リレーエッセイ「ニュータウンの街かどから」

第11話 「ニュータウンのコミュニティ事情」


【ネットコミュニティ】

 どもども、皆様方。 とうとう私の番が回ってきてしまいました。 港北ニュータウンに移り住んで早5年。 思い起こせば長かったような、はたまたとても短かったような気がします。 5年というのはちょうど区切りの良い年となりますので、ニュータウンで生活したこれまでの道のりとこれから先のことについて、思いつくままに書いてみようと思います。

 とりわけ5年という月日が「短い」と感じるのは、こちらに越してきても、ちっとも寂しい思いをしなかったからだと思うんですよね。 普通は見知らぬ土地に越してくると、まずその土地の風土や生活インフラの確認、近隣住人との人間関係とその関わり方などについて悩むことになります。 通常直面するであろうそういった心配事は、ことニュータウンへの引越しに関する限り、私には全くストレスにはなりませんでした。 それと言うのも、越して来る前からネットを通して、街の様子や幼稚園情報など、知りたい情報の大概は親切な皆さんが寄ってたかって教えてくれたおかげなんです。(^^) また主催のJoeさんと、ちょうどニフティーのパティオ立ち上げの時期に巡り合うことが出来たことも、私にとっては幸運でした。

 当時、まだパソコン通信を始めたばかりの私にとって、毎夜、眠い目を擦りながらkey boardに向かうのが楽しくて楽しくてしょうがない。そんな時期でした。 そんな折、まだ見ぬ未来のご近所さんとネット上で知り合い、次には会って見ましょうかという話になって、恐る恐る会って見たら、「な〜んだ良さそうな人じゃん」なんていう、気軽なお付き合いが始まったわけです。 面白がりながら色々とイベントをこなしていたら、5年なんてあっという間に経ってしまいました。 平日はほとんど居ることの出来ない街の新鮮な情報が、日々、刻々と蓄積されていく。 これは雇われ人の自分にとって、毎週末を潰して独力で街に探検に出かけて集める情報収集力を補って余りある物でした。 実際、家族だけでそれを実践していたら、時間的にも体力的にも「持たなかったなぁ」とつくづく思います。 ネットを通して、いろんな人が見て感じた街の見どころ情報を、気軽に、また日々手に取るように得ることが出来たことは、新住人として心強い限りでした。 ネットのありがたみを、身をもって享受した5年間であったとも言えます。

 

【隣人とのコミュニティ】

 さてさて、順調にネットコミュニティに首まで浸っていた私めですが、ふと気がつくと、足元の人間関係については、5年経ってもほとんど進展が無いことに、我がことながら驚かされます。

 私の住むマンションは住人全てが一斉入居だったので、右を向いても左を見ても、当時み〜んな新参者の団体さんだったわけです。 自治会はなぜか発足する機会を逸し、未だにどこの町内会に属することもせず、私のマンション生活は、なんとなく5年の月日が流れてしまいました。 ネット上の気軽なコミュニケーションの場に比べて、同じマンションに住むご近所さんとぼちぼちと人間関係を作る努力をするのは、ある意味すごいエネルギーを使うことになります。 特に有職者の場合、朝一番に家を出れば帰ってくるのはとっくに寝静まった街ですから、平日に街の情報を得たり、近隣の住人と知り合うチャンスはほとんどありません。 残念なことにこの5年間、ご近所さんと仲良くなれる機会にはなかなか恵まれませんでした。 かといって自分からなにかそういう機会を興そうとするには、ちょっと敷居が高い。 「なんだかな〜」という気持ちを心の中でずっとくすぶらせていました。

 そんなある日のことです。「おっ!」と思わせる回覧が我が家に舞い込みました。 「イベントやりたいんだけど、誰か手伝ってくれない?」平たく言えばそういう内容の回覧でした。 理事長の鶴の一声で、何かマンション住民で楽しめるイベントをやってみないかという呼びかけです。 「ああ、同じような気持ちの人が、ウチのマンションにも居たのねん」。 似たようなことを考えていた私にとっては、実に興味ある申し出でした。 とは言え、総戸数170世帯ざっと500人以上が住んでいるマンションです。 一口にイベントと言っても何をどうするつもりなのか。 第一回目の会合の場には、なんとも不安な気持ちで臨みました。 そこで目にしたものは…。

 

【きざし】

 記念すべき第一回目の会合は、理事会の3人を除くとたったの5人...。 お互いの様子を伺うように、緊張した顔が並んでいます。 「こりゃあ、えらいところに顔を出してしまった。」私の最初の印象はもうすっかり逃げ腰です。A^^;) 正直この人数ではイベント開催どころか「掛け声だけに終わるんじゃないだろうか?」なんて不安が頭をよぎります。 期待を込めて参加した私の心中は早々にお先真っ暗の状態です。(たぶん参加した皆さんは、同じ気持ちだったでしょうね。) ともあれ、人を集めなければ何も出来ないということで、夏にはマンション独自のお祭りをやりたいなどと夢物語のような希望を話して、もう一度人集めのチラシを配ることにしました。

