『ハッカーを追え』の翻訳。特に誤訳、誤字などの指摘があったら、メールでもいただければ。
太字は英文のポップアップつき。
Literary Freeware: Not for Commercial Use
THE HACKER
CRACKDOWN Law and Disorder on the Electronic Frontier by Bruce
Sterling
NuPrometheus + FBI = Grateful Dead
ハッカーを追えの中では、ここまで見てきたように、技術的、サブカルチャー、犯罪、法的な問題を扱ってきた。市民自由運動家の話は、他の側面もすべて含んでいるけれども、根深いところで徹底的に「政治的」である。
1990年には、はっきりしない長いあいだぐつぐつと煮えたぎるようなサイバースペースの所有権と性質をめぐる争いが、声高にそしてひきかえせないほど公けのものとなってきた。アメリカ社会のもっとも奇妙なところにいた人たちが、とつぜん公の前に姿をあらわすことになった。そういった人たちのなかには、この状況がかれらが想像したものをはるかに越えたものであることに気づいたものもいた。かれらは引き返して、もといた居心地のよいサブカルチャーのすきまであるへんぴな場所へと帰っていこうとしたが、これは後にだいたいにおいて間違いだったことがわかる。
しかし市民自由運動家は1990年に生きていた。かれらは、自信なさげだがだんだん洗練されたダンスのステップを公のステージで試していくにつれ、組織化をはかり、宣伝をして、演壇をたたき、説得し、各地をまわり、交渉し、広告のためにポーズをとり、インタビューを受け、脚光をあびて戸惑ったりした。
なぜ市民自由運動家がこういった競争優位をもつことになったのか、理解するのは難しいことではない。
デジタルアンダーグラウンドのハッカーたちは、外部の影響とかかわりをもたないエリートだ。自分たちの行動について一般大衆の前で、なんらかの説得力のある議論をするのは難しい。じっさい、ハッカーたちは徹底的に「無知な」大衆を嫌うし、「組織」による判断を信用することはない。ハッカーたちは情報を伝える。ただし自分たちのあいだだけで、たいていは思いつきで、階級闘争、若者の反逆、世間知らずなコンピュータユートピアのスペルも間違いだらけの宣言文でだ。ハッカーたちはアンダーグラウンドでの評判を打ち立て維持するために、見せびらかしたり、自慢したりしなければならない。しかし大声で公然と声をだすと、アンダーグラウンドの微妙な表面の緊張関係は崩れてしまう。そしてかれらは疲れきってしまうか、逮捕される。長い時間でみると、ほとんどのハッカーたちはつまづき、手入れをうけ、裏切られ、あきらめてしまう。政治的な勢力としては、デジタルアンダーグラウンドは役にたたない。
電話会社は、かれらにしてみれば象牙の塔を延々と取り囲まれているようなものだ。計算された大衆イメージを推進するような大金を持っているが、大きなエネルギーと意思をお互いに相手を中傷する下品な広告に無駄に費やしている。電話会社は政治家に苦しめられ、ハッカーたちと同じように、大衆の判断を信頼していない。そしてこの不信には根拠があるといえるかもしれない。ハイテクの1990年代の一般大衆は、どんな電気通信が一番いいのか理解するようになってきているのだろうか? これは電話会社が一世紀以上にもわたって享受してきた専門技術的な力と権威にとって、重大な危機をもたらしそうだ。電話会社にはかなり優位な点がある。忠実な従業員、専門家、権力に対する影響力、法取締機関の戦術的な同盟者、そして信じられないほど巨額の金。ただ政治的にみれば、かれらには純粋な草の根の支持がかけている。友人は多くはなさそうだ。
警官は、他の人たちが知らないようなことをたくさん知っている。しかし警官は自分たちの組織の目的、それ以上に社会の秩序に合致してると思うときにしか、その知識をすすんでだそうとはしない。警官は尊敬されているし、責任があり、町や家庭では力をもっているが、脚光をあびることはない。押し付けられれば、悪者をおどすため、優秀な市民をおだてるため、あるいは騙されやすく道を誤ったものに厳しく諭すために、大衆が注目する中に少しは姿をあらわすこともある。ただその後すぐ、警察署、法廷、規則などの昔ながらの安全な場所に逃げ帰ってしまう。
しかし電子的な市民自由運動家は、うまれながらに政治的な人間であることを示してきた。かれらは早い時期から、コミュニケーションが力になるという最先端の公理をわかっていたようだ。宣伝も力になる。繰り返し放映される画像(Soundbites)も力になる。ある問題を公共の政治課題にする能力、そして「そのまま課題として維持する」能力は力である。名声も力だ。もしどうにかして大衆の目や耳にとまれば、人として話が流暢で雄弁なことも力になりうる。
