『ハッカーを追え』の翻訳。特に誤訳、誤字などの指摘があったら、メールでもいただければ。
太字は英文のポップアップつき。
Literary Freeware: Not for Commercial Use
THE HACKER
CRACKDOWN Law and Disorder on the Electronic Frontier by Bruce
Sterling
A Walk Downtown
ダウンタウンを歩く
サンデビル作戦に興味をもつ人なら、もしくはアメリカのコンピュータ犯罪一般に興味をもっている人なら、アリゾナ州の司法長官補佐 Gail Thackeray の存在を見過ごしはしない。コンピュータ犯罪訓練マニュアルは、しばしば Thackeray のグループやその仕事について言及しているし、コンピュータ犯罪を専門としており、かなり高い評価を受けている州の役人である。その名前は、サンデビル作戦のプレスリリースの中に登場した(地方連邦検事とフェニックスのシークレットサービスの偉い人にひきつづく控えめな場所にではあるが)。
ハッカーの一斉取り締まりに関する一般向けの解説や議論が盛り上がるにつれて、このアリゾナ州の役人は一般の注目をいっそう集めるようになった。サンデビル作戦それ自体に言及するだけでなく、盛んになりつつあった宣伝合戦でのもっとも注目を集め、くりかえされる言葉のいくつかを生み出した。「捜査員は信念にもとづいて働いています。ハッカーのコミュニティのために働いてるわけじゃありません」がそのひとつだし、他にも「わたしは狂犬検事なんかじゃありません」(1990年9月2日 Houston Chronicle)のような印象的なやつもある。一方、シークレットサービスはそのいつもながらの徹底した慎重さを保っていたし、シカゴ本部は、Steve Jackson スキャンダルに対する反発に傷つき、すっかりなりをひそめていた。
ぼくが増えつづける新聞の切抜きの山を調べているときには、Gail Thackeray は警察の捜査に関する大衆の知識の大きな源泉になっていた。
ぼくは Gail Thackeray のことをしらなければならないと心にきめた。そしてアリゾナ司法長官事務所に手紙をかくと、おどろいたことに、彼女は親切に返事をくれただけでなく、サイバーパンクSFのなんたるかをきちんと知っていた。
それからほどなく、Gail Thackeray は失業した。ぼくはSF作家としてのキャリアは少し棚にあげて、フルタイムのコンピュータ犯罪ジャーナリストとして活動していたので、1991年の3月初旬、アリゾナ州フェニックスに行き「ハッカーを追え」のために Gail Thackeray にインタビューをした。
「クレジットカードは、かつてはコストがかかりませんでした」Gail Thackeray は言った。「でもいまでは40ドルかかる。それは詐欺をやる人のためによ」
電子的な不法犯罪は寄生虫のようなものだ。ひとつひとつはたいした害をもたらさないし、たいした量でもない。ただひとつずつやってくることは決してない。大群で、かたまって、多勢で、ときにはサブカルチャーとしてやってくる。そしてかみつくのだ。今日クレジットカードで買い物をするたびに、われわれはある種の搾取のために少しずつ経済的な損失をこうむっているというわけだ。
専門家としては、電子犯罪で何が最悪ですか? とぼくはノートをめくりながら質問した。クレジットカード詐欺、銀行のATMへの侵入、電話のフリーキング、コンピュータ侵入、ソフトウェアウイルス、課金コードの窃盗、記録の改竄、ソフトウェアの不正コピー、ポルノ電子掲示板、衛星テレビ違法受信、ケーブルTVの無断受信? それは長いリストで、最後まで達したときにはいささか憂鬱な気分になったほどだった。
「そのどれでもないわ」 Gail Thackeray は、テーブルに身をのりだし、ふんまんやるかたなしという感じで身をふるわせた「いちばん被害が大きいのは電話詐欺です。ニセのとばくやニセのチャリティ、電話での不法証券のブローカー。そういった人が盗んでいる分で、国家の赤字がうめられるくらいなんです。老人を標的にして、クレジットの信用格付けや人口統計を手に入れて、お年寄りの弱者から盗みをはたらいてるの」。そういった言葉がよどみなく彼女の口から流れ出した。
電話での不法証券ブローカーなんていうのは、ローテクのしろものだ。電話で金をむしりとる詐欺師は、何十年も幅をきかせている。そしてこれこそ「phony」(詐欺)という言葉の所以だったりする。
