週間翻訳日記:週間で、ある単位を目安に翻訳していきます。
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2001/06/21 アブラハム・リンカーン 第二期大統領就任演説 0.0版

短くていい、演説はこうでなきゃ。訳は荒れ気味か? 英文も公開できるので公開。指摘があったらメールください

アブラハム・リンカーン 第ニ期大統領就任演説

1865年3月4日

アメリカ国民のみなさん

大統領の執務室に2回目の宣誓をするために姿を現わすにあたって、最初のときほど長い演説はしないつもりです。最初のときは、いくぶん詳細に話した方が適切に思われたのです。現在は、あれから4年がたち、そのあいだに国民全員が注目してきた大きな戦争のあらゆる点については常に公表してきましたので、改めていうべきことはほとんどありません。全てがそれ次第である、われわれの軍隊の進行は、私同様みなさんもよく知っています。未来に希望をいだき、あえてその予測はさけたいと思います。

4年前のときは、全ての人が内戦の勃発を心配していました。それを恐れ、避ける方法を模索していました。私は大統領就任演説をこの場所で行い、戦争を行うことなしに連邦を維持しようとつとめたにもかかわらず、この都市でしつこい代表者たちは戦争を行うことなしに連邦を解体しようとしていました。つまり交渉によって、連邦を解体し分割しようとしていたのです。みんな戦争には反対していました。しかし一方は国家を存続させるより戦争をしたほうがよいとし、もう一方は国家を滅ぼすよりは戦争を受け入れた方がよいと考えました。その結果、戦争となったのです。

全人口の1/8は黒人の奴隷です。しかし連邦全体に散らばっているわけではなく、南部に集中しています。奴隷によって、特別なそして強い利権が生まれたのです。全ての人がこの利権が、とにかく戦争の原因であることを知っていました。この利権を強化し、永遠のものとし、拡張することが、反乱者たちが連邦を戦争によってでも引き裂こうとしている目的なのです。一方、政府は奴隷制度の準州への拡大を制限する権利しか主張していません。両者とも戦争が実際にそうであるほど大規模で、長続きするとは考えていませんでした。両者とも紛争の原因が、紛争とともに、もしくは紛争が終了する以前に、なくなるとは考えていなかったでしょう。簡単に勝利をおさめて、結果がこれほど大事で驚くべきものになるとは思ってもみなかったでしょう。みんな同じ聖書を読み、同じ神に祈りを捧げ、そして敵に対抗する助けを請うてます。他人が額に汗して稼いだパンを奪おうとして、義にかなった神の助けを求めるなんておかしなことに思えるかもしれません。しかし人を裁いてはなりません、自らを裁かない限りはです。両者の祈りが受け入れられることはないでしょう。両者の祈りが、完全に聞き入れられたこともありません。神には、ご自身の意図があるのです。「この世のわざわいは罪ゆえである。罪はかならずもたらされるが、人へのわざわいは罪によってもたらされる」もしアメリカの奴隷制度がそのようなわざわいの一つだったなら、神の摂理によって必ずもたらされるもので、神の定めた期間つづくものですが、神は今や奴隷制度を取り除くことを望み、そして北部と南部に、この恐ろしい戦争を罪をもたらした人へのわざわいとして与えたのでしょう。われわれはその中で、生ける神を信じるものがつねに神のものであると考える神の特性からどれほど離れているかよくわかることでしょう? われわれが愛情をこめて希望し、強く祈るのは、神による戦争という悪がすみやかに過ぎ去ることです。しかしながらもし神が、奴隷が250年間にわたる無報酬の苦役で蓄積された富がなくなるまで、そしむちにより流された血の一滴一滴が剣による血であがなわれるまで、戦争を続ける意志があるならば、3000年前に言われたとおり、「しかしながら神の裁きは正しく、絶対なのである」と現在でも言わなければなりません。
誰に対しても悪意をいだかず、慈悲の心で接し、神がわれわれに正義を目にするように与えた正義を固く信じ、われわれが取り掛かっている仕事、つまり国家の傷をいやし、戦いに耐えてきたものや未亡人、孤児をケアし、われわれ全ての国民のあいだに正しく永遠につづく平和を実現し、はぐくむ仕事を終えるべく全力を尽くそうではないですか。

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2001/06/19 アブラハム・リンカーン 大統領就任演説 0.0版

結局こういう流れなわけだ、長い。英文も公開できるので公開。指摘があったらメールください

アブラハム・リンカーン 第一期大統領就任演説

1861年3月4日月曜日

アメリカ合衆国の国民のみなさん

政府ができたとのと同じくらい古い慣習に従って、私はあなたがたの前に姿をみせ、短い演説をして、合衆国憲法に規定されている大統領が「職務室で職務に臨むまえの」誓いをたてようと思います。

私は現在、行政の事柄でなんら格別心配でないことや興奮させないようなことを、議論する必要はないと考えています。

南部には、こう考えていらっしゃる人がいるようです。共和党が政権を握ったために、自分たちの財産や平穏や個人の安全がおびやかされるのではないかと。そんな懸念をいだくなんら正当な理由は、これまでも存在しません。実際、その反対であることを十分に示す証拠がつねに存在していたのです。そして調べようとすれば、いつでも調べられたわけです。その証拠は、今あなたがたに演説している私のスピーチの、印刷されたもののほとんど全ての中にも見出すことができます。それらの演説から一つだけ引用しましょう。こう述べています。

私には、直接的にも間接的にも、奴隷制度が存在する州においてそれに干渉するつもりはない。私は自分にそうする法的な権利がないことを知っているし、そうしようとも思っていない。

私を指名し選んだ人々は、私がこの演説やこれと同様の宣言をしたことを、そしてそれを撤回したことがないということを十分に知っていて、指名し選んだのです。いや、それ以上です。彼らは綱領にそれを記述してくれたのです。そして彼ら自身と私が守るべき法として、明確ではっきりした決議を私は今から読み上げましょう。

決議 州の権利は侵されざるものでありつづけます。特にそれぞれの州が、その州の判断に従って他からの干渉をうけずに、その州の制度を指導、監督する権利は侵されざるものなのです。そしてそれは、われわれの基本的な政治体制を完全で持続するものとするのに必要な権力のバランスをとるのに不可欠なのです。そしてわれわれは、法によらない州や準州への軍隊の侵攻を、理由のいかんを問わず、最大の犯罪の一つだと公然と非難します。

私はこの宣言に再び言及することで、最も決定的な証拠をみなさんにお目にかけるつもりです。つまり財産や平穏や安全が、場所にかかわらず、新しい政権によって決して脅かされることがないという十分な証拠をです。私はそれに加えて、憲法と法律に反しないなら、できるかぎりの全ての保護を、よろこんで法的に保護を要求する全ての州に提供しましょう。特に理由がなんであれ、よろこんでどの州に対しても同様に提供しましょう。

サービスや労働からの逃亡者を引渡すことについては、いろいろ議論があるところです。私がこれから読み上げる一節は、憲法に他の条項と同じように明記されています。

ある州においてサービスや労働に従事する人は、法律によって、他の州に逃げても、その州の法律や規則によってサービスや労働から解放されることはない。それだけではなく、そのようなサービスや労働をさせる権利をもつものの請求によって、引き渡されなければならない。

この条項が、われわれが逃亡奴隷とよんでいるものたちを引き渡す意図をもつことには疑問の余地はありません。そして立法者の意図が、法律そのものなのです。議会のすべてのメンバーは、憲法全体に対して支持を誓っています。それは他の条項だけではなく、この条項についてもそのとおりです。それから、この「引き渡さなければならない」という一節の言葉に当てはまる奴隷の問題に対しては、宣誓は満場一致です。現在では、もし議員が進んで努力すれば、その満場一致の宣誓をそのまま維持するような手段として、ほとんど同じくらいの満場一致ではないにせよ、法律をつくって通すことができるのではないでしょうか?

この一節が連邦によって強制されるべきか、州の権力によって強制されるべきか、いくらか意見の相違がありますが、そのような違いは大した問題ではありません。もし奴隷が引き渡されるなら、奴隷にとっても他の人にとっても、誰によってそれがなされるかは、ほとんど問題にはなりえません。そしてどんな場合でも、自分の誓約が守られないのに、どのようにして守るかという単なる非現実的な議論に満足する人はいないでしょう?

再び、この問題の法については、文明化され人道的な法には盛り込まれている自由のセーフガードがあるべきではないでしょうか、つまり自由人が、どんな場合にも奴隷として引き渡されることがないようにするべきではないでしょうか? そして同時に「それぞれの州の市民は、複数の州の市民が有する全ての特権と免除の権利を有する」という憲法で保障されている一節を、法律で保証してもいいのではないでしょうか?

今日、私は宣誓するにあたって、なんら隠しだてをするつもりも憲法や法律のあら捜しをするつもりもありません。そして施行されてしかるべき議会の法律を特定するつもりもありません。公的にも私的な立場でも、次のことは全ての人にとってより安全なことだと私は思っています。つまり、その法律が取り消されない限りはその法に従って遵法することが、法を破って、その法が違憲となることを信じるよりも安全なのです。

アメリカの憲法のもとで最初の大統領が就任してから、72年がたちました。そのあいだに、15人の別々のとてもすばらしい市民が、継承して大統領府を治めてきました。その統治で多くの危機を切り抜け、概して大きな成功をおさめてきました。しかしながら全ての前職と同様に、私は大きなそして特別な危機のもとで、4年という短いですが憲法できめられた期間、いま同じ職につきます。連邦の崩壊では、今まではただの脅威というだけでしたが、現在は恐ろしいことに試みられているのです。

法と憲法をよく検討すれば、私はこれらの州の連邦は恒久的なものであると思います。恒久ということは、例え明記されていなくても、全ての国家の基本法に含まれていることなのです。正式な政府でそれを構成する法律に、自らの終末の条項をもったものはないと断言してよいでしょう。憲法に記述された全ての条項を実施しつづけるなら、連邦は永遠に続くでしょう。憲法に書かれていない条項によらなければ、連邦を解体することは不可能だからです。

再び、もしアメリカ合衆国が正式な政府ではないとして、単なる契約による州の連合体だとしても、契約を結んだ全ての当事者によらないで、契約によって平和裏にそれを無効にすることができるでしょうか? 契約の片方の当事者がそれを侵す、つまり破ることができるのでしょうか、つまり、契約を撤回するには、全ての人の同意がいるのではないでしょうか?

