リレーエッセイ「ニュータウンの街かどから」
こんにちは!あやのです。 つたない文章力しか持ち合わせていないのですが、リレーエッセイのお話をいただきまして、これもよい経験の1つとして書いてみました。 ニュータウンからはずれたテーマですが、よかったら「転勤よもやま話」を読んでやってくださいまし。
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人生にはいろいろな節目がありますが、成人以降は就職・結婚・出産、マイホーム購入等々がビッグイベントではないでしょうか。 ニュータウンの住人になって「のほほん」としながら2年が過ぎた頃、それは突然にやって来ました。
98年5月のある日。 週末に、夫の両親との小樽・サッポロ旅行を終えた月曜日の夜のことでありました。 帰宅した夫がお風呂上がりに冷蔵庫から缶ビールを取り出しながら、いきなり
「あのさ、九州に転勤が決まったけどどうする?」
どーするって言ったって、それって『単身赴任』するということ?
「だって、いろいろ違うから大変だよ。いいよ、1人でも平気。」
アッサリとそんな。 もしかして1人暮らししたい? うぬぬ〜、単身赴任と簡単に言いますけどね、『夫婦の絆』が浅くなるでしょ。 『らぶらぶ』じゃなくたって、こんなぐうたら嫁なんか居なくても大丈夫だとしても、離ればなれは嫌だ。
「一緒に行きますよ・・・いつ?」
「7月中旬には着任しないと」
九州は、OLの頃に社内旅行で博多へ1度行ったことがあるだけです。 頭に浮かぶのは明太子、阿蘇山、ハウステンボスぐらいのお粗末な知識でした。 辞令が出た後に2泊3日で家探しに行き、引越会社の見積もりや様々な準備に明け暮れた7月の半ばに、夫は先に横浜を後にしました。
7月下旬にちょうど中学校の同窓会出席を予定していたので、8月の始め位に行けばいいや、それまでは実家でのんびりしようーっと、などと考えていました。 ところが荷物の搬入を待っていた夫から、「エアコンを買ったからお金を振り込んで欲しい!!」と、電話がかかってきました。
エアコンは引越トラックに載せましたが、あまりの暑さに到着まで耐えられないとのこと。 夫はエアコンの風があまり好きではなく、独身の頃のアパートには扇風機もありませんでした。 それなのに速攻でエアコンを買うほどの暑さとは! そういえば下見した部屋のバルコニーに面したリビングには、左右に1台ずつエアコンが設置できるようになってたな〜・・・。 2台必要なほどの気候なのかも。 うひー。
それを聞いた父は、「よほどの(要は早く来てって)ことなんだから出来るだけ早く行きなさい。」 なんだ〜これじゃ単身赴任なんて全然だめじゃん。 両親の勧めもあってそれから2日後に出発することに。 空港のターミナルビルを出た瞬間に、「前に来た時より暑さ100倍!!!」 うーむ、ここでやっていけるのだろうか…。
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それから数日間、かつて経験したことのない、アクシデントに見舞われることになります。 全て披露できないのが残念ですが、1番印象に残っているのは自家用車のことです。 引越はY運輸に依頼しましたが、クルマは別の専門業者が名古屋まで陸送で、そこから先は船で運ぶことは聞いていました。 クルマがなければ夫は仕事場までも行けません。 それまでは同僚に迎えを頼んだり、1時間に1本あるかないかのバスを利用していましたが、いよいよ愛車が到着する日が来ました。
インターホンが鳴り急いで駐車場へ行くと、ドライバーさんが「実は、、、ここに来る途中、ぶつけられてバンパーが凹んでます」(へっ?) 傍らには、20代前半とおぼしき女の子(結構可愛い)が青ざめた顔で、「申し訳ありませんでした」と、頭を下げるのです。 彼女は某衛生用品会社社員で、信号待ちに路面電車が接近してきたから、慌ててバックしてしまったのだそうです。 「お2人ともおケガは?」、だけ言葉が出てきたのですが、後の頭の中は(ど、どーしよう)。 問題はそこからでした。 ドライバーさんは「保険に加入しているそうですから、後は話し合ってください。それじゃ私はこれで」と、帰って行ってしまいました。
その時点では混乱していて、「はいわかりました」と言ってしまったのです。 しかし、よく考えると「あれ?私が交渉するの、何かヘンだな〜」と思って、横須賀の事務所に連絡をとると、後日、輸送会社福岡支店長、ドライバー(このヒト、下請け会社の所長だった)、その部下、クルマをぶつけた女性の上司2名の計5名の方々が、菓子折を持ってわざわざ謝罪に見えました。 電話があったときには、「そこまでして戴かなくても」と固辞しましたが、いろいろ説明したいこともあるから、と言うのです。 5人もの男性がワラワラと家の中にお上がりになったときには、正直、大恐縮でした。
大した事故でなかった為なのか、5名の男性方は終始なごんだ雰囲気でして、お出ししたお茶を飲みながら雑談をして帰られました。 「横浜から来られたのは大変ですな」とか、「女性がアウディを颯爽と運転している姿はいい」、とか(ちなみにウチのクルマはそのような高級車ではない)。 以前からキズのあったバンパーを新しい物と交換してもらえることになって、少しラッキーでしたが、クルマのない生活を更に10日ほど強いられたのは厳しかったです。
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そんなこんなで転勤生活も当初の予定の3年が過ぎ、すわ!2001年には帰任か? と期待大でお正月を迎えたのですが、どうも雲行きが怪しい。 7月いっぴには、「転勤延長の依頼の件〜期間1年」とお達しがありました。 また季節を一巡するのか...。
おかげで乗る機会の少なかった飛行機も、1年間に10回乗った年もあり、羽田線ではないですけど、エアバスA320よりもボーイング747ー400の乗り心地が好きだとか、広いビッグバード内も少しだけ詳しくなりました。
何か転勤生活の中で「これは」というものを見つけたいと思っていますが、根がナマケモノなので、何もせずに1日が過ぎていきます。 最初は酷暑にバテ気味になり、馴染みのない地で心細く孤独感から精神的に辛い日々が続きました。 日本狭しといえども所変われば品変わるで、カルチャーショックを受けることもしばしばでした。
鬱々していても仕方がないので、ある講座に通い出してそこで転勤族の女性と知り合いました。 奇遇にも彼女も同じ横浜出身。 同年代の魅力的な人で、共通の話題も多く気が合います。 九州に来なかったら出会うこともなかったと思うと、転勤もネガティブな事ばかりじゃないと考えるようになりました。
来年の春には彼女のご主人サマも赴任期間が終わって東京に帰る予定です。 事あるごとに「東京で会おうね」と励まし合っています。 晴れてニュータウンに帰れる日を心待ちにしている今日この頃です。