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K.S.R.C ResearchReport FileNo.010003
 
SPEEDがうける理由


1998/12/27 報告  報告者:Ken-chang


今、沖縄出身の4人の少女がうけている。島袋寛子(しまぶくろ ひろこ)、今井絵理子(いまい えりこ)、上原多香子(うえはら たかこ)、新垣仁絵(あらかき ひとえ)の4人から構成されるこのグループはSPEEDという。このSPEEDというグループ名は彼女たちが出演していたTV番組内で公募され決定した。

 このSPEEDというネーミングが彼女たちの成功の1番目の要因である。
簡潔なネーミングは誰にでもすぐに覚えてもらうことができ、さらに、急速に成長していく彼女たちを表す名前としてはこれ以上ないという見事なネーミングだと言うことができる。

 2つ目の要因は、彼女たちの年齢にある。 
彼女たちの平均年齢は15.25歳である。メインボーカルの島袋寛子は1984年4月7日生まれの14歳、今井絵理子は1983年9月22日生まれの15歳である。(上原多香子は1983年1月14日生まれ、新垣仁絵は1981年4月7日生まれ)まだ中学生の彼女たちの歌うLOVEソングは彼女たちと同世代には恋へのあこがれを感じさせ、彼女たちより上の年齢層の人たちにはちょっと背伸びをした彼女たちの歌は聴いてる方を恥ずかしくさえさせてしまう。しかし、同時にけなげさも感じさせ、つい応援してしまうという現象を起こしている。これはまさにプロダクション側がねらっていたことである。

 3つ目の要因は4人というメンバー構成である。
1993年、沖縄で「沖縄アクターズスクール」に通っていた彼女たちは「BRAND-NEW KIDS」という8人組で活動していた。プロダクション側から「子供の面白さで勝負したい。」という依頼があったのが「SPEED」誕生の始まりである。芸能界という厳しい世界でやっていけるのは、幼い頃から沖縄アクターズスクールに通っていた精神的にも強い子でないと駄目だということで、初めに寛子と絵理子の2人がアクターズ側からの推薦で選ばれた。そして、あとの2人仁絵と多香子はプロダクション側が選んで現在の4人グループになったわけである。この4人はそれぞれの位置づけがしっかり決まっている。歌のうまい2人はボーカルに(しかもその2人もファン層がぶつからないような顔の2人になっている)、後の2人は美人タイプの多香子、ダンスのうまい仁絵というように。古くはキャンディーズがそうであったように、個々にファンが均等につくこのような戦略は非常に効果的である。同じようなタイプの子がただ集まっただけのグループではその人気は長続きしないのは過去の例を見ても明らかである。
 
 最後に忘れてはいけないのは絶妙のデビュータイミングである。
彼女たちがデビュー曲のレコーディングを開始したのは1996年4月29日、デビュー曲である「Body&Soul」の発売が1996年8月5日である。このころの音楽界といえば小室ミュージック一色だった。小室ミュージック以外の音楽を求めていた聴衆を取り込むのは、プロデューサー伊秩弘将とSPEEDにとっては簡単なことであった。この小室ミュージックで飽和した世界という土壌がなければ伊秩弘将がいかに優れたプロデューサーであろうとも今のSPEEDの成功はなかっただろう。そう、実はSPEEDを成功させたのは小室哲哉であったのだ。

21世紀まであとわずかとなったが、21世紀にはSPEEDはどうなっているであろうか。成長して大人になったSPEEDはもはやSPEEDではない。彼女たちもそのことをよくわかっているはずである。SPEEDは20世紀とともにその名の通り猛スピードで駆け抜けていくであろう。大人になった彼女たちがどんな活躍を見せてくれるのかはまだわからない。ただ言えることは、私たちの心には、いつまでも彼女たちがSPEEDというグループで活躍したことが20世紀の記憶とともに刻み込まれているということである。

FOREVER SPEED!

 

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