リレーエッセイ「ニュータウンの街かどから」
HiruとMONは、Niftyserveの「わかばプラオフ」というテニスのパティオで出会いました。 通信上お話はしていたけれど、初めて出会ったのは「わかばプラオフ(しおやん氏主催)」でテニスコート。 また主催者の粋なはからい?で、一緒のコートにして頂いたことを覚えています。
初めてのデートは、こちらのパティオ主催者Joeさんにお願いして「きらくずし」でした。 当時お友達のじゅんちゃんを誘って、おいしいお寿司をたくさん食べました。
当時男性とつきあう回数が少なかったMONにとって、Hiruとつき合うことは一大決心といえる程のこと! 二人の共通の趣味がテニスということもあり、会う機会も増え、結婚となりました。 わかばのコートのスタッフからお祝いの電報が届いたのが、とても嬉しかったです。 そんな二人が親となり、どたばた育児に追われています……。
では、Naoの卒乳?物語の、はじまり〜はじまり〜
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卒乳という言葉があることをご存じでしょうか?
卒乳とはいろいろな形がありますが、子どもと親が納得して母乳を卒業することだと私は思っています。 母子手帳も、今年から断乳という言葉をやめ、卒乳と切り替えるそうです。
うちの息子Naoは3才2ヶ月(当時)。 2001年11月16日に私の妊娠が発覚し、産婦人科の医師からも断乳をするようにいわれました。 できれば続けたかったのですが、どうも子宮が収縮しているようで、私には授乳をしながら妊娠を継続することが無理なよう…どうしたらよいのだろう…私は考えました。 (妊娠時の授乳に関してはひとそれぞれです。 全く平気な人もいれば、できないひともいます。 私の場合、収縮が激しかったので無理だと判断しました。)
私の希望として、自然卒乳(子どもから「バイバイ」と言ってくれるのを待つこと)を目指していました。 その前の年、私は流産(初期)しました。 Naoに断乳を迫り、それでも彼の気持ちを無視することは私にはできなく、断乳できなかった自分に後悔もしました。 夫は長期出張中(千葉にいた)で、「Naoと遊びに」とか、かなりの無理をしていての事でした。
そんな経緯があり、大変迷いましたが、親業で習った「わたしメッセージ」を出すことに決めました。 (「わたしメッセージ」とは、子どもの困った行動+自分に起こる影響+自分の正直な感情を盛り込んで話すことです。) 直樹に超音波の写真を見せた後、「直樹がおっぱいを飲んでいると、(行動)赤ちゃんのいる袋がぎゅうぎゅうしてしまって(子宮収縮のこと、わたしへの影響)、お母さん苦しいんだ。 痛いんだ。 (正直な感情)」と…。
もちろんNaoは泣きましたし、わたし自身も「もっともっとあげたかった。 Naoが自分からバイバイというまで待ちたかった。」と、気持ちを伝えました。
Naoは自分で考えて、「おっぱいを飲むのは、赤ちゃんがでてくるまでやめる。」と言ってくれたのです。 涙が出ました。 わたし自身は、同時授乳してみてもいいかな?なんて思ったので、もし出産後飲んだとしても、いいやと思っていました。(そういう先輩も見ていたからです) 午後直樹の好きな電車に乗り、空港に行き、飛行機を見たりしました。
乳房は最初張りましたが、だんだん張らなくなり、その1週間後、坂田先生(助産婦さん)のところへ行き、おっぱいのケアと、抱っこ法による子どもの心のケアをしていただきました。
「抱っこ法」とは、文字通り抱っこしながらゆっくりと話を聞きます。
Naoは言葉で表現せず、卒乳について話すと「つっぱっている。がんばっている。」唇を噛んだり体をつっぱらせ、苦しいポーズをしていました。 体のサインを見て、声をかけます。
「つっぱらなきゃと思っているんだね」
「がんばらなきゃと思っているんだね」
このやりとりをしていて、親業の行動の四角形でいう子どものサインを見つけ、能動的に聞くことの応用だと途中で気づきました。
「ママが苦しくなるから、がんばってオッパイ卒業しなきゃとがんばっているんだね。」と、声をかけたところ…「ママー」とたくさん泣きながら何度も呼ばれ、私のことを思いやってオッパイをやめてくれたNaoの気持ちの強さをとても感じ、「本当にありがとう。大好きだよ…。」と言いました。 このときのNaoは、「僕の気持ちをわかってくれたんだね。」と言いたいばかりに、つらかった気持ちをはき出しました。 我慢していた分、たくさん泣いていました。 最後にNaoは、手で2と3を交代に出したのです。 その後、安心したように眠りについてしまいました。 坂田先生は、「なおちゃんはきっと、2才ではなく今は3才なんだよ。 お兄ちゃんになったんだよ…がんばれるんだよ…と言うサインを送ったんじゃないかしら…。」とおっしゃっていました。
その前の年、流産をしてしまったことは、Naoの気持ちを知るための出来事なんだと納得できるのに、時間がかかりました。 前年度流産したときは、Naoにも私にも準備ができていなかったのだと思えるようになりました。 親業と出会って、Naoの決断を待つことができたのです。 「わたしメッセージ」を送り、正直な私の気持ちを伝え、Naoが決断した…
今まで「わたしメッセージ」は出していましたが、その中でも一番印象に残るものでした。 息子の成長を見ることができ、私はとても嬉しかったです。
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−父親Hiruのコメント
今までお話ししていなかったことなのですが、妻MONは2000年8月に、第2子を妊娠していたのでした。(そのため今回、第3子妊娠と言うことになります。)
当時私は、上記の通り9月から10月までの2ヶ月間は出張期間で(出張前から判明していた事ではあったが)、全く身動きが取れない状態でした。 しばらくして、その命がわずか8週という短い生涯を閉じた事を聞き、現地作業者の方から「奥さんに会って慰めておいで。」の一言で、出張先から一時帰宅したのです。 そして、お互い泣いて慰め合ったのでした。(現在も、その現地作業員の方とは一家揃って「仕事抜き」のお付き合いをさせて頂いております。)
たった8週しか生きられなかった第2子の魂は、第3子に受け継いでくれたに違いない。 私はそう思っています。
さて、ここにでてきた「親業」ですが、1年前にMONが勉強し、現在は私Hiruが勉強しております。 ハッキリ言って、「自分を見つめ直すきっかけ」になりました。 まだまだ勉強中の身分、しっかりしないとアカンなぁと思います。 親業の詳細は以下に記載します。
ちなみにこの物語、実は続きがあります。 その続きは、「エピソード2」でお楽しみ下さい。
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−親業とは…
アメリカのトマス・ゴードンがはじめた、新しい親と子のコミュニケーション方法。
'話す'では文章中に出てきた「わたしメッセージ」
子どもの困った行動(シンプルに・「いつも」とかよけいな言葉をつけず非難がましくなく)
わたしにおこる影響+わたしの正直な感情
例:出かけるのにおもちゃを出そうとしている
「○○ちゃんがおもちゃを出してしまうと(行動)片づけなきゃいけないし、電車に乗り遅れてしまうから(影響)イヤだな。(感情)」
そのほかに '聞く'では「能動的な聞き方」、欲求と欲求の対立を解消するための「勝負なし法」などがある。
参考図書:「親業」〜子どもの考える力を伸ばす親子関係の作り方〜
トマス・ゴードン著 近藤 千恵訳
「子どもに愛が伝わっていますか」 近藤 千恵著 三笠書房
「親の心がしっかり伝わっていますか」近藤 千恵著 三笠書房(文庫)