こんかいのessayは、極私的な内容ではっきりいってつまんないですが、
どうしても
書かずにはいられなかったので...。
読み直すとあまりに感傷的な内容で恥ずかしいですが、素直に心に浮かんだ事なので
ありのままに書き綴っております。


はじめて、車を持とうと思ったのは僕がまだ新入社員で釣りを始めた年だった。

フライフィッシャーの裏表紙に載っていたスズキのジムニーに一目惚れだった。

3月、免許をとって確か2年ほどのペーパードライバーだったけど、僕の元にジムニーが

やってきた。ぴかぴかで綺麗なシルバーのジムニーがすごく好きだった。

買って2日目に、兵庫北部の生野・銀山に出かけた。

見通しの悪い三叉路で、あやうく追突事故を起こしそうになった

 

僕はまだ、その頃、あまごを釣った事がなかったので、あちこちの川に嬉々として出かけた

矢田川・由良川・芦生の源流・黒川....。でもあまごにはあえなかった。

会社の帰りに寄った、今はもうないプロショップで「千種川がいいよ」と聞いたのは

たしか6月の中頃だった。

自宅を出て千種川に向かった僕は、いきなり道を間違えて、今なら2時間半でいける地道を

6時間くらいかけて到着した。お金がなかったから高速には乗れなかったんだ。

その時、はじめてあまごを釣った、

嬉しくて嬉しくて、いっぱい写真を撮って、昼過ぎには神戸に向けて帰った。

写真屋さんで、現像があがるまでの時間、ディーラーでいろんな話をしたっけ。

僕がはじめてのあまごを釣った嬉しさを一番しっているのは、きっとジムニーだと思う。

それから、毎週毎週の千種川通いがはじまった。金曜の晩には千種に向けて出かけ、土曜の朝を

ジムニーで迎え、その晩もジムニーで泊まり日曜日にも釣る事を飽きる事もなく繰り返した。

僕程、ジムニーの中で寝たフライマンもそうはいないと思う。

 

その翌年は、夏休みに9連休を取って、行く宛も決めずに東に走った。

長野の諏訪を超えたあたりで、日光に行こう!!と思い当たり、そのまま走って、神戸から12時間かけて

日光についた、ロマンチック街道の展望台から見た戦場ヶ原の美しい風景は今も忘れないが、そのイメージの

端の方にはちゃんとジムニーがあるべくしてある。

始めて釣った尺を超えたブルック、その後、千曲川であったイワナと横浜の素敵なフライマン2人。

霧でものすごく幻想的だった真夜中の旧軽井沢と翌日の軽井沢駅前でのんだ冷えたコカ・コーラの味。

岐阜の蒲田川での露天風呂、荘川で昨年釣れなかったライズを釣る事ができた事。

最終日の夜、いつもの様にジムニーで寝ていた僕がドーン・ドーンというおっきな音で目が覚めた

起き抜けのぼんやりかすんだ目で、ジムニーの助手席から空を見上げると空満開の打ち上げ花火!!

言葉にならない感動っていうのはきっとあんなのだ。

すべてが、まるできまっていたかの様な、僕にとっては軌跡の9日間。

ものすごく楽しかった夏の遠征。ジムニーが僕にくれた最高の想い出....。

 

いつの頃からかだんだんと魚が釣れる様になって、それに伴って、想い出としては強烈に残る事が

やっぱりだんだんとなくなってきた。

長野や鳥取、岡山とあちこちの川をジムニーとまわったけれど、あの夏の日を超える鮮烈なイメージは

今の僕には無い。

だけど、1度の故障もせず、ずっと僕と一緒に釣りに行ってくれたジムニーは釣れた日も釣れなかった日も

いつも静かに僕を待っていてくれた。

蒸し暑い初夏のイブニンブの後も、夕立ちにあった盛夏も、寒さにこごえた早春のライズ待ちの時も

いつもいつも、視界の端には、ちゃんとジムニーがいてくれた。

 

3年ほど前、真冬の凍結したコーナーでスピンした。昨夏、雨後の道路で突然、前輪がロックしてスピンした

2度とも超低速だったので大事には至らなかったけど....。そして、昨秋、白浜で交差点で停車中に後ろから追突された。

そのあたりから、なんだか嫌な予感がしてた、ギアが入り辛くなったりクラッチが妙な感じだった...。

そして、先週、いつもの様に通勤している途中で突然スピードが出なくなった。

登り坂で、20キロを超えない。ターボからはカラカラと異音もした。

修理をお願いした車屋さんに言われた

「もうダメかもしれませんよ。」

別れは、突然やって来た。ずっとずっと一緒にいてくれた大事な僕の釣友の最後。

「軽自動車で、10万kmを超えてたら....」といってもらえた事がすこし救いだった。

壊れる2日前には、岡山まで元気に走ってくれて、いままで釣った事もなかった数の魚が釣れた。

特に成魚放流をしている訳でもない川で、異常といわれるぐらいの釣果 。

岡山までの道のりの途中で壊れなかった事もそうだけど、あの良い釣りができたのも8年間いっしょに

釣ってきた僕への最高の、そして最後のジムニーからのプレゼントだったのかな??

最後の1年間はほんとに良く働いてくれた。ずっとつれなかった尺上の魚も念願叶って釣る事もできた。

。年始の温泉旅行の帰りには雪道を頑張って走ってくれた。

いっぱい、いっぱい頑張ってくれてほんとうにどうもありがとう。

あんまり洗車もしてあげられなくって、オイルも頻繁に変えてあげられなくってほんとうにごめんなさい。

せめてもの罪滅ぼしにという訳ではないけど、ずっとずっと君の事は忘れない、いや忘れられないと思う。

自動車とオーナーという関係以上の何かがきっとあったから。

いままで、たくさんの想い出をありがとう、そして、かけがえの無い最高の8年間をありがとう。

どうか、ゆっくり休んでください。

僕の最高のパートナー 愛するジムニーへ。