ピーターパンの翻訳です。誤訳、誤字などの指摘があったらメールください トップページへ


ピーターパンとウェンディ 翻訳 1.01版

J.M バリ 著    katokt訳(katoukui@yahoo.co.jp)

PETER PAN PETER AND WENDY  James Matthew Barrie

© 2000 katokt
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プロジェクト杉田玄白 正式参加作品。詳細はhttp://www.genpaku.org/を参照のこと。


目次

  1. ピーター登場
  2. その影
  3. 行っちゃった、行っちゃった
  4. フライト
  5. ネバーランドが現実に
  6. ちいさな家
  7. 地下の家
  8. 人魚のラグーン(さんごにかこまれた浅瀬)
  9. ネバーバード
  10. 楽しいわが家
  11. ウェンディのお話
  12. さらわれたコドモたち
  13. 妖精を信じますか?
  14. 海賊船
  15. 今度こそ、フックか僕かだ
  16. 帰宅
  17. オトナになったウェンディ
  18. 後書き

1章 ピーター登場

コドモはみんな成長していくものです、一人を除いては。コドモは、すぐに自分が成長するものだという事がわかるのです。ウェンディが成長するということをわかったのは、このようにしてでした。2才のある日のこと、庭で遊び、花をつんで、それを持ってウェンディがママの所へ走っていきます。そうしているウェンディは、幸福に満ち満ちているように見えたことでしょう。ママは、胸に手をあてて「まぁ、どうしてあなたは、ずっとこのままでいられないんでしょうねぇ!」と声をあげたのですから。コドモの成長について、ママとウェンディの間で交わされた言葉は、これだけです。ただこのことによって、ウェンディは、自分が成長しなければならないということをわかったのでした。2才にもなれば、分かるものです。2才ともなれば、きざしがあらわれるものなのです。

そうそう、ママとウェンディは14番地に住んでいて、ウェンディが生まれてくるまでは、ママが一家の花でした。愛らしい少女でロマンティックな心と、とてもかわいらしくこまっしゃくれた口もとをしていました。ロマンティックな心は、まるであの不思議なる東洋から来た、一つの箱の中にもう一つの箱がある入れ子の小さい箱のようで、いくつ箱を開けても、そこにはいつももうひとつ箱があるのです。ママは、かわいらしくこまっしゃくれた口もとにキスを浮かべていたのですが、右はしにはっきりと見えていて、まさにそこにあるにもかかわらず、ウェンディには決して手が届かなかったのでした。

パパとママが結婚したてんまつは、このようなものでした。ママがコドモだった時にコドモだった多くの男の人は、みんないっぺんにママのことを愛していることに気づいて、パパ以外のみんなはママの家にプロポーズするために走って駆けつけたものでした。パパはというと、つじ馬車をひろって、真っ先にママの家に飛びこみました。そうしてパパとママは結婚しました。パパはママの全てを手に入れました、もっともあの一番内側の箱とキス以外の全てだったんですが。パパは箱のことには気づきもしなかったですし、そしてそのうちキスしてもらうこともあきらめてしまいました。ウェンディは、例えばナポレオンならキスしてもらえるかもと思っていました。けれどもわたしには、ナポレオンが挑戦してはみたけれどキスしてもらえず、カンシャクをおこして、ドアをぴしゃりとしめて立ち去るのが目に浮かぶようです。

パパは、ウェンディによくこう自慢したものでした。ママはわしのことを愛しているだけでなく、尊敬もしてるんだよと。パパは債券と株式について、とても詳しい人たちの一人でした。もっとも債券や株式のことを、本当に知ってる人なんていやしなくて、いかにも知ってるように見えたというだけだったんですが。パパはよく債券が上がり、株式が下がると断言したものでした、どんな女の人でもパパを尊敬するにちがいない風に。

ママは白いウェディングドレスで結婚して、最初のうちは完璧に、芽キャベツ1つでさえもらさないように、まるでゲームみたいにまったく楽しそうに家計簿をつけていました。が、そのうちカリフラワー全部もつけそこなって、その代わりに顔のない赤ん坊の絵を書いてるしまつでした。ママは合計しなければならない所に、あかんぼうの絵を書いていたのです。それはママの想像するあかんぼうたちなのでした。

ウェンディが最初に生まれ、それからジョン、マイケルと続きました。

ウェンディが生まれて一、二週間は、養っていけるかどうかさえ疑わしいものでした、なぜなら養う口が一つふえるわけですから。パパはウェンディのことを誇らしげにさえ感じていたんですが、とてもきちんとした人でしたから、ママのベッドのはしに腰掛け、ママの手を握りながら出費を計算したのです。その間ママはパパを哀願するような目で見つめていました。ママはたとえ何があろうとも、とにかく養っていきたいと思っていました。ただそれは、パパの流儀ではなかったのです。パパの流儀は鉛筆と紙でもって、きちんと計算することであり、もしママがいろいろ口出しをしてパパを困らせるようだと、再び最初にもどってやり直さなければなりません。

「さて、じゃませんでくれ」パパはママにそう頼んだものでした。

「ここに1ポンド17シリングある、で事務所には2シリング6ペンスだ。事務所でコーヒーを飲むのはやめよう、10シリングだがな。すると2ポンド9シリング6ペンスで、おまえの18シリングと3ペンスと合わせて、3ポンド9シリング7ペンスになる。そして私の小切手帳の5ポンドで、8ポンド9シリング7ペンスになる。だれだそこで動いているのは? 8ポンド9シリング7ペンス、7ペンスが繰り上がって、しゃべるなといったろう、おまえが玄関の所に来た男に貸した1ポンドを、ウェンディ静かに、でコドモを繰り上げて、あらっ、へまをやったぞ。わしは9ポンド9シリング7ペンスって言ったかな。そうだな、わしは9ポンド9シリング7ペンスと言ったぞ。問題はだ、一年を9ポンド9シリング7ペンスでやっていけるかだな?」

「もちろん、平気だわ」ママは大声をだしました。もちろんウェンディの味方をしての発言です。ただパパは、ママに比べてすごくしっかりしていました。

「おたふく風邪もわすれちゃならんしな」パパはほとんどママを脅すように言うと、再び計算に取りかかりました。「おたふく風邪に1ポンド、と書いたものの30シリングぐらいが適当だな、だまってろって、はしかが1ポンド5シリング、ふうしんは半ギニーだから2ポンド15シリング6ペンス、指をふるわせるのはよせったら、百日ぜき、そうだな15シリング」と続けていくと、やるたびに合計が違うのでした。で、最後にはとうとうウェンディは合格ということになりました。おたふく風邪を12シリング6ペンス、はしかとふうしんはひとつとして計算したからなんですが...

ジョンのときもまったく同じ騒動がもちあがり、マイケルの時にいたってはぎりぎり合格といった具合でした。でも2人とも育てられ、すぐに3人のコドモが1列にならんで、乳母が付き添ってフルサム幼稚園に通うのを見ることでしょう。

ママは、なにもかもきちんとしておくのが好きでしたし、パパも隣近所にはひけをとるまいと必死だったので、もちろん乳母を雇いました。ただコドモのミルク代でお金が足りなくて、乳母はナナという名前の、きちんとしてはいますけどニューファウンドランド犬でした。ナナはダーリング家で飼われるまでは、特別どこで飼われていたというわけではありません。ただナナはコドモを大事なものと考えており、ダーリング家とはケンジントン公園で知り合いになりました。ナナはそこでひまな時間の大半は、乳母車をのぞきこんで過ごしていて、コドモの世話を十分にしてない乳母たちには大変嫌われていました。というのもそんな乳母たちの家までついていき、世話を十分にしてないことを奥さんにいいつけたからでした。そして、ナナは本当に乳母のカガミであることがわかりました。お風呂にいれるのも完璧でしたし、夜中のいつでも、コドモ達のひとりのかすかな泣き声にさえちゃんと起きるのでした。もちろん犬小屋はコドモ部屋にあり、ナナはコドモが一回咳をしてもがまんさせちゃいけなさそうな具合だぞとか、のどに靴下をまかなきゃいけない頃だということが生まれながらにしてわかっているかのようでした。ナナは死ぬまで、ダイオウの葉っぱだとかの昔風の治療法を信じきっていました、そして細菌とかなんとかいった新しいだけの話には、はなからばかにしたようなうなり声をあげるのでした。ナナがコドモ達を学校へ送り迎えする姿は礼儀作法のお手本にしたいくらいで、コドモ達がちゃんとしているときはおちつきはらって横にならんで歩いているし、コドモ達が列からはみだそうものなら、頭でつついて列におしもどすのです。ジョンがサッカーをやる日にセーターを忘れたことはありませんし、雨の日にはいつも口に傘をくわえていきました。フルサム幼稚園には地下にひと部屋あり、そこで乳母たちはコドモを待つのです。乳母たちは長いすに腰掛け、一方ナナは床に寝そべっていました。違いは本当にその点だけです。乳母たちは自分たちより身分が低いんだから、とナナを無視するふりをしましたし、ナナはナナで乳母達の内容のないおしゃべりをばかにしていました。ナナはコドモ部屋にママの友達がくるのを大変嫌がっていましたが、実際来たときは、まずマイケルのエプロンをさっとぬがせ、青い組みひもで縁取られたエプロンを着せて、ウェンディの服のしわをのばし、それからいそいでジョンの髪をとかしつけるのでした。

これほどきちんとしているコドモ部屋が、他にあったでしょうか。そしてパパもそれをよく知ってはいましたが、まだ時々、近所の人がなんと言ってるか不安に思うのでした。

なにしろパパは、町での自分の立場も考えなければならなかったのです。

ナナも別の意味で悩みの種でした。時々ナナが、パパを尊敬してないように感じたのです。「わたしは、ナナがあなたをとっても尊敬してるのを知ってるわよ」とママはパパを励ましたものです、そしてコドモ達にパパに特別やさしくしなさいという合図をしたものでした。愛らしいダンスがはじまり、もう一人のリザという召使も時々一緒に踊ることをゆるされました。長いスカートと召使の帽子をかぶった姿はとても小さくみえましたが、雇われたときには、もう10才にはみえませんと自分で断言していたのです。遊びまわるみんなのにぎやかなこと。でも全員の内で一番楽しそうなのはもちろんママで、すごい勢いでつま先でくるくるまわっていたために、あのキスしか見えないほどでした。もしいまママに飛びついたのなら、キスしてもらえたかもしれません。ピーターパンが来るまでは、こんなに何から何まで幸せに満ちた家庭は、他にはなかったことでしょう。

ママがはじめてピーターパンのことを耳にしたのは、子供たちの心を整理整頓しているときでした。かならず毎晩、コドモ達が寝入ったあとで、いいママならだれでも、コドモ達の心の中をひっくりかえして、昼間にあちこちに散らかったものをそれぞれの場所につめなおして、翌朝のために整理整頓するものなのです。もしあなたが起きていられたら(もちろん無理でしょうけど)、あなたのママが整理整頓してるのをみることでしょう、そしてそんなママを見てるのは、とても面白いことでしょう。それはまるで、たんすの整理みたいなものなのです。私が思うには、あなたはママがひざまづいて、こんなことをしてるのをみるでしょう。つまりあなたの心の中にある物のいくつかを面白そうに手にとってみて、一体全体どこでこんなものをひろってきたのか不思議に思って、その発見をうれしく思ったり、逆にあんまりそうでもなかったり、まるで子ネコみたいにかわいいものであるかのようにほおにおしあてたり、あわてて見えない所にしまいこんだりする所を。あなたが朝起きたときには、夜寝るときにベッドにもちこんだわがままや意地悪は小さくたたみこまれて、心の奥底にしまいこまれているし、一番上にはすっかりかわいたきれいな心が、すぐ身に付けられるようにひろげてあるのでした。

あなたが心の地図を見たことがあるかどうか、わたしは知りません。お医者さんは、時々あなたの心以外の地図を描きます。あなた自身の地図は、あなたにとって、とても興味深いものです。お医者さんが、コドモの心の地図を描こうとしているのをみてみましょう、そのコドモの心は散らかってるだけでなく、いつもくるくる回りつづけています。心の上には、まるであなたの体温表みたいにジグザグの線があり、それはたぶんその島の道なのでしょう、なぜならその島、ネバーランドは、大体島といってもいいようなものであり、あちこちに驚くほどの色の模様があり、さんご礁、沖合いに速そうにみえる小船、野蛮人がいて、さびしい墓地、たいがい仕立て屋をやってる小人たちがいて、川が流れているどうくつがあって、6人の兄をもつ王子がいて、刻々とくずれおちていく小屋があり、カギ鼻の背の低い老婆がいたものです。これで全部なら、まだまだ簡単な地図といえるでしょう。でもまだ学校での最初の登校日、宗教、祖先、まあるい池、針仕事、殺人、絞首刑、間接目的語をとる動詞、チョコレートプディングの日、歯列矯正器をつけて、99といって、じぶんで歯をぬいたら3ペンスやるよ、とかとにかくそんなものがあるのです。そしてそれらはすべてネバーランドの一部、もしくは透けて見える別の地図といったぐあいで、とにかく全く混乱しており、しっかり根をおろしてかわらないものなど何もないといった具合でした。

ネバーランドは、もちろんとってもヘンカにとんでいます。たとえばジョンのネバーランドには、ラグーン(さんごにかこまれた浅瀬)があってその上をフラミンゴの群れが飛んでいて、ジョンはそれを撃ちます。一方マイケルといえば、まだとっても小さかったので、フラミンゴがいて、その上をラグーンの群れが飛んでるのです。ジョンは砂浜にさかさまになっていたボートに住み込んで、マイケルはインディアンのすむようなテントに、ウェンディは巧みに縫い合わされた葉っぱの家に住んでいました。ジョンには、一人も友達がいません。マイケルは夜の間だけの友達がいて、ウェンディは親にすてられた狼をペットにしていました。ただ、まあだいたい、ネバーランドは兄弟姉妹では似たり寄ったりになるもので、兄弟姉妹のネバーランドを一列に整列させたら、同じような鼻だなぁとかなんとかいうことになるでしょう。ネバーランドの魔法の岸辺で遊んでいるコドモ達は、いつも小船を岸にひきあげているのです。わたしたちも、かつてはそこにいたことがありました。まだ波の音がきこえるでしょう。でも、もうわたしたちはその島へ上陸することはできないのです。

全ての楽しい島々の中で、ネバーランドはもっともこじんまりしていてコンパクトです。えぇ、ひとつの冒険から次の冒険までがいやになるくらい離れているほど、おおきかったり不規則に拡大していたりはしません。ちょうどいい具合につめこまれています。昼間のあいだ、椅子とテーブルクロスのところで、ネバーランドの遊びをするときは、まったく不安になることはないのに、眠りにおちる前の2分間には、急に現実みたいに思えたりもするのです。それこそが、ナイトライトがある理由だったりします。

時々ママがコドモ達の心の中を旅してると、理解できないものにつきあたったりします。その中でも、もっとも途方にくれてしまうのは、ピーターという言葉でした。ママにはピーターなんて知り合いはいませんでしたし、ジョンとマイケルの心のあちらこちらにいて、ウェンディの心ときたら、ピーターという名前の落書きであふれかえりそうなぐらいなのでした。ピーターという名前は、他の言葉にくらべてもより太い字で書かれており、ひときわ目立ちましたし、ママはその名前をじっとみると、みょうにうぬぼれているといった感じをうけるのでした。

「まあかなりのうぬぼれやさんね」ママがそうたずねたので、ウェンディはしぶしぶそう認めました。
「いったい誰なの、ペット?」
「ピーターパンよ、ママ知ってるでしょ?」

最初ママには分かりませんでした。でもコドモの頃のことを思いかえしてみると、妖精たちとくらしているといわれていたピーターパンのことに思い当たりました。ピーターパンの話はかなりかわっていて、たとえばこうです。コドモが死んだときには、ピーターパンが途中まで一緒についていって、恐がらないようにしてあげるといったようなぐあいです。ママも当時は、ピーターパンがいることを信じていました。でも今は、結婚して分別もついていましたから、ピーターパンなんているのかしら? とかなり疑わしく思っていました。

「それにしても」ママは、ウェンディにいいました。「もう今では大人になってるわね」
「あらやだ、ピーターパンはオトナになんてなりません」ウェンディは胸をはって、自信たっぷりにいいはりました。「ピーターは、わたしとまったく同じおおきさだし」彼女がいってる“おなじおおきさ”の意味は、心と体の両方とも“おなじおおきさ”ってことでした。ウェンディはどういうふうにして“おなじおおきさ”ってことがわかったかはわからないけど、とにかくわかっていたのでした。

ママはパパに相談しましたが、パパはばかにして笑うだけでした。「わしの言葉を覚えておけよ、」とパパ。「ナナがコドモ達に教え込んだたわごとさ、イヌが考えそうなことだ。ほっとけよ、忘れるだろう」

ところが、忘れるどころのさわぎではありません。そのやっかいごとをひきおこす男の子は、ママに大ショックを与えたのでした。

コドモというものは親たちにわずらわされなければ、どんなかわった冒険でもします。例えば、森にいて、死んだお父さんと会っていっしょに遊んだよなんてことを、終わって一週間もしてから、思い出して言ったりします。ウェンディがある朝、おどろくべき意外なことをいいだしたのは、こんなふうになにげなくでした。木の葉がコドモ部屋で見つかりました。昨晩コドモが寝たときには、確かになかったはずなのに。ウェンディがしょうがないわねぇって微笑みながらこう言った時、ママは木の葉をただ不思議だなぁと思っていました。

「また、ピーターのせいだと思うわ」
「いったいぜんたい、どういうこと、ウェンディ」
「わんぱくだから、くつをふかないのよ」ウェンディはきちんとした子でしたから、ため息をついていいました。

ウェンディは、まったくあたりまえのことを話しているように、ピーターが時々コドモ部屋にやってきて、ウェンディのベッドの足の方に腰掛けて、笛をきかせてくれるの、と説明しました。残念なことに、起きていなかったので、どうやってそのことがわかったかはわからないけど、とにかくわかっていたのでした。