現在では、技術が進歩して電話システムがいっそうこみいったものとなることで、詐欺がいっそう容易になっている。プロの詐欺師は何度も同じことをくりかえす。Thackeray がぼくに言うには、かれらはペーパーカンパニーのような何層にも重なるたまねぎの皮のかげに、つまり全米中の9から10の持ち株会社のかげにかくれているのだ。空家の隠れ家で偽名をつかって電話を設置し、それからたぶん別の州の電話にでも転送している。その電話代をはらうこともない。一ヶ月やそこらでひきはらってしまうからだ。そしてどこかほかの田舎町で、同じようなうさんくさいベテランの電話詐欺の仲間と同じことをやる。クレジットカードの利用履歴を買うか盗むかして、PCにいれて、65才以上のチャリティをたくさん出している人物を抽出する。搾取するサブカルチャー、詐欺にしゃかりきになる無慈悲なやつら。
「盲目の人のために灯りをともすようなものです」 Thackeray は気が進まないようにつぶやいた。「終わりがないのよ」
ぼくらはアリゾナ州フェニックスのダウンタウンの食堂にいた。フェニックスはタフな街で、困難なときを何度も目撃してきた州都だ。ぼくのようなテキサス出身者にとってさえ、アリゾナ州の政治はどちらかといえばかわったものに思える。マーティン・ルーサー・キング記念日の騒動は終結せず今でもつづいており、アリゾナ州の政治を有名なものとしている、何かしこりのようなようなものだ。アリゾナのエキセントリックな共和党の億万長者の知事 Evan Mecham も、州の政治をばかげた混乱に追い込み糾弾されていた。アリゾナ住宅貯蓄貸付組合を巻き込んだ全米で有名な Keating スキャンダルもおきているし、そこではアリゾナ出身の上院議員 DeConcini と McCain が悲劇的な大きな役割をはたしている。
最近では奇妙な AzScam の事件だ。フェニックス市の警察官でラスベガスギャングのふりをした情報提供者から州の議員に現金をわたしているのがビデオテープに撮影されている。
「あら、」 Thackeray は楽しそうに言った。「かれらはここではアマチュアですもの。大物とでも取引してるつもりだったんでしょうよ。どうやってわいろを受取ったらいいかもわかってないんだから! 組織的な腐敗とはいえないでしょう。昔のフィラデルフィラとはわけが違うわ」
Gail Thackeray はかつてはフィラデルフィラの検察官であり、今はアリゾナ州の司法長官補佐をやめたばかりだ。1986年にアリゾナに移ってから、上司である Steve Twist の庇護のもとに司法長官の事務所で働いてきた。Steve Twist はアリゾナの先駆者的なコンピュータ犯罪法を作成し、とうぜんそれが執行されるのに関心を抱きつづけていた。そこはこじんまりとしたニッチな場所だった。 Thackeray の組織犯罪及びゆすりたかり対策部門は、その野心と技術に精通していることで、全米的な評判を得ていた。アリゾナ州の最近の選挙までということだが。Thackeray の上司は、司法長官に立候補して破れたのだ。勝者の新司法長官は、明らかにライバルの痕跡を官僚の中からあとかたなく消し去ろうと骨折った。それには子飼いの、Thackerayのグループも含まれていた。12人が解雇通知を受取った。
今、Thackeray が苦心のすえに組織したコンピュータ研究所は、ワシントン通り1275のガラスとコンクリートに囲まれた司法長官の総司令部のどこかでほこりをかぶっている。彼女のコンピュータ犯罪関連の本、苦労して電話フリークやハッカーの雑誌のバックナンバーを集めたものは、すべて自費で購入したものだが、どこかの箱につめられたままになっている。アリゾナ州ではいまのところ、電子犯罪にかくべつ興味がないようだ。
インタビューをしている時点では、Gail Thackeray は公的には無職で、郡保安官の事務所で貯金をきりくずして働いており、いくつかの事件の訴追をしていた。前と変わらず週に60時間はたらいていたが、まったくの無給だった。「わたしはみんなを訓練しているの」彼女はつぶやいた。
彼女の半生は訓練に費やされているかのようだった。(たとえばぼくのような)ナイーブで不信のかたまりになっている人にむかって、「じっさいに何がおこっているか」を淡々と指摘するのだ。コンピュータ犯罪の世界は小さく、まだまだ若い。 短髪のブロンドの Gail Thackeray、ひまつぶしにグランドキャニオンの急流くだりを楽しむようなベビーブーマー世代の人物は、この世界ではもっとも経験をつんだベテランの「ハッカー取締官」の一人といっていい。彼女の指導者は Donn Parker 、カリフォルニアのシンクタンクの理論家で、70年代の中頃からすべてを手がけ、「この分野の創始者」、「コンピュータ犯罪の偉大なハゲワシ」といわれる人物だ。
