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THE HACKER CRACKDOWN  Law and Disorder on the Electronic Frontier by Bruce Sterling

The Secret Service Battles the Boodlers

シークレットサービスは贋金作りと戦う

19世紀のシークレットサービスの偽装紙幣への捜査と20世紀のコンピュータ犯罪への捜査にはおもしろい類似点がみてとれる。

1865年、アメリカの紙幣はひどいしろもので、セキュリティのかけらもなかったといっていい。紙幣は、文字通り何百というばらばらのデザインで地方の銀行それぞれで印刷されていた。だれも一ドル紙幣が本当はどんなものか知らなくて、偽造紙幣が横行していた。だれかが冗談で、マサチューセッツのローレル鉄道銀行の一ドル紙幣には盾によりかかった女性と、機関車、山羊の角、羅針盤、さまざまな農具、鉄橋、工場がえがかれているといったら、まさしくそれを言葉通り受取るしかない(じっさい本当のことだったわけだが)。

1600の地方の銀行がそれぞれの紙幣をデザイン・印刷しており、セキュリティを保つ一般的な基準といったものもなかった。まったくセキュリティがなっていないコンピュータネットワークのノードのように、ひどいデザインの紙幣は偽造もやりやすいし、金融システム全体のセキュリティにとっては災難としかいいようがない。

通貨に対する脅威がどの程度のものか正確に把握しているものさえいなかった。通貨の三分の一は偽造だといういささかパニック的な推定もある。当時のアンダーグラウンドの言葉では贋金作りとよばれていた通貨偽造は、ほとんどは堕落した技術力のある印刷工の仕業だった。その多くは昔に、正式な通貨の印刷にもかかわったことがあった。贋金作りは徒党を組み、腕のいい技術者が(たいがいニューヨークの地下室で)偽物の版をつくる。口のうまい詐欺師が質のいい、額面が高い偽物を大量にばらまく。それには実に精巧なもの、政府の証券、株券、鉄道債券がふくまれている。額面の低いできのわるい偽物は、贋金作り志願のちんぴらどもに売りさばかれたり、気に入ったらお代をいただく方式でばらまかれた(本当にちゃちな犯罪者の贋金作りは、本物の紙幣の額面で1を5に、10を100とかに書き換えたりした)。

贋金作りの技術はほとんど知られておらず、19世紀中頃の大衆にとっては本当に恐れられていた。システムをごまかして盗みをはたらく力には、悪魔じみた悪賢さがあると思われていたのだ。贋金作りの技術が高まり、むこうみずさが増すにつれて、事態は放置できないものとなった。連邦政府が介入し、連邦紙幣を提供した。それは技巧をこらした緑のインクで、ただし裏面だけだが、印刷されていた。オリジナルの米国紙幣(greenback)だ。最初はデザインが工夫されセキュリティも改善しており、優れた印刷の連邦紙幣が問題を解決したようにおもわれた。しかしそのうち紙幣偽造側も追いついてきた。数年のうちに、事態は以前より悪化した。中央集権的なシステムでは、全体のセキュリティが脅威にさらされるのだ!

地方の警察では手の施しようがなかった。政府は内部情報提供者に謝礼金を出そうとしたが、これはほとんど成功しなかった。贋金作りにとことん悩まされた銀行は、警察の望みをかけるのをやめて、自分たちで私設セキュリティをやとうことにした。商人や銀行家は何千人と列をなして、Laban Heath の「まちがいなく連邦紙幣の偽造をみやぶれる」といったような、自費出版の通貨のセキュリティに関するうすっぺらい解説書を買い求めた。ちなみにその本の裏表紙では、Laban Heath が特許をとった顕微鏡が5ドルで売られていた。

そしてシークレットサービスが現れた。最初の捜査員たちは、手荒かったが成果をあげた。長官は William P. Wood で、以前はメキシコ戦争でゲリラ兵として戦っており、南北戦争中に陸軍省の下請け業者の詐欺行為を摘発して評判をあげていた。Wood は連邦刑務所の看守もしていたが、副業で偽造紙幣の専門家として連邦紙幣の贋金作りを捕まえていた。