「なにわけのわからないことをいってるの、かわいい子。玄関のドアをノックせずに家にはいってくるなんてことは、できないのよ」
「窓からきたと思うのよ」とウェンディは、いいました。
「まぁ、ここは三階なのよ」
「じゃあどうして葉っぱは窓際にあるの?」

全くその通りでした。葉っぱは、まさに窓際にあったのですから。

ママにはまったく訳がわかりませんでしたが、ウェンディがあまりに平然としてるので、夢でもみてたんじゃないのなんて、さっさと片付けてしまうわけにはいきませんでした。

「いいこね、」ママは声をちょっとあらげました。「でもなんでもっと前にママにいってくれなかったの?」

「わすれてたんだもの」ウェンディはそっけなくいうと、あわてて朝食をたべました。

ええたぶん、夢でもみてたにちがいありませんとも。

でも、かたや、葉っぱはたしかにあるのでした。ママが葉っぱをとても注意深く調べてみると、それはすじばっかりの葉っぱで、イングランドに生えてる木のものではないことはわかりました。ママは床にはいつくばって、ろうそくでもって照らして、かわった足跡がないか調べてみました。火かき棒で煙突をガタガタさぐったり、壁をたたいたりしました。窓から道路までテープをたらしてみました。垂直に30フィートもあって、のぼってこれる雨どいひとつとしてありません。

夢をみてたんですとも。

でもウェンディが夢をみてたわけじゃなかったことは、まさに次の日の夜に明らかになりました。コドモ達のおどろくべき冒険がはじまったといってもいいあの夜に。

その夜、またコドモ達がベッドにはいったところから、はじめましょう。たまたまナナが夜に外出していたので、ママがコドモをおふろにいれて、ひとりまたひとりと握ってたママの手をはなして、夢の国にはいっていくまで、子守唄をうたってやりました。

ママはなにもかもが安全でここちよく感じられたので、心配する必要なんてなかったんだわと微笑んで、縫い物をするために暖炉のそばにゆったり腰をおろしました。

縫い物はマイケルのもので、今度の誕生日にはシャツをきることになっていたのです。暖炉の火は温かく、コドモ部屋は3つのナイトライトで照らされているだけでうすぐらかったので、やがて縫い物はママのひざの上に落ちました。頭は、とてもゆうがにですが、こっくりこっくりとして、ママは眠りにおちてしまいました。4人をみてください、ウェンディとマイケルはあちらで、ジョンはここです、そしてママはだんろのそばで。4つ目のナイトライトがあるべきでした。

ママが眠りにおちて、夢をみていると、ネバーランドはとても近くにあって、一人の見知らぬ男の子がネバーランドから登場しました。ママは、男の子にはびっくりしません。なぜなら前にもコドモのない女の人の顔に、その男の子を見たことがある気がしたからでした。たぶん、母親になった女の人の顔にだって、その男の子をみつけられるのかもしれませんが。でも夢の中では、男の子はネバーランドをおおい隠していたうすいまくをひきちぎって、ママにはウェンディとジョンとマイケルがその裂け目から、こちらをのぞいているのが見えました。

夢そのものは、ささいなことかもしれません。でも夢を見ている間、コドモ部屋の窓が風で開いて、男の子が床にころげこんできたのでした。男の子といっしょに不思議な明かりも、こぶしほどのおおきさで、まるで生きてるかのように部屋の中をダーツみたいにまっすぐに飛んでいきました。思うにその明かりで、ママは起きたにちがいありません。

ママは悲鳴をあげてとびおきました、そして男の子をみました、で、どうしてかすぐにそれがピーターパンだってことが、わかったのでした。もしあなたやわたし、あるいはウェンディがそこにいたのなら、男の子がまるでママのキスみたいだなぁ、なんてことに気づいたのにちがいありません。男の子は愛らしい子で、すじばっかりの葉っぱと木からにじみでた樹液でできた服をきていて、ただ一番うっとりさせるのは、歯がひとつもはえかわってないことでした。男の子はママが大人だとみると、その真珠のような歯で、ママに向かって歯ぎしりしました。

2章 その影

ママが悲鳴をあげると、ベルが鳴らされたかのようにドアが開いて、ナナが入ってきました。ナナが低くうなり、その男の子に飛びかかると、男の子は身軽に窓から飛び降りました。再びママが悲鳴を、今度は男の子の身を案じてです。ママは、男の子が死んでしまったと思いました。ママは、男の子を探しに、通りまでかけ下りましたけれど、何も見つかりません。ママが上を見上げても、暗闇の中に、流れ星としか思えないようなものしか見つけられませんでした。

ママは子供部屋に帰ってきて、ナナが口になにかをくわえているのを見つけました。それは、あの男の子の影でした。男の子が窓から飛び降りる時、ナナはすかさず近寄って、捕まえることこそできなかったものの、影を逃がしはしなかったのです。窓をぴしゃりとしめ、影はポキンと折れたのでした。

あなたが思うように、ママはその影を注意深く調べました。でもまったくなんの変哲もない、普通の影でした。

ナナにはもちろんこの影をどうすればいいか、わかっていました。影を窓の外にぶら下げておけば、それを取り戻すために男の子は必ずもどってきます。コドモ達には害がなく、男の子が簡単に取り戻せるところに、その影をおいときましょうということです。

ただ不幸にも、ママは窓に影をぶらさげたままにはしておけませんでした。それではまるで洗濯物みたいで、家の格を下げることになってしまうからです。ママはパパに影を見せようかと思いましたが、パパは頭を冷やすために冷たいタオルを巻きつけ、ジョンとマイケルの冬のりっぱなコートの出費の計算をしていたので、わずらわすのは申し訳ないような気がしました。その上、パパが「イヌを乳母なんかにするから、こんなことになるんだ」なんて言うのが、ありありと目に浮かぶようでした。

ママは影をたたんで、パパに相談できるいい機会がくるまで、たんすの中にていねいにしまいこみました。あらまあ。

機会は、一週間後に訪れました。あの決して忘れることのできない金曜日に、もちろん金曜日にです。

「わたしが金曜日には、特別注意するべきだったんだわ」後になって、ママはパパによくそういいました。そういってるときに、おそらくナナはパパの反対側のママの手をにぎっていたことでしょう。

「いやいや」パパはいつもこういうのでした。「わしに全責任がある、わしジョージ・ダーリングがやるべきだったんだ」そしてラテン語で「わしがわるいんだ、わしがな」といいました。パパはラテン語の素養もあったのです。

それからかれらは座り込んで、来る夜も来る夜もあの運命の金曜日のことを思い出していたので、しまいにはどんな細かいことまでも頭の中に刻み込まれ、頭の反対側までも突き抜けそうでした。それはまるで、できの悪いコインに刻まれた顔が、反対側まで突き抜けてしまっているかのようでした。

「わたしが、27丁目の家での夕食のお誘いを承知さえしなければ」ママはいいました。
「わしが、ナナのおわんにわしが飲む薬を入れたりしなかったら」とパパもいいました。
「わたくしが、お薬が好きなフリさえしておけば」ナナのうるんだ瞳が、そういいたいようでした。
「わたしのパーティー好きが、あなた」
「わしのユーモアのセンスのなさがだ、おまえ」
「わたくしが些細なことへこだわったりするからなんです、ご主人様」

それからひとり、ふたりと一緒に泣き崩れるのでした。ナナは「そうだ、そうだ、イヌを乳母なんかにするべきじゃなかったんだ」と考えて、パパはナナの目に何回もハンカチをあてなければなりませんでした。

「あの悪魔め、」パパは叫んだものでした。ナナのほえる声がそれを繰り返しました。ただママは、ピーターを決して責めません。彼女のくちもとの右はしにあるなにかが、ピーターの名前を口にだすことをためらわせるのでした。

みんなはがらんとしたコドモ部屋に座り込んで、あの恐ろしい夜のどんな細かいことでさえ、愛情をこめて思いだそうとするのです。はじまりは、いつもと全くかわらない平凡な、本当に他の幾夜と全く同じで、ナナはマイケルのお風呂のために水をいれ、マイケルを背中に乗せてお風呂までつれていくところでした。

「まだ、ねむたくない」マイケルは、いうことはそれだけしかないと固く信じているといった具合に大声をだしました。「やだよ、やだ。ナナ、まだ6時じゃない。おねがいだから、おねがい。もうキライになるから。ナナ、おフロには入りたくないっていってるの、やだやだ」

そこへ、夕食会のための白い夜会服をきたママが来ました。ママはウェンディが夜会服を着た姿をみるのをとてもよろこぶので、おおいそぎで着替えてきたのです。ママはパパから貰ったネックレスをつけ、前もって貸してくれるように頼んでいたウェンディのブレスレットをはめていました。ウェンディはママにブレスレットを貸してあげるのが、大好きだったのです。

ママは年上の2人が、ウェンディが生まれた時のママとパパのフリをして、遊んでいるのをみました。ジョンがこういいます。

「おまえにこういえることを、幸せに思うよ、おまえ、おまえはいまや母親なんだよ」まるでパパが、まさにその時に使ったであろう口調で言うのでした。

ウェンディは、よろこびのあまり踊りだしました、まさに本当のママがしたに違いないように。

それからジョンが生まれ、パパは男の子が生まれたひときわの感慨を抱き、そしてマイケルがおフロからでてきて、僕も生まれた? とたずねました。ただジョンは、そっけなく、パパとママにはもうコドモはいらないよと言ったのでした。

マイケルはほとんど泣きそうになって「ぼくなんて、だれにも必要とされてないんだ」といいだし、白い夜会服をきたママはその状況に黙っていられません。

「ママは欲しいわよ」と口をはさみました。「ママは、とっても三番目のコドモがほしいわ」

「男の子、女の子?」マイケルは、あまりキタイはしていないようにたずねました。

「もちろん、男の子よ」

すぐにマイケルは、ママの腕の中に飛び込みました。そんなささいなことさえ、いまやパパとママとナナには思いだされるのです。ただ、もしそれがマイケルのコドモ部屋での最後の夜になってしまうのなら、ささいなこととはいってられませんが。

回想は続きました。

「わしがたつまきのように部屋に入っていったのは、そのときじゃなかったかな?」パパは自分自身をあざけるように、そういいました。そして実際にも、まるでたつまきのようだったのでした。

パパにもたぶん弁解の余地はあるのでしょう。パパもパーティにでかけるために正装していて、ネクタイを結ぶまでは、完璧にこなせていました。債券や株のことまで分かるはずが、まともにネクタイもむすべないなんてことを、パパについて言わなければならないのは、びっくりぎょうてんです。パパは時々争わないでマケを認めるようなことがありましたが、一家にとっては、パパがぐっとプライドを押えて、最初から結んであるネクタイを使うほうが良い場合が、ままあったものです。

今回もまさにそんな場合で、パパは手にしわくちゃのコンチクショウのネクタイをもって、コドモ部屋に駆け込んできました。

「あらどうしたの、あなた」

「全く、」パパは本気で叫びました、「このネクタイときたら、むすべないようになってるんだ」パパはひどく皮肉っぽく「首のまわりをまわりやしない、ベッドの柱なら上手くいくのに、ああ、ベッドの柱なら20回はできたぞ、どうして自分の首のまわりだとだめなんだ、おまえ、弁解を許してくれ」といいました。

パパが思うに、ママはそれほどびっくりしていないようだったので、厳しい口調でこう続けました。「おまえ、もしもこのネクタイが結べなければ、今夜のディナーは取りやめだということをいっておくぞ。今夜のディナーに行かなかったら、仕事にも二度といけん。仕事に二度と行けなければ、おまんまのくいあげだ。コドモ達も路頭にまようんだぞ」

その時でさえママは落ち着いていて、「まあ、あなたやらせてみてください」といいました。パパがママに頼みに来たことも、まさにそのことだったのです。そして見事な手際でパパのネクタイを結んで、そのあいだコドモ達は自分達の命運が決するのを、まわりで立ちすくんで見守っていました。ママがそんなに簡単にネクタイを結ぶので、かえって腹をたてる男の人もいたかもしれません。ただパパは全くそんな性格の持ち主ではありません。ママにそっけなくお礼をいったそのとたん、すっかり怒ってたことも忘れて、つぎの瞬間にはマイケルを背中におぶって踊りまわっているのでした。

わたしたちはなんて騒々しく、ふざけたりしてたんでしょう。ママは、思い出しながらそう言いました。

「最後のおふざけだったな」パパはうめくようにいいました。
「ジョージったら覚えてます? マイケルがわたしに突然こういったのを。いったいどうやって僕のことをわかるようになったのって」
「覚えてるさ」
「まったく優しいコドモたちだったと思いません、ジョージ」
「それにわしらのコドモだよ、わしらの。もういなくなってしまったけど」

おふざけはナナの登場でおさまりました。大変不幸なことにパパとナナはぶつかって、ナナの毛がパパのズボンについたのです。ズボンは新しいだけではなく、パパにとっては始めての組みひも付きのズボンだったので、パパは泣かないために口びるをかみしめなければなりませんでした。もちろんママはパパのズボンにブラシをかけましたが、パパはやっぱりイヌを乳母に雇うのは間違いなんだという話をむしかえしだしました。

「ジョージ、ナナはこの家の宝だわ」
「それは認めるよ、ただ時々ナナが、コドモ達を子犬とでも思ってやしないか、不安になるんだ」
「あらいやだ、あなた、ナナはちゃんとコドモ達がたましいをもっていることを知ってますわ」

「うたがわしいもんだな」パパは思慮深くいいました。「うたがわしいな」いい機会だとママは思ったので、あの男の子のことをパパに話してみました。パパは最初はその話をバカにしていましたが、影をみせられると考え込み「全くしらないやつだわい」と詳しく影を調べながら、こうつづけました。「ただ悪いやつのようだな」

「わしたちがまだ話し合ってたときだったな、覚えてるかい、ナナがマイケルの薬をもって入ってきたんだった。もうおまえも口で薬のビンをくわえてくることもないんだなぁ、ナナ、全部わしのせいだ」

パパは強い人でしたが、薬のこととなると必ずかなりばかげた行動をとってしまうのでした。もしパパに欠点があるとするならば、薬なんて小さい頃から平気で飲んできたなんて思いこんでいたことでしょう。そして今マイケルが、ナナが口にくわえてさしだしたスプーンをいやがると、パパはぶつぶついいだしはじめました。「男だろ、マイケル」

「やだやだ」マイケルはわがままにも泣き始めました。ママは、ごほうびにマイケルにあげるチョコレートをとりに部屋をでていきました。で、パパはママのそんな行動が厳しさに欠けてるぞと思って、「おまえ、マイケルを甘やかしちゃダメじゃないか」と呼び止め、こう続けました。「マイケル、わしがおまえの年頃のころにはだ、ぶつぶついったりせずに薬をのんだものだ。わしは言ったよ、やさしいおとうさん、おかあさん、元気になるための薬を飲ませてくれてどうもありがとう、ってな」

パパは、これが本当のことだったと思っているのです。そしてウェンディもナイトガウンに着替えていたんですが、パパはそうだったにちがいないと信じていましたから、マイケルを励ますためこういったのでした。「パパが時々飲んでる薬は、もっと嫌な味がするわよねぇ、パパ」

「もっと、もっとだ」パパは胸をはっていいました「もしわしが薬のビンさえ失してなければ、いまここでおまえの手本に飲んでやるのになぁ」

正確には、失したわけではありません。パパは真夜中に衣装部屋の一番上まで登っていって、薬ビンを隠したのです。ただパパは知らなかったのですが、仕事熱心なエルザが、それを見つけて洗面所に返しておいたのでした。

「どこにあるか知ってるわ、パパ」ウェンディはそう叫ぶと、役にたてることがうれしくて、「もってくるわ」とパパが止めるヒマもなく、姿を消しました。突然パパの気分は、ドット落ち込んでしまいました。

「ジョン」パパは身震いしながら、言いました。「あれはまったくひどいしろものだぞ、むかむかするし、べたべたするし、おまけに甘ったるかったりするんだぞ」

「すぐに飲み終わるよ、パパ」ジョンが励ますようにいうと、すぐに薬のはいったグラスを持ったウェンディが、かけこんできました。

「できるかぎり、いそい、だのよ」ウェンディは、息をきらしながら言いました。

「もちろん、おまえは、すばらしいっていっても過言じゃないほど急いでくれたよ」パパは、ウェンディに対してまさに悪意に満ちたていねいな口調で、そう言い返しました。
「まずマイケルからだ」パパはがんこに言いました。
「パパが最初だよ」マイケルはうたぐりぶかそうにいいました。
「どうもわしはき・ぶ・んがわるいなぁ」パパは脅すようにいいましたが、「さあ、パパだよ」とジョンがいいはなちます。
「ジョン、おまえはだまってたらどうなんだ」パパは厳しく言いました。
ウェンディは、全く困惑してしまいました。「わたしは、パパがすぐにでもごくって、薬をのんじゃうと思ったのに...」

「そういう問題じゃないんだ」パパはこういい返しました。「問題はだ、マイケルのスプーンのより、わしの方が量が多いことなんだ」パパの誇り高きプライドは、はりさけんばかりです。「だからフェアーじゃないんだ。たとえ死に際の最後の一言になろうとも、わしはいうぞ、フェアーじゃないとな」

「パパ、ぼくまってるよ」とマイケルが冷たくいうと
「あぁ、おまえは待ってるなんていってるがいいさ、だがわしこそが待ってるんだ」
「パパは臆病なカスタードクリームみたい」
「なに、おまえの方こそ臆病なカスタードクリームだ」
「ぼくはこわくないもん」
「よし、じゃあ、飲むんだ」
「うん、じゃあ、パパのんで」

ウェンディは、素晴らしい考えを思いつきました。「一緒に飲めばいいわ?」

「たしかに」パパは言いました。「マイケル、準備はいいか?」

ウェンディはひとつ、ふたつ、みっつといって、マイケルは薬をのみました。だけどパパは自分の薬を背中にこっそりかくしたのでした。

マイケルは怒りの叫び声をあげました。
「あらパパ」ウェンディも大きな声をあげました。

「どういう意味だ、あらパパ、なんて」パパは問い詰めました。
「さわぐんじゃない、マイケル。飲むつもりだったんだよ、だけど、ええっと、飲み損ねたんだ」

3人がパパを見る眼はなにか見てはいけないものでもみるような、まるっきりぜんぜん尊敬してないような目つきでした。「おまえたち、そら見てごらん」ナナがバスルームへ姿をけすやいなや、パパは下手にでていいました。「すごいジョークを思いついたんだ。ほらわたしの薬をナナのおわんに入れて、ナナがミルクだと思ってそれをのんだら...」

