一組の主従、戦のいでたち。主は鎧兜に身を固め馬上より指図の様子。従者は軽装に徒歩、手には短い槍。前方に農具を肩にした一人の男。
「あれなるは敵方の奴(やっこ)と見える。その槍にて討ちとれい」
「我が殿、それがしにはちと荷が勝ってみえまする。おまけに身を守る盾もございませぬゆえ、殿の駿馬をもって蹴ちらしなされませ」
「何を申す。見れば老いぼれ一人ではないか。手ずから討ちとったとあっては、我が家名の傷となろうぞ」
「我が殿、ようご覧じ召されよ。あの者、年寄りのふりをして、その実、名のある手練れやもしれませぬ」
「それならばなおのこと、その方が手合せしてみよ」
「ようよう見れば、人の良さそうな年寄りでござる。害をなすとも思えませぬ。捨ておきましょうぞ」
「それはならぬ。謀反の奴ばらじゃ。一人たりとも逃がしてはならぬ」
「そうは言うても、あの年寄り、何も知らずに主君大事と狩りだされたものの、すべも無く立ちよどんでおるようでございますぞ」
「ならぬ、ならぬ。何も知らずとも得物を手にすれば同罪じゃ。早々に討ちとるのじゃ」
「あの腰の曲りようをご覧じませ。孫とひなたぼっこが似合いというもの。ここで討ちとっては家で待つ幼き子らも涙を流しましょう」
「ならぬ、ならぬ、この腰ぬけが。その方、戦が恐ろしゅうてたわごとを申しておるのであろう」
「我が殿、一大事でござる。あれこれと言いたてておりますうちに、敵がわんさと湧いて出てござります」
「それは一大事じゃ」
「先頭に立つは見るからに勇ましい若武者にござります。一騎当千の強者を討ちとれば、殿の勇名はいやましに輝きましょうぞ。ささ、馬をお進め召されませ」
「されば武芸百般おさめぬものとてない儂じゃが、一の得手を奮わねばなるまい」
「して、その得手とは」
「知れたこと、三十六計逃げるにしかずじゃ」
「それがしも」
おわり
Aug/2002