Wood は1985年の7月にシークレットサービスの長官に任命された。捜査員は全部で10人だった。Wood、それから陸軍省で働いてたときの部下何人かと、Woodが口説き落として公務員になった元私立探偵、偽造紙幣の専門家たちがメンバーだった(1865年のシークレットサービスは、1990年のシカゴコンピュータ悪用タスクフォースやアリゾナゆすりたかり対策本部とほぼ同規模といっていい)。これらの10人の「捜査員たち」には、20人かそこらの「補助捜査員」や「情報提供者」がついていた。それに給料や旅費とは別に、それぞれのシークレットサービスの捜査員は贋金作りを一人つかまえるごとに、なんと25ドルも手にすることができた。

Wood は自ら、アメリカの通貨の少なくとも「半分」は偽造だという見積もりを公言していた。たぶん妥当な見積もりだろう。一年とたたないうちに、シークレットサービスは200人を越える紙幣偽造者を逮捕した。それから続く4年にわたって毎年、200人ほどの贋金作りを捕まえた。

Wood はその成功を迅速に行動し、悪い奴らをこっぴどくやっつけ、官僚的なお荷物をしょいこまなかったことにあるとしていた。「私の逮捕には軍のつきそいもなければ、州の役人に助力を頼むこともしなかったので、プロの紙幣偽造者たちをびっくりさせることができたんのだ」

Wood のなまいきな贋金作りたちへの社会的メッセージには、サンデビル作戦の薄気味悪いひびきがみてとれる。「そういう奴らに、ひどい目にもあわずに偽造に専心していられるのもそう長くはないし、すぐに見つけだしてやるということを分からせてやるのも私の目的だった」

William P. Wood、シークレットサービスのゲリラ的なパイオニアの最後は、かんばしくないものだった。大物ねらいにひきつけられ、こだわりすぎたのだ。悪名高いニューヨークの偽造の王様 William E. Brockway に率いられた Brockway Gang は、大量の政府債券を偽造していた。そういった精巧な偽造をウォールストリートの一流の投資会社である Jay Cooke and Company に持ち込んでいた。Cooke 社はあわてふためき、その偽造の版に多額の懸賞金をかけた。

必死に捜査をして、Wood は版を押収して(E. Brockway からではないが)、懸賞金を要求した。しかし Cooke 社は、裏切って約束をやぶった。Wood は、Cooke 社との泥沼の訴訟合戦に巻き込まれることになった。Wood の上司である 財務省長官の McCulloch は、Wood が金も名誉も手に入れようとしているのは不適当だと考えていた。そして報奨金が手に入ったときにも、McCulloch は Wood には一ドルだって払わなかった。Wood は、自分が終わりのない連邦政府との訴訟合戦と議会へのロビー活動に巻き込まれていることを悟った。

Wood は金を手に入れることはできなかった。そのうえ職も失って、1869年に辞職した。

Wood の元で働いていた捜査員も災難をこうむった。1869年の5月12日、二代目のシークレットサービス長官が後を引き継ぎ、それと同時に Wood の元で働いていた捜査員のほとんどが解雇された。捜査員、補助捜査員、情報提供者の区別をとわずだ。逮捕で25ドルの報奨をうけとるのも廃止された。シークレットサービスは専門職への、長くまがりくねった道を歩みだすことになる。

Wood の最後はみじめなものだった。後ろから刺されたかのように感じていたに違いない。事実、自分でつくりあげた組織全体が台なしにされたのだ。

ただその反対に、William P. Wood こそがシークレットサービスの初代長官だったし、パイオニアだ。その名前は今でも尊敬の対象である。だれが「二代目」のシークレットサービス長官の名前をおぼえてるというのだろう?

William Brockway は(スペンサー大佐としてもしられていたが)、1880年にはシークレットサービスに逮捕され、5年を刑務所で過ごした後、出獄して、74才まで贋金作りをしていた。

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