市民自由運動家は、「技術力」を占有しない。かれらは全員コンピューターをもっているが、ほとんどは特に進んだコンピューターの専門家というわけではない。お金もたくさんもっているが、電話会社や連邦捜査員がもっているようなばく大な資金やリソースを保有しているわけではない。人を逮捕するような力はないし、電話フリークやハッカーのようにひそかに卑劣なわるだくみをしたりはしない。
しかし市民自由運動家は、どのようにネットワークを組むかを知っていた。
この本に出て来る他のグループとは違って、市民自由運動家は多くのことをオープンに行ってるし、多かれ少なかれ大衆の話題になるようにやってきた。かれらは聴衆に十分教えてきたし、無数のジャーナリストに話しかけてきた。そして人を集める腕をあげてきた。カメラのシャッターを押しつづけ、かれらのファックスは動きつづけ、電子メールをやりとりし、コピー機はいつも動きっぱなしで、封筒をなめて封をして、飛行機と長距離電話に一財産を費やしてる。情報社会においては、こうしたオープンな秘密でない、わかりやすい活動には大きな力があるということが分かってきている。
1990年にサイバースペースの市民自由運動家は、特にどこからともなくすごい勢いで集まってきた。この「グループ」(じっさいには、関心を同じくする人の集まりのネットワークといったところだが、ほとんどこのおおまかな説明にも値しないようなものだ)は、正式な組織といったようなものでは全くなかった。こうしたサイバースペースの問題に興味をもつ公式の市民自由活動家の組織は、主なものとしては Computer Professionals for Social Responsibility と American Civil Liberties Union があるが、1990年の出来事とともに登場し、主に協力者、引受人、発射台として活動したのだ。
それにもかかわらず、市民自由運動家は1990年のハッカー一斉取締りにおいてはあらゆる集団の中でももっとも大きな成功をおさめた。この本の執筆時点では、かれらの将来は明るく、潜在的なイニシアチブはかれらの手中にある。こういうことを実際にやりとげた人たちのほとんど考えられないような人生やライフスタイルを考える上で、こうしたことを念頭においておかなければならない。
1989年6月にカリフォルニア州、クパチーノのアップルコンピュータは問題をかかえていた。誰かが違法にアップルが所有しているソフトの一部をコピーしたのだ。そのソフトは、マッキントッシュの画面表示をつかさどる内蔵チップを制御するものだった。この Color QuickDraw (高速カラー描写) のソースコードはアップルの知的財産としてしっかり守られているはずで、内部の信用ある者しか持っていないはずだった。
しかし「ニュープロメテウス同盟(NuPrometheus League)」はそうでないことを望んだ。この人物(あるいは複数の人物)は、このソースコードの不正コピーを何本か、2ダースほども作ってフロッピーディスクにいれて封筒でアメリカ中に送った。コンピュータ業界のアップルコンピュータで直接働いてないものの、何からの関係を持っている人たちへ。
ニュープロメテウスの犯罪は複雑で、高いイデオロギーに属するもので、ハッカーらしい犯罪だった。プロメテウスといえば、神から火を盗んで、そのすばらしい贈り物を一般階級の虐げられていた人類に与えたことが思い起こされる。神のような意地の悪い態度は、アップルコンピューターの企業エリートを彷彿とさせるし、一方「ニュー」プロメテウスは、自分を反旗をひるがえした下級神とみなしたわけだ。その違法にコピーされたデータは自由に(ただで)配られた。
新しいプロメテウスは誰であれ、ギリシア神話のプロメテウスの運命はまぬがれた。プロメテウスは執念深い神々によって岩に鎖で何世紀もつながれ、ワシがプロメテウスの肝臓をついばんだ。その反対に、ニュープロメテウスは彼が目標としたものに比べれば、ほんの少しで逃げ出した。Color QuickDraw のコードをほんの少しちょろまかしてコピーしても、アップルの競合企業には何の役にも立たない(というか、実際には誰にとっても何の役にも立たない)。人類に火を与えたのとは違って、ニュープロメテウスのやったことは使い捨てライターの設計図の一部をコピーしたくらいのものだ。その行為は、産業スパイの本当の仕事とはいえない。アップル株式会社のヒエラルキーにシンボリックで意図的な平手打ちをしたようなもの、と解釈するのが一番いい。