これらの一般論からみれば、われわれは法的に考えて、連邦はその歴史によって永遠に保証されていると思っています。連邦は憲法よりもずっと古いものなのです。事実連邦は、1774年に連合条約によって成立しました。それは1776年の独立宣言によって、完成し引き継がれました。さらに発展して、全ての州が、当時は13の州ですが、明白に誓い約束した信条は1778年の連邦条約により、永遠のものとなりました。そして最終的には1787年に、憲法を規定し制定する宣誓された目的の一つは、「連邦をより完全なものとするため」であることになりました。

しかし、もし一つの州や一部の州により連邦が合法的に解体することが可能なら、連邦は憲法成立以前より不完全なものとなり、不可欠な永遠の要素を失ってしまうことでしょう。

このような観点から、いかなる州も単にその州だけの都合で、合法的に連邦から離脱することはできないということが導かれます。そして離脱する決議や条例は法的に無効です。そしてある州内や、アメリカ合衆国に対する複数の州の暴動は、状況次第では、反乱であり革命ということになります。

従って、私は憲法と法の観点から見て、連邦は壊れないものだと考えます。そして私の力の及ぶ限り、憲法自体がはっきり私に命じたとおり、連邦の法律が全ての州で正確に実施されるように注意をはらいます。これを実施するにあたって、私には単純な義務があるだけだと思っています。そして私は自分の正当な主人である、アメリカの国民が必要な手段をさしひかえたり、高圧的に反対のことを命令したりしなければ、できるかぎりのことを実行しようとしています。私はこれを威嚇とは思っていません、それは憲法上、自ら防護し維持をする明確にされた連邦の目的だと思っています。

これを実施するにあたって、流血や暴力はなんら必要ではありません。そしてそれは政府の権力に強いられないかぎりありえません。私に託された権力は、政府に属する財産や土地をもち、使用し、所有すること、そして税と関税を徴収することに使われることでしょう。しかしこれらの目的に必要と思われることを越えては、いかなる場所の人々に対しても、またそのあいだでも、武力が行使されたり、侵害したりすることはないでしょう。国内のある地域で連邦に対する敵意があまりに大きく一般的で、有能な住民が連邦の職につけないようになっているところでも、これに対して不愉快な部外者を強制するようなことは行いません。法的に厳密に言えば、政府にはこれらの職務の遂行にあたって、権利が存在するかもしれないが、そうする試みは非常にいらいらさせられることでもあり、その上ほとんど実行不可能で、あえてしばらくはそのようなことを控えた方がいいと私は考えています。

郵便は反発がない限り、連邦の全域でサービスを続けましょう。可能な限り、全国の人々に完全に守られている安心感をもたせ、落ち着いて考えたり思い返すことができるようにします。ここで示された方針に、現在の出来事や経験に適切な変更や変化がないかぎり、従います。いかなるケースや緊急事態においても、慎重の上にも慎重に、実際の状況に応じて行動し、国家間のトラブルを平和裏に解決し、兄弟愛と思いやりを回復したいという方針および希望をもちつづけたいと思います。
あちこちの地方に連邦をとにかく解体しようとする人々がいて、どんなごまかしをもするということを私は肯定も否定もしません。でもそんな人がいるとしても、私がなんの言葉をかける必要もないと思います。しかしながら、私が心から連邦を愛する人々にどうして話しかけずにいられるでしょう?

われわれの国家の仕組みが、その利点と伝統と希望にもかからわず崩壊するなどという重大事項にふれる前に、なぜそんなことをしなければならないかを正確に確認したほうがいいでしょう。あなたが避けている災難が実際には存在しない可能性があるとすれば、思い切った手段をとる必要があるのでしょうか? あなたが避ける現実の災難より、向かって行く確かな災難の方が大きいとすれば、それほど恐ろしい過ちのリスクをおかす必要はあるのでしょうか?

もし憲法上の権利が守られていれば、全ての人が連邦に満足していると言うことでしょう。それなら、憲法に明記されているなんらかの権利が否定されているということなのでしょうか? 私はそうは思いません。幸運にも、政党があつかましくもそこまでのことができると考えるようには、人の心はできてないのす。憲法の中で明記されている条項のうち、その一つでも否定されたことがあるか考えてみてください。もし多数派が数の力でもって、少数派の明記された憲法上の権利を奪うとすれば、道徳上の観点からいえば、それは革命を正当化したということになるでしょう。もしその権利が重要なものなら、確実に正当化したことになります。しかしわれわれのケースは、そういう問題ではありません。少数派や個人の全ての重要な権利は、憲法の中ではっきりと肯定と否定、保証と禁止によって明言されているので、その問題にかかわる論争は起こりようがないのです。しかし実際の行政においておこるだろう、全ての問題に個別に適用できる条項をもった基本法をつくることはできません。どんなに先見の明があっても未来は予知できませんし、かなり長いドキュメントでも全てのありうる問題の明白な条項を含むことはできません。労働から逃れた逃亡者が国家によって引き渡されるべきか、州の権力によって引き渡されるべきか? 憲法は明確に語っていません。議会が、準州における奴隷制を禁止できるのでしょうか? 憲法は明確に語っていません。議会は、準州における奴隷制度を保護しなければならないのでしょうか? 憲法は明確に語っていません。

この種の問題から、全ての憲法上の論争が起こるのです。そしてわれわれは多数派と少数派にわかれています。もし少数派が妥協しなければ、多数派が妥協しなければなりません、そうしなければ国家が崩壊します。国家を存続させるためには、どちらかが妥協しなければなりません。その他に道はないのです。もしこんな場合で少数派が妥協するより脱退したら、そんな場合に分裂して破滅する前例をつくってしまいます。多数派がそのような少数派によって支配されるようなことを拒絶すれば、少数派は自ら崩壊してしまうでしょうから。たとえば、現在の連邦が脱退を主張するのと全く同じように、その新しい連邦の一部が1、2年後に勝手に分離しないとなぜいえるのでしょうか? 連邦の崩壊を思うものはみな、今や本気でそうするつもりになっています。

しかし新しい連邦をつくって調和だけを作り出し、再度分裂しないようにするほどの利害の完全な一致が州の間に存在するものでしょうか?

明らかに分裂の中心にある考え方は、無政府主義そのものです。憲法のチェックと制約をうける大多数は、つねに大衆の意見や感想のゆるやかな変化に応じて変化していますが、それこそ自由人の唯一のそして真の統治者です。それを否定するものはだれでも必然的に、無政府主義や専制主義に傾かざるえません。少数派の統治を恒久的な規則にするのは、全く受け入れがたいものです。その結果、多数決の原理を否定すれば、ある種の無政府主義や専制主義しか残されたものはないのです。

私は、憲法の問題は最高裁判所によって決定されるべきであると主張する立場の人もいることを忘れていません。もしくは私は、そのような判決がいかなる事件においても、当事者をそのような訴訟の目的に応じて拘束しなければならないことを否定しません。一方、それらの判決がまた、すべての政府の部門から同様の事件ではいつも、とても尊重され考慮されなければならないでしょう。そしてそのような判決が、ある事件において、明らかに間違いであるとしても、それが与える悪影響はその事件に限定されており、判決がひっくり返されて他の事件の前例とならない場合にも、違った悪い行動よりはましであると言えるでしょう。それと同時に公正な市民は、次のことを認めなければなりません。つまりもし全国民に関わる重要な問題に対する政府の政策が、最高裁判所の判決によって確定し、取り消し不能となるならば、個人的なものごとの関係者間の普通の訴訟で判決が下されると、人々は自身の支配者であることをやめ、その程度までは、実際には政府を最高裁判所の手にゆだねたということになるのです。この見方は、法廷や裁判所を非難しているわけではありません。法廷や裁判所の義務は、正式に持ち込まれた事件を進んで裁くことであって、もし他のものたちがその判決を政治的な目的に転用しようとしても、それは法廷や裁判所の責任とはいえません。

われわれの国のある地方では、奴隷制度が正しいもので、その範囲は広がるべきだと考えられています。一方、他の地方では、それは間違っていてその範囲は広げられるべきではないと考えられています。ここが議論の本質なのです。憲法の逃亡奴隷に関する条項と奴隷貿易を禁止する法律は、それぞれ人々の道徳観がその法律自体を法的な効力がないと考えている社会で施行されてきた法律と同様に、施行されています。これら両方に関して、大多数の人々はただ単に法的な義務に従っているだけであり、そしてほんの少数がそれぞれを破っているのです。私は、これを完全に正すことはできないと思います。そして分離がおきればそれら両方において、事態は以前より悪いことになるでしょう。奴隷貿易は、現在は不完全ながら禁止されていますが、ある地方では結局は制限なしで復活するかもしれません。一方、現在では一部が引き渡されている逃亡奴隷は、全く引き渡されなくなることでしょう。

物理的に、われわれを分離することはできません。われわれは互いにそれぞれの地方を移動するわけにもいきませんし、互いの間に越せない壁をつくることもできません。夫婦なら離婚し、お互いがいないところや手の届かないところに行くこともできるかもしれませんが、しかしわれわれの国の異なる地方はそうするわけにはいきません。このまま、顔と顔を突き合わせているしかないのです。そして友好的であろうが、敵対していようが、交渉をつづけていく必要があります。分離した前より後の方が、より有利で満足のいく交渉ができるでしょうか? 味方同士で法律をつくるよりも、よそもの同士で条約を結ぶほうが容易とでもいうのでしょうか? 味方の間で施行される法律よりも、よそものの間で条約を施行するほうがきちんと守られるのでしょうか? もし戦争に行った場合を想定すれば、常に戦っているわけではありません。そして双方が甚大な被害をうけ、得るものがなくなった後に戦闘が終り、交渉の条件として全く同じ古い問題が再びふりかかってくるのです。

この国は、制度もふくめて、そこに住む人に属するものです。住む人が現在の政府にうんざりすれば、政府を改める憲法上の権利を行使できますし、政府を分割し転覆させる革命的な権利を行使することもできます。私は、多くの立派でわが国を愛する市民が憲法を改正したいと考えている事実を知らないとはいえません。私は改正をすすめるわけではありませんが、この全ての問題に対して当然影響を与える人々の権利が、憲法それ自体に記述されたなんらかの方法で行使されるのを認めたいと思います。私は、現状において、人々が憲法に基づいて行動するような公平な機会のじゃまをするより、むしろそれに賛同するでしょう。あえてつけ加えれば、代表者による方法がよいように私は思います。その方法では、その問題に対して特別に選ばれたわけでもない他の人々が作成した提案に対して賛成、反対を表明する代わりに、人々自身が修正案をだすのです。他の人々の提案は、人々が賛成したり反対するのと正確に同じ提案ではない可能性もあるのです。私は、憲法に対する修正が提案されていることを知っています。その修正は、しかしながら、私はまだ見ていないのですが、議会を通過したということです。その趣旨は、連邦政府は州内の制度に干渉してはならないというもので、それにはサービスをするものの制度もふくまれるということでした。前述したことへの誤解をさけるために、私は特定の修正案についてお話しするつもりはさらさらないのですが、このような条項は現在の憲法に含まれているため、私はそれが明記され、取り消せないものとなることに反対しません。

大統領の権限は国民に由来しています。そして国民は、大統領に州を分割する条件を決めることについては何も委任してきていません。もし国民自身がそうしたければ、自身でやることが可能ですが、大統領には何の関係もないことです。大統領の義務は、任された現在の政府を治めることであり、自分の手で悪くすることなく後継者に引継ぐことなのです。