薬とミルクの色は一緒でした。でもコドモ達には、パパのユーモアのセンスは全然分かりかねました。ただパパがナナのおわんに薬を注いでいる間、非難がましくパパを見ていました。「おもしろいぞ」パパは自信なさそうに言って、コドモ達もママとナナが部屋に戻ってきた時に、思い切ってパパのことをばらしたりはできませんでした。

「ナナ、よしよし」パパは、ナナを軽くなでながらいいました。「少しミルクをどうだい」

ナナはしっぽをふって、薬のところに駆け寄ると舌で飲み始めました。そしてナナはパパをすごい目つきでにらみ、怒った目つきではありませんが、こんなに気高いイヌに大変申し訳ないことをした、と思わせるような大粒の涙をパパにみせつけて犬小屋にもぐりこみました。

パパはものすごく自分を恥じいりました。でもマイッタともいえません。ひどくいやなシーンとした雰囲気のあと、ママがおわんの匂いをかぐと、「ジョージったら、あなたの薬じゃないの」といいました。

「ほんのジョークのつもりだったんだ」ママがコドモ達とナナを慰めているのに、パパは大声で言うと「いいさ、」と苦々しく続けました。「わしがすっかり道化になってやって、この家を楽しくしようとしてるのに」

ただウェンディは、まだナナをだきしめてました。
「いいだろう」パパは大声をだしました。「ナナをせいぜい大事にしてやるんだ、だれもわしにはかまっちゃくれん。いいんだ、わしはただの大黒柱ふぜいだよ、なぜわしを大切にしようとせん、どうしてだ?」

「ジョージ」ママは、パパに懇願するようにいいました。「そう大声をださないでくださいな、召使たちが聞きつけるじゃありませんか」どうしてか、リザは一人きりなのに召使たちなんて呼ぶようになっていたのでした。

「いいじゃないか、」パパは、なにもかまうもんか、というふうに答えました。「世界中にでも聞かせてやるさ。だが、もうこんりんざい、あのイヌをコドモ部屋に置いとくのはまかりならん」

コドモ達は泣き始めました。そしてナナはお願いするように、パパの足元にかけよりました。ただパパは、しっしっとナナをおいやり、ふたたび偉くなったような気分を感じているのでした。「無駄だ、無駄だ」パパは大声をだしました。「おまえにお似合いの場所は、庭じゃないか。いますぐ庭にむすびつけられてくるといい」

「ジョージったら、ジョージ」ママは小さな声でいいました。「あなたにあの男の子のことを話したのを忘れたの?」

まぁなんてことでしょう。パパは聞いていなかったのでした。パパは、この家の主人はだれかはっきりさせようと決心していましたし、命令してもナナが犬小屋からでてこないとみると、甘い言葉でおびきだし、がしっとナナをつかむとコドモ部屋からひきずりだしました。パパは自分を恥じていましたが、とにかくやったのです。

それというのも全部パパの優しい心のためなので、とにかくみんなに感心してもらいたかったのです。ナナを裏庭に結びつけると、かわいそうなパパは廊下に行き、座りこむと、硬く握りしめたこぶしを目にあてていたのでした。

その間、ママは普段には考えられないような沈黙がただよう中、コドモ達を寝かしつけ、ナイトライトをつけました。ナナがないているのがきこえます。ジョンが、泣き声でぶつぶつ文句をいいました。「ナナを庭に結びつけてるせいだ」ただウェンディは、もっと賢かったのでした。

「ナナは、自分が不幸だから、ないてるわけじゃないわ」ウェンディは何が起きようとしているのか、少し考え込んで言いました。「危険な匂いをかいだ時のなきごえよ」

危険ですって。

「本当に? ウェンディ」
「もちろんよ」

ママはこわくなって、窓際にいきました。窓はしっかり閉まっています。ママは錠をかけ、夜は星で輝いていました。星はこの家でなにが起こるのか、興味深そうに家の周りを取り囲んでいるみたいです。ただママはこのことに気づきませんでしたし、小さな星の一つ二つがママにまばたきしたのさえ気づかなかったのです。ただなんともいえない不安が、ママの心をいっぱいにして、こういわせるのでした。「今夜のパーティに行かなくてもいいなら、どんなにいいことかしら」

すでにうとうとしていたマイケルでさえ、ママが不安にかき乱されていることを知っていて、「なにかが、ぼくらにわるさをするの? ナイトライトがついてるのに、ねぇママ」と尋ねました。

「そんなものありませんよ、ナイトライトはコドモ達を守るために、ママが後に残していく目の代わりなんだから」

ママは、ベッドからベッドへコドモ達をうっとりさせるように歌いながら足を運び、小さなマイケルはママに腕をまわしてだきついてこういいました。「ママ、大好き」それが長い間、ママがマイケルから聞いた最後の言葉でした。

27番地はほんの少ししか離れてなかったのですが、うっすらと雪がふっていてパパとママは靴をぬらさないように器用に雪の上の道を選んで歩きました。パパとママのほかに通りにはひと一人おらず、全ての星がパパとママを見つめています。星は美しく輝いていましたが、なにかを進んでやろうとはしないのです。星は永遠に見ているだけです。それは星に課された罰で、なにが理由でそんな罰が与えられたのかは、あんまり昔のことで今やだれも知りません。年とった星は生気のない目をして、ほとんどしゃべりもしなかったのですが(まばたきが星の言葉です)、ただ若い星は、まだあれこれと思いをめぐらしているのでした。星たちは実のところ、ピーターのことがすごく好きというわけではありませんでした、というのもピーターったら茶目っ気たっぷりに星の後ろにこっそりまわりこんで、吹き消そうとしたりしましたから。ただ星は、楽しいことが大好きだったので、今夜はピーターの味方なのでした。で大人たちが片付くかどうか、固唾をのんでみまもっています。だからパパとママが家の中に入り、27番地のドアがしまるやいなや、夜空は大騒ぎになり、天の川の一番小さな星が叫びました。

「さあ、ピーター出番だよ」

3章 行っちゃった、行っちゃった

パパとママが家を後にしてしばらくの間、3人のコドモのベッドのそばのナイトライトは、あたりをこうこうと照らしていました。とても素敵で小さなナイトライトで、明かりがついたままでピーターをみることができたらと願わずにいられません。でもウェンディのライトがまばたき、そしてあくびをはじめ、他の2つのライトも同じようにあくびをしました。そして口を閉じるまえに、3つ全てのライトが消えてしまったのでした。

部屋の中には、今や別の明かりがありました。ナイトライトより何千倍も明るくて、わたしたちがこの話をしているときにもピーターの影をさがして、コドモ部屋の全てのたんすの中に入りこんで衣裳部屋をくまなく探し、全てのポケットをひっくり返しています。それは、本当は明かりではありません。あまりに早く点滅していたので、明かりみたいに見えたのです。ただちょっとの間それが休んでいると、妖精だってことがわかったでしょう。あなたの手ぐらいの大きさで、まだまだ成長しているところです。妖精はティンカーベルという名前の女の子で、えりが大きくてカクばってカットされたすじだけの葉っぱを、素晴らしく優雅に着こなしていました。その葉っぱを通してみる姿は、とても素晴らしいものでした。というのもほんのわずかなんですが、ティンクったら太りぎみだったのです。

妖精が入ってきてしばらくして、窓は小さな星たちの息で開き、ピーターが転がり込んできました。ピーターは道中の一部、ティンカーベルを運んできてあげたので、妖精の粉がまだ手にこびりついていました。

「ティンカーベル」ピーターはコドモがぐっすり寝てることを確認して、声をひそめてよびました。「ティンク、どこにいるんだい?」その時ティンクは水差しの中にいて、そこがとても気に入っていました。なにしろ、いままで水差しに入ったことがなかったのです。

「その水差しからでておいで、そして教えておくれ。どこに僕の影をしまいこんだか分かったかい?」

金の鈴のような愛らしい鈴の声で、答えがありました。それが妖精の言葉です。あなたがた普通のコドモには、それを聞き分けることはできません。でも耳にしたなら、かつてどこかで聞いたことがあるのが分かることでしょう。

ティンクは、影は大きな箱のなかにあるといいました。ティンクがいってるのは引き出しのついてるたんすのことでした。なので、ピーターはたんすに飛びついて、まるで王様が群集にお金でもばらまくように両手で中身を床にぶちまけました。すぐに影をとりもどし、よろこびのあまりうっかりしてティンカーベルをたんすの引き出しに閉じ込めたまま、すっかり忘れてしまいました。

ピーターがすこしでも前もって考えていたとすれば、もっともピーターが前もって考えているなんてことは、わたしには思いもよらないことですけど、ピーターとその影は近づければ水滴みたいに自然にくっつくだろう、なんて考えていたのでしょう。そしてそのようにしてくっつかなかった時、ピーターはぞっとしました。ピーターは、浴室から石鹸をもってきてくっつけようとしましたけど、だめでした。ピーターの体をぞっとする身震いがおそいました。そして床に座りこみ、泣き出したのでした。

ピーターの泣き声で、ウェンディは目を覚まし、ベッドに坐り直しました。ウェンディは、見知らぬ子がコドモ部屋の床で泣いているのをみても驚きません。というのもわくわくして、興味しんしんだったからです。

「あなた」ウェンディは礼儀正しくいいました。「どうして泣いていらっしゃるの?」

ピーターも、非常に礼儀正しく振る舞いました。妖精の儀式で正式な礼儀作法を習っていましたので、優雅に立ちあがってウェンディにお辞儀をしました。ウェンディは大喜びで、自分もベッドからピーターに向かって優雅にお辞儀を返しました。

「お名前は?」ピーターは尋ねました。

「ウェンディ・モイラ・アンジェラ・ダーリングと申します」ウェンディはいくぶん満足を覚えながら、返事をしました。「あなたは?」

「ピーターパンです」

ウェンディは、最初っからピーターに違いないと確信していました。でもウェンディと比べると、いかにも短い名前に思えたのでした。

「それで全部?」

「うん」ピーターは、いくぶんつっけんどんに答えました。自分の名前が短いなんて感じたのは初めてのことでした。

「ごめんなさいね」とウェンディ・モイラ・アンジェラが言うと、

「かまいません」ピーターは涙をぐっとこらえます。

ウェンディがどこに住んでいるのかと聞くと、「2つ目の角を右にまがって、あとは朝までまっすぐ」とピーターが答えます。

「なんて面白い住所なんでしょう」

ピーターは意気消沈しました。たぶんそれが面白い住所だなんて感じたのも初めてのことでした。

「いいえ、そんなことはありません」ピーターは言いました。

「私が言ったのは、手紙にはどう書いてあるのって意味だったの」ウェンディは、自分がお客様をもてなす方だということを思い出して、こう上手く答えました。

ピーターは、手紙のことなんかにふれないでくれたらなぁと願うような気持ちだったのですが、「手紙なんてもの、もらわないです」と軽蔑したように言いました。

「お母さんはもらうでしょ?」

「お母さんはいません」お母さんがいないだけでなく、持ちたいなんてこれっぽっちも思ったことはなかったのでした。お母さんなんてものは、とても買いかぶられてる、なんて思っていましたから。けれどもウェンディにとっては、すぐさま悲劇の渦中にいるかのように感じました。

「あらピーター、泣いてるのも無理ないわ」ウェンディはそう言うと、ベッドからでてピーターのもとへと駆けよりました。

「お母さんのことで泣いてたんじゃないよ」ピーターは、かなり憤慨したように言いました。「影がくっつかないから泣いてたんだ、いいや、そもそも泣いてやしないよ」

「とれちゃったのね」

「うん」

それからウェンディは、床に落ちている影を見ました。それはとても汚れて見えました。そしてウェンディは、ピーターのことをとてもかわいそうに思って、「なんてひどいんでしょう」と言いましたけど、ピーターが石鹸でくっつけようとしているのを見ると笑いをこらえられませんでした。なんて男の子っぽいことでしょう! 運よく、ウェンディには、すぐ何をすればいいのかが分かりました。「縫いつけないとね」とウェンディはちょっとお母さんぶって言いました。

「縫うって?」

「なんにも知らないのね」

「そんなことないです」

でもウェンディは、ピーターがなにも知らないことが嬉しかったのでした。「あなたのために縫いつけてあげるわ、わたしの小さい子」ピーターはウェンディと同じくらいの背丈だったんですが、こう言うと裁縫箱を取り出してきて、影をピーターの足に縫いつけました。

「ちょっと痛いかもしれないわ」ウェンディは、ピーターに注意します。

「ええ、泣きませんとも」ピーターはそういうと、生まれてこの方一回も泣いたことなんてないよ、ってすでに思いこんでいます。そしてピーターは、歯を食いしばって泣きませんでしたし、すぐさま影は元通りになりました。まだちょっと折り目がついていましたけれど。

「アイロンをかけなきゃいけなかったわね」ウェンディは、思いやりをもってそういいましたが、ピーターは男の子らしく見た目には無頓着で、大喜びで飛び跳ねました。あらまあ、ピーターはもうウェンディのおかげってことをすっかり忘れちゃっていました。「ぼくは、なんてかしこいんだろう」ピーターは、有頂天になって歓声をあげました。「それにしても、ぼくは、かしこいなぁ」

このピーターのうぬぼれが、彼のもっとも魅力的なところの1つだなんていわなければならないのは恥ずかしいことです。思い切って正直に言わせてもらえば、すくなくとも横柄な子ではないのです。

ただその時のウェンディには、ショックでした。「ぼくはかしこいですって! ええ、そうでしょうとも」ウェンディは痛烈にあてこするように、こういいました。「もちろんわたくしは、なんにもさせていただきませんでしたけど」

「ちょっとは、してくれたかな」ピーターは無頓着にいうと、踊りつづけました。

「ちょっと、ですって」ウェンディは、プライドをもっていいました。「わたしが役にたたないのなら、ともかくおいとまさせてもらうわ」というと威厳をもってベッドに飛び込んで、顔まで毛布をかぶったのでした。

顔を出してもらおうとピーターは帰るフリをしましたが、全然効果がなかったので、ベッドのはしに腰掛けて足でちょんちょんとウェンディをつつきました。「ウェンディ」ピーターは言いました。「とじこもらないで。ぼくは、自分がうれしいときは、ついついうかれちゃうんだよ、ウェンディ」ウェンディは、顔は出しませんでしたけど、耳はそばだてていました。「ウェンディ、」ピーターは続け、その声にあらがえる女の人はいなかったことでしょう。「ひとりの女の子は、20人の男の子よりずっと役に立つね」

さてウェンディは、まだそんなに大きいというわけではありませんでしたけれど、どこからみても女の人そのものでした。ベッドの布の間から顔をのぞかせました。

「ホントにそう思うの? ピーター」
「もちろん」
「ホントに調子いいって思うわ」ウェンディははっきりそう言うと、「起きるわ」とベッドのはしにピーターと並んで腰掛けました。そして、もししてほしいのなら、キスしてあげてもいいわよなんて、ついでに言ったのでした。しかしピーターは、ウェンディが何のことを言ってるのか分からなかったので、何がもらえるのか期待しながら手の平をだしたのです。

「キスって、なんだかわかってるんでしょうね」ウェンディは、びっくりして尋ねました。

「くれればわかるよ」ピーターはかたくなに答えました。ウェンディは、ピーターのことを傷つけまいとして指ぬきをあげました。

「さあ、僕もキスをあげるよ」ピーターが言うと、ウェンディは少しすましてこう答えました。「したければどうぞ」はしたないことに、顔をちょっとピーターの方へ傾けたりしたのです。でもピーターは、どんぐりでできたボタンを手渡しただけでした。ウェンディは顔の位置をそっともとの場所に戻して、すてきねといって、首のまわりにくさりをつけてピーターのキスをつけました。くさりで身に付けたのは幸運でした。なんといっても後でそれがウェンディの命を救ったのですから。

お互いに紹介しあったら、年を尋ねるのが礼儀というものです。そういうことをするのが大好きなウェンディは、ピーターにおいくつと尋ねました。ピーターにそう尋ねるのは、実のところ適切な質問というわけではありません。まるで、試験問題でイングランドの王様のことが出たらなぁと思ってたところに、文法の問題が出るようなものでした。

「知らないや」ピーターは不愉快そうに答えました。「でもまだとっても若いんだ」ホントにピーターは、年のことなんてぜんぜん知らなかったのです。自分でも疑わしかったのですが、思い切ってこういいました。「ウェンディ、僕は生まれたその日に逃げ出しちゃったんだ」

ウェンディは、びっくりぎょうてんでした。でも興味しんしんです。そこで素敵な応接間にいるかのように、自分の寝巻きをちょっとさわって、もっとわたしの近くに座れば? と示しました。

「逃げ出したのは、パパとママが僕が大人になったら、何になってほしいなんてことを話してるのを聞いちゃったからなんだ」と最初は小さい声で説明していましたが、声を大きくすると「いつまでも、オトナになんてなりたくないや」と力強くいいました。「いつまでも小さな男の子のままでいて、楽しくやるんだ。だからケンジントン公園から逃げ出して、妖精たちの間でずっとずっと暮らしてきたんだ」

ウェンディは、ものすごく感心したようにピーターをみました。ピーターはそれを僕が逃げ出したことに感心してるんだなぁなんて思っていましたが、実のところピーターが妖精と知り合いであることに感心していたのでした。ウェンディは家でふつうに暮らしていたので、妖精と知り合いになれるなんてすごく楽しいことのように彼女の目には映ったのです。ウェンディは妖精について矢継ぎ早に質問すると、ピーターは驚きました。というのも妖精なんてピーターにしてみればじゃまっけですから。ピーターのことをじゃましたりなんだりもして、実際、時にはピーターは妖精におしおきしたりもします。ただ、まあまあ妖精のことは気に入っていたので、妖精がどうやって生まれるのかをウェンディにお話してあげました。

