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上総掘りの技術(Know How)
Topics

●上総掘りで使う道具や掘削方法などを紹介します
1.森で使用している上総掘りの装置
2.装置の材料と組み立て
3.今回の上総掘りで使用する鉄製の道具類
4.タケヒゴの加工と接続
5.上総掘りによるボーリングの原理
6.掘削くず(スライム)の回収
7.スイコ用の逆止弁とホリテッカン用の逆止弁(コシタ)
8.ネバミズ(泥水)の役割
9.森の地質と地下水はどうなっているのだろう
10.地層の硬さ
11.地層の固さと上総掘りの進捗
12.上総掘りの歴史


掘削の様子
1.森で使用している上総掘りの装置
 森で使用している上総掘りの装置は直径2.8mの「ヒゴグルマ」を載せる檜の丸太で組上げた「ヤグラ」と、「ハネギ」を取り付けるための「シュバシラ(主柱)」から出来ています
 「
ヒゴグルマ」は掘削装置の上げ下ろしに使う「タケヒゴ」の巻き取りに使用します、「ハネギ」は2本の孟宗竹を弓状に組み合わせたもので、その反発力で掘削装置の引き上げ時の補助的な力になります
 掘削装置は先端に「
サキワ」と呼ばれる掘削用の刃先を装着した「ホリテッカン」と呼ばれる長さ5mほどの鉄パイプで、その中には「コシタ」と呼ばれる逆止弁が組み込まれています
2.装置の材料と組み立て
 上総掘りの装置は手近に入手できる材料を使って、自分たちで加工し、組み立てました
 ただし、丸太や荒縄などは昔はどこでも手に入ったのでしょうが、今は手に入れるのが大変です

今回用意したヤグラとヒゴグルマ用の材料
ヤグラとシュバシラ用丸太 長さ5〜8m 18本
ヒゴグルマ用厚板 長さ2.8m×幅76mm×厚さ20mm(ヌキイタ) 12枚
長さ50cm×幅76mm×厚さ28mm(横サン) 12枚
長さ65cm×幅14cm×厚さ20mm(フミイタ) 12枚
回転軸用鉄棒 直径50mm×長さ3m 1本

3.今回の上総掘りで使用する鉄製の道具類

4.タケヒゴの加工と接続
 タケヒゴは長さ6〜7mの孟宗竹を割って幅2cm、厚さ1cmに仕上げます

5.上総掘りによるボーリングの原理
 
 上総掘りは「
ホリテッカン」の自重で地盤を破砕しながらボーリングします、「ホリテッカン」の上げ下ろしは「ホリテッカン」に接続した「タケヒゴ」に「シュモク」というハンドルを取り付けこれをつかんで人力で行います、このとき引き揚げ力の補助として「ハネギ」の反力を利用します

 同じように掘削用の刃先(ビット)の自重で地盤を破砕しながら掘削するボーリング方法にローピングボーリングがあります、こちらは1トン前後のビットをワイヤーロープで吊り上げて自由落下させます、このように衝撃力で掘削する方法をパーカッションボーリングといいます、下の図はその代表的な装置です
 これに対して刃先(ビット)を回転させながら掘削するロータリーボーリングや回転と衝撃を併用したロータリーパーカッションボーリングなどの手法があります

 

6.掘削くず(スライム)の回収
 破砕された土砂の一部は泥水と一緒にホリテッカンの中に取り込まれますが、大部分は井戸の孔底付近にたまっていますので、時々「スイコ」と呼ばれる道具で泥水と一緒に回収します
 
スイコは先端に逆止弁がついたパイプで井戸に挿入するときにはパイプの中に掘りくずが泥水と一緒に入ってきますが、引き揚げるときにはその逆止弁が働き泥水は落下しないように出来ています

7.スイコ用の逆止弁とホリテッカン用の逆止弁(コシタ)
 今回用いているスイコは内径40mmの塩化ビパイプの先端に逆止弁を取り付けたものです
 ネバミズ」とは井戸掘削中に井戸の孔壁の崩壊を防ぐために使用する粘土水(泥水)です、上総掘りを含むボーリングでは掘削泥水は孔壁の崩壊を防ぐために非常に重要な役割を果たします

