Pity ski clubの方々との出会い

●1997.1.16〜19 志賀高原焼額山/市ノ瀬/タンネの森/高天ヶ原 志賀高原プリンスホテル西館
●しげちゃん・シバタクン・ミカサン・しのん


 キロロであんなにエライ目に遭ったのに、なぜかスキーが気になるようになってしまった私は、仕事中もスキーの事ばかり考えていた。そして、とうとう、金欠病を差し置いて、ウェアに続いて板やブーツも買ってしまった。見立ててくれたのは、さちいとサカイサンだった。3人で浜野の方のアルペン行った。(これも今は閉店しちゃってて無い)。でも、とにかく当時もお金がなかったので、購入したものは以下の通りである。
・板(Rodan)と書いてあったけど聞いた事無いね。
・ストック(HART)単品売価2000円位
・ビンディング(チロリア)単品売価3000円の3点セットで\14,800-
・ブーツ(NORDICA)\29.800-(これだけ一点豪華主義した)
・板ケース(Hart)\1,980-
・ごろごろ(Hart)\2,980- しかも色はショッキングピンク。空港で目立つね。
 


 今度のツアーは、スキークラブ主催で、夜行バスでいく体力勝負タイプのものだ。職場の先輩方を誘って、4人で参加する事になった。プリンスホテル泊で、3日間の共通リフト券\13,000-(当時)と朝夕食付きで\33,000-は、破格の値段だ。
 16日夜8時にNTT千葉前からバスが出た。(千葉のスキーヤーの皆さんにはお馴染みの集合場所だね)。スキークラブに所属していたサカイサンも、このツアーに参加していた。よく話を聞いてみると、シバタクンと同期だという。
バスは一路、志賀へと向かう。バスでは窓際に座ったのだが、とても寒かった(しかも、ミカサンに「どっちでもいいよ」と言われて自分で窓際を取ったのに)。2度と窓際へは座るまいと思った。当時はまだ長野オリンピック前で、志賀へのアクセスもかなり悪かった様である。山道をぐねぐねと揺られて、途中気持ち悪くなって目が覚めたりしたため、朝6:30に着いた時には顔に青い縦線が入っていた。
 予め購入しておいた朝食のサンドイッチを食べながらホテルに入れるのを待った。周りの人々は「焼額山だぁー。」と期待を口にしていたが、まだまだ知識のない私は、そこがビックネームの志賀高原スキーサーカスだと言う事も知らず、また、よく来る人たちが、いつもは丸池側や、高天ヶ原周辺に宿をとって、はるばると滑りにきていたという状況ももちろん理解していなかった。
 今日が平日だったため、7:30にはホテル側がチェックインさせてくれた為、暖かい部屋の中で着替えが出来る様になった。部屋はツアーの価格を思い起こさせるリーズナブルな作りだった。細長ーい部屋に、昼間はソファで、夜には広げるとベッドになる、壁に取り付けてある物が、個人スペースの全てで、あとは小さなシャワーブース(バスタブ無し)とトイレ、細い通路しか無かったので、まるで電車の中に居るかの様であった。しかし、部屋は暖かいし、1階だったため、窓と同じ高さまで積もった雪が天然の冷蔵庫代わりになり、ジュースやカクテル、はてはゼリーやチョコレートが窓の外に突き立てられていた。


