『ハッカーを追え』の翻訳。特に誤訳、誤字などの指摘があったら、メールでもいただければ。
太字は英文のポップアップつき。2003/01/05 修正
Literary Freeware: Not for Commercial Use
THE HACKER
CRACKDOWN Law and Disorder on the Electronic Frontier by Bruce
Sterling
Computers, Freedom, and Privacy
コンピュータ、自由、プライバシー
ぼくのハッカー一斉取締りの本もそろそろ終わりに近づいてきた。最後を一番もりあげたいと思う。
1991年2月、ぼくはワシントンDCで開かれたCPSRの公共政策に関する円卓会議に出席した。CPSRとは、社会的責任を考えるコンピュータ専門家の会(Computer Professionals for Social Responsibility)、EFFの姉妹組織といっていい。いやたぶん、おばといったほうが適当だろう、より歴史が古いし、政界でのやり方ではたぶんより賢明といっていい。
CPSR は1981年に Palo Alto ではじまった、カリフォルニアのコンピュータ科学者と技術者の非公式な集まりで、当初はメーリングリストで議論を行うくらいのものだった。このよくありがちなハイテクの集まりが1982年には正式な頭文字にふさわしい尊敬を集め、1983年には正式な団体となった。
CPSRは政府や大衆にロビー活動をするとともに、啓蒙活動にもとりくみ、複雑なコンピュータシステムをなんの考えもなしにむじゃきに信用することを厳しく批判した。CPSRは、コンピュータだけでは人類の社会、倫理、あるいは政治的な問題を解決する魔法の特効薬なりえないことを主張した。CPSRの会員は、とくに軍事コンピュータシステムの安定性、安全性、信頼性について頭を悩ましていて、その中でも核備蓄を管理するシステムにはお手上げだった。CPSRはまた戦略防衛構想(通称スターウォーズ計画)の科学的な信頼性に対する長期にわたる、多くのメディアで取り上げられた批判攻撃でよくしられている。
1990年には、CPSRは歴史のある全国的なサイバー政治行動グループになっており、アメリカ中で21の支部と2000人を越える会員をかかえていた。とくにボストン、シリコンバレー、ワシントンでは活動的で、ワシントンの事務所が今回の公共政策円卓会議の資金をだしていた。
ただ討議には、EFFも資金をだしていた。そしてEFFはCPSRにかなりの額の運営資金も渡している。これははじめての大規模な、公式な会議であり、電子市民リバータリアンコミュニティがどうあるべきかという打ち合わせだった。
60人の人が出席し、それにはぼくも含まれていたが、この席ではジャーナリストというよりはサイバーパンクの作家としてだった。この分野の有名人の多くが出席していた、Kapor と Godwin はもちろんだった。CPSRのRichard Civille と Marc Rotenberg、ACLU の Jerry Berman 、「Matrix」の作者の John Quarterman 、「Hackers」の作者の Steven Levy、Prodigy Services の George Perry と Sandy Weiss、かれらはその設立したばかりの商用ネットワークで市民の自由に関するトラブルを抱えていた、Dorothy Denning 博士、Well の管理者である Cliff Figallo。Steve Jackson もそこにいて、ついに自分が理想とする聞き手に出会えたといった風だった。それは Craig Neidorf つまり Knight Lightning にもあてはまることで、彼の担当弁護士の Sheldon Zenner もいっしょだった。Katie Hafner は科学ジャーナリストで、「Cyberpunk: Outlaws and Hackers on the Computer Frontier」(訳注: 邦訳は服部桂訳『ハッカーは笑う』NTT出版, 1995.その後Hafnerは共著で Where Wizards Stay Up Late, 加地永都子, 道田豪訳『インターネットの起源』アスキー, 2000 も出版している)の共著者である。Dave Farber は ARPAnet の先駆者で、伝説のインターネットのグルだ。ACLUのプライバシーとテクノロジープロジェクトの Janlori Goldman、 Autodesk と Well の John Nagle もいた。下院司法委員会の Don Goldberg 、インターネット・ワーム事件(訳注: 1988年に全米のホストを麻痺させた事件.RFC1135日本語訳[http://www-vacia.media.is.tohoku.ac.jp/~s-yamane/articles/hacker/rfc1135-jp-yamane.html]参照)での被告側の弁護士の Tom Guidoboni、George Washington大学のコンピュータサイエンスの教授の Lance Hoffman、コロンビア大学の Eli Noam、いならぶ誰も有名人ばかりだった。