なぜ国民によって最終的に正義が行われることを、我慢強く信頼しないのでしょうか? 世界にこれ以上あるいはこれに匹敵する希望があるとでもいうのでしょうか? 現在のわれわれの意見の食い違いにおいては、お互いに自分が正しいと信じることがないのでしょうか? 全世界を統治する全能の神が、永遠の真理と正義で、北側か南側の立場に立ったとするならば、その永遠の真理と正義は、アメリカの国民の重い審判による判断で、かならず勝利をおさめることでしょう。

われわれの政府の仕組みでは、公僕にたいして問題となるような権力をほとんど与えていません。そして、同じくらい賢明なことに、そのささやかな権力についてもごく短い時間で自らの手に取り戻すことができます。国民が道徳をもち警戒するなら、どれほど悪意がありばかげた行動を政府がとろうが、4年という限られた時間では政府自体に深刻な影響を与えることはできません。

アメリカ国民のみなさん、落ち着いてよくこの問題全体を考えてください。時間をかけて悪いことはありません。もし決してゆっくり歩むことのない一歩を、あなたがたの誰かが特別いそがせる目的があれば、その目的は時間をかけることによりだめになるかもしれません。ただいい目的は、決してそんなことでだめにはなりません。今現在不満をもつ人は、肝心な点では、古い憲法がその下での法の枠組みを損なうことはなく、一方新しい政府はそうしたくても、憲法も法も直接変更する権限がなかったのです。もし不満をもつ人が論争において正しい側にあることが認められたとしても、行動を急いでいい理由はなにもありません。知性、愛国心、キリスト教、そしてこの恵まれた土地を見放さなかった神への固い信頼が、現在のわれわれ全ての困難を一番良い方法で解決するのです。

不満をいだくわが同朋よ、私の手ではなく、あなた方の手に、内戦の重大な問題はかかっています。政府は、あなたがたを攻撃することはないでしょう。あなた方が攻撃しない限り、紛争はおこらないでしょう。あなたがたは、政府を解体することを天に誓った訳ではありません、その一方私は「政府を保護し、守りそして擁護する」ことを固く誓います。

私は演説を終えるのが残念です。われわれは敵同士ではなく、味方なのです。われわれは敵同士になるべきではありません。感情が高ぶっても、われわれの親愛のきずなを切るべきではないのです。思い出の神秘的な弦が、全ての戦場や愛国者の墓から、この広大な国の全ての生けるものの心と家庭へとのびていて、再び奏でられるとき、統一の音を高らかにならすことだろう。その音は確かに、われわれの本来の姿であるよい天使によって鳴り響くことだろう。

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2001/06/16 リンドン・ジョンソン 大統領就任演説 0.0版

ジョンソンの場合、第何期なんだ? それにしても1963年11月の悲劇っていっても、分からない人はいるんだろうなぁ。英文も公開できるので公開。指摘があったらメールください

リンドン・バーニー・ジョンソン大統領就任演説

1965年1月20日 水曜日

わが同胞たちよ、この時をむかえた。あなたがたと神の目前で行った誓いは私だけのものではなく、われわれのものである。われあれは一つの国であり、一人の国民である。われわれの一つの国としての運命や、一人の国民としての将来は、一人の市民ではなく、全ての市民にかかっているのです。

これこそが権威であり、このときの持つ意味なのです。

全ての世代には、運命があります。世代によっては、歴史がそれを決めました。この世代においては、選択はわれわれ自身が行わねばなりません。

今でさえ、ロケットが火星に向かっています。世界はわれわれが子供の頃、もしくはほんの短い年月でさえ、同じではないことを心に刻みましょう。ここに次に立つ人は、われわれとは異なる景色を見渡すことでしょう。なぜならわれわれのときは変化のときだからです。自然の神秘に匹敵するような急速で大幅な変化であり、国を統合させ、支配と破壊のために新たな武器にきまぐれに手がかかり、古い価値観がゆさぶられ、古いやり方が根絶するような変化なのです。

変化の真っ只中のわれわれの運命は、われわれの変わらない国民性、そしてそれを信じる心にかかっています。

アメリカの誓約

国から追放され、来訪者として、勇敢ではあるけれど恐れを抱きながら、自分が自分であることが可能なところを見つけるために、ここにやってきました。そしてこの土地に誓ったのです。正義を示し、自由が書きこまれ、一致団結し、それは全ての人々の希望をかきたてるものでした。そしてその誓いはまだわれわれを団結させています。もしその約束を守るなら、繁栄が待っていることでしょう。

正義と変化
第一に、正義は、旅をする全ての人が土地からの実りををわけるという約束です。

とても豊かな土地では、家族は希望なき貧困にあえいで生活するべきではない。豊かに実りがある土地では、子供たちは飢えるべきではない。奇跡の回復を行う土地では、隣人はほったらかされ、苦しんで死ぬべきではない。学問と学者の土地では、若い人々は読み書きを教わるべきである。

私が国に仕えてきた30年以上ものあいだ、われわれへの不正、資源の無駄使いがわれわれの本当の敵であると私は信じてきました。30年以上も、私の持てる限りの力全てでです。私は絶えずそれと戦ってきました。私は、それが簡単には降伏しないだろうということを学んできて、知っています。

しかし変化は、われわれに新たな武器を差しだしてくれました。アメリカのこの世代が終る前に、この敵を退却させるだけではなく、根絶しなければなりません。

正義は、われわれにどんな市民であれ同胞を、「彼と私の人種は違う」とか「彼の信仰は、奇妙で違っている」などいう言葉で否定したときは、その瞬間に祖先が作り上げてきたアメリカを裏切っているということを忘れないようにしてくれる。

自由と変化
自由はわれわれの制約の二つ目の項目でした。それは自治を意味しています。それはわれわれの権利章典であり、それ以上のものでもあります。アメリカは、全ての人が自分自身に誇りを持つことができるような場所でなければならない。その才能をのばし、仕事を楽しみ、その隣人の人生や自分の国を尊重する場所でなければならない。

これは、変化と成長が管理や人の判断をこえてまで伸びていくように思われる世界ではより難しくなってきている。われわれは、すべての人々の可能性を拡大できるような知識と環境を提供するべく、働かなければならない。

アメリカの誓約は、われわれに人間の解放の方法を示す助けをするように要請した。そしてそれが今日のわれわれのゴールです。もし国として管理外の部分が大きければ、国民として希望の外に追い出される人がいないようにしよう。

変化は、この古いミッションにも新たな意味付けをしてきた。われわれは二度と再び、孤高を鼻にかけ、傍観することはない。われわれがかつて「外の」と呼んでいた恐ろしい危険とトラブルが、今やわれわれの中に常にある。もしわれわれがほとんど知らないような国々でアメリカ人の生命をなげだし、アメリカの富をばらまかなければならないなら、それは変化が信念や、誓約を長続きさせるために求める代償なのです。

火星に向かっているロケットから、われわれの世界を見ていると考えてみよう。それは子供の地球のようであり、宇宙に漂い、色のついた地図のように大陸がその表面に張り付いている。われわれはみな地球上のほんの点の上で一緒に旅行している仲間なのです。そして一人一人が、仲間と本当に一緒にいる時間はほんの短い時間です。

このようなもろい存在でありながら、お互いに憎みあったり破滅させあうなんて、本当に信じられないことです。他人を支配することをやめようとする人ならみな、自然を支配することができる十分な可能性をもっている。世界はそれぞれの方法で自身の幸福を追求するには、全員に十分なほどである。

われわれの国のたどるコースは非常に明らかです。われわれは他人のものを望んだりしない。われわれは同朋を支配したりしない。しかし暴政や悲惨さについては抑制しなければならない。

しかしそれ以上のことが望まれている。人は公共の事業、自分自身より大きな大義の一部であることを望んでいる。われわれの一人一人は国の目的を前進させるための道、そしてわれわれ自身の新しい目的を見つけなければならない。これなしでは、われわれはよそ者たちの国家になってしまうだろう。

団結と変化
三つ目の項目は団結です。未開の自然に対して、小さく非力だった人々にとって、そこから解放される自由には、団結の力が必要だったのです。2世紀の変化が、再びこれを現実のものとしてきました。

もはや資本家も労働者も、農場労働者も事務員も、街も田舎も、われわれの寛大さを分断しようとするようなものは、もはや必要ない。肩を並べて協力して働くことで、われわれはともに全てに対する寛大さを増すことができる。われわれは全ての学ぶべき子供、全ての仕事を探す大人、一本のろうそくが祭壇に追加されるように病気の人がいて、それら全てが全ての信心深い人の希望を照らすことを知っている。

古い傷口を再び開いたり、古い憎悪を再びかきたてたりするものは、われわれのあいだでは拒絶しよう。かれらは国を探し求める邪魔をしているのだ。

今や理性と信じる心、行動と経験をあわせていこうではないか。そうして、同じ関心をもつ一団から、同じ目的をもつ一団へとかわっていくのだ。衝突なしに進歩をなしとげ、憎悪なし、つまり意見の相違なしに変化をなしとげ、世代間の団結に傷をつける深くつづく溝をつくることなしに、ここでこの時間、この日、この時になしとげるのだ。

アメリカの信仰
この正義、自由そして団結の誓約のもとで、われわれは一つの国を築き上げ、繁栄した、偉大な、そしてすばらしい国を築き上げてきた。そしてわれわれは自由を守ってきた。しかし神とわれわれの偉大さが永遠につづく約束をしてはいない。われわれは神によって、自身の手で汗をかき、精神の力で、偉大さを探し求めることを許されてきたのです。

私は偉大な社会が、秩序だった、変化のない、不毛なありの大群のようなものだとは信じない。それはエキサイトさせる変化である、常に変化していて、試みられていて、調べられ、倒れ、休み、再び試みられて、しかしいつも試みられて、いつも勝ち取っている。

全ての世代で、苦労と涙で、われわれは再びわれわれの権利を得なければならない。

もしわれわれは今失敗すれば、われわれは苦難の時に得たものの多くを失ってしまうことになるだろう。民主主義とは信頼によっていて、自由はそれが与えてくれる以上のものを求めるものであり、神の審判はもっとも気に入られているものほど厳しいものとなるのである。

もしわれわれが成功すれば、それはわれわれがもっているものゆえではなく、われわれが現在こうあるゆえかもしれない。われわれが所有しているものゆえではなく、どちらかといえばわれわれが信じているものゆえ成功するのだろう。

われわれは信じるものの国なのです。抗議の声がつみかさなり日々の仕事に追われるなかで、われわれは正義と自由と団結を信じており、われわれ自身の国を信じている。われわれは全ての人がいつの日か自由になるべきであることを信じている。そしてわれわれは自身を信じている。

われわれの敵はいつも同じミスを犯している。私の人生で、不況のときも戦争のときも、彼らはわれわれが失敗するのを待ち構えている。いつもアメリカの中心の秘密の場所から、信仰がうまれてくる。彼らはそれを見ることが出来ないどころか、想像することさえできないだろう。それがわれわれに勝利をもたらし、それは再び起こるだろう。

それがアメリカがどういうものかということでもあります。横断されたことのない砂漠であり、未登頂の山なのです。手の届かない星であり、耕されていない土地に眠る収穫物なのです。われわれの世界は去ったのでしょうか? われわれは「さようなら」といいましょう。新しい世界が来るのでしょうか? われわれはそれを歓迎しましょう。そしてわれわれは、それを人類が希望するようにしましょう。

