| 自力で滑降する。ということ |
|
●1997.2.7〜9 ニセコアンヌプリ国際スキー場 ホテルニッコーアンヌプリ泊 ●まさおさま・しのん それは、まだ、まさおさまが転勤で札幌在住だった頃のお話。札幌に転勤してからスノーボードを始めたまさおさまとの初めてのスキーでした。 2/7 雪祭り期間でばか高くなっていた飛行機のチケットをなんとかゲットし、6日に札幌に入ったしのんは、翌日の早朝、まさおさまのmy car[4WDのマークだよ。関東では売ってないね。]で一路ニセコへと向かった。市街をぬけると、除雪はされているものの、アイスバーンに加え両側が雪壁の状態がずっと続いている。スタッドレスを履いていても、千葉県民には考えられない程のスピードで雪道をすすんでいく。実はまさおさまは自動車免許は以前から所持していたのだが、東京23区内に住んでいたため、札幌に来るまではペーパードライバーだったのだ。だから札幌仕込みの運転でぶいぶい走って行ったのだ。 しかし、ショートカットの曲り角をさがして一瞬曲がろうかどうしようかと迷ったとたん、車が操作不能となり(スリップしたのね)ふわぁ〜っという横滑りの感覚の後、何の衝撃もなく、道路脇の雪壁に「ぽすっ」っと横向きに突っ込んだ。それはまるでスローモーションの様で、怖さは全く感じなかった。雪壁は、積んだ雪のまわりにふわふわの新雪がたっぷり被さっていたため衝撃を免れたようだ。何事も無かったかの様にそのまま、また車は走り出し、あとで到着してからボディーをチェックしたが車には傷一つ無かった。 たった3時間でニセコに到着した。(いつもなら本庄児玉/埼玉を通過するのが3時間とほほ) ファミリーコースからジュニアコースに向かって12°位の斜面。広々・空いている・パウダー最高!!! ![]() ニセコアンヌプリは、ニセコにある3スキー場の中で、一番初級者が楽しめるスキー場である。ひらふ・東山・そしてアンヌプリ。3つのスキー場が最上部で繋がっていて、一大スキーエリアを作り出していた。山越えと呼びたくなる最上部のそれは、中級者以上が、天候の良い時に。という条件付きだった。しかしながら、2300mのゴンドラからのロングランは初級者でも可能だと聞き。かなり期待してやってきたのだ。(今まで、ゴンドラではいい目に遭ってないのでね。)今回は、先生になってくれる人もいない。助けてくれる人もいない。まさおさまはボーダーで、しかも冷たい。という条件で、一人で頑張らねばならない事もあり、ちょっと緊張もしていた。今回宿泊するホテルニッコーアンヌプリからは、無理の無いスキーin.outが可能である。ちょうど志賀高原のプリンスホテル西館も、同じ様にスキーin.out出来た。コースの途中にホテルがある、といった感じだ。キロロは札幌ステイだったが、ベースのマウンテンホテルに宿泊しても、スキーin.outが出来ない所がポイント。以後、私はスキー場選びのポイントとしてスキーin.outにこだわる様になる。それほど快適だった。しかしそれが可能な宿は高い・・。 スキーの準備を終え、ロッカールームから板を持って外に出た。広々とした緩斜面がひろがり、ゴンドラ乗り場とクワッド乗り場が並んで待っていた。ベース部なのでちょっと雪は固めだったが、アイスバーンではない。ピステンの波目模様がそのままかちかちに冷えて締まった感じだ。まさおさまに初めて滑りを披露するので大変緊張していたが、ハの字でずるるーんとクワッドの乗り場に向かう私を見て、さっそく辛口の批評が始まった。「どこ見て滑ってるんだ。」とか、「へっぴり腰」などである。今までは、教えてくれる人にいろいろお世話になってきたので、頭ごなしにけなす人はいなかった。こうした方が上手くなるという指導はしてくれたけど。さっそくへこんでしまった、わし。まぁでも、スキー場に来て、天気も良くて、雪もいっぱいあれば、そんなことは些細な事。クワッドに乗れば、そんなことは・・・「じゃま」乗る時に4人乗りだけど隣に座ろうとした私にひとこと。これである。さらに「あっちいってよ」と来たもんだ。またまたへこむ、わし。ジャンボ第一クワッド(HQ 1120m)フード付きデタッチャブルクワッドはとても快適だった。待ち時間もない。こんながらがらでスキー場は儲かるんだろうかと心配になる程だった。