宝島 Treasure Island Robert Louis Stevenson Katokt(katoukui@yahoo.co.jp)訳 ? 2000 katokt プロジェクト杉田玄白(http://www.genpaku.org/)正式参加作品 本翻訳は、この版権表示を残す限りにおいて、訳者および著者にたいして許可をとったり使用料を支払ったりすることいっさいなしに、商業利用を含むあらゆる形で自由に利用・複製が認められる。(「この版権表示を残す」んだから、「禁無断複製」とかいうのはもちろんダメっす) 読もうかどうか迷っている人へ もし船乗りが歌うように語れば 嵐に冒険、暑さに寒さ 帆船、島々、孤島への置き去り人 そして海賊、埋蔵金 全ての古いロマンスが 昔そのままに再び語られれば、 昔の私をかくも喜ばせたように 今の若者たちだって喜ぶだろう。 まあいい、とにかく飛びつけ! とはいえ、 もし教養ある若者が歴史を知りたい気持ちを失って、 もうキングストンやバレンタインの勇者、 森と湖のクーパーを望まないなら、 まあそれもいいだろう! それなら私や私の海賊たちは、 あの作者や登場人物が眠る 墓場を分かち合うこととしよう。 訳注 まだそんなに墓場には入ってないでしょう。著名な作品とともに以下に(プロジェクト・グーデンベルグで検索) Coral Island, The by Ballantyne, R. M. (Robert Michael),1825-1894 、Last of the Mohicans: A narrative of 1757, The by Cooper, James Fenimore,1789-1851 、William Henry Kingston はプロジェクト・グーデンベルグ上では墓にうもれちゃったね。 一部 老海賊 5 1 ベンボウ提督亭の年老いた船乗り 5 2 黒犬が姿をあらわし、そして消えた。 9 3 黒点 15 4 船乗りの衣装箱 20 5 めくらの男の最後 25 6 船長の地図 30 二部 船の料理番 37 7 僕はブリストルへ 37 8 望遠鏡屋の看板 41 9 火薬と武器 46 10 航海 52 11 僕が林檎のたるで聞いたこと 57 12 争いの相談 63 三部 僕の海岸の冒険 69 13 どのように海岸の冒険をはじめたか 69 14 最初の一撃 73 15 島の男 77 四部 防護柵 85 16 先生による続きの物語:どうやって船を見捨てたか 85 17 先生による続きの物語:小型ボートの最後の航行 89 18 先生による続きの物語:初日の襲撃の結末 93 19 再びジム・ホーキンスによる物語:防護柵の要塞 98 20 使節としてやってきたシルバー 103 21 攻撃 108 五部 僕の海の冒険 115 22 僕の海の冒険がどのようにして始まったか? 115 23 潮が引いていく 119 24 コラクル舟での航海 123 25 僕が海賊旗を引き下ろす 127 26 イスラエル・ハンズ 132 27 八分銀貨 138 六部 ジョン・シルバー 144 28 敵のキャンプ 144 29 黒点ふたたび 151 30 仮釈放 156 31.宝さがし フリントの地図 163 32.宝さがし 木々にこだまする声 168 33.かしらの没落 174 34 結末 179 あとがき(2001年6月13日) 183 一部 老海賊 1 ベンボウ提督亭の年老いた船乗り 大地主のトレローニーさんやお医者さんのリバシーさんやその他の偉い人たちが、僕にそうするように言ったんだ。宝島のことをはじめから終わりまでなにもかも書いておくようにって。ただしまだ埋められている宝物があるかもしれないから、島の位置だけは隠しておくようにともね。そこで僕はペンをとって、今は西暦17 ××年だけど、僕の親父がベンボウ提督亭っていう宿屋をやってて、日に焼けた刀傷のある年老いた船乗りがその宿に泊まった時までさかのぼることとしよう。 僕は、やつが現れた時のことをまるで昨日のことのようによく覚えている。やつは宿の入り口のところまで重い足をひきずりながらやってくると、その後ろに船乗りの衣装箱を手押し車で運ばせていた。背が高くて、力強くがっしりした褐色の男で、よごれた青いコートの肩のところにタールまみれの弁髪をたらしていた。両手はごつごつとして傷だらけで、爪は黒ずんで割れていて、ほおにはくすんだ青白い刀傷が走っている。僕は覚えてる。やつは小さな入り江を見回しながら口笛をふくと、突然、いつも歌っていたあの古い船乗りの歌を歌い始めたんだ。 死んだやつの衣装箱に15人 ヨーホー、ヨーホー、ラム酒を1本! 甲高い老けたしゃがれ声は、錨をまきあげるのに合わせて声を張り上げているうちにそうなってしまったものだと思う。それからやつは手に持っていたてこ棒みたいな棒でドアを叩いて、僕の親父が顔をだすと、ラム酒を一杯といいはなったもんだ。ラム酒がでてくると、通みたいにゆっくりすすったもんだ。味わいながら、また周りをみまわして、崖の方をみたり宿の看板を見上げたりしてたんだ。 やっと口を開くと、「手ごろな入り江だな、おまけになかなかごきげんな場所にある飲み屋じゃねぇか。にぎわってんのか、おい?」 親父は、ぜんぜん客なんていやしないですよ、残念ながらね、なんてやつに答えてた。 「よしよし、ここがおれの港だな。さあ、おい」やつは手押し車を押してきた男に怒鳴りつけた。「こっちにきて、上に運び上げるのを手伝うんだ。ちょこっとばっかしここに腰を落ち着けるぜ」やつは続けた。「おれは、あれこれうるさいことはいわん。ラムとベーコンエッグさえありゃいいんだ。あとは、船を見張るのに宿があっちの方を向いててくれればな。おれをなんと呼べばいいかって? 船長って呼んでくれればいいぜ。おい、なにがほしいかはわかってるぞ」そして戸口のところに金貨を3、4枚ほうりなげると、「使い切ったら言えばいい」と言ったその顔は、司令官のような厳しいものだった。 やつの服や言葉使いはひどいものだったが、どこかただの水夫には見えず、命令に従わせたり、なぐることになれている航海士やちょっとした船の船長といった風だった。手押し車を押してきた男がいうには、その朝にジョージ国王亭の前で郵便馬車から降りると、この沿岸にどんな宿があるかを尋ね、うちの宿の評判を聞きつけて、一軒家ということで腰を落ち着ける場所として選んだというわけらしい。それがあの客について知りうるすべてというわけ。 やつは普段とても静かだった。一日中、入り江のあたりや崖の上を真鍮製の望遠鏡をもってうろついてて、夜はずっとラウンジの隅の暖炉の近くで、とても強いラムの水割りを飲んでいた。たいがい話しかけられても口をきかなくて、ただ突然ものすごい顔つきで見上げると霧笛のように鼻をならしたものだった。僕たちや家にやってくる人たちは、すぐにやつには好きなようにさせておくようにした。毎日散歩からかえってくると、やつは船乗り稼業の男たちが通って行かなかったかと聞いたものだった。最初僕たちはこんなことを聞くのは、船乗りの仲間がほしいからだと思っていたが、 しまいには船乗りをさけたいと思っていることがわかってきた。船乗りが一人でもベンボウ提督に泊まることがあると(時々は、海岸の道をブリストルに向かうものがいた)、やつはラウンジに入る前に入り口のカーテンの間から泊り客を覗き込んだものだ。そしてそんな客がいたときには、必ずいつもねずみみたいにこっそりしていた。僕にとっては、少なくともそういうことはぜんぜん秘密じゃなかった。というのも僕はある意味では、やつの恐怖を分け合っていたようなものだったから。やつはある日僕をわきに呼ぶと、もし僕が一本足の船乗りに注意して姿をあらわしたらすぐに知らせてくれれば、毎月最初に4ペニー銀貨をやると言ったのだ。でも僕が月の最初になって、金をもらいにやつのところにいくと、僕に鼻をならして見下ろすだけだった。でも一週間もしないうちに考え直して、僕のところに4ペニー銀貨をもってくると、あの一本足の船乗りを見張るんだと繰り返すのだった。 いうまでもないことに、一本足の男はまさに悪夢だった。嵐の夜は、風が家の四隅をゆらし、波は入り江でくだけ崖に打上げて、僕は一本足の男がありとあらゆる姿にかたちをかえ、本当に悪魔のような表情をしているように見えたものだ。こうなると足はひざのところでちょん切れていたはずが、そのときは根元からちょん切れており、もともと一本足しかない怪物みたいな生き物で、足は体の真ん中から生えているのだった。怪物がかきねや溝をまたいで、走って僕を追いかけてくるのを夢に見るのは、まさに悪夢としかいいようがなかった。要するに月に4ペンスの気前のいい払いも、こんな悪魔のような幻想が形をかえたものだったわけだ。 僕は一本足の船乗りの悪夢に恐れおののいていたが、船長については、やつを知っている誰よりも恐れてなかったと思う。やつは、ときどき夜には頭をしっかりささえていられないほどラムの水割りを飲みすぎることがあった。そして、座ってあのうすきみ悪い昔の乱暴な海賊の歌をあたりかまわず歌うこともあれば、ときどきは震え上がっているみなに一杯おごり、話を無理やり聞かせたり、自分が歌うのに合わせてコーラスさせたりしたものだった。僕は、何度も家中に「ヨーホーヨーホー、ラム酒を1本!」という声が響き渡るのを聞いたものだ。隣近所が殺されてはたまらない、命がおしいとばかりに歌に加わり、自分は目に付かないようにといっそう声を張り上げる。そんな気分のときのやつは、僕が知ってる中でもものすごく無茶な部類だった。みんなを静かにさせるためにテーブルを手で叩いたかとおもえば、ある質問に怒りのあまりとびあがったり、また質問がないから誰もわしの話がわかってないと怒ったりしたものだ。そして自分が酔っ払って眠くなり、千鳥足でベッドに行くまではだれも宿から一歩でも外に出ることをゆるさなかった。やつの話は、みんなを心からこわがらせた。恐ろしい話ばかりで、しばり首、板渡り、そして海で嵐にあったことや、ドライトルトゥーガス諸島やカリブ海での蛮行風土の話だった。やつの説明によると、自分こそが、神が海に生を授けたもっとも邪悪な男たちに囲まれて生き延びてきた男に違いないということで、そしてやつがそういうことを話すときの言葉使いといったら、僕らふつうの田舎暮らしをしているものにとっては、話している内容の犯罪と同じくらい罪深いことだった。僕の親父は、いつも宿もおしまいだとこぼしてた。みんな、こんなに脅されたりやりこめられたりして、震えながらベッドに入るようでは宿に来るのをやめてしまうだろうと思ったのだ。でも僕は、ちゃんとちゃんとやつがいた方がいいんだって知っていた。みんなそのときは怖がっているようだったけど、振り返ってみれば楽しんでたんだ。平穏な田舎暮らしじゃ、いい刺激になったんだ。若い者の中にはやつを尊敬する一団が現れるしまつで、やつを“本当の海賊”とか“本物の老練な船乗り”とかそんな名前でよんでいて、あんな男たちこそがイギリスを海で恐れられるようにしたんだと口々にいっていた。 ある意味では、本当にやつは僕らを破滅させそうだった。というのもやつは何週間も、しまいには何ヶ月も逗留していたが、金は全部すっかり使い果たしてしまっていて、僕の親父はとうていもっとくれと勇気をだして言い張るなんて出来そうになかったから。もし金のことに少しでもふれようもんなら、やつは鼻をまるで大声でほえるみたいに大きく鳴らし、にらみつけて僕のかわいそうな親父を部屋から追い出してしまっただろう。僕は親父がそんなふうに拒絶されたあと、両手をつよく握り締めているのを見た記憶がある。そんなふうに悩んだり恐れたりしていたのが、親父の寿命を短くして、不幸な死を遂げた大きな理由に違いないと僕は信じている。 僕がやつと一緒に暮らしていた間ずっと、やつの着ているものは変わらず、靴下を何足か行商人から買うだけだった。帽子のつばが下に折れ曲がっていたときでも、風が吹いたときには難儀だっただろうに、折れ曲がった日からずっとそのままにしていた。僕は、やつのコートの見栄えを覚えてる。自分の部屋でつぎはぎをしたあげく、やり終わる前につぎはぎだらけになっちまったもんだ。やつは一通たりとも手紙を書いたことも受け取ったこともなかったし、近所のもの以外には話しかけもしなかった。ただ近所のものと話すときも、たいがいはラムで酔っ払ったときだけだった。僕たちの間ではだれも、あの船乗りの衣装箱が開くのを見たものはいなかった。 やつは、たった一度だけたてつかれたことがあって、それが破滅への入り口だった。そのときには、かわいそうな親父の命取りになった衰弱もかなり進行していた。お医者さんのリバシー先生がある午後遅くに診察にきて、ちょっとした夕食を母親がだした。ベンボウ亭は古くて馬小屋がなかったので馬が村からやってくるまでの間、リバシー先生はラウンジへ入ってパイプをふかしていた。僕もリバシー先生のあとをついて入っていき、すぐにある違いに気づいたことを覚えている。きちんとして、生き生きとした顔つきで、髪には雪のように白い粉をふり、目は黒く輝いており、感じのいい先生の態度にくらべて、きままで田舎くさい者たち、その上不潔でぎこちなく疲れ果てたみずぼらしい僕らのあの海賊、ラムを飲みすぎていて、テーブルに両腕を投げ出していた。とつぜんやつ、船長がいつもの歌をがなりたてはじめた。 死んだやつの衣装箱に15人 ヨーホー、ヨーホー、ラム酒を1 本! 飲めや、悪魔が残りを飲み干す ヨーホー、ヨーホー、ラム酒を1本! 最初のうち、僕は“死んだやつの衣装箱”は2階の部屋においてあるあの大きな箱のことだと思っていた。そしてそいつは僕の悪夢の中で、あの一本足の船乗りの話と交じり合っているのだった。でもこのときまでにはもう、僕たちはその歌にはたいして注意もはらってなかった。あの夜もリバシー先生にとって目新しいくらいだったが、僕がみるにあんまりいい感じをうけているようではなかった。というのも、しばらくとても憤慨したように上を見上げると、庭師の年とったテーラーさんとリューマチの新しい治療法について話しはじめたから。その間、やつは自分の歌でだんだん昂奮してきて、とうとう目の前のテーブルに、いつもの静かにしろといったぐあいに手を叩きつけた。リバシー先生を除いて、みんな口をぴしゃりと閉じた。リバシー先生は、何事もなかったかのようにはきはきとやさしい声で話しつづけ、一言二言いっては短くパイプをふかした。やつはリバシー先生をしばらくにらみつけると、もっと鋭くにらみつけながら、もう一度テーブルを叩いた。そしてとうとう口を開くと、悪漢じみた低いのろいの言葉をはいた。「だまりやがれ、おい、おまえらだ!」 「君は、私のことを言ってるのかね?」リバシー先生がそういうと、そのごろつきは、またのろいの言葉をはいたんだ。そうだともって。リバシー先生はこういいかえした。「おまえにひとつだけ言っておこう、もしラムを飲みつづけるんなら、この世からまもなくとても薄汚れた悪党が一人消えていくとな!」 やつの怒りはすざまじかった。とびあがり、船乗りの折りたたみナイフを引き抜いて開くと手の平の上で転がし、壁にくぎ付けにするぞとおどしたんだ。 リバシー先生は身動きひとつしなかった。少しもかわらずに、肩越しに同じ調子の声で、いやその部屋のみんなに聞こえるように少しは高い声だったかもしれない、でも落ちつき払って平然としてこう言った。「もしそのナイフをすぐにポケットにしまわないなら、約束しよう、名誉にかけて、次の巡回裁判でしばり首だとな」 2人の間のにらみあいが続いたが、やつが降参して、ナイフをしまうと負け犬のようにぶつぶつつぶやきながら、席にこしをおろした。 「さて、」先生は続けた。「こんな人間が私の受け持ち地区にいたとすると、私が一日中おまえさんを見張ってるってことを忘れてもらっちゃこまるな。私は医者であるだけじゃない。治安判事でもあるんだ。もしおまえに対するどんな告訴があっても、もし今夜みたいな無礼な行為でもだ。私がすぐに手段を講じて、おまえを捕まえてここから追放だ。わかったか?」 その後すぐリバシー先生の馬がドアのところにやってきて、先生は去っていった。でもやつはその晩しずかなもんだったし、それからしばらくはそんな調子だった。 2 黒犬が姿をあらわし、そして消えた。 それからほどなく、あのいわくありげな出来事の最初のひとつがおきたのだった。そのおかげで僕たちは、とうとうやつの心配をしなくてもすむようになったわけだ。もちろん君たちが思ってるとおり、やつがこの話に係わらなくなったわけではなかったけれど。とにかく身を切るように寒い冬で、長い間厳しい霜がおり風が強かった。だから僕の親父が、春をふたたびみることがなさそうなことも最初からわかりきったことだった。親父は日ごとに衰弱していって、母親と僕で全ての宿屋の仕事をきりもりし、あまりにいそがしかったので、あの不愉快なやつにあまり注意をはらうこともなかった。 ある1月の朝のことだった。朝とても早くに、身が引き締まるほど寒く霜がおり、入り江は灰色にかすみ、さざなみが岩にそっと打ち寄せていた。日は低くまだ丘の頂上から顔をだしただけで、朝日が海をてらしていた。やつは普段より早く起きだしていて、短剣をあの古ぼけた青いコートの広いすその下でぶらぶらさせ、真鍮製の望遠鏡をこわきに抱え、帽子は頭の上で後ろの方にかたむけたようななりで、浜まで出かけていた。僕は覚えている。やつが大またで歩いていった跡には吐く息が煙のように漂い、そして大きな岩を回ったときにやつから最後に聞こえてきたのは、憤慨のあまり鼻をならした音で、それはまるでやつの心は、まだリバシー先生とのことにとらわれているかのようだった。 さて、母親は親父と一緒に二階にいて、僕はやつが帰ってくる前に朝食用のテーブルを用意していた。そのときラウンジのドアが開き、一人の男、僕がまったく知らない男が入ってきた。その男は青白く蝋のような顔色で、左手の指は二本なくなっていた。おまけに短剣はもっていたけれど、およそ戦うようには見えなかった。僕はいつも目をよく開いて、一本足かそれとも二本足の船乗りの男たちを見張っていた。でも思いおこしてもわけがわからないが、この男は船乗りには見えなかったにもかかわらず、やつと同じように船乗りを感じさせるようなものがあったんだ。 僕はその男に「いかがなさいます」って聞いた。その男は「ラムをもらおうか」といったが、僕がラムを取りに部屋からでていこうとしたら、テーブルの上にすわり僕を呼び止めた。僕はナプキンを手にしたまま、その場に立ち止まった。 「ぼうや、こっちへくるんだ、もっと近く」 僕は一歩近づいた。 「ここは俺の友達の、ビルのテーブルだろ?」とその男は、にらみつけるように尋ねた。 僕はこう答えた。あなたの友達のビルっていう人は知らないけれど、このテーブルはうちの宿に泊まっている人が使ってる。僕らはその人を船長って呼んでると。 「よし、俺の友達のビルは船長と呼ばれている、まあそんなもんだな。やつには片ほおに傷があり、まあゆかいなやつだな、特に飲んだりするとな、俺の友達のビルは。仮にな、おまえのとこの船長とやらに片ほおに傷があるとしよう、仮にな。もしよければ、そのほおが右ほおだとしようじゃないか。どうだい! 言ったろう。さあ、俺の友達のビルがここ、この宿にいるんだろう?」 