『ハッカーを追え』の翻訳。特に誤訳、誤字などの指摘があったら、メールでもいただければ。

太字は英文のポップアップつき。


Literary Freeware: Not for Commercial Use
THE HACKER CRACKDOWN  Law and Disorder on the Electronic Frontier by Bruce Sterling

Teach Them A Lesson

やつらに教訓を

25の掲示板の押収と、それらの掲示板にあった証拠として使えるかもしれない数メガバイトの山(所有者たちの別のコンピュータに入っていたものも、同じように持ち出された)は、サンデビル作戦の唯一の動機とはいいがたい。そのかつてないほどの大きな野望にみちた大規模な行動は、サンデビル作戦の動機が政治的なものであることからしか説明がつかない。それはPR活動であり、あるメッセージを伝えようと、ある状況を明確にする意図をもってなされた活動である。そして、一般大衆の心理的な側面と電子コミュニティのさまざまな階級の心理的な側面の両方においてなされた活動でもある。

第一に、この動機は必須のものだが、取り締まり当局からデジタルアンダーグラウンドへメッセージが送られたのだ。このメッセージはまさに、手入れの直後、1990年の5月9日にフェニックスのサンデビル作戦の記者会見でUSシークレットサービスの副局長の Garry M. Jenkins が雄弁に語ったメッセージでもある。まとめれば、ハッカーたちが自分たちは「コンピュータ端末といった匿名同然」の影に隠れていられるといったばかげた信念をもっているのは大間違いで、その反対に、州および連邦警察が精力的にサイバースペースの巡回区域をパトロールしていることを十分わかってもらわねばならないというものだった。警察はどこもかしこも見張っており、サイバースペースの悪の巣窟、アンダーグラウンドの掲示板のとるにたらない秘密の場所さえも見張っているのだと。

これは警察が悪者に伝えるメッセージとしては風変わりなものではなく、普通のメッセージといってもいい。状況が新しくなっているだけだ。

この点からみれば、サンデビル作戦の手入れは、ソープランド、ポルノ書店、マリファナの売店、移動クラップスのゲームへの普通の風紀の一斉取り締まりの電子版といっていい。こういった種類の手入れでは逮捕者は数名か、まったくいない。判決も、裁判も、尋問もない。こういった種類の事件では、警察は大量の安っぽい雑誌や、未成年禁止のビデオ、大人のおもちゃ、ギャンブルの道具、マリファナの袋を押収するのは当然のことだ。

もちろん、そういった手入れで何かものすごいものでも見つかれば、逮捕、起訴されることだろう。ただもっとありそうなことは、ろくでもないものの閉鎖的な秘密の世界に短いあいだだが深い亀裂がはいるということだ。街で喧嘩がおこり、追跡があり、抑止されるようなものだ。そしてもちろん、押収品の直接の損害もある。こういった押収品がもどってくるなんてことは、ありそうにない。起訴されようがされまいが、有罪になろうがならまいが、悪事を犯したものがずうずうしくも押収されたものを返せなんていうことはまずない。

逮捕と裁判、人を刑務所に入れるということには、あらゆる種類の正式な法律の遵守が伴うが、司法システムとつきあうだけが警察の唯一の仕事というわけではない。警察はただ人々を逮捕するだけではない。警察は人をむやみに刑務所にたたきこんだりはしない。警察は、自分たちがそういった仕事をしているとは思っていない。警察は「保護し、仕えている」のだ。「警察」が平和を守っており、社会の秩序を守っている。他の公共関係の分野と同じように、社会の秩序を守るのは厳密な科学の分野ではない。それは、芸術の分野といってもいいものだ。

もし外見が粗暴なティーンエイジャーの不良グループが街角にたむろしていたら、巡回している警官がきて「解散しろ」ときびしく命令するのを見てもなんら驚かない。その反対に、もしそういったろくでなしの一人が手早く公衆電話にかけこんで、公民権を守る弁護士に電話をかけ、言論の自由、集会の自由といった憲法上の権利を盾にとり民事訴訟を起こすといったらびっくり仰天するだろう。しかしこういったことが、ハッカーの一斉取り締まりの多くのおどろくべき結果の一つである。

サンデビル作戦はまた、電子コミュニティの他の階級にむけての有用なメッセージでもあった。こういったメッセージは、報道機関を前にしてフェニックスの演壇で大きな声で読み上げられることはないかもしれないが、その意味を取り違えることはない。課金コードやクレジットカードで犠牲となっていたものたち、電話会社やクレジットカード会社を安心させるメッセージである。サンデビル作戦は、電子ビジネスのコミュニティのセキュリティ担当職員にとっても大歓迎だった。何年にもわたるハイテクのいやがらせとスパイラルな収入の減少を経て、はこびる違法行為への文句が取り締まり当局によって真剣に受け取られたのだ。もう頭をかきむしったり、肩をすくめることもしなくていい。「コンピュータの訓練を受けた捜査員がいない」だとか、犠牲者のいないホワイトカラーの電気通信の犯罪はプライオリティが低いなどといった弱々しい弁解を聞くこともない。

コンピュータ犯罪の専門家は、ながいあいだコンピュータ関連の攻撃はまったく報告されることはないと信じていた。こういった報告は、この分野では公にされるスキャンダルのようなものだとみなしていた。犠牲者もでてくるのをためらった。その理由は、警察も検察もコンピュータのことを全然わかってなくて、何もできないし、しようとしないと考えていたからだ。他には自分たちがあまりに攻撃に弱いことに困惑し、なんらかの情報を公開することを一切さけるようになってしまったものもいる。銀行はその典型だ。横領だとか電話をつかった詐欺が表ざたになって、預金者の信頼を失うことを恐れている。そして犠牲者のなかには自分の利用するハイテクノロジーにどうしようもないほど混乱し、犯罪がおこったことすら気がつかないものもいる。たとえ骨までしゃぶられていても...

