『ハッカーを追え』の翻訳。特に誤訳、誤字などの指摘があったら、メールでもいただければ。
太字は英文のポップアップつき。
Literary Freeware: Not for Commercial Use
THE HACKER
CRACKDOWN Law and Disorder on the Electronic Frontier by Bruce
Sterling
Hot Potatoes
やっかいな問題
1989年6月13日、フロリダのデルレイビーチのパームビーチ郡保護観察局に電話をかけたものは、ニューヨーク州のテレホンセックスをする
Tina
とかいう名前の人とのおどろくべき通話に巻き込まれた。どういうわけか、マイアミの保護監察局にかけた通話はすべて、不思議なことにすぐさま州境を何本もこえて、利用者には一切追加のお金がかからずに、何百マイルも離れたテレホンセックスホットラインにつながったのだ。
最初に聞いたときは、悪ふざけとしては爆笑ものだと思うかもしれない。じっさいに電話フリークのあいだではずいぶん笑いを誘い、それには2600の1989年秋号もふくまれている。しかしサウザンベル(ベルサウスRBOCの地域会社で、フロリダ、ジョージア、北カロライナ、南カロライナでの地域サービスを提供している)にとっては、これは決定的な証拠だった。最初から、コンピュータ侵入者がベルサウスの中央交換機センターに入り込んで、そのプログラムを書き換えていたのだ!
あるいはベルサウスは、1989年の6月に侵入されたと考えたかもしれない。ただ、じっさいにはLoDのメンバーたちは、1987年の9月からベルサウスの交換機で害はおよぼさずにふざけまわっていたのだ。6月13日のおふざけは、交換機のフリをして電話番号を転送するものだったが、LoDのジョージアにいる連中がやってきたことにくらべてみれば、子供のお遊びみたいなものだ。通話を州をまたぐようにするのはすごいことのようにも思えるが、コードにしてみればたった4行だ。簡単でより賢明なおふざけは、他の電話番号への通話を自分の家に転送することだろう。注意深く賢明にやって、あとでこのソフトをもとに戻しておけば、だれにも分かりようがない。そう、自分以外は。それから誰にでもそれを自慢すればいい。
ベルサウスにとっては、自分たちがしらなかったことでは被害をうけたとはいえない。
ただ今となってはだれかが全部をぶちまけて、ベルサウスの知るところとなったわけだ。
警戒し、かなり神経質になったベルサウスは、交換機を端から端まで不正の跡がないか、1989年の夏のさかりに調査しはしめた。42人ほどのベルサウスの従業員が12時間シフトをひいて、一日24時間、丸々二ヶ月かかって、記録をかたっぱしから調査し、コンピュータに電話でアクセスした痕跡がないかをモニタリングした。この42人のぶっ続けに働いた専門家は、ベルサウスの「侵入対策チーム」として知られることになる。
調査者が見つけたものに、かれらは驚嘆した。誰にもアクセスできない電話会社のデータベースが、使用されていたのだ。名前も住所もない電話番号がどこからともなく作成されていた。なにより最悪だったのは、請求や利用の記録がまったくなかったことだ。新しいデジタルのReMOB(遠隔監視)診断機能は、広範囲にわたって書き換えられていた。ハッカーたちは、ReMOBのソフトウェアを書き換える方法を学んだのだ。その結果、ヒマなときには交換機を経由するどんな通話もきくことができた! 電話会社の資産をつかってスパイをしていたわけだ。
この衝撃的なニュースは1989年に取り締まり機関に行き渡った。ベルサウスのだれもが思いもよらなかったことだろう。彼らが誇る最新のデジタル交換機が、書き換えられていたなんて。だれかがこんなことをしでかすとは、全く驚く以外はないように思われた。もちろん、これらの交換機はコンピュータであり、ハッカーたちがコンピュータに侵入するのが好きなのも知っていた。ただ、電話会社のコンピュータはふつうのコンピュータとはわけが違うのである。
電話会社のコンピュータがなぜ違うかの正確な理由は、まぁはっきりしないものだ。セキュリティの程度でないことだけは確かだ。これらのベルサウスのコンピュータのセキュリティは、きわめてルーズだった。たとえばAIMSX
のコンピュータにはパスワードさえなかった。しかし疑いなくベルサウスが、自分たちのコンピュータは特別なのだと感じていたことは事実である。そしてもしこのメッセージを理解しない犯罪者がいれば、ベルサウスはこのメッセージをたたきこんでやるというわけだ。
5ESS交換機はたんなる地域の花屋の帳簿システムではない。公共サービスがこれらの機械にかかっている、つまり公共の安全がこれらの機械にかかっているといってもいい。
そしてハッカーたちは、転送電話かReMOBにひそんでいて、その地域の全員を探ることができたのである! 電話会社の社員も探ることができたし、警察署でさえ、探ることができた! シークレットサービスの地域事務所でさえ...
