010.貸切列車
  2004.8.13 UP

  貸切列車と言っても本当に列車をチャーターしたわけではない。たまたま乗客が私ひとりだけだったのだ。
 私はJRを全線乗り潰した経験の中で、2回貸切状態となったことがある。1回目は1986年3月、指宿枕崎線の西頴娃から枕崎までである。こ のときは西鹿児島(現在の鹿児島中央)を夕方18:30頃に出発した気動車3両編成で、途中までは通勤通学客を満載して身動きが取れない状態だった。しか し徐々に客は降りて行き、沿線の主要駅である西頴娃で遂に私ひとりとなった。この列車は西頴娃から枕崎までの最終列車だった。終点まで約40分間、手持ち 無沙汰の車掌と世間話をしていた記憶がある。2回目は、1回目の折り返し列車である。前日の枕崎行き最終列車は、枕崎駅で夜明かしして翌朝5:30頃の始 発列車となった。再び西頴娃まで貸切状態で、車掌と話をしていた。車掌は駅に着くたびにホームを見ていたが、客がいないことを確認すると、ドアを操作する こともなく運転士に出発指示を出していた。もちろん放送も無い。
  時代は変わって国鉄は分割民営化されてJRとなった。ダイヤも商品のひとつという考えの下、乗客にとって利便性の高いダイヤが組まれるようになり、今では どんなローカル線でも、貸切状態となることは滅多にないであろう。

 さて英国鉄道。10回まではいかないが、5回以上は貸切状態となったことがある。
 1回目は1995年8月の夕方、CambridgeStanstead Airport行ノンストップ便である。当時、同区間を運転する列車は平日に1往復のみだった。この列車は158系2両編成でCambridge を発車し た。まもなく車掌が車内改札に来たが、このように話しかけられた。

車掌    This is your train !
私        は?
車掌    ・・・ passenger ・・・ you ・・・only・・・ (単語を部分的にしか聴き取れなかった)

 車掌の話を聴いて、私は車内をぐるりと見渡した。確かに乗客は私ひとりだった。一日一往復の妙な列車なので、客はその存在を誰も知らないので あろう。Stanstead Airportに着いた列車は私ひとりを降ろすとさっさと回送して行った。乗り潰し目的の私がいなければ、空気を運んでいたことになる。英国鉄道でもこん なことがあるんだな、と思った。現在、この列車は延長、大増便 されてBirmingham New Street発となり、Central Trainsが1時間ごとに走らせている。

 ところが、英国鉄道はその後分割民営化されても乗客増へのてこ入れを怠っているのか、多発する事故や遅延のために客からそっぽを向かれている のか、 いまだに貸切列車に乗ることがある。

 2004年7月、土曜日の朝8時過ぎ、私はChester駅 にいた。8:25発Runcorn行 ノンストップ便に乗るためである。 Chesterを出るRuncorn方面の列車は、この列車を除いた全てがRuncorn Eastに停まる。ところがこの列車は、Runcorn Eastの手前で短絡線に入り、London方面からLiverpoolに向かう路線に入線してRuncornに向かうのである。この短絡線を通る旅客列 車はこれしかないが、夏ダイヤの土曜日の朝に片方向1便のみという、乗り潰し愛好者の敵とも言える列車である。
 切符売場横の案内板には3a号線からの発車と書いてあったが、何の訂正案内も無く1号線から発車。列車に乗り込むとき、車掌が心配したのか 「Not Runcorn East , Runcorn only.」と私に向かって何度も叫んでいた。私は「I know , I know.」と返事をし、あらかじめ切符を見せてから乗り込んだ。
 やはり、誰も気付かないような列車なので、乗客は私ひとりだった。前もって切符を見せておいたので、車掌は車内改札に来ない。England らしい丘陵地を時速100km以上で突っ走り、途中の信号場 で分岐。線路がさびて黄色になり、伸び放題の木の枝が車両に接触する短絡線をゆっくりと進んでLiverpool方面の本線に入線。そこから5分も進まな いうちに Runcornに到着。20分ちょっとの行程だった。
 車掌と運転士が、私に笑顔で手を振りながら回送して行った。誤乗車でないことがわかり安心したのだろう。わたしも「Thank you.」と言いつつ手を振って見送った。

 英国鉄道の分割民営化から7年。効果は何も出ていないと評されているが、ここでもその一面が垣間見えた。
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