26万人のおタク(主に男)と一人のアイドル(たぶん女)
板につくまでどのような時間が流れ、どのような道程があったのか。ヲタは知らない。
ヲタに分かるのは自分たちが一人ではないということだ。
その板は暗闇の流れにポツンと浮かんでおり、前後左右に流れている。
地獄のような暗さのために板がどれほどの大きさなのかも分からない。
自分たちが正確に何人いるのかも分からない。
最高では26万人はいたのではないかと思うが、それも分からない。
異国の人もいたかもしれず、羊や鳩や狼もいたかもしれない。
自分たちはヲタであるはずだが、自分たちのようでもある。
言葉は虚構に過ぎないし、画像も虚構にすぎない。
だからヲタが虚構であっても不思議ではない。
自分たちはいやらしく太っている。自分たちはいやらしく匂う。そして自分たちはいやらしく鈍い。
自分たちがそうなってしまったのか、本来、そういうものであるのか。
暗闇の中ではどうでもいいことだ。もちろん、自分たちにも考えることはできるのでいやらしく思う。
喜びや希望、そして幸福という言葉は知っている。
しかし、自分たちには無縁だった。自分たちの歳月には無意味な記号だ。
幸福には触れないし、希望は見えない。そして、喜びとは言葉を交わせない。
ただ宇宙よりも暗い波間を漂うのみ。
そして板にすがりついたのだ。
自分たちはそこで天使あるいは神を知ったから。
暗闇にも光はある。夜に星。地獄に仏。そして板の上にはあの娘がいる。
自分たちはなぜ、あの娘だけは特別だと信じることができたのか。
もちろん分からない。分かるような自分たちなら、暗闇で漂うことはなかったはずだ。
自分たちは知っている。自分たちも苦しいが、あの娘はもっと苦しいはずだ。
苦しみながら、あの娘は輝いている。まぶしくてまぶしくて胸が熱くなる。
あの娘はいやらしい自分たちの手をにぎってくれた。
26万回もにぎにぎしたのではもう手の皮は剥けて血がにじんだろう。
自分たちのためにあの娘は血を流してくれたのだ。こんなにうれしいことはない。
自分たちの中にはあの娘ともっと親しくなったというような虚勢を張る者もいた。
自分たちは自分たちの気持ちが良く分かるので、たしなめたり、そっとしておいたりする。
自分たちは自分たちが一番、あの娘を理解しているはずだと思っている。
場合によってはにきにきよりもっと神なことをしてみたいと言い出す自分たちもいる。
しかし、自分たちはこれ以上を望まない。これ以上を望んで、
なにもかもなくしてしまったら、どうしていいかわからないだろう。
自分たちはやろうと思えば何でもできる。
あの娘の生まれたままの姿を描くこともできるし、生の声を聞くこともできる。
あの娘にずっとずっとつきまとうことさえできるのだ。
そうしていると自分たちが神なのではないかと思うほどだ。
しかし、暗闇の中でも時は流れていく。
気がつくと板の上にあの娘でもなく自分たちでもない誰かが立っている。
おいおい、嘘だろう。自分たちはつぶやく。
自分たちでない誰かは自分たちなのかもしれない。
何故なら、自分たちは誰かの声を聞いている。
誰かの姿を見ることができる。
自分たちは誰かを止めたかった。
しかし、誰かに触れることはできない。
誰かに自分たちは声をかけてみようとする。
しかし、誰かはニヤニヤ笑うだけだ。
本当にいやらしく笑う。本当にいやらしいのだから自分たちではないのだ。
自分たちは自分たちの本当にしたいことをしている誰かを罵ろうとする。
しかし、その気持ちはあの娘のいやらしい声で萎える。
いやらしい喜び。いやらしい希望。いやらしい幸福があの娘をさらに輝かせる。
そして自分たちから板は離れ、浮かび上がっていったのか、沈んでいったのか。
あの娘は消えてしまった。
そして自分たちは暗闇を漂い続ける。
もはやただのヲタとして。 (預言者ゴーリキーに感謝を捧ぐ)