1989年には、電子警察とハッカー追跡官たちはスクランブル通話とセキュリティ電話をつかいはじめた。もっともなことである。だれがシステムに入り込んでいるのかについては、なんともいえないのだから。誰がいようとも恐ろしく思われた。これはなんというか、新しいレベルの反社会的で大胆な行為だった。たぶんKGBが金をだしていたドイツのハッカーたちのようなものだ。それもクリフォード・ストールが調査して、ワシントンの動きのわるい警察官僚をつっつき、まさにあのようなことだと暴き出したコンピュータ侵入を捜査させるようにするまでは、奇妙で不自然なものに思われたものだ。「KGBが金をだすハッカーたち!」
ストールは、カリフォルニア州バークレーのインターネット研究所のシステム管理者で、最後はニューヨークタイムズの一面をかざり、国をまたぐコンピュータ侵入の実話での国家的なヒーローとして名をはせた。ストールの逆スパイの努力は、1989年にベストセラーになる「カッコーはコンピュータに卵を産む」に書かれ、ハッキングがじっさいに国家セキュリティにとって脅威になりうるということを証明した。USシークレットサービスは、外国からの情報機器による行動が疑われるときは、ぐずぐずしていない。
シークレットサービスのスクランブル通話やセキュリティ電話は、警官が自由に行動しようとしたり、発言したり、協力したり、誤解がおこらないようにするのに大きな制約をつくった。しかしながら1989年には、まだ効果のない手段だとは思われていなかった。もし警官やシークレットサービス自身が安全に職務を実行できないなら、いったいどうして民間企業に安全な手段を講じろなんて要求できるのだ? 少なくとも、その不便さが脅威の恐ろしさを気づかせてくれたといってもいい。
もし警官たちの重い腰をあげるのに最後にもうひとつ拍車をかけるとしたら、緊急時の911システムが攻撃されやすいということがわかったことだろう。911システムは、独自のソフトウェアになっているが、他の電話ネットワークと同じデジタル交換機の上で動いている。911は物理的に他の電話と違っているわけではない。ただ社会的にもつ意味合いからすると全く違ったものだ。というのは911は、電話における警官と緊急サービスのためのサイバースペースだからだ。
平均的な警官は、ハッカーや電話フリークについてはたいして知りやしない。コンピュータ野郎なんて変なやつらだ、コンピュータ犯罪をとりしまる警官さえどちらかといえば変なやつだと。あいつらのやってることは、理解できない。ただ911システムを脅かすのは、観念的な脅しとはいえない。もし911システムが脅かされれば、人が死ぬ。
交通事故にあって、息もたえだえに電話ボックスまでたどりついて、911と押したら、Tinaがニューヨークかどこかでテレフォンセックスラインで応答するのを耳にしたときのことを想像してほしい! ともかく、おもしろいとはいってられない状況だ。
そういったことは可能だろうか? 疑うまでもない。ハッカーは前にも911システムを攻撃したことがある。電話フリークは、コンピュータモデムを何台もつなげて、壊れるまで何回もダイヤルして攻撃するだけで、911システムをあふれさせてしまうことができる。ラフだしローテクな手段だが、深刻な事態にはかわりない。
行動のときは来ていた。アンダーグラウンドにきびしい手段を講じるときだ。着手して、お遊びを終わりにし、あちこちで自慢しているやつらを捕まえるときだ。気合をいれて、深刻な事件にとりくまなければならないときだ。ハッカーたちは、「目に見えない」わけではない。自分たちで「目に見えない」とおもってるだけだ。しかしじっさいは、長い間大目にみてもらっていただけなのだ。
1989年の夏に警察が監視を続行させている中で、デジタルアンダーグラウンドは以前にはなかったほどにその姿をあらわしはじめた。