そして Thackeray は学んできたことを教えている。それも際限なく。だれにでも、シークレットサービスの捜査員、州の警察に、ジョージア州グリンコの連邦訓練センターで教える。地方警察にはプロジェクターとノートをもって「巡業」にでる。企業のセキュリティ担当者、ジャーナリスト、そして親たちへも。
詐欺を行う者さえ Gail Thackeray にアドバイスを求めにくる。電話フリークは事務所まで電話をかけてくる。Thackeray が誰だかはよく知っているのに。警官がどこまで迫っているか、何を知っているのかさぐりをいれようとするのだ。時には違法な電話会議をやっている電話フリークの集団が押し寄せることもある。かれらは Thackeray に教えてくれる。いつもかれらは自慢する。電話フリークは、正真正銘、本物の電話フリークはただ「だまっていることができない」。何時間もぐちゃぐちゃしゃべり続けるのだ。
かれらだけにしておくと、ほとんどこみいった電話料金詐欺について話している。車好きが、サスペンションやキャップについて話してるのを聞くのと同じくらい興味深い。あとはお互いのひどいゴシップを交換しあう。そして Gail Thackeray と話すときには、かれらは自ら罪を背負い込むことになる。「テープがあるの」 Thackeray はクールに言う。
電話フリークは狂ったように話す。アラバマの「Dial-Tone」は、30分ほども盗んだ電話課金コードを大声で留守番電話に読み上げることで知られている。何百、何千と数字が一本調子で休みなく読み上げられるのは、薄気味悪い。逮捕されると、知ってるやつらについて何もかもを話さない電話フリークはめずらしいといっていい。
ハッカーだってかわらない。他の犯罪者のグループが、Thackeray はレトリカルに尋ねる、ニュースペーパーを発行したりコンベンションを開催したりする? Thackeray はそういった行動のあつかましさにひどくいらだっているようだ。でも外部のものにとっては、こういった行動こそがハッカーたちが全くの「犯罪者」にすぎないのかどうかを疑わせる原因となっている。スケートボーダーのためには雑誌があるし、彼らはしばしば入っちゃいけない場所に入る。車好きにも雑誌はあるし、彼らはスピード違反も犯せば、人を殺すこともある。
ぼくは Thackeray にもし電話フリーキングやコンピュータハッキングが趣味としてはやらなくなり廃れて、誰もやらなくなったら、それでも社会になにかの損害を与えるのかと尋ねてみた。
驚いたみたいだが、「いいえ」とすぐに答えをかえした。「でもたぶん少しは、昔みたいに、MITみたいなね。ただ今じゃ、コンピュータを使ってできる合法的な活動はやまほどあるわ。なにかを学ぶためにどうして他人のコンピュータに侵入しなきゃならないのかしら。そんな言い訳はとおらない。なんでも学びたいことは学べるんですから」
「システムをハックしたことは?」
グリンコで訓練を受ける人たちはみんなね。単なるシステムの脆弱さのデモンストレーションよ。Thackeray はハックにはクールで、まったく無関心だった。
「どんなコンピュータをもっていますか?」
「コンパックの 286LE」 彼女はぼそぼそと答えた。
「どんなコンピュータが『欲しい』ですか?」
この質問で、間違えようのない真のハッカーならではのきらめきが Thackeray の目にうかんだ。意気込み生き生きとし、言葉が口をついてでた。「IBMのカードがささって、マックのエミュレーションができる Amiga 2000 ! ハッカーがよくつかっているマシンは Amiga やCommodore でしょ。それに Apple」 もし彼女が Amiga をもっていたなら、もう熱狂はとまらない、押収したコンピュータ犯罪の証拠のディスクの全てを、一台のいろいろな機種の機能をもったマシンにいれておけると。安いやつも一台ほしいわ。昔の司法長官の研究室にあったようなやつじゃなくて、そこにあったのは古い CP/M が一台、何台かの Amiga や Apple っぽいマシン、IBMが二台、それからユーティリティソフトがいくつか、でも Commodore はなし。司法長官の研究室のワークステーションは、ワープロ専用の Wang よ。オフィスのネットワークにつながったどうしようもないマシンたち。でも少なくとも Lexis と Westlaw の法律データベースにはオンラインでつながっていたけれど。