僕はその男にやつは外に散歩にいったと答えた。 「どっちだ、ぼうや? どっちにいったんだ?」 そして僕はあの岩の方を指さすと、どうやって船長が帰ってくるのかとか、どれくらいで帰ってくるのか?などなどいろいろな質問に答えた。「あぁ」その男は言った。「これは俺の友達のビルにとっては、飲むのと同じくらいうれしいことになるだろうよ」 そういったときのその男の表情は、まったく不愉快なしろものだった。そして僕はたとえ本気でそう言ってるとしても、この見知らぬ男は間違ってると思った。でも僕には関係ないことだと思っていたし、その上そもそも何をすればいいか全然わからなかった。この見知らぬ男は、宿のドアを入ったすぐのところでうろうろしており、猫がねずみを待ちかまえているかのように、角を曲がった所をのぞきこんでいた。僕が道まで出て行くと、その男はすぐに僕を呼び戻した。そして僕がすぐにそれに従わなかったのが、その男には気に入らなかったらしく、急に蝋のような顔色が変わり、僕を飛び上がらせるほどの悪態をついて命令した。僕がもどるとすぐにその男の態度は元のとおりになり、半分こびへつらい、半分あざ笑うかのように僕の肩を軽く叩きながら、いい子だ、俺のお気に入りだぞなんて口にした。「俺にも子供がいる、おまえと同じような子供がな。俺の自慢の種だよ。だが子供に本当に大事なのは、しつけなんだ。いいかい、ぼうや、しつけだ。そうだな、もしビルと船にのって、2回命令されるようなことがあれば、おまえはそこに立ってられないぞ。これはビルだけじゃない、やつと一緒に船に乗ってきたような仲間はみんなそうなんだ。さあ、いいぞ、俺の友達のビルじゃねえか。小さい望遠鏡を抱えてる、いいやつだぜ、たしかにやつだ。おまえと俺はラウンジまで戻るんだ、ぼうや、ドアの後ろに陣取って、少しばっかり驚かしてやろうじゃないか、いいやつだぜ、まったく」 そういうと、その男は僕をひきつれてラウンジまでもどり、僕を隠すように隅の方に立ち2人とも開いたドアの影に隠れるようにした。僕はひどくどきどきして、不安になった。わかるだろう、それにその男も確かにびくびくしているのに気づいて、いっそう不安は増すばかりだった。その男は短剣を柄からはずして、さやからいつでも抜けるようにした。そこで待っているあいだ、まるでのどに何かつっかえでもしているかのように、その男はずっとつばを飲み込んでいた。 とうとう船長がはいってきて、ドアをバタンと閉じると、わき目もふらずまっすぐ部屋をよこぎって、朝食が用意されているところまで歩いていった。 「ビル」そのときの男の声は、自分を強くみせかけようとしてるように僕には感じられた。 船長はかかとでくるりと振り返ると、僕たちと向かい会った。日焼けしているやつの顔から色がなくなり、鼻なんて真っ青だった。幽霊や悪霊でも、いやもっとなにか悪いものでも、もしあればだが、見たような風だった。誓っていうが、僕は一瞬の内にそれほど老けこみ、まるで病人のようになったやつをみて気の毒に思った。 「こいよ、ビル、忘れたとはいわせんぞ、船乗り仲間をな。ビル」 船長ははっと息をのむと、「黒犬!」と言った。 「だれだと思ったんだ?」その男は、いよいよ落ち着き払っていい返した。「昔ながらの黒犬が、古い仲間のビリーに会いにやってきたんだ、ベンボウ提督亭までな。おい、ビル、ビル。ずいぶん長い間いっしょにやってきたよなぁ、俺たち2人でな。この2本の指を失ってこのかたな」黒犬は2本の指がなくなった手をみせびらかした。 「さて、あぁ」船長はこう続けた。「おまえは俺を追いつめた。逃げも隠れもしない。よしよし、さぁ、言えよ、どうしたいんだ?」 「それでこそおまえだ、ビル」黒犬は答えた。「おまえはまったく正しいよ、ビリー。このかわいい子からラムでも一杯もらおうか、俺はこの子がやけに気にいったんでな。おまえさんさえよければ、一緒に腰かけてざっくばらんに話そう、昔からの船乗り仲間じゃねぇか」 僕がラムを持ってもどってみると、やつらは既に船長の朝食用テーブルに向かい合って腰かけて、黒犬がドアの方にななめに腰かけていた。僕が思うには、片目で船長を見張りつつ、もう一方の目では逃げ道を探すためにそうしてたんだろう。 黒犬は僕に出て行け、ただドアは開けたままにしておくんだといいつけた。「鍵穴からのぞくんじゃねえぞ、ぼうや」僕はやつらを残して酒場の方へ引っ込んだ。 長い間、僕はがんばって中の様子に耳をすませていたが、なにやら低いいいあらそうような声以外はなにも聞こえなかった。でもしまいには、声はだんだん大きくなっていき、一言二言わかるようになったが、大体は船長の悪態だった。 「だめだ、だめだったら、だめだ、それじゃあ何もかも終わりだ!」船長はそうさけぶと、再びこう言い放った。「おれがしばり首になるくらいなら、おまえらみんなもしばり首だと言ってるんだ」 それから突然、罵詈雑言がとびかい、他の物音、椅子やら机やらがひとかたまりでひっくりかえり、剣のかち合う音が続き悲鳴があがった。その次の瞬間には、僕は黒犬が大慌てで逃げ出して、船長は怒り狂って後を追いかけていくのを目にした。二人とも短剣を抜いていて、黒犬は左肩から血を流していた。ちょうどドアのところで、船長は逃げる黒犬に最後の一太刀をあびせようとしたが、もしうちの大きなベンボウ提督亭の看板に邪魔されていなければ、黒犬の頭がまっぷたつなのは確実だっただろう。今でも枠の下側にその切れ込みがみてとれるぐらいなんだ。 その一撃が争いの終わりで、黒犬はけがをしているにもかかわらず道にとびだすと、一目散に逃げ出して、30秒もたたないうちに丘の端に姿を消した。船長はといえば茫然自失の体で、看板を見つめて立っていたが、何度も手で目をこすりやがて家に入っていった。 「ジム、ラムだ」そしてそういった時、少しよろめき壁に片手をつくありさまだった。 「けがしたの?」僕がさけぶと、 「ラムだ」と繰り返し、「俺はここからおさらばしなきゃなんねぇ、ラムだ! ラム」と言った。 僕は走って、ラムをとってこようとしたが、さきほどから起こったことにすっかり昂奮して、グラスを一つ割ったり、たるの栓をひねりそこねたりしてしまった。そしてまだ、まごまごしている内に、ラウンジの方で大きな倒れる音をききつけ、ラウンジに駆け込むと、船長が床にすっかり伸びている姿が目に入った。同時に母親も叫び声や争う音に気がついて、僕を助けに二階から降りてきた。二人で頭をもちあげると、やつは大きな激しい息をしていたが、目は両方とも閉じていて、顔色といったらひどい色だった。 「まあ、まったく」母親は声を荒げた。「なんて家の恥かしら! お父さんはかわいそうに病気だというのに!」 その間、船長をどうしたらよいか皆目わからなかった、ただ船長もあの男との争いで致命傷を負ったということがわかっていただけだった。僕はたしかラムを持ってきて、船長ののどにながしこもうとした。でも歯が固く閉じられていて、あごは鉄のように丈夫だった。ドアが開いて、リバシー先生が入ってきたときは、二人ともほっと一息ついたものだった。先生は親父を診察しにきたのだった。 「あぁ、先生」僕と母親は声をあげた。「どうすればいいんです? どこに傷があるんですか?」 「傷だって? ばかばかしい!」医者は言った。「私や君たちみたいに傷なんてひとつもないよ。この男は私が警告したように発作をおこしたんだ。さてホーキンズさん、二階のご主人のとこまでいってもらって、もしできるなら、なんでもないことだと言ってください。私はと、この男のまったく価値のない命を全力をつくして救わねばならん、ジム、洗面器を一つもってきてくれ」 僕が洗面器をもって戻ってみると、先生は既に船長の袖を切り取り、そのがっしりとした腕が目にはいった。そこには何箇所かいれずみがあり、「幸運」「順風」とか「ビリー・ボーンズの夢」といった言葉が前腕にくっきり、そしてはっきりと彫られていた。肩に近い所には、絞首台と一人の男がぶら下がっていて、既に刑が執行されていた、僕からみてもじつにいきいきとした絵だったように思う。 「予言だな」医者は、指でその絵に触れながら声にだした。「さぁ、ビリーボーンズ君、これが君の名前ならね、私たちは君の血の色を見なくてはならん、ジム、血が怖くないかな?」 「ええ、大丈夫です」僕は言った。 「よろしい、それなら洗面器をもってもらおう」というと、それから針をとりだして、静脈に突き刺した。 大量の血が流れでて、船長が目を開くとぼんやりとあたりを見回した。最初に先生がいるのがわかると、明らかに不愉快な顔をみせたが、それから僕をみるとほっとしたようだった。でも突然顔色がかわり、「黒犬はどこだ?」とさけびながら体を起こそうとした。 「黒犬はここにはいない」先生は答えた。「おまえが恨みをはらそうとする相手以外はな。ラムを飲んでいただろう。おまえは発作をおこしたんだ、まさに私がおまえに言ったように。で、私が全然気はすすまなかったが、向こう見ずにも墓からおまえを引っ張り出したというわけだ。さてボーンズ君、」 「それはおれの名前じゃねえ」と船長がさえぎったが、 「まあ気にしないよ」と先生は答えて、「それは私が知っているある海賊の名前でね。私はおまえをよぶのに縮めてそうよんだだけだ。私がおまえにいっておかなきゃならんのは、こういうことだ。一杯のラムがおまえの命取りになることはないだろう、ただもし一杯飲めば、それがもう一杯、もう一杯となるんだ。すぐに手を切らないと、私は賭けてもいい。おまえは命を落とすことになる。わかるか? 死ぬんだぞ。聖書のあの男みたいに地獄にいくんだ。さぁ、せいぜいがんばるんだな。ベッドにいくのをいまいちど手伝ってやろう」 2人で苦労してなんとかやつを2階に運び上げ、ベッドにねかせた。やつはもう気を失っているかのように、後ろ向きに頭から枕の上に倒れこんだ。 「さて、いいかな」先生は言った。「良心の命じるところに従って言っておこう、ラムはおまえにとっては死だ」 そして、それから父親を診察しに僕の腕を引っ張って立ち去った。 「たいしたことじゃない」先生はドアをしめるとすぐにそう言った。「しばらく静かにしているように、やつからたっぷり血を抜いておいた。そこに一週間は寝ているだろう。やつにとってもおまえさんたちにとっても、それが一番いいことだろう。ただもう一度発作が起きたら、やつはおしまいだがな」 3 黒点 昼ごろ僕は、冷たい飲み物と薬をもって船長の所に行った。やつは僕らが寝かせたのと同じかっこうで横になっていて、すこしだけ体をおこしていたが、衰弱していると同時に興奮しているようだった。 「ジム」やつは言った。「おまえだけだよ、頼りになるのは、おれがいつもお前によくしてやったのはわかってるな。一月たりとも4ペニー銀貨を欠かしたことはないし。おれはすっかり弱ってて、みんなに見放されちまっている。でだ、ジム、おまえはおれのところにラムをほんのちょっぴりもってきてくれるよな、相棒?」 「お医者さんが、」と僕が口を開くと、 やつは医者に毒づき、弱々しいがはっきりした声で言いきった。「医者なんてもんは、まぬけと相場がきまってる。おまけにここのあの医者に、なんだって海の男のことが分かると言うんだ? おれは地獄みたいに暑いとこに行ったこともありゃ、仲間が黄熱病でばたばた倒れていったこともある。地震で海の上にいるみたいにゆっさゆっさとゆれる、あののろわれた土地にも行ったんだぞ、いったいあの医者がそんな土地の何を知ってるというんだ? おれはラムで生き長らえてるんだ、お前にも言っとくぞ。それが血となり肉となり、夫婦みたいなもんだ、おれにとってはな。いまラムが飲めなかったら、今まさに風下の岸に打ちつけられたこんな惨めなぼろ船みたいなときに、ラムが飲めなかったら、お前にたたってやるぞ、ジム、あとあのくされ医者もだ」やつは再び罵詈雑言の限りをつくしたが、一転して嘆願するような口調でこう続けた。「見てくれよ、ジム、おれの指の震えを。じっとさせておけねぇんだ、自分じゃな。こののろわれた今日、一滴たりとも口にしてないときてるのにな。あの医者はばかだ、おれは言っとくぞ。もしラムを一杯やらなかったら、ジム、おれはアル中みたいに震えちまう。おれにはもうやつらが見えてるぞ。あの隅のところに、ほら、おまえの後にフリントだ。印刷したみたいにはっきり見えるぞ。おれにアル中の震えがきたら、なにしろめちゃくちゃな生き方をしてきたからな、大騒ぎをやらかすぞ。あの医者だって、一杯ぐらいならかまわんといったろう、ちょっぴりでいい、一ギニー金貨をくれてやるぞ、ジム」 やつはいよいよ興奮してきたので、僕は親父の事の方が心配になった。親父はその日は特に体調が悪くて安静にしている必要があったのだ。その上先生も今やつが僕に言ったように、たしかに一杯ぐらいならかまわないって言ったことだしと思ったんだ。でもわいろの申し出の方が気に障った。 「あんたの出す金なんて欲しくないや」と僕は言った。「でも僕の親父には借りがあるはずだよ、一杯持って来るよ、一杯だけ」 僕がラムをもってくると、やつはがつがつとひったくって、飲みほした。 「おぉ、おぉ」やつは言った。「ちったぁましになった。一息ついたぞ。さて、相棒、あの医者はどれくらい、ここに、この古ぼけたベッドで寝てなきゃならんと言ったんだ?」 「最低一週間」僕が言うと、 「くそったれ!」やつは叫んだ。「一週間だと! そうしてられるかい、それまでにはやつらがおれに黒点をつけちまう。いまこの時にも、やつらまぬけどもがおれを追いつめようとしてるんだ。やつらまぬけどもは手に入れたものを持ってられないばかりか、人の分までほしがるしまつだ。それが海の男のやることかい、知りたいもんだよ? でもおれは倹約家なんだ。おれは、自分の大事な金はむだづかいしないんだよ、もちろん失くすもんかい。よし、やつらをもう一回ひっかけてやる。やつらなんか恐くない。よし、相棒、また帆をあげて、やつらをまいてやる」 そう言いながら、やつはベッドからかなり苦しそうに起きあがると、僕の肩をおもわず悲鳴をあげるほど強くつかんで、足ときたら意のままに動かないといったようだった。やつの言葉は、中身はいさましかったが、実際口にだした声が弱々しく、いっそう寂しげに響いたものだった。やつはベッドの端に腰かけると、一息ついた。 「あの医者のやつ、やりやがった」とつぶやいた。「耳鳴りがしやがる、寝かしてくれ」 僕が手を貸すまでもなく、やつは元通り倒れこんでしまって、しばらく黙りこくっていた。 やっとのことで口を開くと、「ジム、今日あの船乗りを見ただろう?」といった。 「黒犬?」僕は尋ねた。 「あぁ! 黒犬だ」やつは答えた。「あいつは悪いやつだ。でもやつを仕向けたもっと悪いやつがいるんだ。さて、もしおれがどうやっても逃げられなくて、やつらがおれに黒点をつけたら、覚えておいてくれ、やつらが探してるのは、おれの船乗りの衣装箱なんだ。おまえは馬に乗るんだ、乗れるな、乗れるんだろう? よし、じゃあ馬に乗って、行くんだ。うん、そうだ、言っちまおう! あの永遠なる医者やろうの所に行くんだ。それで医者に言って人手を集めてもらって、判事だのそんなやつらだ、それで医者は、このベンボウ提督亭で全員をひっとらえてくれるだろう。全員っていうのは、生涯フリントの船の船員で、生き残りのやつらだ。おれは一等航海士だったんだ、おれはフリントの船の一等航海士だ。しかもあの場所を知ってる唯一の人間なんだぞ。フリント船長が、おれにサバンナで、そうだな、ちょうど今のおれみたいに死にかけている時に教えてくれたんだ。でもやつらが黒点をおれにつけるまで、告げ口に行くんじゃねえぞ。あとはな、おまえが黒犬をまた見るか、もしくは一本足の船乗りを見かけた時にだ、ジム、なによりやつなんだ」 「でも黒点ってなに、船長?」僕は尋ねた。 「それは呼出状なんだ、相棒。もしやつらがよこしたら、おまえに教えてやる。でもおまえも用心を怠るな、ジム。そうすれば、誓って、おまえと二人で山分けだ」 やつはもうしばらくとりとめのないことを言っていたが、声はだんだんと弱くなっていった。僕が薬を飲ませると、こんなことを言いながら「もし船乗りでちゃんと薬を飲むやつがいれば、それはおれぐらいなもんだな」子供みたいにそいつを飲んで、すぐにぐっすりと気絶したように眠りについたので、僕は部屋を離れた。そのとき何をすればよかったのか、僕はわからない。たぶん僕は先生になにもかも話しただろう、というのも船長がいろいろ僕に話したことを後悔して、僕を片付けたりしないか死ぬほどびくびくしていたから。でも実際にどうなったかといえば、僕の親父がその晩に本当に急に亡くなったので、他のことは何もかもそっちのけになってしまった。僕ら家族は涙にくれ、近所の人がお悔やみにきて、葬儀屋が手配され、その間すべての宿の仕事が僕の両肩にかかってきたのでとてもいそがしくて、船長のことを考えてる時間もましてや恐がったりする時間なんてこれっぽっちもなかった。 やつは確かに次の朝、一階に降りてきていつも通り食事をした。でもほとんど食べなかった。僕はびくびくしたが、いつもよりたくさんラムをがぶ飲みした。もう自分で酒場から、眉をひそめ、鼻をならしながらラムを持ち出してきたのだ。だれもあえてやつを止めようとはしなかった。葬式の前の晩には、やつはいつものように酔っぱらっていた。喪中の家でやつのだみ声で船乗り歌が響きわたるのを耳にするのは、ひどく不愉快なことだった。でもやつは弱っていたので、みんなやつが死ぬことも恐れていた。お医者さんも、僕の親父を看取ったあと、突然何マイルも先の患者のところまで出かけて行って、宿の近くにはいなかった。僕はやつが弱っているといったが、実際やつは元気をとりもどしているというよりはだんだん衰弱しているように見えた。階段を上ったり降りたり、ラウンジから酒場に行ったり、また戻ったりといったぐあいで、時折海のにおいをかごうと戸口から鼻をつきだして、壁に手をついて体を支えながら、まるで切り立った山に登る人のように深く激しく息をしていた。やつは格別、僕に話しかけはしなかったので、すっかりあの話を僕にしたことを忘れてしまったのだと思いこんでいた。やつの機嫌はいよいよ気まぐれになり、体が弱ってることを考え合わせると、以前よりもっと乱暴になっていたとさえ言えるだろう。酔っ払った時、やつはびっくりするような態度、短剣を抜いて、テーブルの自分の前に抜いたまま置いておくといったような態度をとったりもした。その他いろいろな態度、人のことは気にしなくなり、黙り込んで物思いにふけって、むしろぼんやりしているようにも見えた。例えば、一度は僕たちがとてもびっくりしたことに、以前とは違った風に歌を歌いはじめたことさえあった。その歌は、田舎の恋歌といったようなもので、海賊稼業を始める前の若い頃に習い覚えたものに違いない。 葬式の次の日には、こんな風に一日が過ぎていった。3時を回った頃は、身をさすように寒く霧がかかった、霜の降りた午後だったが、僕はドアの前に立ちつくし、親父のことで悲しい思いでいっぱいだった。その時、誰かが道をゆっくりとこちらにやってくるのが僕の目にはいった。その男はあきらかに目が見えないようだった。杖で道を探っていたし、目と鼻の上に大きな緑の覆いをつけていた。まるで年をとったせいか病気でそうなったようにせむしであり、大きな古ぼけたぼろきれのフードつきの船乗りのコートを着て、明らかにぶかっこうだった。