公僕を信じる人たち、私に長く曲がりくねった道をついてきてくれた家族や親しい友達、この国そして世界の全ての人たちへ、私は今日1963年の11月の悲しい日に言ったことを繰り返したい。「私は先導する、そしてできる限りのことをするつもりだ」

しかしあなたがたは、自分の心のなかに古い約束とふるい夢を見出さなければならない。それからがとりわけあなたがたを先導してくれるだろう。

私については、私はただ、過去のリーダーの言葉で、こう問うこととしたい。「今、私に知恵と知識をください、私はこの国民の前で政権を下り、また政権を握ります。なぜなら全てを判断できるのは、あなたがた国民だからです、素晴らしいことではないでしょうか?」

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2001/06/15 リチャード・ニクソン 第ニ期大統領就任演説 0.0版

また止まらなくなっちゃった。あとジョンソンで、一応ケネディ以降の全大統領の就任演説がそろうのかな。英文も公開できるので公開。指摘があったらメールください

リチャード・ニクソン第ニ期大統領就任演説   1973年1月20日

副大統領、下院議長、合衆国最高裁判所長官、クック上院議員、アイゼンハワー氏、そしてともに偉大ですばらしいわが祖国を作り上げているアメリカ国民のみなさん。

われわれはこの場所に4年前に集ったとき、アメリカは先行きが暗く、終りがないように思われる海外の戦争の見通しや本国での破壊的な衝突によって意気消沈していた。

この場所に本日集うとき、われわれは世界における新たな平和の時代の入り口にたっています。

われわれの提示されている質問は、「この平和をどのようにしたらよいだろうか?」ということです。われわれが足を踏み入れようとしている時代が、他の戦争後の期間にしばしばそうなったようにはしないようにしよう。つまり、国内には不況をもたらし、海外では新たな危機をまねく、ひきこもりと孤立の状態にならないようにしようではないか。

われわれは次のようにしようではないか。つまり重い責任をしっかり引き受け、そこで一つの国として三世紀目に入ったアメリカの精神と約束を新たなものとしましょう。

ここ数年は、われわれの新たな平和の方針が広範囲に成果をあげるのを見ることができた。われわれの伝統的な交友関係に新たな活力を与えつづけ、北京やモスクワに使節を送ることで、世界中の国々と新たなそしてより長続きする関係の基盤を構築することができるだろう。アメリカの大胆な先導で、1972年は第二次世界大戦以来、世界での恒久的な平和へ向けての最も大きな進歩をなしとげた年として長く記憶されることだろう。

われわれが世界中でもとめる平和は、単に戦争と戦争のあいだといったうすっぺらな平和ではなく、来るべき世代においても持ちこたえるような平和なのです。

アメリカにおいてわれわれが平和を保つようにしなければ、平和になることはありえないでしょう。

アメリカにおいてわれわれが自由を保つようにしなければ、自由になることはありえないでしょう。

われわれは、ここ4年においてわれわれが採用してきた新たな方針の結果としての、新たなアメリカの役割の本質をはっきり理解するようにしましょう。

われわれは、条約による約束を尊重しよう。

われわれは積極的に、いかなる国も武力をもってその意志や規則を他国へおしつける権利をもたないという原則を支持しよう。

われわれは、交渉の時代においても、核兵器を制限することや、その大きな力が直面する危険を減らすようにしよう。

われわれは、世界において平和や自由を守るために貢献しよう。

アメリカが他の全ての国の紛争を自分のものとみなすような時代や、他の全ての国の将来がわれわれの責任であるとするような時代や、もしくは他の国の国民にどうやってそれぞれの問題を解決するかを教えようとするような時代は過ぎ去った。

各々の国がそれぞれの将来を決める権利を尊重しさえすれば、各々の国がそれぞれの将来を手中におさめる責任をもつことを認識できるだろう。

アメリカの役割が世界の平和を保つのには不可欠であり、各々の国の役割がそれぞれの国の平和を保つためには不可欠なのです。

世界の残りの国々とともに、われわれが始めたスタートから前進しようではないか。これほど長いあいだ世界を分断してきた敵意の壁をうちこわし、その場所に理解の橋をかけつづけようではないか。そうすれば、政府の形態の大きな違いはあれども、世界の人々はみな友達になることができるだろう。

世界に弱者が強者と同じように安全である平和な仕組みをつくりあげよう。そのような世界では、お互いが異なるシステムで生きる他人の権利を尊重し、他人に影響を与える人は、武器による力ではなく、アイデアの力でそうすることだろう。

そのような大きな責任を重荷としてではなく、よろこんで引き受けよう。なぜよろこぶかといえば、そのような平和を築き上げるチャンスは、国として関わる最も高貴な努力であるから。なぜよろこぶかといえば、もしわれわれが海外での責任に対処するなかで偉大にふるまいさえすれば、われわれは偉大な国でありつづけるし、もしわれわれが偉大な国でありつづけるなら、本国でのチャレンジに対処するなかでも偉大にふるまうことができるだろうから。

歴史上のいつと比べても、アメリカにおいてよい生活を送るために、われわれは今日より多くのことができるチャンスがあります。よりよい教育、より健康であること、よりよい家、よりよい交通手段、よりきれいな環境、遵法精神をとりもどし、われわれのコミュニティーをより活き活きとしたものとし、そして全てのアメリカ人に神によって与えられた、完全かつ平等な機会の権利を保障するように。

われわれが必要とするものの範囲はあまりに広く、われわれの機会の及ぶ範囲はあまりに大きいので、これらの必要に新しい方法で対処する決意を大胆にしよう。

ちょうど海外において平和を築き上げるには、失敗した古い政策を転換することが必要であるように、本国における新しい進歩の時代を築くには、失敗してきた古い政策を転換することが必要なのです。

海外においては、古い政策から新しい政策へのシフトはわれわれの責任の放棄ではない。しかしよりよい道は平和なのです。

そして本国では、古い政策から新しい政策へのシフトもまたわれわれの責任の放棄ではない。しかしよりよい道は進歩なのです。

海外においても本国においても、これらの新しい責任の鍵は、責任の所在と分割にある。われわれはあまりに長い間、全ての権力と責任をワシントンに集中する試みの結果のもとで生きてきた。

海外においても本国においても、温情主義を見下すような、「ワシントンが一番よくしっている」式の政策から転換するときがきたのです。

人は責任をもっているときのみ、責任をもって行動することが望めるのです。それが人間の本質です。本国でも海外の国々でも、より自分のために行動するように、より自分のために決断するように個々の人を励ましましょう。より多くの場所で責任を分担しよう。他人のために何をしようとしているかを、自分のために何をしようとしたかで判断しよう。

それが今日、私がどんな問題に対しても純粋に政府だけで解決できるものはないと言っている理由だ。われわれは、あまりに長いあいだ間違った約束をしてきたのだ。あまりに政府を信頼しすぎていて、われわれは提供できる以上のものを求めていたのだ。これは思い上がった慢心につながるだけであり、個人の努力を少なくし、政府ができることと人々ができることの信頼を損なう失望と不満につながったのである。

政府は、人々がより自身のために働くように、人々から取る分を少なくしなければならないということを学ばなければならない。

アメリカは政府によってではなく、人々によって成り立っていることを思い出して欲しい。富でなく、労働で、責任を回避することでなく責任を引き受けることで成り立っていることを。

われわれが直面しているチャレンジにおいて、われわれ一人一人はどうやって政府が助けてくれるかではなく、自分が何をできるかをまさに問おうではないか?

あなたの国の政府は、果たすべき大きく重要な役割をもっている。そして政府が活動しようとするところでは、われわれは大胆に行動し先導することを、私はあなたがたに誓おう。しかしわれわれそれぞれ、そして全員の果たす、個人として、そしてコミュニティのメンバーとしての役割が重要なのです。

この日から先、われわれ一人一人は自分の心に真剣にかかわろう。責任をはたし、自分の役割を担い、理想に生き、そしてともにわれわれはアメリカの新しい時代の進歩が低下しているのをみて、そしてともに一つの国として誕生200年を祝いながら、われわれは自身と世界に対する約束の実行を誇りをもって行おう。

アメリカのもっとも長く、もっとも困難な戦争が終結するとき、再びただ礼儀正しいことと上品であることの違いについて議論できるようにしよう。そしてわれわれ一人一人が、一つの高い価値をもつ政府では提供できないものへと手を伸ばそう。それはつまり、お互いへの権利や感情を新しいレベルで尊重すること、全てのアメリカ人の生まれながらの権利である、個人の人間の尊厳を新しいレベルで尊重することです。

その他になによりも、われわれ自身やアメリカを信じる気持ちを新たにする時が来たのです。

近年では、その信念は挑戦をうけてきています。われわれの子供は自分の国を恥ずかしく、自分の両親を恥ずかしく、アメリカの本国や世界での役割を恥ずかしく思うように教育されているのです。

あらゆる場面で、われわれはアメリカに関わることは全て間違っていて、正しいことはほとんどないという人々に責められてきた。しかし私は自信をもって、これはわれわれが生きることを許されたすばらしい時代において、歴史が下した評価ではないと言える。

アメリカのこの世紀での経歴は、世界の歴史のなかでも、責任の点でも、寛大さの点でも、創造性の点でも、進歩の点でも比類なきものであった。

われわれのシステムが、世界の歴史上の他のどのシステムよりもより多くの自由や富を生みだして供給し、より広範に共有してきたことを誇ろうではないか。

われわれは今世紀に参加した4つの戦争それぞれにおいて、そこにはわれわれが現在終結させようとしている一つを含むが、われわれは自国の利益のみのために戦ったのではなく、他の国の侵略行為に対抗するのを助けるために戦ってきたことを誇ろうではないか。

われわれの大胆で新しいイニシアチブや、平和への礼を失わない確固たる意思によって、世界がかつて知っていたような、われわれの時代ではなくこれからの時代に続く、平和の構造を作りあげることにおいてブレイクスルーをおこしてきた。

われわれは今日ここで、いかなる国や世代が直面したよりも、偉大な挑戦を提供する時代へと足をふみ入れている。

われわれは、神や、歴史や、良心にわれわれがここ数年に使ってきた方法で答えよう。私はこの場所に立っていて、思うに私の前にこの場所に立ってきた他の人たちと同様に、歴史によって神聖なものとされている。そして私は、かれらがアメリカに抱いた夢について考え、そして一人一人がその夢をかなえるために、どれほどすっかり自分を忘れて助けを必要としたか認識していたかを私は考える。

今日、私はこれから何年もアメリカにとって、正しいことを決めるために神の助けがあるようにあなた方に祈って欲しい。そして私はともにわれわれの挑戦に値するようにあなたの助けを祈りたい。

ともにこれからの4年を、アメリカの歴史上もっともよい4年とするように誓おうではないか、そうすればアメリカの200年の誕生日には、生まれたときと同じくらい若く活力に満ちていることだろう。そして、全世界の希望のかがり火くらい明るいことだろう。