ぼくは何も言わなかった。でもその症候群は分かっていた。このコンピュータ熱にうかされた症候群は、いまやわれわれの社会のあらゆる場所でここ何年にもわたってみられるものだ。奇妙な種類の欲望といっていい。キロバイトを求め(K-hunger)、メガバイトを求め(Meg-hunger)、蔓延している病気だ。リリースされたソフトや高価な周辺機器の細かく、些細な点まで会話が深入りして、パーティが台無しになったりもする。ハッカーというけだもののまぎれもない証拠だ。ぼくもそうだ。すべての「電子コミュニティ」は、どういったものであろうとも、その特徴をそなえている。Gail Thackeray はハッカーの警官だ。ぼくがすぐに強く感じたのは、腹立ちまじりのあわれみだった。「なぜこの女性に誰か Amiga を買ってやらないんだ?」 Cray X-MP のスーパーコンピューターを欲しがってるわけでもなかろうに。Amiga 一台なんて、小さなかわいいクッキー箱みたいなものだ。われわれは詐欺の組織犯罪で何兆億ドルも失っている。一人のハッカーの事件を訴追して弁護するのに、ゆうに10万ドルはかかるだろう。どうしてたった4000ドルぽっちでこの女性の助けになるのに、誰もそれを提供しようとしないんだ? 10万ドルあれば、アメリカ中のコンピュータ犯罪警官に Amiga を一台ずつ買ってやれる。警官なんてそれほどしかいないのだ。
コンピュータ、そうコンピュータに対する欲望、飢え。かきたてられる忠誠心、強い所有欲。そこに育つ文化。ぼくがいまアリゾナ州フェニックスのダウンタウンにいるのは、とつぜんぼくのコンピュータを警官がやってきて持っていってしまう「かもしれない」と思ったからだ。この予想は、単に「それとなくほのめかされた脅威」程度のものだが、耐えられないものでもある。それは文字通りぼくの人生を変えた。他の多くの人の人生を変えてきている。しまいには全ての人の人生を変えることだろう。
Gail Thackeray はアメリカのコンピュータ犯罪取り締まりでも十指にはいる一人だ。そしてぼくはただの作家だ。でも彼女よりぼくの方がいいコンピュータを使っている。「じっさいぼくが知っている誰でも」 Gail Thackeray の貧弱なラップトップの286よりはいいコンピュータをもっている。それはまるでダッジシティを一掃するために保安官を差し向けておきながら、装備はゴムのタイヤから作ったぱちんこといった具合だ。
そうはいっても、法を執行するのに曲射砲が必要なわけではない。警官のバッジだけでも多くのことができる。基本的にはバッジだけでも、悪人に罰を加えこっぴどく思い知らせてやれる。コンピュータ犯罪捜査の90%は、ただの犯罪捜査といっていい。名前、住所、身の上、手口、捜査令状、被害者、原告、情報提供者などなど。
10年後にはコンピュータ犯罪はどうなってると思います? いい方向に向かうんでしょうか? サンデビル作戦はかれらに打撃をあたえて混乱させたのでしょうか?
今と変わらないでしょう、いや悪くなるかも、と Thackeray は断言した。その背景には時をへて、時代とともに変化してきた犯罪アンダーグラウンドがある。ドラッグと同じ運命をたどると思えばいい。アルコールと同じ問題だ。世界中の全ての警官と法律をもってしても、アルコールの問題を解決できるわけじゃない。もし欲しければ、ある一定の割合の人はそれを得ようとする。全人口の15%は決して盗みをしない。15%はつかまらなければ何でも盗む。戦いは残りの70%の心と気持ちのためのものなのだ。
そして犯罪者の飲み込みははやい。もし「学習曲線が急」すぎなければ、もし挫折するほどの量の専門知識と実践が必要とされるのでなければ、犯罪者はしばしば新しいテクノロジーの門を最初にくぐる種類の人たちといっていい。特に身元を隠してくれる場合はそうだ。犯罪者は現金をたっぷりもっている。ポケットベル、携帯電話、ファックス、宅急便はお金のある法人と犯罪者が使い始めたものだ。ポケットベルの初期には、あまりにヤクのディーラーがこの技術を活用していたものだから、ポケットベルを持っていることイコール、コカインの密売をやっている明白な証拠となったぐらいだ。CB無線は制限時速が55マイルになったときに広まったし、交通法規をやぶるのが全国民の娯楽にもなった。宅急便の事務所の注意書きには現金は送らないようにと書かれている。それにもかからわず、ヤクの売人は現金を宅急便で送ったし、いや送ったからこそその注意書きが書かれることとなったのだろう。宅急便業者はX線や警察犬で配布物を検査してドラッグの発送をくいとめようとしているが、上手くいってるとはいいがたい。
