2008年 12月 19日 第80号
反貧困ーすべり台社会からの脱出
第24回地域人権問題 東播地区研究集会 記念講演
(事務局:東播地域人権運動連合)
日:2008年 11月 23日(日) 場所:協同学苑(三木市)
講師:湯浅 誠 さん(ユアサ マコト)
NPO法人自立生活サポートセンターもやい 事務局長
反貧困ネットワーク事務局長
非正規労働者の権利を自らの問題としてたたかえるかどうかが、労働運動の大きな課題となっています。そういう
面から湯浅さんの講演は、極めて大きな示唆に富むものでした。ここでは、その一部をお伝えします。再現の都合上
講演内容そのままでない部分もありますので御了承願います。 (文責:YH生)
『 うっかり足を滑らせたら、どこにも引っかかることなく、最後まで滑り落ちてしまう。このような社会を、私は
「すべり台社会」と呼んでいる。』 湯浅 誠 著 「反貧困」P30 岩波新書
『 ※私たち、今週、記者会見を開きまして、定額給付金の話ですね。生活支援定額給付金というのが正式名
称ですが。全部で 2兆円ばらまく。一人当たり 12,000円 ですね。18歳未満と65歳以上の方たちに対しては、 8,000円
を上乗せするということですから、 20,000円 になる。
※ところが、じゃあこれ、誰に配られるのかなと考えると、(私たちは一番厳しいところにいる人たちとつきあ
っているので) 私は真っ先に思うんですけど、ホームレスの人たち、野宿の人たちは住民票が無い。無いっていうか、
ある場所と自分のいる場所が違う。
それだけじゃあないですね。例えば、最近、ネットカフェ難民という言葉ができましたが、ネットカフェに暮らしている
人もそうですね。
それから、DV、ドメスティックバイオレンス。パートナー の暴力から逃げた。(着の身着のまま逃げた。ほとんどは
女性ですが、なかには男性も いるんですね。) その人たちも住民票を異動 しちゃうと、その人が追っかけて来ちゃう
んですね。身の危険があるから動かせない。
※こういう人たちを全部ひっくるめて、行政用語では「住所不定状態だ」といいます。この住所不定状態にある
人っていうのは、住所のある所と自分の体がいっしょになれないくらい厳しい人たちが多い。そういう中で、「給付金が
受け取れない。それはどうなんだ。」ということで、月曜日に記者会見を開きました。
被害者の40代の女性の方に発言してもらいました。彼女はダンナの暴力、(子どもにも暴力を振るうダンナだった
ので)子どもを連れて逃げたんですけど、ダンナが追っかけて来て、子どもを連れ去っちゃった。で、今は一人で暮らし
ている。
月の食費は 16,000円。彼女にとっての 12,000円 は、だからものすごく大きい。一月分の食費に匹敵する。ですけ
ど彼女は受け取れない。誰が受け取るかというと、それは今のところ(まだ最終的には定まっていないんですけど)、
住民票のあるところ場所に通知を送って、その通知を持ってきた人に渡すんですよね。
だから彼女の場合、誰が受け取るかというと、その暴力夫が受け取る、彼女の分をね。「それはどうなんだ。」という
ことを彼女は言いました。
※ニュースにも あったので、テレビでごらんになった方もいらしたかと思いますが、記者会見を終えた後で、翌
日に桝添大臣の閣議後定例記者会見がありました。記者の人が聞いたんですね。『 DVの人やホームレス状態にあ
る人に行き渡らないという話が出ていますが、どうするんですか。』
桝添大臣はこう答えました。『 原則全員に支給するということですから、それは各自治体にいろんな工夫をしてがん
ばってもらいたい。』
※私たちは今、次の質問状を用意しています。今度は自治体に送ろうと思います。『桝添大臣は、ああ言いましたけ
ど、皆さんはそれぞれの自治体でどんな工夫をしているのですか。そういう人たちに渡す工夫をしていますか。』
『桝添大臣は自治体の責任だと言いましたが、本当に自治体の責任だと思いますか。国の責任ですか、自治体の責