僕はいままでこんなにひどい姿をみたことはない。その男は、うちの宿から少し離れたところで立ち止まると、自分の前に向かって、妙な一本調子の声を張り上げた。「だれか親切な人がいらっしゃったら、あわれなめくらに教えてくだされ。祖国を守る恵み深い戦いで大事な両目を失ったものです。ジョージ国王に恵みあれ! ここはどこ、どのあたりなんでしょうか?」 「ここは、ブラックヒル入り江のベンボウ提督亭だよ」と僕は声をかけた。 「聞こえました、若い人の声じゃな。手をかしてくださるかな、おやさしい若い人。手をひいてくだされ」とその男は答えた。 手をさしだすと、その瞬間、そのひどい姿の、ものやさしい話し方のめくらの男は、万力のような力で僕の手をしめつけた。僕はとてもびっくりしたので、手をひっこめようとしたが、そのめくらの男は手をさっと動かしただけで、自分の方へ僕をひきよせた。 「さて、ぼうや」その男は言った。「わしを船長のところへ連れていってもらおうかな」 「だんな、とてもそんなことはできないよ」と僕が言うと、「はぁ」とせせら笑い、「そうかい! すぐさま連れてくんだ、さもなくば腕をへし折るぞ」 そして言ったとおりに腕をぐいっとねじりあげたので、僕は悲鳴をあげた。 「ちがいます、僕はだんなのために言ってるんだよ。船長はすっかり変わっちゃってるんだ、短剣をぬいたまま座ってるし、別の人なんか、」 「行くんだ、さあ、連れて行け」その男は僕の言葉をさえぎった。僕は、そのめくらの男の声ほど残酷で冷たくひどい声は聞いたことがなかった。その声はさきほどの痛みよりずっと僕には脅しとなり、すぐに言うとおりにして、ドアから入ってまっすぐラウンジまで歩いていった。そこではあの病気の老海賊が座りこみ、ラムで酔っぱらっていた。めくらの男は、僕の手を鉄のようなこぶしで握り締め、支えきれないほど僕に寄りかかり、僕をぐっと引き寄せた。「やつのところまで、まっすぐ連れて行くんだ。やつがわしを見つけたら、“お友達ですよ、ビル”と叫ぶんだ」もしそうしなかったら、こうだぞ、と言って気絶するんじゃないかというほど強く引っ張った。そんなふうだったので僕はめくらのこじきにすっかりおびえて、船長の恐さなんて忘れてしまって、ラウンジのドアを開けた時、あの震える声で言いつけられたとおりの言葉を叫んだ。 かわいそうな船長は両目を開くと、ちらっと見ただけでラムが抜け、すっかりしらふになった。表情は恐怖のそれというよりは、臨終の間際のそれだった。船長は立ちあがろうと体を動かしたが、体にはそんな力が残っているようには見えなかった。 「さて、ビル、そこに座ってろ」こじきは一言そういうと、「目は見えんかもしれんが、指一本動かす音も聞こえるからな。情け容赦しないぞ。左手をあげるんだ、ぼうや、やつの左手の手首をつかんでわしの右手のところまで持ってくるんだ」 僕と船長は2人ともめくらの男のいいなりで、僕は杖を握っていた手の中からなにかを船長の手にわたして、船長がすぐにそれを握り締めるのを見た。 「さて、それだけだ」めくらの男はそう言って僕の手を離すと、信じられないほどの正確さとすばやさで、ラウンジを出て道へと駆け出して行った。僕はまだ身動き一つせずそこに立っていたが、杖の音がこつ、こつ、こつと遠くに離れて行くのが聞こえた。 僕と船長が、正気をとりもどすにはしばらく間があった。でもしまいには、僕がまだにぎっていた船長の手首をはなすのと同時に、船長は手をひっこめて手の中をにらみつけた。 「10時だと! まだ6時間ある。目にものをみせてくれるぞ」と叫ぶと、飛びあがった。 そうしたからだろうか、船長はふらつくとのどに手をあててしばらくよろめいていたが、それから変な声をあげたかと思うと、床に顔からばったり倒れた。 僕はすぐにかけよって、母親を呼んだ。でも急いでも無駄だった。船長は、卒中におそわれて既に亡くなっていた。考えてみれば不思議なことだが、僕はやつのことをこれっぽっちも好きだったことはなくて、最近かわいそうに思い始めていただけなのに、やつが死んだのを見た瞬間に、ぼろぼろ涙がでてきたのだった。これは僕の経験した二つめの死で、最初の死の悲しみが、まだ胸にうずいていた。 4 船乗りの衣装箱 僕は、もちろんすぐさま母親に僕の知ってることを全て打ち明けた。たぶんもっと前に打ち明けるべきだったんだろう。僕たちは、すぐに今の状況がきわめて困難かつ危険であることを悟った。やつがいくばくかの金をもっていたとしたら、それは間違いなく僕らのものである。でもあの船長の船乗りの知り合い、とりわけ僕がみたあの2人の、黒犬とめくらのこじきが、死んだやつの借金のかたとしてその戦利品を簡単にあきらめるなんてありそうにないことだった。船長の下した命令、馬にのってただちにリバシー先生のところへいくことは、母親を一人無防備なまま残すことになるので、論外だった。特に2人のうちどちらかでもこれ以上この家にとどまっているのは、無理というものだ。台所の火床では石炭が崩れ落ち、時計のチクタクという音がいよいよ鳴り響き、僕らはとても不安になった。僕らの耳には、家に誰かが近寄る足音が聞こえたような気がした。1階の船長の死体とあのいまわしいめくらのこじきが、まだそこら、ほんの近所をうろついていて今にも戻ってくるのではという考えが頭をかけめぐり、ことわざにあるように、恐怖のあまり飛び上がりそうになる始末だった。すぐにでもどうにか行動しなくてはならず、とうとう僕らは二人一緒に近くの村まで助けを求めにいくことにした。そう口にだすなり出発し、帽子もかぶらす、すぐさま暮れゆく夜の凍りつくような霧の中を急いだのだった。 近くの村は、となりの入り江の反対側にあったので目には入らなかったが、それほど遠いわけではなかった。あと僕にとってはほっとしたことに、村の方角はあのめくらの男が姿をあらわし、たぶん戻っていった方角の反対だった。村につくまではそれほど時間はかからなかったと思うが、時々立ち止まるとおたがいの手をしっかり握りしめ耳をすませた。でもかわった音は何一つ聞こえず、さざなみがひくく打ち寄せる音と森からは何かがガーガーと鳴きたてる声が聞こえてくるだけだった。 僕らが村についたのはすでに夕暮れ時だった。そしてどれほど窓やとびらから見える明かりをみてほっとしたことか、決して忘れることはないだろう。でも、すぐにわかったように、それが僕らがここで手に入れることができそうな唯一の助けだった。というのも、あなたもそう思うだろうが恥ずべきことで、僕ら2人と一緒にベンボウ提督亭に引き返そうとする者は一人としていなかったんだから。僕らが困っている話をすればするほど、いっそう村の人達は、男も女もそして子供も、自分の家にしがみつくありさまだった。フリント船長の名前は、僕にはなじみがなかったが、そこの人達にはきわめてよく知れ渡っており、恐怖の的だったのだ。その上さらに、ベンボウ提督亭の向こう側の農場で働いたことのある人のなかには、見知らぬものが数人、道をとおりかかるのを見かけて、密輸業者かと思って逃げだしてきたことを覚えていたものもいた。少なくとも一人は僕らがキットの穴と呼んでいた場所で、小さな船をみたということだった。さらに言うなら、フリント船長の仲間は誰でも、村の人から死ぬほど怖がられていたのだった。結局、別の方向のリバシー先生のところに行ってやろうという者は何人かいたが、僕たちが宿を守るのを助けようとしてくれる者は一人としていなかった。 村の人達は、臆病は人から人へうつるもんだなんて言っていたが、その反対に口だけは勇ましかった。めいめいが勝手にあれこれ言っていたが、そのとき母親がみんなに一席弁じたてた。私はこの父親をなくした子のものであるお金を失うつもりはないと。「もしあなたがたの誰一人としてやらないつもりなら、」と声を張り上げ、「ジムと私がやります、きた道をもどって、あなた方の図体だけ大きくておせっかいで臆病な人達にはつつましく感謝しましょうかね。もしそのために死ぬことになっても、あの衣装箱を開けます。クロッスリー夫人、このバッグをどうも、これに私たちの正当なお金を入れてきます」と言いきったのだった。 もちろん僕も母親と一緒に行くと言いはり、村の人は全員、僕らを向こう見ずで無茶だとわめきたてた。でもただの一人として、僕らといっしょに行こうと申し出るものはなかった。してくれたのはせいぜい、襲われたときのために僕に弾をこめたピストルをくれたことと、僕らが帰り道で追いかけられたときのために、鞍のついた馬を用意しようと約束してくれるくらいのものだった。そして、一人の若者が医者のところへ武装した援軍をたのみに馬ででかけることになった。 寒い夜の中へ危険な企てに二人で出発するとき、僕の心は打ち震えた。満月が昇り始め、霧の上から赤みを帯びた顔をのぞかせていた。だから僕たちは急がなきゃならなかった。というのも家に戻る前に、まるで昼間みたいに明るくなってしまうのは明らかだったから。そして僕たちの出発は、見張っているものがいればすぐに見つかってしまったことだろう。僕らは、垣根にそって音を立てないようにすばやく歩をすすめた。ほっとしたことにベンボウ提督亭の玄関に滑り込むまで、恐怖をかきたてるようなことは見聞きしなかった。 僕はすぐにかんぬきをかけ、そして2人でしばらく暗闇に立ちつくし、ぜーぜー息をした。その家に他にいるものといったら、船長の死体くらいのものだった。それから母親が酒場からろうそくをもってきて、お互いの手を握りしめながら、ラウンジに入っていった。やつは僕らが残してきたままの姿で、仰向けに倒れて、両目は開いたままで、片腕がだらんとのびていた。 「窓の日よけをおろして、ジム」母親がささやくようにいった。「あいつらがやってきて、外で見張ってるかもしれないから。それから、」僕がそうすると母親は続けた。「あれのカギを手に入れなきゃ、まったくさわりたくないわねぇ」と言いながらすすり泣いているようだった。 僕はすぐにひざまずいた。死体の手の近くで床の上に、片面が黒くぬられた丸い紙切れがあって、僕は黒点にちがいないと思った。拾い上げてみると、反対側にははっきりしたきれいな字で短く「10時までだ」と書かれていた。 「10時までだって、お母さん」と僕がいうと、ちょうどそのとき古時計が時を打ちはじめた。この突然の音でめんくらってしまったが、いい知らせだった。まだ6時だったのだ。 「さあ、ジム」母親が言った。「あれのカギを」 僕はポケットを次から次へと探ったが、小銭と指ぬき、それから大きな針と糸、端に噛んだ跡のあるねじりタバコ、曲がった柄のナイフ、小さいコンパス、そして火打ち箱がでてきたもの全てで、僕はあきらめてしまいそうになった。 「たぶん首にかけてるんだよ」母親が言った。 まったく気持ち悪いことだったが我慢して、シャツの首のところを引き裂くと、なるほど確かにタールまみれのひもでカギがぶら下がっており、僕はやつのナイフでひもを切り取ると、カギを手に入れた。上手く手に入れることができたので喜び勇んで、2階へかけあがり、すぐさまやつがずっと寝起きしていた小さな部屋にいくと、そこにはやつがこの宿にきた日からずっと置いてあるあの箱があった。 外見は普通の船乗りの衣装箱で、ふたのところにはイニシャルが“B ”と焼印されていた。そして箱の四隅は長い間ひどく扱われたせいか、いくぶんつぶれて壊れかけていた。 「カギをよこしなさい」母親が言った。カギはしっかりかかっていたが、こじあけると、あっという間にふたが開いた。 中からは、タバコとタールの強烈なにおいがした。だが上にはとても上品な服がひとそろいあるだけだった。ていねいにブラシがかかっていて折りたたまれていた。母親が言うには、身につけたようには見えないわねということだった。その下は、いろいろなものの寄せ集めだった。四分儀、ブリキの缶、タバコが何本かと、二つ一組のとても優雅な拳銃、銀の延べ棒、古いスペイン時計、その他ほとんど価値のないおそらく外国製のこまごまとした物、真鍮の土台の羅針盤1つ、それから5、6枚のめずらしい西インドの貝殻。それ以来よく思いをはせることがあるのだが、やつはいったいなんだって放浪の罪深いお尋ね者の生活で、この貝殻を持ち運ばなければならなかったのだろう。 そうこうしている中で、僕らが見つけた価値のあるものといったら銀とこまごまとしたものだったが、どちらも僕らが求めているものではなかった。さらにその下には、古いボート着があり、あちこちの港の潮で白くなっていた。母親はいらいらした様子でそれを引っ張りだすと、箱の一番最後のものが現れた。油布にくるまれた包みで書類みたいにみえるものと、持ち上げるとじゃらじゃら金の音のするズック袋だった。 「あの悪党どもに、私が正直者だってことを見せつけてやるよ」と母親は言った。 「取り分だけをもらうのよ、それ以上はびた一文だって。クロッスリー夫人のバッグをもってて」そして船乗りの袋から僕のもっているバッグに船長の勘定分を数えて移した。 それは時間がかかって大変な仕事だった。というのもいろいろな国やサイズの硬貨があって、ダブロン金貨、ルイ金貨、ギニー金貨そして八印銀貨、その上僕には何だかわからないものまで、全てがごちゃまぜになっていた。ギニーがどうやら一番少ないようだったが、母親がどうやら数えられるものといったらそれがせいぜいだった。 半分くらいやり終えた頃、僕はとつぜん母親の腕に自分の手をおいた。というのも静まり返った寒気の中から心臓が口から飛び出そうになるほど驚かせる音が、めくらの男の凍った道を杖でコツコツと鳴らす音が聞こえたからだった。その音はだんだん近づいてきて、僕らはただ息を殺して座っているだけだった。それから宿のドアをはげしく叩くと、取っ手をまわして、押し入ろうとしてかんぬきをがたがたいわせているのが聞こえてきた。それからしばらく家の中でも外でもなんの音もしなかったが、ついにコツコツという音がまた聞こえて、それがだんだん小さく遠くなり、とうとう聞こえなくなったときの喜びとうれしさといったら言い表しようもないほどだった。 「お母さん」僕は言った。「全部もっていこうよ」かんぬきがかかってたから怪しむに違いないし、大勢の敵が押しかけてくるだろう。でもかんぬきをかけたことをどれほど感謝したことだろう、あの恐ろしいめくらの男をみたことがないとそれはわかるまい。 でも母親は、僕と同じくらいびくびくはしていたが、自分の取り分以上はびた一文とらない意気込みはかわらなく、かといって少ないのもよしとはしなかった。まだ7時にもならないし、時間はたっぷりあると母親は言い張った。権利はあるのだからとにかくもらうの一点ばりだった。そんなふうに母親と僕が言い争っているときに、かなり離れた丘のほうから低い口笛の音が聞こえてきた。十分だった、僕と母親にとっては十分以上といえるほどだった。 「これだけ持ってくよ」母親は飛び上がるようにして立ち上がり言った。 「足りない分、僕がこれをもっていくよ」と僕は油布の包みを手にした。 すぐに僕たちは、ろうそくを空の衣装箱のそばに残して手探りで階下におりた。そしてドアをあけ、一目散に逃げ出した。もう少しで手遅れになるところだった。霧は急速に晴れ、すでに月が高台の両側をはっきりとてらしだしていた。ただその小さい谷の底だけに、宿屋のドアのまわりにはうすい霧のベールがまだ立ち込めて、僕らが逃げ出すのを隠してくれたのだった。村への道のりの半分も行かない内に、丘のふもとからほんの少し行ったところで、僕らは月の明かりの中を進んでいかなくてはならなくなった。そればかりではなく、何人かがこちらに走ってくる足音が僕らの耳にとどいた。そしてその方向を振り返ると、明かりが一つ前後にゆれながら急速にこちらに近づいてきて、新しくきたやつらのなかには明かりをもっているやつがいることがわかった。 「ジム」突然母親が口にした。「このお金をもって走っていっておくれ、わたしはもう気を失いそうだよ」 これでとうとう僕らは二人ともおしまいだと僕は思った。どれほど村の人の臆病さをのろったことだろう。母親の正直さと欲張りなこと、そしてさっきまでの頑固さと今の弱音をどれほど責めたてたことだろう。僕たちは、幸運にもちょうど小さな橋にさしかかっていた。そしてよろめく母親を助け、土手の端まで連れて行った。母親は、自分で言った通りため息を一つつくと同時に僕の肩に倒れこんだ。いったい全体どうしてあんなことができる力があったのかは分からない。たぶん手荒にやったんじゃないかと思うが、僕はどうにか母親を土手の下まで、橋の下に少し隠れるところまで引きずっていった。もっと引っ張っていこうとしたが、橋はとても低くて僕が腹ばいでその下に入り込むのが精一杯だった。そこで僕らはじっとしていなければならなかった。母親はほとんど全身が見えていたし、僕ら二人とも宿から声が届くくらい近いところにいたのだった。 5 めくらの男の最後 たぶん僕の好奇心が恐怖を感じる気持ちより強かったせいだろう。僕はそのままの位置にじっとしていられず、土手の方に這って戻っていったのだ。そこで頭をエニシダのしげみの影にかくせば、家の前の道をみはれるというわけだ。僕がその場所に行くか行かないかのうちに、7、8人の男が全速力で走って、歩調はてんでばらばらだったが、先頭にはランタンを持った男がやってきた。3人の男が手に手をとっており、霧が深かったが3人の真ん中の男がめくらのこじきだろうと当たりがついた。次の瞬間、その男の声がして、僕が正しかったことがわかった。 「ドアをたたきこわせ!」めくらのこじきはさけんだ。 「アイ、アイ、サー!」2、3人が答えて、ベンボウ提督亭に突進し、ランタンを持った男が後に続いた。それから僕はやつらが立ち止まって、なにやら低い声で話しているのが聞こえた。まるでドアが開いていたことに驚いたようだった。でも立ち止まったのは一瞬で、めくらの男が再び命令を下した。めくらの男の声は気がせいているのと怒りで非常に昂奮しているかのように、さっきよりいっそう大きく、高らかに響き渡った。 「中だ、中にはいるんだ!」そう叫ぶと、ぐずぐずしている連中に毒づいた。 4、5人の男がすぐにそれに従い、2人がその恐ろしいめくらの男と道に残った。しばらく間があって、それから驚きの叫び声がして、「ビルが死んでる」という声が家から聞こえた。 でもめくらの男は、再度ぐずぐずするなと連中にののしった。 「やつを調べろ、何人かでいいぞ、のろまなやろうども。残りは上だ、衣装箱を手に入れるんだ」 僕は、やつらが僕の家の古い階段をかけ上がる足音を聞いて、家全体がゆれているにちがいないやと思った。そのすぐ後に、新たな驚きの声があがった。船長の部屋の窓がバタンと開き、ガラスの割れる音がした。そして一人の男が月光の中に身を、頭と肩をのりだして、下の道にいるめくらのこじきにこう伝えた。「ピュー、先をこされた。だれかが衣装箱をすっかりひっくりかえしたんでさぁ」 「あるか?」ピューはさけんだ。 「金はあるよ」 めくらの男は、金なんかと毒づき、 「俺が言ってるのは、フリントの地図のことだ」と叫んだ。 「ここには見当たらないでさぁ」と2階の男は答え、 「おい、1階のやつら、ビルが身につけてないか?」とめくらの男がふたたび叫んだ。 別の男が、たぶん下に残って船長の体を探していたやつだろう、宿のドアのところまでやってきて、「だれかビルをしらべたあとですぜ、なにもありゃしません」と報告した。 