013.2005年7月 北アイルランド鉄道の怪
  2006.5.8 UP

 鉄道ならずとも、乗合で旅客を運ぶ公共輸送機関ならば何らかのダイヤに沿って運行されるの が常識だろう。バス、船、飛行機、いずれも当てはまる。これらのダイヤが変更されるときは事前に告知され、利用客は告知内容を検討して旅程を組む。時刻変 更や運休が告知無し、あるいは直前の告知だと、利用客は駅員などに詰め寄り、混乱することは容易に想像できる。 日本ではJRの千葉動労が時々抜き打ちストを敢行し、そのたびに新聞沙汰になっている。

 さて、日本の常識が通用しない国の話。2005年7月13日の英国、北アイルランドでのことだ。この日はオレンジ行進(祝日)(※ オレンジ行進については011.傑作プランを参照)の翌日である。私はアイリッシュウイ ス キーの代表格「Bushmills」の醸造所のあるBushmills村へ行く予定を組んでいた。
 朝8:44にBelfast Great Victoria Street駅を出発し、予定通りに列車は運転され、10:12にColeraineに到着。ここから Bushmills村へ行くためにバスに乗り換える・・・、はずだった。ところが駅と一体化したバスターミナルが閑散としている。Coleraineは交 通の要衝の町なので、このバスターミナルは北アイルランドのいたる所からのバスが忙しく発着して賑わうはずなのに、どういうことだろうか?
 私は駅舎の入口の貼り紙に目が留まった。「7月12日の鉄道、バスは休日ダイヤ。13日の鉄道は土曜ダイヤ。バスは休日ダイヤ」と書いてあっ た。どう見ても駅員がパソコンを使って自作した貼り紙である。Coleraineまでは予定通りと思っていたのは勘違いで、たまたま私の乗った列車のダイ ヤは平日と土曜日で違いがなかっただけだったのだ。
 バスターミナルに戻り、Bushmills村方面のバス路線の時刻表を読むと休日ダイヤの欄には「No Service」と書いてある。Bushmills村方面だけでなく、ほぼすべての路線が「No Service」となっていた。閑散としているわけだ。

 私は自他共に認める呑ん兵衛である。酒蔵見物のために多くの金と時間を費やして日本から1万キロも遠く離れたところまで来て、銘酒の10キロ 手前で引き返すわけにはいかない。駅前からタクシーに乗り、「Bushmills」の醸造所へ向かった。

Bushmills醸造所

 さて、Belfastへもどり、Central駅からアイルランド共和国のDublin行き国際特急に乗るため、2号線ホームのベンチに座っ ていたところ、駅員が「Bus service」などと言っている。わけもわからず駅員に尋ねると、「今日は工事。BelfastからNewryまではバス代行だ。ほら、ここに案内が掲 示してある。」
 なるほど、ホーム屋根の柱に白黒コピーのA4用紙がセロテープで無造作に貼り付けてあった。言われなければ100人中97人が見落とすような 案内である。これまた駅員の自作のようだ。ちなみに改札外のコンコースにも同じコピーが2か所貼ってあるのみだった。
 駅前の通りには、タクシー数台とフロントガラスにヒビの入った車齢15年以上と思われるバスが1台停まっていた。バスには何の案内も掲示され ていなかったが、運転士に聴くと「これが代行バスだ」とのこと。この時点では私1人だけの乗車だったが、30分くらいでほぼ満員になった。
 列車ならば8両の客車で運転されるところをバス1台に詰め込んで発車。私の隣は巨大なオバサンが1.3人分の座席を陣取り、暑く臭く窮屈だっ た。50分ほどで谷底の街を見下ろすNewry駅に到着。この駅は北アイルランド南端の国境の駅で、南に数分走るとアイルランド共和国である。アイルラン ド共和国は普通の平日であり、平常運転だった。

Newry駅北方の眺め

 北アイルランドはプロテスタントの支配地域、アイルランド共和国はカトリックの支配地域(現在、法律上は宗教による線引きはないのだが)、そ して7月12日はプロテスタントの戦勝記念日。日本では考えられない歴史的背景に振り回された一日だった。ちなみに、これらのダイヤ変更は、7月9日時点 ではインターネットで告知されていなかった。
 
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