任ですか。』
※もう一つ言おうと思っているのは、本当はね、 2兆円も あるんだったら、社会保障費、この間ずっと削って
きたんですよね。2002年、3,000億というのから始まっているんですけど、2003年から2,200億円ずつ、ずっと削ってき
てる。今までに削られた全部の累計は 1兆6,200億円。それでまだお釣りがくるんですね。この間ずっと社会保障費の
2,200億円削り続けてきて、まあ、命を削ってきたわけです。
※そういう中で一番象徴的なことは、こないだ起きた東京の妊婦たらい回し事件。
病院の診療報酬もどんどん、どんどん削ってきたわけです。日本の医療費というのは高い、高いと言われますが
OECD、いわゆる先進国と言われる30ヵ国ぐらいの平均に比べたら、ずっと低いんです。(それなのに)日本の医療の
自己負担は一番高いんです。
※ つまり国の費用はとても少なくて、自己負担は高いんです。全体として弱いということですね。教育も同じで
すけど。でも更に診療報酬どんどん下げていくんですから。
病院は診療報酬命(いのち)ですから、それがどんどん削られるということは病院経営が成り立たなくなるということ
ですよね。そうするとお医者さんを雇えない。一人ひとりのお医者さんは死ぬほど働いていますよ。でもそれ以上は増
やせない。
病院の中で話し合われていることは、診療報酬が減らされる中で(増やせない中で)誰が泣くかということです。
医者が泣くのか、看護士がなくのか、補助員が泣くのか。さあ誰がなくか。という話になってくる。
これは医療の現場だけではない。教育の現場でも、どこでも起こってくる。そういう中でああいう事件が起こった。
ー 中略 ー
※ 派遣労働者は住み込みで働いている人がたくさんいる。そうすると、職を失うということは住居も失うことに
なる。お金がない中で放り出されるので、どうなるかというと、泊まるところがありません。低賃金で働いていますか
ら、彼の給料は手取り 14万円。低賃金だから、お金も貯まっていない。アパートに入る資金がない。そうすると、とり
あえず、ネットカフェに泊まったりするしかない。
今、名古屋のネットカフェは、そういう東海地方で切られた人たちで溢れはじめている。そういう状態の中で、彼は駆
け込んで来た。
※ 彼は神奈川県の厚木っていう割と工場の多い地帯の日立の工場で働いていた。作っていたのは日産自動
車の ドライブショップ。自動車部品ですから、あおりを食って真っ先に切られました。
彼の話を聞いたら、彼の部署では昼夜 2交代制で、昼 40人、夜 40人。80人の人が彼のラインで働いている。切ら
れた人は彼だけじゃないですね。80人の労働者の内、残ったのは 8人。 9割の人が切られた。彼もその内の1人で
すが。
でも不思議に思いませんか。たった 8人でライン回りませんよ。私も不思議に思って聞いてみたんです。
『 じゃ、どうすんのこれから。』
その仕事は正社員がする。正社員がこれまで していた仕事がなくなって、正社員が余っている。派遣を切った後に
正社員を当てる。そのラインは正社員がする。そういうふうになっている。
※ 彼は結局、3日前に寮を追い出されて、その時点で所持金は 5万円でした。本当は給料があったので、う
ちに相談に来たときは 10万ぐらい残ってたんです。親族が亡くなってますからね。お墓のローンが残ってるんです。
お父さんが亡くなったときに、お母さんが買ったお墓のローンがあって、お母さんが亡くなったのでお兄さんが引き継
いだ。そのお兄さんが亡くなったから彼が引き継いだ。
月 3万円のローンを返さないといけない。『 これは返さないといけないんだ。』と言って、なけなしの10万の中から
3万返した。あと生活費で 5万円になってしまった。この 2, 3日は友達の家に泊まれる。でも、週明けからはどうなるか
わからない。
こういう活動をやってると、いい大家さんが、「うちのアパート空いているから使っていいよ。」と言ってくれることが