そういった状況の結末は、悲惨だとしかいいようがない。犯罪者は、逮捕もされなければ罪を課せられることもない。コンピュータ犯罪課は存在するのに、機能しない。コンピュータ犯罪の本当の範囲、サイズ、真の姿、脅威の範囲、そして法的な救済策は、全てがあいまいなままとなる。

あまり知られていないが、憂慮すべき問題もある。犯罪が頻発し、警察が有効な手段を講じないと自警的な考え方が起こってくる。電話会社、銀行、クレジットカード会社、大企業はハッキングに弱い広大なコンピュータのネットワークを維持しなければならないが、こういった組織には力も、富も、政治的な影響力もある。悪党どもに乱暴に扱われるのを好まない(ついでに言えば、悪党だけではなく、誰によってもだが)。しばしば自分たちでセキュリティ担当を組織化し、それらはたいがい軍隊や警察を引退した経験者が運営している。そして公共サービス部門に、民間部門でのあたらしい活躍の場を与えてくれるというわけだ。警察にとっては、企業のセキュリティ管理者は力強い協力者である。しかし企業のセキュリティ管理者が警察に協力者がみつけられず、取締役会から圧力をかけられたら、こっそり自分だけでことを運ぶかもしれない。

そしてまた企業のセキュリティビジネスでは、使い捨ての下請けには事欠かない。民間のセキュリティを請け負う会社は、通常セキュリティビジネスとよばれているが、1980年代に爆発的に成長した。今日では、セキュリティコンサルタント、レンタル警察、私立探偵、部外の専門家といった集団がこっそりと活動しており、ありとあらゆる種類の疑わしい経営者が自由に「成果」を売っている。もちろん、こういった多くの紳士淑女はプロであり、正しいモラルをもった模範かもしれない。ただハードボイルドの探偵小説を読んだことがあるものなら知っているように、警察はこういった民間部門での競争相手を好まない傾向がある。

コンピュータのセキュリティを求める企業の中には、ハッカーをやとったことがあるのを知られているところもある。警察はこういった光景にぞっとする。

警察は、ビジネスコミュニティとよい関係をたもつことを尊重する。警察が自分の州や都市の大企業の社員が被害妄想におぼれ、道をはずしたなどということを公表するほど軽率ではない。しかしながら、警察は、とくにコンピュータ関係の警察はこの可能性があることに気づいている。コンピュータ犯罪の警察は、自分たちの勤務時間の半分はPR活動をするために費やすことができるし、そうしている。セミナーや「手のこんだ宣伝」、ときには両親のグループやコンピュータのユーザーが対象だが、たいがいいつもの聴衆は、ハッキング犯罪で犠牲者となる可能性があるところだ。もちろんそれは電話会社、クレジットカード会社であり、大規模なコンピュータが備え付けられた企業である。警察はこういった企業の従業員に、よき市民として、攻撃を報告し、告発するように強くうながしている。警察は、次のようなメッセージを伝えている。つまり、権力の側にもコンピュータ犯罪がおこったときに気にかけ、理解し、何よりも適切な行動をとるものがいるということを。

しかし安心させる言葉だけでは安っぽい。サンデビル作戦は行動で示した。

サンデビル作戦の最後のメッセージは、取り締まり当局内部に対するものだ。サンデビル作戦は、アメリカのコンピュータ犯罪の警察のコミュニティが十分に熟成した証拠でもある。サンデビル作戦それ自体が、サンデビル作戦のような大規模な作戦をなしとげることができたという証拠である。サンデビル作戦は、シークレットサービスとその取り締まりの地域の協力組織が一つの円滑に動く機械のように行動できるという証拠である(盗聴防止機能付きの電話の利用といった問題はあるが)。そしてアリゾナの組織犯罪と恐喝対策班、つまりサンデビル作戦の点火プラグが、野望、組織、そして単に言葉の上での勇気の面でも世界で一番であることをしめす証拠でもある。

そして最後のおまけとして、サンデビル作戦はシークレットサービスからその長い間のライバルである連邦捜査局(FBI)へのメッセージでもある。憲法の条文では、USSSとFBIは公式には連邦のコンピュータ犯罪取り締まり活動に関しての権限を共有することになっている。こういった混乱状態でそれぞれ上手くやっているグループはない。議会もどちらのグループが適当なのか決めかねているかのようである。この件について確固たる意見をもっているFBI捜査官特別捜査官はどこにも見当たらない。

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