「いいかい、最初にうまれてきた赤ん坊が最初に微笑んだ時に、その微笑が無数の破片にわかれてとびはねて、妖精がうまれるんだよ」

たいくつな話でしたが、いつも家にいるウェンディには気に入ったのでした。

それでピーターは、楽しそうに続けました。「男の子にも女の子にも必ず一人づつ妖精がいるんだよ」

「必ず? いないんじゃないの?」

「まあね、いまのコドモは物知りだろう。すぐに妖精がいるなんて信じなくなっちゃうんだ。コドモが“妖精なんて信じないや”なんていうたびに、どこかの妖精が地面に落ちて死んじゃうんだ」

そうそう、ピーターは妖精についてはもう十分に話したと思ったのですが、ふっとティンカーベルが静かにしてることに思い当たりました。「ティンクがどこにいっちゃったのかわかんないや」とピーターが立ち上がりながら言うと、ティンクの名前をよびました。ウェンディの心臓は突然のスリルでドキドキしはじめました。

「ピーター」ウェンディはピーターをつかむと声を大きくしました。「この部屋に妖精がいるなんていわないでよ」

「ティンクは今ここにいるよ」ピーターは少しイライラしながらいいました。「聞こえないかな?」とピーターとウェンディは耳をすませました。

「鈴の音みたいな音しか聞こえないわ」とウェンディは言いました。

「そうだよ、それがティンクだよ。それが妖精の言葉なんだよ。僕にも聞こえるや」

音はたんすの引出しから聞こえてきました。ピーターは愉快な顔をすると、ホントにピーターみたいに愉快な顔をする人はみたことがありません。心の底から愛らしくのどを鳴らして笑うのでした。うまれて初めて笑ったときのままの笑顔です。

「ウェンディ、」ピーターは大喜びでささやきました。「どうやらぼくは、ティンクをたんすに閉じ込めちゃったらしいや」

ピーターは、かわいそうなティンクをひきだしから出してあげました。ティンクは怒りのあまりのカナキリ声をあげながら、コドモ部屋を飛び回りました。「そんなこというもんじゃないよ」ピーターは言い返しました。「もちろんものすごく悪かったよ。でもぼくにだって、どうやって君がたんすの中にいたなんてわかるんだい?」

ウェンディは、ピーターの言うことなんて聞いてませんでした。「ねぇピーター」彼女は叫びました。「ティンクがじっとしてて姿をみせてくれたらねぇ」

「妖精はじっとしていられないんだよ」ピーターはそういいましたが、ウェンディはティンクがちょっとの間かっこう時計の上で休もうとした時に、そのロマンティックな姿を目にしました。「なんてかわいいの」彼女は叫びましたが、ティンクの顔はまだ怒りでゆがんでいるのでした。

「ティンク」とピーターは感じよくいいました。
「このお嬢さんが、君に彼女の妖精になってほしいっていってるよ」

ティンカーベルは無礼な返事をしました。

「なんていったの、ピーター?」

ピーターは通訳してあげなければなりません。「ティンクはあまり礼儀正しくないんだ。ティンクがいうには、君はばかでかくて、みにくいだなんていうんだ。おまけにティンクは、ぼくの妖精だなんていってるし」

ピーターはティンクを説得しようとしました。「ぼくの妖精になれないことぐらいわかってるよね、ティンク。ぼくは男の子だし、君は女の子だよ」

これに対するティンクの答えときたら、「このすっとこばか」ですって。そして浴室に姿を消しました。「妖精ってああいうもんなんだよ」ピーターは、弁解するように言いました。「彼女はティンカーベルって呼ばれてて、というのはポットとやかんを修理するからなんだ」(ティンカーは、ティン(すず)のワーカー(職人)という意味)

そしてピーターとウェンディは、肘掛け椅子にすわり、ウェンディはピーターを質問攻めにしました。

「今はケンジントン公園に住んでないとしたら...」

「時々はまだ住んでるよ」

「今はたいていは、どこにすんでるの?」

「迷子の男の子達といっしょにね」

「迷子の男の子達ってだれ?」

「迷子の男の子達っていうのは、乳母がよそ見をしてるときに乳母車から落ちちゃったコドモ達なんだよ。7日の間に這い上がれないと、その罰としてはるか遠くのネバーランドにやられちゃうんだ。僕が隊長だよ」

「面白いんでしょうねぇ」

「うん、」抜け目のないピーターはこう付け加えました。「でもぼくらはずいぶん寂しい思いもしてるよ、女の子の友達はいないし」

「女の子は一人もいないの?」

「うん、女の子は、えーっと、すごくカシコイから乳母車から落ちたりしないんだよ」

こういわれて、ウェンディはとても喜びました。「わたしが思うには」ウェンディはいいました。「あなたの女の子についての話し方は、ものすごくいいと思うわ。そこのジョンなんて、女の子のことをはなからバカにしてるのよ」

返事をする代わりに、ピーターは立ち上がってジョンをベッドからけり落としました。毛布やなんやかんやといっしょに一蹴りで。この態度は、ウェンディにとっては、初めて会ったにしてはかなりあつかましいように思えたので、思い切ってピーターはこの家の隊長ではないことを言いました。だけど、ジョンは床の上で何事もなかったかのようにぐっすり寝ていたので、そのままにしておきました。「あなたが、やさしくしてくれようとしてるのはわかるしね」ウェンディは、やさしい気持ちでいいました。「キスしてもいいわよ」

その時には、ピーターがキスのことを知らないのをウェンディは忘れていたのでした。「君が返して欲しいんじゃないかって思ってたよ」ピーターは少しにがにがしく言うと、指抜きを返すよっていいました。

「まあ、キスのことじゃないのよ、指ぬきのことを言ったのよ」機転のきくウェンディはいいました。

「それはなに?」

「こういうこと」ウェンディはピーターにキスしました。

「おもしろい」ピーターはまじめくさって言いました「指ぬきしてもいい?」
「どうぞ」ウェンディは、今回は頭を傾けずにいいました。

ピーターがウェンディに指ぬきするとすぐさま、ウェンディは金切り声をあげました。「どうしたの、ウェンディ」

「まるで、だれかがわたしの髪をひっぱったみたいなの」

「ティンクがやったに違いないよ。前はこんなに乱暴じゃなかったのになぁ」

確かにティンクは再び、あれこれ非難しながらあたりをダーツの矢のように飛び回っていました。

「ティンクがいうには、ぼくが君に指ぬきするたびに、君の髪を引っ張るんだって、ウェンディ」

「でも、どうして?」

「どうしてだい、ティンク?」

今度もティンクはこう答えました。「このすっとこばかまぬけ」ピーターは、どうしてこんなことをいうのかわかりませんでしたが、ウェンディにはピンときました。そしてウェンディはピーターが彼女に会いにではなく、お話を聞くためにコドモ部屋の窓のところまで来てたと言うので、ほんの少しですががっかりしたのでした。

「だって、僕はひとつとしてお話を知らないんだもの、迷子の男の子でお話を知ってる子はいないんだ」

「なんてぞっとしちゃうんでしょう」ウェンディはいいました。

「ツバメがどうして家の軒に巣を作るか知ってるかい?」ピーターは尋ねました。「お話が聞きたいからなんだよ、ねぇウェンディ、君のお母さんはとっても素敵な話をしてくれてたよね」

「どのお話のこと?」

「ガラスの靴をはいた女の子を見つけられなかった王子様の話とか」

「ピーターったら、」ウェンディは興奮していいました。「それはシンデレラの話よ、王子様はシンデレラを見つけたわ。それで末ながく幸せに暮らしたのよ」

ピーターは大喜びで、いままで座りこんでいた床から飛び上がり、急いで窓のところにいきました。

「どこいくの?」ウェンディは心配でさけびました。

「他の男の子達に話してやらなくちゃ」

「行っちゃだめ、ピーター」ウェンディはお願いするように言いました。「わたしは、そんなお話をたくさん知ってるわ」

これが、ウェンディの一言一句そのままでした。これではピーターを最初に誘惑したのはウェンディだってことは、否定のしようのない事実です。

ピーターは引き返してきましたが、ウェンディを警戒させるようなぎらぎらした目つきをしていました。といってもウェンディは、ぜんぜん警戒してなかったのですが。

「あぁ、男の子達にお話をしてあげられればねぇ!」ウェンディがそういうと、ピーターはウェンディをつかんで、窓の方へひっぱっていこうとしました。

「放して」ウェンディはピーターに命令しました。

「ウェンディ、僕と一緒にきて他の男の子達にもお話ししてあげてよ」

もちろん、こう頼まれてとってもうれしかったのですが、こう言わなきゃいけませんでした。「あら、いけないわ、ママのことを考えなきゃ。だいいち飛べないもの」

「教えるよ」

「まあ、飛ぶのは素敵でしょうね」

「風にのって飛ぶ方法を教えるよ。そうすると、うんと遠くまでいけるよ」

「あらまぁ」ウェンディは大喜びして声をあげました。

「ウェンディ、ウェンディったら。あんなちっぽけなベッドで寝ている間に、僕と一緒に飛び回って星に楽しいことをささやいたりできるんだよ」

「まあ」

「そのうえ、ウェンディ、人魚もいるんだよ」

「人魚ですって、尾っぽのある?」

「とても長い尾っぽがね」

「まぁ、」ウェンディはさけびました。「人魚を見てみたい」

ピーターったら恐ろしく抜け目がありません。「ウェンディ、どんなにぼくらが君のことをあこがれてるか!」なんて言うのです。

ウェンディは、困って体をもじもじさせました。まるでなんとかがんばって、コドモ部屋に残ろうとしているみたいでした。

でもピーターは、容赦はしません。

「ウェンディ」ピーターは続けます。卑怯な手です。「夜は、ぼくらをベッドに入れてくれるよね」

「まぁ」

「夜にぼくらをベッドに入れてくれる人は、いままでだれもいなかったんだよ」

「まぁ」といって、ウェンディは手をピーターの方に伸ばしました。

「君はぼくらの服を縫って、ポケットを作ってくれるよね。僕らはだれもポケットをもってないんだ」

ウェンディは、どうやって抵抗すればよかったのでしょう? 「もちろんよ、ものすごく魅力的だわ」ウェンディはそういうと「ピーター、ジョンとマイケルにも飛び方を教えてくれるわよねぇ」と頼みました。

「君がそうして欲しいならね」ピーターはあまり関心なさそうにいいました。そして、ウェンディはジョンとマイケルのところにかけより、体をゆすりました。「おきなさい」ウェンディはこういいました。「ピーターパンがやってきて、飛び方を教えてくれるのよ」

ジョンは目をこすって、「それならおきるよ」と言いました。もちろん床の上にいたのですが、「おはよう、おきたよ」と言ったのでした。

マイケルもこのときまでには起きていました、6枚の刃とのこぎりがついているアーミーナイフみたいにいっそう厳しい目で、状況を見守っていたのです。でも、ピーターが突然静かにするように合図しました。みんなの顔には、オトナの世界の音に耳をすますコドモの抜け目のなさが見てとれます。しーんと静まりかえっていますし、何事もないのでした、いやまって、逆です、何事もないどころじゃありません、ナナです。宵のうちはずっと悲しげにほえていましたが、今はすっかり静かでした。ナナの方からは、物音ひとつ聞こえてこないのでした。

「明かりを消して、隠れろ、早く」ジョンがいいました。冒険全体を通じて、ジョンが命令を下したのはこのときだけだったんですが。そしてナナをつれてリザが入ってきた時、コドモ部屋はまったくいつもどおりで、真っ暗で、誓ってもいいですが、聞こえるのは3人のまるで寝ているかのような天使のようなねいきだけでした。実際には、窓のカーテンの後ろから上手くねいきをたてる真似をしていたのでした。

リザの機嫌は最悪でした。台所でクリスマスプディングを混ぜ合わせていたのに、ナナのばかげた疑りぶかさのせいで、レーズンをほおにつけたまま、プディングから引き離されてきたのです。リザは、ナナを静かにさせる一番の方法は、ちょっとの間でもナナをコドモ部屋につれて行くことだ、と思ったのでした。もちろんくさりはつけたままです。

「それごらん、おまえはホントに疑りぶかいよ」リザは、ナナが罰をうけていることもかわいそうとは思っていなかったので、そう言いました。「みんな無事だろ、そうだよ。あの小さい天使みんなが、ベッドでぐっすりねてるよ。ほら、あのやすらかなねいきを聞いてごらん」

それでマイケルがごまかせているのに気をよくして、あんまり大きく息をたてたので、もう少しでばれちゃうところでした。ナナはごまかしてるねいきを先刻承知だったので、リザがくさりを引っ張るのから逃れようとしました。

でもリザはなにもわかっていません。「もうだめだったら、ナナ」リザはナナを部屋から引きずり出しながら、厳しくいいました。「言っとくよ、もう一回ほえたら、ご主人様のところへ行って、パーティから帰ってきてもらうから。それから、まぁご主人様は、おまえをひどくむちでうつだろうねぇ」

リザは、かわいそうにナナをまた縛りつけました。でもナナがほえるのをやめると思いますか? ご主人様をパーティからつれもどさなきゃ。そう、それこそナナがまさに望んでたことでした。乳母である自分にまかされたコドモ達が無事でありさえすれば、ナナがむちで打たれるかどうかなんて気にしたと思いますか? 残念なことに、リザはクリスマスプディングに取りかかってしまい、ナナはリザからは助けが期待できないと知ると、くさりをひっぱりにひっぱって、ついにひきちぎりました。その次の瞬間には、27番地の食堂に飛び込むと、前足2本を天まで届くくらい高く上げました。これは、ナナがものを伝えたいときにもっとも強く感情を訴える方法なのでした。パパとママはすぐに恐ろしいことがコドモ部屋で起こっていることを知り、招待されたお宅の奥さんにさようならもいわずに道に駆け出しました。

でも3人の悪い子たちがカーテンの陰でねいきを立てている真似をしてから、ゆうに10分は経っていましたし、ピーターパンには10分もあればいろいろできちゃうのでした。

さあコドモ部屋にもどってみましょう。

「大丈夫だ」ジョンが隠れてた場所から姿をあらわして、知らせました。「ねえ、ピーター、ホントに飛べるの?」

わざわざ答える代わりにピーターは、マントルピース(だんろの上にあるかざり)をつかんだりしながら、部屋中を飛びまわりました。

ジョンとマイケルは「すっごいなぁ」といい、

ウェンディは「すてき」とさけびました。

「あぁ、ぼくはすてきなんだ、すてきなんだ」ピーターはまた礼儀正しくするのを忘れて、そういってます。

飛ぶのは、楽しくなるほど簡単にみえました。コドモたちが床からベッドまで飛ぼうと最初に試してみたんですが、どうしても飛ぶどころか床に落ちてしまいます。

「ねぇ、どうやって飛ぶの?」ジョンが、ひざをさすりながら尋ねました。ジョンはなかなか賢い子ですから。

「ただ、すてきですばらしいことを考えるだけだよ」ピーターは、そう説明しました。「そうすると空中に浮くんだ」

ピーターは、ふたたび飛ぶのを見せてあげました。

「君は速すぎるよ」とジョンは言いました。「もっとゆっくり飛んでくれない?」

ピーターは、ゆっくりとすばやくの両方飛んで見せました。「わかったよ、ウェンディ」ジョンはいいました。でもすぐに飛べないことがわかりました。3人のうち、だれ一人として少しも飛べませんでした。マイケルでさえ2音節の言葉を知ってて、ピーターときたらAからZさえも知らなかったにもかかわらずです。

もちろん、ピーターはみんなをからかって遊んでいたのでした。妖精の粉をふりかけられずに、飛べる人なんていません。幸運なことに、前にもお話しした通り、ピーターの片手には粉がついてたので、めいめいに粉をすこしずつふりかけてあげました、すると素晴らしいことに、

「さて肩をこういうふうに震わせてごらん、そして飛ぶんだ」とピーターは言いました。

みんなベッドの上にいて、勇敢なマイケルが最初に飛びました。正確にはマイケルは飛ぶつもりはなかったのですが、飛んじゃったのでした。そして、すぐさま部屋をよこぎりました。

「飛んだよ」まだ空中にいる間から、マイケルは叫びました。

ジョンも飛びあがり、浴室のそばでウェンディと顔を見合わせました。

「なんてすてきなの」

「すごいや」

「みてよ」

「みろよ」

「みて」

みんなは、ピーターほど優雅というわけではありません。少し足でけらなければならなかったのです。一方頭は天井にぶつかってふらふらしました。ただ、これほど愉快なことはありません。ピーターは、最初ウェンディに手を貸してあげましたが、やめなければなりませんでした。ティンクがカンカンに怒るのです。

3人は上下にくるくる飛びまわりました。天国にいるみたいとウェンディはいいました。

「さあ、」ジョンはいいました。「外にいこうよ」

もちろんピーターがコドモ達を誘惑してたのは、このことです。

マイケルは、今にも行きそうです。1兆マイルをどれくらいでいけるのか、知りたくて知りたくてたまらなかったのでした。でもウェンディは躊躇していました。

「人魚だよ」ピーターは再び言いました。

「まぁ」

「海賊もいるよ」

「海賊だって」ジョンは、お出かけ用の帽子をつかみながら叫びました。「すぐいかないと」

パパとママがナナと一緒に27番地をでたのは、ちょうどそのときでした。通りの真ん中まで駆け出して、コドモ部屋の窓を見上げました。そうです、まだ閉まっています。でも部屋は明かりでこうこうと照らされていました。それはとにかく心臓をわしづかみにされたようなびっくりさせる光景でした。カーテンに映った影で、3人の寝巻きをきた小さな姿がくるくる回っているのが見えたのでした。しかも床の上ではなく空中を。

3人の姿ではありません、4人です。

ぶるぶる震えて、パパとママは通りに面したドアを開けました。パパは階段を駆け上がりました、でもママはパパに落ち着いていくように身振りでしらせ、自分も落ち着くようにしていました。

コドモ部屋には間に合ったのでしょうか。間に合ったのなら、どんなにパパとママは喜んだことでしょう。わたしたちみんなも安堵のため息をつくことでしょう。でも、それじゃあお話にならないんです。とはいっても、間に合わなくても私は神にちかって、オシマイにはなにもかも上手くいくことは約束します。