Patrick Leahy上院議員が基調演説を行い、電子の世界における言論の自由の問題においてつねに時代の最先端をいくという決意を表明した。その演説は好評で迎えられ、興奮があたりにうずまいていた。どのパネルディスカッションも興味深いもので、いくつかはとくに面白かった。人々は熱狂的に情報を交換した。
ぼくは、Noel と Jeanne Gayler、元NSA長官の Admiral Gayler と楽しく和気あいあいとしたランチをとった。本当のまぎれもないサイバーパンクとアメリカの最も大きく資金が豊富な電子諜報機関の長官が同席したのははじめてであり、両方とも多少なりともびっくりしたことは否めない。
残念だが、ぼくらの会話はオフレコだ。事実、CPSRの会話はすべて公式にはオフレコとなるし、報道合戦というよりはまったくのフランクな雰囲気での真剣な意見交換を行うといったたぐいのものだ。
どうあれ、CPSRの会議は興味深く価値が高いものだが、それからほんの一ヵ月後に明らかになった本当にびっくり仰天するようなイベントとは比べ物にならなかった。
「コンピュータ、自由、プライバシー」会議には、アメリカの電子コミュニティのありとあらゆるところから400人の人が集まった。一人のSF作家として、ぼくは若い頃はずいぶん変わった集まりにもでたが、今回は本当に「常軌を逸した」ものだった。Point Foundation の「サイバースペースでのウッドストック」である「Cyberthon」でさえ、コンピュータのバーチャルリアリティの新しい世界にベイエリアのサイケデリックな連中が正面から衝突したが、この驚くべき会合から比べれば、キワニスクラブの集まりみたいなものだった。
「電子コミュニティ」は頂点をきわめていた。この本のほとんど全ての主要人物が出席していた。市民自由運動家、コンピュータ警官、デジタルアンダーグラウンドの人たち、数人の控えめな電話会社の人間もいた。襟につける色のついたタグが配られた。言論の自由の問題、法取締機関、コンピュータセキュリティ、プライバシー、ジャーナリスト、弁護士、教育、司書、プログラマー、スタイリッシュなパンクの黒はハッカーや電話フリーク用だった。そこにいるほとんどの人が8つから9つの色をつけていて、6つか7つの専門分野をもっているかのようだった。
そこはレバノンみたいなところかもしれないが、とにかくコミュニティでデジタルな国だ。始終全国紙で対立していた人たち、お互いの動機や倫理を根本から疑っていた人たちはいまや打ち解けていた。「コンピュータ、自由、プライバシー」会議がふたを開けたらみにくい争いになる理由はいくつもあった。ただ会議の特徴である常軌を逸した雰囲気による多少の混乱による騒ぎをのぞけば、驚くほど温厚な雰囲気だった。CFP(Computers, Freedom and Privacy の略)は、二人の恋人の結婚式のようなものであり、しかもその二人は落ち着きのない花嫁とはったりのきいた新郎で、明らかにその結婚生活は騒々しいものだ。
両家の人たちにも、近所の人さえいやたまたま来たお客にさえ、これが上手く行かない関係であることは明らかで、若いカップルの惹かれあう気持ちがこれ以上がまんできないといった風だ。二人は自分たちを押さえられないだけだ。瀬戸物がとびかい、ふたりの新婚家庭からの金切り声が近所にひびきわたり、離婚がカラハリ砂漠のハゲワシのように待ち構えている。ただそれでもこれは婚姻だから、子供もできるだろう。悲劇も死で終わりをつげ、喜劇は婚姻という結果になる。ハッカーの一斉取締りも婚姻という結末を迎え、子供が生まれるだろう。
最初から、不調和にみちていたのだ。サイバースペースの取締官である John Perry Barlow がここにいる。ニューヨークタイムズにのったかれのカラー写真で、Barlow はものさびしいワイオミングの冬景色をにらみ、長く黒いコートと黒い帽子に身をつつみ、マッキントッシュ SE30 が杭の上にのせてあり、いかついフロンティアが片腕にライフルをかかえ、その姿はハッカー一斉取締りのもっとも衝撃的な映像イメージをもたらしている。Barlow はCFP の主賓として招かれ、それも FCIC の Gail Thackeray といっしょにだ。この二人のゲストがいっしょに何をするのを期待してるのだろう? ワルツを踊るとでも?