ヤクの売人は携帯電話でもはでにやってる。携帯電話では簡単な方法でIDを偽ることができ、通話の場所を移動して、料金をごまかし、効率よく跡をつけられないようにしている。被害をうけている携帯電話会社には、日々延々とコロンビアやパキスタンへの通話記録が持ち込まれる。
Greene 判事のくだした電話会社の分割命令のせいで、捜査官たちは気もくるわんばかりだ。4000もの電話通信会社が存在している。詐欺もやりほうだい。世界中のありとあらゆる誘惑が電話課金コードとクレジットカード番号で充たされていく。犯罪の跡をたどることもできない。「新しい巧妙な腐敗」の山が築かれている。
Thackeray にとって必要なものが一つあるとすれば、この新しい分割された地雷原を回避する法的に有効な手段だろう。
それは新しい形の「電子捜査令状」といったものになるだろう。裁判官が発行してくれる「電子的なしるし」といっていいかもしれない。それは新たな種類の「電子的な緊急事態」をしめすことになるだろう。盗聴のように、その利用はごくまれなもので、州の境をこえて関係するもの全て、携帯電話、レーザー、コンピュータネットワーク、PBX、AT&T、ベビーベル、長距離電話会社、パケットラジオに速やかな協力を求めるものとなるだろう。なんらかの文書や効力のある裁判所命令で、4000に分割された官僚的な企業を切り分けて、すぐさま発信元、脅迫やウイルス入りの電子メールの送信元、ばくだん騒ぎ、誘拐騒ぎの発信元へとたどりつけるようになること。「これからは」Thackeray
は言う。「誘拐された子供はつねに殺されることになるでしょうね」
ネットをつくりあげたものはとどまることがない、たとえ一時でも。そのスピードにおいつかなければならない。ひとっとびできる魔法のくつ。それこそが彼女に必要なものだ。「そういったやつらはナノセコンドのスピードで動いているわ、なのにわたしときたらポニーにのってる始末ですもの」
それに、興味深い見方もある。電子犯罪に、現実のどこかの場所の司法権を適用するのはいままでも困難だった。しかも電話フリークやハッカーは、境界が大っ嫌いときてる。乗り越えられるものなら、すぐにでも乗り越えていく。イギリス人、オランダ人、ドイツ人(とくに至るところに姿をあらわす
Chaos Computer Club)、オーストラリア人、みんなアメリカから電話フリークのやり方を学んでいる。拡大しつづけるひどい仕組みだ。多国籍にまたがるネットワークは、グローバルといえる。ただ政府や警察はまったくそうとはいえない。法律もそうだ。市民を守る法的な枠組みがグローバルではないのだ。
ただ言語だけはグローバルだ、そう英語だ。電話フリークは英語をはなす。ドイツ人でも母国語は英語だ。英語はイギリスで使われ始めたかもしれないが、いまやネットの言語だ。または「CNNese」なんていわれたりもしている。
アジア人は電話フリークはあまりやらない。組織的な違法ソフトコピーがお得意だ。フランス人も電話フリークはやらない。かれらはコンピュータをつかった産業スパイがお手のものだ。
MIT の正しいハッカーの古きよき時代には、システムをクラッシュさせても誰も傷つけることはなかった。とにかくそれほどは傷つけなかった。でもそれは永遠に続くわけじゃない。いまではクラッシュさせるものたちはもっと堕落しているし、先行きもあかるくない。すぐにでもハッキングで人が死ぬだろう。すでに911システム(日本の119)への通話を妨害したり、警察のじゃまをしたりして、あわれな本当に緊急事態にいる人が911へ電話をかけても死んでしまう可能性をひきおこすいくつかの方法がある。Amtrak
のコンピュータや管制塔のコンピュータに侵入したハッカーがいつかだれかを殺すだろう。多くの人を死に至らしめるかもしれない。Gail Thackeray はそう考えている。
それにウイルスもだんだんひどいものになっている。最近は「Scud」ウイルスなるものがでてきて、ハードディスクを消去する。
Thackeray によれば、電話フリークがロビンフッドだなんて考え方こそ詐欺だという。そんな評判には値しない。だいたいが弱者から搾取しているのだ。AT&Tはいまや自動逆探知(ANI