 一般のロータリーボーリングではホリテッカン(ボーリングロッド+コアチューブ)を通して比重が大きく粘性の高い泥水を掘削中もポンプで連続的に送り込み、ホリテッカンとボーリング孔壁の隙間を上昇してくる泥水に掘りくず(スライム)を抱き込み掘削しながらスライムを連続的に回収します。

 このような方法で地下数千メートルのボーリングも孔壁を保護するパイプ(ガイドパイプ、ケーシングパイプなどと呼ばれています)が無くても掘削できる場合があります。

8.ネバミズの役割

泥水の水圧で地下水のしみだしと孔壁の崩壊をを防ぐ原理
ネバミズの役割
 1)比重の重い泥水の水圧で地下水やガスが染み出てくるのを防ぎ孔壁安定を保つ
 2)井戸の壁(ボーリング孔壁)に粘土の薄い膜を作り孔壁の崩壊を防ぐ
 3)掘りくずの沈殿を遅らせスイコなどで回収しやすくする
 4)ホリテッカンの刃先の発熱を防止する(上総掘りではあまり大きなウエイトは占めない)


 なお、場所によっては地表面よりも高い水位を持つ地下水もありこの場合は地下水が自噴しますから孔壁の安定のためにはなるべく比重の大きな泥水で地下水とバランスをとることも必要になります

1)地下水位よりも孔内水位を高くしておく
2)孔壁を粘土の膜(マドケーキ)で保護する

9.森の地質と地下水はどうなっているのだろう
 子どもたちの森や源小学校、天台スポーツ公園は関東ロームと呼ばれる大昔の火山灰が積もった台地の上に位置します
 動物公園の駐車場や子どもたちの森と源小学校の間の谷間はその台地が永い間に川の水で削られて出来たものです
 その地下の様子を模式的に示したのが下の図(地質断面図)です
 地層は比較的水を通しやすい層(砂層や砂礫層)と非常に水を通しにくい層(粘土層)が交互に堆積しています、一般には水を通しやすい層を帯水層といって、普通の井戸はこの地下水をくみ上げています
 帯水層は何層もあり、それぞれの地下水位は異なります、子どもたちの森で井戸を掘った場合は下の図に示したように、関東ローム層内の地下水とその下の砂層、さらに深い場所の砂層の地下水といくつかの異なった地下水があると予想されます
 このうち関東ローム層の地下水はこの場所に降った雨がしみこんで一時的にたまっているもので水量も少なく季節的にも枯れてしまうこともあります
 砂層の地下水は量的には安定していますが水位が低いことが予想され、台地の上からは手押しポンプでくみ上げるのは難しいかもしれませんが、周辺の民家では井戸の中に水中ポンプ(電動ポンプ)でくみ上げて利用しています(動物公園の駐車場だったら手押しポンプでもくみ上げることが出来ると思います)
 下の図で棒グラフで示したのは子どもたちの森で井戸を掘った場合の地下水位の高さを推定したものです、これから掘れば確かめられます


10.地層の硬さ
 砂層や粘土層などの地層の硬さ(固さ)を調べる方法として、標準貫入試験というものがあります。
 この試験方法は外径5.1cmの鋼鉄製のパイプ鉛直に立ててそのてっぺんに重さ63.5kgの重りを76cmほどの高さから落下させ、その勢いで、鉄製パイプを地盤の中に貫入させるというものです、地盤の固さは30cm貫入させるのに重りを何回落下させたかで計ります(深い地層では試験する深さまであらかじめボーリングしておきます)(詳しい試験方法はグーグルのキーワード検索で”標準貫入試験”と入力してみてください沢山表示されます、一応、日本工業規格(JIS)になっています)。
 試験装置の寸法がパイプの太さが5.1cm(2インチ)、重りの重さ63.5kg(140ポンド)落下高さ76cm(2.5フィート)、貫入量30cm(1フィート)と半端なのは、もともとこの試験はアメリカで使われていたものを戦後日本が導入しヤード・ポンド法の単位をそのままメートル法に読み直したためです、ちなみに元の単位に直すとカッコで示したように端数はつきません。
 これで計ると「地層の重なり方」で示した各地層の固さは、腐植土層・シルト層で0〜2、ローム層で5前後、上の砂層で20前後下の砂層で30〜50位です(ただし場所によってかなり差があります)
 木造の2階建程度の建物でしたらローム層で十分支持できますが、鉄筋コンクリートの4,5階建以上の建物では固さ(N値(えぬちと読みます))30〜50の砂層にコンクリート製や鋼鉄製の杭を打って建物を支持しています。
 N値が0〜2の腐植土層やシルト層はごく軽い建物以外は支持できませんから、地盤改良といって地層をを固くしたり、杭を打って建物を支持させます。
 
