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THE HACKER CRACKDOWN  Law and Disorder on the Electronic Frontier by Bruce Sterling  
A Brief History of Telephony

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電話の簡単な歴史

1990年の1月15日、 AT&Tの長距離電話の交換システムが故障した。

これは前代未聞の大きな出来事だった。6万人の電話が完全に不通になり、9時間にもわたる大急ぎの復旧の努力のあいだ、7000万台の電話が通じにくくなった。

電話業界では「不通」として知られているサービスの中断は、電話事業ではよく知られていて、まま起こりうる災害である。台風が来て電話線が何千本ときれたり、地震で埋設された光ファイバーケーブルがねじれたりする。交換機がおいてある場所が火事になって全焼する。そういうことはまあ起こりうることで、コンテンジェンシープランも用意されていて、それに対する何十年もの経験がある。しかし、1月15日の故障は前例のないものだった。信じられないほど大規模で、明らかになんら外的な要因によるものではなかった。

故障は月曜日の午後にマンハッタンのとある交換機で発生した。ただ外的な要因の故障とは違って、交換機から交換機へとじゅずつながりにアメリカ中へと広がり、 AT&Tのネットワークのほぼ半分近くが故障して、残りの半分もあふれた通話をつなごうとてんてこまいになった。

9時間で、 AT&Tのソフトウェアの技術者たちは、だいたい何が故障を引き起こしたのかを解明した。問題を正確に再現し、ソフトウェアを一行一行たんねんに調べるのに、まるまる二週間を要した。しかし技術的に理解するのは困難だったので、その出来事の全ての真実とそれが意味することは、広く徹底的に報道、説明されることはなく、その故障の原因はうわさと恐怖がとりまく中、あいまいにされた。

故障は社内にも深刻な困惑をもたらした。犯人は、AT&Tのソフトウェアの一つのバグだった。それは特に競争相手が増加しているような状況下で、長距離通信の大会社が認めたがるようなものではない。ただ真実は、説明が必要な不可解な技術用語で語られたのだ。

どちらにせよその説明では、アメリカの警察関係者や電話会社のセキュリティ担当者でさえ納得させられなかった。かれらは技術的なエキスパートだったり、ソフトウェアの天才というわけではないが、彼らなりにこの故障の原因について疑っていたからだ。

警察や電話会社のセキュリティ担当者は、単にソフトウェア技術者のせいではないという重要な情報源をもっていた。つまり彼らにはコンピュータのアンダーグラウンドに情報提供者がいて、だんだん洗練されていくようにみえるハイテク犯罪を何年もとりあつかってきた経験があった。そして何年ものあいだ、彼らはアメリカの電話システムに直接はげしい攻撃が行われることを予期してきた。あの1月15日の故障は、新たなハイテク90年代の最初の月に、彼らが予想し、恐れ、疑っていたことが、ついに現実の世界まで入り込んできたかのようだった。単に電話システムが故障したのではなく、まさにありそうなことだが、故障させられたのだ、そうハッカーによって。

故障は疑惑の大きな黒い雲をつくりだし、何ヶ月ものあいだ人々の根拠のない疑惑や行動に影響をあたえた。ソフトウェアの範疇でおこった事実が、なかなかそのままは信じてもらえなかった。マーティン・ルーサー・キングの記念日、アメリカの祭日でもっとも政治的にやっかいな日に故障がおこったことも事態を疑わしくした。

1月15日の故障はハッカーの追跡を勢いづかせ、またひどく急がせた。人々に、公的に権威のある立場の権力をもった人々に最悪の事態を想定させるようにしたのだ。そしてもっと致命的なことに、捜査官たちに過激な手段をとらせ、何もかも秘密にしておこうとさせた。

ニューヨークの古い交換機システムでのよくわからないソフトウェアの故障が、国中をまきこんだ法律、そして憲法上の問題の連鎖反応へとつながっていったのだ。

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