Automatic Number Identification )でみずからを守っている。AT&Tが警戒してセキュリティを固めると、フリークたちはベビーベルへと流れていった。ベビーベルは、1989年と1990年に激しくフリークを攻撃した。そして彼らはより小さな長距離電話会社へと標的をきりかえた。今日フリークたちは、セキュリティホールがたっぷりの個別のPBXやボイスメールシステムへと拠点をうつしている。ハックするのは死ぬほど簡単だ。その犠牲者はノッティンガムの金持ち保安官や
Bad King Johnではなくて、自分たちを守るすべを知らない小さな善良な人々のグループであり、そういった略奪行為で本当に困る人たちだ。電話フリークは弱者から搾取する。それも力を得るために。もしそれが合法なら、フリークたちはそんなことはしない。別にサービスや知識がほしいわけではない。力をかすめとるスリルがほしいのだ。もしお金を支払えば、知識やサービスはいたるところに十分にある。電話フリークはお金をださずに盗む。なぜならそれが力を感じされてくれる違法なことだからだ、それこそがフリークたちの虚栄心を満足させるのだ。
ぼくは、Gail Thackeray
と事務所のビルのドアのところで握手をして別れた。大きなインターナショナル風のダウンタウンにあるビルだった。取締官の事務所はその一部を間借りしている。そのビルの大部分は空いてるんじゃないかというような印象をうけた、不動産不況。
フェニックスのダウンタウンの商店街のスポーツ衣料店で、ぼくは「Sun Devil」本人にでくわした。Sun Devil とはアリゾナ州立大学の漫画のマスコットで、大学のフットボールスタジアムは地域のシークレットサービス本部の目と鼻の先にあった。だから Sundevil 作戦という名前がついたわけだ。Sun Devil の名前は、Sparky という。Sparky は茶色と明るい黄色のスクールカラーで、黄色の干草用のみつまたをふりまわしている。ちょびひげをたくわえ、耳はとがっていて、さかとげの尻尾をつけて、大喜びする悪魔よろしく前方の空気をみつまたできりさくようにして走っている。
フェニックスは、Sundevil
作戦の本拠地である。Legion of Doom が The Phoenix Project というハッカー掲示板を動かしていたし、Phoenix という名前のオーストラリア人のハッカーがインターネット経由で Cliff Stoll をこっそり攻撃して、それを New York Times でこれみよがしに自慢したこともある。ネットにおける奇妙な偶然の一致は、摩訶不思議なものだ。
Gail Thackeray の元の職場、アリゾナ司法長官の本部はワシントン通りの1275にある。フェニックスのダウンタウンの通りの多くは、有名なアメリカ大統領の名前にちなんでいる。ワシントン、ジェファーソン、マディソンなど。
暗くなってきて、勤め人は郊外への家路を急いでいる。ワシントン通り、ジェファーソン通り、マディソン通りを。フェニックスの街の中心部はどうなっているのだろう? もしこんなスプロール化した自動車社会の街に中心部があるとすればだが。短期間その場所にとどまる人と世間に見捨てられた人、そうホームレスの溜まり場になっているのだろうか。ワシントン通りの歩道には、オレンジの木が植えられており、歩道や排水溝に熟れた果物がクロケットのボールのように散乱していた。だれもそれを食べようとはしないようだが、ぼくは新鮮なやつをひとつ試してみた。すごく苦い味だった。
バビットが司法長官をしていた1981年にたてられた事務所は、背が低く細長い二階建ての白いセメント造りのビルで、壁一面がガラスになっていた。ガラスの壁の向こう側には検事の事務所があり、開放的で道行く人からも見えるようになっている。道の反対側には、ただ「経済安定」と看板がでている政府の暗いビルがある。経済の安定、アメリカ南西部では最近あまりお目にかかれないものだ。
事務所は12フィート四方ほどで、赤い背表紙の法律の本が背の高い木製の本棚にところせましと積まれていた。Wang
のモニター、たくさんのポストイットのメモ。ロースクールの卒業証書と、ありがちなたくさんのひどい西部の風景がかざってあった。Ansel Adams
の写真がお気に入りらしい。たぶん、2エーカーほどのまだらなアスファルトの陰鬱な駐車場の埋め合わせといったところなのだろう。駐車場はじゃりだらけで、元気のないタマサボテンが目についた。
すっかり暗くなり、Gail Thackeray
が言っていたのだが、ここらへんで遅くなると駐車場で強盗に気をつけなければいけないそうだ。サイバースペースの国境なき迷路をまたにかける電子犯罪者を追跡する女性が、自分の職場の駐車場で誰もかもに見捨てられたホームレスに襲われることを恐れなければならないなんて、ものすごく皮肉なことに思える。