ここから希望を信じて、お互いを強く信じて前進しよう。われわれを創造した神を信じることに支えられ、いつも神の意志に仕えるために努力しながら。

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2001/06/15 リチャード・ニクソン 第一期大統領就任演説 0.0版

大統領就任演説も片付けますか、あと2つ。英文も公開できるので公開。指摘があったらメールください

リチャード・ニクソン第一期大統領就任演説   1969年1月20日

ダークセン上院議員、合衆国最高裁判所長官、副大統領、ジョンソン大統領、ハンフリー副大統領、そしてアメリカ国民のみなさん、そして世界中の国々のみなさん。

私はあなたがたに今日、この荘厳な時を私と共有することをお願いしたい。整然とした権力の委譲において、われわれに自由をもたらす団結を祝いましょう。

歴史上のどの瞬間も、うつろい行き、かけがえがなく、同じ時は二度とはもどってきません。しかし始まりとして突出している時もあり、そのような時に、何十年、何世紀ものわれわれの針路が決まるのです。

今がまさしくそのような時です。

人類の多くの人のもっとも深い願いがついに実現するという希望が、初めてかなう方向に力が集結しつつあります。急速な変化はわれわれが生きている間に、かつてだったら何世紀もかかったことだろう進歩をこの目でみることを可能にしました。

宇宙の果てをひろげて来たわれわれは、地上において新たな地平線を見つけ出しましょう。

世界の人々が平和をもとめ、世界のリーダーたちが戦争を恐れ、その結果、歴史上はじめて時代が平和を支持しているのです。

今から8年後、アメリカは国として200年の記念を祝うことになります。ほとんどの人が生きているあいだに、人類は1000年に一度しかない新しい年、3回目のミレニアムの初めを祝うことになるでしょう。

われわれがどのような国になるのか、われわれがどのような世界に生きるのか、われわれが希望するような未来を築けるかどうかは、あくまでわれわれの行動と選択によるのです。

歴史が捧げる一番の名誉は、平和への調停者の称号でしょう。この名誉は、現在アメリカに手招きをしています。世界がとうとう動乱の谷から抜け出して、人類が文明の夜明けから夢見てきた平和な高台へと至る機会があるのです。

もしわれわれが成功すれば、来たる世代は、われわれが時を支配し、人類にとって世界が平和になるのを助けたと語ることでしょう。

これがわれわれの偉大さへの呼びかけです。

わたしは、アメリカ国民がその呼びかけへ答える準備ができていると信じています。

この世紀の2/3は、誇るべき成果をあげたときでした。われわれは科学、産業、農業において大きな発展をなしとげました。われわれは今までより、広範囲に富を分配しなければなりません。われわれはとうとう、現代の経済がたえまなく発展するように管理することを学んできました。

われわれは、自由に新たな広がりをもたらしてきました。そして白人だけでなく黒人に対しても、その約束を実現しはじめてきています。

われわれは、将来の希望を今日の若者にみることができます。私はアメリカの若者をよく知っているし、信じています。われわれは、歴史上のどの世代とくらべても若者が十分に教育をうけ、よりかかわりをもたれ、良心によって積極的に行動することを誇ることができるのです。

歴史上これほど公正で豊かな社会を築き上げること、もしくはこれほどそうする意思をもったことに近づいたときはありません。われわれの力は強大ですが、また弱さを率直に評価し、希望をもってその弱さをとりあげることができるのです。

1/3世紀近く前に同じ場所に立ち、フランクリン・デラノ・ルーズベルトは不況に打ちひしがれ、恐怖にとらわれていた国民に演説をしました。国難をきりぬけるためにこう言ったのです。「神に感謝します、それは物質にかかわることだけなのです」

われわれの今日の危機は、その逆なのです。

われわれは物質的には豊かになったが、精神においてはみじめなものです。かなりの正確さでもって月に到着できるのに、地球上の騒々しい争いに巻き込まれているのです。

われわれは平和を望みながら、戦争に足をすくわれています。われわれは団結を望みながら、分離しています。われわれは充実した人生を望みながら、自らのまわりで空虚な人生を目にしています。われわれは、他人が助けてくれるのを待ちながら、するべき仕事をただ見ているだけなのです。

精神の危機に対しては、精神でもってこたえる必要があります。

その答えをみつけるためには、われわれは自身をみつめなければなりません。

われわれが「われわれ自身のよいほうの天使」に耳をかたむければ、善良さ、礼儀正しさ、愛、やさしさなど簡潔なこと、基本的なことを祝福するのがわかるでしょう。

偉大さは、簡潔なもののなかにあるのです。

もしわれわれが自身を引き裂いているものを乗り越え、団結するものとして強固になろうとすれば、簡潔なことが今日もっとも必要とされているのです。

われわれの不満の声を小さくするのも、簡潔なものでしょう。

ここ数年の苦境にあって、アメリカは議論に苦しんできました。思い上がった美辞麗句で出来る以上のことを約束し、怒りにみちた言葉で不満を憎悪にかきたてました。そして大げさな言葉で、行動をうながす代わりに気取ったポースをとらせてきたのです。

われわれはお互いにどなりあうことをやめるまでは、お互いから学ぶことはできません。われわれが自身の声だけではなく、議論を聞き取れるほどに落ちついて話すまではです。

その点については、政府は耳を傾けます。われわれは新しい方法で、耳を傾けようと努力していきます。静かなる怒りの声や、口論ではない声や、心の声や、傷ついたものの声や、不安な声や、人に聞かれることをあきらめてしまった声に耳を傾けます。

疎外されてきた人たちへも、われわれは参加するようにうながしたい。

取り残された人たちへも、われわれは追いつくように助けたい。

全ての人たちへ、われわれはゴールとして、進歩を可能とし、安全な生活を送れるようにするふさわしい状態を整えたい。

われわれの希望へと近づいていくために、われわれのすることは、以前になくなったものの上に築き上げることです。古いものから遠ざかるのではなく、新しいものへと向かって行くことである。

この1/3世紀には、歴史上のどのときよりも政府はたくさんの法律を成立させ、多くの費用をつかい、多くのプログラムをはじめてきました。

完全雇用、よりよい住宅、すばらしい教育のゴールを追い求めましょう。都市を再生させ、地方の生活も改善しましょう。環境を守り、生活の質を向上させましょう。これらすべてや、より多くの分野で、われわれは急いで前進しなければならない。

われわれは、海外の戦争での破壊から本国で本当に必要なものへと、われわれの富が移転できるときに備えなければならない。

アメリカン・ドリームは、眠りほうけているものには実現することはできない。

しかしわれわれは、政府が単独でできることの限界に近づきつつある。

われわれの現在の一番の要求は、政府以上のところへ達することである、多くの人が関心をもち、関わっていくようにしたいということである。

しなければならないことは、政府と国民がともに取り組まなければならない。そうでなければ、それは全くなしとげることはできないだろう。過去の苦悩の教訓は、国民の助けがなければ、われわれはなにもできないが、国民の助けがあればわれわれは何でもできるということである。

われわれの偉大な仕事につり合うように、われわれには人々の力が必要なのである。大事業だけではなく、こういう小さなすばらしい努力にも参加するような人々の力が。その小さなすばらしい努力とは、全国的な雑誌のかわりに、地方紙のヘッドラインをかざるようなものである。

これらをもって、われわれは偉大な精神の伽藍を作り上げようとしている。われわれ一人一人が、一度に一つの石を、つまり隣人に手をさしのべたり、助けたり、ケアしたり、なにかをしたりすることをつみあげることで、作り上げるのです。

私は平凡で安穏とした人生について、話しているわけではない。私は、残酷で犠牲に満ちた人生を求めているわけでもない。私はあなたがたに、思い切った冒険に加わらないかと頼んでいるのです。その冒険は、人類愛と同じくらい豊かなもので、われわれが生きている時と同じくらい興奮させるものである。

自由の本質とは、われわれ一人一人が自分自身の運命を形づくることに加わるということです。

自分より大きな大義の一部分でなければ、その人は決して本当に完全とはいえないのです。

成し遂げるには、われわれの才能を利用しなければなりません。われわれは、才能の利用を促進する精神の高潔さを持つようにしよう。

われわれがなしとげられることを評価するために、われわれは出来るとわかっていることだけを約束しよう。ただ目的の大まかな計画をえがき、夢をみることによりわれわれの気分は高揚するだろう。

誰一人、隣人が自由でないあいだは、完全に自由とはいえない。完全に前進するということは、ともに前進することである。

これは、白人と黒人が二つではなく一つの国として手をとりあうことも意味している。法律がわれわれの良心に追いついてくるのです。残っているのは、法律の中にあるものに生命をふきこむことです。それは最終的には、神の前で尊厳において生まれながらにして平等であると同時に、人の世でも尊厳において生まれながらに平等であることを保証することなのです。

われわれが本国においてともに前進するということを学べば、全人類においても、ともに前進することを模索できるでしょう。

これをわれわれの目的としよう。平和がないところで、平和が歓迎されるようにしよう。平和がもろいところで、平和を強固なものとしよう。平和が一時的なところで、平和が永遠のものとしよう。

対決のときをへて、われわれは交渉のときを迎えている。

全ての国々にこの政権下では、われわれとのコミュニケーションの扉は開かれていることを知らせよう。

われわれは開かれた世界を求めている。アイデアや、物や人の交流に開かれている世界を、つまり全ての人が、数の多少にかかわらず、怒りにみちた孤立のなかで人生を送ることがない世界を。

われわれは全ての人が味方になることを望むわけではない、ただしわれわれは敵を一人もいないようにすることはできる。

われわれの敵になるような相手に対しては、われわれは平和な競争をすすめたい。領土を侵攻したり、支配を拡張したりすることなく、人々の生活を豊かにするような競争を。

われわれが宇宙の開拓をすすめれば、新しい世界へともに行くこととなる。それは征服する新世界ではなく、共有できる新しい冒険となる。

一緒に加わろうとするものとともに、平和を確かなものとするために、貧しいものと飢えるものを救うために、われわれは協力して武器を削減しよう。

弱さに誘惑されるすべての人に対しては、われわれが必要とされるかぎりは、必要とされるだけ強くあることを疑わせないようにしよう。

ここ20年間、私は新人下院議員としてこの首都にはじめてやってきたときから、世界中の国々のほとんどを来訪してきた。

私は世界のリーダーのほとんどと面識がある。そして世界を分断している戦力も、憎悪も恐怖も経験してきた。

私は、平和がそれを望むだけでは到来しないことを知っている。何日もいや何年もがまんしたり続いている悲劇には、代替するものがないということを私は知っている。

私はまた世界中の人々を知っている。

私は飢えた小さい子供を見たこともあるし、戦闘で傷ついた人の苦しみや息子を亡くした母親の悲しみを見たこともある。そこには、イデオロギーも人種もなんの関係もない。

私はアメリカを知っている。私は、アメリカの本質がよいものであることを知っている。

私は自分の心の底から、そして私の国の心底から、われわれが苦しむものや悲しむものに抱いている深い関心について話している。

私は今日、神と国民の前で、アメリカ合衆国を支持し守る誓いをたてました。この誓いに私は神聖な宣言をつけくわえたいと思います。私が事務所と、全精力と私がもつ全ての知恵を、国々のあいだの平和の大義へとささげるということを。