Barlow は最初に演説を行った。とても個性的とはいえないもので、彼の声はかすれていた。あまりに長距離の移動でつかれはててしまったのだ。簡潔に、得意の話をして、つかれていることを言い訳に、拍手喝采の中を舞台を降りた。
それから Gail Thackeray が舞台にのぼった。彼女はみるからに緊張していた。Well にも最近は顔をだしていて、Barlow の投稿を読んでいた。Barlow につづいて演説をするのは誰にとってもチャレンジなことだ。彼女は、Grateful Dead の著名な作詞家に敬意を表して、と甲高い声で、「詩」をよみあげはじめた。自分でつくった詩だ。
ひどいできの詩だった。Robert W. Service の「The Cremation of Sam McGee」の韻律をめちゃくちゃにしたような韻の詩だったが、詩であることにはまちがいない。それは「電子フロンティアへのバラード」だった。ハッカー一斉取締りとまったくありそうにないことにCFPについての詩だった。内輪うけに満ち満ちていて、群集の中の20人やそこらの警官は、神経質なサクラとして一緒にすわっていて、明らかに大笑いしていた。Gail の詩はいままできいたこともないほどおかしな代物だったわけだ。ハッカーたちと市民自由運動家も、Gail をシークレットサービスのめす狼と思っていたのだが、驚きのあまり口をあんぐりとあけていた。どんなに想像力を駆使しても、かれらは Gail Thackeray がこんなとっぴょうしもないことが出来るとは思ってもみなかったのだ。かれらが精神的なリセットボタンを押したのが目に見えたことだろう。Gail もハッカーじゃないか、ぼくらとまったく同じだ。そしてこれで全てが変化した。
FBI のコンピュータ技術者の Al Bayse は CPSR に前にも出たことのある唯一の警官だったが、Dorothy Denning に紹介されてここに参加した。まるで「クリスチャンの中に放り込まれたライオン」のように、警戒してなかなか CPSR の会議では口を開かなかった。
その Bayse が CFP では、警官の一団を後ろに従え、突如として雄弁になりおどけて、FBI の「NCIC 2000」を巨大な犯罪記録のデジタルカタログだと表現してみせた。まるで、とつぜんかれが George Orwell と George Gobel が混ざり合ったものになったかのようだった。ためらいがちに、かれは統計的な分析に関する不可解な冗談をいったが、少なくとも聴衆の1/3は大きな声で笑った。
「前の演説の時には笑わなかった」 Bayse は述べた。かれは警官を前に演説をしてきていて、それも「普通の」警官であり、コンピュータに慣れ親しんだ人たちではない。それも意味のある会合で、有益だと思われるが、「今回」のようなものではなかった。こういったことは以前にはありえなかった。つつきまわすわけでもなく、事前になにかを勉強してきたわけでもないが、観衆はただ質問しはじめた。長髪で、ヒッピーのような人々や数学者たちが。Bayse は丁寧かつフランクにたっぷりと、有頂天にでもなっているかのように答えていた。ホールは不可思議な雰囲気に満ちていた。ぼくの後ろにいた一人の女性弁護士が汗をかきはじめ、おどろくほど強いじゃこうの香りが彼女からただよってきた。
笑い声がひびきわたり、人々は興奮していた。興味をもち、心をうばわれ、目は大きく開きすいこまれそうで、ほとんどエロティックにさえみえた。ホールでもありえないつながりは、バーやエスカレーターでも見られた。ハッカーたちと警官、FBIと市民自由運動家、電話フリークたちとシークレットサービスたち。
Gail Thackeray は白いウールのセーターに身を包み生き生きとしていた。セーターにはシークレットサービスのロゴが入っていた。「公衆電話のところで Phiber Optik を見かけたわ。わたしのセーターをみて、かれったら『塩の柱』になったのよ(訳注 旧約聖書 創世記19章 神は腐敗したソドムの町を硫黄と火とで滅ぼされるご予定なので、あなたは妻子と共にここをのがれなさい、その際、うしろを振り向いてはいけません、とその御使いが忠告したにも拘わらず、ロトの妻はうしろを振り向き、「塩の柱」となった故事から)」
Phiber は自分の事件について、かれを逮捕した New York 市警の Don Delaney 捜査員とかなり長いこと話していた。一時間ほども話した後、二人は「ほたるの光」(旧友を懐かしむ歌)でも歌いだしそうな勢いにみえた。Phiber は泣き言をいわないだけの勇気をとりもどしたかのようだった。逮捕はなんてことはない。肝心なのは起訴だ。900番台のサービス泥棒だって。ぼくは「プログラマー」だ。Phiber はそう主張していた。そんなみっともない容疑じゃ評判がだいなしだ。もっとかっこいいことで、例えばセクション 1030 のコンピュータ侵入のようなことで逮捕されたらよかったんだが。たぶんいまだかつてなかったような種類の犯罪とかで。たんなる電話詐欺みたいなことじゃなくてだ。くそったれ。
Delaney は未練がましくみえた。Phiber Optik を起訴できる犯罪を山ほどかかえていたが、どちらにせよこのガキは有罪をみとめるわけだ。こいつは初犯で、かれらはいつも罪を認める。このガキをなんでも起訴できるわけだが、結局同じことになるわけだ。Delaney はむじゃきな Phiber を喜ばせることができなくて本当に残念そうだった。もう遅すぎる。Phiber はすでに罪を認めてしまった。なにもかもが終わったことだ。どうしろっていうんだ?