たぶんそれは偶然のめぐりあわせとはいえないだろう。このような見たところ全く共通点のない2つの世界が、お互いを生み出しているようなものなのだ。貧乏で公民権をうばわれた人は通りにいて、一方豊かでコンピュータをつかいこなす人たちは寝室でくつろぎ、モデムごしにしゃべっている。もしなにか死ぬほど欲しいものが目にとまれば、しばしばホームレスはガラスを蹴破って検事の事務所に押し入る。
ぼくは駐車場をよこぎって司法長官事務所の裏側の通りにでた。二人の若い浮浪者が、道路からくぼんでいる小さなスペースでぺちゃんこになったダンボールを下にひいて横になっていた。浮浪者のひとりはコカコーラの書体で「カリフォルニア」と書かれているきらきら光るTシャツをきており、鼻と両頬はすりきれてはれあがり、ワセリンのようなものでぎらぎらしていた。もう一人はぼろぼろの長いシャツをきて、そのブラウンの髪の毛はくせがなくまっすぐで、真中で2つにわけていた。2人とも汚れたジーンズをはき、酔っ払っていた。
「君らはよくここに来るのかい?」ぼくは尋ねてみた。
2人はぼくを警戒した。ぼくは黒いジーンズをはき、ピンストライプのジャケットに黒いシルクのネクタイをしていた。ふうがわりな靴をはき、髪型もちょっとかわっている。
「ここは初めてだ」赤い鼻の男があいまいに答える。ここにはたくさんダンボールがあるし、2人で使うには十分すぎるぐらいだ。
「たいがいは通りを向こうに行ったビニーのところにいるんだ」ブラウンの髪の方が答える。マルボロを瞑想にふけるようにふかしながら。大の字に横になって、頭はナイロンのリュックにのせている「セントビンセントのことだよ」
「あそこのあのビルではどんな人が働いてるか知ってるかい?」ぼくは指差しながらたずねた。
ブラウンの髪の方が肩をすくめた「法律関係だろ、そういうやつだよ」
ぼくらはたがいに、じゃあとあいさつをかわす。彼らに5ドルをわたした。
一ブロックほどいったところで、業務用の手押し車のようなものを押している体つきのいい労働者にでくわした。プロパンガスのタンクを載せているように見えた。
目があって、会釈をした。すれ違いざまに「やぁ、どうも、だんな!」と彼が声をかけてきた。
「ぼくかい?」と立ち止まりふりかえった。
早口でつづける「黒人で6フィート7インチあって、こんな傷跡が両頬にある」と手で示してみせ、「黒い野球帽を逆にかぶって、ここらへんをうろちょろしてた奴を見なかったか?」
「出会いたくないもんだな」
「俺の財布を盗みやがった。今朝だよ、そういったやつらにびびる輩もいるが、俺はびびりゃしねぇ。シカゴ出身だからな。ぶっとばしてやる。シカゴじゃそうしたもんだ」
「ほんとに?」
「警察にはいったし、やつは指名手配だぜ、くそったれが」満足げな笑みを浮かべる。「もし会ったら、教えてくれ」
「いいよ、あんたの名前は?」
「スタンリーだ」
「どうやって知らせればいい?」
「あぁ、」とかわらない早口でつづける。「俺に知らせる必要はないよ。警察に知らせてくれるだけでいい。警察に直接いってくれ」ポケットに手をいれると、つるつるの厚紙をとりだした。「これがやつについての手配書だ」
それをみると、サイズは索引カードほどで、PRO-ACT とかかれていた。Phoenix Residents Opposing Active Crime Threat(フェニックスの住民による犯罪の脅威への反対)、それとも Organized Against Crime Threat(犯罪組織への対抗組織)? 暗い夜道では読みにくかった。自警団とかそういったたぐいなんだろうか? 近隣の見回りか? まったくわけがわからなかった。
「警官なのかい?」
相手は微笑んだ、その質問が気に入ったらしい。
「いいや」
「フェニックスに住んでるんだろ?」
「ホームレスのいうことを信じるのかい?」スタンリーは答える。
「本当に? でもそれをどうして...」そこではじめてぼくはスタンリーの手押し車をよくみた。業務用のゴムタイヤがついたものだが、プロパンガスのタンクだと思ったものは給水器だった。スタンリーは軍用の雑嚢ももっていたし、服やたぶんテントもソーセージをつめるみたいにきっちり詰め込まれている。手押し車の下のほうには、ダンボール箱とぼろぼろの皮のブリーフケースが積まれている。
「そうか」すっかり当惑してぼくは答えた。そこではじめて、ぼくはスタンリーが財布をもっていることに気づいた。財布をなくしてなかったわけだ。財布は後ろのポケットにおさまっており、ベルトとチェーンでつながっている。新しい財布ではない。すっかり使い古されているように思える。