強いものも弱いものも同じように、このメッセージを聞いて欲しい。

われわれが勝ち取ろうとしている平和は、他の人々への勝利ではない。「その羽を癒す」平和である。苦しんでいるものへの同情をいだき、われわれと対立してきたものへの理解を示し、世界中の人々に自分自身の運命の選択をできる機会をもたらす平和なのです。

たった数週間前に、われわれは神がみた人類の最初の光の栄光を共有しました。つまり暗闇で光を反射する唯一の球体をみたのです。

アポロ号の宇宙飛行士が、月の灰色の表面をクリスマス・イブに飛んだとき、宇宙飛行士たちはわれわれに地球の美しさについて語った。そしてその声は月との距離があるにもかかわらず明瞭で、それを聞くと神の地球への美しさへの祝福をわれわれに思いおこさせた。

その瞬間に月からみた景色が、詩人のアーチバルド・マックレイシュを感動させ、こう書かせている。

「ありのままの地球をみると、永遠の沈黙のなかで浮遊し、小さくて青く美しく、われわれはともに地球の上に乗っているのであり、永遠の冷たさの中での暖かいすばらしい兄弟であり、今や本当に兄弟であることを知っている兄弟であることがわかるのだ」

すばらしい技術的な勝利のときに、人類はその目を自分の国と人類にむけなければならない。そこには地球での人類の運命は、分割できないという考えをみることができる。そして、われわれに宇宙のどこまで到達しても、われわれの運命は星々にではなく、地球、つまりわれわれの手の中、われわれの心の中にあるのだということを教えてくれる。

われわれは、アメリカの精神における長い夜を耐えてきた。しかしわれわれの目は夜明けの最初の光がかすんでいるのを捕らえている。残りの暗さをのろうのはやめよう。光をあつめようではないか。

われわれの運命は、絶望のコップではなく、機会の聖杯をさしだしている。われわれは恐怖ではなく、喜びのなかでその聖杯をつかもう。そして「ともに地球の乗り手であろう」、前進しよう、信念をかたくもち、目的をしっかりさせ、危険に注意しよう。しかし神の意志と人類の約束に信頼をおくことで、われわれは励まされているのである。

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2001/06/12 第六部 ジョン・シルバー 第三十四章 結末 0.0版

半年がかりでようやく終わり。英文を公開できるので公開。指摘があったらメールください。

34.結末

次の朝、僕らは朝早くから仕事にとりかかった。この巨万の富を一マイル近くも浜まで運んでいき、3マイルほどもボートでヒスパニオーラ号まで運ぶのは、こんな少人数では手に余るほどの大仕事だったのだ。まだ島をうろついている3人には、大して困らなかった。山の肩のところで一人見張りをたてておけば、ふいうちに対しては十分だったし、僕らはその上やつらも闘うのにはこりごりしていると思っていた。

そうして作業はてきぱきと進められた。グレーとベン・ガンはボートで行き来をし、残りのものは2人がいないうちに浜に宝物を積み上げた。2本の延べ棒が一本のロープの両端にぶらさげて、成人一人としてじゅうぶんな荷物だった。ただそれをもってゆっくりと歩くのは、この上なくうれしい仕事だった。僕は運ぶのには役にたたないので、一日中洞窟にいて、金貨をパン袋につめこんでいた。

めずらしいコレクションで、ビリー・ボーンズの箱と同じくらいさまざまな種類のものがあった。でもずっと量があり、もっと種類があったので、それを仕分けするのはとても楽しい作業だと僕はおもった。イギリス、フランス、スペイン、ポルトガル、ジョージ、ルイ、ダブルーン、ダブル・ギニーそしてモイドー、セクゥインなどさまざまな金貨があり、ヨーロッパのここ100年のありとあらゆる王様の肖像を目にすることができた。糸のたばやクモの巣のような模様のついた、風変わりな東洋の硬貨もあり、丸い硬貨も四角い硬貨も、まるで首にでもかけるように真ん中に穴のあいた硬貨もあった。僕が思うには、世界中のありとあらゆる種類の金貨がここにあった。数はといえば、確かに秋の木の葉ほどもあって、僕の背中はかがんで痛くなり、僕の手は仕分けでずきずきいたんだ。

次の日も次の日も、この仕事は続いた。毎夕、ひと財産が船に積み込まれていたが、次の日はまたひと財産が控えているといったぐあいだった。そしてこのあいだ中、僕らは生き残った3人の反逆者の消息を耳にしなかった。

とうとう、たぶん3日目の晩だったと思う、先生と僕は山の肩のところで散歩をしていたら、そこからは島の低地をみわたせるのだが、風がぼくらのところに悲鳴のような歌っているような声を運んできた。僕らの耳に届いたのは断片で、すぐに静寂があたりをつつんだ。

「神のお許しを」先生は言った。「あの反逆者たちにも」

「よっぱらってるんでさぁ」シルバーは、僕らの後ろから声をかけた。

シルバーは、言っておかなければならないが、全く自由にふるまうことを許された。そして日々の冷たい扱いにもかかわらず、まるで特権を与えられた親しい召使のように、再びふるまっていた。実際、やつがどのようにして冷淡な扱いに耐え、みんなに気に入られようとしてうんざりもせず丁寧なふるまいをしたかは、注目に値するほどだ。でも僕が思うには、だれもシルバーを犬ほどにも扱わなかった。でもベン・ガンは別で、昔の操舵手をひどく恐れていた。それから僕もシルバーには借りがあったのだ。でもその件については、僕が思うにだれよりも悪く思ってももっともだったとも思う。なぜなら、シルバーが高原であらたな裏切りに思いをはせていたのを見たからである。従って、先生がシルバーにかなりそっけなく答えたのも無理はなかった。

「酔っ払ってるのか、気でもくるったのかだな」先生は言った。

「そうでしょうな」シルバーは答えた。「関係ないですがね、わしにも先生がたにも」

「おまえは、私に人間らしいなんて言ってもらおうとしてるんじゃないだろうな」先生はあざ笑いながら答えた。「でも私の気持ちを聞いたらおどろくぞ、シルバー船長。もしやつらが本当に気が狂ってるなら、私は確かにあのうちの少なくとも一人は熱病にかかってるんだから、キャンプを離れ、私の体にどんなに危険があろうとも、私の技術を役立てねばならんな」

「どうか、先生、ぜんぜん間違っています」シルバーは口をはさんだ。「大事な命をなくしたくはないでしょう、確かに。わしはいま先生の味方です、すっかりね。そんでわしは味方がやっつけられるのはみたくありませんや。ほっときなさい、どれだけわしが先生にお世話になったかわかってますから。でもあそこにいるあいつらは、約束をまもれねぇんですよ。ぜんぜん。守りたくても守れねぇんですから。それにくわえて、先生が約束を守ることも信じられねぇんですよ」

「そうだろう」先生は言った。「おまえは約束をまもる男だよ。それはわかってる」

さて、それが3人の海賊の最後の消息だった。

それが、その3人の海賊のことを聞いた最後だった。たった一度銃を撃つ音がはるか遠くで聞こえ、狩りでもしているのかと思われた。みんなで相談して、やつらをこの島に置き去りにすることが決まった。あえて言っておけば、ベン・ガンは大喜びで、そしてグレーも大賛成だった。僕らは十分な食料と火薬と銃弾、そして塩漬けのやぎの大半と、いくらかの薬とそしてその他の生活必需品、道具や服や、予備の帆や一、二尋のロープ、先生の特別な計らいで、タバコまでも置いてやったのだ。

これが、僕らがこの島で最後にやったことだった。その前に僕らは船に宝物をぎっしりつめこんで、水をたくさんと危機に備えてやぎの肉の残りをつみこんだ。そしてとうとう、ある晴れた朝に、錨をあげて、僕らはそうするばかりになっていたのだ。そして防御柵で戦ったときに船長がかかげたのと同じ旗をかかげて、北浦から出発した。

3人の男たちは、僕らが思ってたよりずっと近くで僕らの行動を見守っていたらしい。狭い水路を通って、僕らが南の先端のすぐ近くを通らなければならないとき、僕らは3人の男が一緒に砂地にひざまずいて、哀願のしるしに両手をあげているのが見てとれた。3人をこんな哀れな島においていくなんて考えると、僕らみんなの胸をうった。でも僕らは、また反逆の危険をおかすわけにもいかなかった。そしてやつらを本国につれてかえって絞首刑にするのも、やさしさの裏返しであるようにも思われた。先生はやつらによびかけて、僕らが残したものと、どこに行けば見つかるかを伝えた。でも3人は僕らの名前をよび、神に誓って、慈悲をかけ、置き去りにしてこんなところで死なないようにと嘆願した。

とうとう、船は進みつづけ、すぐには声が聞こえないところまでは行くと、僕はだれだかはわからないが、三人のうちの一人が叫び声をあげて立ちあがり、マスケット銃を肩に担いで発砲した。その銃弾はシルバーの頭をかすめてメインの帆を貫通した。

その後、僕らは舷側に隠れていたが、次に外を見たときは、やつらは岬から姿を消していた。そしてその岬もだんだん遠くなり、視界の外に消えた。とにかく、それが最後だった。昼前には、僕がとてもうれしかったことに宝島の一番高いところの岩でさえ、青い海の中へと消えて行った。

僕らは人手が足りなかったので、全員が手を動かさなければならなかった。ただ船長だけが船尾のベットにねて、指令を出した。ずいぶん回復はしていたが、安静が必要だったのだ。僕らは船を近くのスペイン領アメリカの港にむけた。というのも本国まで、人手がなく帰る危険を犯したくなかったからである。そうしたので、風がじゃまするは、二度の突風がふくわで、僕らは着く前にすっかり疲れ果ててしまった。

僕らがもっとも美しい陸に囲まれた湾に錨を下ろしたのは、ちょうど日が沈むころだった。そしてすぐに黒人やメキシコ系インディアンやその混血がのった伴舟が周りをとりかこみ、果物や野菜を売り、わずかな金をもとめて殺到した。そんなに快活な顔(特に黒人の)にかこまれ、トロピカルフルーツを食べ、なにより街の明かりが照らしているのは、僕らの闇と血でにいろどられたあの島での滞在ともっとも対照をなしていた。そして先生と大地主さんは、僕を一緒につれて、夜の早いうちを岸で過ごすため上陸した。そこで2人はイギリスの戦艦の船長に出会い、意気投合し、戦艦に招待された。そしてつまり、あんまり楽しいときを過ごしたので、僕らがヒスパニオーラ号に帰ってきたときには夜が明けていた。