Delaney はハッカーの考え方をよくつかんでいた。Masters of Deception の一団を逮捕した後、記者会見をおこなっている。記者がこうたずねた「こうした犯罪者は『天才』といっていいんですか?」 Delaney のまじめくさった答えは完璧だ。「いいや、『被告』とよばせてもらうよ」 Delaney は繰り返してランダムにダイヤルして課金コードを盗んだから逮捕をしている。NYNEX は最近ではこうした犯罪はすぐに探知でき、かれらはすぐに捕まるようなことをしでかすほど「ばか」なわけだと、かれはマスコミに語った。正確にくりかえそう。ハッカーたちは普通の人にジンギスカンのようにみられることは気にしないが、かれらの神経に本当にさわることがあるとするなら、「マヌケ」よわばりされることなのだ。
ただ次回は、Phiber にとってもあまり楽しくないことになるだろう。再犯となれば、刑務所行きだ。ハッカーたちは法をおかしている。天才なわけでもない。被告になるのだ。それにもかかわらず、Delaney はバーで杯をかたむけながら、かれらを普通の犯罪者として扱うことができないことを思うのだった。Delaney は犯罪者がどういうものかは知っていた。それからくらべると、こうしたガキたちは全く判断に困る。かれらには犯罪者の雰囲気といったものがない。正しいというわけではないが、まったく「悪い」というわけでもない。
Delaney はいろんなことを見てきた。ベトナムにもいったし、撃たれたこともあれば、人を撃ったこともある。ニューヨークの殺人課にもいた。かれは物事が大騒動になるのをみただけでなく、街じゅうに広がり何年も腐敗していくのを見てきた人物にみえた。経験豊富なのだ。
かれは Steve Jackson が語る話に耳をかたむけていた。夢みるゲーム戦略家は今までまったくついてなかった。ただ全力でやるべきことをやってきた。SFファンおたくとしての表面の下には鉄のような芯がかくれていた。友人は、Steve Jackson はルールが存在すること、フェアプレイを信じているという。自分の信念をまげないし、あきらめることもない。「Steve」、Delaney が Steve Jackson に語りかけた。「だれが捜索したにせよ、そいつらはまぬけだよ。君はただしい」 Jackson はあっけにとられるが、黙り込み、あきらかに喜びで顔を紅潮させた。
Neidorf はこの一年で大きく成長した。少年はすばやく学ぶし、かれがそうであることが分かるだろう。全国的な服のチェーンのファッションマネージャーである母親がえらんだ服をきた、ミズーリ大学卒のコンピュータおたくの Craig Neidorf はしゃれた東海岸の弁護士たちのこの集まりでも目立っていた。監獄の鉄の入り口は彼の前で扉を閉じ、いまやロースクールが Neidorf を手招きしていた。かれはまるで議員の卵のようにも見えた。
われらが Neidorf 君は「ハッカー」とはいえない。コンピュータ科学に興味があるわけではない。なんだってそんなものに興味を持たなければならないんだ。この先Cのコーディングをすることにもまったく興味をもっていない。それに、かれはどんな結果になるかもいろいろ見てきた。コンピュータ科学の世界にしてみれば、かれや「Phrack」はあだ花にすぎない。しかし法律の世界では、そうではない。かれは結局どうなるかも学んできた。どこにいくにも、新聞の切り抜きがはられたノートを持ち運んでいる。
Phiber Optik は、Neidorf を中西部のおたくだとバカにしていた。というのも「Acid Phreak」がLSDをやり、アシッドロックを聴くと信じていたからだ。ばかばかしい。Acid はLSDをやったことなんてなかったし、Acid が聴くのは、アシッドハウスミュージックだ。LSDをやるだって。やるのはわれわれの「両親」の世代だよ、道化もの君。
Thackeray はとつぜんぎらぎらするほどの視線を Craig Neidorf にむけ、30分ほども「この少年を口説き落とそう」と試みた。コンピュータ犯罪のジャンヌダルクが、「Knight Lightning に進路のアドバイス」をしてるだって。「あなたの経験はとても貴重なものだと思うわ、本当の財産よ」 Thackeray はまがいない 6万ワットほどの熱心さをもって語りかけた。Neidorf も心を動かされているようだ。熱心に話を聞いている。うなずいて、そうですねなんて言っている。そうよ、Craig、お金のことなんて忘れちゃって、コンピュータ犯罪取り締まりの魅力的だが給料はすこぶる安い世界へといらっしゃい。昔の友達を監獄にたたきこむのよ、うーむなんてことだ。