 地味な努力の甲斐も有って、ミーティングの回を重ねるごとに多少の増減は有りましたが、固定のメンバーも寄ってくれるようになりました。 みんなで案を出し合い、「春のたけのこ祭り」、「夏祭り」に向けて、ほぼ毎週末はミーティングに時間を費やして喧喧諤諤の意見交換をしながら、自分の中でどこか懐かしい学祭や文化祭の準備をしているような錯覚を覚えました。 嬉しかったのは論議をしている内にお互いの性格や人となりも理解でき、「な〜んだ、皆良い人じゃん」、なんて思えてしまったこと。仲良くなってしまうと、最初の逃げ腰はどこへやら。(^^) おかげで、家族には相当迷惑をかけてしまいましたが、もうこうなったら開きなおりの心境です。 「やれるところまで、とことん行っちゃえ!」と腹をくくって、それこそ週末は当たり前のように集まって、ただひたすらにミーティングは続きました。

 考えてみると、こういう体験って、仕事以外にはここ二十年間無かったんですね。 なんだか妙に新鮮な時間でした。 気心が知れてくると、山のような課題の数々も皆さんそれぞれの大奮闘できちんと打開策が見つかり、イベントの準備は着々と進んで行きます。 たまたま同じマンションに住み合わせた人が、一致団結してひとつの目的に向かってゆくのは、最初に感じた不安を蹴飛ばすくらい近年に無い痛快な出来事でした。 おかげさまで、春、夏のイベントはつつがなく終了いたしまして、先日ちょっとした反省会を開きましたが、私のとって気心を知り合えた隣人が増えたことは、今回の一連のイベントの成功よりも、よほど大きな収穫となりました。(^^)v

 

【ツール】

 何もかもが、初めてづくしのマンションイベントです。 前例もたたき台も無い私たちには、週に一度のミーティングだけでは到底足りません。 ちょっとしたことや、分担事項のやりとりの連絡をつけるために、メールは大変有効でした。 もちろん、全員がアドレスを持っているわけではなかったので、最初からという訳には行きませんでしたが...。 しかし、時代なんでしょうね。 専業主婦の方もご自分のアドレスを持っていらっしゃる方が多くて、あらためて「通信社会なんだなぁ」と実感いたしました。 メールで一斉に連絡が取れることは、会社人の間ではすでに当たり前ご時世かも知れません。 でも、主婦層もそうだとすれば、これはこれで私にとってはちょっとした驚きであったりいたします。 リレーエッセイを読まれている方々を前に言うのはおかしいですが、自宅でパソコンに向かうことは、以前でしたらちょっと「おたくっぽい」行為であるという後ろめたさが私の心のどこかにあったのです。 ここ数年の家庭での通信環境の変化というか、認識の変化には目を見張るものがあると思います。 いまさらですが、インターネット環境はとっくに家庭内での市民権を確立していたんですねぇ。

 当初、普通の回覧版や連絡簿なども作ったのですが、それが日の目を見る機会はほとんどありませんでした。良い時代に生きている特権を生かして、連絡のほとんどはメールでのやりとりが続きました。 ほどなくして、通信手段は同報メールから専用メーリングリストに格上げとなりました。   すぐ近所に住んでいる奥さんと、普段は家に居ないご亭主が、焼そばや焼き鳥の原価計算やら、広報チラシのレイアウト、販売チケットの値決めについて、それぞれの時間帯に真剣にメールでやりとりしている様はちょっと滑稽ですらありますが、すれ違いの生活時間の中、人間関係を構築してゆく手段として、今回はその効能をあらためて再認識したというのが実感でしょうか。

 

【これからのコミュニティの在りよう】

 最初は、ネットコミュニティと実在コミュニティの対比について書こうとしたのですが、ここまで書いてみてすでに皆さんお気づきのように、その垣根は今の世の中ではもうほとんど無いですね。 末端まで行き渡った情報機器を併用すれば、ご近所さんとの人間関係を築いてゆくための近道として、とても有効です。 違いといえば、より出入りが自由なネットと、人間固定が先決のご近所付き合いですが、端末の向こう側に居るのは生身の人間という点では、全く違いが有りません。 併用することで、短時間に内容の有るコミュニケーションを取ることが可能な昨今は、選択肢が増えた点では本当に良い時代となってまいりました。 携帯メール全盛の今時の風潮ですが、これからは行き渡った機器をどう生かすかということを、真剣に考える時代に入ってゆくんでしょうね。 新聞を見ていると、どうも使い方が間違っているとしか思えない事件が頻発しています。 少しづつでも各々が使い方を研究して、単に便利なだけの道具としてではなく、利用方法やその可能性について、「ソフトな部分で、通信文化の醸成を待つ時代に突入したのかな?」、そんな風に思います。

 私は5年前、出来たてのニュータウンという入れ物に、家族とこわごわと根を降ろしました。 駅に降り立てば広がる荒野。 そこには、延々と続く黄色い柵の仮設通路が迷路のように暗い野原を横切っていて、なんとも寂しい風景が広がっていました。 最近は、やっと街の緑も落ち着いてきて、「緑の小径」にふさわしい様相になってきたなぁと実感しております。 私のマンションから駅へと続く欅の並木も、そこそこの高さになってきましたし、 あと5年経ったら、ご近所さんとの人間関係も、通信環境も、さらに快適な「緑の森の中に在る街に住んで居たいなぁ」と、今はそんな風に思っています。

  


   ■リレーエッセイ目次へ   ■トップページへ戻る