もしあの小さな星達がパパとママを見張っていなければ、コドモ部屋に間に合ったかもしれません。もう一度星達が窓を息で開けて、あの一番小さい星が大声で叫びました。

「逃げて、ピーター」

それでピーターは一刻の猶予もないことを知り、「来いっ」と命令すると、すぐに夜の闇へ飛び出して行き、ジョンとマイケルとウェンディが続きました。

パパとママとナナが、コドモ部屋に駆け込んだのは遅すぎました。小鳥たちは飛び去ってしまいました。

4章 フライト

2つ目の角をまがって、あとは朝までまっすぐ。

ピーターがウェンディにいうには、これがネバーランドまでの道のりなのです。でも鳥たちでさえ、地図を持って風の曲がり角で道をしらべても、こんな案内じゃとてもネバーランドを見つけることはできなかったでしょう。ピーターはごぞんじのように、頭に浮かんだことはなんでもすぐ口にだしちゃうのです。

初めのうちは、ウェンディ達はピーターのことを盲目的に信頼していました。そして飛べることに大喜びだったので、気に入った教会の尖塔やその他の高い建物をぐるりとまわったりして道草をしていたのでした。

ジョンとマイケルは競走をして、マイケルが先にスタートしました。

しばらく前に部屋をくるくる飛び回ったぐらいで自分達はすごい、なんて考えたことをはずかしく思い返すぐらいでした。

でもしばらく前って、どれくらい前なんでしょう? こう考えてウェンディが真剣に悩みはじめる前に海をこえました。ジョンが考えるには、2回目の海で3回目の夜ということなのでした。

暗くなったり、明るくなったり、とても寒くなり、またとても暖かくなりました。時々本当におなかがすいたのか、それとも単にそんな気がするだけなのかわからなくなりました。というのもピーターは、いままでみたこともなかったような本当に楽しい方法でご飯を食べさせてくれたからです。ピーターの方法ったら、人間が食べられる餌を口にくわえている鳥を追いかけてひったくるのです。すぐに鳥は追いかけてきて、餌を取り戻します。それからみんなで何マイルも、楽しそうに追いかけっこをするのでした。しまいにはお互いに楽しかったよなんて言って、別れるのでした。けれどウェンディは少し疑わしくも思いました。つまりピーターがこんな風にして食べ物を手に入れるのがかなりおかしな方法だってことを、いいえそもそも他に方法があることすら知らないんじゃないか、ということに気づいていたのでした。

ウェンディ達が眠たい気がするだけではなかったのは、確かなことでした。実際に眠たかったのです、あぶないことに。しばらくするとすぐ眠りに落ちて、落下してしまうのでした。恐ろしいことにピーターは、それすらおもしろいやなんて思ってたのでした。

「また落ちてくや」マイケルが突然石みたいに落下していった時、ピーターは上機嫌で叫びました。

「助けてやって、助けて」ウェンディは、恐ろしい海がはるか下にあるのを恐怖に震えながら見て、叫びました。ついにはピーターは空中を急降下して、マイケルが海に打ちつけられる寸前に捕まえました。ピーターったらなんて上手くやったことでしょう。ただあなたも感じるように、ピーターの興味の先はあくまで自分の手際のよさで、人の命を救ったなんてことではなかったのでした。ピーターはヘンカにとんでいることが大好きで、一時期ある遊びに熱中してたと思えば突然にして興味を失ってしまうので、次に落下したときには助けないでそのままほっとくなんてことも十分にありえることなのでした。

ピーターはといえば、単に仰向けにねて浮いてるだけで、空中で落下せずに眠ることができました。ただ少なくとも、その理由の一部は、もしピーターの後ろにまわりこんで吹き飛ばしたら、すばやく飛んでいってしまうくらい軽かったということなんですが。

みんなで「隊長につづけ」で遊んでいるときに、「もっとピーターに礼儀正しくしなきゃ」とウェンディがジョンにささやきました。

「なら、やつにも見せびらかすのはやめろっていって」とジョンは言い返しました。

「隊長につづけ」で遊んでるとき、ピーターは海すれすれに飛んで通りすがりにさめの尾っぽにタッチするのでした、まるで道を歩いているときに、鉄の柵に指を走らすように。ジョン達はこの遊びでは、それほど上手くはピーターにつづけませんでした。そしてたぶん、ピーターがうしろで見ていて、ジョン達がいくつ失敗したかを数えてたりするのが、どちらかといえば見せびらかしみたいに見えたのでしょう。

「ピーターに親切にしなきゃだめよ」ウェンディは、2人の弟に念をおしました。「ピーターが、わたしたちをおきざりにしたらどうすればいいの?」

「家にかえればいいよ」とマイケルは言いました。
「どうやってピーターなしで、家までちゃんと帰れるの?」
「まあ、とにかく飛んでいけばいいよ」ジョンは言いました。
「ひどいもんね、ジョン、わたしたちは飛びつづけるしかないのよ。なんてったって、どうやってとまればいいか知らないのだもの」

これは本当のことでした。ピーターは、止まり方を教えるのをすっかり忘れていたんです。

ジョンは最悪の場合でも、しなきゃいけないのはまっすぐ飛ぶことで、そうすれば地球は丸いから、そのうちわが家のあの窓のところに帰れるにちがいないなんて言うのでした。

「だれが食べ物をとってくるの、ジョン?」
「ぼくはあのわしの口から、とっても手際よく餌をかすめとったでしょ。ウェンディ」
「20回も挑戦してやっとね」ウェンディは、ジョンに注意してやりました。「でも食べ物は大丈夫だとしても、もしピーターが近くにいて手を貸してくれなかったら、どれほど雲なんかにどすんどすんってぶつかっちゃうか分かるでしょう」

確かにウェンディ達は、ぶつかってばかりでした。もうしっかりと飛ぶことはできましたけど、まだ足でけりすぎてしまうのでした。もし前方に雲が見えると、よけようとすればするほど、確実にぶつかってしまうのです。このときナナがいっしょにいたら、マイケルの額に包帯を巻いたことでしょう。

ピーターは今のところウェンディたちとは一緒にいなかったので、三人だけだとかなり心細く感じました。ピーターはウェンディ達よりかなりはやく飛べたので、突然どこかにいなくなって、一人だけで冒険をしてきたりするのでした。ピーターは星と話し、おもしろいやと笑いながら空から降りてくるのでしたが、なにがおもしろかったのかは忘れてしまっているのです。また人魚のうろこを体につけたまま、海から上がってくることもありました。ただ、何があったのかはっきりとは言えないのでした。人魚を見たこともない三人にとっては、本当にいらいらさせられることでした。

「でもこんなにすぐ忘れちゃうってことは、なんでわたし達のことはちゃんと覚えていられるっていえるのかしら?」とウェンディは弟たちに説明しました。

確かに、戻ってきたときにピーターは、ときどきウェンディたちのことを覚えていないのでした、いや少なくともきちんと覚えてなかったってことです。ウェンディは、それは確かだと思っていました。ピーターがウェンディ達に時刻を知らせて通りすぎて行こうとしてた時に、初めて思い出すような姿をウェンディは気がついていたのでした。
一度なんて、ウェンディはピーターを名前で呼ばなければならないくらいでした。

「わ・た・しはウェンディよ」と動揺しながら言いました。ピーターは大変すまなく思って、「ちゃんとウェンディっていうよ」と彼女にささやきました。「もしぼくが君のことを忘れてるようにみえたら、いつでも“わたしはウェンディよ”っていいつづけてくれさえすればいいよ。そうしたら、すぐに思い出すから」

もちろんすごく不安たらありません。だけど埋め合わせに、ピーターはこれからの道のりで、どうやって吹き荒れるつよい風の中で横になって寝るのかをウェンディたちに見せてくれました。そしてこれはとても楽しいことだったので何回も試してみて、それから安全に眠れることがわかりました。実際、ウェンディ達はぐっすりとねむっていたのに、ピーターはすぐ寝てるのに飽きて、すかさず船長が命令するような声で「さあ出発だ」と号令をかけるのでした。そしてちょっとしたこづきあいや全行程をつうじた浮かれ騒ぎの果てに、ネバーランドの近くまでやってきたのでした。何ヶ月もかかってとうとうたどりついて、おまけに始終まっすぐ飛んできたのです。でもたぶんピーターとティンクの案内のおかげというよりは、むしろネバーランドが彼らをみつけてくれたんでしょう。つまり、それこそがネバーランドの魔法の岸を見られるたった一つの方法なのです。

「ほらごらん」ピーターはやさしくいいました。
「どこ、どこ」
「矢印が指し示しているところだよ」

実際、コドモ達のために100万の金の矢印が島を指し示しており、その矢は全て友達である太陽が指し示してくれたものでした。太陽はコドモ達に夜になって太陽がいなくなっても、道をはっきりさせておいてくれたのでした。

ウェンディとジョンとマイケルは、島を最初にみるために空中でつま先立ちしていました。不思議なことに、みんなが同時に島をみることができて、島をみて歓声をあげました。そのうちに恐れをなすことになるのですが。それは長い間夢見たものをとうとう見つけたからというよりは、むしろ休暇で故郷へ帰って仲のいい友達に会うようなものだったのでした。

「ジョン、さんご礁に囲まれた海よ」
「ウェンディ、砂浜に海がめが卵をうめてるのをみてごらん」
「ジョン、わたしはフラミンゴが片足を折っているのを見たわ」
「マイケル、みてごらん、おまえの洞窟よ」
「ジョン、あのやぶのなかには何がいるの」
「子連れのおおかみだよ。ウェンディ、絶対に姉さんのコドモおおかみだよ」
「私のボートがあるわ、ジョン、脇に穴があいてるけど」
「ちがうよ。だって、ボートは燃やしたもの」
「あれはボートだわ、とにかく。ジョン、わたしはインディアンがキャンプしているときの煙をみたわ」
「どこどこ、教えてよ、そしたら煙の立ち上り方で戦いに出かけるところかどうか教えてあげるから」
「そこよ、不思議な川の向こう側よ」
「見えるよ、そうだ、まさに戦いに出かけるところだよ」

ピーターは、3人があまりに物知りなのでちょっとむっとしたんですけど、3人にいばりちらしたいのならお茶のこさいさいでした。なぜなら、すぐに3人に恐ろしいことが起こるってことを言ってませんでしたっけ? 

矢印は消えて行き、島は暗闇につつまれました。

家にいたころには、いつもネバーランドは薄暗く、就寝時間におびやかされているようにみえはじめたものでした。そしてまだ探検されていない部分が、ネバーランドの中から生まれてきて広がり、暗い影がそこでうろつき、餌食になったけものの叫び声も今や全く違うものです。そしてあなたは、なにより勝てるという気持ちをなくしてしまって、ナイトライトがついてて本当によかったなんて思うのでした。ナナがこれはこちらのだんろのかざりみたいなもので、ネバーランドなんて全部つくりごとなんですよ、なんていってくれるのさえ好ましく思うのでした。

もちろん当時は、ネバーランドはつくりごとでしたが、今や現実のものなのでした。そしてナイトライトはないし、刻一刻と暗くなっていくのでした。そしてナナはどこにいるのでしょう? 

コドモ達は離れて飛んでいたのですが、今はピーターの近くに集まりました。ついにピーターの無頓着な態度もすっかり消え、目はかがやきました。そしてぞくぞくする興奮が、ピーターの体にさわるたびに伝わってきます。いまやぞっとするような島の上にいて、あまりに低く飛んでいたのでときどき足に木がかるく触れるくらいでした。空中には、恐ろしいものはなにもみえなかったのですが、歩みはゆっくりになり、苦労して進むのでした。それはまるで敵の軍勢の中をすすんでいくようなもので、ときどきピーターが空中をこぶしでなぐるまで、空中でただよって待っているのです。

「やつらは、ぼくらを上陸させたくないんだ」ピーターは説明しました。

「やつらって?」ウェンディは、身震いしながらささやきました。

でもピーターは言えないのか、言いたくないのかだまっています。ティンカーベルは、ピーターの肩で寝ていましたが、ピーターが起こして先導させました。

ときどきピーターは空中で立ち止まって、耳に手をあて熱心に耳をすませました。そして再び、地球に2つ穴があくくらいぎらぎらした目でにらみつけるのでした。そうしてから、また進み始めるのです。

ピーターの勇気は、かえってあきれるくらいのもので、「冒険かい、それともお茶かい?」なんて気軽にジョンに尋ねました。

ウェンディは「お茶にしましょうよ」とすばやく答えました。そしてマイケルが賛成するように、ウェンディの手をにぎりました。でももっと勇敢なジョンは、躊躇したのでした。

「どんな冒険?」ジョンは用心しながら尋ねました。

「僕らの真下には大草原があって、海賊がひとりねてるんだ」ピーターはジョンにいいました。「もし君がそうしたいのなら、下に降りてって、やつを殺そう」

「みえないよ」ジョンは、しばらくして言いました。
「みえるさ」
「海賊が目をさましたら、」ジョンはちょっとかすれた声でいいました。

ピーターは憤然として言いました。「僕が海賊が寝てる間に殺すなんて思ってるんじゃないだろうね。まず起こすんだ、それから殺す。それが僕のいつものやり方さ」

「そうなんだ、おおぜい殺したの?」

「やまほどね」

ジョンは「なんてすごいんだ」なんていいながら、まずはお茶にすることにしました。ジョンがピーターに、いま島に海賊はたくさんいるのと尋ねると、ピーターはそんなに大勢いるかどうかは知らないなと答えました。

「今はだれが船長なの?」

「フック」ピーターは答えました。そのいやな言葉を口に出すと、顔がけわしくなりました。

「ジェームズフック?」

「そうだ」

それを聞くとマイケルは泣き出してしまいましたし、ジョンでさえつばを飲みこみながら口をきくのがやっとでした。なぜなら2人ともフックの評判を知っていましたから。

「フックは、海賊黒ひげの甲板長だったんだよ」ジョンはかすれた声でささやきました。「フックがやつらのなかでも一番悪い奴なんだ。バーベキューでさえフックだけはこわがってたんだから」

「そう、やつだ」ピーターは言いました。

「どんなやつなの? 大きい?」

「昔そうだったほどでもないな」

「どういう意味なの?」

「ちょこっとちょんぎってやったのさ」

「君が?」

「もちろん僕がだ」ピーターはとげとげしく答えました。

「失礼な意味でいったんじゃないんだ」

「ああかまわないよ」

「でもどれくらいちょんぎったの?」

「右手をね」

「じゃあもう今はフックは戦えないんだね」

「いや戦えないどころか!」

「左ききなの?」

「右手の代わりに鉄のカギをつけたのさ、それでひっかくんだぜ」

「ひっかくだって!」

「僕がそういっただろ、ジョン」とピーター。

「はい」

「アイアイサーというんだ」

「アイアイサー」

ピーターは続けました。「僕の手下の男の子はひとつだけ約束しなきゃいけない、君もだ」
ジョンは青ざめました。

「それはこういうことさ、野戦でフックと出会ったら、フックは僕にまかせなきゃいけない」

「約束します」ジョンは忠実に答えました。

しばらく、あんまりぞっとした感じがしなくなりました。というのもティンクが一緒に飛んでくれて、ティンクの明かりでお互いの姿が見えたからです。残念なことにティンクはみんなほどゆっくりは飛べなかったので、動いているみんなのまわりを円をかいてくるくるまわらなければなりませんでした。それはまるで光の円の中にいるようで、ウェンディはとてもそれが気にいりましたが、しまいにはピーターがまずいと言いだしました。

「ティンクがいうには、海賊たちが暗くなる前に僕らをみつけて、艦載砲をもちだしてくるんだって」

「あの大砲のこと?」

「うん、もちろんティンクの明かりをみつけるに違いないし、僕らが近くにいるなんて思ったら間違いなくぶっぱなすよ」

「ウェンディ」

「ジョン」

「マイケル」

「ティンクにすぐどっかに行くように言ってよ、ピーター」3人は同時にさけびました。でもピーターは断固拒否しました。

「ティンクは、ぼくらが道に迷ったと思ってるんだ」とかたくなに答えました。「ティンクもかなりこわがってるんだよ。まさかこわがってるティンクを、ぼくが一人でどこかに行かせるなんて思ってないだろうね」

そのとき光の輪がみだれて、なにかがピータをやさしくちょっとつねりました。

「じゃあ、彼女に明かりを消すようにいってよ」とウェンディは頼みました。

「明かりは消せないんだよ。妖精がたったひとつできないことさ。眠ってるときだけ消えるんだ。星と同じだね」

「じゃあ、いますぐ眠るようにいえば」とジョンも注文をつけました。

「眠くならなきゃ眠れないんだ。それも妖精にはできないたったひとつのことなんだ」

「僕にしてみれば、その2つこそがする価値があることだと思うけど」ジョンはぶつぶつ不平をいいました。

今度はジョンがつねられました。でも、さっきみたいなやさしいつねり方ではありません。

「だれかポケットをもっていればなあ」ピーターは言いました。「その中にティンクをいれて運べばいいんだけど」だけどあまりにいそいで出発してきたので、4人ともポケットのない服でした。

ピーターにいいアイデアがうかびました。ジョンの帽子です。

ティンクが、手で運んでくれるなら帽子で旅するのもいいわと言いました。ティンクは、ピーターに運んでもらいたかったのですが、ジョンが運ぶことになりました。しばらくしてジョンが、飛んでると帽子が膝にあたるや、なんて言いだしたので、ウェンディが持つことになりました。そしてこれが、これから見ていくように、やっかいな事へとつながっていくのでした。なぜなら、もちろんティンクはウェンディに恩着せがましくなんてされたくなかったからです。

黒い帽子の中で光は完全におおい隠され、みんなは静かに飛んでいきました。いままで経験したこともないような全くの静けさです。遠くでぴちゃぴちゃと水を飲む音が一度、静寂をやぶりました。ただピーターがいうには、それはけもの達が浅瀬で水を飲んでいる音だということです。そして再び、木々の枝がお互いにこすれているようなぎしぎしという音が静寂を破りました。ただ、ピーターがいうには、それはインディアン達がナイフを研いでいる音だということです。