ベン・ガンは、甲板で一人きりだった。僕らが帰ってくるとすぐに、ひどく当惑したようすで、僕らにこう告白した。シルバーが逃げたと。ベン・ガンは、シルバーが二、三時間前に伴舟で逃げ出したのを見て見ぬふりをしたのだった。そして僕らに、あなたがたの命を救うためにそうしたのだと言ったのだ。もし片足のあの男がこのまま船上にいたら、いずれ命が危うくなったのは確かだというのだ。でもそれだけではなかった。料理番はなにももたずに逃げ出したわけではなかったのだ。やつはこっそり船の隔壁をこわし、硬貨のつまった袋を一つとりだして、たぶん3、400ギニー相当だろう、行きがけの駄賃としたのだ。

これだけで厄介払いできたら安いもので、みな大喜びした。

さて、話をはしょれば、いくにんかの人手を雇い入れ、本国まで快適な旅をした。ヒスパニオーラ号はブランドリー氏がちょうど迎え船を出そうと考えていたときに、ブリストルに到着した。出航して、ともに帰還したのはたった5人だった。まったく確かに「酒をくらって悪魔が残りを片付けた」のだが、僕らはやつらが歌った他の船ほどひどいことにはならなかったわけだ。

75人で船出をしたが、
生きて帰ったのはたった一人

僕らはみな宝物を応分に分配した。そしてそれぞれの気の向くままに、賢くつかったものも、愚かに浪費したものもいた。スモレット船長は引退した。グレーはその金を貯めたばかりでなく一念発起して、偉くなろうと努めて、職にまい進した。そしていまや副船長となり、完全帆装の船の持ち主で、その上結婚しており、一家の主人となっていた。ベン・ガンといえば、1000ポンドをもらったが、3週間もしないうちに使い果たし、いやもっと正確にいえば19日で使い果たしたのだ。というのも20日目には、金をもらいに戻ってきたのだから。それから小屋の見張りの仕事をもらい、まさに島で案じたとおりとなった。まだ健在で、多少ばかにはされているが子供たちにはおおいに好かれ、日曜や祝日には教会ですばらしい歌を披露している。

シルバーについては、何もしらない。あの恐るべき一本足の船員は、とうとう僕の人生からはすっかり姿を消してしまった、でもあえていえば、シルバーは年とった黒人の妻と落ち合って、鸚鵡のフリント船長といっしょに楽しく過ごしていることだと思う。どうか、そうあってほしいものだ。というのもシルバーがあの世で楽しく過ごせる見込みは、きわめて少ないのだから。

銀の延べ棒や武器は、まだフリントが埋めたところに埋まっているのだろう、とはいうものの、僕はどうなっているかは知らない。確かにそこにあるかどうかは、僕の知ったことではない。牛と荷馬車のロープで引かれようとも、僕はあののろわれた島へ二度と行こうとは思わない。そして僕がみる最悪の夢は、あの島の岸にうちよせる波の音を聞くときか、寝床からあのするどいフリント船長の鳴き声が耳に響いて飛び起きるときである。「八分銀貨! 八分銀貨!」

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2001/06/11 第六部 ジョン・シルバー 第三十三章 かしらの没落 0.0版

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33.かしらの没落

こんな番くるわせがこの世にあるだろうか。6人の男は全員、まるでなぐられでもしたかのようだった。ただシルバーは、すぐさまその打撃から立ち直った。それまでは競走馬のようにシルバーの全ての関心は、あの黄金に注がれていた。でもそれは一瞬にしてぴたりと止んだのだ。そして冷静に気をとりなおし、他のやつらががっかりしていることを自覚する余裕も与えずに、自分の計画を変更した。

「ジム」シルバーはささやいた。「これをもっとけ、何かあったときのための備えだ」

シルバーは、二丁拳銃を僕にわたしてくれた。

同時にしずかに北の方に二、三歩あるいていき、ぼくら2人が穴をはさんで他の5人と向かい合うようにした。それから僕を見てうなずき、まるで「やっかいなことだな」とでもいうようだったが、僕もちょうど同じ事を考えていた。もうシルバーの顔つきは、やつらの味方のものとはいえなかった。僕はたえず寝返りをするのに腹をたて、こうささやかずにはいられなかった。「また寝返ったんだ」

シルバーには答える余裕はなかった。海賊たちはどなったりののしりながら、次から次へと穴の中に飛び込み、手で掘り始めたのだ。掘るときには板をわきにどけた。モーガンが金貨を一枚見つけた。モーガンはそれを大きな声で悪態をつきながら、上にかかげた。それは2ギニー金貨で、やつらは15秒ほど、それを次から次へと手渡した。

「2ギニーだと!」メリーは、それをシルバーに向かってふりながらほえた。「これがおまえのいう70万ポンドか? おまえは取引がうめぇんじゃなかったのか? なに一つへましたことがないって、この唐変木が!」

「こぞうども、掘ってみろよ」シルバーはごうまんに冷たくいいはなった。「くるみでも見つかるんじゃねぇか、わしは知らんがな」

「くるみだと!」メリーは金切り声で叫んだ。「やろうども、聞いたか? いっとくぞ、やつは先刻ご承知だったんだ。やつの顔をみろ、そこに書いてあるじゃねぇか」

「なんだって、メリー」シルバーは言った。「また船長を目指すのかい? ずうずうしいやろうだよ、まったく」

でも今回は全員メリーの味方だった。後ろ姿でも怒りの面持ちで、穴からはいはがりはじめたが、僕は一つこちらに好都合なことに気づいていた。全員シルバーと反対の方向に登って行ったのだ。

そして僕らは片方に2人、もう片方に5人、穴をはさんで立っていた。だれも口火をきるほど勇気があるものはおらず、シルバーは身動き一つしなかった。シルバーは松葉杖をつき直立して、やつらを見つめた。僕が見た中で一番落ち着いているようにみえた。シルバーは勇気のある男だった、間違いなく。

とうとう、メリーが何か話した方がいいと思ったようだった。

「ものども」メリーは言った。「やつらはたった二人きりだぞ。一人はおれたちをこんなとこまで連れてきて、大失敗させたやろうだ。もう一人はおれが心臓をつかみ出してやりたい若造だ。さあ、やろうども」

声をあげ、手をあげて突撃をしようとしたそのときに、バン、バン、バンと3発のマスケット銃の銃弾がしげみから放たれた。メリーは頭から穴に転げ落ち、頭に包帯をした男はコマみたいにくるくるっとまわって横向きに倒れて死んだが、体はぴくぴくひきつっていた。そして他の三人はきびすをかえし、全速力でにげだした。

瞬きする間もなく、ロング・ジョンはピストルを2発もがき苦しむメリーへ撃ちこみ、やつが最後の苦悶でジョンをにらみつけると、「ジョージ」とジョンは言った。「わしがとどめをさしたぞ」

同時に、先生、グレー、そしてベン・ガンがまだ煙のでているマスケット銃をもち、ナツメグの木々のあいだからでてきて、僕らと合流した。

「前進!」先生はさけんだ。「全速力だ、みんな。ボートへの退路を断たなきゃならん」

そして僕らは大急ぎでかけだした、ときどき胸まであるようなやぶを突っ切っていった。

僕は言っておこう。シルバーは僕らについてこようとしていた。シルバーがやり遂げたことといったら、松葉杖で胸の筋肉が裂けよとばかりに走り、頑強な男でさえかなわないくらいだった。これには先生も同意見だった。そうして、シルバーはすでに僕らの30ヤード後ろにいて、僕らが坂の頂上についたときには、息も切れそうだった。

「先生」やつは叫んだ。「あれを見てください! 急ぐこたぁないですよ!」

確かに急ぐ必要はなかったのだ。高原のより開けた場所で、僕らは三人の生き残りがまだ始めと同じ方向で後マスト山に向かってまっすぐ走っているのが見えたからだ。僕らはすでに、やつらとボートの間にいた。そして僕ら4人は座って一息つき、その間にロング・ジョンが、汗をぬぐいながら、ゆっくり僕らに追いついてきた。

「ありがとうごぜぇます、先生」シルバーは言った。「きわどいときに来てくださった、わしとホーキンズにとって。それからおまえだ、ベン・ガン!」シルバーはつけ加えた。「おまえはいいやつだよ、確かにな」

「ベン・ガンだよ、おれは」置き去りにされた男は、困ってうなぎみたいに身をくねらせながら答えた。「それで」しばらく間をおいてつけ加えた。「どうだい、シルバーさん? 調子はいいだろ、そうじゃねぇかい」

「ベン、ベン」シルバーはつぶやいた「おまえがやってくれるとはな!」

先生は、やつらが捨てていったつるはしを取りにグレーをやった。そしてゆっくりと坂を下ってボートがあるところまで行くときに、それまでに起こったことを先生は話してくれた。それはシルバーの興味をいたくひく話だった。そしてうすらぼけのベン・ガンが、最初から最後までヒーローなのだった。

ベンは、長く一人きりで島をさまよう内に、骸骨をみつけた。その所持品をうばったのはベンだったのだ。ベンは宝物も見つけた。それを掘り出し、(穴の中に落ちていた半分に折れていたつるはしは、ベンのものだった)背負って、高い松の木から二つの頂のある島の北東にある洞窟まで、うんざりするほど行き来をして、ヒスパニオーラ号がつく2ヶ月も前から安全に保管しておいたのだった。

先生は、攻撃のあった午後にベンからこの秘密をききだし、次の朝には停泊所から船がなくなったのをみて、シルバーのところに行って、もう必要がなくなった海図をやり、ベン・ガンの洞窟には沢山のベン・ガンが塩漬けにしたやぎの肉が十分あったので、食料もシルバーにやり、柵から二つの頂のある山へ安全に移動するために何もかもをやったのだった。そこではマラリアの心配もいらず、黄金も守れるといった具合だった。

「君についていえば、ジム」先生は言った。「私の気持ちは違ったんだが、一番いいと思われることをやるしかなかったんだ。とくに自分の義務に忠実な人たちにとってね。君はそうしなかったんだから、いわば自業自得ともいえるだろ?」

ただあの朝に、先生が反逆者たちにしかけた恐ろしい落胆に僕がまきこまれることがわかったので、先生は洞窟まで走りに走って、大地主さんを船長を守るために残し、グレーとベン・ガンをつれて出発したのだ。松の木の側で待ち構えられるように、島を対角線上に突っ切っていったが、すぐに海賊たちの方が先行しているのが見えたので、ベン・ガンを先にやって、とにかく何かやらせて足止めしようとしたのだ。そしてベン・ガンは昔の船友の迷信を利用してやろうと思いつき、それが成功し、グレーと先生がおいついて、宝さがしの一行がたどりつく前に待ち伏せすることができたのだった。

「あぁ」シルバーが言った。「わしは、ホーキンズが一緒で幸運だった。さもなきゃ、わしが切り刻まれても何とも思わなかったでしょうからな、先生」

「あぁ何とも」リバシ―先生は楽しそうに答えた。

こうして、僕らはボートのところまでやってきた。先生はつるはしでその一艘をばらばらに壊し、それから全員もう一艘にのりこんで、北の浦をめざして出発した。

8、9マイルの船旅だった。シルバーはくたくたに疲れていたが、他のみんなと同じように、かいをとらされていた。そして舟はおだやかな海の上をぐんぐん進んだ。すぐに僕たちは海峡をこえて、島の南西の角をまわった。そこは4日前に、僕らがヒスパニオーラ号を曳いて入ったところだった。