 
11.地層の固さと上総掘りの進捗
 今、上総掘りをしている「子どもたちの森」では少し固い粘土が出てくるかもしれませんが、いわゆる岩盤と呼ばれるカチカチの地層は数百メートルの深さでは出てきません。
 したがって普通の機械式のボーリングでは数百メートルまでは1日に10メートルぐらいの速度で軽く掘ってしまいますが、上総掘りでは難儀しています。
 今のところ、1時間あたりの掘削速度は5〜10cmぐらいで、1日で10〜50cmぐらいしか進みません、しかし地層の固さからいってこれぐらいかもしれません。
 ちなみにN値20の地層では63.5kgの重りを75cmの高さから一回落下させても外径51oの鉄管が1.5cm(30cm÷20=1.5cm)しか貫入しない訳ですから、上総掘りで使っているそれよりも軽いホリテッカンをせいぜい10〜20cmぐらい落下させても一回当たりの貫入量(掘削深さ)は1mmにも達しないと思われます。
 掘削速度を速くするには、重いホリテッカンを使えばよいことになりますが、ホリテッカンを重くするとそのホリテッカンを人力だけで持ち上げることがむずかしくなります、ボーリングの原理の所でも書いたように1トンぐらいのビット(ホリテッカンの一種)を使って掘れば速くほれます
 したがって人力だけで掘る上総掘りではN値20の地層だと100回たたいて1cmぐらい掘れれば良しとすべきでしょう、軟らかい腐植土やシルト層でしたら1回当たり10cmぐらいは掘削できそうです

 
 
