001.初めての渡英 その1
2002.12.31 UP

 1993年10月末、私は大学のゼミ仲間Yと共に、Londonに留学中の同じくゼミ仲間M を訪ねて渡英した。当時、私は大学4年生。10年以上を費やしたJR全線完乗を目前に控え、目標を見失いかけていた時期だった。
 渡英のきっかけは同年の8月末だった。それまでは海外旅行など考えたこともなかったのだが、「Mの所に行こうか」というYの誘いに思わず乗っ てしまった。

 航空運賃節約のため、乗り継ぎ便(サベナ・ベルギー航空)でLondon入り。Heathrow空港にはMが迎えに来てくれた。空港駅で Seven Days Travelcard(1週間定期券)を購入。証明写真と定期券がセットになって効力があるシステムに日本との違いを実感した。
 当時、Heathrow Expressは影も形もなかったため、空港からLondonまでの最速ルートは地下鉄に乗るしかなかった。空港からMの最寄駅Earls Courtまで地下鉄Piccadilly線で1本。この地下鉄を皮切りに、英国の鉄道には次から次に驚かされることとなった。

 まず、車体が小さい。そして丸い。Piccadilly線などの地中深くを走る路線はトンネルの断面が小さく、しかも真ん丸である。車体はト ンネルの断面そのものの形状だ。トンネルの断面にあわせて車体上部の幅は絞り込んであるため、ドアの上部もあわせて絞り込んである。そのため、ドア脇に 立っている人は閉扉のたびに頭が挟まれそうだ(この後、私は何度も頭や帽子を挟まれている)。銀座線の車体も小さいが、この車両も負けてはいない。

 動き始めると、今度は乗り心地が非常に悪い。台車にばねが付いていないのだろうか?とにかくガタゴトという音と共に激しく上下に揺れ閉口し た。

 空港からしばらくの間は、地上を走ったり地下に潜ったりの繰り返し。そして途中のActon TownからHammersmithま ではDistrict線と緩急接続を行いながらの複々線となる。これには驚いた。地下鉄が複々線で緩急運転するなど、日本では考えも及ばなかった。 Piccadilly線の電車(急行)は途中で何本かのDistrict線の電車(各停)を追い越し、Earls Courtに到着した。

 このEarls Court駅の規模に、また驚かされた。この駅は地下にPiccadilly線が1面2線のホームであり、地上(切り通し)にDistrict線が2面4 線のホームである。District線はEarls Courtを境に東西で運転系統が分かれており、東方面への2系統、西方面への3系統が忙しく発着している。複雑な平面交差でうまく列車をさばいており、 朝の阪急淡路駅を見ているようだった。

その2へつづく
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