この事件での最初の大きな突破口はすぐだった。1989年の7月、事件の翌月だ。Tina
へと切り替えをやった犯人が捕まって自白したのだ。インディアナ州の16才で、名前は「Fry
Guy」。悪いことばかりしてきた少年だった。
Fry Guy は、自分のハンドルをフライドポテトからとっている。Fry Guy は近くのマクドナルドの店長からログインの手順を盗んで、Sprint Telenet システムのマクドナルドのメインフレームにログオンしていた。店長のふりをして、Fry Guy はマクドナルドの記録を改竄し、ハンバーガーをひっくりかえしてる友達の給料を気前よくあげてやった。Fry Guy は捕まることはなかった。
この成功に気をよくして、Fry Guy
はクレジットカード詐欺をやるようになった。Fry Guy
は話すのが天才的に上手く、「ソーシャル・エンジニアリング」の才能があった。もしソーシャルエンジニアリングの腕があれば、口車にのせ、だまして、こわいろを使い、おだてて、ぺてんにかけて、カード詐欺をやるのは簡単なことだ(最終的に罪をのがれられるかは、別の問題だが)
Fry Guy は、ドイツのボンの ALTOS チャット掲示板で Legion of
Doom の Urvile とでくわした。ALTOS
チャットは、技術的にすぐれた掲示板で、BITnet、Tymnet、Telenet
のような全世界にまたがるコンピュータネットワーク経由でアクセスすることができた。ALTOS
は、ドイツのカオスコンピュータクラブのメンバーたちでにぎわっていた。ALTOS
にたむろっていた二人のカオスコンピュータクラブのハッカー、Jaeger
と Pengo はクリフォード・ストールの「カッコーはコンピュータに卵を産む」の事件の張本人たちだ。KGB
の東ベルリンの諜報官とつきあい、雇われてアメリカのコンピュータにインターネット経由で侵入したのだ。
LoD のメンバーたちが Jaeger の盗みをストールの本で知ったときには、技術的にいえばそれほど感心はしなかった。当時の LoD のお気に入りの掲示板「Black Ice」では、LoD のメンバーはカオスたちがみんなでやった侵入を、自分たちならきっちり一週間でやってみせると自慢した。ただ、LoD も不承不承ながらもカオスグループの評判、険しい不気味な目をした大胆不敵なマリファナをふかすアナーキストのハッカーたちが、国際コミュニストスパイのおそろしい大物とつきあいがあったということには、感銘をうけざるえなかった。LoD のメンバーもときどきは、ALTOS の友達のドイツ人ハッカーたちと少しばかり情報を交換した、たとえばジョージアの侵入しやすい VAX/VMS コンピュータの電話番号とかだ。オランダやイギリスの電話フリーク、そしてオーストラリアの仲間たち、Phoenix、Nom、Electron あたりもALTOSの常連だった。アンダーグラウンドサークルでは、ALTOS にたむろっているというのはエリート、つまり洗練された国際デジタルジェット族のハッカーの証明とみられていた。
Fry Guy は、すぐにクレジットカード消費者情報センターから情報を盗むすべを学んだ。100以上の盗んだクレジットカード番号を自分のノートに記していたし、1000以上のかっぱらった長距離電話課金コードをもっていた。Fry Guy は ALTOS に入り、アンダーグラウンドのことをもっともらしく話す方法も知っていた。そしてALTOSシステムで Urvile から、言葉たくみに交換機をだます方法を教えてもらったのだ。
これらの2種類の方法の知識をくみあわせて、Fry Guy は自分で工夫してネット詐欺の新しい方法を生み出すことができた。最初にクレジットカード番号をクレジット会社のコンピュータからかっぱらった。そしてカードの所有者からランダムに名前、住所、電話番号をふくむデータをコピーした。
