011.傑作プラン
  2004.8.15 UP

  私は乗り物好きである。故に、旅行中はなるべく多くの種類の乗り物に乗る旅程を組む。飛行機、鉄道、バス、船、タクシーの中から2種類か3種類の組み合わ せがほとんどであるが、全てとなると滅多に無い。私は1日でこれら全てを無理なく利用する旅程を「傑作」としている。
 私は普通の人よりも旅行回数は多い方だが、「傑作」は過去2回しか実行していない。1回は2001年2月に羽田空港〜(飛行機)〜大分空 港〜(船)〜大分港〜(バス)〜大分駅〜(鉄道)〜幸崎駅〜(バス)〜佐賀関町〜(タクシー)〜幸崎駅〜(鉄道)〜小倉駅の行程で、もう1回は1999年 7月12日に英国で実行した。

  Scotland南西部にThe Galloway Lineという路線がある。Glasgowか らTroonAyrを 経て、北アイルランドの中心都市Belfastへの港があるStranraerま で、全長約100マイル(160km)の長大盲腸線で、全線を乗り通すと2時間以上かかる。便数も少ない。
 当時の私は渡英するとLondonの宿を拠点とし、各地へ日帰りの行程で乗り潰しプランを組んでいた。この頃には日帰り圏内の路線はほぼ全て 乗り潰し、遠方の路線ばかりが目立ち始めていた。この中で、Scotland南西部にひときわ目立つ長大盲腸線。それがThe Galloway Lineであり、どうしても片付けたくてイライラしていた。
 しかし、The Galloway Lineは片道2時間以上かかる上、便数も少ないため、Londonから朝一番の特急に乗っても日帰りするのは物理的に不可能だった。Londonから Glasgowまで飛行機を利用すれば簡単だが、長大盲腸線の往復は考えただけでもうんざりしてしまう。諦めかけていた時、ふと気が付いた。 北アイルランドへ飛び、海路Scotland入りする…。

 完成した旅程は、London Heathrow空港〜(飛行機)〜Belfast International空港〜(バス)〜Great Victoria Street駅〜(タクシー)〜Belfast港〜(船)〜Stranraer港・駅〜(鉄道)〜Glasgow Ct.駅〜(鉄道)〜London Euston駅というものだった。Heathrow空港出発は8:20、Euston駅帰着は22:30頃の予定だが、Stranraerから Glasgow Ct.までの列車が10分遅れると、London Euston行きに乗り遅れるという危険極まりないプランである。 航空券は日本で用意できたが、乗船券は現地調達となった。

 早朝、眠い目をこすりながらHeathrow空港へ向かい、国内線用のTerminal1で搭乗手続きを済ませ、英国航空機に乗り込んだ。離 陸後、シートベルトサインが消灯すると朝食のサービス。パン、玉子焼き、ソーセージ、ベーコン、焼きトマト、ヨーグルトなど、English Breakfastそのものでボリューム満点。満腹状態で小雨まじりのBelfast International空港に到着した。たった1時間のフライトである。
 マイクロバスに乗り換え、Great Victoria Street駅までは約40分。Ireland特有の泥炭に覆われた原野の車窓を期待したが、それらしきものは見当たらなかった。
 Belfast中心街は大規模な交通規制が敷かれ、ほぼ全ての商店は閉じていた。月曜日なのになぜ?と思っていたら、通行止めのメインスト リートにさまざまな行列が行進しだした。この日は恒例の「オレンジ行進」当日だったのだ。天気は晴れに変わり、絶好の撮影条件となった。

写真1       写真2       写真3       写真4       写真5

※オレンジ行進
1690年7月12日に、プロテスタントのオレンジ皇ウィリアムが、英国を追放されたカトリック王ジェームズ2世にボインの戦 いで勝利したことを記念するもの。

 行進は途切れることなく次から次に湧いて出てくる。きりが無いのでGreat Victoria Street駅でタクシーを拾い、Belfast港のStena社のターミナルへ向かった。

 Belfast港からStranraer港まではStena社の高速船である。高速船というと、200トン程度の小さな客船を想像するが、こ の高速船は双胴式の巨大なフェリーであり、19638トン、定員1500名、乗用車なら375台を積載し、74km/hで疾走する。中にはパプ、マクドナ ルド(現在はバーガーキング)、レストラン、ゲームセンター、ショッピングスペース(国際航路のときは免税店になる)があり、度肝を抜かれた。詳しくはこ ちら
 2時間かからずにScotlandのStranraer港に到着。この時点で14時過ぎだった。Stranraer駅は港に突き出たStena社の船の接岸用防波堤上にあり、ほとんど歩かずに乗 り換えられた。Glasgow Ct.行きは165系の4両編成で、乗車率は20%に満たない状態で発車した。次のBarrhillまで40km以上駅が無い。列車はやがて勾配を登り、 高原の上でゆるいカーブを右に左に繰り返しつつ快走した。天気は快晴。英国鉄道の線路脇には樹木が植えてあることが多く車窓が見にくいものだが、こ こは邪魔な立ち木が無いために高原列車気分を存分に楽しめた。

 Glasgowが近づくにつれ、車内は混んできて、終点の一つ手前のPaisley Gilmour Streetでほぼ満席となった。ここまでは定刻で運転されており、London Euston行きには間に合いそうだ。ところがGlasgow Ct.駅手前で停まってしまった。その後、ゆっくり動いては停車を繰り返し、とうとう駅直前のClyde川を渡る橋の上でぴくりとも動かなくなった。 London Euston行きの出発時刻が刻々と迫る。私は駅構内での全力疾走を覚悟し、靴紐を硬く締めなおして編成最前部のデッキに移動した(Glasgow Ct.駅は頭端式ホーム)。数本の列車が我が列車の横を出入りした後、ようやく動き出し駅に滑り込んだ。定刻より8分遅れ、London Euston行きまであと2分である。駅コンコースを猛然と走ってEuston行きに飛び込んだ。幸いにも終着まで指定されていない座席はすぐに見つかっ た。

 Londonまで5時間30分、早起きで寝不足だったのでゆっくり寝て帰ろうと思ったが、全力疾走のためか目がさえて眠れなかった。やがて列 車はPenrithを発車したが、どうしたのかあまりスピードが出ない。そのうち、丘陵地帯の信号場で停まってしまった。10分たっても動く気配が無い。 や がて、列車はバックし始めた。周囲の乗客も何事かとざわついている。列車は再び前進し、信号場の側線に入りなおした。車内放送で「…technical problem…remote control…locomotive」などと言っている。この編成は、最後尾の90系電気機関車が8両の客車と先頭の運転台付荷物車を推進運転する構造になっている。どうやら先 頭の運転台から最後尾の機関車への遠隔操作が故障したようだ。
 やがて運転士が線路上を後ろに歩いていき、電気機関車が本線上を前に移動して連結作業。



 約1時間30分遅れで列車は動き出した。この間、上り列車には全く追い越されなかった。つまり、West Coast Main Lineのダイヤは大混乱したことになる。
 午前0時過ぎにLondon Eustonに到着。乗客は一様にげっそりとした顔つきだった。私の宿は幸いにもRussell Squareなので歩いて帰ることができた。
 計画は「傑作」だったが、最後にケチが付いてしまい、後味の悪い結果であった。

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