12.掘削時のトラブル
1)タケヒゴの折損
2)タケヒゴ接続部分の分離
3)ホリテッカンの抑留
4)ホリテッカンの落下
5)孔壁の崩壊
6)ネバミズの消散

13.上総掘りの歴史
現在行われている上総掘りはいつ頃からどの様に変化してきたのか、その歴史を千葉県立上総博物館が編集した「民俗文化財伝承・活用事業報告書―上総掘り―伝統的井戸掘り工法」から引用して紹介します。
年  代 事     項 出  典
1817(文化14年) 君津市中村糠田の池田久蔵、孫久吉を助手として鑿井業を始める。鉄棒の先に矢筈形の金具をつけ、台棒突き足場によって約20間掘る 「中村誌」
1818(文政元年) 中村籾山大宮寺ほか9戸飲料・灌漑用に突井戸を掘る 大宮寺所蔵文書
1820(文政3年) 貞元村三保田方で突井戸を掘る 鳥居敏子氏所有文書
1821(文政4年) 中村籾山大宮寺ほか10名飲料・灌漑用に突井戸を掘る 大宮寺所蔵文書
1837(天保8年) 大野台村では干損に備え井戸仲間を結成し、突井戸を掘る 大野台区有文書
1852(嘉永5年) 大野台村で先の天保年間、掘削した突井戸の管理方法等について文書で再確認する。この確認文書から共同の井戸だけでなく、個人で掘削した井戸もあることがわかる 大野台区有文書
1857(安政4年) このころの紀行文によれば、奈良輪(現袖ヶ浦市)付近の民家には家ごとに自噴井戸があったことがわかる 「遊房総記」
1864(元治元年) 中村の池田久吉は、親戚の池田徳蔵を助手として鑿井業を行なう 「中村誌」
1879(明治12年) 東京府下千住E(丸に漢数字の六)組定兵衛が弟子5,6人を連れて、小櫃村俵田で掘抜井戸(突抜井戸)の掘削を始める。俵田の住人大村安之助は、定兵衛についてさく井法を覚えたという 「君津郡誌」
1880(明治13年) 小櫃村寺沢の鳥海栄次郎宅付近に掘り抜き井戸を掘る。俵田飯田長之助、山口竹次郎、内田浪次郎らは、大村安之助の助手となる
1881(明治14年) 大村安之助は、成田参詣の折、ガス管7尺を買って帰る
1882(明治15年) 大村安之助は、金棒の代りに樫棒を用いることを考え、台棒突きによって50〜60間掘る 菱田忠義「上総掘り考」、「中村誌」
このころ池田徳蔵も樫棒による掘削を試みる
1883(明治16年) 中村沢田金次郎、小櫃村大村安之助らが「竹ヒゴ」の利用を考案し、200〜300間に及ぶ掘削を可能にする 菱田忠義「上総掘り考」
沢田金次郎はバルブ(弁)を考案し、大村安次郎は樫棒の先に竹管をつけその先に鑿をつけて掘削を試みたという
1886(明治19年) 大村安之助、竹管を鉄管に換えて掘削を試みる。池田徳蔵も鉄管を用い、その先に輪鑿、輪一をつけて掘削を試みる 「中村誌」
明治10年代から20年代にかけて上総・安房地方の水田面積が他地域に比べ増加する 大島暁雄「上総掘りの民俗」
君津市上の石井峰次郎は池田徳蔵を助け、揚げ足場・ハネギなどを考案する 「中村誌」
1890(明治23年) 大多喜町で上総掘りによって天然ガスが掘り当てられる 太田芳輝氏所蔵銅版画
沢田金次郎はシュモク・ヒゴグルマを考案する
1893(明治26年) この年木更津の住人鹿島太助という人物が、新潟県新津油田で石油の掘削を試みる 「日本石油史」
1896(明治29年) この頃には、一連の上総掘りの技術体系が完成する
石井峰次郎、池田錦里らが台湾や九州、北海道で上総掘りを普及する 石井峰次郎「上総式温泉掘削の栞」
明治30年代に関東各地に広まり始める
1902(明治35年) F.J.ノーマン著した「カズサ・システム」第二版がインドにおいて刊行される 「カズサ・システム」
1905(明治39年) このころから上総掘りによる探鉱も試みられるようになる
1914(大正3年) 全国各地で上総掘りの職人が活躍する
1923(大正12年) 関東大震災によって多くの上総掘りによる井戸の自噴が停止する
1929(昭和4年) 石井峰次郎が鹿児島で温泉を掘削する
1945(昭和30年代) 動力による掘削機械の普及、圃場整備等により、この頃から上総掘りの姿がみられなくなっていった
1965(昭和40年代) 米の生産調整がはじまり、昭和40年代半ばころには、上総掘りの姿はほとんどみられなくなった
1984(昭和59年) 人力による経費の問題や工法等の簡便さが見直され、上総掘り職人であった近藤晴次氏らがフィリピンやアフリカで上総掘りによる井戸の掘削をおこなう
 また、他の資料によれば上総掘りの原型は中国四川省中央部の赤色全地において、岩塩水および天然ガス採取の目的から発達した技術で、鉄棒の先端に掘削用の鑿をつけただけの極めて原始的な道具で、それを人力で上げ下ろししながら掘削していたようです。
 したがって、井戸が深くなると鉄棒の重さと、鉄棒と地盤の間の摩擦力が大きくなる事と、鉄棒の接続部分がはずれる等の事故のためあまり深い井戸は掘れなかったようです。
 このような技術が日本に伝えられたあと、種々の改良が加えられ現在の上総掘りの技術が出来上がったようです、そして完成した技術は逆に中国や北欧、アメリカにも伝えられ、衝撃式ボーリング技術の基本となって、再び日本に導入されたようです。
 上総掘りが上総地方で発展した理由は装置の重要な材料である竹材が簡単に入手できたことや、この地方の地質や地下水の賦存状態がこのようなボーリング方法に適していたことが上げられます。