第一話 ふたご
第二話 絵本
第三話 星明かり
第四話 いちじく
第五話 蝉
第六話 鏡よ、鏡
第七話 とんぼ
第八話 バイバイ 〜 ガラスの靴
第九話 壁
第十話 南の国
第十一話 たからもの
第十二話 ひいらぎ
第十三話 雪の女王
第十四話 かばん
第十五話 おおかみ
第十六話 北風と旅人
第十七話 海
第十八話 雨ふり 〜 洪水
第十九話 川辺の仲間
第二十話 クリスマスツリー I
第二十一話 花水木
第二十二話 怪獣
第二十三話 クリスマスツリー II
第二十四話 あさごはん
第二十五話 クリスマスツリー III
第二十六話 水遊び
第二十七話 クリスマスツリー IV
第二十八話 クリスマスツリー V
台所からにぎやかな声が聞こえます。大きな声をあげているのはえりこです。
「とおる、とおる、もっと力を入れて。しっかりと泡立てるのよ」
大きなボウルの中は雪のようなクリームでいっぱいです。とおるが懸命に泡だてたのです。泡だて器をそっと持ち上げると、白いクリームがすうっとのびて、それからとんがり帽子のようにつんとつのを出します。あまい香りがとてもおいしそう。
「ぼくはチョコのクリームがいいんだけどな」
そう言いながらも、ときどきボウルの中に指を入れては口へ運んでいます。
えりこはシロップ作りです。ピカピカ光る計量スプーンでお砂糖を三杯、お水も三杯。それから、ぐらんまにえぇ?
「それはね、棚の奥にある茶色の小さな瓶だよ。オレンジの香りのお酒」
お酒ですって。えりこととおるが目を丸くします。おとうさんは椅子からどっこいしょと腰をあげると、小さなお鍋を火にかけました。
「これで大丈夫。アルコールは飛んでいって、いい香りだけが残るからね」
どうしておとうさんがケーキ作りに詳しいのか、なんだか変な気がしますが、おとうさんなんてそんなものです。できあがったケーキがおいしければ、少しくらいおかしくたってかまわないのです。
とおるががんばりすぎたせいで少し温まってしまったクリームを、冷蔵庫で冷ましているあいだにデコレーションの準備です。絞り型、クリームナイフ、きれいに形抜きした敷紙。小さなサンタ、赤い実のついたひいらぎ、ハートの形のチョコレート。
スポンジにシロップをたっぷりとしみこませて、それからクリームをペタペタ。絞り出したクリームは少し不揃いでしたが、飾りをつけていくと、すてきなクリスマスケーキのできあがりです。
「さあて、これは今夜のお楽しみ。おやつはこっちだからね」
ケーキにカバーをかけて冷蔵庫にしまうと、スポンジの切れ端と残ったクリームで、おとうさんが小さなケーキをふたつ作ってくれました。わあ、おいしい。小さくたってとびきりのケーキでした。

今夜はとても眠れそうにありませんでした。だって、晩ごはんのあと、明かりを消してクリスマスケーキのろうそくに火をともしたときといったら、それはそれは夢のようにきれいでした。クリスマスツリーの豆電球がちかちかと光り、ろうそくの火がゆらゆらと揺れます。白いお皿や銀色のフォークが魔法の国のたからもののように輝いていました。
ふたりで作ったケーキは、もうまちがいなく今まで食べたなかで一番のおいしさでした。ふたりで飾ったクリスマスツリーの小さな橇が揺れています。窓の外ではきれいに晴れた夜空にお星さまがまたたいていました。
ベッドに入ってからもふたりしてずっとお話していました。おとうさんにしかられないように小さな小さな声で、どんなに楽しい一日だったか、ひとつひとつ数えていきました。
やがて、まぶたが少し重くなってきたときです。窓の外で光ったものがあります。なにかしら。えりこがカーテンの隙間からそっと覗きます。植え込みのあたりに、ぼうっと金色の光が見えました。
「行くわよ、とおる」
えりこは、もう窓を開けていました。
ふたりは手をつないで、そおっと植え込みへ近づいていきました。金色の光が息づいているようです。おそるおそるのぞきこんでみると、それはお星さまでした。ちょうどクリスマスケーキと同じくらいの大きさです。でもどうしたことでしょう、五つの角のひとつがありませんでした。まるで誰かにかじられたよう。だんだんと光が弱くなっているようでした。
まあ、たいへん。えりこがお星さまを抱きかかえます。あまい、いい香りがします。見ると、本当にはちみつ色のスポンジケーキなのでした。
「おいしそう」
「だめよ、とおる。助けるのよ」
おとうさんに見つからないように、そっと台所へ運びこみました。どうしたらいいのかしら。えりこは考えます。きっと、この角がとれてしまったから空から落ちてしまったのだわ。そうよ、いいものがあるわ。
えりこは冷蔵庫からクリスマスケーキの残りを出しました。スポンジをお星さまの角の形に切りとります。そしてクリームでくっつければだいじょうぶです。元気をつけてあげなくちゃ。大急ぎでシロップを作って、たっぷりとしみこませました。そうそう、ぐらんまにえもね。
ふたりで息を凝らしてお星さまを見つめます。金色の光がだんだんと強くなってきました。五つの角がぴくぴくと動きます。まるでヒトデみたい。突然、お星さまが立ち上がりました。身体をねじって直ったばかりの角の具合を確かめています。そして、ちょっぴりはみだしていたクリームをペロリ。なんて食いしん坊のお星さまなんでしょう。
元気がでてきたようです。ふわりと宙に浮かぶと、窓のほうへすうっと飛んでいきます。えりこととおるはあわてて窓を開けてあげました。わっ、まぶしい。窓の外はお星さまでいっぱいでした。数えきれないほどの金色のお星さまがふわふわと飛んでいるのです。よく見ると、みんなスポンジケーキです。はやく空へ帰ろうと呼んでいるようでした。
ふたりにけがを治してもらったお星さまは、窓のところでちょっと止まって、それからえりこととおるの頭の上に戻ってきました。お星さまがくるくるとまわると、金色の粉が降り注ぎます。ふたりの身体がなんだか軽くなってきました。
「わあっ、ぼくたち浮かんでるよ」
「お星さまの魔法よ」