アップルのお家騒動は業界では良く知られている。アップルの起業家、ジョブスとウォズニックはすでに会社を離れて長い。会社の中心部の騒々しい古参の従業員は、1960年代カリフォルニアでどさまわりをしていた連中だが、その多くは新しいアップルの型にはまった億万長者体制にはあまり満足していないようだ。1980年代初頭にマッキントッシュモデルを発明したプログラマーや開発者の多くも、すでに会社を離れていた。盗まれた Color QuickDraw のコードを書いたのはかれらであり、現在のアップルの会社の運命を決めている人たちではない。ニュープロメテウスの人目をひく行為は、会社の士気を下げるためにちゃんと計算されたものだった。
アップルはFBI に通報した。FBI は、人目をひく知的財産の窃盗の事件、産業スパイ、企業機密の窃盗に興味をもっていた。FBI は通報するのに適切な相手だったのだろう。うわさでは、責任者がFBIによって発見され、アップルの経営陣はしずかに解決することを選んだ。ニュープロメテウスは公的には罪を問われることはなかったし、告訴されることも、牢獄にはいることもなかった。ただそれ以降マッキントッシュの内部ソフトの違法なリリースはなかった。結局、ニュープロメテウスの不快な問題は忘れられていった。
しかしながらその間に、FBIからの驚くべきお客をもてなした数多くの困惑した第三者がたくさんいた。
そうした人物の一人が、John Perry Barlow である。Barlow はもっとも変わった人物といっていい。ふつうの言葉では形容しがたい。たぶん Grateful Dead の作詞者というのが一番良く知られている経歴だろう。"Hell in a Bucket," "Picasso Moon," "Mexicali Blues," "I Need a Miracle," その他といった曲の作詞をしている。1970年からバンド向けに詩を書いていた。
なんだってロックの作詞者がFBI によってコンピュータ犯罪の件で尋問されなきゃいけないんだ、というやっかいな問題に取り組む前に、Grateful Dead について一言二言説明しておいた方がいいだろう。Grateful Dead はたぶんサンフランシスコのヘイト・アシュベリー地域から生まれた数多くの感化物のなかでもっとも成功し、長続きしたものだ。ヘイト・アシュベリーでは、政治運動とLSDによる超越がもっとも盛んだった。Grateful Dead は、きずなであり、まさに旋風であり、アップリケのプリントであり、サイケデリックなヴァンであり、絞り染めのTシャツであり、アースカラーのデニムであり、熱狂したダンスとオープンなあつかましいドラッグ使用だ。カリフォルニアのファンたちの力のシンボル、そしてその現実がマクラメ結びのように Grateful Dead の周りを取り囲んでいた。
Grateful Dead とその何千という Dead ファンは完全にボヘミアンといっていい。これは広くしれわたっている。これが1990年代に意味することは、正確にはもっと問題をかかえているということかもしれない。Grateful Dead は世界でもっとも人気があり儲けているエンターテイナーの一つであり、Forbesによれば M.C. Hammer と Sean Connery にはさまれて20位というところだ。1990年には、このジーンズに身をつつんだ粗野でのけ者ということになているグループが1700万ドルを稼ぎ出している。かれらはこういった具合に、ここしばらくはこれくらいの収入を得てきている。
Grateful Dead は投資銀行家でも三つボタンの税の専門家でもないけれど、事実かれらはヒッピーのミュージシャンなわけだが、こうしたお金がボヘミアンの無意味な無駄づかいで浪費されることはなかった。Grateful Dead は何年間にもわたって、その多岐にわたる広大な文化コミュニティのさまざまな価値ある行動に資金を提供するのにきわめて積極的だった。
Grateful Dead はアメリカの権力構造における昔ながらのプレーヤーではないが、無視できないほどの勢力である。たくさんのお金と友人をさまざまな場所に、ありそうなところにも、ありえなさそうなところにも、もっている。
Grateful Dead は自然に帰ろうという環境主義で知られているかもしれないが、反テクノロジーのラッダイト主義者ではない。その反対に、たいがいのロックミュージシャンのように、Grateful Dead も多くの時間を複雑な電子機器とともに過ごしてきている。かれらは、たまたま気に入ったすぐれたツールやおもちゃに投資をしている。そしてその興味の及ぶ範囲はきわめて広い。