それからFry Guy は、カード所有者のまねをして、Western Union社 に電話をかけ、「自分の」クレジットカードでキャッシングをしたいと言う。Western Union社は、セキュリティ上その通話を確認するために顧客の家に電話をかけなおす。
しかし、フロリダの保護観察局への通話をニューヨークのTina に切り替えたように、Fry Guy はカード所有者の電話番号を近くの公衆電話に切り替えてしまう。遠くはカナダの交換機を経由して、通話を一段階、二段階と迂回することで追跡できないようにして、電話ボックスで待ち構える。通話がかかってくると、Western Unionの社員にずうずうしくソーシャルエンジニアリングをしかける、もしくはだまして、本物のカード所有者であるかのようにふるまうわけだ。ただしい電話番号で応答しているので、騙すのはそれほど難しくない。そしてWestern Union社からの金が インディアナ州のFry Guy の故郷の町の共犯者のところに送られるというわけだ。
Fry Guy
とその仲間は、LoDのテクニックを利用して、1988年12月から1989年の7月までのあいだに6000ドルを盗んだ。それからクレジットカード詐欺での盗品を配達させることにも手をそめていた。Fry
Guy
は成功に有頂天になっていた。この16才の空想にふけった少年は、だまし取った金をつかって大きなリムジンを借り
て、州外まで好きなヘビーメタルバンドのモトリー・クルーのグルーピーといっしょにドライブしたのを、むやみやたらとハッカーのライバルたちに自慢したものだった。
知識と力と、自由に気ままなお金がふところに流れ込むことで、Fry Guy は自ら近くのインディアナベルセキュリティの代表者に電話をしていばりちからし、誇示して、悪名高い力のある自分の友達 Legion of Doom は国内の電話ネットワークをクラッシュさせることができると責めさえした。Fry Guy はその計画の日付をも口にだした、7月4日の祝日だ。
このとんでもない捕まえてくれ症候群の好例は、すぐさま逮捕された。インディア州の電話会社は Fry Guy が誰かをつきとめ、シークレットサービスは DNR(ダイヤルをした電話番号の記録装置)を家の電話線に設定した。この装置は盗聴器ではないので、通話の内容は記録できない。ただかかってきた電話、かけた電話の番号を記録することはできる。記録された番号をたどってみると、Fry Guy の長距離電話詐欺、すごい数の海賊掲示板へのアクセス、アトランタにいる LoD の友達への多くの通話が明らかになった。1989年の7月11日には、Prophet、Urvile、Leftist にもシークレットサービスのDNR「電話番号記録器」がそれぞれの電話線に設定された。
シークレットサービスは大挙して Fry Guyの家に1989年の7月22日におしよせた。なにも予想していなかった両親は恐れおののいた。手入れの警官たちは、シークレットサービスのインディアナポリス局の特別捜査官に先導されていた。しかしながら、警官たちはシークレットサービスのシカゴ局のTimothy M. Foleyにも付き添われ、アドバイスを受けていた(この人物についてはのちほどたっぷり聞くことになる)。
1980年初頭に標準となった連邦コンピュータ犯罪捜査技術にしたがって、シークレットサービスは徹底的に家宅捜索し、Fry Guy の電子機器とノートをすべて押収した。Fry Guy の機器の全てがシークレットサービスの管理下におかれ、Fry Guy の略奪行為に速やかな終わりをつげた。