「宿のやつらだ、あのこぞうだな。目をくりぬいときゃあよかった!」めくらの男、ピューはそうさけぶと、続けて「おれがさっき来た時は、ドアが閉まってたから、それほど遠くには行ってねぇだろう。さあ、おまえら、手分けしてあいつらを探すんだ」 「違いねぇ、ろうそくがここにあるし」2階の男もそう付け加えた。 「手分けしてあいつらを探せ! 家中ひっくりかえすんだ!」ピューは杖でなんども道を叩きながら繰り返した。 それから僕の古い家はめちゃくちゃな騒ぎだった。あちこちで大きな足音がひびき、家具はひっくりかえるわ、ドアは蹴破られるわ、近くの岩山までその音が響き渡るくらいだった。それから男たちは一人、また一人と外にでてきた。そして口々にあいつらはここにはいないですぜと報告した。ちょうどそのとき、死んだ船長の金を数えていた僕と母親をはっとさせたのと同じ口笛が夜の空にはっきりと響き渡り、それも今度は二回だった。僕はそれをめくらの男の甲高い声、いわば襲撃のために仲間を集める声かと思っていたが、今聞いてみると村の方角の丘のあたりからの合図らしかった。その合図を聞いた海賊たちの反応からすると、危険が近づいてるとでもいったような合図だったのだろう。 「またダークの合図だ、それも二回! ずらかったほうが良くねぇか、みんな」と男の一人が口にした。 「ずらかるだって、この臆病者!」ピューはどなりつけた。「ダークもだいたいからしてばかものだし、おまけに腰抜けときてる、やつにかまうんじゃねぇ。あいつらは近くにいるはずだ、それほど遠くにいけるはずがない。手のとどくところだぞ。手分けして探すんだ、おまえら! あぁ、なんてことだ、目が見えさえしたら!」めくらの男は叫んだ。 この言葉に奮い立ったようで、2人の男があたりの木の間をさがし始めたが、どうも気もそぞろといった感じだった。僕が思うに自分たちに危険が迫ってることが頭から離れないようだった。他の男たちときたら道でぐずぐずしている始末だった。「手の届くところに大金があるのに、このまぬけども、ぐずぐずするんじゃねぇ! 見つけたら王様ぐらい金持ちになるんだ、それがここにあるんだぞ。でもっておまえらは、そこでこそこそ突っ立ってるのか。だいたいおまえらのうち一人としてビルのところへ行かないもんだから、おれが行ったんだ、目が見えないにもかかわらずだ! おまえらのためにチャンスをのがすのか! おれは一文なしの、人にペコペコ頭を下げて、ラムをせびるこじきになるのか、馬車を乗りまわせるかもしれんのに! もしおまえらに虫けらほどの勇気でもありゃあ、もうあいつらを捕まえてるはずだぞ」 「やめとこうぜ、タブロン金貨を手に入れたことだし、ピュー」一人がそうつぶやくと、 「地図はあいつらが隠したかもしれないし、」と他の男も続けた。「ジョージ金貨を持ってこうぜ、ピュー、とにかくここで言い争ってる場合じゃあねぇ」 言い争うというのは言いえて妙だった。ピューの怒りはその言葉でいよいよ火に油を注がれたようになり、ついには完全に怒り狂って、右に左にあたりかまわず杖でなぐりつけた。殴られたものも一人ではすまなかった。 そして今度は、周りの男がピューにくってかかり、ひどくおどしつけて、しっかりにぎっている杖をうばおうとしたができなかった。 この争いが僕たちの救いとなって、そうこうしているうちに、村の方角の丘の頂上あたりから別の物音がして、それは馬の走る音だった。それと同時に、一発銃声が鳴り響いて、生垣のところでパッと火花が散った。危険の最後の合図としては十分すぎるほどのものだった。海賊たちはすぐさまきびすを返し、それぞれの方向にずらかった。あるものは入り江の海岸に、あるものは丘をななめにといった具合だった。30秒もしないうちに、ピューを残して誰一人いなくなってしまった。ピューは見捨てられた、単にパニックに陥ったからかもしれないし、ひどい事を言って杖で打ちつけたから仕返しされたのかもしれない。僕にはわからないが、とにかく置き去りにされて、狂ったように杖で道をさぐり、手探りで仲間の助けを求めていた。しまいには、間違った方角をむき、僕のほんのそばを通り過ぎて、村の方向へ「ジョニー、黒犬、ダーク」や他の名前を、「どうか年寄りのピューを見捨てないでおくれよ、仲間だろ、ピューを見捨てないでくれ」とさけびながら走っていった。 ちょうどそのとき、馬の音が大きくなって、4、5人の馬に乗った人が月明かりに姿を現し、全速力で坂を下ってきた。 ピューは自分が間違えたことに気づいて、悲鳴をあげて引き返したが、みぞに転がるようにしてはまり込んでしまった。でも再びすぐさま自分で立ち上がると、駆け出した。ただまったく混乱していて、駆けおりてくる馬のちょうどすぐ近くに飛び出してしまった。 馬に乗っていた人は、助けようとしたがだめだった。ピューは夜にひびきわたる甲高い悲鳴とともに倒れて、4つのひづめがピューをけって、はねとばし、通りすぎていった。ピューは横倒しになり、ゆっくりうつぶせになると、それ以上動くことはなかった。 僕は立ち上がると、馬の乗り手を呼び止めた。その人たちは事故にとても驚いていたが、とにかく立ち止まった。僕は、すぐにだれがやってきたのかがわかった。最後に姿を現したのが、村からリバシー先生のところに行ってくれた若者だったのだ。他の人たちは密輸の監視官で、若者と途中で出会って、機転をきかせすぐに一緒にとってかえしてくれたのだった。監督官のダンスさんは、キット入り江に小型の船がいると聞きつけてちょうどこちらに来るところだったみたいで、こうして僕と母親は命拾いしたのだった。 ピューは、完全に死んでいた。僕の母親は村まで運んでもらって、少しの冷たい水と塩ですぐに気がついた。だからといっていっこうに怖がるわけでもなく、金が足りないとぶつぶつこぼしていた。そうしている間にも、監督官は全速力でキット入り江に馬でかけつけたが、一行は馬からおりて手探りで馬を引きながら、ときにはささえて峡谷を下っていかなければならず、そして絶えず、待ち伏せにも気をくばらなければならなかった。だから入り江についたときには、小船がすでに出航していたのも、なんら驚くべきことではない。ただ小船はまだすぐ近くにいたので、監督官は船に向かってさけんだが、「月明かりの下でぐずぐずしてると、鉛玉をくらわせてやる」という声と同時に弾丸が監督官の腕をかすめていった。すぐに小船は岬をまわって姿を消してしまった。ダンスさんはそこに立っていて、言うには「丘にあがった魚みたいなもの」ということで、できるのはせいぜいブリストルに人をやって沿岸警備隊に警告するくらいということだった。「それも、なんにもしないのと同じことだな。やつらはすっかり逃げおおせたし、それで終わりだ」とダンスさんは言って、こう付け加えた。「ただ、ピューのやろうを踏みつけたのはよかった」このときまでには、僕の話を聞いて知っていたのだ。 ダンスさんといっしょにベンボウ提督亭にとってかえしたが、あれほどぐちゃぐちゃになった家というものがみなさんは想像できるだろうか。時計さえも母親とこの僕を怒りに任せて探すうちに、やつらが投げ飛ばしているありさまだった。そして実際には、船長の金の入った袋と引き出しからちょっとの銀を持っていかれただけだったが、僕はすぐに家はもう使えないということがわかった。ダンスさんも合点がいかないようだった。 「やつらは金を持ってったといったね? まあ、それはいい。ホーキンス君、その他に何を探していたんだろう? もっと金をか? 私が考えつくのはそれくらいだがな」 「違います、ダンスさん。金じゃないと思います」と僕は答えた。「本当は、僕が胸ポケットに持っているものだと思うんですが...本当のことを言えばこれを安全なところに隠しておきたいんです」 「そうだな、その通りだ」ダンスさんは言った。「よければ私があずかるが」 「リバシー先生に...」と僕が言うと、 「それがいい」ダンスさんは全然機嫌をそこねた風ではなく僕の言葉をさえぎると、「それがいいよ。紳士で、治安判事だしな。私も今思いついたが、リバシー先生か大地主さんのところまで行って、自分でちゃんと報告しておかないとな。ピューが死んで、すべてが終ったことだし。ただそれを残念には思わんがな。ともかく君も見たとおり、やつは死んだ。国王陛下の役人を非難する人もいるかもしれんし、もしできればだけどな。さてホーキンス君、もしよければ一緒に連れて行ってやるよ」 僕はダンスさんに心からお礼をいった。そして馬が置いてある村へ歩いて一緒にもどると、僕が母親にどうするかを話している頃には、みんな馬にまたがっていた。 「ドガー」ダンスさんが言った。「おまえの馬はいい馬だ、この子をおまえの後ろに乗せてやれ」 僕がまたがって、ドガーさんのベルトにつかまるとすぐに、監督官は号令をかけ、一行はリバシー先生の家に馬で急いだ。 6 船長の地図 僕たちはリバシーさんの家まで馬を走らせ、玄関にたどりついた。表からみると家はまっ暗だった。ダンスさんは、僕に馬をおりてドアをノックするようにといったので、ドガーさんがあぶみを差し出してくれて僕は馬を下りた。それと同時に玄関が開き、メイドが顔をだした。 「リバシー先生はいますか?」と僕は尋ねたが、いいえというのがメイドの答えで、午後に先生は帰宅しましたけれど、大地主さんの家に夕食に呼ばれて、今晩はそこで過ごしているということだった。 「では、そこへ行くとしよう、さぁ」とダンスさんは言った。 今度はすぐ近くだったので僕は馬にも乗らず、ドガーさんのあぶみにつかまりながら走り、門番の小屋のところまで行った。すっかり葉が散っていて、月明かりに照らされている長い並木道を上っていくと、古くて立派な庭の両側に屋敷の白い輪郭が見えるところまでやってきた。そこでダンスさんも馬をおり僕を一緒に連れて、ひとこと断ると家の中に通された。 召使が先導し、僕らはマットが敷いてある廊下を歩き、つきあたりの大きな書斎に案内された。そこには書棚がならんでいて、その上には胸像がおいてあり、大地主さんとリバシー先生はパイプを手にして暖炉の両脇に腰かけていた。 僕は、そのときまで大地主さんをそんな近くで見たことはなかった。大地主さんは背の高い人で6フィート以上あり、相応に肩幅がひろく、ぶっきらぼうで無骨な顔立ちをしており、長い旅行を重ねたためすっかり荒れた、赤茶けてしわだらけの顔をしていた。まゆげはまっくろで、よく動いていた。そのために機嫌がわるいというのではないけれど、いくぶん短気で怒りっぽいようにもみえた。 「お入り、ダンス君」と大地主さんが堂々として、ていねいにこういうと、先生も「こんばんは、ダンス君」と言ってうなずいた。 「こんばんは、ジム君。ここにくるなんてどういう風のふきまわしだい?」 監察官はピンとまっすぐ立つと、授業でもするかのように話を始めた。2人の紳士が身を乗り出しお互いに見つめあいながら、驚きと興味のあまりタバコを吸うことも忘れている姿がどんなふうだったか、みなさんにお見せしたかったくらいだ。2人が僕の母親がどうやって宿屋に引き返したかを聞いたとき、リバシー先生は腿をパンと打ち、大地主さんは「偉いぞ!」と叫び、長いパイプを暖炉にぶつけて壊してしまった。話し終わるずっと前から、トレローニーさんは(おぼえているだろうか、それは大地主さんの名前だ)立ち上がって、部屋を大またで歩き回っていた。そして先生はもっとよく聞こうとでもするかのように髪粉をつけたかつらをはずして座り込んでいたが、短く刈り込んだ黒い頭はとても奇妙に見えたものだった。 とうとうダンスさんは話し終えた。 「ダンス君」大地主さんは言った。「君は見上げた男だよ。あの腹黒いたちの悪い悪党を馬で踏みつけたことについて言えば、ゴキブリを踏みつぶすような善行と考えていいと思うな。ホーキンズ君も大手柄だ。ホーキンズ君、ベルをならしてくれるかな? ダンス君はビールを飲まなきゃいかん」 「そしてジム君」先生は言った。「君はやつらが捜し求めてたものをもってるんだね、そうだろう?」 「ええ、ここにあります」と僕は言って、油布の包みを先生に渡した。 先生はそれをよく調べると、先生の指はそれを開けたくてうずうずしているようだったが、開ける代わりにコートのポケットに静かにしまいこんだ。 「大地主さん」先生は言った。「ダンス君がビールを飲み終わったら、もちろん陛下のために働くため席をはずさなきゃなりません。でもジムはここにおいて、家に泊めてやろうと思うんです。お許しねがえるなら、冷たいパイをとりよせてジムに夕食をとらせてやりたいんですが」 「どうぞ、リバシーさん」大地主さんはそういうと、「ホーキンズ君は、冷たいパイよりずっとすごいものを手に入れたんだしな」と続けた。 そして大きな鳩みたいなパイが運ばれてきて、僕は鷹みたいに腹を空かせていたので心ゆくまで食事をした。その間ダンスさんはいろいろ誉められて、そして退席した。 「さて、大地主さん」先生は言った。「さて、リバシーさん」大地主さんも同時に口を開いた。 「一人ずつ、一人ずつ」リバシー先生は笑いながら言った。 「フリントのことは聞いたことがあるだろうねぇ」「フリントのことを聞いたことがあるかだって!」大地主さんが叫んだ。「聞いたことがあるかって言いましたな! やつほど残虐無比な海賊はいませんぜ。黒ひげでさえフリントに比べれば子供みたいなもんだ。スペイン人のやつらときたらあんまりやつを恐れるもんで、正直な話、私はフリントがイギリス人なのを自慢したこともあったくらいだ。実際私はこの目でフリントのトップセイル(トップマストの帆)をみたことがあるんだ、トリニダードの沖合いでね。私の乗ってた船の、あのラムばかりあおっていた臆病者の船長が逃げ出したんだ、そう、ポートオブスペインにね」 「そう、私もイギリスで彼のことは耳にしましたぞ」先生は言った。「ただ肝心なのは、やつが金をもっていたかどうかですな?」 「金だって!」大地主さんは叫んだ。「話をちゃんと聞いてなかったな? あの悪党どもが探し回っているのが金じゃないなら何なんだい? やつらが金以外のなにを欲しがるというんだ? やつらが金以外のいったい何のために、自分の身を危険にさらすもんかい?」 「すぐにわかりますよ」先生は答えた。「でもそんなにひどく興奮して大声をだされるようだと、一言もいえやしませんよ。私が知りたいのはこういうことです。私のいまこのポケットにあるものが、フリントが宝物を埋めた場所への手がかりだとしたら、その宝物はすごいものでしょうかな?」 「そりゃあ!」大地主さんは叫ぶと、こう続けた。「そうですな、あなたが言うとおりの手がかりがあるなら、わたしはブリストルの波止場で船を見つけてきて、あなたとこのホーキンズ君と一緒にいきますぞ。一年がかりでもその宝物を手に入れますよ。そう、それくらいの価値は十分にあるでしょうよ」 「よろしい」先生は続けた。「では、ジム君が賛成してくれるなら、この包みをあけてみることにしましょう」と包みをテーブルの上に置いた。 包みは縫いつけられていたので、先生は自分の医療箱を取りだしてきて、医療用のはさみで縫い目を切らなければならなかった。中には2つのものが入っていて、1冊の帳簿と、一枚の封をした紙があった。 「まず帳簿を調べてみよう」先生はそう言った。 大地主さんと僕は、先生の肩ごしに帳簿を開くのをみていた。リバシー先生は親切に僕にも食事をしていたサイドテーブルからこちらへくるように手招きしてくれたので、僕もそれを調べる楽しみに加わることができたのだ。最初のページには、ペンを手にした人が試し書きでもしたような殴り書きがあるだけだった。その一つはあの入れ墨と同じ「ビリーボーンズのお気に入り」というものだったし、「W・ボーンズ氏、船乗り」、「ラムはけっこう」、「パルムキーの沖でそれを手に入れた」とかそんな殴り書きが、ほとんどは単語ではっきりしない文字が書かれていた。僕は「それを手に入れた」というのは誰がなのかとか、手に入れた「それ」とは何なのか、不審に思わずにはいられなかった。背中にナイフでもくらったとかそんなことなんだろう。 「ここにはたいした手がかりはないな」リバシー先生はページを送りながらそう言った。 次の10 〜12ぺージは奇妙な書き込みで埋めつくされていた。行の端に日付があり、もう一方の端に金額があるのは普通の会計の帳簿と同じだったが、2つの間には説明書きのかわりにただ十字のしるしがそれぞれの行に違った数記入されているだけだった。例えば、1745年の6月12日には明らかに70ポンドを誰かに支払っていたが、その理由を説明しているのは6つの十字だけだった。確かに場所の名前を「カラカッサ沖」とか、単に緯度経度が62度17分20秒、19度2分40秒といったぐあいに書いてあるところもあった。記録はおおよそ20年をこえるくらいも続いていて、金額の合計は年を経るにつれだんだん大きくなっていき、ついには総合計が5、6回も間違って合計されたあげくにはじき出されていて、「ボーンズ、その財産」となっていた。 「まったく訳がわからんな」と先生が言うと、 「きわめて明らかじゃないか」大地主さんは叫んで、「これはあの悪魔のような犬畜生の会計簿ですよ。この十字のしるしはやつらが沈めたり、略奪した船や町の名前を示しているんでしょう。金額があの悪いやつの取り分で、あいまいかもしれないと思ったところに、あんたも見たようにはっきりと書き加えているんですな、“カラカッサ沖”とか。つまりその沖合いで海賊どもが横付けした不幸な船が何艘があって、乗ってた人の骨はかわいそうにずっと昔にさんごにでもなってるかな、冥福を祈るよ(訳注1-1 )」 「その通りだ!」先生は言った。「やっぱり旅行家たるものは違うなぁ。その通りだ! 金額が増えているのは、そう、やつが偉くなるにつれてなんだ」 後はその冊子の最後の数ページの白紙にいくつかの場所の方角と、フランスとイギリスとスペインの換算表が書いてあるくらいのものだった。 「しっかりした男だ!」先生は叫んだ。「だまされるような男じゃないな」 「さて」大地主は言った。「もう一つだ」 その紙は何ヶ所も指貫で封印がされていた。たぶん僕が船長のポケットで見つけたあの指貫だ。先生はとても注意深く封を開けると、島の地図が出てきて、緯度経度と、水深、丘や湾そして入り江の名前があり、船が安全にその岸の停泊所に入港するのに必要な点がすべて記入されていた。縦に9マイル横に5マイルほどで、その形は、こう言えるかもしれない、太った竜が立ち上がっているような形だと。2つの陸に囲まれた良港があり、中央には「望遠鏡」という名前の丘が一つあった。その後の日付でもいくつかの追記があったが、結局、赤いインクで3つの十字が、2つは島の北の方に、1つが南西の方に記されていた。南西の方のしるしの側には、同じ赤いインクだが、小さなきちんとした字で、船長のよろめいた字とは似ても似つかない文字でこう書かれていた。「宝物の大部分はここに」 裏にも同じ筆跡でより詳しいことが書かれていた。 北北東より1ポイント(訳注1-2)北の、望遠鏡の丘の肩の部分、高い木 どくろの島の東南東より東10フィート 銀の延べ棒が北の隠し場所。 東の小高い丘の傾斜面で、10尋(ひろ:手をひろげた大きさ)南の黒いごつごつした 岩に面したところで見つかるだろう。 武器はすぐにも見つかる。北の入り江の岬の北方の、東から四分の一北の砂丘にある。 