「さぁ、これでどういうことかわかったな、兄弟」スタンリーは言った。ぼくも彼がホームレスだということがわかったので、「脅威があること」を感じ、その瞬間に彼を見る目が急変した。以前は明るく熱心な話し方に思えたものが、いまや偏執狂の危険な感じに思われた。「やらなきゃいけない!」彼は断言した。「やつを追いつめないと。やらなきゃいけない、そうだろ、いっしょにやろうぜ」微笑み、うなずき、さびかけたゴムの取っ手をもち手押し車をうごかす。
「いっしょにやろうぜ、なぁ」スタンリーは大声をだした、顔はあかるく輝いている。「警察が何もかもをできるわけじゃない!」
フェニックスのダウンタウンでぶらぶら歩くうちにであった人たちは、この本では唯一のコンピュータ音痴である。ただかれらを関係ないとするのは大きな間違いだ。
社会にコンピュータが蔓延するにつれて、一般の人たちは future shock の波に洗われることから逃れられない。ただその逆で、必然的に「コンピュータコミュニティ」それ自体もきたるべきコンピュータ音痴たちの波に洗われることから逃れられない。現在アメリカのデジタルの恩恵を享受している人々は、こういった自由を求めて叫び声をあげる多くの落ちこぼれをどのように考え、またどのように取り扱うのだろう? エレクトロニックフロンティアは、新たなチャンスを与える場所になるのだろうか? あるいは囲まれ監視をうける隔離された場所となるのだろうか? そこでは権利をうばわれたものは、われわれの正義の家の閉ざされたドアの前で、ダンボールの上に身を休めるのだろうか?
コンピュータとなじめない人がいるのは確かである。読むことも、タイプすることもできないし、リングで留められたマニュアルの不可解な説明を理解する能力もない。どこかで、人びとのコンピュータ化のプロセスは限界に達する。ある種の人たち、たぶん他の場面では上手くやっていけるきわめてきちんとした人たちが、境界のはるか外側に取り残されるだろう。そういった人たちは、このきらきらと輝くエレクトリックワールドでどうすればいいのだろう? サイバースペースのマウス使いの名人はこういった人たちのことをどう思うんだろう? 軽蔑する? 無関心? 怖がる?
思い返してみれば、哀れなスタンリーがいかに突然目に見える脅威になったかがぼくを驚かす。驚きと恐怖はよく似た感情である。そしてコンピュータの世界は驚きに満ちている。
フェニックスの街角でぼくが出会ったものがある。その役割は、この本のなかでも飛びぬけており、また直接の関係がある。それは、スタンリーのいっていた巨体の盗人の恐ろしい幽霊だ。その幽霊はこの本のいたるところに姿をあらわす。サイバースペースを徘徊する妖怪といってもいい。
あるときは、なんの理由もなく電話システムを叩きつぶそうとする狂信的な破壊者であり、あるときは独裁的な連邦職員で、われわれの権利章典をめちゃくちゃにしようと冷酷に万能のメインフレームでプログラミングしている。あるときは電話会社の官僚で、オーウェル的な監視体制をとるために全てのモデムを登録しようと密かにもくろんでるかもしれない。ただ、もっともありそうな恐ろしい幽霊は「ハッカー」だろう。風変わりでどこにも属してないし、誰にも認められてもいなければ、健全な感じはしないし、いるべき場所にとどまっていることもなく、われわれの一員でもない。恐怖の焦点はハッカーにあつまる。それは、スタンリーの空想の敵が黒人であるのと全く同じ理由である。
スタンリーの悪魔は消え去ることはない。なぜならその悪魔は存在しないからだ。一途な懸命の努力をもってしても、捕まえることも、起訴することも、投獄することも、銃で撃つこともできない。その人物に関して何かをするなかで唯一建設的な方法は、スタンリー自身についてよく知ることだ。その知るプロセスは楽しいとはいえないだろう。つらいかもしれないし、パラノイア的な混乱の要素が大きいかもしれない。ただそれは必要なことだ。スタンリーを知るには、階級をこえたおせっかい以上のものが必要となる。断固とした法律に基づいた客観性以上のものが必要となるし、人間的な思いやりや同情以上のものが必要だ。
スタンリーを知るということは、彼の悪魔を知るということだ。もし他人の悪魔を知れば、たぶん自分の悪魔についても幾分知るところはあるだろう。幻想と現実を区別することができるようになる。それにすくなくともあなた自身にとって、効果より害があるということもないだろう。そう、まるで哀れでみじめなシカゴ出身のスタンリーにとってそうであるように。