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Introduction

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はじめに

この本は、警官、やんちゃな天才ティーンエイジャー、弁護士、不愉快の目つきのアナーキスト、産業技術者、ヒッピー、ハイテク百万長者、ゲーム好き、コンピュータのセキュリティ専門家、シークレットサービス、そして詐欺師や盗人たちについての本だ。

この本は1990年代のエレクトリック・フロンティアについての本でもある。コンピュータで、電話線をめぐって起こった活動を取り扱っている。

あるSF作家が、1982年に「サイバースペース」という便利な言葉をつくりだした。しかし対象の領域、つまりエレクトロニック・フロンティアは130年ほど前に生まれている。サイバースペースは通話によって存在するように思われる「場所」だ。別に実際電話機の中に、机の上のプラスティクの機械の中にあるわけじゃない。別のどこかの都市の誰かの電話機の中にあるわけでもない。電話のあいだにその場所はある。どこともいえないようなその場所で、2人の人間が実際に出会って、コミュニケーションをとる。

たしかにその場所は、正確には「現実」ではないけれど、「サイバースペース」は実在する場所だ。その場所でおこる物事は、本当に現実の結果をもたらす。この「場所」は「現実」ではないが、重要であり、まじめに考えなければならない。何万人という人々が、電信電話による広大なコミュニケーションの公のサービスに一生をささげてきた。

何世代にもわたり、人々はこの「フロンティア」で働いてきた。ここで努力してリッチで著名になった人もいれば、ただ趣味で遊んでた人もいる。それを真面目に取り扱い、文章にする人もいれば、それを規制して、世界規模の会議で交渉し、お互いに訴えあって、何年にもわたって大々的に、大規模な法廷闘争をくりひろげた人もいた。そしてもちろん初めの頃から、この場所で犯罪を行うものもいた。

この20年で、かつては貧弱で暗い一次元的なこのエレクトロニックな「場所」が、電話と電話をつなぐ通話をするせまい管とほとんどかわらないようなものから、大きなビックリ箱のようにふたが開いて、光々としたコンピュータ・スクリーンの不気味な明かりが溢れ出してきた。この暗い電子的な闇の世界から、広大な電子光景が花開いたのだ。1960年代から、電話の世界はコンピュータやテレビと交配をくりかえしてきた。ただまだこれがサイバースペースだというものは、つまり手に取れるような「もの」は何もないが、一風かわった「もの」としての側面はもつようになった。サイバースペースを、その場所だけでとりあげて話をしようとするのは、今ではしごくもっともなことだろう。

なぜなら、今では人々はそこで暮らしているからだ。ほんのわずかな人、技術者や物好きな人が少しといったわけではない、大勢の全くふつうの人がである。ほんのわずかのあいだではなく、何時間もぶっとおしで、何週間も、何ヶ月も何年もである。サイバースペースは今では「ネット」であり「マトリックス」であり、国々をまたにかけ、急速かつ着実に成長している。それは、規模、富、政治的な重要性の点でも成長をつづけている。

人々は、現代のサイバースペースで全人生を過ごしている。科学者や技術者はむろんだ。彼らはもう20年もそこにいる。ただ、サイバースペースにはどんどんジャーナリスト、医者、弁護士、アーティスト、事務員がおしよせている。役人は今や、「オンライン」の政府の巨大データバンクで仕事をしている。産業スパイも、政治の世界のスパイも、たんなる情報屋でさえ同じだ。警察も、少なくともほんの一握りはそうだ。今では、そこに生きてる子供たちがいる。

人々はそこで出会い、結婚している。今日ではサイバースペースには、すべての生活上のコミュニティがある。話したり、ゴシップを交換したり、計画をたてたり、相談したり、いろいろ計画したり、ボイスメールや電子メールを互いに残したり、大きいが全く実際の重さはない、合法、非合法の重要なデータをやりとりしたりしている。せわしなくコンピュータのソフトウェアを互いにやりとりし、ときどきコンピュータウイルスに冒されたりしている。

どうやってサイバースペースで生きていけばいいかは、実はまだよくわかってない。みんなまごまごしながら、そこに足をふみいれている。ただべつにそれは驚くべきことではない。物理的な世界、いわゆる「現実の」世界の生活でさえ、もっと多くの経験がありながら、完璧からは程遠いのだから。人間の生活、現実の世界での生活は、もともと完璧なものではないし、サイバースペースにいるのも人間なのだ。みんながサイバースペースで暮らして行く方法は、現実の世界で暮らして行く方法を遊園地の不思議な家の鏡に映したようなものだ。いいこともあれば、トラブルにも巡り合うだろう。

この本は、サイバースペースでのトラブルについての本だ。特に、この本では1990年という年のある奇妙な出来事をとりあつかっている。その年は、コンピュータが広まりつつあるコミュニティが大きくなっていく世界での、かつてないおどろくべき年だった。

1990年には、違法なコンピュータ・ハッカーたちの全国的な取り締まりがあり、逮捕、起訴、ドラマティックな見せ物の裁判があり、いくつかの有罪の申し立てがあり、アメリカ中で大々的にデータと備品が押収された。

1990年のハッカーの取り締まりは、これまでのコンピュータ犯罪の全く新しい世界でのかつてのどんな奮闘よりも、より大規模で、きちんと組織化され、綿密に計画し、断固たるものだった。USシークレット・サービス、民間の電話会社のセキュリティ部門、州や地域の法律の執行するグループは、国中でみんなで力をあわせ、断固としてアメリカのエレクトロニック・アンダーグラウンドの力を弱める試みをした。魅惑的な試みだったが、複雑な結果をもたらした。

ハッカーの取り締まりは、また別のかつてなかったような効果をもたらした。コンピュータ・コミュニティの中の、エレクトリック・フロンティア財団の創設に拍車をかけたのだ。その財団は、新しいとてもかわった趣味をもつグループで、電子的な市民の特権を確立し保護することに熱烈にたずさわっている。取り締まりは、それ自体注目すべきものだが、電子犯罪、処罰、出版の自由、捜査と押収の問題についても大論争をまきおこした。政治がサイバースペースに介入してきたのだ。人々がいくところに、政治はついていく。

これはサイバースペースの人々についての物語である。


サイバースペースについて:
サイバースペースについての厳密なお話。白田 秀彰氏のサイトから。

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