J・F 以上で、短いけれども僕にはなんのことやらさっぱり分からなかったが、大地主さんとリバシー先生ときたら大喜びだった。 「リバシーさん」大地主さんが言った。「君はその惨めな仕事をさっさとやめるんだね。私は明日ブリストルに行く。三週間のうちに、三週間! いや二週間、いや十日だ。われわれはイギリスで最上の船で、とっておきの船員を手にいれるんだ。ホーキンズ君も客室のボーイとして一緒にくるんだ。ホーキンズ君、君はすてきなボーイになるよ。リバシーさんは船医だ、私は提督だな。レッドルースとジョイス、それからハンターも連れて行こう。順風満帆で、その場所も簡単にみつかるさ。そしてそれから後は、食べて、贅沢にくらして、湯水のように使えるくらいの金を手に入れるんだ」 「トレローニーさん」先生は言った。「ご一緒しますよ。ジムも行くことは請合いましょう。この冒険の名誉を担うでしょう。でもたった一人だけ心配な人がいるんですよ」 「だれだい?」大地主さんはさけんだ。「そいつの名前をいいたまえ、君!」 「あなたですよ」先生は答えた。「あなたは黙っていられないお人だから。この紙のことを知っているのは、私たちだけではないんです。今晩あの宿を襲ったやつら、乱暴な手におえないやつらですよ。たしかにあの小船に残っていたやつらも、それから言っておきますが、それほど遠くにいないやつらも一人残らず、なにがあろうと、その金を手に入れようとするでしょう。海にでるまでは、誰も離れちゃいけません。ジムと私は、それまで一緒にいましょう。あなたはジョイスとハンターと一緒にブリストルに行って下さい。最初から最後まで私たちの誰一人として、見つけたものについて一言でももらしちゃいけません」 「リバシーさん」大地主さんは答えた。「あなたのいうことはいつも正しい。わたしは墓場のように静かにしてることにするよ」 訳注1-1 God help the poor souls that manned her--coral long ago は、THETEMPEST シェークスピア「あらし」のARIEL'S SONG Full fathom five thy fatherlies;Of hisbones are coral made; Those are pearls that were his eyes;を踏まえているとの指摘あり。でもcoral だけじゃない一緒なの。せめてpearl もあるとか。まあ、船も沈むけど(ARIELのおこした)嵐で沈むのと海賊の襲撃で沈むのもずいぶん違うと思うけどなぁ。でも「あらし」もおもしろい物語だしいいでしょう。「骨が〜さんごになる」くらいにしときます。 訳注1-2 (方位上の)点,ポイント:羅針盤の360°を32等分したものの一つ(11°15′) 二部 船の料理番 7 僕はブリストルへ 僕らが航海へでる準備が整うまでには、大地主さんが予想したよりずっと時間がかかった。僕たちが最初にたてた計画は、リバシー先生の計画、僕をずっとそばに置いておくというものさえもその通り実行できなかった。先生は自分の代わりになる医者を探しに、ロンドンに行かなければならなかったのだ。大地主さんはブリストルで大忙しだったし、僕は狩猟番のレッドルース爺さんの命令の下、屋敷でほとんど囚人のような暮らしを送っていた。でも航海の夢、まだ見たこともない島々、冒険のことを想像すると胸がいっぱいだった。僕は何時間もあの地図のことを考えてすごし、地図の細かい所にいたるまですっかり覚えてしまった。使用人の部屋の暖炉の側に座って、僕は空想の中でありとあらゆる方向からその島に近づいたものだった。僕はその島の表面をくまなく調査して、望遠鏡山という名前のあの高い山へは千回ほども登ったろうか、その頂上からの眺めはすばらしいもので、さまざまに移り変わってとても楽しめた。ときには島には野蛮人がいっぱいで、僕らは勇敢に戦った。ときには危険な獣たちがたくさんいて、獣たちは僕らを追いかけてきた。でもどれほど僕が想像しても、実際の冒険でおこったほど奇妙で痛ましいことはこれっぽっちも思いつかなかったものだ。 何週間もすぎたある日、一通の手紙がリバシー先生宛に届き、その手紙には「リバシー先生が不在のときには、トム・レッドルースもしくはホーキンズ少年が開封のこと」と付箋がついていた。それに従って、僕らは、というより僕は(というのも狩猟番は、印刷されたもの以外はあまり上手く読めなかったのだ)次の通りの重大な知らせを受け取った。 17XX年3月1日 ブリストルの古錨亭にて リバシーさん、私はあなたが屋敷におられるか、まだロンドンなのか分からないので、両方にこの手紙を送付します。 船は購入済みで、準備万端です。いつでも海にでられる状態で、停泊しています。これほどのスクーナー船だとはあなたも思いますまい。子供にでも操縦できるほどで、200トン、名前はヒスパニオーラ。私の古くからの友人、ブランドリーからこの船を手に入れました。彼は本当におどろくほどいいやつだってことが分かりました。この感心な男は、私のために文字どおり身を粉にして働いてくれたんです。というか、ブリストルの誰もが私のために働いてくれたと言っていいでしょう。我々の目指している港、つまり宝物のことですな、のことをかぎつけるやいなやね。 「レッドルースさん、」と僕は手紙を中断して言った。「リバシー先生はこういうことは喜ばないと思うな。結局、大地主さんときたらしゃべっちゃうんだもの」 「でも、他にいい人がいるか?」狩猟番はうなるようにまくしたてた。「大地主さんがリバシー先生に言われたからって話もできないんじゃ、いいとこなしじゃねぇか、と俺は思う」 こう言われて、僕は口をはさむのを一切やめて、ただ手紙を読みすすめることにした。 ブランドリーが自分でヒスパニオーラ号をみつけて、卓越した手腕でとても安く手に入れてくれました。ブリストルでは、ブランドリーのことをひどく中傷するやからもいます。やつらは、あの正直な男をつかまえて、金のためにしか働かないやつだとか、ヒスパニオーラ号はもともとやつの持ち物で、それを私にまったくの高値で売りつけたんだ、とさえいったもんですよ。まったく見えすいた嘘ですがね。ただ、だれもこの船がすばらしいことには、けちはつけられんでしょう。なにひとつ滞っていることはありません。確かに、船の整備工やなんやらの労働者たちが、いらいらさせるほど仕事が遅いんですが、時が解決してくれました。私の悩みは船員です。私は、原住民や海賊、あの憎むべきフランス人に備えてちょうど20人はほしいと思っていましたが、6人ほど見つけるのにさえ、四苦八苦するありさまでした。ただまったくの幸運にめぐまれ、私のまさに求めている男にめぐりあったのです。私は波止場に立っていたのですが、その時、ほんの偶然から、その男と口をきくようになりました。私はその男が老水夫で、酒場をやっており、ブリストルの水夫という水夫がみな知りあいであるということを知りました。彼は陸で健康を害したので、料理番の職でまた海へ出たいと思っているということで、その朝は波止場まで潮の香りをかぎに、足を引きずってきたということでした。私はまったく心を打たれてしまいました。もしあなたでもそうしたでしょうが、まったくかわいそうに思って、その場で船の料理番として雇い入れました。ロング・ジョン・シルバーという名前で、片足をなくしているのです。ただ私はそれをむしろ推薦状だと見なしています。というのも、あの不朽の名声をほこるホークの下でお国のために働いて、片足をなくしたのですから。でも年金をもらってないんですぞ、リバシーさん。いやはや、われわれはまったくなんてひどい時代に生きてることでしょう! さて、きみ、私は料理番を一人確保したぞと思っていたのですが、なんと乗組員全員をみつけだしていたのです。シルバーと私で、数日でこのうえなく頑強で老練な水夫の一団を確保しました。見た目は好ましいとはいいがたいですが、やつらの面構えといったら不屈の精神そのものといったぐあいです。フリゲート艦とでさえ戦えますよ。ロング・ジョンは、私が雇い入れた6、7人のなかから2人を解雇さえしてくれたんです。彼は、すぐさまその2人が大事な冒険では避けなければならない新米ののろまだってことを私に教えてくれました。 私は心も体もすばらしく充実していて、牡牛のように食い、丸太のように寝ていますが、わが水夫たちがキャプスタンのまわりを回っている足音を聞くまでは、少しも楽しむ気持ちにはなれやしません。さぁ、海へ。宝物なんてどうでもいい! 海の輝きこそが私をのぼせ上がらせてるんです。さあ、リバシーさん、急いで来て下さい。もし私のことを尊敬しているなら、1時間たりとも無駄にしないでください。ホーキンズ少年は、レッドルースを護衛にして、すぐに母親のところにやってください。それから大急ぎで2人をブリストルへよこしてください。 ジョン・トレローニー 追伸 書きもらしたが、ブランドリーは我々が8月の終わりまでに戻らない場合、われわれを追って船をだすつもりだということでした。おまけに船長としてすばらしい人を見つけてきてくれました。型苦しい人なのが残念ですが、その他のあらゆる点で掘り出し物です。ロング・ジョン・シルバーは、航海士としてまさに適任の男、アローという名前の男を見つけ出してくれました。号笛をふく水夫長もいます、リバシーさん。ヒスパニオーラ号では、物事は全て軍隊式にやりましょう。シルバーが資産家であることも書き忘れていました。私が知る限りでは、彼は借り越したことがない銀行口座をもっています。宿屋は奥さんにまかせるみたいです。そして奥さんは黒人なので、あなたや私のような独身者が勘ぐるのを許してもらえれば、彼が海へもどるのは健康のためばかりではないということだろうかね。 J・T 追追伸 ホーキンス君を一晩母親の所に泊まらせてやりたまえ。 J・T この手紙が僕をどれほど興奮させたか想像できるだろうか。僕はうれしさのあまり我を忘れるありさまだった。そして僕が人を軽蔑したことがあるとすれば、このときぶつぶつ不平をいって不運を嘆いているばかりのトム・レッドルース爺さんに他ならない。狩猟番の下働きのだれでも喜んで、彼と立場を交換したことだろう。でもそれでは大地主さんが喜ばず、大地主さんが喜ぶことこそが、そのまま彼ら全員の間の法律のようなものなのだった。レッドルース爺さん以外は、あえてぶつぶつ言ったりするものさえいなかったことだろう。 翌朝、レッドルース爺さんと僕は徒歩でベンボウ提督亭に出発した。そして僕は母親が健康で元気であることをこの目で確認した。長いあいだ悩みの種だった船長も、悪人でもトラブルを起こさないようなところへ行ってしまったし、大地主さんが宿の全てを修繕してくれていて、ラウンジや看板も塗りなおされていた。いくつか家具が加わっていて、おまけに母親のために美しいひじかけ椅子が一脚、酒場に備え付けられていた。大地主さんは、僕が不在の間母親に手助けが必要ないように、男の子を一人見習として見つけておいてさえくれたのだった。 その男の子をみたとき、僕は初めて自分の置かれた立場に思い当たった。そのときまで、僕は自分の前に広がる冒険のことばかりを考えていて、後に残して行くわが家のことなんてこれっぽっちも考えちゃいなかった。そして今、この気のきかないよそ者がここ、母親のそばの、元に僕がいた場所にいることになるのをみて、僕ははじめて涙がこみあげてきた。僕はこの男の子にきびしくあたったかもしれない。というのもその男の子は仕事になれていなかったし、僕は何百回となくその子の行動を正しては叱りつけたからだ。そして僕はそういうことにすばやく目をつけるほうだった。 一晩があけ、次の日の夕食後、レッドルース爺さんと僕は再び徒歩で帰路についた。母親にさようならをいい、生まれてこのかたずっと過ごしてきた入り江や、なつかしきベンボウ提督亭に別れを告げた。まあ、ベンボウ提督亭は塗りなおされていたから、そうなつかしいと言うほどでもなかったが。最後に一つ考えたのは、船長のことだった。船長は、つばが上に曲がった帽子をかぶり、頬には刀傷があり、あの古い真鍮の望遠鏡をかかえ、よく砂浜を闊歩していたものだった。そして僕らは角をまがり、わが家は視界から消えた。 日が暮れる頃には、僕たちはヒースの荒野にあるジョージ国王亭で郵便馬車に乗り込んだ。僕はレッドルース爺さんとかっぷくのいい老紳士の間に押し込められた。馬車はかなり早く走っていて、夜気は冷ややかだったにもかかわらず、乗り込んだ当初からすぐにうとうとしはじめたようだ。そして山を越え谷をわたり、宿駅から宿駅に行くあいだぐっすり眠りこけていた。というのもわき腹をひじでつつかれて、ようやく目がさめたくらいだった。目を開けると、街の通りの大きなビルの前にいて、すでに夜はすっかり明けていた。 「どこにいるの?」と僕が聞くと、「ブリストルだ、」とトムは答えて「降りるんだ」と続けた。 トレローニーさんはスクーナー船での仕事の監督をするために、波止場から少し離れた宿に居をかまえていた。そこまで僕らは歩いて行かなければならなかったが、とてもうれしかったことに、波止場にはさまざまな大きさのいろいろな装備をつけた各国の船がたくさん停泊していた。その一つでは、水夫達が働きながら歌い、他の船では、僕の頭上はるか高くにたくさんの男たちがいて、くもの糸ほどにも見える細いなわにぶらさがっていた。僕は生まれてこの方ずっと海辺で育ってきたけれど、これまで本当に海の近くにはいなかった気さえするほどだった。タールと潮の香りさえなにかが違っていた。僕は、はるか海を越えてやってきたさまざまなすばらしい船首像を目にした。その上多くの老水兵が耳にわっかをして、ほおひげをカールして巻き毛にしたり、タールまみれの弁髪をして、肩で風をきり不恰好な水兵歩きをしていた。もし僕がこんなにたくさんの王様や大僧正をみたとしても、これほど大喜びはしなかっただろう。 そして僕は出航するのだ。スクーナーに乗り込んで海へ、号笛をならす水夫長や歌を歌う弁髪の水夫たちと一緒に、海へ出るんだ。見知らぬ島に上陸して、埋められている宝物をさがすんだ! 僕がまだこうした楽しい夢にひたっているあいだに、僕たちは突然大きな宿の前にでてきて、大地主のトレローニーさんと出くわした。上から下まで高級船員のような服装をして、丈夫な青い服をきて顔に笑みを浮かべ、水夫の歩き方を立派に真似しながらドアから出てくるところだった。 「やってきたな、」大地主さんは叫んだ。「先生も昨晩ロンドンからやってきたよ。ブラボー! 勢ぞろいだ!」 「えぇ、」僕も叫んだ。「で、いつ出航ですか?」 「出航!」大地主さんは言った。「明日出航だよ!」 8 望遠鏡屋の看板 僕が朝食をすませると、大地主さんは僕に望遠鏡屋にいるジョン・シルバーにあてたメモを手渡した。そして望遠鏡屋は波止場ぞいに歩いて、大きな真鍮製の望遠鏡の看板がある小さな居酒屋によく注意していけばわけなく見つかると言ってくれた。僕は出かけて、もっと船や船員がみられることに大喜びで、大勢の人や荷馬車や荷物が行きかう中を歩いて行った。波止場は今が一番忙しい時で大賑わいだったが、僕はその居酒屋にすぐにたどり着いた。 それは狭いながらも、なかなか明るい感じの居酒屋だった。看板は真新しいもので、窓には清潔そうな赤いカーテンがかかっており、床にはきれいに砂がまかれていた。店の両側に道がありどちらもドアが開け放してあったので、タバコの煙でもうもうとしていたにもかかわらず、広くて天井が高いその店の中はなかなか見とおしがきいた。 お客はたいがい船乗りで声高に話していて、僕は入るのが怖くて入り口でためらっていたぐらいだった。 僕がぐずぐずしている間、一人の男が横の部屋からでてきた。一目みて、僕は彼がロング・ジョンに違いないとわかった。その左足はほぼ根元からなくなっていて、左脇に松葉杖をかかえ、おどろくほど器用にそれをつかいこなし、小鳥のように軽やかにぴょんぴょんと歩き回っていた。とても背が高くがっしりした男で、そのハムみたいに大きな顔は、醜く青白かったが、知性がうかがえ微笑を浮かべていた。かなり機嫌がいいみたいで、テーブルの周りを歩き回りながら口笛をふき、お客をもっと楽しませるように陽気な言葉をかけたり、肩をぽんとたたいたりしていた。 さて正直いって、僕は最初に大地主のトレローニーさんの手紙でロング・ジョンのことを読んだときから、彼こそが僕がベンボウ亭であれほど長く見張っていたあの一本足の男ではないだろうかと心の中で恐れを抱いていたものだ。しかし一目みただけで、十分だった。僕は船長のことも見てきたし、黒犬もそしてめくらの男ピューのことも見た。僕は、海賊というものはどういうものか分かっていると思っていたのだ。僕にしてみれば、海賊はこのこぎれいな快活な店の主人とはぜんぜん違うようなやつらなのだ。 僕はすぐに勇気をふりしぼって、敷居をまたぎ、まっすぐその男のところへ歩いて行った。彼はそこで松葉杖にもたれて、一人のお客と話しこんでいた。 「シルバーさんですか?」ぼくはメモをさしだしながら尋ねた。 「あぁ、ぼうや」とシルバーはいうと、「いかにもわしの名だ、ところでぼうやは誰かな?」大地主さんのメモを見ると、僕には彼がすこしびくっとしたように思えた。 「あぁ!」シルバーはとても大きな声で、手をさしだしながらこう続けた。「そうかい、君が新しいボーイというわけだ。君にあえてうれしいよ」 そしてシルバーは、僕の手を大きくてしっかりした手でにぎりしめた。 ちょうどそのとき、遠くの方にいた客の一人がとつぜん立ちあがり、ドアの方へと向かった。ドアはすぐそばで、すぐに道へと出て行ってしまった。でも急いでいるようすが僕の注意をひき、すぐにその男がだれだかわかった。その蝋のような顔色の2本指が欠けていた男こそ、最初にベンボウ提督亭にやってきた男だった。 「あっ、」僕はさけんだ。「やつをつかまえて! 黒犬だよ!」 「誰だろうとかまいやしないが、」シルバーもさけんだ。「やつは勘定をはらっちゃいない。ハリー、行ってつかまえてこい」 ドアのすぐ近くにいた男の一人が立ちあがり、後を追いかけていった。 「やつがホーク提督だろうと、勘定ははらわせてやるぞ」シルバーはどなりつけ、それから僕の手を放すと「やつが誰だっていったかな?」と尋ねた。「黒、なんだって?」 「犬、です」僕は答えた。「トレローニーさんが、あなたにその海賊たちについては話しませんでしたか? やつはその一味なんです」 「なんだって?」シルバーは大きな声をだした。「わしの店にねぇ! ベン、行ってハリーを手伝って来い。やつらの一味だって、やつが? モーガン、おまえはやつと飲んじゃいなかったか? ちょっとここへこい」 モーガンと呼ばれた男が、年をとった白髪まじりの、赤褐色の顔色をした水夫だったが、かみタバコをかみながら、ずいぶんおどおどして前へでてきた。 「さぁ、モーガン」ロング・ジョンはとても厳しく問い詰めた。「おまえはあの黒、黒犬とかいうやつを前にみたことはねぇよな、そうだな?」 「へぇ、その通りです」モーガンはそういって、お辞儀をした。 「やつの名前も知らなかった、そうだな?」 「へぇ」 「神に誓って、トム・モーガン、お前にとってよかったぞ!」店主は声を大きくした。「もしおまえがあんなやつらとつきあってるようだと、一歩たりともこの酒場に足を踏み入れられねぇところだったぞ、まちがいなくな。