金色の魚

第一話 沈める塔
第二話 王の嘆き
第三話 火祭りの踊り
第四話 金色の魚
第五話 城
第六話 ランプ
第七話 写し絵
第八話 人形
第九話 花園
第十話 睡蓮の塔
第十一話 影
第十ニ話 星祭り
第十三話 砂絵
第十四話 水中花
第十五話 貴石
第十六話 射手
第十七話 月光石
第十八話 ろうそく
第十九話 夜警 第一夜より第七夜
第ニ十話 時計
第ニ十一話 夜警 第八夜より第十夜
第ニ十二話 夜警 第十一夜より第十四夜

 ろうそくに火をともして、若者は息をのんだ。ゆらめくあかりを受けた石の中に動くものがあった。目をこらすうちに石は徐々に透きとおり、水晶のようにきらめく中に美しい金色の魚が泳いでいるのだった。石の中からはこちらが見えないのか、魚は驚く様子もなく優雅に身をくねらせていた。

 石は年老いた物売りから買いうけたものだった。物売りは狭い路地裏の石疊の上に、ぼろを広げて一日中座りこんでいた。くる日もくる日も同じところに座し、何を売っているとも知れなかった。黒い衣に身をつつみ、かぶりものを目深かにおろして、じっと動かず座りつづけるさまは薄暗い路地にとけこみ、物売りがそこにいることすら忘れさせてしまうほどだった。

 ある日のこと、若者はふと老人の売り物をのぞきこんだ。ぼろの上に並んでいるのは黄色っぽい燃えさしのろうそくだった。宴のあとに残り物と一緒に捨てられていたのを拾ってきたかのようにみえたが、それにしても、今どきこんな粗悪なろうそくは誰も使わない。よほど長い間売れのこってきたに違いないが、物売りの風体を見ればさもありなんと思えた。

 物売りは、若者が声をかけるよりも早く、広げたぼろに売り物を包んで差しだした。若者が思わず手を出して受け取るとずっしりと重い。重しにしていた大きな石までが一緒に包んであった。あわてて顔をあげると、物売りはすでに向こうの角を曲るところだった。後を追って辻まで来たが、物売りの姿はどこにも見えなかった。

 若者は考えた。俺はこれを買ったのだろうか。金を払った覚えはないが、奪いとったわけでもない。相手は物売りだ。ただで品物をよこすはずがない。奴が代償を受け取ったと思っているとすれば、やはりこれは買い物かもしれぬ。

 何日かのあいだ、ろうそくのことは忘れていた。ある夜のこと、妙に目が冴えて眠れず、寝床の中から手さぐりに灯りを探した。手に触れたのは、あの物売りから買ったろうそくの包みだった。粗悪なろうそくがたてるにおいとすすのことが頭に浮かんだが、あらためて灯りを探す気にもなれず包みをといた。

 石はいくら見ても飽きなかった。もちろん、楽しみは石ではない。ぼうっとあかりがともり灰色の石がだんだんと透きとおってくると、胸がどきどきと鳴りはじめる。半透明の石肌に金色の影が動き、やがて、水晶のきらめきに魚の優美な姿が映しだされる。身をくねらせて鱗をきらめかせたかと思うと、底のほうでじっと動かず、ふいに若者のほうに向きなおったように見えて、ひらひらと揺れる尾をひるがえす。しんとして音は無く、動くものといえば、ろうそくの炎と金色の魚のみ。いまや、ろうそくのゆらめきすら魚の動きに惑わされた錯覚かと思えた。

 やがて、じじっという音に気がつくとろうそくは消えていた。石はもとの灰色に戻り、若者は重い疲れを覚えて漆黒の眠りにおちるのだった。

 どのくらいの間、石を見ていたのか、目覚めてから考えても見当もつかなかった。ろうそくの減り方も奇妙だった。ちっとも短くならないかと思えば、さして長い時間だったはずはないのに、驚くほど短くなっていることもあった。そのうちに物売りから買ったろうそくは、だんだんと残り少なくなっていった。代りにいろいろなあかりをためしてみたが、どれも役にはたたなかった。

 若者はにわかに不安を覚えた。ろうそくをできるだけ長もちさせようと、魚を見る時間をきりつめようとした。しかし、そうすればするほど若者をあざわらうかのように、ろうそくは短くなっていった。そして金色の魚はいっそう美しく、きらめく鱗は宝玉の輝きと見まがうばかりだった。しなやかな尾ひれは蝉の羽根よりもなお薄く、水晶の雫を満たしたかのような光の中に、ゆらゆらとただよっていた。いまや、ろうそくのあかりに照らされているのではなく、金色の魚の発する光が石を内側から輝かせているようだった。

 最後のろうそくがじじっと音をたてた時、若者は絶望の声とともに、石を抱えて外へ飛びだした。そして、石疊に叩きつけると金色の魚をかき抱こうとした。しかし、割れた石から出てきたのはなんのへんてつもない灰色の魚だった。石疊の上で二三度跳ねると動かなくなってしまった。

 若者が気がつくと、すでに夜明けは近いようだった。見ると、石は灰色の姿に戻っていて、どこにも傷ひとつなかった。魚はどこにもなく、割れた石から流れた水の跡もなかった。

 何日かたって、あの路地裏に物売りの姿があった。黒い衣をまとい、ぼろを石疊の上に広げているさまは以前と変りなかった。人の噂では、物売りの姿はあの若者に似ているようにも見えたという。


おわり

Nov/2000