それらの音は止みましたが、マイケルは寂しさのあまりびくびくして「なにか音がしたらなぁ」と大きな声でいいました。

と、マイケルのリクエストに答えるように、いままで聞いたこともないようなすざまじい爆発が、空気を引き裂きました。海賊たちが、艦載砲をみんなに向けてぶっ放したのでした。

大砲の轟音は、山々にひびきわたり、そのやまびこは、まるで野蛮人のおたけびのようでした。「やつらはどこだ、やつらはどこだ、やつらはどこだ...」

突然おきた恐ろしいことで、3人はつくりごとの島とその同じ島が現実になったことの違いがよくわかりました。

空がふたたび平穏をとりもどしたとき、ジョンとマイケルはくらやみのなかで、自分たちだけであること事が分かりました。ジョンは無意識に空中を歩いていて、マイケルときたらどうやって浮いてるかもしらずに浮いています。

「うたれたか?」ジョンは、びくびくしながらささやくと、

「まだみたい」マイケルもささやき声で答えました。

わたしたちは、今やだれも撃たれていないことはわかってます。しかしながらピーターは、海のはるかむこうの方まで、爆風で運ばれて行ってしまいましたし、一方ウェンディはといえば、一人で、ティンカーベルは一緒ですけど、上空にふきとばされました。

ウェンディにしてみれば、撃たれたときに帽子も落っことしちゃえばよかったんですけど。

そんな考えが、突然ティンクに浮かんだのか、来る途中にすでに計画していたのかは知りません。だけどティンクは、すぐに帽子から飛び出してきて、ウェンディを破滅へと誘惑するのでした。m

ティンクは、根っから悪い妖精というわけではなかったのですが、いやどちらかといえば、今は根っから悪い妖精なのでした。でもこの反対で、時々は根っからいい妖精になるのでした。 妖精というものは、あるもの、あるいはそうでないもののどちらかにしかなれないのです。なぜならとても小さいので、残念なことに一度には一つの感情しか入る余地がないのです。もちろん変わることはできますが、完全に変わることしかできないものなのです。今のところティンクは、ウェンディへの嫉妬でいっぱいでした。ティンクが愛らしくベルをならすように言ったことは、もちろんウェンディには理解できませんでした。わたしもそのいくつかはひどい言葉だったと思いますが、とてもやさしく響いたし、行ったり来たり飛んでいたので、それはまるで「ついてらっしゃい、心配ないから」なんて意味みたいに思えたのでした。

かわいそうなウェンディ、他にどうできたというのでしょうか? ピーター、ジョン、マイケルの名前を呼びましたが、返事として聞こえてくるのはからかうようなこだまだけでした。ウェンディは、ティンクが自分のことを、まさに大人の女の人が憎むぐらいの残忍さで憎んでるなんて、まだ思いもよらなかったのでした。そして途方にくれて、よろめくように飛びながらもティンクの後をついて、破滅への第一歩を踏み出したのでした。

5章 ネバーランドが現実に

ネバーランドはピーターが帰ってきたことを感じて、再び活っ気づいたのでした。本当は「活気づいたのでした」といわなければならないのですが、「活っ気づいたのでした」という方がピーターらしくていいんです。

ピーターがいないと島は静かなものです。妖精たちは朝は一時間よけいに寝ぼうしますし、けもの達は自分のコドモの世話をします。インディアンたちは6日間昼夜をとわず食事をたっぷりとりますし、海賊と迷子の男の子達が出会っても、お互いにばかにしあうだけなのでした。けれども、とにかく静かにしてることにガマンできないピーターが帰ってくると、みんな再び前に進み始めるのがつねでした。今地面に耳をおしあてれば、島全体が生命のいぶきでわきかえっているのが聞こえることでしょう。

その夜、島の主だった軍勢はこのようになっていました。迷子の男の子達は、ピーターを捜しに外に出ていました。インディアン達は海賊たちを捜しに、海賊たちは迷子の男の子達を捜しに、けもの達がインディアン達を捜しに、それぞれ外に出ていたのでした。くるくる島をまわっていたのですが、みんなが同じ速度でまわっているので、決して出会うことはなかったのでした。

男の子達以外は血に飢えており、いつもは男の子達も血を好むのでしたが、今夜ばかりは隊長を出迎えにでていたのです。ネバーランドの男の子達は、もちろん数もヘンカしています、というのも殺されたりしてるからなんです。大人になったように見えるとルール違反ですから、ピーターが数を少なくしちゃうのでした。今は男の子達は双子を2人として数えてですが6人いました。さとうきびの間に横たわったように見せかけて、男の子達が短剣に手をかけて、一列でそばにこっそり近づいてくるのを見てみましょう。

男の子達は少しでもピーターらしく見えることはピーターから固く禁止されていましたから、自分たちで殺した熊の毛皮をきていました。すると男の子たちは丸々と太って毛むくじゃらになり、足をすべらすと転がってしまうのです。だから、男の子達の足取りは非常にしっかりしたものでした。

最初に通りすぎたのはトゥートルズです、その勇敢な一団のなかでかなりの勇気の持ち主なんですが、とにかくもっとも運の悪い子でした。だれよりも経験した冒険の数が少ないのです。というのもトゥートルズが角を曲がった瞬間にいつも大事件勃発といったぐあいだし、あたりが平穏なので今がチャンスとばかりに薪用の木の枝を集めにでかけたりすると、帰ってきた時には他の仲間たちは血をキレイに掃除しているといったありさまでした。こんなに運が悪いので表情には影がありましたが、気難しくなるでもなく性格が運の悪さをやわらげて、男の子たちの中でも一番謙虚でした。なんてかわいそうなやさしいトゥートルズ、今晩きみには空中で危険がふりかかるんだよ。冒険が目の前に差し出されても、気をつけるんだよ。手を出そうものなら、奈落の底に落ちちゃうかもしれないし。トゥートルズ、妖精のティンクだよ、今夜はいたずらに熱中してて、そのお膳立てを探しているんだよ。しかもティンクは、君トゥートルズがもっともひっかかりやすいなんて思ってるんだから。「ティンカーベルには気をつけて」

トゥートルズに、わたし達が話したことが聞こえたならいいんですが。でもわたし達は実際にこの島にいるわけではないですし、トゥートルズはこぶしをかみしめながら通りすぎていきました。

次にくるのは、陽気で快活な男の子のニブスです、スライトリーが後につづきました。スライトリーは木から笛をつくって、自分の笛にあわせて夢中でおどるのでした。スライトリーは男の子のうちでも一番のうぬぼれやで、迷子になる前の風俗習慣なんてことを覚えてると思っていて、それで彼の鼻はあんなにいやにかたむいているのでした。カーリーが4番目です。いたずらっ子で、ピーターが厳しく「これをやったやつ、一歩前にでろ」というといつも自首しなければならなかったので、今や自分がやってるかどうかにかかわらず、命令されると自然と足が一歩前にでてしまいます。最後に双子がきますが、説明はできません。なぜなら必ず違う方のことを説明してしまうからです。ピーターも双子がどういうものか良く分かっていません。ピーターの手下としては、ピーターが知らないことを知るなんて許されないことでした。だから双子もいつもどっちがどっちか自分たちでさえあいまいで、一生懸命弁解するみたいに、なるべく二人一緒にいることで満足してもらおうとしているのでした。

男の子達は暗闇に消え、それからしばらくして、この島では物事はきびきびしているのでそんなに長くではありません、海賊たちが男の子達のあとをつけてやってきました。姿が見える前から声がきこえてきます。いつものあの恐ろしい歌声です。

「まて、とめろ、よーほー、停船だ!
海賊さまのおとおりだい。
うたれて死んだら、地獄であおうぜ!」

処刑場でも、これより悪党面したようなやつが一列にならんでしばり首になるなんてことは決してありません。まず少し先行していて、時々地面に頭をつけて物音を聞き、太い腕をむきだしにして耳には8つも飾りをつけているのは、ハンサムなイタリア人のセッコです。ガオ牢獄の刑務所所長の背中に血染めの文字でその名前を刻み込んだやつです。セッコの後ろのバカでかい黒人はある名前を捨てて以来、いろんな名前を使ってきたやつでした。その名前ときたら、黒人の母親がグアドジョモ川のほとりでコドモを脅かすのに未だに使っているくらい、ビル・ジュークスです。全身いれずみだらけで、ポルトガル金貨の袋から手を離すまでにウォレス号のフリント船長から6ダースは奪い取ったいうあのビル・ジュークス。コックソン、ブラック・マーフィーの兄弟と言われていましたが(本当のことは誰にもわかりません)。ジェントルマン・スターキー、かつてパブリックスクールの門番だったので殺し方も優雅なものでした。スカイライト(モーガンのスカイライトです)そしてアイルランドの甲板長のスメーで、腹を立てることもなく人を刺すなんて言われていて、不思議なことに温和な男でフックの船員でたった一人の非国教徒なのでした。ヌードラー、その両手をいつも背後にまわしているのでした。そしてカリブ海ではその名を知らない者はないくらい恐れられていた、ロバート・マリンズ、アルフ・メイソンとその他大勢の悪党どもがいたのでした。

やつらの真ん中に、その暗い場面の中でももっとも邪悪でもっとも大きいジェームズフックが、自分ではJas.Hookと自分の名前をつづりましたが、横たわっていたのでした。フックは、シークックが恐れたたった一人の男であると言われています。手下が引っ張って進めている馬車みたいなものに乗ってゆったりくつろいで、右手のかわりに鉄のフックがあり、それで時々ペースをあげるために手下どもの尻をたたいたりしていました。この恐ろしい男は、イヌみたいに手下どもを扱い命令を下し、手下どももイヌみたいに従うのでした。容姿はといえば死人みたいな暗い顔つきで、髪ときたら長い巻き毛にしており、その髪はちょっと離れたところから見ると黒いろうそくみたいで、ハンサムな顔立ちにひどく人をおどすような印象を与えていました。すばやく右腕のフックをあなたに見舞う時を除いては、目はワスレナグサみたいなブルーで深い憂いに満ちています。ただ右腕のフックを見舞うようなときには、目の中に2つの赤い点があらわれ、身の毛もよだつ炎を燃え上がらせたのでした。態度といえばどこか偉大な君主みたいなところにこだわっていて、空中にいるうちにあなたを引き裂いたりするのでした。フックは評判になるほどの話し上手だと言われていましたし、礼儀正しいときほどもっとも残酷なときで、それこそたぶんフックが本物の礼儀作法を身につけているということの証明になるのでしょう。ののしってるときでさえ、フックの言葉使いの優雅な事ときたら、態度に気品があるのと同じように、他の船員とはひときわちがった気質の持ち主であることを示していました。不屈の勇気をもった男にも、ひとつだけは後ずさりするようなものがあるといわれていますが、フックにとってそれは自分の血を見ることでした。その血はどろどろしており、ふつうとは違った色なのでした。正装する時は、フックはチャールズII世の名前を思わせるような衣装をいくぶん真似していましたし、若い頃にはあの不幸な運命のスチュアート王家の人々をほうふつとさせるだなんていわれていたのを聞いたものでした。口には、自分で発明した同時に2本ハマキがすえるパイプをくわえていました。でもなんといってもフックの体の部分でもっとも恐ろしいのは、疑いなく鉄のカギヅメでした。

フックがどうやって人を殺すのかを見るため、海賊を一人血祭りにあげてみましょう。スカイライトがいいでしょう。通りすぎて行くときにスカイライトがうかつにもフックの方によろめいて、フックのレースのカラーにしわをつけてしまいました。右腕のフックが宙を舞い、引き裂く音と悲鳴がひとつ、そして死体は脇へ蹴りとばされ、海賊たちが通りすぎていきます。フックが口からハマキを離すことさえありません。

ピーターが立ち向かうのは、こんな恐ろしい男でした。どちらが勝つでしょうか。

海賊たちのあとをつけてぬきあしさきあしで、慣れない者の目には決して見つけられない戦の道を、音もなくインディアン達がみんな目ん玉をひんむいてやってきました。インディアン達はトマホーク(石でできたおの)とナイフをもっています。はだかの体には模様とオイルがてかてかと光っていて、自分たちの周りには頭皮をじゅずつなぎにして並べていました。頭の皮は、男の子達のものもあれば、海賊たちのものもありました。なぜこんなことをするのかといえばピカニニ族だからで、もっと臆病なデラウェア族やヒューロン族と間違えられちゃたまらないからでした。先頭で四つんばいなのは、グレート・ビック・リトル・パンサーです。とても勇敢であんまり多くの頭皮をはいでいるので、今の姿勢のまま前進するのには頭皮がすこし邪魔っけなくらいでした。しんがりを務めるのは、なんといったって一番危険な場所ですから、タイガーリリーでした。誇らしげにまっすぐ立ち、生まれながらにして王女でした。リリーは色の黒い森の女神達の中でももっとも美しく、ピカニニ族一番の美人でした。コケティッシュだったり冷たかったり色っぽかったりと、ころころ態度を変え、このわがまま娘を妻にと願わない勇者は一人としていませんでした。しかしいくさ斧でもって、だれかと結ばれるのを避けているのです。まったく音をたてずにインディアン達が落ちてる小枝の上を通りすぎていくさまに注意してみてください。聞こえるのは、ただインディアン達のややはげしい息づかいだけです。事実インディアン達はがつがつ食べ過ぎた直後だったので、すこしふとり気味でした。しばらくすれば身も引き締まることでしょうが、当面はふとり気味なのが一番の危険のもとなのでした。

影のように登場したのと同じように、インディアン達は姿を消しました。そしてすぐにけもの達が沢山のごたまぜの行列になって、その場所にあらわれました。ライオン、とら、くま、そしてそれから命からがら逃げ出すたくさんの小さな野生動物がいました。どのけものもみんな、特に人食い動物はみな、この恵まれた島では頬と頬を寄せ合って仲良く暮らしていました。ただけもの達の舌が垂れ下がっていて、どうやら今夜は腹をすかせているみたいです。

けもの達が通りすぎ、全員の最後に姿をあらわすのは、巨大なワニです。しばらくすると、ワニが誰を探し求めているのかわかるでしょう。

ワニが通りすぎると、男の子達がふたたび姿をあらわしました。なぜならその行列はだれかが止まるかペースを変えるかしない限り、ずーっと続くに違いなかったからです。ただ止まるかペースをかえるとすぐ、お互いだれが強いか争いが始まるのでした。

前方にばかり注意を払っていましたけど、後ろから危険がせまってるかもしれないなんてことは疑ってもみません。このことから、ネバーランドがどんなに現実そっくりだったかわかるでしょう。 

最初にくるくるまわる輪から抜け出したのは、男の子達でした。男の子達は、地下のわが家のすぐ近くの芝生の上に身を投げ出しました。

「ホントにピーターが帰ってきてくれたらなぁ」と、背もとくに体の幅なんてとっくに隊長のピーターより大きかったというのに、みんなは、口々に不安がって言うのでした。

「ぼくだけだな、海賊なんてちっともこわくないのは」スライトリーは、およそみんなには好かれそうもない風に言いました。ただいくぶん遠くの方で物音がして声がさえぎられたので、急いでこう付け加えました。「でもピーターが帰ってきて、シンデレラについてなにか聞いてきてくれたかどうか教えてくれたらなぁ」

男の子達はシンデレラの話をしていて、トゥートルズは自分のママがシンデレラそっくりに違いないって自信たっぷりでした。

お母さんのことを話せるのは、ピーターが留守のときだけです。そんな話はばかげてるからとピーターには禁止されていたのでした。

「僕がお母さんについて覚えているのは、」ニブスは言いました。「お父さんによくこう言ってたことだなぁ。“自分の小切手帳があればねぇ”だって。小切手帳ってなんだか知らないけど、お母さんにあげられるなら一つあげたかったなぁ」

話している間にも、遠くで物音がしたのが聞こえました。森で野生で暮らしているものでもなければ、わたしやあなたにはなにも聞こえなかったことでしょう。でも男の子達には聞こえたのでした、こわーい歌です。

「よーほー、よーほー、海賊暮らしは
どくろと骨の旗だぜ、たのしいじゃねぇかっ
あさ縄もって、海神ばんざい!」

すぐさま迷子の男の子達は、あらどこでしょう、すでにもうそこにはいませんでした。うさぎでさえこんなに早く姿を消せなかったことでしょう。

どこにいるかをお教えしましょう。ニブスを別にして、ニブスは見張りをするために駆けだしていったのでしたが、男の子達はすでに地中の家にいました。とてもすごしやすい住居でしばらくしたらもっと詳しくみてみることにしましょう。でもどうやってそこまで行ったのかって? 入り口は見当たらないし、大きな石ひとつさえありません。もしそうなら石をどければ、どうくつの入り口が姿をあらわしたなんて事になるかもしれません。でも近寄って見てみると、7本の大きな木がここにあるのに気づくでしょう。それぞれには、男の子と同じ大きさの穴が木の幹の中にあったのでした。地中の家には7つの入り口があり、フックはいく夜もこの入り口を探していたのですが、見つかりませんでした。さて今夜はみつけられるのでしょうか? 

