運命の人

「なぁ…『愛』売ってる?」
時間→AM3:42。
場所→コンビニ。
人があまり来なくて楽と言えば楽だし、昼間よりずっと給料がいい。
俺が深夜〜明け方のコンビニでバイトを始めたのはそんな他愛もない理由からだった。
この店は特に人通りの多い場所にあるわけでもなく、今日も一時間に片手では足りないが…両手では確実に余ってしまう程の人数しか客は来ていない。
シフトは5時まで。
あと一時間と少しか…。
眠気と空腹、そして暇がもたらす軽い倦怠感。
それらが俺の体を支配し始めてきた頃、ふらりとその客はやって来た。
「なぁ…『愛』売ってる?」
酔っぱらいだろうか。
まず頭に浮かんだのはそんな考えだった。
「申し訳ございませんが、当店では扱っておりません」
ない物を尋ねられた時に返す、マニュアル通りの言葉。
「でも、ココ…コンビニだろ?」
見た感じ、赤い顔をしているわけでもないし、呂律が回っていない訳でもない。
「一応、そういう事になっております」
大手のチェーン店ではないが、ココは分類上「コンビニ」だ。
俺は訳が分からないと思いながらも、客の質問にきちんと答えた。
「愛は、コンビニでも買えるけれど♪」
俺の答えを聞いて、数秒考えるような様子を見せた後、いきなりその客が歌い出した。
「申し訳ございません。他のお客様の迷惑になりますので…」
そう言ってから、いまこの店には他の客が一人も居ない事に気付いた。
微妙な雰囲気の中、沈黙が店内に広がった。
「これ、俺の大好きな曲。
始めて聞いた時、『愛』ってコンビニで買えるのかぁ、って感心したんだよね。
『愛』が欲しくなれば、コンビニ買いに行けばいいのか、とも思った」
「あの、お客様…」
ニコニコと話し出したその客を止めようと声をかけるが、俺の声など聞えなかったかの様にその客は続けた。
「俺、もうすぐ誕生日なんだけど、別に祝ってくれるヒトもいないから…自分で祝おうと思ったんだ。
なんとなく寂しいから、『愛』が欲しいなぁ、って…。
自分への誕生日プレゼントに『愛』を買おうって」
「……………」
「でもな、この曲…続きがあるんだ。
♪愛は、コンビニでも買えるけれど♪もう少し探そうよ♪」
「ココに売ってないなら、もう少し探してみるわ。
邪魔したな」
自分の喋りたい事を全て喋って、その客は入ってきたときと同じ様に、ふらりと出ていった。
「…ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
俺はマニュアル通りのセリフを口にしながら、その客の後ろ姿を見ていた。
いったい何だったんだ…?
その客が立ち去った後も、不思議な感覚がなかなか抜けなかった。
そして、あの歌も…なかなか俺の耳から離れてはくれなかった。
妙な客が来てから3,4日が経った。
まったく気に止めていない訳ではなかったが、そんな客が来た事を忘れつつあった頃…。
「♪愛は、コンビニでもかえるけれど♪」
「!?」
どこかで聞いたようなフレーズ。
どこかで聞いたような歌詞。
予約していた本を行きつけの本屋に取りに行った帰り、俺は聞き覚えのある歌を耳にした。
歌声のする方を向いてみると、そこにいたのは、金髪、左目にかかる長い前髪、くわえタバコ…見間違えようもなく、あの時の客だった。
耳に残るあの歌と歌声…それを惜しげもなく振りまきながら、その客はコンビニに入っていった。
特に買いたい物などなかったが、それに誘われるようにして、俺もコンビニに入ってしまっていた。
「なぁ…『愛』売ってる?」
その客は、やはり店員にそう聞いていた。
「は…?」
「だから、『愛』売ってるか聞いてんの。
俺の誕生日、明日なんだよね。
…早く買わないと、間に合わねぇよ」
「んなモン、売ってるわけねぇじゃん。
寂しいなら、その辺で男でも引っかけて慰めてもらいな」
金髪にピアスという風貌、おそらくは高校生ぐらいであろう店員は、その客に向かってそう言い放った。
よく、こんなヤツが採用されたもんだと思うのは、俺だけだろうか?
俺の体と口は、知らない内に動いていた。
「オキャクサマに向かって、偉そうな口聞くなよ。
…マニュアル読み直しな」
店員に向かってそう言うと、おれはその客の腕をつかんでコンビニを後にした。
「まだ探してたのか…?」
「え…?」
「ほら、4日ぐらい前、うちのコンビニ来ただろ?」
「ん、覚えてない。
コンビニ、20軒ぐらい回ってるから」
平然とそう答えたその客と目があった瞬間…何か不思議な感情が体中を駆けめぐった。
そして俺は、思いもよらない事を口走っていた。
「うちのコンビニ、入荷したぜ。
その…」
「売ってるのか?」
「あ…あぁ」
飛びつくようにしてそう聞いてきたその客に、罪悪感を覚える暇もなく俺は答えてしまった。
「なら、今日の夜行くから。
取り置きしといてくれるか?」
「…あぁ。
俺のシフトは12時からだから、『明日』って事になるけどな。
店の場所、分かるか?」
コンビニ巡りをしすぎて分からないというので、俺は店の場所を教えた。
「それじゃ…」
そういって歩き出したその客に、俺の口は再び勝手に声をかけていた。
「なぁ、名前…名前教えてくれよ」
その客は一瞬、驚いたような顔をしたが、ニコッと笑って答えてくれた。
「サンジ」
・・・と。
「ミドリ頭の店員さん、あんたの名前は?」
そして、その笑顔のままサンジは俺にそう尋ねた。
「…ゾロ。
ロロノア・ゾロ」
名前を聞かれただけなのに、俺は無性に嬉しかった。
「ゾロ、また後でな」
サンジはそう言うと、タバコをふかしながら立ち去っていった。
「バカか俺は…」
今夜、サンジが来た時…一体俺は、何を売るつもりなんだろう…?