おい、いったいやつはお前に何をいってたんだ?」 「よくはわからねぇんで」モーガンはそう答えた。 「おまえの首の上にのってるは頭か? それともしょうがない三つ目滑車じゃねぇんだろうな」ロング・ジョンはさけんだ。「よくはわからねぇんで、だと! たぶん自分が誰と話してたかもわかってないんだろう、たぶんな? こい、おい、やつとなにをくっちゃべってたんだ、航海のことか、船長のことか、船のことか? はけよ、何を話してたんだ?」 「船底くぐりのことを話してたんでさぁ」モーガンは答えた。 「船底くぐりだって、おまえが? お似合いなこって、まちがえねぇな。のろま、さっさともどるんだよ、トム」 そしてモーガンがもどると、シルバーは僕に秘密のひそひそ話をして、それは僕にはおべっかをつかっているように思えた。「やつはとても正直な男なんだ、トム・モーガンはな、まぬけなだけなんだ。それに、」シルバーは話をつづけ、声を大きくした。「黒犬、だって? いいや、きいたことねぇな、わしはな。ただ、たぶん、見たことがあるかな。そうだな、やつを見かけたような気がする。そうだ、やつはめくらのこじきと一緒にこの店にきてたぞ、やつはきてた」 「やつにちがいないよ、たぶんそうだよ」僕は言った。「僕はそのめくらの男も知ってるよ。めくらの男はピューっていうんだ」 「そんな名前だった!」シルバーは、とても興奮してさけんだ。「ピュー! たしかにそれがやつの名前だった。あぁ、いかにも詐欺師みてぇなやろうだったよ。もしあの黒犬が捕まえられれば、トレローニー船長にはいい知らせってもんだが! ベンは走らせたらすごいんだぞ、ベンほど早く走れる船乗りはいない。神にかけて、どんどんやつに追いついてるぞ! 船底くぐりの話をしてたといってたな? わしがやつに船底くぐりをさせてやろう!」 シルバーがこんな話をしているあいだずっと、松葉杖で店のなかをどしんどしんと歩き回り、テーブルを手で叩きながら、中央刑事裁判所の裁判官や刑事もだませそうなほど興奮したようすをみせていた。僕はここ望遠鏡屋で黒犬をみかけて以来、すっかり疑いを再燃させていたので、この男を注意深く見張っていた。でも僕には、この男はあまりに腹黒くて用意周到でずるがしこすぎるやつだったので、2人の男が息を切らしてもどってきて、人ごみにそいつを見失ったと報告して、どろぼうみたいに叱りつけられている頃には、僕はロング・ジョン・シルバーの無実をすっかり保証してもいいくらいの気持ちになっていた。 「さぁ、さて、ホーキンズや」シルバーは言った。「わしみたいなもんでも、まったくつらいことがあるもんだよ、なぁ? トレローニー船長がこれを聞いたらどう思うことか? ここにあのいまいましいやろうが、あろうことか、わしの店に座ってわしのラムを飲んでやがったんだからなぁ。おまえがここにやってきて、わしにはっきり教えてくれたんだ。それでわしは、いまいましいことに、あきめくらみたいにやつをすっかり逃がしたんだ! さてホーキンズ、船長といっしょにわしをちゃんと裁いてくれ。おまえは小さいが、確かにまったくかしこいからな。わしにはわかったんだ、お前が最初に入ってきたときからな。それでこういうわけだ。こんな棒切れにすがってるわしはどうすりゃよかったんだ? わしが熟練の船長だったころなら、ずんずんやつに追いついて、すぐさまつきだしてるところなんだが。やるんだがなぁ、でもこの、」 そのとき、とつぜん、シルバーはしゃべるのをやめて、まるでなにかを思い出したかのように口をあんぐりあけた。 「勘定だ!」シルバーは大声をだした。「ラムを3杯だ! まったく、松葉杖がふるえるぜ、わしが勘定を忘れてるなんてな!」 そして椅子に腰をおろすと、ほおを伝うまでに涙をこぼして笑い出した。僕もくわわらずにはいられなかった。そして2人でげらげら笑い出して、酒場中がふるえるほどだった。 「さて、わしも老いぼれ水夫になりさがったもんだなぁ!」涙がほおを伝っていたが、シルバーはとうとう口を開いた。「ホーキンズ、わしとおまえは仲良くしなきゃいかん。海神にかけてもいいが、わしもボーイなみの扱いだろうからな。まあでも行こう、行く準備をしなよ。やな事だけどな、やらなきゃいかんことはやらなきゃいかん。ホーキンズ、わしは古い縁反帽をかぶって、おまえと一緒にトレローニー船長のところまで行こうや。そしてこの事件を報告しないとな。いいかい、これはおおごとさ、ホーキンズ。おまえもわしも、わしがずうずうしく信用なんて言ったって、このことと関係なしじゃいられんからな。おまえもだぞ、まさかって、利口とはいえなかったからな、わしもおまえもさ。さあ急いでボタンをはめて! わしの勘定は傑作だったな」 そしてふたたび笑い始めた。本当に腹の底から笑うので、シルバーみたいに何がおかしいのかわかったわけではなかったけれども、僕もいっしょに笑わずにはいられなかった。 波止場を少し歩くには、シルバーは本当に楽しい道連れだった。僕に通りすぎるいろいろな船の違い、装備やトン数や国籍といったことを教えてくれたり、前方でやってる仕事について、どうやって荷物をおろしてるだの、あるいは積みこんでるだの、そしてまた出航しようとしてるかどうかを説明してくれた。時折、船や船員のちょっとした話をしてくれたり、海の言葉を僕が完璧に覚えこむまで繰り返して教えてくれたりした。僕は、この男をすっかり海の男の中の海の男だと思ったものだ。 僕たちが宿屋につくと、大地主さんとリバシー先生がいっしょに座って、乾杯しながらビールをすでに1クォート飲みほしていた。飲み終えてからスクーナー船を調べにいくところだったのだ。 ロング・ジョンは最初から最後まで、すごい勢いでまったく事実の通り話をした。「こういうぐあいで、な、ホーキンズ?」シルバーはときどきそう言って、そのたびに僕はまったくその通りだと認めた。 2人の紳士は黒犬を取り逃がしたのは残念がったが、結局みんなどうすることもできないということで意見が一致した。そしてたっぷりほめられて、ロング・ジョンは松葉杖をもちあげて出て行った。 「今日の午後4時までに全員乗船だ、」大地主さんがシルバーの背中に向かってさけんだ。 「アイ、アイ、サー」シルバーは廊下で返事をさけんだ。 「さて、大地主さん」リバシー先生は言った。「私は、だいたいあなたが見つけてきたものはあんまり信用できませんが、これだけは言えますな。ジョン・シルバーは気に入りましたぞ」 「やつは申し分ないですな」大地主さんも太鼓判をおした。 「それから、」先生が付けくわえた。「ジムもわれわれといっしょに船を調べに行ってもかまわないでしょうな?」 「もちろん、いっしょに来ればいい、」大地主さんは言った。「帽子をかぶって、ホーキンズ、船を見に行くぞ」 9 火薬と武器 ヒスパニオーラ号は沖に停泊しており、僕たちは船首像の下をくぐり抜けたり、多くの船の船尾をまわったりしてそこまでたどりついた。船の錨綱が僕らの小船の船底できしんだり、頭上をかすめたりもした。でもとうとうヒスパニオーラ号に横づけし乗船すると、航海士のアローさんが出迎え、あいさつをしてくれた。アローさんはよく日に焼けた老水夫で、両耳にイヤリングをつけ、やぶにらみだった。アローさんと大地主さんはとても親しげだったが、僕がみるところでは大地主さんと船長はそれほど上手くいってないようだった。 船長は精悍な男で、船の何もかもに腹を立てているようで、僕らはすぐにその理由を聞くことになった。僕らがキャビンに入るとすぐに、一人の船員が僕らに続いてキャビンに入ってきたのだった。 「スモレット船長が、あなたがたとお話したいということで」とその船員が口を開くと、 「いつでも船長の命令に従いましょう。中に入ってもらいたまえ」と大地主さんが答えた。 船長はその船員のすぐ後ろに控えていて、すぐさまキャビンに入ってくるとドアをしめた。 「さて、スモレット船長、話したいこととはなんでしょう? 万事順調でしょうな、きちんと航海できるようになってますかな」 「さて、」船長は言った。「率直に申し上げた方がいいんでしょうな、私はそう信じてます。たとえ耳ざわりになろうともね。私はこの航海が気に入りません。船員も、航海士も気に入らんのです。ひどく簡単にいえば、そういうことですな」 「たぶん、船も気に入らんのでしょう?」大地主さんが、僕がみるぶんにはひどく腹をたてて、そう口をはさんだ。 「船については、まだ試してないのでなんとも言えませんな」船長は答えた。「いい船に思えますがね、それ以上は言えません」 「たぶん、雇い主も気に入らんのでしょう?」大地主さんは続けた。 ただそこでリバシー先生が割って入って、「そこまで、」と言った。 「そこまで。そんな質問は気分を悪くするだけですよ。船長は言いすぎたか、言い足りないかのどちらかです。船長には、自分の言葉を説明してもらわなければなりませんな。あなたがいうには、あなたはこの航海が気に入らない。さあ、どうしてなんでしょう?」 「私はいわゆる封緘命令(訳注2-1)で、この船をあの紳士が私に命じたところまで航海させます」船長は説明した。「そこまではいいでしょう。でも平水夫のだれもが、私よりずっといろいろ知ってるじゃありませんか。これじゃあ公平とは言えません、そうでしょう?」 「えぇ」リバシー先生は言った。「そうですな」 「次に、」船長は続けた。「私が知っているのは、我々が宝さがしに行くということです。私はそれを自分の部下から聞いたんですからな、いいですか。さて、宝さがしはなかなか注意が必要な仕事ですよ。私はどんな理由であれ、宝さがしの航海なんて気に入りませんな。とくに宝さがしは秘密でなければならないのに、(トレローニーさん、失礼ですけど言わせてもらいますよ)その秘密を鸚鵡にまでしゃべってるようじゃ、私は気に入りませんな」 「シルバーの鸚鵡にかい?」大地主さんは尋ねた。 「まあ話のあやですがね、」船長は続けた。「私がいいたいのは、秘密が漏れてるってことですよ。私が思うには、あなたがたは自分が何をしようとしてるかお分かりでないようですが、私の考えを言わせてもらいます。生きるか死ぬかのきわどい航海なんですよ」 「それははっきりしてるよ、私も言っておこう、その通りです」リバシー先生は答えた。「われわれは危険を承知している。でもわれわれもあなたが思うほどは無知じゃありませんよ。次に、船員が気に入らないといいましたな。いい船員たちじゃないんですか?」 「気に入りませんな」スモレット船長は答えた。「あなたが選ぶくらいなら、私が自分で自分の部下を選ぶべきだったなと思ってますよ」 「たぶんそうするべきだったんでしょう、」先生は言った。「たぶん私の友人は、一緒にあなたを連れて行くべきだったんでしょう。でももしあなたを軽んじるようなことがあったとしても、わざとじゃありませんよ。アローさんも気に入らないんですか?」 「えぇ、気に入りませんな。いい船員だとは思います。でも、いい航海士というには船員と親しくしすぎですな。航海士というものは孤高であるべきです。平水夫と一緒に飲んだりするべきじゃないですな」 「彼が酒を飲んでるってことかい?」大地主さんは声を荒げた。 「いいえ、」船長は答えた。「ただちょっとなれなれしいだけですが」 「さて、結局のところ、船長」先生は尋ねた。「われわれに望むことを言ってください」 「えぇ、あなたがたは本当に航海するおつもりなんですか?」 「もちろん」大地主さんが答えた。 「よろしい」船長は言った。「それなら私が証明もできないようなことを長々と話してきて、これまで我慢強く聞いていただけたことだし、もう少し聞いてください。やつらは、火薬と武器を前の倉庫に入れてましたね。さて、キャビンの下におあつらえの場所があるじゃないですか、どうしてここにしまわないんですか? これが第1点。それからあなたがたの連れが4人いますね。何人かは前で寝ることになってるそうですな。どうしてキャビンの側で寝せないのですか? これが2点目」 「まだあるのかい?」トレローニーさんが尋ねた。 「あと1つですよ」船長は答えた。「すでに秘密がもれすぎています」 「ええ、十分すぎるほどね」先生も同意した。 「私が聞いたことをお伝えしましょう」スモレット船長は続けた。「あなたがたは島の地図を持っていて、地図には宝の場所を示す十字が書かれている。その島の場所は、」そして船長はその島の緯度経度を正確に口にした。 「わたしはそこまで言ってない、」大地主さんはさけんだ。「だれにもな!」 「私の部下も知ってますからな」船長は答えた。 「リバシーさん、君かホーキンズ君に違いないよ」大地主さんは声をあらげた。 「誰でもかまいませんよ」先生は答えた。先生も船長もトレローニーさんの抗議は大して気にもとめてないようだった。たしかに僕も気にしてなかった。大地主さんときたら、だまっていられない人だったから。でもこの件については大地主さんは正しくて、誰もその島の場所まで言った人はいなかったと僕は信じてる。 「さて、みなさん」船長は続けた。「私は誰が地図をもってるか知りません。でも言っておきますよ。誰が地図をもっているか私やアローさんにも内緒にしておいていただきたい。さもなくば、私を首にしていただきたい」 「わかりました」先生は言った。「あなたは、われわれにこう望んでいる。まず内密にしておくこと、船のうしろの防備をかためること、本当の部下だけを側におき、船の全ての武器と火薬を確保してほしいということ。いいかえれば、あなたは反乱を恐れてらっしゃるんですな」 「うーむ」スモレット船長は言った。「気分を害したとしたら申し訳ない。でもあなたが正しいなんて、私の口からはいえません。えぇ、そういいきるだけの十分な根拠があって、それでも出航しようなんて船長はいませんからな。アロー君については、私はまったくの正直者だと信じています。船員の内、何人かもそうでしょう。いや意外と全員がそうなのかもしれません。ただ私には、船の安全とこの船に乗り込んでいる全員の生命に対して、責任ってものがありますから。私は、なにやら不穏な感じがするんですよ。ということで、きちんと用心をしていただくか、私を首にしていただくかのどちらかですな。言いたいことはこれだけです」 「スモレット船長、」先生は微笑みながら口を開いた。「大山鳴動して鼠一匹という話をきいたことはありますかな? 失礼ですが言わせてもらえば、あなたを見ているとその話を思い出します。あなたがここに入ってきた時に、私は自分のかつらをかけてもいいが、もっとなにか言うおつもりだったんでしょう」 「先生、」船長は言った。「あなたはするどいお方だ。確かに入ってきた時は、職を辞そうと思っていました。トレローニーさんに一言だって聞いていただけるとは思ってもみませんでしたから」 「もう聞きたくないよ」大地主さんは叫んだ。「もしリバシーさんがここにいなかったら、たたき出してるところだ。まあとにかく、君のいうことは聞いたよ。言うとおりにしよう。でも君のことをよくは思わんがな」 「好きにしてください」船長は言った。「ただ私が義務を果たすことだけはおわかりになるでしょう」 そういって船長は部屋を出ていった。 「トレローニーさん」先生は言った。「思ってもみなかったが、あなたはこの船に2人の正直者を手配できたと私は思いますよ。そう、あの男とジョン・シルバーです」 「シルバーはそう言ってもいいかもしれんが」大地主さんは大きな声をだした。「ただ、あのペテン師には我慢できんぞ、やつのやり方は男らしくない、そう海の男らしくない、まったくイギリス紳士らしくない」 「まあ、」先生は言った。「そのうちわかるでしょう」 僕たちが甲板にでてみると、船員たちがすでに武器と火薬を運び出そうとしているところだった。ヨーホーと掛け声をかけながら仕事をしており、船長とアローさんが監督をしていた。 積み替えは僕も気に入った。スクーナー船はすっかりオーバーホールがすみ、6つの寝台が中央の船倉の後ろの部分、船尾に作られていた。このキャビンは、調理室と水夫部屋に左舷のマストがでている廊下でつながっているだけだった。そのキャビンはもともと、船長、アローさん、ハンターさん、ジョイスさん、先生そして大地主さんで6つの寝台を使うことになっていた。それをレッドルースと僕がそのうちの2つを使い、アローさんと船長は甲板昇降口で寝ることになった。甲板昇降口は両側が広くて、後甲板の船室といってもいいくらいだった。確かに天井は低かったが、2つハンモックをつるすぐらいの余地は十分にあり、アローさんでさえそうなるのを喜んでいたようだった。たぶん船員を疑っていたのかもしれない。でもそれは単に推測にすぎなかった。というのもそのうち分かるが、僕らはそれほど長いことは彼の意見を聞く機会がなかったのだ。 僕らはみな、火薬と寝台を移すのに一生懸命働いた。そのとき最後の1人、2人とロング・ジョンが一緒に通船でやってきた。 その料理番は猿みたいに器用に側面を登ってきて、何が行なわれてるかを見るやいなや、「おや、おや、相棒! これは一体何ごとだい?」と声をかけた。 「火薬をつみかえてるのさ、ジャック」と誰かが答えた。 「何だって、いったい」ロング・ジョンは叫んだ。「そんなことをしてたら、明朝の潮を逃しちまうぜ!」 「私の命令だ!」船長はぶっきらぼうに言った。「さあ、下へいってもらおうか、君。夕食の支度でもしてもらおう」 「アイ、アイ、サー」料理番は答えると、前髪をさわりながらすぐさま調理室に姿を消した。 「いい男だろう、船長」先生が声をかけると、 「たぶんそうなんでしょう、先生」とスモレット船長は答えた。「それには気をつけろ、おまえら、気をつけるんだ」船長は火薬を運んでいる連中に声をかけつづけていた。それから、僕らが船の中央に運んできた真鍮の長距離9インチ砲の砲台を、僕が興味深くみているのに突然目をとめると、「おい、おまえ、ボーイだ」船長は叫んだ。「そこから離れろ! 料理番のところへ行って、なにか仕事でもするんだ」 そして僕は急いでその場を離れる時に、先生に対して大きな声でこう言ってるのを耳にした。「この船では、なにもかも気に入りそうにないな」 まったく僕も大地主さんが思ってることに大賛成で、船長のことは大嫌いだった。 訳注2-1 封緘(ふうかん)命令[船長・艦長が出港後初めて開封するなど、ある日限まで開封できない] 10 航海 その夜中、僕らはみな自分のものをしまいこむのにおおわらわだった。そして大地主さんの友人、ブランドリーさんたちが小船にあふれんばかりでやってきて、“いい航海を”とか“無事にもどって”などと大地主さんに声をかけていた。僕らは、その夜ベンボウ提督亭では考えられないほど大忙しで、夜明けのちょっと前に水夫長が呼び笛をならして、船員がキャプスタンのそれぞれの位置につきはじめたころには、へとへとに疲れきっていた。でもその二倍疲れきっていたとしても、甲板を離れることはなかっただろう。僕には、全てがものめずらしく興味深かった。はぎれのいい命令、呼び笛の鋭い響き、船のゆれる明かりの中を自分の持ち場に走る船員たち。 「さて、バーベキュー、掛け声をひとつたのむぜ」と叫び声が一つあがった。 「昔のあれを」他の声が続いた。 「よしきた、相棒ども」ロング・ジョンは返事をすると、松葉杖を脇に立ちあがり、すぐさま僕がよく知ってるあの調べの、あの歌詞をがなりはじめた。 「死んだやつの衣装箱に15人」 それから全船員がコーラスをつけた。 