

K.S.R.C ResearchReport FileNo.200034
美少女進化論
2000/10/16報告 報告者:Ken-chang
近頃、街で見かける少女たちが可愛くなっている。一昔前までは可愛い子とそうでない子の比率は2:8位であったのが、最近ではその比率も6:4あるいは7:3にまで上昇している。
これは一体どういうことなのか。
この件に関して、現在学会でも活発に議論されており、いくつかの説が発表されている。
1.適応変化説
女の子たちが可愛くなろうとし、努力した結果、徐々に可愛い子が増えているという説。
確かに、化粧や洋服によっては可愛く見えることもあるが、可愛い子は産まれたときから可愛く、そうでない子はやはり産まれたときからそうでない。
そういったことから、現在では否定されつつある説である。
とはいうものの、例えば夏休み後に学校に出てきたら突然可愛くなっていた等の報告もあり、これは一種の適応変化ではないか、との議論も起きている。しかし、この件は後述する突然変異説での説明の方が理にかなっているようにも思われる。2.自然淘汰説
自然選択説とも言われている説。
もともとこの世界には、可愛い子やそうでない子が存在していたが、可愛い子の方が社会に適応しやすいため生き残ったという説である。3.突然変異説
何らかの外的要因あるいは内的要因により、可愛くない子が突然変異を起こし可愛くなったのだという説。
適応変化説のところで述べたが、夏休み後に急に可愛くなった子の場合、夏休み中に何らかの外的要因が作用し可愛くなったと考えるのが普通である。とすれば、その要因によって突然変異を起こし、可愛くなったのではないだろうか。4.突然変異+自然淘汰説
現在、最も主流となっている説。
自然淘汰説では、もともと可愛い子がいなければならないが、それではその可愛い子はどうやって発生したのかが曖昧にされている。そこで、その発生を突然変異に求めたのがこの説である。
突然変異によって発生した可愛い子が自然淘汰によって生き残り、だんだんとその数を増やしていったのではないだろうか。
現在ではこういった説が一般にも浸透しつつあるが、中にはこのような進化論は神を冒涜しているといい反論を唱える人達もいる。
彼らの反論の趣旨は大きく以下の3つである。1.でたらめに突然変異を起こしても、可愛い子が発生するわけがない。でたらめに猿がキーボードを打っただけで偶然に小説が書けるのか?
2.可愛くない子から可愛い子に進化するわけがない。猿は猿、人は人、可愛い子は可愛い子であり、それは神によって初めからその姿で創られたのだ。
3.可愛くない子から可愛い子に進化したのならば、可愛い子とそうでない子の中間種が存在しているはずである。しかし、そんな中間種はいないではないか。
まず、1に対してであるが、突然変異はランダムであっても、自然淘汰によってより可愛い子が選択されていき、最後には可愛い子が残るのである。
また2に対しては進化の起きる時間を短く考えすぎである。ある日突然可愛くない子が可愛くなるはずがない。進化の起きる時間枠はもっと長いものである。
3に対しては、全くの事実誤認である。現在でも中間種は数多く発見されているのだ。
いずれにせよ、このまま進化が進めば街には可愛い子だけしかいない世の中になるであろう。
が、「可愛くない」というのは絶対的な物ではなく相対的な価値観のため、どんなに可愛い子だらけの世の中になっても「可愛くない」と言われてしまう子が出てくるだろう。しかし、その時「可愛くない」というレッテルを貼られた子も、今の基準で見れば「可愛い」のかもしれない。
しかし、今「可愛くない」と言われている人も昔の基準では「可愛い」のだ、と思うのはまた別の話である。
なぜなら、「可愛い」というのは相対的でなく絶対的な物だからだ。
いつの時代でも「可愛い子」は可愛いのである。
<解説>
世の中には
進化 = 改善・発達・良くなること
だという誤解が蔓延している。
進化学においては、進化は「高等になる、複雑になる、より良くなる」ことだけをさすわけではない。
進化には退化も含まれる(進化の反対語は退化ではない)。
「進化」の反対語を挙げるとすれば、「進化=変化」と いうことから、反対語は「変化しない:停滞、不変」になるだろうか。
日本では evolution に「進化」と字をあててしまったためか、よけい「進化evolution=良いこと」と思われがちである。
ちなみに、 evolution のことをダーウィンは「descent with modification」と記しており、中国ではevolutionを「演化」と言う。
また、進化は「連続的な」発展と思われがちだが、「多様化&変化のちまちまとした蓄積」の結果 の大きなスパンで見た変化でもあり、必ずしもなめらかに連続・継続して起きるものでもないのだ。