1/17
 とてもいい天気で気持ちがいい。現金な物で、雪をみたらバス酔いしたことなど、吹き飛んでしまった。リフトが動き始めるので、皆でぞろぞろと外に出た。今日は初級者の何人かにclubの資格保持者がレッスンをつけてくれるとのことで、まず(この西館は、スキーin、スキーoutが無理なく可能な位置に建っている。)50〜100m位の緩斜面の先にある焼額山第二高速リフト(DQ)に向かってそろそろと滑り降りて行った。他の人はぴゃーっと滑り降りて行った。 しかし、焼額山はそもそも中斜面主体の山で、ほとんど中級表示である。リフトから降りた所で、すぐに私の立ち往生は始まってしまったのでした。
 私と同じく、今日が2回目という男性もいたが、もともとの運動能力が違うらしい。私には崖に見える斜面もすーいすいと滑降している。また、ニシさんというおばぁちゃまが優雅に滑っていらしたが、60歳でスキーを始めて今年で10年目という。私は尊敬の眼差しで彼女を見た。
 サウスナイターコース(9°/16° 中級表示)にまったく歯が立たない(エッジが立たないとも言う)私をどうするか、と言う事になり、結局、お昼からは別行動・個人レッスンとする事になった。本当は自分のスキーを楽しみたかったでしょうに、ジャンケンで負けた「ヤベさん」が、私の指導にあたってくださることになった。再び第2高速リフトに乗り、唐松コース(11°/20° 815m中級表示)へ。先ほどより急で、よけい歯が立たない。要するに、高い所が恐いのと、スピードが出るのが恐いのだ。するとヤベさんは、
「それでなんでスキーやってんの?」
と言う。まあそれもそうなんだけど・・・自分でもこんな恐い思いして、夜行バスまでのって、何してんだろう。とは思う。それでもやめられない理由って何だろうねぇ。私は今度は、先日サカイサンに荷物の様に運ばれた話をすると、
「時間は沢山かかっても、バスに乗って宿に帰る訳じゃ無いから、ゆっくりでも頑張れ。」
と励ましてくれた。しかし、この斜面では、ターンする為に、一瞬たりともフォールライン方向を向く事が出来ない。今しよう、すぐしようと思いつつも、ターンできずに、しかも斜滑降で少しでも下っていればいいのだが、ほぼ真横にずるるーんと行き、そのままコース端に着いてしまう。この繰り返しだった。
 しかし、この経験が、私にある技を修得させてくれた。それは・・
「必殺ターン」である。
コース端に着いてしまい立ち往生する私は、立ったまま向きを変える事が出来ないので、でーんと寝転がって足をあげて向きを変える。変えてからまた立ちあがってまたコース端まですべるのだ。この繰り返しである。特に私は左ターンが苦手なので、今後、右端で「必殺ターン」は度々出現する事に なる。(混んだ所では危険)(これが上達を遅らせたとの説あり)
 ヤベさんもちょっと飽きれていたようだが、この1本を滑るのに約2時間かけ、最後は「ここを降りれたらケーキが食えるぞ。あたたかいスープが待っているぞ。」という励ましを受けながら、なんとかホテルにたどり着いた。それからちゃっかりヤベさんにケーキをごちそうになっていると、少しずつどこからか皆が帰って来はじめた。
 今日一日の成果は、内容は別にしても、自力で中級表示のコースを降りてきた。これに尽きると思う。
 夕食の後、男性部屋で皆で飲んでいると、クラブで準指の資格(当時)を持つヤマシタさん(後のウルトラマンブラックさん)が、「明日は記録会があって高天ヶ原へ行くけど、皆一緒に行こう」と提案してくれて、足手まといしのんも連れて行ってくれる事になった。しかも、よくよく話をしてみるとヤマシタさんはしのんの家から1km位の所に住んでいると言う。最寄り駅はもちろん同じだった。
 お酒大好きのしげちゃんは、持参した焼酎を窓辺から採れる雪で割って飲み、旨いよ。と言っていたが、あまり入れ過ぎると・・焼酎の表面になにやら埃の様な物がぷかぷかと浮かんでいて、だんだんまずくなったようだった。また、急斜面の攻略法として、「直滑降で30秒だよ。」とか、「酔っぱらっていれば大丈夫だよ。恐いの分かんないから。」などと危険な発言をしていた。


1/18
見よ!。このはげしいへっぴり腰を!!(左) 右はウルトラマンブラック/ヤマシタ氏
高天ヶ原への長い旅。(土地カンの無い方はぜひお手持ちのガイドブックを参照して)
・西館ホテル前より滑降
・山の神第2(W/711m)
・市の瀬ダイヤモンドゲレンデ(18°/26° コース取りによって初級・中級)なるべく緩い所をヤマシタさんの後ろについて・・・
・一の瀬ダイヤモンドから、一の瀬ファミリーに抜ける橋を渡る(かなり難所。板は皆に持ってもらった)
・一の瀬第2ペア(W/580m)リフト降車できずにぐるりと回り安全バーで止まる。そして係員のおやじに「ここは〜降りる所なんだよねー」と嫌みを言われる。プリンスホテル側のリフト係員は礼儀正しく優しかったのにっ
・しかも降車直後の斜面はちょっとこぶでべそをかく。
・タンネの森(10°/12° 500m 初級表示)を横切る様に渡って・・
・一の瀬第8クワッド(DQ 464m)
・高天ヶ原の下半分に出る(10°/25° 1000m 上部中級・下部初級表示)
ついたら、高天ヶ原第2ペア(W/330m)を使って、2〜3本ヤマシタさんに指導してもらった。高天ヶ原の下部はとても広々とした緩斜面で、私が練習するのに丁度良い斜度であった。雪質は焼額山より少しおちて、ごろごろした雪の固まりが私にとっては初めての雪質で板が安定せずプレッシャーになった。
すぐにランチタイムになり、皆で「だけかんば」でパスタをたべた。しかし、気付いたのだが、結構スキー場ってみんな昼からビールをぐびぐび飲む。寒いのに。冷たいやつ。さらに、ビール背負ってリフト乗って頂上で宴会する人もいるらしい。スキー=お酒=夜、宴会という図式がある事も分かった。
 午後も引き続き、高天ヶ原でヤマシタさんに指導してもらう。少しずつスピードを上げてゆき、昨日から比べると上達してきたと思う。緩斜面なら一人でも何とか、という状況になったので、他の皆は高天ヶ原トリプル(DT 878m)を使って、上部の中斜面を楽しむという。私がずるずる下で滑っている所へ、皆が上部から流れ込んでくるという形になった。気も使わず、また適度に皆と楽しんでいる感じになって良かった。
 また、ポールでの記録会も開かれ、クラブの皆さんの滑りを応援し、堪能することもできた。いつかあんな風に滑れたらなぁと。
 それから、3時前には、ホテルへの帰路につく事になった。上級者の人なら、まだまだ滑っていられる時間だけれど、しのんを連れて帰る一行は、もう出発しなくてはならない。来た時にかかった時間を考えれば当然である。またあの一の瀬の橋を渡るのかと思うと、ちょっと億劫になった。
 帰りは練習の成果が顕われて、来た時、横切るだけで恐かった斜面も、なんとかゆっくり降りる事が出来た。一の瀬山の神のカモシカコース(8°/15° 850m 初級表示)で、ちょっとぎょっとする場面もあったが、ヤマシタさんを先頭に6人くらいで、もの凄く広げてきちんと速度調整されたボーゲンのシュプールをたどりながら降りる事によって、落ち着いた気持ちで滑る事が出来た。そうして焼額山第2リフト乗り場まで帰ってきた。そこからは、普通はリフトに乗ってホテルに滑り込むのが一般的だが(皆はそのコースを取った)、かなり日も傾き薄暗くなってきていたことと、高天ヶ原の上部がアイスバーンだったこともあり、しのんはリフト乗り場から、ホテルまでの約50〜100mをV字歩行でどたどたと登る事にした。ひとりでちょっぴり寂しかったが、あとで唐松コースがつるつるだったと聞いて納得した。初めていろいろな所を巡れたため、満足感いっぱいの一日だった。
高天ヶ原にて。