モデムを通して永遠に争いつづけるわけにはいかない。新聞の切り抜きを丸めたものでお互いをなぐりあっても意味がない。遅かれ早かれ、お互い直接つかみあうことになる。ここに集まったということは、まさしく全体の状況を著しく変えることとなるだろう。「The Matrix」の作者である
John Quarterman は、インターネットについて自分のシンポジウムで説明した。世界でもっとも大きなニュースネットワークであり、急速に成長をとげている。同じ場所にとどめることはできないからインターネットがどれほどの大きさか測ることもできない。世界中で誰かインターネットをとめる権限をもった人がいるわけではないので、インターネットをとめることはできない。インターネットは変化し、そう、成長する。そこは脱工業化した、ポストモダンの世界であり、どこにいても参加でき自立性のあるコミュニティを生み出している。
Phiber は人とは違っている。Phiber Optik はとても今風だ。Barlow は、かれはエドワード七世時代の伊達男のようだと評している。首のあたりは刈り上げていて、頭の側面はヒップホップ風に刈り込みをいれている。てっぺんで黒髪をざっとまとめ、ポマードをつけてるみたいだ。朝の4時まで起きていて、セッションには一つも出ず、古いカプラーをもって公衆電話のまわりをうろつき、はりきってアメリカ中の大勢の法取締機関の人たちがあつまるど真ん中で、システムのクラッキングをしようとしている、というかする「フリ」をしている。「Frank Drake」は、そういったことはしない。Drake はいきなり Dorothy Denning について書きはじめたかと思うと、自分で発行している安っぽいサイバーパンクのファン雑誌のインタビューを依頼し、彼女の倫理をこきおろしはじめた。彼女はそこからのがれようとしてた。Drake はやせこけて背が高く、ぼさぼさのブロンドでモヒカン刈りにしていた。テニスシューズを履きつぶし、黒い皮のジャケットには赤い文字で「LLUMINATI」とかかれていて、いかにもボヘミアン風といった雰囲気をただよわせている。Drake は英国風の工業デザイン雑誌を読み、William Gibson はその散文に味わいがあるから絶賛するといったたぐいの人物だ。電話やキーボードに再びふれることはできず、鼻には輪っかのピアスをしていて、かすれたコピーのファン雑誌をかかえ、サンプリングしたインダストリアルミュージックを聴いていた。かれは、デスクトップ出版の装備一式とインターネットアドレスをもっている急進的なパンクだった。Drake のとなりに立っているのは小さな Phiber で、まるで電話線からでてきてそこに存在するかのように見えた。生まれながらの電話フリーク。
Dorothy Denning が、とつぜん Phiber の方に近づいていった。二人は背格好もほぼ同じくらいだった。Denning の青い目はめがねの丸いフレームの奥で光っていた「どうしてわたしが『風変わり』だなんていうのかしら」彼女は風変わりな調子で Phiber に聞いた。
それはいいえて妙だったが、Phiber は途方にくれてしまった「えーと、その、あの」
「僕もあなたは風変わりだと思いますよ、Dorothyさん」と僕。小説家が得意のおしゃべりで助けに入ったわけだ。彼女はきちんとしてこざっぱりしていたが、それにもかかわらずまだ人には理解しがたいところがあった。ふちが目立つめがねの奥にはどこか初期のアメリカへの移住者の女性のような雰囲気がある。もし6インチほど背が高かったら、陶器人形の棚にいっしょにはいればさぞかし映えたことだろう。暗号学者、暗号解読者。奇妙なことに Peter Denning も妻とそっくりに見えた。1000人の中からでも Dorothy Denning の伴侶として、この男性を選び出すことができるだろう。仕立てのよいスラックスをはき、シミ一つない大学のセーターを着て、大学のネクタイをきちんと結んでいた。この育ちの良い、とりわけ礼儀正しく、まったくもって教養のあるきわめて高い知性をもったカップルは、どこかこの世ではないクリーンで立派な世界から姿をあらわしたかのようだった。その世界は、Scientific American の Brain Teasers コラムを書くためにしか存在しないようなところだろう。いったいどうしてこの素敵な女性が、評判のかんばしくないやからと場所を同じくしているんだろう?
