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THE HACKER CRACKDOWN  Law and Disorder on the Electronic Frontier by Bruce Sterling  Wild Boys and Wire Women

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やんちゃな少年たちと電話交換手の女性

電話会社は初期から、特に AT&T はアメリカ女性を積極的に雇用した。アメリカの中流階級の娘たちを大勢雇い入れ、その数は1891年には8000人、1946年にはほぼ25万人にものぼった。女性は電話の仕事を楽しんでいるように思われたし、尊敬されるまじめな仕事で、女性の仕事としては給料がよかった。そしてとりわけ、その仕事はコミュニティへの真の社会的な貢献であると思われていた。女性は、バイルの公共サービスという理想を好ましいものと考えたのだ。特に地方においてはそうだった。地方の女性の交換手たちは、広大な地方の共同回線をとりまわし、かなりの社会的な力を楽しんだ。交換手は共同回線のだれもかれもを知っていたし、まただれもが交換手のことも知っていた。

ベル自身は熱心な女性参政権論者だったが、電話会社はべつに女性の解放運動を推し進めるために女性を雇ったわけではない。AT&T は、純粋に経済的な理由でそうしたのだ。ベルシステムの最初の電話交換手は、女性ではなく、10代のアメリカの少年たちだった。かれらは、電報の配達をしており(電報は技術的には廃れてしまうところだった)、電話局をまわって電報を集め、顧客から料金を徴収し、交換機の電話の接続といった仕事を、安い賃金でやっていた。

電話が運用された最初の年、1878年に、ベル電話会社は10代の少年たちを電話の交換機に配置することで、手痛い教訓を学ぶことになった。それはすぐに絶え間ない災害をもたらした。ベルのチーフエンジニアは、かれらを「やんちゃなインディアンたち」と表現した。少年たちは、公然と顧客たちに無礼を働いた。電話をかけてきたものに話しかけ、なまいきな口をきき、おどけた一言をつけくわえ、いつも余計な口をはさんだ。このわんぱくものたちは、聖パトリックディには勝手に休みをとり、なかでも最悪だったのは、交換機のプラグに巧妙ないたずらをしかけたことだった。通話しているところをひっこぬき、他のところと入れ替え、顧客たちは見知らぬものと話しているというしまつだった。

技術に通じているという力と事実上の匿名性のくみあわせが、10代の少年たちにはマタタビみたいに働いたものらしい。

この電話線での少年のやんちゃぶりは、アメリカに限ったことではなかった。最初からイギリスの電話システムでも同じことがあった。初期のイギリスの評論家はひかえめにこう述べている。「10代の少年たちがその仕事にかなりうんざりして、雇われた当初においては、その年代の普通の健康な少年のもつ冒険心や何でもどんどん進めていく気持ちが、かならずしも電話の利用者が望んでいるようにするのに十分注意を払うのに、常には役に立っていなかったのは疑いがない」

そして少年たちはシステムからほっぽりだされた。少なくとも、交換機の操作からははずされた。しかし10代の少年たちの「冒険心と何でもどんどん進めていく気持ち」は、電話の世界では、これから何回も聞かされることとなるのだった。


聖パトリックディ(3月17日):
なぜアイルランドにキリスト教を布教した聖パトリックが、アメリカでも祝日になるのか? 少年たちがみんな出かけちゃうのはどこなのか? 答えはリンク先の下のほうで。

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