1/19
   今日で最終日。昨日の夜、遅くまで飲んでいた事もあって、起きるのがとても辛かった。ミカサンが「ほら、しのんちゃんいくよ」と叩き起こしてくれなければ、今日のすばらしい思い出は無かった。しげちゃんもシバタクンも昨日の夜更かしが祟って、全然起きてくる気配がない。ミカサンと私は、ヤマシタさんにつれられて、3人で最後のひと滑りを楽しむ事になった。
 朝一で焼額山第2ゴンドラを利用して、初のピークに立った。今日はとても天気が良かったが、昨日の夜に雪が降ったらしく10cm位新雪が積もっていた、ほとんど誰も滑っていないピュアな雪面。太陽の光に、ダイヤモンドダストがきらきらと輝いていた。(後にも先にも見たのはこれ一回きりである。)
 「しげちゃん達もがんばって来れば良かったのにねー」
3人以外誰もいない斜面を、ダイヤモンドダストの中を滑って行く。パノラマアウトコース(10°/21° 中級表示)も、出だしはコース幅も広く、また斜度も緩かった為、ゆっくりではあるが楽しく滑る事が出来た。少し下ると、ダイヤモンドダストは消えてしまった。太陽が気温を上げたからか、標高が下がったからか、ほんの短い間しか見る事は出来なかった。さーっと滑って行ったミカサンたちはすぐに見えなくなってしまったが、カーブを曲がり終えると、大きく手を振りながら待っていてくれた。それからもう50m位先にヤマシタさんが待っているのが見えた。しかし、しのんの笑顔はここまでだった。ヤマシタさんが立っている先には、白樺コース(12°/23° 1070m 中級表示)が立ちはだかっていた。見通しがよくまっすぐ落ちていく一枚バーン、高度感があり、くらくらとした。最初はヤマシタさんのシュプールをたどって降りようとしたが、高所恐怖症にまけて失敗。おなじく、板の先端を押さえてもらってみたが、どう大丈夫と言われても信じきれない。つぎに、ヤマシタさんにつかまって滑り、おろしてもらう事にしたのだが、私がじたばたした為に板が絡まり一人だけ転倒。ヤマシタさんにしがみついたまま斜面に宙づりになり、
「ぎぅぇ〜しぬぅぉ〜」
と、山々のすみずみにに響き渡る様な大声で叫んでしまった。この後、会う度にこの事を指摘されることになった。
 とにもかくにも、いろいろと試したり、必殺ターンしたりしているうちに、なんとかブナコース(11°/17° 650m 中級表示)との分岐にたどり着いた。ブナコースの方が、少し斜度が緩かったので、迷わずブナコースに入る。しかし、真ん中に立ち木が残してあったりして、思う所でターンしにくいという難点があった。ふわふわに積もった雪を、横を向いたままエッジをずらして降りていく方法を多用して刮げとりながら、なんとか降りて来る事が出来た。
 早起きは三文の徳。という所かな。とても言葉では語り尽くせない美しい自然現象を見る事ができたから。
そして、3日間、付きっきりで面倒見てくださったお陰で、またまたスキーが好きになったしのんでした。ありがとう。
 
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