その理由は、そういうときが来たからとしかいいようがない。彼女がやるべきことをやるにはここが一番いいのだ。
Donn Parker も演説に立った。コンピュータ犯罪界の大禿げワシだ。つるつる頭で、背が高く、大きなリンカーンのような手をしており、この分野の明確なビジョンをもった先駆者であり、砕氷船のように頭のわるいやつらをかきわけ先にすすんでいる。目はブロンズ像のように固定され、未来をまっすぐみすえていた。とうとう口をひらくと、全てのビジネス犯罪はコンピュータ犯罪になるだろうと断言した。その理由は、ビジネスが全てコンピュータを通してなされるようになるからだ。「コンピュータ犯罪」というカテゴリー自体がなくなる。
その移行時には、熱気が押し寄せ、さめて、蒸発するだろう。Parker の堂々とした響き渡る声は、なぞかけのようだった。すべてのものが長い歴史をもつ不吉なときをむかえる。そう、やってきて去っていく。こうしたデジタルのコンピュータの世界での押し寄せる熱狂。無線周波数帯のスキャンダル、KGB、M15、FBI が日々くりひろげている。単純なことだが、誰もやったことがない。サラミスライス詐欺、神秘的ですらある。かれはこれらを「犯罪のようなもの」とよんだ。今日では、コンピュータウイルスが一番目立つかもしれない。この偉大なる男は、きたるべき犯罪のようなものについての考察をいくつか述べた。デスクトップでの文書改ざん、はっはっ、中に入っている情報のためだけにコンピュータを盗むこと、データを掠め取ること。しばらく前に英国で起こったことは、すぐに起きる。インターネットの幽霊ノード。
Parker
は、オーバーヘッドプロジェクターを教会で祈りをささげるかのように扱った。グレイのダブルスーツを着こみ、明るいブルーのシャツ、控えめな茶色と青のペイズリー柄の落ち着いたネクタイをしている。ゆっくりとのろのろした調子で、警句がかれの口から発せられる。高い能力をもった敵に直面したときには、十分に安全なコンピュータなどといったものは存在しない。抑止が安全性の面からいったら、もっとも社会的に効果が高い。もともと情報システムにおいては人間が一番弱いものなのだ。コンピュータセキュリティの基礎となる基準は、上方修正される必要がある。セキュリティの手段を公表することで、セキュリティを侵してはならない。
群集は、もじもじしはじめていた。ただ不安がありながらも尊敬の念をかきたてる、この男の哲学の根本的な正しさにはなにかがある。Parker
はときには、救命ボートに取り残された唯一の正気な人物のように思える。かれは、足を骨折して、さまざまな経歴をもっている
Harvey
こそが、えーと、そうあるべき人物だと道義的な立場から断言した。つまり Harvey氏はセキュリティのために必要な犠牲をはらってここにいて、彼こそがこの救命ボートの乗組員のまさしく生き残りであるわけだ。コンピュータセキュリティは、Parker
は残念そうな口調でわれわれにこう告げた、憂鬱な話題だ。セキュリティのことなんて考えずにすめばいいんだが。セキュリティの専門家は、さまざまな方法とロジックを身につけ、敵がじっさいに何かをする前に何をするのか考え、想像しなければならない。それはまるで犯罪者の暗い考えが、Donn Parker の明晰な頭脳の中で広がりつつあるようなものだ。かれはホームズであり、それと同時に完全にではないがモーリアリティでもあり、何から何までシミュレートできなければならない。
CFP は婚礼でめまいがするように、きらめく人たちが集まっていた。幸福なときであり、ハッピーエンドといっていい。集まった人たちは今夜世界が変わったことを知り、自分がそれを目撃し、話し、考え、手助けしたことを誇りに思っている。
夜もふけていったが、明らかに名残を惜しむ雰囲気になり、群集はワイングラスとデザートの皿を手にシャンデリアの下に集まっていた。何かがここで終わり、永遠に去っていった。それが何かをはっきりと示すのにはしばらくかかる。
アマチュアの時代の終わりだ。