ジャンボ第一を降りると、そこにはひろびろとしたゲレンデがあった。コースとコースの境目もわからないくらい、コースアウトして崖から落っこちそうな圧迫感は皆無であった。横幅が広いために斜度感がほとんど無く、超緩斜面かの錯覚に陥ったが、滑り出すと思ったよりスピードが出る。平均斜度としては15°くらいはあるだろうか・・コース幅がもし20m位しか無ければ、きっと手こずっていただろう(ただし、最後の壁の部分は迂回路のジュニアコース(9°/13° 960m)使用)。しかし、まさおさまはあっという間に行ってしまった。「とろい」と言い残して・・。 そうして、一本目はリフト乗り場で待っていてくれたのだが、待ち時間が長く、あまりにも寒いので、一緒にリフトに乗るのは無理があるようだった。今までは、要所要所でみんながまっていてくれて、「しのんちゃーん」と手を振ってくれてたりしたのに、ふて腐れながらたばこをふかして待っていた。そしてまた、クワッドに乗り込むのだが、普通、カップルって4人乗りに真ん中で2人くっついて乗るでしょ、それが端と端に乗ってるの。「しっしっ」とか言われて。他人同士リフトに相乗りしてるんじゃないっつーの。もっとロマンチックなスキーライフを想像していた私は、もうもう、かなりの「へこみん」であった。 それを最後に、私がリフトに乗っている時に、まさおさまが下を滑って行くのを目撃する以外、2人の接点はなくなってしまったのだ。これでは「かなしい一人滑りスキー」である。 2/8 今日も天気は良好!。というわけで、ニセコアンヌプリゴンドラ(2300m)に乗る事にした。ゴンドラ終点からは、ユートピアコース(15°/22° 600m)〜パラダイスコース(11°/12° 560m)〜ファミリーコース(6°/11° 580m)ジュニアコース(9°/13° 960m)と、徐々に斜度が緩くなって行くコースだ。スキー場の簡易マップの初級表示を信じて、私たちは出発した。 とーこーろーがー、当時の私にとっては「どこが?どのへんがユートピアなの???」という出だしであった。前回の猪苗代リゾートのゴンドラ終点からはじまる「あの」斜面が、パウダーになっただけであった。ハの字を目一杯広げたボーゲンで、ターンもしないままただただ右足を下にずるずると降りて行くしのん。そのままターンのタイミングがつかめずにコース端へ着いてしまった。そして立ち往生である。助けてくれる人は誰もいないのだ。ヤマシタさーん。サカイさーん、ヤベさーん。心の中の声も空しく、しのんはコース端でわざと転倒し、あの「必殺ターン」をすることにした。(空いてて良かった。)まさおさまは昨日にひきつづき捨て台詞を吐いて行ってしまった。何度か「必殺ターン」を繰り返しつつ、ボーゲンでのターンが出来そうな所があればずるずるとなんとかターンした。とにかく谷側の足にばかり体重をかけてしまうため、コースの端から端まですべっても下に降りて行けてないのである。でも、「ここでターンしましょう」と言ってくれる人がいないお陰で、逆にターンできそうな場所(比較的コース内では斜度が緩くなっていそうな浅いくぼみとか、パウダーが積もっていてブレーキが利きそうな場所等)を自分で探す様になった。自立への第一歩は、この時始まったのである。時間は有り余っている。自分のスピードでなんとか山を降りられればいいのだ。(なにしろスタートが・・・・・キロロ編参照)自分一人でなんとか降りてきた。という満足感が、私の胸を満たしていた。そして、クワッドの終点くらいになると、斜度はすっかり緩くなり、楽しく滑る事が出来た。 厳しかったゴンドラの出だしにも関わらず、3度位ゴンドラに乗った。「必殺ターン」は相変わらず使用していたが、何か3歳の子供が、「自分で出来た」喜びを無邪気に喜んでいる。そんな感じだった。 しかし、私の感動とはうらはらに、まさおさまの辛口批評が、相変わらず、わたしをなんどもへこませていた。 2/9 最終日。午前中滑って、お昼が済んだら帰る。そんな感じの予定である。 ゴンドラ1本と、クワッド4〜5本乗って、あいかわらず別々に滑っていたが、ちょろちょろと一緒にリフトに乗る事もあった。 そして、最大の失敗は、わざわざ現地まで持って行った「SKI MAPPLE'97 全国」を、ホテルニッコーアンヌプリに忘れてきた事だった。 ちーん [前へ][レポートトップへ][次へ] |