海賊たちが進んで行くと、スターキーのすばしっこい目が、ニブスが森へ姿を消すのをとらえました。そしてすぐにピストルをさっと取り出したのですが、鉄のカギがスターキーの肩を押しとどめました。

「船長、放してくだせぇ」身もだえしながらスターキーは叫びました。

さあフックの声を聞くのは初めてですね、むっとした声でした。「まずピストルをしまうんだ」脅すような口調です。

「おかしらの憎んでる坊やの1人じゃねえですか? 撃ち殺せたのに」

「おう、でタイガーリリーのインディアン達にもその音は聞こえて、すぐさまやってくるぞ。頭の皮をなくしたいとでもいうのか?」

「あとをつけましょうか、船長」哀れなスメーはたずねました。「で、コルク抜きジョニーでくすぐってやるんでさぁ」スメーはなにもかもに楽しい名前をつけるのでした。そり身の短剣がコルク抜きジョニーというわけで、なぜなら傷口にそれをねじ込むからなんです。スメーの愛すべき点ならいろいろ挙げられます。たとえば殺した後なんか、武器の血をぬぐうかわりにめがねを拭いたりしてるんですsから。

「ジョニーは音がしないからに」スメーはフックに念をおしました。

「まだだ、スメー」フックは陰気に言いました。「1人じゃねぇか、俺は7人ともこらしめたいんだ。散れ、奴らをさがすんだ」

海賊たちは木々の間に姿をけし、たちまち船長とスメーが残されました。フックは大きくため息をつくと、どうしてかはわかりませんが、たぶん夕焼けの美しさなんかがその理由なんでしょう。急にこの忠実なる甲板長のスメーに、自分のこれまでの人生を打ちあけたい欲望にかられました。フックは長々と熱心に話したのですが、スメーは少し頭が足りなかったので、話された内容がどういうことなのか全くわかっていなかったのでした。

しばらくして、自分が口にしたピーターと言う言葉にはっとすると「とりわけだ、」フックはすっかり興奮して語りました。「やつらの隊長のピーターパンだ、わしの腕を切り落としやがった」フックは、右腕のフックを脅すようにふりまわしました。「こいつでやつの手と握手するのを長い間待ちわびてんだ、やつを引き裂いてやる」

「でも、」スメーは言いました。「わしはかしらが右腕のフックは20本の腕に値するなんて言ったのをよく聞いてますぜ。髪をすいたりその他いろいろ日常の役にたつなんてね」

「あぁ」船長は答えました。「おまえの母親だったら、手なんかのかわりにフックで自分の子供が生まれてくるように祈るところだな」そして鉄の手を誇らしげに一瞥すると、もう一方の手をあざけりの目でみつめるのでした。それから再び眉をひそめました。

「ピーターがわしの腕をほうりなげたんだ」フックは、一瞬びくっとしながら言いました。「よりによって、ちょうど通りすぎるところだったワニに向かってな」

「わしはおかしらが妙にワニを恐がるのに時々気づいてましたよ」スメーは言いました。

「ワニが恐いんじゃない、」フックはスメーの言葉を訂正しました。「あの例のワニだ」フックは声をひそめました。「とってもわしの腕が気に入ったらしいよ、スメー。それ以来ずっと、海から海へ陸から陸へとわしを追いかけ回しとる。わしの体の残りの部分に舌なめずりしながらな」

「とりかたによっては、一種の敬意を表されてるようなもんですな」スメーは答えました。

「そんな敬意がいるものか」フックは、いらいらしながらほえるように言いました。「わしが欲しいのはだ、ピーターパンだ。元はといえばやつがやったんだ、あのワニがわしのことを好むようにな」

フックは、大きなキノコの上に腰掛けていました。そして今や少し震えてちょっとかすれた声で言いました。「スメー、あのワニはもっと前にわしをパクリとしてたことだろうよ。でも運がいいことに時計まで飲み込みやがったのさ、中でチクタクと音がするんだ。だからわしのところまで来る前に、わしはその音を聞きつけて逃げ出すといった具合だ」フックはうつろな声で笑いました。

「いつか」スメーは言いました。「その時計も止まることでしょう、そしたらあのワニはおかしらをパクリと...」

フックは乾いたくちびるをなめて、言いました。「ああ、そいつがわしに取りついて離れない恐怖なんだ」

座りこんでからフックは妙にあたたかい感じがしていました。「スメー、ここはあたたかいな」とフックは飛びあがって言いました。「なんだ、どうした、あっちっち。わしはもえてるぞい」

キノコを詳しく調べてみると、サイズといい固さといい現実の世界ではお目にかかれないようなもので、ひっこぬこうとするとすぐにひっこぬけました。なにしろ根っこがありません。もっとかわったことに、煙がすぐにたちのぼってきました。海賊たちは互いに目を合わせました。「えんとつだ」2人とも叫びました。

まさに地下の家のえんとつを見つけたのでした。敵が近くにいるときは、キノコで煙突にふたをするのが男の子達の習慣でした。

立ち上ってくるのは、煙だけではありません。男の子達の声も聞こえてきました。隠れ家では男の子達は安心していたので、声も大きくしてしゃべっているのでした。2人の海賊は、残忍な顔をして耳をすませました。そしてキノコを元の場所にもどし、あたりをみまわし、7本の木の穴に気づいたのでした。

「聞きましたかい、おかしら、ピーターパンはいないだなんて言ってましたな」スメーは、コルク抜きジョニーをもてあそびながらささやきました。

フックはうなずいて長い間考えこみ、立ちつくしていましたが、ついに凍るような笑みが浅黒い顔に浮かびました。スメーは、じっとそれを待ちかまえていて熱心にこう尋ねました。「プランってやつを聞かせてくだせい、おかしら」

「船にもどってだな、」フックは、まるで歯の間から言葉をもらすかのように、ゆっくり答えました。「みどりの砂糖をたっぷりかけた、十分にボリュームのある大きなクリームたっぷりのケーキを作るんだ。この下には一つしか部屋はないだろうな、なんせえんとつが一つしかないからな。やつら頭の足りないもぐらどもには、めいめいにドアは必要ないってこともわかりゃしないんだろう。それで作ったケーキを人魚のラグーンの岸に置いとくんだ。やつらはいつもあそこらへんで人魚と遊びながら泳いでいるからな。ケーキをみつけてがつがつ食べるだろうなぁ、というのもやつらには母親がいないからな。そのクリームたっぷりの出来たてケーキを食べるのが、どんなに危険なことか分かるまい」というと大笑いを、もううつろな笑いではなく、本当に心から笑いはじめました。「はっはっはっ、やつらはおだぶつだ」

スメーは聞けば聞くほど感心するのでした。

「わしが聞いたことある中じゃ、一番すばらしくて見事なやり方ですぞ」スメーはさけびました。そして2人は勝ちほこった気分になって踊って歌いました。

「とめろ、やめろ、おいらが現われりゃ
恐怖でみぶっるい、フックのツメと
握手した日にゃ骨しか残んねぇやっ」

と歌いはじめましたが、最後までは歌えませんでした。他の物音がして、2人を黙りこませたのです。はじめそれは小さな音で、葉っぱが一枚落ちてもかき消されたかもしれないくらいでしたが、近づくにつれてはっきりとしてきました。

チクタク、チクタク

フックは、身震いがして片足で立ちすくんでいました。

「あのワニだ」フックははっと息をのみ飛びあがって逃げ出し、甲板長のスメーが後に続きました。

まさにあのワニでした。今や他の海賊たちの頭皮をぶらさげていたインディアン達を追い越して、こっそりフックをつけ狙っていたのです。

ふたたび男の子達は野外に出てきました。でもまだその夜の危険は去っていなかったのです。というのも、しばらくしてニブスが息も絶え絶えにみんなの中に駆け込んできたのでした。狼の一群に追いかけられて。追いかけている狼の舌は、口からぶらさがっていて、うなり声で身も凍らんばかりでした。

「助けて、助けて」ニブスは、転んじゃって叫びました。

「でもどうすればいい、どうすればいい?」

そんな恐ろしい時にも男の子達がピーターのことを考えるなんて、ピーターにとってはすごく光栄なことでした。

「ピーターならどうする」みんなは同時に叫びました。

ほぼ同時にみんなは叫びました。「ピーターなら足の間から狼を見ると思うな」

「じゃあ、ピーターのする通りにしようじゃないか」

それこそ、狼を撃退するには一番よい方法でした。一人の男の子につづいて、みんなが体をまげて足の間からのぞきました。その次の瞬間は永遠にも思えましたが、すぐに勝ったことがわかりました。というのもそんなひどい格好で狼の方へ男の子たちが一歩でも踏み出すと、狼は尻尾をまいて逃げ出したのでした。

さてニブスが起きあがると、他の男の子達にはニブスがまだ狼をじっと見ているように思えたのですが、ニブスが見ていたのは狼ではありません。

「すばらしいものをみたよ」とニブスが叫ぶと、みんながニブスのまわりに集まってきました。「大きな白い鳥なんだ、こっちの方へとんでくるよ」

「なんの鳥、だと思う?」

「しらないや、」ニブスはびくびくして言いました。「とってもつかれてるみたいで、飛んでて“かわいそうなウェンディ”なんてうめいてたよ」

「かわいそうなウェンディ」

「思い出したよ」スライトリーはすぐに口をはさみました。「ウェンディなんて鳥がいたっけな」

「みて、くるよ」カーリーは空のウェンディを指差しながら言いました。

ウェンディは今まさに頭上にいて、みんなあわれな泣き声を聞きました。でももっとはっきり聞こえてくるのは、ティンカーベルのかん高い声でした。今や嫉妬にくるった妖精は、友達のフリをかなぐり捨てて、四方八方からいけにえのウェンディにむかって突進し、さわるたびにひどくつねったのでした。

「おーい、ティンク」不思議に思っていた男の子達がさけびました。

ティンクの返事がひびきわたりました。「ピーターがウェンディをうてだって」

ピーターが命令したことに疑問をもつなんてことはありません。「ピーターの言うとおりにしよう」単純な男の子達はいいました。「いそいで弓と矢だ」

トゥートルズ以外はみんな木の中に飛び込みました。トゥートルズは弓と矢を携帯していました。ティンクはそれに気づいて小さな手をこすりあわせました。

「いそいで、トゥートルズ、いそいで」ティンクはさけびました。「ピーターはそれはよろこぶと思うわよ」

トゥートルズは興奮して、矢を弓につがえました。「ティンクどくんだ」と叫ぶと弓を引いて、ウェンディは胸に矢がささりひらりひらりと地面に落ちたのでした。

6章  ちいさな家

おろかなトゥートルズは、他の男の子達が武器をもって木から飛び出してきたときに、ウェンディの死体の上に征服者のように立っていました。

「遅いね」トゥートルズは誇らしげにいいました。「ウェンディは矢で射落しちゃったよ。ピーターは僕のしたことによろこぶだろうなぁ」

頭の上ではティンカーベルが「すっとこばか」と叫んで、一直線に飛んでいって隠れてしまいました。他の男の子達は、ティンクのいったことは聞いていません。ウェンディの周りにあつまって見ていると、森にはまったくの静けさが訪れました。もしウェンディの心臓が脈打っていたのなら、みんなに聞こえたことでしょう。

スライトリーが最初に口火をきって、「鳥じゃないね」とおびえた声で言いました。「僕が思うに女の人にちがいないね」

「女の人?」トゥートルズは、身震いを感じながら言いました。

「僕らがこの女の人を殺しちゃったんだ」ニブスはかすれた声で言いました。

みんな帽子を脱ぎました。

「うんわかったぞ」カーリーは、悲しみのあまり地面に倒れこみながら言いました。「ピーターがこの女の人を僕らのところに連れてきてくれたんだ」

「とうとう僕らの世話をしてくれる女の人がきてくれたのに、でも君が殺しちゃった」双子のかたわれが言いました。

トゥートルズのこともかわいそうに思いましたが、それよりもっと自分たちのことをかわいそうに思ったのでした。トゥートルズが仲間の方に一歩近づくと、みんなは背を向けてはなれました。

トゥートルズの顔は真っ青でしたが、今までには決して見られなかった威厳に満ちていました。

「僕がやったんだ」トゥートルズは繰り返し言いました。「女の人が夢で僕のところにやってきたときは“きれいなおかあさん、きれいなおかあさん”と言ってたのに。とうとう実際に来た時には、僕が矢で射っちゃったんだ」

トゥートルズは力なく立ち去りました。

「行っちゃだめだよ」みんなはかわいそうに思って呼びとめましたが、
「行かなくっちゃ」トゥートルズは身震いしながら答えました。「ピーターがこわいもの」

この悲劇的なまさにその時、みんなは心臓が口から飛び出しそうになるほどびっくりする音を聞きつけました。ピーターの時を告げる声を聞いたのでした。

「ピーター!」みんながさけびました。時を告げる声はいつもピーターが帰ってきたときのしるしでしたから。

「女の人を隠さなきゃ」みんなはささやいて、急いでウェンディの周りに集まりました。ただトゥートルズは一人離れてぼうぜんと立ちつくしていました。

ふたたび時を告げる声が鳴り響きました。そして、ピーターがみんなの前に空から登場しました。「よぉ、手下ども」ピーターはさけびました。ただ男の子達は沈んだ感じであいさつを返すだけで、再び沈黙が訪れました。

ピーターはまゆをひそめました。

「僕が帰ってきたんだぞ」ピーターはムッとして言いました。「なんでお祭りさわぎにならないんだ?」

みんな口は開きましたが、とても歓声をあげることはできませんでした。ピーターはみんなのそんな様子をちらっと見ると、すばらしいニュースがあると口を開きました。

「すごいニュースだ、手下ども、とうとうおまえたちみんなにお母さんを連れてきたんだぞ」

依然としてしーんとしています。トゥートルズのドスンといった両ひざを落とす小さな音以外は。

「女の人を見なかったか?」ピーターは困ってたずねました。「こっちの方にとんできたんだ」

「ああ僕が」声がひとつ聞こえました。そして別の声が「なんて悲しい日なんだ」と。

トゥートルズは立ちあがると「ピーター」とおちついた口調で言いました。「女の人をみせるよ」そして、他の男の子達がまだ女の人を隠そうとするので「双子うしろへ、ピーターに見せるんだ」と言いました。

みんな後ろに下がって、ピーターに見せました。ピーターは、ちょっと見ただけではなにが起こっているのか分かりませんでした。

「死んでる」ピーターは不機嫌にいいました。「たぶん彼女自身、死んだことに恐がってるんだ」

ピーターは女の人が見えなくなるまでおどけて立ち去って、それ以上その場所に近づかないようにしようかと思いました。ピーターがそうすれば、男の子達みんなも喜んでそれに従ったことでしょう。

でも矢が突きささっていたのでした。矢を心臓から抜くと、手下の一団をじっと見つめました。

「だれの矢だ?」ピーターはきびしく追求しました。

「僕のです、ピーター」トゥートルズはひざまずいて言いました。

「ひきょうもの」ピーターはそういうと、矢を突きさすためにふりあげました。

トゥートルズは逃げようとせず、胸をはだけて「突きさしてください、ピーター」と覚悟を決めて言いました。「本当に突きさしてください」

2回ピーターは矢を振り上げましたけれど、2回とも手をおろしました。「僕には突きさせないや」ピーターは恐れをなして言いました。「なにかが僕の手をとめてるんだ」

みんな不思議そうにピーターをみました。ただニブスはといえば、幸運なことにウェンディを見ていたのでした。

「彼女だよ、ウェンディっていう女の人だ。みてよ、彼女の腕だよ」

すばらしいことに、ウェンディが自分の腕をあげていたのでした。ニブスはウェンディの上にかがみこむとうやうやしく耳を傾け、「ぼくが思うには、“かわいそうなトゥートルズ”って言ってるよ」と言いました。

「生きてる」ピーターは手短に言いました。

スライトリーはすぐにさけびました。「ウェンディという女の人は生きてる」

それからピーターはウェンディのそばにひざまづき、ピーターのボタンを見つけました。覚えてらっしゃるでしょうか、ウェンディはそれにくさりをつけて首のまわりにかけていたのでした。

「みろ、矢はこれにつきささったんだ。これは僕がウェンディにあげたキスだ。これがウェンディの命を救ったんだ」

「ぼくもキスはおぼえてるや」スライトリーはすぐに口をはさみました。「見せて、あぁ、それは間違いなくキスだよ」

ピーターは、スライトリーの言うことは聞いていません。ウェンディがすぐによくなるように、そうしたら人魚をみせてあげられるからと願っていたのでした。もちろんウェンディはひどく弱っていたので、まだ答えられませんでしたけど、頭上からは残念がるような声が聞こえました。

「ティンクに耳をすませてごらん」カーリーは言いました。「ウェンディが生きてるもんだから、残念がってるんだ」

それで男の子達は、ピーターにティンクが犯した悪事を言いつけなければなりませんでした。そんなにきびしいピーターはいままで見たことがありません。

「聞けよ、ティンカーベル! もうおまえとは友達でもなんでもない! 永遠に僕の前に姿をあらわすんじゃない!」

ティンクはピーターの肩に飛んできて嘆願しましたが、ピーターははたき落としました。ただウェンディが再び腕をあげたので、ようやく態度を和らげてこう言いました。「よし、永遠にじゃなくて、まるまる一週間だ」

ティンカーベルは、ウェンディが腕をあげてくれたことに感謝したと思います? いいえぜんぜん、感謝どころかこれほどウェンディをつよくつねりたいと思ったこともなかったぐらいでした。妖精っていうのはホントに変わっていて、妖精を良く知っていたからこそ、ピーターはよく平手打ちしたものです。

でもこんなに弱っている状態のウェンディにどうしてあげたらいいんでしょう? 

