全然更新していないネットラジオ(注・現在はない)を聴いてくれていた人なら既に知っているだろうけど、2001年11月の初旬に親と家族に自分がゲイであることをカミングアウトして、それと同時に、彼氏と一緒に住むことも伝えました。あれから1年と9ヶ月経ったわけだけど、「もうそろそろ書いてもいいかな?」と思ったんで書こうかと。結果から先に書いちゃうと、カミングアウトして1ヶ月後くらいで家族は受け入れて(受け入れていこうとした?)くれました。
もともと俺は「親にカミングアウトできたらいいな」とは思っていたんだけど、それが彼氏ができて一緒に住むことになってようやく腹を括ったわけ。それは親に対しても彼氏に対しても。自分のためにも彼氏のためにも、そして親のためにもカミングアウトした方がいいと思った。なぜか?
自分的には簡単に言っちゃうと長年つかえていた胸の内をなくしたかったから、というのと、一緒に住むにあたって自分の逃げ道をなくしたかったから。それくらいの覚悟をみせないと親は到底納得しないだろうし、親へ大見得を切ることで自分自身への責任と彼氏への責任をもちたかった。ノンケの恋愛でいうと結婚みたいなもんだね。「自分たちは結婚します(一緒に住みます)」と周囲に言うことで、そう簡単に別れるわけにはいかないと。つまり、自分のケツは自分で持つということかな。あとは、ちゃんと親に筋を通しておきたかった。たとえ結果がどうなっても、筋を通しておけば、後々違うと思ったし。それに俺は恥ずかしいことをしているわけじゃないしね。堂々と自分のやっている(やろうとしている)ことに自信を持ちたかった。
彼氏的にはもし俺に何かあった時、例えば俺が死んだ時に立場的には彼氏が喪主になるわけじゃん? でも当然のことながらそれは無理なわけじゃん。だから、もし俺がカミングアウトしていなくて死んだら、彼氏は単なる友人としてしか葬儀に参列できないわけで。でもそれってものすごいつらいことだと思うんだよ。本当は誰よりもつらい立場にいて、本当は一番目の前にいたい、もしかしたら骨も拾いたいと思うかもしれないのに、それができないというのはすごくつらいと思うんだ。入院した時なかもそうだよね。俺の家族に単なる友人として気を遣われるのと、恋人として気を遣われるのだと全然違うと思うんだよね。だからこそ、俺がカミングアウトしておけば喪主とかは無理だとしても、何らかの対応はしてくれると思ったわけ。家族が知っていれば、彼氏だって線香をあげに行きやすいだろうし、墓参りだってしやすくなるかもしれないでしょ。反面、彼氏には重いものを背負わせちゃう気もして、それは申し訳ないと思ったけど、彼氏もわかってくれたんで。
親的には、いつまでも結婚しない息子にやきもきするよりも、一時はつらくても、知っておいた方が長い目で考えるといいんじゃないかと思ったわけ。あきらめもつくだろうし。カミングアウトしないことで俺か親が死ぬまで傷つくよりも、カミングアウトして傷ついた方がお互い納得できると思うんだ。どっちに転んでも傷つくなら、やって傷ついた方がまだましだと思った。もちろんカミングアウトする時に、「受け入れられないだろう」と思ったのと同じくらい、「うちの親だったら大丈夫だろう」という想いもあったことはたしか。仮に受け入れられなくて親子の縁を切られても、それはしょうがないと思ったし、もちろんそれくらいの覚悟はあったよね。反面、縁を切られたとしても、ノンケで俺がゲイであることを解ってくれて応援してくれる友達もたくさんいたから、そうなったらそうなったで、でもやっていけるだろうという想いもあったよね。もちろん、親に対しては申し訳ない気持ちで一杯だったけど。
カミングアウトをする方法はいろいろ考えたけど、結局手紙にしました(もちろん直筆)。それが一番いいかな、と思って。俺も時間をかけて自分の言いたいことを書けるし、向こうも電話よりは感情的にならないだろう、と。手紙の内容はちゃんと保存してあるけど、さすがに全文を紹介するのは恥ずかしいから流れだけね。最初に「自分がゲイだということとそれは正常な発達であること」を書いて、「ゲイとして、それを隠していることがつらかったこと」、「彼氏の存在と二人の将来のこと」、「周囲の友人・知人にはカミングアウトしていてみんなそれを受け入れてくれていること」、「親へのフォローと何かあれば直接自分に聞いてくれ、ということ」、「親へのさらなるフォロー」って感じ。字数にすると1358文字。
親が手紙を受け取って家族全員で見て、電話がかかって来た時はさすがにショックを隠し切れてはいなかった。平静を装ってはいたけどね。向こうもつらかっただろうけど、俺もつらかった。でもそのことを親はちゃんと解っていて「確かにショックだったけど、これを書いたあんたもつらかっただろうね。正直に言ってくれたことに関しては嬉しいけど…」って言ってくれた。カミングアウトした場合、最初はショックを受けてもそれは時間とともに解決されることはわかっていたから、特に俺からは何も言わなかった。なるべく親を傷つけないように、妙にカウンセリング的対応になっちゃったりして、早く時が経てばいいな、なんて思ったりした。
で、最初に書いたようにようやくショックから立ち直って受け入れ始めたのが、だいたい1ヶ月後。これは早い方だと思う。でもなんで2001年11月頃にカミングアウトしたかっていうと、一緒に住む前に言っておきたかったっていうのもあったし、ちょうど10月頃だったかな、兄貴夫婦に二人目の子が生まれてそれが男の子だったというのもあったし。言い方は悪いけど、とりあえずこれで跡取り候補ができたわけだし、そういう意味でもショックを受けても立ち直れる時期だと思ったし、ショックも少ないだろうとも思った。反面、そういう嬉しい時期にこういうことを言っちゃって、ショックを与えてガッカリさせてしまうことについては本当に申し訳なかったけど。1ヶ月後くらいの電話の時に「ショックでいろいろ考えて寝れない日もあったけど、そうなんだからしょうがないよね。べつにあんたが犯罪を犯したわけじゃないし。」って言ってくれた。犯罪云々はちょっと「ん?」って思ったけど、理由はどうあれ受け入れようとしてくれているんだからそれでいいと思った。その後しばらく経ってから母親に「実は前々からうすうすそうなんじゃないかって思ってた。親なんだからわかるよ」って言われた。やっぱ親ってすごいと思ったよ。
その後は、カミングアウト後の初めての帰省の時は、豪華な海の幸を用意してくれていた。彼氏とのことや俺がゲイであることには特に触れることはなかったけど、その気持ちというかその対応だけで俺は幸せだと思った。カミングアウト後に話していたのは全部母親だったから、父親がどう思っているのかを直接聞くことはできなかったわけだけど、帰省したその時のその対応でわかったし、それで十分だった。言葉ではなく行動で示してくれた親に本当に感謝しているんだ。今も時々野菜とか送ってくれるけど、ちゃんと二人分入ってるもんね。今でも彼氏とのことなんかは聞いてくることはないけど、話さなくてもちゃんと解ってくれているっていうかな、話さない方がいい場合だってあるしね。なんでもかんでも話せばいいってもんでもないしさ。本当はいろいろ話ができた方がいいんだろうけど、今はそれでいいと思ってる。いつか彼氏を実家に連れて行って、親と家族にきちんと紹介できる日を夢見ながらね。
|