「ヨーホー、ヨーホー、ラム酒を1本!」 3回目に「ホッ!」という掛け声で、自分の前のキャプスタンの棒を力いっぱい押すのだった。 それほど興奮している時でさえ、その歌は僕にベンボウ提督亭でのことをすぐさま思い出させた。そして僕は、あのビルもいっしょにコーラスを歌ってるのが聞こえるような気さえした。でもすぐに錨が上がり、へさきのところに水滴を落としながらぶら下げられ、そして帆が風をうけ、陸や船が両側を通りすぎていった。僕が1時間ばかり眠ろうと横になるかならないかのうちに、ヒスパニオーラ号は宝島に向けて航海を始めたのだった。 その航海については、逐一説明しようとは思わない。航海は順調だったし、船も本当にいい船だということがわかった。船員は熟練した水夫で、船長は任務をすっかり心得ていた。ただ僕らが宝島まで行く前に、2つ、3つ知っててもらわなければならないことがおこったけれど。 まずアローさんが、船長が心配したよりずっと使い物にならないことがわかった。船員には統制がきかず、みんな彼に対して好き勝手をする始末だった。その程度ならまだしも、海にでて一日、二日すると、どんよりした目で、顔を赤くして、ろれつがまわっていない口調で甲板にでてきたのだ。どうみても酔っ払ってるようだった。たびたび、彼は面汚しだから下に行くように命令された。ときどき転んでけがをしたり、甲板昇降口の片側の狭い場所で一日中ごろごろしていたりもした。一日か二日は全くのしらふで、まずまずの仕事ぶりだったりもしたのだが。ところで、僕らは彼がどこで酒を飲んでいるのか分からなかった。それは船の謎であり、僕らは彼のことを見張ったけれど、ぜんぜんその謎はとけなかった。面とむかって尋ねても、酔っ払っている時は笑うだけだったし、しらふの時は水以外を口にしたことは絶対ないときっぱり否定していた。 アローさんは航海士として役にたたないだけではなくて、船員たちに悪影響を及ぼしていた。ただ、この調子だとすぐにでも自分で自分の身を滅ぼしてしまうのは間違いないように思えた。そして波が船首から打ち寄せているある闇夜に、ぷっつり姿を消して見かけることがなくなっても、誰も大して驚きもしなければ残念にも思わなかった。 「海に落ちたんだな!」船長は言った。「さて、諸君、まあやつに足かせをはめる手間がはぶけたってもんですな」 でも航海士がいなくなったので、もちろん船員の一人を昇格させる必要があった。水夫長のジョブ・アンダーソンが船では一番の適任で、水夫長と兼任で航海士の役割も果たすことになった。トレローニーさんは船乗りを職業にしたこともあったので、その知識はとても役にたち、天候が荒れてないときはしばしば見張り役を自らかって出たりもした。かじとりのイスラエル・ハンズは注意深くて、狡猾な、経験をつんだ老水夫で、いざというときにも何もかもをまかせることができる男だった。 ハンズはロング・ジョン・シルバーととても仲がよく、ハンズの名前をだしたら僕らの船の料理番のバーベキュー、ハンズはシルバーのことをそう呼んでいた、のことを話さないわけにはいかないだろう。 シルバーは、船の中では松葉杖を首からひもでぶら下げていた。そうすると、両手が自由につかえたのだ。シルバーが船の壁に松葉杖をついて、それで体をささえ船のゆれに合わせながら、まるで陸の上にいるみたいに料理をさばく姿はちょっとしたみものだった。もっとすごいのは、海がひどく荒れたときに甲板の一番広いところを横切って行く姿だった。シルバーはその一番広いところに、一本か二本の綱を渡して、横切る手助けにした。その綱をロング・ジョンのイヤリングとみなは呼んでいた。そしてある場所から別の場所へ松葉杖を使ったり、松葉杖を首からかけたひもで引きずって、まるで普通の人が歩くのと同じくらい早く移動するのだった。ただ以前にシルバーと航海したことがある仲間のなかには、彼のそんな姿をみるのは忍びないというものもいた。 「すごいやつなんだ、バーベキューは」かじとりのハンズは僕に言ったものだ。「若けぇときにはいい学校に行って、その気になれば本に書いてあるみたいにしゃべれるんだぞ。あと勇気があらぁ、ライオンでさえロング・ジョンにはかなわんぞ! おれは、ジョンが4人の男と取っ組み合って、やつらの頭をいっぺんにぶつけたのを見たことがあるんだ、しかも素手でだぞ」 船員たちは全員シルバーのことを尊敬していて、ひざまずくほどだった。シルバーは一人一人に話しかけ、誰にでもなんらかの特別な計らいをしてやることを心得ていた。僕にも疲れた顔一つみせず親切で、いつも調理室で僕を歓迎してくれた。調理室は常にピカピカで、皿も磨き上げられて置いてあり、片隅にはカゴに入った鸚鵡がいた。「さぁおいで、ホーキンズ」シルバーは言ったものだった。「こっちへきて俺の話し相手になっておくれ。だれよりもお前がくるのがうれしいよ、ぼうや。そこに座って、この変わった話を聞いてくれよ。このフリント船長が、俺は自分の鸚鵡をフリント船長って名前にしたんだ、あの有名な海賊の名前をとってな。このフリント船長が、われわれの航海の成功を予言してくれたんだよ。そうだな、船長?」 そうすると、鸚鵡はものすごい早口でこう言ったものだった。「八分銀貨! 八分銀貨! 八分銀貨!」息がきれやしないかと思うまで、あるいは、ジョンがハンカチをカゴにかけるまでそう言いつづけるのだった。 「そう、この鳥は、」ジョンは続けた。「たぶん200歳くらいにはなってるかな、ホーキンズ。鸚鵡ってのは大概いつまでも生きてるんだよ。それでこいつよりもっと悪いものを見てきたといえば、悪魔くらいのもんじゃねぇかな。こいつは、あのイングランドとも航海したことがあるんだ、あの偉大なる海賊の船長のイングランドとだぞ。マダガスカル、マラバー、スリナム、プロビデンス、ポートベローにも行った事があるし、難破した装甲艦の引き上げの時もその場にいたんだぞ。そこで“八分銀貨”って覚えたんだな、間違いねぇ。八分銀貨が35万枚もあったんだからな、ホーキンズ! ゴアからインドの提督が乗船するときもその場にいあわせたんだな。でも外見はあかんぼうみたいなもんだろう。だけどお前は火薬のにおいをかいだことがあるんだ、どうだい、船長?」 「進路変更用意」鸚鵡はさけんだ。 「あぁ、こいつは立派なやつだよ、こいつはな」料理番はそう言って、ポケットから砂糖を取り出して鸚鵡にやったものだった。すると鸚鵡は止まり木をついばんで、つづけざまにひどい悪態を口にした。「ほら」ジョンはつけくわえた。「朱に交われば赤くなるっていうことだなぁ、ぼうや。このかわいい年寄りの、心がきれいなこいつがひどいことを口にするんだから、わからんもんだなぁ、これは覚えておいてくれよ。こいつは、司祭の前でもおんなじようにしゃべるに違いないんだよ」そう言うと、ジョンはいつもの手を前髪にやる真面目くさったしぐさをみせ、その様子は僕にはすっかり男の中の男と思えたものだった。 一方、大地主さんとスモレット船長ときたら、お互いに距離をとるような間柄だった。大地主さんは物事を歯に衣をきせずはっきりといい、つまり船長を見下していたわけだ。船長はといえば、話しかけられたとき以外は決して口を開こうとはしなかった。口を開くときも、そっけなく手短に、一言たりとも無駄口をきかないありさまだった。たしかに問い詰められると、こうは認めた。船員については思い違いをしていたようで、船員の中には自分が望むとおりきびきびしたものもいるし、全員総じてよくやってくれていると。そして船については大のお気に入りであると。「この船が風をとらえるようにするのはまったく、自分の家内に言うことを聞かせるよりずっと簡単ですな、でも」とつけくわえるのを忘れなかった。「私がいいたいのは、どうせ戻れやしないんですから、気に入りませんなということですが」 大地主さんはこれを聞くとそっぽをむき、甲板を憤懣やるかたなしといった様子で歩きまわっていたものだった。 「やつがもう少しでも余計なことをいったら、」大地主さんは口にだしていた。「わしも爆発するぞ」 悪天候もあったが、ヒスパニオーラ号がすばらしい船だってことがわかっただけだったし、船のだれひとりとして不満をもつものはいなかったと思う。ただ彼らが不満だとすれば、どうして欲しかったというのだろうか。というのも僕が思うにノアの箱舟以来、これほど甘やかされた船乗りもいなかっただろうから。ささいなことでもラムのダブルがふるまわれ、折々のなんでもないときに、たとえば大地主さんが今日がだれだれの誕生日だと聞きつけると、プディングがふるまわれたのだから。そして林檎のたるが一つ甲板に置いてあって、ほしいものは勝手に取ってよいことになっていた。 「こんな扱いからいい結果がもたらされるなんて、聞いたためしがないですな」船長はリバシーさんに言った。「甘やかすのは、水夫を悪魔にしちまうんです。これは私の信条ですけどね」 でもこれからわかるように、この林檎のたるからいい結果がもたらされたのだった。甲板に林檎のたるがなかったら、僕らはなんの警告を受けることもなく反逆者たちの手にかかって、みんな海のもくずになってしまったかもしれないのだ。 それはこんな具合だった。 僕らは捜し求めている島、それ以上詳しく書くことは許されてないのだが、その風上にでるために旅を続けていた。ただ今は昼夜おこたりなく見張りをしながら、そのペースを落としていた。多めに見積もってもどうやら外海を航海する最後の日で、その夜のうちか、もしくは翌日の昼前には、僕たちは宝島をその目にするはずだった。僕らは南南西に進路をとっており、横風があり海は静かなものだった。ヒスパニオーラ号は規則正しく揺れており、船首斜檣(訳注2-2)が海に突っ込んでは、ときどきしぶきを上げていた。上の帆も下の帆も風を受けていて、船ではだれもが意気揚揚としており、それは僕らの冒険の最初の部分が終わりに近づいていたからだ。 さて日が沈んだ直後、僕は仕事をすませて寝床へと行くところだったが、ふと林檎が食べたくなった。僕は甲板に駆け上がると、見張りのものはみな前方にいて島を探していた。かじをとってるものは帆の前ふちを見やりながら、一人で口笛を吹いていた。口笛以外に聞こえるのは、船首や船の側面にあたる波を切る音だけだった。 僕は体ごと林檎のたるに入り込み、林檎がほとんど残ってないことをみてとった。でもその暗闇に座っていたら、波の音や船の揺れぐあいのせいだろうか、眠りこんだか、ちょうど眠りこむところだった。そのとき一人のがっしりした男が、ほとんどたるにぶつかるほど近くに腰をおろした。その男がもたれかかったのでたるがゆれ、その男が話し出したときは、僕はたるから飛び出しそうになった。それはシルバーの声だった。その話を少しも聞かないうちに、僕はどんなことがあっても姿をあらわすどころではなく、極度の恐怖と好奇心でふるえながら耳をそばだて、そこにうずくまった。なぜなら少し耳にしただけでも、船の正直な人の命は全て僕一人の肩にかかっていることがわかったからだ。 訳注2-2 船首の前に突き出た円材 11 僕が林檎のたるで聞いたこと 「いや、わしじゃねぇ、」シルバーは言った。「フリントが船長で、わしは操舵係だったんだ。松葉杖をわきに置いてな。わしが足をなくしたのと同じ一斉射撃で、年寄りのピューもめくらになったんだ。わしの足を切ってくれたのは、腕のいい外科医で大学出だったな。ラテン語もたっぷり知ってたし、とにかくそんなのだったよ。だけどコーソー要塞で犬みたいに首をくくられて、他のやつらと一緒に甲羅干しだ。ロバートの手下だった、確か。でも船の名前を変えたせいだぞ、ロイヤル・フォーチュンとかなんとかだ。だからいったん名前をつけたら、そのままにしておくんだとわしは言っとくぞ。カッサンドラだってそうさ、イングランドがインド諸国の太守を捕らえてから、わしらみんなをマラバーから無事に本国まで送りとどけてくれたな。ウオレスだって同じだぞ。フリントの古い船で、わしは血の海で暴れまわって、金貨で沈みそうになったあの船を見たことがある」 「ほぉー!」と他の声がした。船に乗ってる一番若い水夫の声で、まったく感心しきっている様子だった。「一群の花だったんだ、フリントは!」 「ディビスもそんなやつだって、みんな言ってたな」シルバーは続けた。「わしは一緒に航海したことはないがな。最初はイングランドと、それからフリントと、これがわしの経歴だ。それで今じゃあ、いわば一人立ちといったところだな。わしはイングランドで900、フリントと別れるときまでには2000は貯めたかな。平水夫としちゃあ上出来だぞ、全部銀行に預けてある。稼げばいいってもんじゃねぇ、肝心なのは貯めることだ、よーく覚えておきな。イングランドの手下たちは今どうしてる? しらねぇな。フリントの手下はどうした? どうしたって、たいがいはこの船に乗ってるがな。プディングをもらって喜んじゃいるが、その前までは何人かはこじきをしてたんだから。年寄りのピューは、もうその時はめくらだったが、恥ずかしく思うどころか、一年で1200ポンド使いやがった、まるで上院議員みたいにな。やつはいまどこにいる? そう、やつはもう死んで、墓場の陰じゃねぇか。でもその前の二年間ときたら、ぞっとするぜ、飢えていやがったんだ! 乞食はするは、盗みはするは、人殺しはするは、それでも飢えてたんだからなぁ、まったく!」 「じゃあ、結局のところ、金も大して役に立ちゃあしませんね」その若い水夫が言葉をもらすと、 「まぬけにはな。よく聞いとけよ、金だって何だって役に立ちゃしないのさ」とシルバーは声を荒げた。「でも、いいか、おまえは若い、まだな、でも確かにまったくかしこい。おまえが最初にわしの目に止まった時から、ちゃんと分かってたんだ。だから一人前の男と同じように話をするんだぞ」 このいやな老いぼれの悪党が、前に僕に使ったのと全く同じおべっかを、別のやつにも使ってるのを聞いた僕の気持ちをわかってもらえるだろうか。できることなら、たるを突き破ってでもこいつを殺してやりたいくらいのものだった。ただその間も、盗み聞きされてるなんて思いもせず、シルバーは話を続けた。 「成金ってものはこういうもんだ。やつらは浮浪生活を送り、いつ首を縄でつられてもおかしくねぇ。でも闘鶏みたいに飲み食いはするし、一航海終えれば、ポケットははした金のかわりに大金が詰まってるといった具合だ。その金の大部分はラムとかやりたい放題で消えちまう、それでまたシャツ一枚で航海にでるといったところだ。でもわしの航海はそうじゃねぇ。わしは金を全部貯めるんだ、それもあちこちに少しづつ、どこかにたくさんってわけにはいかない、疑われるからな。わしは50だ、それを覚えておいてくれよ。この航海から戻ったら、わしは本当の紳士ってものになるぞ。まだ時間はたっぷりあるって、お前は言うんだろう。でもわしはこれまで十分に気ままに暮らしてきたからな。海にいる時を別にすりゃあ、やりたいことでやれなかったことはないし、ふかふかのベッドでねて、ごちそうを食らってきたからな。でも何から始めたかって? 平水夫からさ、お前みたいにな!」 「ふーむ」相手の男が口をはさんだ。「でも他の金は全部なくなったんだろう? この航海が終わってからブリストルに面をだすわけにもいかないだろうし」 「じゃあ、おまえは金はどこにあると思ってるんだ?」シルバーは、あざ笑うように尋ねた。 「ブリストルだろ、銀行とかいろいろな場所にな」相手は答えた。 「そうだな」料理番は答えた。「錨をあげた時まではな。でも今はわしの女房が全部握ってる。望遠鏡屋も売っぱらった。借地権ものれんも道具も何もかもをな。それで古女房がわしと落ち合うために、そこを離れてるんだ。どこで落ち合うかを言ってもいいな、まあおまえを信用してるしな。でも他のやつらが妬むだろうからなぁ」 「女房は信用できるのか?」相手が尋ねた。 「成金ってものは、」料理番は答えた。「たいがい他人を信用しないな、それはそれで正しいんだがな。よく聞いとけよ。わしのやり方はこうだ、わしのな。わしのことを知ってる船乗りなら、錨綱の上ですべったりするなんてことは、このジョンがいる限りありえねぇってことだよ、わかるだろ。ピューを怖がっているやつもいれば、フリントを怖がっているやつもいた。でもフリント自身はわしを恐れていたんだ。恐れていながら、自慢の種だったんだがな。フリントの船乗りたちは、海の上では一番乱暴なやつらだったんだ。悪魔だって、やつらと一緒に海に行くのはごめんだったろうよ。さて、言っておこう、わしはこれ見よがしに自慢する男じゃねぇ。でもどれほど簡単にやつらを手なずけたかを見てきただろう。でもわしが操舵係だったときは、フリントの海賊たちは決して“子羊”なんてもんじゃなかったがな。まあこのジョンの船に乗ってれば、おいおい自分で分かるだろうよ」 「うん、今返事をするよ」若者は答えた。「あんたと話すまでは、ぜんぜんこの仕事が気に入らなかったが、ジョン、手を握らせてくれ」 「それでこそ勇敢な若者だ、おまけに賢いときてる」シルバーはたるが揺れるほど喜び勇んで握手をしながら、そう答えた。「わしが見たことがないくらい、成金としちゃあ、立派な船首像みたいでかっこええしな」 この時までには、僕はやつらの使ってる言葉の意味もわかりかけていた。「成金」っていうのは、じつは単に普通の海賊のことで、僕が盗み聞きした一幕は、正直な船員の一人が堕落する最後の一幕だったわけだ。おそらくこの船に残っていた最後の一人だったんだろうが。ただこの点では、僕はすぐにほっとした。シルバーが軽く口笛をふくと、3人目の男がぶらぶらやってきて、2人と一緒に腰をおろした。 「ディックは了解したぜ」シルバーが言うと 「あぁ、ディックが了解するのは分かってたぜ」と答えた声は、かじとりのイスラエル・ハンズのものだった。「こいつはばかじゃねぇ、ディックはな」そして噛みタバコを噛むと、ペッと吐き出した。「だけど、いいかな、」とハンズは続けた。「知りてぇのはな、バーベキュー、いつまでいまいましい物売り舟みたいにやってりゃいいんだってことだ。もうスモレット船長とやらは十分だよ。やつにはもうたっぷりしごかれたぜ、まったく! あのキャビンに押し入って、ピクルスやワインやなんやらが欲しくて欲しくてたまんねぇぞ」 「イスラエル」シルバーは言った。「少しは考えろや、相変わらずだな。耳くらいは聞こえるんだろう。大きな耳だしな。さあ、わしの言いたいことはこれだけだ。水夫の場所で寝て、一生懸命働くんだ、言葉遣いにもていねいに、しらふにしてるんだぞ。わしが命令するまではな。言うとおりにするんだ」 「あぁ、いやとはいってねぇよ」かじとりはぶつぶつこぼしていた。「いつってことだよ。言いたかったのは」 「いつだと! まったく!」シルバーは叫んだ。「さてまあ、知りたいんなら、いつだかを言ってやろう。できるかぎり最後までだな、それがその時だ。スモレット船長は一流の船乗りで、この立派な船をわしらのために動かしてくれてる。あの大地主と医者が地図やらなんやらをもっててくれてる、まあどこにあるかまでは知らんがな。おまえもだろ。そこでだ、あの大地主と医者に宝物を見つけさせて、わしらがそれを船に乗っける手伝いまでさせようじゃないか、まったく。それからが考えどころだな。おまえらが少しでも頼りになるとわしが思えば、スモレット船長に半分まで戻ってもらって、それからやろうじゃねぇか」 「なんだって、おれたちだって全員船乗りだろう、違うのかい」若者のディックが言った。 