クリスマスツリー IV

第一話 ふたご
第二話 絵本
第三話 星明かり
第四話 いちじく
第五話 蝉
第六話 鏡よ、鏡
第七話 とんぼ
第八話 バイバイ 〜 ガラスの靴
第九話 壁
第十話 南の国
第十一話 たからもの
第十二話 ひいらぎ
第十三話 雪の女王
第十四話 かばん
第十五話 おおかみ
第十六話 北風と旅人
第十七話 海
第十八話 雨ふり 〜 洪水
第十九話 川辺の仲間
第二十話 クリスマスツリー I
第二十一話 花水木
第二十二話 怪獣
第二十三話 クリスマスツリー II
第二十四話 あさごはん
第二十五話 クリスマスツリー III
第二十六話 水遊び
第二十七話 クリスマスツリー IV
第二十八話 クリスマスツリー V

 えりこととおるがベッドの上でお絵描き帳をひろげています。ちょっと小さめの机がふたつ。壁にはふたりが描いた絵。本棚の前にはランドセルがふたつ。ふたごの部屋は、なんでもふたつずつなのですが、ベッドだけはおとうさんが使っていたのをふたりでひとつです。カーテンの隙間からのぞく窓ガラスが白く曇っています。

 ふたりは自転車の絵を描いているのです。えりこのはローズがかったピンク、とおるのは明るいきみどりのフレーム。そう、あたらしい自転車を買ってもらったのです。小さいときから乗ってきた自転車は、懸命にこぐとハンドルに膝がぶつかってしまうくらいでした。

 ずっとずっと、あたらしいのをおねだりしていたのですが、おとうさんはなかなか買ってくれませんでした。もうすこしたってから。でないと、すぐに小さくなってしまうからね。口ぐせのようにそう言うのです。




 でも、とうとう買ってくれたのです。クリスマスのプレゼントです。古くからある近所の自転車屋さんのお店は薄暗くて、油と錆のにおいがします。なんだかちょっぴりこわいような気がしました。おとうさんはよく知っているらしく、ずんずんと入っていきます。えりこととおるは、おとうさんの服のすそにつかまって、大きな背中に隠れながらついていきました。

 黒っぽい床に灰色の壁。タイヤやらハンドル、それからふたりの知らないものが壁いっぱいに掛けてあります。床には大きな工具箱。絵本で見た魔法使いのすみかみたいです。油のしみがついた前掛けをしているのが自転車屋のおじさんのようです。えりこととおるは、おとうさんのうしろからそうっと顔を出しました。

 ふたりの顔がぱっと輝きました。そうなのです。おじさんのうしろの壁ぎわに並んでいるのは、ふたりの自転車に違いありません。ピンクのフレームのと、きみどりのと。そこだけに明るい光があたっているようでした。見ると、おじさんもにこにこと笑っています。

 ちょっと大きめのサイズですが、ハンドルもサドルも、ふたりにぴったりの高さに調節してありました。どうしてふたりのことがわかったのかしら。それに大好きな色も。とても不思議です。ふたりは顔を見あわせて、それからおじさんの方をそっと見ました。おとうさんは知らんぷりをして、外の通りをながめています。

「さあ、遊びに行こうか」

 川沿いの公園へ出発です。北風なんかへっちゃらです。まあたらしい自転車はとても軽くて、おとうさんはたちまち置いてきぼりになってしまいます。はやく、はやく。そのたびにふたりはおとうさんをせかします。途中でドーナツを買って、花屋さんと写真屋さんとクリーニング屋さんに手を振って。

 公園のまわりは車の入ってこない道が一周していて、自転車で走るにはもってこいです。ぐるぐる、ぐるぐる、何回まわったかわからないくらいです。おなかがすいたら芝生で大きなドーナツをパクリ。お陽さまがとてもあたたかでした。おとうさんはというと、ずっとお昼寝。なまけものですね。夕方になって寒くなるまで、そうやって遊んだのです。




 お家に帰ってからも、ずっと自転車のことばかり考えていました。おふろのときも、晩ごはんのときも、それから、おやすみなさいを言ったあとも、ずっとずっと、あたらしい自転車のことばかりです。はやくあしたになって、もっともっと自転車に乗りたいと思うと、ベッドに入ってもちっとも眠くならないのです。ふとんを掛けて目をつぶっても、ずっと長いあいだ眠れませんでした。

「とおる、とおる、もういちど自転車を見にいかない」

「だって、もうおそいみたいだよ」

「だいじょうぶよ、ちょっとだけ。ひとめ見たら、すぐに帰ってくるから」

「ドアを開けると、おとうさんにみつかっちゃうよ」

えりこはにっこりすると、ベッドにすわったまま窓のほうを指さしました。

 あたらしい自転車は、昼間よりももっともっとすてきに見えました。薄暗いお店の中で初めて見たときと同じように、そこだけに光があたっているようでした。ピンクのフレームときみどりのフレームがとてもあざやかです。

