第一話 沈める塔
第二話 王の嘆き
第三話 火祭りの踊り
第四話 金色の魚
第五話 城
第六話 ランプ
第七話 写し絵
第八話 人形
第九話 花園
第十話 睡蓮の塔
第十一話 影
第十ニ話 星祭り
第十三話 砂絵
第十四話 水中花
第十五話 貴石
第十六話 射手
第十七話 月光石
第十八話 ろうそく
第十九話 夜警 第一夜より第七夜
第ニ十話 時計
第ニ十一話 夜警 第八夜より第十夜
第ニ十二話 夜警 第十一夜より第十四夜
西のかた、幾重にも連なる砂丘のかげに、塔はなかば埋ずもれていた。乾いた風に運ばれた砂に埋もれ、炎熱に灼かれてはいたが、尖塔は空の青よりもなお青い色を残していた。夜ともなれば、砂漠は冷え冷えとした月光に照らされ、青みを帯びた砂に塔が影を落すさまは、遠く海の底に沈んだという城を思いおこさせた。
かつて、塔はある美しい街の王宮に建っていた。いつのころであったか、塔に三人の騎士が捕えられていた。騎士たちは北方の国の王に仕えていた。三人はいずれも年若く、誉まれを求めて勇敢にこの国を攻めたが、戦いに利あらず、捕らわれの身となったのだった。
王は三人を尋問したが、若者にありがちな傲慢さに腹をたて、塔に幽閉することにした。若者たちは小さな明りとりから北の空を眺めては、溜息をついた。
王には三人の娘があった。ようやく、花開く乙女の年頃になったばかりであったが、王は娘たちを愛するあまり、人目には触れさせず、都から離れた離宮に住まわせていた。そして、一年に一度だけ王宮に呼びよせて、愛する娘たちの成長ぶりを祝うのだった。噂によると、姫君たちが生まれたとき、星を占う者が言上するには、姫たちは異国の若者に連れさられる運命にあるということだった。
ある年のこと、姫君たちの馬車が王宮に入ろうとしたときだった。突然の雷鳴と大雨に襲われ、馬車は立往生してしまった。激しい風に、馬車を覆う紗の幕も吹きとばされてしまった。それは、あろうことか、あの塔の前だった。
王は青ざめた。慌てふためいて屈強の者をやり、姫たちを抱きかかえるように王宮に迎えいれた。しかし、どうしたことか、あれほどの雨風にうたれたにもかかわらず、姫たちの頬はばら色に輝くようであった。父王に挨拶するさまは、浮きたつように華やぎ、まつげの下の瞳は輝くようであった。
その姿に王はすべてを悟った。見られたのだ、あの塔の若者に。そして、姫たちも三人の騎士の姿を見たに違いない。あの短い間にと、王は歯噛みした。しかし、恋におちるには、ほんの一瞬でも長すぎるくらいだ。王はすぐさま決断した。あの若者たちを亡きものにせねばならぬ。
ところで、姫君には乳母がつきものだ。そして、乳母というものは、働き者でおせっかいと決まっている。三人の姫君にも、良く気がつく乳母がいた。姫君たちの頬の色のわけは、先刻承知であった。そして、姫君を迎える王の目の色も。
王宮では女たちに隠しごとをするのは難しい。乳母はたちまちのうちに王のたくらみを探りあてた。そして、姫君たちに告げるには、今夜のうちにあの騎士たちを脱出させねば、二度と会うことはかなわぬであろうというのだった。
南の国の姫君、しかも、三姉妹とあれば、魔法のことを忘れてはならぬ。この姫君たちも幼いころから賢い乳母のてほどきを受けていた。さっそく、愛らしい額を寄せて、秘かに謀りごとを練りあげた。もちろん、おせっかいな乳母も一役あずかっていた。
深夜、睡魔が城を覆うころ、姫たちは、そっと寝床をぬけだした。塔の下には、すでに乳母が待っていた。姫たちと乳母は、そっとうなずきあった。空には、ほっそりとした三日月が秘密のおこないを見守っていた。
最初に、一番上の姫が銀色の蛾に姿を変えた。明りとりから塔の中に入ると、見張りの兵士を銀の鱗粉で眠らせた。次に二番目の姫が、白い鼠に変身した。重い扉の下をくぐりぬけ、眠りにおちた見張り番の手から牢の鍵を奪いとった。
末の姫は姉姫たちのようには魔法は上手でなかったから、塔の外で馬の手綱を抑えて待っていた。そこへ、夢見ここちの騎士たちが、姉姫たちと乳母に手を引かれて現れた。まず、一番上の姫が愛する若者とともに馬に乗った。そして、乳母が馬に魔法をかけた。
「国ざかいまで一目散に駆けておゆき。月の光があるうちは、山も川も、おまえをさえぎることはない」
馬は風のように走りさった。二番目の姫の馬にも、同じように魔法をかけた。最後に末の姫の馬に魔法をかけようとした時、背後に追手の声がした。姉姫の魔法が未熟だったのか、はや見張りの兵が目を覚ましたらしい。身の危険を感じた乳母は、自らをこうもりの姿に変えて、夜空に逃げさってしまった。
取り残された姫は迷った。どうすればいいのだろうか。若者と二人、馬に乗ったとしても逃げおおせることはできまい。馬から滑りおりると、浮彫りの飾りがついた髪飾りを美しい髪から抜いた。そして、とがった先で馬の尻を力いっぱい突いた。若者を乗せた馬は弾じかれたように走り去った。いかなる魔法といえども、これほどのことはあるまいという速さで。
王は悲しんだ。二人の姫が恋人とともに去ったことを。そして、残った末の姫を罰せねばならないことを。捕虜を逃がした以上、王の娘であっても罪をつぐなわねばならない。王は涙ながらに、姫を塔に幽閉した。
今度は、姫が小さな明りとりから北の空を眺めては溜息をつく番だった。いとしい恋人は無事に逃れただろうか。あの人は、助けに来てくれるだろうか。
しかし、若者は現れなかった。待っても待っても現れなかった。やがて、その塔が姫君の塔と呼ばれるようになっても、現れなかった。そして、塔の名前のわけを、人々が忘れてしまうほどになっても、現れなかったという。恋とは、そのようなものであろうか。
塔が砂の海に呑まれて久しい。夜、月光に照らされた塔が砂に影を落す時、砂の下にあの王宮が、かいま見えるという。
おわり
Aug/2000