には理解できなかった。畑田は思った。益田こそは、日本におけるドン・キホーテだった。夢少なき国の、夢多き人物だったのだ、と。
このドンキホーテの使い方も『ナボーコフのドンキホーテ講義』で指摘されている典型例だったりもするけど。
先頭に戻る