 もうがまんできません。えりこととおるの乗った自転車が月あかりのなかへ走りだしました。ペダルはびっくりするくらい軽くて風のようです。冬の夜なのに、ちっとも寒くないのが不思議です。それに、お家のまわりはこんなに広かったでしょうか。並んで走りながら、たがいに手を伸ばしました。ふたりが手をつないだときです。自転車がふわりと浮きあがりました。

「わあっ、ぼくたち飛んでるよ」

「魔法よ、きっと魔法の自転車なのよ」

 お揃いのパジャマのふたりをのせた自転車が、お月さまに向かってぐんぐんと昇っていきます。もっと高く、ふたりは懸命にペダルをこぎます。澄みきった夜空にお星さまがとてもきれいです。

 街はクリスマスのイルミネーションできらきら輝いていました。あちこちの窓や樹が、赤と緑の電球で飾りつけてあります。いつもは静かで小さな街が、こんなにきれいだなんて夢にも思いませんでした。

 遠くから鈴の音が聞こえました。見あげると、大きなそりが空を横切っていました。深い紺色の空にそり跡を残して、見る間に遠ざかっていきます。そり跡から白いものがひらひらと舞い落ちてきました。

「雪だ」

真っ白な雪が降ってきます。

「追いかけるのよ、とおる」

「よおし、スピードだ」

 立ちのりになって懸命にペダルをこぎましたが、ちっとも追いつきません。そりはどんどん小さくなって、夜空の向こうへ消えてしまいました。そのときです。エイホッ、エイホッ。誰かの声が聞こえました。






 振りむくと、お月さまにまたがっている人がいました。もじゃもじゃひげのおじさんです。縞模様の服を着て、大きな毛糸の帽子をすっぽりとかぶっています。お月さまの真ん中からペダルが出ていて、それをこいでいるのです。

「ちょうどいいところだ。君たち、手伝ってくれんかの」

ひげのおじさんは顔を真っ赤にしてこいでいるのですが、今にも息が切れそうです。

「ぼくたち、お月さまなんて、こげないよ」

「なに、簡単なことじゃよ。君たちの自転車で引っぱってくれればいいんじゃ。いきおいさえつけば、すいすいと動きだすにちがいない」

 お月さまにロープをかけて、ふたりの自転車につなぎます。それから、おじさんがどっこいしょとお月さまにまたがりました。ペダルに足をかけて、三人で声をかけてこぎはじめました。ロープがぴんと張ります。お月さまはとっても重かったのですが、力いっぱい踏みこむと、ゆっくりと動きはじめました。

「いいぞ、君たち。月転車が動きはじめたぞ。もうひといきじゃ」

「よおし、がんばるぞお」

お月さまが軌道を動きはじめると、シャンシャンという鈴を振るような音が聞こえてきました。

「見るんじゃ、月転車にあわせて惑星が回りはじめたぞ」

 そこここのお星さまがくるくると回り、光の粒が飛び散りました。鈴の音はきらきらと光が砕ける音だったのです。金の光、銀の粒。その中を流れ星が長い尾を引いてよぎります。

「わあ、きれい」

「すごいや」

「ひょっ、ひょっ、ひょおっ」

 ふたりは夢中でペダルをこぎます。月転車はぐんぐんスピードをあげていきました。お星さまの回転もどんどん早くなっていきます。光の雨の中を左右から流れ星が飛びかい、まぶしくて目をあけていられないくらいです。

「とおる、とおる、なんてすてきなの。もっとスピードよ」

「よおし、まかせて」

 光が渦まき、流れ星を巻きこんでぐるぐると回りはじめました。お星さまが噴水のように金と銀のしずくをふきあげます。光が舞い散ります。ドーンと花火のような音が響きました。

「うわあああああああああ」

「きゃあああああああああ」



 おとうさんがあくびをしながら、子供部屋に入ってきました。あれあれ、散らかしたままだ。えりこととおるが、ベッドの上にお絵描き帳を広げたままで眠っています。枕をなおして、ふたりにそっとふとんを掛けました。

 窓の外はお月さまがとても明るくて、まるでふたりの部屋をのぞきこんでいるみたいです。ガラスにびっしりとついた水滴がきらきらと輝いています。カーテンをきちんと閉めて、明りを消した時です。お月さまがまぶしいくらいだったせいでしょうか、ふたりの髪がうっすらと光っているような気がしました。

Dec/2003
おわり