自分のとった行動が信じられなかった。
自分の言った事が信じられなかった。
「♪愛は、コンビニでも買えるけれど…♪」
知らない内に、俺はサンジが歌っていた歌を口ずさんでいた。
AM0:32。
俺は、柄にもなくソワソワしていた。
いつ、サンジが来るのか。
それだけを考えていた。
AM2:08。
十二時から二時間が過ぎた。
サンジは…まだ来ない。
AM3:59。
あと一分で四時。
この間、サンジがココに来た時間も過ぎた。
来ないかもしれない…暇な時間が災いしてそんな事も考えてしまう。
でも、来なくていいのかもしれない。
もしサンジが来たとしても、このコンビニには…俺には…サンジの求める『愛』なんて売っていないのだから。
そう、踏ん切りをつけ、俺は張りつめていた気持ちをフッと緩めた。
「♪愛は、コンビニでも買えるけれど♪」
監視カメラに音声は録音されない。
俺は、客が一人もいなのいを良いことに、あの歌を口ずさんだ。
AM4:32。
勤務終了時間まで残り三十分。
早く寝たい…あ、その前に飯が食いたいかも…。
そんな事を考えていると、おそらく今夜の最後になるであろう客がドアを開けて入ってきた。
(珍しさを通り越しておかしい様な気もするが、うちのコンビニは自動ドアじゃない)
「いらっしゃいませ、こんばんは」
そう声をかけてから客の顔を見た。
来て欲しかった…でも、来て欲しくなかった客が、そこにいた。
「サンジ…」
「遅くなって悪い。
まだ置いてくれてるか?」
サンジは、この前と同じように、ツカツカとカウンターに近づいてきた。
「………」
「もしかして…もう…売っちゃった…とか?」
「………」
「やっぱ、来るのが遅かったか…。
…せっかく売ってる所、見つけたのになぁ。
ゾロ!!取り置きしといてくれって、言っておいた…っ」
俺は、気付けばサンジを抱きすくめてキスをしていた。
サンジは、いきなりのキスに、全く抵抗の様子を見せなかった。
ついばむ様なキスを何度もしてから、俺はサンジを放した。
「ゾロ…。ゾロが『愛』、くれる?」
俺の目をじっと見つめながら、サンジがそう尋ねた。
「……」
「ゾロ?」
「…誕生日おめでとう」
サンジの質問には答えず、俺はそれだけ言った。
そして、まだよく分かっていないようなサンジをもう一度抱きしめ、キスをした。
今度は思いっきり濃厚なやつを。
初めは受け入れいていただけだったサンジも、徐々に反応を返すようになった。
息がだんだん乱れ、サンジの瞳が潤み出す。
「ゾロは…ズルイ」
俺の体を押し返すようにしてキスを止め、サンジはそう呟いた。
そして、今度はサンジから俺にキスを仕掛けてきた。
監視カメラに写っているだろうが、そんな事はどうでも良かった。
俺はサンジを放さないように腕に力を込めた。
抱きしめられながら…キスをしながら…サンジは歌をうたっていた。
実際に歌っていた訳じゃないが、俺には確かにサンジの歌声が聞えた。
バスのゆれ方で 人生の意味が分かった日曜日
でもさ 君は運命の人だから 強く手を握るよ
ここにいるのは 優しいだけじゃなく 偉大なケモノ
愛は コンビニでも買えるけれど もう少し探そうよ
余計な事は しすぎるほどいいよ
扉 開けたら
走る 遙かこの星の果てまで
悪あがきでも 呼吸しながら君を乗せて行く
なぁ、サンジ。
お前はコンビニ何かを見つけられたか?
お前が探してた『愛』って、どんな物なんだ?
俺は、コンビニでお前を見つけた。
お前の言う『愛』をおれがやれるかどうかは分からないが
お前の寂しさを、少しは減らせたと言うのは…俺の思い上がりか?
誕生日おめでとう、サンジ。
プレゼント、何がいい?
…『愛』ってのは勘弁してくれよ。
Fin

サン誕ですv
というわけで、秋月芹斗さんが小説を書いてくださいました!
秋月さんがサイトを閉鎖なさった後もこうやって小説を読ませてくださるとはまさか思わず、とても感激しております。
プレゼントは愛。
……やはりサンジさんの寂しさを癒すのはロロノアさんですよねv
秋月さん、ありがとうございました!!