「家まで運んで行こう」カーリーが提案しました。
「うん」とスライトリー。
「女の人にはそうするものだ」
「いやいや」ピーターは言いました。「さわるんじゃない。それじゃあ十分に礼儀正しいとは言えないんだ」

「それこそ」スライトリーは言いました。「僕が考えてたことだな」

「でもこのままここに横たえておいたら、」トゥートルズは言いました。「死んじゃうよ」

「うん死んじゃう」スライトリーは認めました。「でも他に方法がないんだもの」

「いや、ある」ピーターは言いました。「周りに小さな家を作るんだ」

みんな大喜びでした。「いそげ」命令が下りました。「めいめい持ってるもののうち、一番いいものをもってくるんだ。家をひっかきまわせ。てきぱきやるんだ」

その瞬間に、みんなは婚礼前夜の仕立て屋みたいに大忙しになりました。みんなはあちこち駆けずりまわって、ベッドの用意のために降りていったと思えば、薪集めのために登ってくるといった具合でした。みんなが取りかかっている時まさに姿を見せたのは、ジョンとマイケルでした。2人は地面の上をのろのろと進み、立ったまま寝て止まったり起きてみたり、一歩進んだと思うとまた寝たり、といった様子なのでした。

「ジョン、ジョン」マイケルは言いました。「起きてよ、ナナは、ジョン、ママは?」

そうするとジョンは目をこすって、こうむにゃむにゃ言いました。「ホントだよ、飛んだんだってば」

あなたも思った通り、2人はピーターを見つけてとてもほっとしました。

「やあピーター」2人がいうと「やあ」と友好的な返事を返しましたが、ピーターは2人のことはすっかり忘れていました。その時はウェンディのための家をどれくらいの大きさにしたらいいか、自分の足でウェンディの大きさをはかるのに大忙しだったのです。もちろん椅子とテーブルを置く場所は、残しておくつもりでした。ジョンとマイケルは、ピーターを見守りました。

「ウェンディは寝てるの?」2人はたずねました。
「そうだよ」

「ジョン」マイケルが言いだしました。「お姉ちゃんを起こして、晩ごはんを作ってもらおうよ」ただそう言った時も、他の男の子達の何人かが家を建てるための小枝を運んで駆けこんできました。「やつらを見なよ」マイケルは言いました。

「カーリー」ピーターはいかにも隊長らしい声でいいました。「そいつらにも家をつくる手伝いをさせるんだ」
「アイアイサー」
「家をたてるの?」ジョンが興奮していいました。
「ウェンディのために」カーリーはいいました。
「ウェンディのために?」ジョンは、びっくりぎょうてんして言いました。「どうして、女の子なんかのために!」

カーリーは説明しました。「僕たちが彼女の召使だというのがその理由だな」

「君が? ウェンディの召使!」
「もちろん、おまえもだ。一緒にむこうへ行くんだ」ピーターは言いました。

びっくりぎょうてんしている兄弟は引きずられていき、木を切ったり倒したり運んだりさせられました。
「椅子と暖炉が最初だ」ピーターはそう命令しました。「それからその周りに家をたてるんだ」

「そう」スライトリーは言いました。「それが家の建て方なんだ、思い出してきたよ」

ピーターはあらゆることを思いつきます。「スライトリー、お医者さんをつかまえてくるんだ」なんていいだしました。

「はい」スライトリーはすぐに返事をすると、頭をかきむしりながら姿を消しました。でもピーターには逆らっちゃいけないと知っていたので、すぐにジョンの帽子をかぶって、まじめな雰囲気でもどってきました。

「どうぞ、」ピーターは近づきながらいいました。
「お医者様ですか?」

そんなときピーターと他の男の子の違いは、他の男の子達にはそれが“ごっこあそび”だってことがわかってましたけど、ピーターには“ごっこあそび”と本当のことの区別が全くつかないのでした。これは時々、他の男の子達にとってはやっかいなことで、夕ごはんを食べちゃったごっこをしなきゃいけないときなんかが、特にそうです。

もし、ごっこ遊びを途中でやめたりしたら、ピーターに指をぴしゃりとぶたれるのでした。

「ええ、君」スライトリーは、びくびくしながら答えました。以前にぶたれた指はあかぎれになっていました。

「どうぞ」ピーターは説明しました。「女の人がとっても具合が悪くて横になっているんです」

ウェンディは足元に横になっていました。でもスライトリーは見えないフリをしました。

「ちぇ、ちぇ、ちぇ」スライトリーは舌打ちしました。「一体どこにいるんだい?」
「むこうの空き地です」

「ガラスの体温計を口に入れないと」スライトリーは言った後、そうするフリをしました。その間ピーターはじっと待っています。ガラスの体温計を口から出すときが、ドキドキする瞬間でした。

「どんな具合です?」ピーターはたずねました。

「ちぇ、ちぇ、ちぇ」スライトリーは言いました。「これで治りましたぞ」

「うれしいです」ピーターは大きな声をだしました。

「夕方にでもまたよんでください。吸いさしつきの容器で、病人用の牛肉スープを飲ませてください」スライトリーはそう言いました。ただ帽子をジョンに返すと大きく息をはきました。それは、スライトリーが難しいことを切りぬけたときのくせでした。

その間もずっと森では、おのの音が鳴り響いていました。居心地よく暮らすのに必要なものはすべて、ウェンディの足元に揃っていました。

だれかが言いました。「もし彼女がどんな家が好みなのかわかりさえしたらなぁ」
「ピーター」ほかのだれかが言いました。「寝てるのに動いたよ」

「口も開いた」3人目が失礼にならないように、口の中をのぞきこみながら言いました。「かわいいなぁ!」

「たぶん寝てても歌いだすよ」ピーターは言いました。

「ウェンディ、どんな家に住んでみたいのか歌ってくれないかい」

すぐ、目を閉じたままウェンディは歌い始めました。

「わたしはかわいい家がいい
みたことないほど小さくて
おかしな小さな赤いかべ
そして屋根はもちろん
こけで覆って緑色」

この歌に男の子達は、喜びのあまりのどをごほごほ鳴らしました。というのもホントに幸運なことに運んできた小枝は赤い樹液でべたべたしていましたし、地面はあたり一面こけで覆われていたからでした。男の子達はその小さな家をガタガタ組み立てながら、急に歌い始めました。

「かべとやねのついた小さな家をつくっちゃった。
すてきなドアもつけちゃった。
ぼくらに言ってよ、ウェンディおかあさん
あとまだなにがほしい?」

この歌にウェンディは欲張りにもこう答えました。

「あらホント、次にほしいのは
まわり全部をあかるいまどに、
バラがのぞき、あかんぼうたちが外をみる」

こぶしの一撃で窓をつくると、大きな黄色い葉っぱをブラインドにしました。でもバラは...

「バラだ」ピーターはするどい声で命令しました。

すぐにみんなは、壁に美しいバラを育てるフリをしました。

あかんぼうたちは?

ピーターがあかんぼうたちと命令する前に、男の子達はまた急いで歌いだしました。

「バラがのぞいてるようにしましたよ
あかんぼうたちはドアのところに
ぼくらはあかんぼうたちにはなれないや、
だってもう大きいんだもの」

ピーターはこれはいいアイデアだとみると、すぐに自分で思いついたフリをしました。その家はホントにきれいで、ホントにウェンディは家の中で居心地が良さそうでした。もちろん家の中のウェンディの姿は見えません。ピーターは行ったり来たり、最後の仕上げを指示しながら大またで歩きました。ピーターのタカのような目をもってして、なにも見過ごすことはありませんでした。完全に出来上がったように見えたその時、ピーターは「ノッカーがドアのところにないぞ」と言いました。

男の子達はとても恥ずかしく思いましたが、トゥートルズが靴底を提供し、すばらしいノッカーになりました。

みんな完全に出来上がったと思いました。

あとほんの少しでした。「えんとつがないじゃないか」ピーターが言いました。「えんとつは一本はどうしたっているぞ」

「えんとつはどうしたって一本は必要だね」ジョンはもったいぶって言いました。これを聞いてピーターはピンときて、ジョンの頭から帽子をひったくると、底をぶちやぶって屋根の上にのせました。小さな家はこんなにも立派なえんとつがついてとってもよろこんで、“ありがとう”とでも言うみたいに、帽子からすぐに煙をもくもくとはきました。

さてこれで本当にオシマイで、あとはドアをノックするだけでした。

「身なりを整えるように、第一印象ってのがすごく大切なんだ」

ピーターは第一印象ってなに? と誰にも聞かれなくてほっとしました。みんな身なりを整えるのにおおいそがしです。

ピーターは礼儀正しくノックしました。そしてコドモ達と同じように森もしーんと静まりかえり、ティンカーベル以外からは物音ひとつしません。ティンクは木の枝のところから見守っており、みせびらかすようにせせら笑っていたのでした。

男の子達がとまどっていたのは、ノックにはだれが答えるんだろう? ってことでした。もし女の人なら、どんな女の人なんでしょう? 

ドアが開いて、女の人が一人出てきました。ウェンディでした。みんなは急いで帽子を脱ぎました。

ウェンディは当然のことながら驚いたようで、これこそまさにみんながそうあってほしいと望んだとおりでした。

「わたしはどこにいるの?」ウェンディは言いました。

もちろんスライトリーが最初に口をはさみ、急いでこう言いました。「ウェンディさん、あなたのために僕らで家を建てたんです」

「どうか、うれしいわっていってください」ニブスは叫びました。

「すばらしくステキな家だわ」ウェンディが言い、それこそまさにみんながそういってほしいと望んだとおりの言葉でした。

「それで僕らがあなたのコドモなんです」双子はいいました。

みんなひざまずいて手を伸ばして「ウェンディ、どうか僕らのお母さんになってください」と叫びました。

「わたしがお母さんになるですって?」ウェンディは目を輝かせながら言いました。「もちろんすごく楽しそうだけど、まだわたしは小さな女の子なの、ホントのお母さんの経験もないし」

「問題ないね」ピーターは、今やすっかり自分だけが何もかも心得てるかのように言いました。でも実際は、一番なにも知らないのです。「僕らに必要なのは、まさに思いやりのあるお母さんみたいな人なんだ」

「あら」ウェンディは言いました。「それならわたしがぴったりじゃなくて?」

「そうです、そうです」みんなが声をそろえて言いました。「すぐにわかりましたよ」

「いいでしょう」ウェンディは言いました。「ちゃんとやるわ、さあ入ってらっしゃい、わんぱくぼうやたち。足は濡れているでしょう。寝るまでに、シンデレラの話をじゅうぶん最後までしてあげられるわ」

みんなが中に入りました。そんなに広かったのかなんて事は、わたしにはわかりません。ネバーランドでは、すごくぎっしりつめこむことができるのです。そしてそれがウェンディと過ごしたたくさんの楽しい夕べの最初でした。やがてウェンディは、木々の地下にある家の広いベッドにみんなを寝かしつけると、その夜は自分は一人で小さな家で寝ました。そしてピーターはむきだしの剣をもって、外で番にあたったのでした。なぜなら海賊たちが遠くで酒盛りをする声が聞こえましたし、狼たちがうろついていたからでした。小さな家は暗闇の中でもブラインドを通して明るい明かりがもれ、煙突からは優雅に煙が立ち昇っていて、ピーターが立ったまま番をしていたので、とても居心地が良く安全そうに見えました。しばらくすると、ピーターも寝こんでしまいました。どんちゃんさわぎからの帰りで、ふらふらになった妖精たちのいく人かは、ピーターの上をよじ登って行かなければなりません。他の男の子達なんかが夜に妖精の通り道をじゃました日にはたっぷりいたずらされたことでしょうが、ピーターだったので鼻をつねるくらいで通りすぎて行ったのでした。

7章  地下の家

ピーターが次の日まっさきにしたことのひとつは、木の穴のためにウェンディとジョンとマイケルのサイズを測ることでした。覚えてらっしゃるでしょうか、フックはコドモそれぞれに木が一本ずつ必要と考えるなんてと男の子達をばかにしました。ただそれはなんにもわかってなかったのです。木のサイズがピッタリ合ってないと上り下りするのに骨が折れますし、男の子達ときたら2人として同じサイズの子はいないのでした。サイズがピッタリなら、てっぺんで息をはけばちょうどいいスピードで降りて行けますし、また登るためには、すったりはいたり交互にすることでもぞもぞとのぼっていくのでした。もちろんいったんこの動作を習得すれば、いちいち考えたりしなくても自然と体が動きますし、こんなに優雅な動きも他にはないことでしょう。

でもとにかくピッタリでなければいけません。だからピーターは、スーツを仕立てる時みたいに慎重に、あなたの木を選ぶためにあなたのサイズを測ります。ただひとつ違うのは服はあなたに合うように作りますが、木だとあなたが木に合うようにしなければならないということです。普段はたくさん着こんだり脱いだりして、とても簡単に終わります。ただあなたの体が具合の悪い場所ででっぱったりしている場合や使えそうな木がへんてこな形だったりする場合、ピーターはあなたにちょっとした事をします。そうするとピッタリになるのです。いったんピッタリになると、ピッタリでいつづけるためにはとても注意しなければなりません。そしてこうすることが一家全員にとって、体調を万全にすることにつながって、ウェンディにとってもうれしいことでした。

ウェンディとマイケルは最初の試着で、木にピッタリ合いましたけど、ジョンはちょっと変えなければなりませんでした。

何日か練習すると、3人は井戸のつるべみたいに楽々と登ったり降りたりできるようになりました。そして3人は地下の家が大好きになって、特にウェンディにはお気に入りでした。地下の家には本来全ての家がそうあるべきですが、大きな部屋が1つしかありません。魚釣りに行きたければ餌を探して床をほることもできますし、かわいい色のマッシュルームが床からまっすぐ生えており、腰掛けとして使われています。ネバーランドの木が部屋の真ん中で一生懸命大きくなろうとしていたのですが、毎朝みんなで幹をのこぎりで切って、床と同じ高さにするのでした。それでもお茶の時間には2フィート(1フィートは30センチ)は高くなりました。するとドアをその上において、テーブルにしちゃうのでした。お茶を片付けるとすぐにまた幹を切りました。それで遊び場所が広くなります。火をつけたければ、部屋のほとんどどこからでも手を伸ばして火をつけられるほど大きな暖炉がありました。そしてウェンディは細い糸をよじって作ったひもを部屋を横切ってはり、そこに洗濯物を干したのでした。ベッドは昼は壁に立てかけてありますが、6:30になると降ろします。降ろすとほとんど部屋の半分くらいになり、マイケルを除く男の子みんなが缶詰のイワシみたいに横たわって、そこで寝るのでした。寝返りにはきびしいルールがあり、だれかの合図があるとすぐ、みんな一斉に寝返りをしました。マイケルも寝ようと思えばみんなと一緒にそのベッドで寝ることはできたと思います。ただウェンディがあかんぼうを欲しがったのです。そしてマイケルが一番のおちびさんだったので、女の人がどんなものかはおわかりでしょう、結局のところマイケルがあかんぼうになって、バスケットで上からつるされたのでした。

地下の家は自然のままのそっけないもので、あかんぼうの熊が同じように地下の家を作ったならそれと似てなくもなかったでしょう。ただ壁にひとつだけくぼんだところがあって、そこは鳥かごほどの大きさのティンカーベルのプライベートな部屋でした。小さなカーテンで部屋のほかの場所からは区切ることができて、ティンクときたらとても気難しかったので、着替えたりするときにはいつもカーテンをひいていたのでした。広さはどうあれ、寝室とつながっているこんなにきらびやかな着替えのための部屋をもってる女の人はいなかったでしょう。ティンクがいつも長いすとよんでたものは、曲がった足がついた本物の夢の女王(クィーン・マブ:夢を支配していると言われている妖精)のものでした。ティンクはベッドカバーを季節のフルーツにあわせて取り替えましたし、かがみは長靴を履いたネコのもので、妖精の取扱業者の間でも割れていないモノは3つとないなんてものでした。洗面台はパイの皮でできており裏返しでも使えましたし、引き出しつきのたんすは由緒のあるチャーミング6世のもので、カーペットと敷物はもっともよい(初期のものってことですが)時代のマージェリー&ロビンのものでした。おはじきで作ったシャンデリアも飾りとしてはありましたが、もちろん自分の明かりで部屋を照らしていました。ティンクはこの家で自分の部屋以外は全くバカにしていて、たぶんそれはしょうがないことだったのでしょう。ティンクの部屋はとてもキレイでしたけど、かなりうぬぼれているように見えて、鼻がいつもつんと上を向いたような感じなのでした。

わたしが思うに、こういうこと全部がウェンディにとっては、まったくもってうらやましいことだったでしょう。というのも、乱暴な男の子達ときたら世話がやけるったらありゃしませんから。実際のところ、たぶん夕方に靴下につぎをあてるとき以外は、まるまる何週間も生きてる心地もしないくらいでした。料理ときたら、ぜひ言っておきますが、いつもポットと向かい合ってなければならないのでした。ポットになにも入ってないとき、あるいはポット自体がないときでさえ、沸騰するのを見守ってなければならないのです。なにしろホントの食事なのかそれとも食事ごっこなのか、全くわからなかったので。全部ピーターの気まぐれ次第なのでした。ゲームとしてならピーターは食べる(ホントに食事をとるってことです)のですが、ただたらふく食べて単に食欲を満たしたいためだけに、食事をとることはできなかったのでした。ほとんどのコドモにしてみれば、たらふく食べておなか一杯になることが他のなにより好きなのですが。ピーターにとって次に好きなことは、食べ物の話をすることでした。ごっこ遊びはピーターにとってはまるで本当のことみたいだったので、そういう食事ごっこの最中にもピーターが丸々と太るのがわかるくらいでした。もちろん食事ごっこはつらいことでしたが、ピーターのまねをするしか道はなかったのでした。そして木にあわないくらい痩せちゃったことが分かれば、ピーターもたらふく食べさせてくれるのでした。

ウェンディが好きな縫い物や繕い物をする時間となるのは、みんながすっかり寝た後で、それからがウェンディの言葉を借りれば「ほっと一息つく自分だけの時間」になるのです。そしてコドモ達のために新しいものを作ったり、ひざ小僧に布をあてるのに取りかかるのでした。なぜならコドモ達のひざ小僧ときたら、みんながみんなすっかり擦り切れていましたから。

かごに一杯のかかとに穴のあいた靴下を前にして座ると、ウェンディは両手をあげて大きな声で言うのでした。「あぁ、まったく、時々独身の女の人がうらやましくなるわ」

こういいながらもウェンディの顔はほころんでいるのでした。

ウェンディのペットのおおかみのことは覚えてらっしゃるでしょうか? ええ、おおかみはウェンディがこの島にきたことがすぐに分かったので、ウェンディを探し当て、お互いに走って抱き合ったのでした。それからというもの、おおかみはどこへでもウェンディのあとをついてまわるのでした。

時が過ぎ、ウェンディは後に残してきた愛しい両親のことをいろいろ考えました。難しい問題でした。なぜならネバーランドでは正確にどれだけ時間がたったとは言えなかったからです。ネバーランドで時間は、たくさんの月と太陽で決められていたのですが、本当の世界よりあんまり数が多すぎるのです。でも申し上げにくいのですが、ウェンディは心の底からパパとママのことを心配しているわけでもありません。というのもウェンディは、パパとママがいつでも自分が飛んで帰ってくるのを窓をあけて待っててくれるだろうなんて妙な自信に満ちていたのでした。こう考えるとウェンディはすっかり安心するのでしたが、時々ウェンディを不安にするのは、