USSS(USシークレットサービス)は、Fry Guy を徹底的に尋問した。彼の事件は、アメリカ連邦検事のインディア州南地区担当のDeborah Danielsの担当となった。Fry Guy は11のコンピュータ詐欺、許可のないコンピュータアクセス、ネット詐欺で告発された。証拠は完全なもので、争う余地はなかった。Fry Guy としては、自分の不正行為は Legion of Doom のせいで、彼らに不利な証言をすると申し出た。
Fry Guy は Legion は祝日に電話システムを破壊しようとしていると主張した。1990年のマーティン・ルーサー・キング記念日のAT&Tのクラッシュがおきたとき、このことは純粋に電話会社のセキュリティとシークレットサービスに警告を発していたFry Guy の主張に信憑性をもたらした。
Fry Guy は結局、1990年の5月31日に有罪を認め、9月14日には、44ヶ月の執行猶予と400時間の社会奉仕活動が宣告された。もっと判決が重いことも十分ありえた。ただ検事たちにとってはこのティーンエイジャーの小物には厳しくしないのはもっともなことで、Legion of Doom の中心人物に標準を合わせていたのだ。
しかしLoDの事件については、欠陥がつきまとっていた。捜査官たちの必死の努力にもかからわず、Legion が1月15日に電話システムをクラッシュさせたということを証明するのは不可能だったのだ。というのも、実際にそんなことはしてなかったからなのだが。1989年の捜査官たちは、Legion of Doom のメンバーの何人かが電話会社の交換機に前例がないような力をもっていたこと、もっといろいろなことをする力を得ようと、じっさいに共謀していたことを示すことはできた。捜査官たちは、個人としては Legion of Doom がこの知識をもちいて恐ろしいことをやろうとしていると確信していたが、単なる悪意では刑務所にたたきこむには十分とはいえない。
アトランタの3人、Prophet、Leftist、特にUrvile は Fry Guy にたっぷり教えてやったが、自分たちではクレジットカード詐欺には手をそめてなかった。3人が「盗んだ」唯一のものといえば、長距離通話サービスだけだ。それもほとんどは電話交換機を操作してやったために、どれくらい「盗んだか」を判断するのは簡単ではなかった。というか、こういった行為が簡単に判断できる種類の「窃盗」にあたるかどうかさえ明らかではない。
Fry Guy の長距離通話課金コードの窃盗は、電話会社に多大な被害をあたえた。長距離サービスの窃盗は確かに理論上の損害かもしれないが、盗まれた課金コードを削除して、新しい課金コードを盗まれた課金コードの無実の所有者に再発行するには、まさに金も時間もかかる。こうした課金コードの所有者は犠牲者である、このさわぎで時間も金も心の平穏も失っている。そしてこのクレジットカードと取引をした犠牲者もいれば、Western Union社 もそうだ。盗みに関しては、Fry Guy はLoDよりはるかに盗人の資格があるといってよかった。ただそれがじっさいのコンピュータの専門知識になると、Fry Guyは小物にすぎないわけだ。
アトランタの Legion はほとんどのサイバースペースの「ルール」は、ネズミと負け犬用だと考えていた。しかしLegionにもルールはあった。何も壊さず、金は盗らない。経験則といってもラフなものだし、サイバースペースの倫理上の微妙さからいっても曖昧な原則だったが、アトランタの3人の良心は比較的すっきりさせておくことができた(心の平穏を保てることはなかったが)
