第一話 沈める塔
第二話 王の嘆き
第三話 火祭りの踊り
第四話 金色の魚
第五話 城
第六話 ランプ
第七話 写し絵
第八話 人形
第九話 花園
第十話 睡蓮の塔
第十一話 影
第十ニ話 星祭り
第十三話 砂絵
第十四話 水中花
第十五話 貴石
第十六話 射手
第十七話 月光石
第十八話 ろうそく
第十九話 夜警 第一夜より第七夜
第ニ十話 時計
第ニ十一話 夜警 第八夜より第十夜
第ニ十二話 夜警 第十一夜より第十四夜
いつのころであったか、都に一人の男がいた。年若く身分は低かったが、並ぶ者のない弓矢の名手だった。狩に出れば、鳥は男の放った矢に飛びこんでくるかのごとくであったし、獣は観念したかのように矢じりの前に脚をとめてしまうという噂だった。
ある年のこと、王が武芸の試合を催した。たちまちのうちに城下に重々しい武器を打ちあう音が響き、かんだかい叫びが飛びかった。腕に覚えの荒武者どもが切り結ぶ中、人々の目が一人の男に集まりはじめた。
男が矢をつがえたと見るや、乗馬の騎士はあぶみを切られてもんどりうち、剣を振りかざした武者はまげを飛ばされ面目を失うのだった。二の矢も帯びず、名だたる勇者を次々と退けていった。
あまりの腕前に王は試合を中断し、男に演武を命じた。人々が見守る中、鋭い弦音とともに男は次々と的を射抜いていった。ひとつとして誤たず真芯を貫ぬくさまは、的と矢が糸で結ばれているかと思えるほどであった。
王が男に褒賞をとらせようとした時だった。王はかたわらに小さなため息を聞いた。それは王にしか聞こえぬほどのかすかな声だったが、そっと振りむいた王の目前に、頬を染めた姫の姿があった。
王はにわかに機嫌を損じるや、なおも男に命じた。今宵は諸国の賓客を招いて宴を催す。そのほうは一段と鮮かな技でもって、わが客人をもてなすがよい。おりしも今夜は満月と聞く。みごと、その矢で月を射落してみよ。首尾よく射落したなら、そのほうの望むものをとらせよう。しかし、居並ぶ客人の前で儂に恥をかかせたなら、そのほうの命は無い。男は平伏すると、日が暮れるまでのあいだの休息を乞うた。
宴がたけなわとなるや、王は男に余興を命じた。男は軽装に矢筒を負った姿で歩みでた。腰を落して客人に挨拶を終えると、重々しい長弓が運びこまれた。空には遅い月がいまや中天にかかろうとしていた。
男は弓を引き絞った。つがえた矢は月の面を指して動かない。風がやみ、虫の声すら変事を察したかのように絶えた。命を下した王が思わず息をのんだ時だった。
乾いた弦音が響き、矢は夜空に吸いこまれていった。男は矢を放った姿勢のままじっと動かない。見守る客人は身動きもならず、矢の行方を見つめ続けた。長い沈黙が続いた。男はじっと動かない。月の光は変るところなく宴の席に降りそそいでいる。
ついに王が男の捕縛を命じた。たちまち衛吏に取り囲まれた男は牢へとひきたてられていった。姫の顔色は月の光よりもなお蒼白だった。
王は機嫌を直して宴を続けた。客人たちも何事もなかったかのように談笑へと戻った。雲ひとつない夜空に月が美しい。酒杯の切子に月光がきらめく。あでやかな衣装が揺れ、笛と弦の響きが風に流れた。
やがて客人たちから不審の声がもれはじめた。いつまでたっても夜が更ける様子がない。何度、杯を重ねても、月は中天にかかったまま微動だにしないのだった。しかも、王が宴を閉じようとしても、誰一人として席を立つことができない。その場に縫いとめられてしまったかのようだった。
やがて酒は尽き、汚れた皿がうずたかく積みあがった。楽の音は絶え、風はそよとも吹かない。更けることのない夜に、人々は休むこともできず宴の席に座りつづけた。疲れきった客人たちの上に、月光が涼やかに降りそそぐ。
王は何度も空の杯を掲げては、おのが領土と客人たちの繁栄を祝った。しかし、もはや応じる声はない。かたわらの姫のみが、静かに月を見つめている。ついに王の手から酒杯が落ちた。
王のかすむ目のなかに、あの男の姿が映った。軽装に短弓をたばさんでいる。ならぬ。王は力なくつぶやいた。男は無雑作に矢をつがえた。ならぬ、ならぬ。王はなおも命を下そうとした。男が中天に向きなおると、矢じりが月を指してとまった。
かん高い響きとともに矢が放たれた。矢は流星のように夜空に消えていった。男は月をじっと見すえている。ほどなくして、からからという音とともに地に落ちてきたものがあった。見ると、それは二本の矢だった。しかも、一方の矢は二の矢にまっぷたつに割られているのだった。
時が流れはじめた。月は西の空へと傾きはじめ、客人たちは座からすべり落ちた。力なく横たわる人々の上を夜風が吹きぬけていく。ようやく人々が身をおこした時には、男の姿はどこにもなかったという。
おわり
Jul/2003