Grateful Dead を取り囲むコミュニティは、多くのレコーディングエンジニア、照明の専門家、ロックビデオ通、あらゆる種類の電子技術者をほこっている。そして影響は相互におよぼされる。アップルの創設者の Steve Wozniak は、ロックフェスティバルをよく開いたもので、シリコンバレーにはロックがあふれていた。
これは1990年代のことで、1960年代のことではない。今日では、おどろくほど多くのアメリカ人にとって、ボヘミアンと技術者の間を区分けていると思われていた境界線はなくなってしまった。こういった種類の人たちは風鈴をもち、ハンカチーフを首のまわりに結んだ犬を飼っているかもしれないが、それと同時にMIDIシンセサイザーソフトやすばらしいフラクタルのシミュレーションソフトが動く、メモリをたくさん積んだマッキントッシュをもっているだろう。最近では LSDの先駆者の Timothy Leary 自身でさえ、バーチャルリアリティのコンピュータグラフィックのデモを講演旅行で実演している。
John Perry Barlow は、Grateful Dead のメンバーではないが、デッドファンの上位にいる存在だ。
Barlow は自分のことを「テクノの変わり者」(techno-crank)と呼んでいる。「社会活動家」(social activist)のようなつかみ所のない言葉だが、どちらも全くの見当外れともいえない。ただ Barlow はどちらかといえば「詩人」と言った方がいい。とくに Percy Shelley の「認められていない世界の立法者」という詩人の古い定義を知っていれば。
Barlow はかつて、認められている立法者の地位につこうとしたことがある。1987年に、もう少しのところでワイオミング州上院議員の共和党の推薦をとりそこねたのだ。Barlow はワイオミング州出身で、富裕な大牧場の三代目だ。現在、40代のはじめで結婚していて3人の娘の父親でもある。
Barlow は、他人の一貫性に対するせまい考え方にはあまりとらわれない。1980年代の後半には、共和党支持者のロックの歌詞を書く牧場主はその牧場を売り払い、コンピュータテレコミュニケーションに打ちこみはじめた。
自由な精神をもつ Barlow は、この転身をいとも簡単にやりとげた。本当にコンピュータを楽しんでいた。モデムのビープ音で、ワイオミングの Pinedale の小さな町から、世界中からの聡明な創意工夫にみちた多くの活発な技術者たちと電子的な接触をはかっていた。Barlow は、コンピュータの魅力的な社会環境をみつけた。そこは追越車線の速度で動き、漠然としたレトリックが通用し、制約がない。Barlow はコンピュータジャーナリストにも手をそめていて、飲み込みも早く頭が良くて雄弁であるため、かなり成功している。デッドファンの友人たちと交流するためにサンフランシスコにはしばしば旅行しているし、そこでカリフォルニアのコンピュータコミュニティともかなり広い交流がある。そこではアップルでごたごたしている人たちとも友情をはぐくんでいた。
1990年の5月、Barlow は FBI の地元ワイオミングの捜査員の訪問をうけた。ニュープロメテウスの事件がワイオミングにも及んだのだ。
Barlow は自分が興味をもっていて、かつては連邦警察が興味をいだいていなかった領域で自分が捜査をうけているのに困惑した。牛泥棒専門の頭をかきむしっている地元の FBI の男に、コンピュータ犯罪の本質について苦労して説明しなければならなかった。Barlow はその困惑した捜査員に助けるようにしゃべりかけ、モデムの驚異についてデモンストレーションを行い、すべての「ハッカーたち」が一律に電子コミュニティに悪影響をおよぼすものとして FBI の捜査対象になっているのに不安になった。FBI は「ニュープロメテウス」という一人のハッカーを追って、ハッカーカンファレンスというグループの出席者を容疑者としてあたっていたのだ。
ハッカーカンファレンスは1984年にはじめられたもので、一年に一回カリフォルニアでデジタルのパイオニアたちやマニアが集まるものだ。ハッカーカンファレンスのハッカーたちは、デジタルアンダーグラウンドのハッカーとはほとんど関係ないといっていい。その反対に、こういったカンファレンスに出るハッカーたちはほとんどはカリフォルニアの裕福なハイテクのCEOであり、コンサルタントで、ジャーナリスト、起業家たちだからだ(ハッカーたちのグループは本物の「ハッカーたち」であり、「ハッカー」という言葉がなにか犯罪に関係あるひどい言葉として使われると、激昂しがちだ)
Barlow は、逮捕されたわけでも訴追されたわけでもないし、もちろんコンピュータを持ち去られたわけではないが、こういった異例の事態には頭を悩ました。かれはその話を Well にもっていった。