| 「しのん」という、へぼスキーヤーの危機 |
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●1997.3.29 あさま2000パークスキー場 ●モリキさん・カサハラさん等「北◎◎◎事務所」の皆さん。ミカサン・さちい・ゆあさ坊・しのん(前回とおなじメンバー) 3/28 水上に行った後、スキーの予定がまたまたなくなってしまったしのんは、それでもまだまだ今年中にスキーに行きたくて仕方が無かった(ここまでくると中毒か・・)。そんなことから、またまたさちいのお友達のスキーヤー、モリキさんにお膳立てしてもらって、わいわいスキーに行く事になった。 しかし、3月下旬〜4月上旬は、事務所が大変忙しい季節。休日出勤こそないものの平日休みはご法度である。「怪我すんじゃねーぞー」というS係長に見送られて、私たちは出発した。 金曜日の仕事が終わった後、inageの事務所に集合。夕方のうちに出発したのは前回のスタイルと同じだった。深夜12時ごろ、スキー場の駐車場に到着。前回は初対面の人ばかりで少々緊張していたが、今回は打ち解けて、道中の会話も弾んでいた。 駐車場は人影もなく、ただゲレンデ入り口付近に街灯がこうこうと点いているだけであった。暗闇に浮かび上がる、適度な斜度のコース。前回の水上よりも雪は少し硬い感じで、標高の高さを思わせた。 3/29
朝。またまたさむーい更衣室で着替えてゲレンデへ。雪質は、中の下、ざらめだが、すこし硬く、土が所々見えていた。しかし、アイスバーンになっている所はほとんどない。という状態であった。 準備運動をしてリフトへ。ここのリフトが変わっていて、クワッド乗り場の床がベルトコンベアになっていた。スキーが雪面から急に離れてベルトコンベアの上で止まるので、つんのめりそうになるし、普通ので良いじゃん。という印象だった。基本的には、上級者コースの無いあさま2000で、初めて、みんなに置いてけぼりをくわないスキーを楽しむ事となった。へたくそでも、数行きゃ慣れるさ。と言う感じで、最大斜度25°の、このスキー場のほぼ全てのコースを、皆を追いかける様に(同じスピードでは無理なので)、それでも一体感を持って楽しむ事が出来た。 そして、とても天気が良かった。 どうでしょうか、この華麗なる???ボーゲンは・・・すこし急かなと感じても、今回のしのんは、最大級のボーゲンを使い、果敢にさちい等のあとを追いかけて滑っていった。左から右へ向かうターンが苦手だったが、ターンしやすい微妙に斜度が緩そうなポイントを探しながら、それを利用して、しのん的にはガンガン滑った。モリキさんにも、「だいぶ慣れてきたね。」と、コメントを頂いたりした。(ビデオに撮るには危険だと思うけど・・) かなり足がぱんぱんになって、昼食へ。(なにしろ、オールボーゲンなので。プルーク無しよ。全くなし。) 昼食を済ませ、だらだらとレストハウスで過ごす写真が残っている。これがかなりへらへらとしているのだが、忍び寄る大事件に、まだ自分では気が付いていなかった。ただ、もうすでにだるだるになっていたので、もう滑る欲求もなく、このままレストハウスで居眠りをしていたいなぁと思った記憶がある。 そして、小さなスキー場なので、何度も同じ所を滑ったりしていたが、駐車場から一番離れた方のコースに居る時に、「もうそろそろ帰ろっか」という事になり、漕げば駐車場までそのまま行けるのに、漕ぎたくないので、リフト乗り継ぎで駐車場へ戻る事になった。 ![]() 200 snow reportの、変な写真シリーズでも紹介されていた、あさま2000の熊!?です。 皆さんも、あさま2000に行ったらきっとここで、写真を撮りたくなるはず!? 右端の、バブルの名残の賑やかな柄のウェアを着ているのが、前回・今回ともに、リーダー的存在のモリキさん。 その時、モリキさんに「しのんちゃんは、こっちの初級コース降りてもどる?」と、聞いてくれたのだが、それを聞き入れる事無く、元気良く「みんなといっしょにこっち(中級)おりたいですぅ」と言い、2ターンずつくらい開けて次々と滑り出した。帰るまであと2コース・・。 コースの1/3くらいまで来た所で、左斜め後方より、大きな衝撃を受け、ストックも吹き飛ばし、板も両方はずれてすっ飛んでゆき、50m位、中斜面を落ちて行った。頭の周りを★が飛んでいた。初めて見た。それから、左側の肩に激痛。立つ事も出来ず、火がついた様に泣きわめく赤ん坊の様に、叫び声ともうめき声ともつかぬ声をあげて、ただ倒れこんだままになってしまった。でも、普段、机の角に足の小指等をぶつけた時の自分がいつも大げさなので、あとで恥ずかしくなるのではと、ちょっと心配になったが、本当にもの凄く痛かった。 原因は、ボーダーがスキーヤーとニアミスを起こし、ボーダーを避けたスキーヤーが体勢を立て直した所に、私がちんたらボーゲンで滑っていた為、追突してしまったと言う事らしい。最初に原因を作ったボーダーは未だに誰だか分からない。ひき逃げされたも同然であった。 しばらくして、パトロールが来て下さって、手漕ぎ舟の上にあったかくない寝袋を乗せた様な担架にのせられ。しのんはふもとまで運ばれた。スキー場1番の有名人になった。(多分) それから、一番近い病院を紹介され、「佐久総合病院(プロジェクトXにも登場)」まで、モリキさんの車に揺られて降りて行った。診断の結果は、左鎖骨圧迫骨折と、左側の下肢全体の打撲であった。応急処置を施され、(保険証、持っててよかった。)泣きわめき、げろをはき、帰路についた。 帰りの立ち寄り湯も、夕飯もオジャンにしたしのんは、皆にすまない気持ちで一杯だった。 一緒に行った皆に沢山迷惑をかけたし、モリキさんは、自分のせいでしのんが怪我をしたような気持ちになってしまった様子で、後々まで、心配をかけ、責任を感じさせてしまい、本当に申し訳なかった。 当然の事ながら、スキー部のヤマシタさんが連れて行ってくれると言っていた、ゴールデンウィークの野沢温泉合宿の話も立ち消えとなった。 また、最初にも書いた様に、仕事が一番忙しい時期を、3/31〜4/4まで、一週間、おもいっきり休んでしまい、職場の方々にも、もの凄く迷惑をかけてしまった。帰ってきてからは、月曜までそのまま我慢し、手術が嫌いな私は、近所の腕利きの整骨院に駆け込んで、メスを入れずに2か月かけて完治させた。(天気の悪い日は未だに痛くなったりするよ。) 苦い思い出で、あまり書きたくなかった。でも、このエピソードを書かないと、次からのスキー履歴が嘘になるので書きました。すごくばつの悪い出来事でした。 そして、だれもが、「しのんはもう、スキーを辞めるだろう。」と、そう思ったのです。 「キロロ運ばれ事件」を乗り越えた、しのんというへぼスキーヤーが、ひとり、ひっそりと、スキー界を立ち去ろうとしていたのです。 [前へ][レポートトップへ][次へ] |