あるんです。「権利金、敷金はいらないから、家賃だけ払ってくれればいいから。」と。そういうところが一つだけ余って
いましたので、そこに入ることになりました。何とかしのいだのです。
ー 中略 ー
※ 例えば、さっきの彼ですね。どういう仕事に就くか。まず第1に、月払いの仕事に就くという選択肢はありま
せんね。だって月払いの仕事って、最初の給料が入るまで一月半とか掛かるんです。締め日があって、払いでしょ。
生活が持ちません。いらっしゃいという企業がいくらあっても彼はいけない。
そうなると、「とりあえず住み込める場所」ってことになる。とりあえず住み込めるところなら、どんな条件でも呑みま
すという話になってくる。「どんな低賃金でも働きます。どんなに話と違う仕事でもやります。」 そういう労働者になって
労働市場に帰ってくる。
私は「NOと言えない労働者」と言っていますが、NOと言えないんですよ、どんな条件でも。
※ そうすると、労働市場のなかに日給 5千円で働きますという人、 4千円でもいいという人が溢れてきますよね。
となると雇う側はどう思うか。「なんで 1万円出して雇うのか。 5千円でも働くという人がこんなにいるのに。」という話
になりますよね。そうやって労働市場が壊れていく。
なので「貧困が広がってきた」というのは、労働市場が壊れてきて社会保障が全然追いついていかない。こういう事
の結果として貧困が広がってきた。
話はここで終わらないんです。その人たちは NOと言えない労働者として労働市場に帰ってきますから、労働市場は
さらに壊れていく。
※ つまり、ここはブーメランになっているんですよ。そうすると何が起こるか。正社員とかの労働条件が悪くな
る。だって「正社員の半分の給料で 同じ仕事をやるという人がこれだけいるんだよ。」ということになりますから。
今も職場の中にいるわけですね。派遣や請負で、半分や3分の2の給料で働いている人たちが。
そしたら「何であんた、そんなにもらってるの。パソコンもろくに使えないくせに。」と言われるわけですよ。そうやって
正社員の賃金減少化が進んでいく。
※ 年功型賃金と言われていましたけど、年々、山がなだらかになってきました。それに、ホワイトカラーエグゼ
ンプションが導入されるという話になってくる。
「何であんただけが、そんな待遇なの?」と言われたら、言い返せないわけです。そんなふうに足をひっぱられて、全
体が地盤沈下する。これが貧困問題の社会にもたらす影響です。
※ 貧困の問題っていうのは、「あの貧困状態に落ちていっちゃったかわいそうな人たちをどうしたげましょう
か。」 そういう話じゃないんだということです。それは我々の問題なんです。日本の社会をどうしたいかという問題なん
です。
※ ここでじゃまをするのが「自己責任論」です。「そいつらはそういう理由があったからしょうがないんだよ。大事なこと
はそうならないように頑張ることなんだ。」というふうに言われるわけです。この話は今に始まったわけではなく、昔か
らこの問題の綱引きなんです。
※ みなさん「椅子取りゲーム」ご存じですね。
10人の人に対して、8人分の椅子があります。音楽が鳴っている間に周りを回って、音楽が止まったらわっと座
る。10人に対して 8だったら 2人漏れます。
この時に大事なことは、何に注目するかです。落ちた 2人に注目すれば、それなりに言えることはあるんです。
「ちゃんと音楽聞いてなかったね。」 「ちょっとぼーっとしてたね。」 「パッと動くには太りすぎだね。」 まあ、いくらでも
批評はできるんです。それは一つひとつは間違ってるとは言えない。これが「自己責任論」です。
だけど椅子の数に注目すると、また、別の光景が見えてくる。今回はこの 2人が落ちたけれども、もう一回やったら
違う 2人かもしれない。その 2人がどんな 2人であろうと、必ず 2人は落ちてしまう。というようなことが見えてくる。
( 残念ながら、ここで終了します。極めて重要なテーマなので、ホームページに全内容を掲載したいと思っていま
す。:YH生記)