「おれたちは全員平水夫っていう意味だな、お前が言ってるのは」シルバーはいなした。「わしらは一つの針路を行くことはできる、だけど誰がその針路を決めるんだ? そこが、おまえらが遅かれ早かれ仲間割れするところなんだよ。わしの方法でやるなら、スモレット船長に少なくとも貿易風のところまでは戻ってもらおうじゃねぇか。そうすればいまいましい計算違いもなければ、一日に一さじの水なんてこともねぇ。まあおまえらがどういうやつらかは分かってるよ。金を積みこんだらすぐに、島でやつらを殺さなきゃなるめぇ、なさけない。でもおまえらときたら、酔っ払いでもしなきゃ幸せになれねぇときてる。笑えるぜ、むかむかしながら、おまえらみたいなやつらと一緒に航海してるなんて!」 「落ち着けよ、ロング・ジョン」イスラエルは叫んだ。「おまえに逆らったやつがいるかい?」 「おい、どれだけの立派な船が切りこむために横付けにされたのを、わしが見てきたと思ってるんだ? どれだけの威勢のいい若者が、処刑波止場で天日にさらされたと思ってるんだ?」シルバーは叫んだ。「それもみんな急いで、急いで、急いだからさ。聞いてるか? わしはちょっとは海のことを見てきてるんだぞ。おまえらは今のままにしてるだけで、追い風に乗ってりゃ、馬車にのれるんだがなぁ、間違いなく。でも、だめなんだ! おまえらをよくわかってるからな。おまえらは明日にでもラムをかっくらって、首吊りだな」 「みんなあんたが牧師さんみたいなやつだってことは知ってるよ、ジョン。でもおまえと同じくらい上手く帆や舵をあつかえるやつもいるんだぜ」イスラエルは言った。「やつらは確かに、ちょっとはおふざけもしたさ。やつらはそんなにお高くとまってなかったし、冷たくもなかったぞ。ともかく、やつらは好き勝手やったもんさ、みんなが陽気に仲良くな」 「それで?」シルバーは続けた。「いいだろう、やつらは今どこにいる? ピューもそんなやつだったよ、やつは乞食として死んだな。フリントもそうだ、やつはサバンナにてラムで命運が尽きたな。あぁ、やつらはすばらしい船乗りだったとも、やつらは! ただ、やつらは今どこにいるんだい?」 「で、」ディックが口をはさんだ。「やつらを裏切るとして、それからやつらをどうすればいいんです、いったい?」 「わしと気が合うな!」料理番は感心したように叫んだ。「それこそわしがいうところの仕事ってやつだ。さて、どうしたらいいと思う? 島流しみたいに島に置き去りにするか? それはイングランドのやり方だったな。それとも、豚肉みたいに切り刻むか? それはフリントのやり方だよ。ビリー・ボーンズもそうだったな」 「ビリーはそういうやつだったよ」イスラエルは言った。「“死人は噛みつくこともねぇ”なんて言ってたな。ただ今となっちゃあ、やつぁ死んでるんだから、結局のところ、自分でよく分かっただろうよ。とにかく港に乱暴なやつがいたとすれば、それはビリーだったよ」 「そのとおりだ」シルバーは言った。「乱暴で、すばやいやつだったな。でも覚えておけよ、わしは寛大な男だ、本当の紳士だとおまえらは言うだろう。でも今度のことは真剣にやらなくちゃな。やるべきことはやるぞ、おまえら。わしは死刑に投票するぜ。わしが議会で馬車を乗り回している時に、キャビンにいるあのこうるさいやつらに一人だって帰ってきて欲しくはないからな、それもお祈りの時の悪魔みたいに思いがけなくなんてごめんだな。待てというのがわしの言いたいことだ、ただ時がきたらおもいっきりやるんだ」 「ジョン」かじとりが叫んだ。「おまえは男だ!」 「その目で見てから言うんだな、イスラエル」シルバーは言った。「わしが欲しいのは、一つだけだ。わしはトレローニーをもらうぞ。やつのぼんくら頭をこの手ですっぱり切り落としてやる。ディック!」一息ついてこう続けた。「いいやつだよな、ちょっと立ちあがって、林檎をひとつ取ってくれねぇか、のどが渇いたんだ」 そのとき僕が感じた恐怖が想像できるだろうか! もし少しでも力がはいれば、飛びあがって逃げ出していただろう。でも手足も心も僕のいうことをききはしなかった。僕にはディックが立ちあがろうとするのが聞いて取れた。そのとき誰かが彼を押しとどめたようで、ハンズがこう叫ぶのが聞こえた。「おい、やめとけよ! あんなたるの物をしゃぶることはねぇ、ジョン。ラムを一杯といこうじゃねぇか」 「ディック」シルバーは言った。「おまえを信用しよう。わしの小さいたるの上に枡があるからな、気をつけろよ。これが鍵だ。なみなみついで持ってくるんだぞ」 僕は恐怖で震えていたけれど、アローさんが身をほろぼした強いお酒を手に入れたのもこのようにしてだったに違いないということに思い当たった。 ディックはほんのしばらくの間行っただけだったが、その間もずっとイスラエルは料理番の耳にひそひそ話をしていた。僕が聞き取れたのは一言、二言だったが、それでも僕は重要なことをいくつか知ることができた。というのも他にも同じような意味のことがいくつか聞こえたが、こういう言葉をそっくり耳にしたからだった。「もう味方になるやつはいねぇよ」ということは、船にはまだ正直な男が残っているということだ。 ディックが帰ってきて、3人はかわるがわる酒を飲んだ。一人は「幸運に」、もう一人は「フリントに」、シルバーは歌でも歌うかのように、こう言って飲んだ「われわれに乾杯、かじを握ってろ、ごほうびもプディングもたんまりだぞ」 ちょうどその時、たるの中にいる僕の上に明るい光がさし、見上げると月が真上にあり、第3マストの頂上を銀色に光らせ、前の帆の端に白く輝いていた。それとほぼ同時に見張り番の声が響き渡った。「陸だぞー!」 12 争いの相談 甲板を勢いよく走る足音がして、船員たちがキャビンや水夫部屋から駆け上がってくるのが聞こえた。そして僕はすぐさま、たるから飛び出して前の帆の後ろにとびこみ、船尾にとってかえして、甲板の広い所にちょうどよく飛び出して、ハンターさんとリバシー先生が風上の船首に走って行くところに合流した。 船首には、すでに船員がみんな集まっていた。立ち込めた霧は、月が姿をあらわすのと同時に晴れわたった。はるか南西には2つの低い山が2マイルほど離れてみえ、その1つの背後には3つめの高い山がそびえたち、その頂上はまだ霧の中だった。3つの山は鋭い円錐のような形をしていた。 僕はその景色をほとんど夢心地でながめた。というのもまだ1、2分前の身震いするような恐怖から立ち直ってはいなかったのだ。そのとき、スモレット船長の命令する声が聞こえた。ヒスパニオーラ号は2ポイントだけ風の方を向き、島の東側を通りぬける進路をとった。 「さて、いいか」全ての帆が張られると、船長は言った。「だれか、あの前方の島を以前に見たことがあるものはいるか?」 「見たことがありますよ」シルバーが申し出た。「ある貿易船で料理番をしていたときに、水を汲みにいったことがありますぜ」 「停泊所は南側で、小島の陰になるのか?」船長は尋ねた。 「そうです、あれはどくろ島って呼ばれてました。かつては海賊のたまりばで、船に乗っていたある水夫が海賊がつけた名前を知ってたんで。あの北のやつを前マスト山、1列に並んでる3つの山を、前マスト山、大マスト山、後マスト山と呼んでたんでさぁ。もっとも大マスト山は、あの雲がかかった大きなやつですが、たいていは望遠鏡山なんて呼ばれてました。船をきれいにするのに停泊して、あの山に見張りをおいたからですな。すいません、結局のところやつらが船を停泊してきれいにしたのはあそこです」 「ここに海図があるが、」スモレット船長は言った。「ここがあの場所か見てくれないか」 ロング・ジョンの両目は海図を見るときに輝いたが、紙が新しいのでがっかりするのは僕には分かっていた。それは僕らがビリーボーンズの衣装箱で見つけた地図ではなく、その正確な写しだったから。全てが、名前も高度も水深も完璧だったが、それもあの赤い十字架と書き込みを除いてのことだった。シルバーはひどく困惑したにちがいないが、平然とそれを押し隠した。 「そのとおりです」シルバーは答えた。「あの場所に違いありません、たしかに。とっても上手に書かれてますな。誰が書いたものなんでしょう? 海賊たちときたら無知ですからな、まったく。そうです、ここです。“キッド船長の停泊所”、たしかわしの船のやつもそんな名前で呼んでました。南はとても流れが速いんで、そんでもって西の岸を北のほうに流れてるんでさぁ。たしかにばっちりですぜ、」シルバーは言った。「船を風上にむけて、島の風上を通るのはね。どちらにせよ、船を入港してきれいにするなら、あそこよりいい場所はないでしょうな」 「ありがとう、君」スモレット船長は言った。「あとでまた助けてもらうかもしれんが、今は行ってよろしい」 僕は、ジョンが島について知ってることを話したときの冷静なことに驚かされた。僕自身ときたら、やつが僕の方へ寄ってきただけでも、もうどきどきするしまつだった。僕が林檎のたるに隠れてやつの相談を盗み聞きしたなんてことは、やつは無論知るよしもなかった。ただそれでも僕は、この時すでにやつの残忍さと二枚舌、そしてその支配力にすっかり恐れをなしていたので、やつが手を僕の腕にかけたときは、ほとんど身震いをかくせないくらいだった。 「うん、」やつは言った。「この場所はいいところだぞ、この島はな。若者が上陸すると、水浴びもできりゃ、木にも登れる。ヤギも狩れるし、ヤギが行くようなあの山々だって登れるし。若い頃を思い出すぜ、まったく。松葉杖のことなんか忘れちまいそうだ。若い頃に戻って、足の指が10本揃ってたら痛快だろうな。ちょこっとばっかし探検でも行く時には、わしに言うんだぞ。なんか食べるものを持たせてやるからな」 そしてこれ以上はないほどに僕の肩を親しげにぽんぽんとたたくと、びっこを引いて歩き出し下へ降りていった。 スモレット船長と大地主さんとリバシーさんは、後甲板でなにやら話しあっていた。僕は自分の話を知らせたくてたまらなかったけれど、みんなが見ている前で話に割って入るわけにもいかなかった。僕がなにやらもっともらしい言い訳をいろいろ考えていたところに、リバシー先生がちょうどそばに呼んでくれた。先生はパイプを下に置いてきてしまったが、タバコの奴隷みたいなものなので、僕に取りに行ってもらおうとしたのだ。僕はだれにも聞かれないで話せるくらい先生の近くにいくと、すぐに切り出した。「先生、話があります。船長と大地主さんとキャビンに来てください、それからなにか用でもつくって僕をよんでください。恐ろしい知らせがあるんです」 先生はほんの少し顔色を変えただけで、すぐに自分をとりもどした。 「ありがとう、ジム」ととても大きな声でいい、「知りたいのはそれだけだよ」とまるで先生が僕になにか質問したかのように、そうつけくわえた。 そう言うと、くるりと背中をむけ2人との話にもどった。しばらくいっしょに話していたが、だれも驚いたり、声を荒げたり、ましてや口笛をふいたりはしなかったが、リバシー先生が僕のお願いを伝えてくれたのは明らかだった。というのも、僕が次に耳にしたのが、船長がジョブ・アンダーセンに命令をくだしたことで、それから笛が吹かれ全員が甲板に集められた。 「君たち」スモレット船長は口火を切った。「ひとこと君たちに言っておきたい。われわれが目にしたあの島が、航海で目指してきたところだ。トレローニーさんが、知ってのとおりとても気前のいい紳士で、私に一言、二言おたずねになったんだ。それで私は、船のだれもが階級をとわず義務をはたしており、私はこれ以上望んでも望めないくらいだと答えられたわけだが、そこでだ、トレローニーさんと私と先生はキャビンに行って、“君たち”の健康と幸運を祝して一杯飲むことにした。もちろん君たちにも酒だるがふるまわれるので、“われわれ”の健康と幸運を祝して飲んでほしい。私がどう思っているかも言っておこう。すばらしいことだと思う。君たちも同意してくれるなら、気前のいい紳士のために万歳をしようじゃないか」 万歳の声が当然のように起こった。その声は本当に大きく心からのように響いたので、僕は正直に言うが、この同じ船員たちがぼくらの血をねらってるなどとはほとんど信じられないくらいだった。 「もうひとつスモレット船長のために万歳だ」最初の万歳の声がなりやんだときに、ロング・ジョンが叫んだ。 そしてこの万歳もまた本当らしいものだった。 万歳が終わるとすぐに、3人の紳士は下へ降りて行った。そしてほどなくジム・ホーキンズはキャビンにくるようにという伝言があった。 3人はテーブルを囲むように座っており、テーブルにはスペインワインが一本とレーズンが置いてあった。先生はパイプをふかし、かつらは膝の上においていた。僕はそれが先生が興奮したときのくせだということを知っていた。暖かい晩だったので、船尾の窓は空いていた。窓からは船の曳波に月が輝いているのを目にすることができた。 「さて、ホーキンズ君」大地主さんが言った。「いいたいことがあるそうだね。話しておくれ」 僕は言われたとおり、できるかぎりかいつまんで、シルバーの話したことを一部始終すべて話した。 話し終わるまで、口をはさむ人はいなかったし、3人の中で身動きひとつする人さえいなかった。最初から最後まで3人の目はずっと僕をみつめていた。 「ジム」リバシー先生は言った。「座ってよろしい」 そしてテーブルを囲む一人として腰かけさせると、ワインを一杯注いでくれ、両手にいっぱいレーズンをくれた。そして、かわるがわる3人と乾杯した。みんな頭をさげ、僕に一杯注いでくれ、僕の幸運と勇気をたたえて僕の健康を祝して乾杯した。 「さて、船長」大地主さんは言った。「あなたは正しく、私は間違っていた。自分がばかなのを認めて、あなたの命令を待ちます」 「ばかなのは、私もです」船長は答えた。「反乱をもくろんでいる船員が、事前にその兆候を見せないなんてことは聞いたことがありません。目がしっかりついてさえいれば見てとって、応じた手段もとれるんです。でもこいつときたら」船長はこうつけくわえた。「やられましたよ」 「船長」先生は言った。「言わせてください、それがシルバーなんですよ。本当にすごい男です」 「帆桁にでもぶらさげてやれば、すごい見物でしょうな」船長は答えた。「いや、話してるだけじゃしょうがない。私に3つ、4つは考えがあります。トレローニーさんが許していただければ、お話ししますよ」 「あなたは船長ですぞ、話していただくのは当然ですとも」トレローニーさんは威厳をもって答えた。 「第一に、」スモレットさんは口火をきった。「われわれは前に進みつづけなければなりません、引き返せませんからな。針路を変えろなんて口に出したが最後、すぐさま反乱ですよ。二つ目に、時間はまだあります。少なくとも宝物を発見するまでは。三つ目は、信頼できる船員もいるってことです。さて、遅かれ早かれ打って出なければなりません。私が言いたいのは、好機は逃すなっていうとおり、やつらが全然予期しないときを狙って打って出るということです。トレローニーさん、お宅の召使は数にいれてもいいでしょうな?」 「私とおなじように大丈夫」大地主さんは断言した。 「3人」船長は数えた。「私たちをあわせると、ホーキンズもいれて7人。正直な船員はどうでしょう?」 「トレローニーさんが自分で選んだ船員でしょうな」先生は言った。「シルバーに会う前にご自身で探された連中ですよ」 「いや」大地主さんは答えた。「ハンズだって私が選んだ一人だからな」 「私もハンズは信じられると思ってましたからな」船長もつけくわえた。 「それにやつらは全員イギリス人なんだからなぁ!」大地主さんはとつぜん叫んだ。「この船をこっぱみじんにしたいくらいのもんですよ」 「ええ、みなさん」船長は言った。「言えることはこれだけです。われわれはとにかくじっとして、油断なく警戒してなければなりません。男として試されている時です。打って出るほうがよっぽどすっきりするのは分かってます。でもだれが味方かがわかるまでは、どうしようもありません。じっとして風をまちましょう。これが私の意見です」 「このジムが」先生は言った。「誰よりも役にたってくれますよ。やつらもこの子には気を許してますし、なかなかよく気がつく子ですから」 「ホーキンズ、おまえをうんと信用するからな」大地主さんがつけくわえた。 僕はこれを聞いてほとんど絶望的な気持ちになった。全くお手上げだと思ったからだ。でも、奇妙なことの成り行きで、僕のおかげでみんなが助かることになったのだった。ともかく、とことん話し合ったが、信頼できるとわかったのは26人のなかでたった7人しかいなかった。7人のうちの1人は子供で、つまり大人でくらべると、僕たちの6人に対してやつらの19人というわけだった。 三部 僕の海岸の冒険 13 どのように海岸の冒険をはじめたか 翌朝、甲板に出た時には島の様子はすっかり変わっていた。風はすっかりやんでいたけれど、夜の間に船はずいぶん進んでいて、今は低い東岸の南東半マイルあたりのところで停泊していた。灰色の森が島の表面の大部分をおおっていた。この島の一様な色合いは、低いところにある黄色の砂地の層や、多くの背の高い松の種類の木々で乱されていた。その木々は、あるものは飛びぬけて、あるものは群生して他の木より背が高かった。ただ島の全体は、同じような色合いでくすんでみえた。植物の上には山々がそびえ、頂上のあたりはむき出しの岩だった。山はみんな奇妙な形をしていて、望遠鏡山が300から400フィートくらいでその島で一番高い山だったが、形も一番奇妙だった。あらゆる方向からみても切り立っていて、とくに頂上は突然切り取られたようで、像をのせる台のような形をしていた。 ヒスパニオーラ号は、甲板排水穴が海のうねりの下になるほど揺れていた。帆の下げたは滑車にあたり大きな音をたて、舵はあちこちに音をたててぶつかり、船全体がまるで工場みたいにきしんだり、うなったり揺れたりした。僕は後方支索にしっかりしがみついてなければならなかった。そして周りの世界はめまいがするほどぐるぐる回って見えた。船が航海をしているときは立派な水夫としても通用するくらいだった僕だが、船がじっと停まって揺れているので、吐き気をおさえることができなかった。特に朝のなにも食べてない時には。 たぶん島の外観のせいだと思う。森は灰色で憂鬱な感じだったし、頂上の岩はごつごつしていて、 けわしい浜にできては砕ける波を見たり聞いたりすることができた。少なくとも、日は照りつけていて暑かったし、僕たちのまわりでは海岸の鳥がえさをとったり鳴き声をあげていたので、こんなに長く 海の上にいた後では、誰でも喜び勇んで上陸するにちがいないと思うかもしれないが、僕ときたらすっかり落ち込んでいた。そもそも初めて前方にその姿を見たときから、僕は宝島のことを考えるだけでも嫌だった。 僕たちは退屈な朝仕事をかたづけ、風がふきそうな気配は全くなかったので、ボートを何艘か降ろして船員を乗りこませ、船を引くこととした。3マイルから4マイル、島の角を廻って、どくろ島の背面の停泊場所まで狭い水路をいかなければならなかった。僕も志願して、もちろんできる仕事はなにもなかったがボートの一艘にのりこんだ。だらだら汗がでるほどの暑さで、船員たちは仕事にもうれつな不満をもらした。僕の船ではアンダーソンが指揮をとっていたが、船員たちに命令に従うようにさせるど