クリスマスの夜の空はとってもきれいでした。たくさんのお星さまと一緒に飛んでいるのです。街のあちこちに赤と緑のイルミネーションが輝いています。駅前の街路樹はまるで光の樹みたいです。空にはほっそりとした月がふたりを見守っているようでした。
もっと高く。ふたりはぐんぐんと昇っていきました。街が遠ざかって行きます。流れ星が尾を引いてよぎります。やがてふたりはお月さまに着いていました。そこでは、赤いマントのような服を着たおじいさんが、いそがしそうに働いていました。お月さまを星の形に切りとっては、つぎつぎにオーブンに入れているのです。焼きあがるとオーブンの扉が開いて、中からお星さまが飛び出してきます。そして、金色のお砂糖をふりかけてもらうと、夜空に向かって飛び立っていくのです。
「何をしておる。さっさと手伝うんじゃ」
おじいさんが声を張りあげた時です。ふたりについてきた星がおじいさんの肩に乗りました。
「ふむ、うまく治したものじゃ。どれどれ、うまそうなクリームじゃ」
おじいさんが指を伸ばすと、お星さまはあわてて逃げていきました。
たしかに大いそがしでした。一年のあいだ輝きつづけた星はつぎつぎと流れおちていきます。そのあとを新しく焼いた星でいっぱいにしなくてはならないのです。しかも、焼きあがったばかりの星はいたずら好きで、ふたりの目を盗んではあちこちに飛んでいってしまいます。さっきのお星さまは、そうして遊んでいて、どこかに角をぶつけてしまったに違いありませんでした。
とうとう最後のお星さまが焼きあがりました。たっぷりとお砂糖をふってやると、ふたりはもうへとへとでした。見ると、おじいさんはぐうぐう居眠りしています。
「ねえねえ、えりこ。このお砂糖をぼくたちにふりかけたらどうなるかな」
「もっともっと空を飛んで、どこへでも行けるかもしれないわね」
えりこととおるは顔を見合わせてにっこりしました。手のひらいっぱいに金色のお砂糖をすくうと、頭の上にぱっとまきちらしました。たちまちふたりの身体が浮かびあがります。両手を広げると星空に飛び立ちました。
夜空はお星さまでいっぱいです。さっき焼きあがったばかりの星たちは、まだまだじっとしていたくないらしく、あちこちを飛びまわったり、追いかけっこをしたり、それはもう大変な騒ぎです。いたずらが過ぎて、帰る場所がわからなくなった星がきょろきょろとしています。あまい香りがたちこめ、きらきら光るお砂糖の粉が飛び散りました。
えりこととおるも一緒になって追いかけっこを始めました。金色のヒトデのような星たちは逃げまわったかと思うと、こんどはふたりを追いかけます。なんて楽しいのでしょう。夢中になって遊んでいるふたりに、いつのまにか彗星が近づいていました。
大変です。彗星はまるごとあのお砂糖でできているのです。そして尻尾はあの金色のお砂糖が飛び散っているのでした。えりこととおるも、そして一緒に遊んでいた星たちも、たっぷりと魔法のお砂糖をかぶってしまいました。軽くなりすぎた身体がくるくると回りはじめました。星たちもすごい速さで回っています。
「うわああああああああああ」
「きゃああああああああああ」

おとうさんが子供部屋のドアをそって開けました。えりこととおるの寝顔を楽しそうに見ています。大きなベッドの上で、ふたりは両手をいっぱいに広げて眠っていました。すごい格好だね。くすくす笑いながら掛け布団を直すと、開けっ放しになっていたカーテンを閉めました。窓越しにお月さまと星がきれいです。
あれれ、台所のカーテンも開いているみたいだぞ。台所へ入っていったおとうさんが声をあげました。
「ケーキをかじったくいしんぼうは誰だぁ」
Dec/2004
おわり