僕らが二つの頂の山を通り過ぎるとき、僕らはベン・ガンの洞窟が黒い口をあけ、そこにマスケット銃にもたれかかっている人影を認めた。それは大地主さんだった。僕らはハンカチをふり、万歳三唱したが、シルバーも負けず劣らずそれに加わった。

3マイル進むと、北の浦の入り口で僕らは他ならぬヒスパニオーラ号がただよっているのにでくわした。最後の満潮でもちあがり、もし南の停泊所みたいに風がつよかったり、強い潮の流れがあったら、僕らは二度とこの船を見つけられなかったか、もしくはどうしようもなく座礁しているのを見つけたかもしれない。実際は、メインの帆がやぶれたくらいで、傷ついたところはほとんどなかった。そして他の錨をつかえるようにして、一尋半の水底に投げ込んだ。僕らはみな、ベン・ガンの宝物がある家の近くのラム入り江まで漕いで行った。そしてグレーが一人で、ヒスパニオーラ号までボートでもどり、その夜を番をして過ごした。

浜から入り江の入り口にかけてはゆるい坂になっていた。その頂上では、大地主さんが僕らを迎えてくれた。僕に対しては大地主さんは愛情がこもったやさしい態度で、僕の脱走については何もいわず、しかりも誉めもしなかった。でもシルバーが丁寧にお辞儀をすると、いくぶん顔を紅潮させた。

「ジョン・シルバー」大地主さんは言った。「おまえはひどい悪党でペテン師だ、それも途方もないペテン師だよ、まったく。おまえを告訴するなといわれてる。あぁ、告訴はしないよ。でも死人がおまえの首にひき臼みたいにぶらさがってるのを忘れるな」

「ご親切にありがとうございます」ロング・ジョンは、ふたたびお辞儀をしながら答えた。

「よくもありがとうなんて言えたもんだな!」大地主さんは叫んだ「わしにとっては全く義務を果たしてないってことになるんだからな、とにかく控えてろ」

そうして僕たちはみな洞窟に入っていった。それは広くて風通しの良い場所で、小さな泉ときれいな水たまりがあり、その上にシダがおおいかぶさっていた。下は砂で、大きなたきびの前にスモレット船長がねていた。そして遠い隅には、炎にぼんやりちらちらと光るものがあったが、僕は硬貨の大きな山と金の延べ棒が四辺形に積み上げられたものをそこにみた。それこそがフリントの宝物で、僕らがはるばる探し求め、ヒスパニオーラ号の17人の命を費やしたものなのだった。それを集めるためにどれくらいかかったのだろう、どれほどの血と哀しみが費やされ、どれだけの立派な船が沈められ、どれほどの勇敢な人が渡り板を目隠しして渡らされたのだろう。そしてどれほどの大砲が発射され、どれほど残酷なことやうそや残酷なことがあったのだろう、たぶん生きてるものでわかるものはいないだろう。でもこの島の3人の男、シルバーとモーガンとベン・ガンは、罪にも荷担して、その分け前を得ようとしたが無駄に終ったわけだった。

「おはいり、ジム」船長がいった。「おまえはおまえなりにいい子だよ、ジム。でも私は、もう君とはいっしょに航海にはでないよ。君は私にしてみれば、あまりに生まれながらの幸運児だよ。おまえか、ジョン・シルバー? 何しに来たんだ?」

「自分の義務を果たしにです、船長」シルバーは答えた。

「あぁ!」船長は言った。そして船長が言ったのはそれだけだった。

その晩に僕が味方の人に囲まれて食べた夕食といったら。ベン・ガンの塩漬けのやぎや、いくつかのごちそうや、ヒスパニオーラ号からもってきたワインやなんやかんやがあった。みんな楽しそうで、幸せそうだったことは僕が保証する。そしてシルバーはほとんどたきびがあたらない後ろにひかえていたが、たっぷり食べ、何か用があるときはすぐ前にとんできて、僕らが談笑しているときには控えめにそれに加わったりもした。航海にでかけたときと全く同じ、人当たりのいい、丁寧な、こびへつらう船員そのものだった。

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2001/06/11 第六部 ジョン・シルバー 第三十ニ章 宝さがし 木々にこだまする声 0.0版

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32.宝さがし 木々にこだまする声

この恐怖に影響されてだろうか、シルバーや病気のやつを休ませるためもあって、一行は上り坂の頂上につくとすぐに座り込んだ。

高原は西の方へ傾いていたが、僕らが座っていた場所はどちらの側にも見晴らしがきいた。僕らの前方には、木のてっぺんをこえて、波がうちよせている森の岬が見えた。後ろには、停泊所やどくろ島だけでなく、東の方に砂州と東の低地のはるか向こうに、はるかなる外海が見おろせた。僕らのはるか上には望遠鏡山がそびえ、松が点在し、絶壁で影になったりしていた。島の至る所から聞こえる遠くで波が砕ける音と無数の虫が低木の中でなく声以外は、何も音はしなかった。人ひとりおらず、海には船ひとつ見当たらなかった。風景の広大さが、いっそう孤独感をそそった。

シルバーは座りながら、自分のコンパスで方位を測っていた。
「“高い木”は3本ある」シルバーは言った。「どくろ島から一直線のあたりにはな。“望遠鏡山の肩”はわしが思うにあの低くなったあたりだろうな。ものを見つけるのは子供の遊びみてぇなもんだ。先に、はらごしらえをしとくか」

「腹はすいてねぇ」モーガンはうなった。「フリントのことを考えたら、へるもんもへらねぇよ」

「あぁ、でも、やつが死んでるのをありがたく思わねぇと」シルバーは言った。

「やつは醜い悪魔だったな」別の海賊は身震いしながら言った。「あの顔が青いことといったら」

「ラムのせいだな」メリーがつけくわえた。「青かった、うん、思い出しても青かった。まさにそのとおりでぇ」

骸骨をみつけて、そんなことを考えるようになってから、やつらの話し声はだんだん小さくなり、ほとんどささやくくらいだった。だからやつらの話し声が、森の静寂をやぶることはなかった。そこにとつぜん、僕らの正面の木々のまんなかから、弱々しい、高いふるえるような声でふしも歌詞もよく知っているあの歌が聞こえてきた。

死人の箱に15人
よーほーよーほー、ラムが一本!

そのときの海賊たちほどびっくりぎょうてんした大人は、僕はみたことがない。やつらの顔色といったら、魔法をかけられたみたいにさぁーと青ざめた。飛び上がったものもいたし、他のものにだきつくものもいた。モーガンは地面にはいつくばった。

「フリントだ、たし――!」メリーは叫んだ。

その歌は始まったとき同様、突然止まったというか、打ち切られた。まるで口を開いている途中に、歌っているものの口を手でふさいだかのようだといえるかもしれない。緑の木々のさわやかで陽気な雰囲気のなかを、僕が思うにはその歌は陽気に楽しく響いたが、海賊たちはそうは思わなかったようだ。

「さて」シルバーが青ざめた唇をようやく開きながら、言った。「よくないな。立ち止まって調べて見よう。その前にラムだ、そんであの声が誰だかはわからねぇ。でも誰かがふざけてるんだ。生きて血のかよった誰かがな、それは間違いねぇ」

シルバーはしゃべっているうちに勇気をとりもどし、それにともなって顔にも血色がもどってきた。すでに他のものもこのはげましの言葉を耳にして、我にかえりつつあった。と、そのとき同じ声がふたたび響き渡った。今度は歌うのではなく、遠くからかすかに呼びかけるような声で、望遠鏡山の裂け目に響き渡る声だった。

「ダービー グラウ」とその声は叫んだ。その声を表すとすればまさしく「ダービー グラウ! ダービー グラウ!」としかいいようがなく、何回も何回も響き渡った。そして少し上の方で、僕は聞くにたえない悪態が「ラムをよこせ、ダービー!」と聞こえてきた。

海賊たちは根でも生えたかのように立ちすくんだ。やつらの目は頭から飛び出しそうだった。声が止んだ後もずっとやつらは黙って、恐れおののきながら前方を見つめていた。

「だめだ!」と一人があえぎながらいった。「帰ろうぜ」

「それがやつの最後の言葉だった」モーガンはもらした。「船での最後の言葉だったんだ」

ディックは聖書をもちだし、熱心に祈った。ディックは海に出て悪い仲間に入る前は育ちがよかったのだ。

ただ、シルバーは不屈の精神をもっていた。僕はシルバーの歯がガタガタなるのが聞こえ、ぜんぜん降伏してはいなかった。

「この島にダービーのことを聞いたやつはいねぇ」シルバーはぶつぶつこぼした。「あそこにいるやつを除いてはな」そして頭をひねりにひねって、「みんな」と呼びかけた。「わしは宝を手にいれるためにここにいる。悪魔にだって負けるもんかい。わしはフリントが生きてるときでさえ恐くなかったぞ、誓ってな、わしは死んでるフリントとも顔をあわせてもいいぜ。ここから1/4マイルも行かないところに70万ポンドがあるんだぞ。成金やろうが」

しかし勇気をふるいおこしてシルバーに続こうとするものは現れなかった。むしろ実際には、シルバーの無礼な言葉にやつらは恐れを増したくらいだった。

「やめろよ、ジョン!」メリーが言った。「幽霊にたてつくのは」

そして残りのものは、怖気づいて返事もできなかった。勇気があればとっとと逃げ出していたことだろう。でも恐くて固まっているだけで、ジョンの側に一団となっていた。まるでジョンの勇気がみなを救ってくれるとでもいうように。

「幽霊だって? ふん、そうかもしれねぇな」シルバーは言った。「でもわしには一つはっきりしねぇことがある。木霊が聞こえたなぁ。でも、影のある幽霊を見たやつはいねえぞ、それなら、木霊がある幽霊もいねぇだろ、わしは聞きてぇ。それは自然じゃない、そうだろ?」

そのすじは、僕にはいささか弱いように思えた。でもなにが迷信家に影響を与えるか分からないもので、不思議なことに、ジョージ・メリーが一番落ち着いたのだった。

「うん、そうだな」ジョージは言った。「確かに頭がついてるや、ジョン。間違いねぇ。針路をかえろ! この船員のやり方は間違ってるぞ。うん、考えてみようじゃねぇか。あれはフリントの声に似てたようだが、思うに、そっくりってわけじゃなかった。だれか他のやつの声みたいだったなぁ、そう、」

「そうだ、ベン・ガンだ!」シルバーがほえた。

「そうだ、そのとおりだ」モーガンがひざまづいている姿勢から飛び上がりながら叫んだ。「ベン・ガンにちげぇねぇ!」

「たいした違いはないんじゃねぇか?」ディックは尋ねた。「ベン・ガンだってフリントと同じで、ここで生きてねぇんじゃないか」

でも年とった船員はこの話を鼻でわらった。

「ベン・ガンのことなんか構っちゃいねぇ」メリーは叫んだ。「死のうが生きてようが、構いやしねぇぞ」