もし金のためにハックするのでなければ、もし実際のお金、つまり銀行にあるお金ということだが、を人から盗むのでなければ、だれも「じっさい」に害を受けるものはないというのが LoD の意見だった。サービスの窃盗なんてこけおどしの問題だし、知的所有権なんて悪い冗談にすぎない。しかし LoD はエリートとして、窃盗屋や人の財産を食い物にする窃盗犯は軽蔑していて、自分たちは無実だと考えていた。かれらの意見によれば、もしどんなシステムも破壊したり、こわしたことがないなら(たしかに、わざとじゃなくても、事故がおきることもある。ロバート・モリスに聞いてみればいい)、「vandal(破壊者)」だとか「クラッカー」とよばれるのは不公平というわけだ。電話会社のセキュリティの「お友達」といっしょにオンラインをぶらぶらしていれば、より高いハッカーのモラルのレベルから、そいつらをたたきつぶすことができる。そして、純粋な知識を追い求めるハッカーの傲慢ともいえる高みから警官を嘲笑うことも可能だろう。
しかし取締り側と電話会社のセキュリティからしてみれば、Fry Guy はべつに危険とはいえなかった。アトランタの3人こそが危険だったのだ。3人は犯罪はおかしていなかった。ただその危険性、潜在的に大災害をひきおこせる、LoDが蓄積してきたまさしく技術的な力こそが状況を耐えがたいものにしていた。
Fry Guy は、LoD ではなかった。LoD のメンバーの誰とも会ったことはなかったし、かれらとの接触は電子的なものだけだった。Legion of Doom の中心メンバーはじっさいに集まりをひらいて毎年やそこら顔を合わせていた。おたがいにハッカーの合図をかわし、ピザを配達させて、ホテルのスイートで大騒ぎをした。Fry Guy はこういったことのどれもやっていない。Deborah Daniels は Fry Guy のことを正しく「LoD気取り(an LoD wannabe)」と判断している。
しかし Fry Guy の犯罪は、今後の警察の宣伝ではLoD 自身が手をそめたものだということになるだろう。LoD には、「数多くの違法活動者」がいて、「個人のクレジットカードの利用履歴を盗んだり改竄したり」、「詐欺で金や財産を得ている」、団結の強いグループだとされることだろう。Fry Guy はこうしたことをやったが、アトランタの3人はやらなかった。盗みにはいったのではなく、侵入したのだ。これが検察官の戦略に奇妙な欠陥をもたらすことになる。LoDは「取り締まり当局の目をLegion of Doomから他のハッカーにそらす目的で、コンピュータを破壊する情報を他のコンピュータハッカーにひろめた」罪で訴えられた。
この告発には(直接、シカゴコンピュータ詐欺悪用タスクフォースからのプレスリリースから引用したものだが)、とりわけ取ってつけたような響きがある。この点から結論づければ、捜査官たちは先にすすめて自分たちの目を Legion of Doom から他へとそらすのが賢明だろう。たぶん捜査官たちは、「そういった他のハッカーたち」に集中するべきなんだろう。じっさいに金や形のあるものを盗んでいるハッカーたちに。
しかし1990年のハッカーの一斉取り締まりは単なる取り締まり行動というわけではなかった。サイバースペースを巡回するだけでなく、一斉の取り締まりだ。計画的に作戦の中心は固定され、デジタルアンダーグラウンドのさわぎを永遠に静めるための強烈なメッセージを送るという試みなのだ。
この論法では、Fry Guy は街の麻薬ディーラーのちんぴらの電子バージョンにすぎない。LoDの黒幕があからさまに活動し、山のような悪の知識をあちこちにばらまき、露骨に法を破る熱狂をかきたてるかぎり、Fry Guy はかぎりなく登場しつづけるだろう。
LoDは悪名高くあちこちに痕跡をのこして、ニューヨーク、インディアナ、フロリダ、テキサス、アリゾナ、ミズーリ、オーストラリアでさえ取り締まり当局によって見つけられている。しかし1990年の Legion of Doom への戦争は、シカゴコンピュータ詐欺悪用タスクフォースによって、イリノイ州で口火がきられた。