| 念願のキロロ再び |
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●1997.12.11〜14 キロロスキーワールド ホテルピアノ泊 ●サカイサン+なぁ坊・ミカサン・ゆあさ坊・さちい・のり・しのん 1996/12月にスキーを始めるきっかけとなった、「札幌在住のまさおさまに逢いに行く」という目的も、彼が既に再び転勤して、東京本社に戻ってしまっていたため関係なくなっていた。 そして、1997年12月・・またスキーシーズンがやってきた。3月に骨折した鎖骨もすっかり良くなり、「のど元過ぎれば熱さも忘れる」という言葉がぴったりのしのんは、会社の労働組合が、また「初滑り北海道スキーツアー」のチラシをよこした時、めらめらと盛り上がるモチベーションに包まれていた。そして異動してしまいバラバラになっていたinageメンバーを自ら集め、さっそく1998シーズンが始まる事になった。 しのんはスキーを辞めなかった。 しかし、しのんなりのPTSDに、今後悩まされる事になるのである。スキーへの思いは変わらず残っていたが、やはりたいへんな怪我をしたことは、私に少なからず影響を残していたのである。 12/11 昨年は札幌から、毎日バスでスキー場に通うスタイルであったが、今年は趣向を変えて、スキー場併設ホテルステイとなった。最終日のみ、札幌泊になるという。 すると、今年はバスの時間を気にしないで行動出来るので、超スロースキーヤーしのんにとっては、とてもありがたい状態になった。また、始めてスキーをした(中学生の時のは除く・・)場所に、再び訪れて、どの位上達しているか、自分の感触で確かめられるよい機会でもあった。 お昼過ぎには到着。 今回、初めて一緒にスキーするのりとは、板がボロいだの安いだのと行く前から自分の道具をけなしあっていたのだが、なななんと、まったく同じ板であった。「アルペンで3点セット14,800円」 雪不足でファミリーコースしかオープンしておらず、ホテルピアノから、スキー場までの送迎マイクロバスの運転手さんが「今日は、ふぁみりーだけでーす」「つまらないでーす」と、マイクを使って案内していた。それでもしのんにとっての足慣らしにはどちらにせよファミリーしかないので、短い超緩斜面を繰り返しすべって足慣らしをした。なんだかふわふわとして、どちらの足にもうまく加重できていないが超緩斜面なので止まるという感じだった。 それでも、雪はざんざんと降っていて、明日に期待を持たせていた。 12/12 猛吹雪の中、レッスンだよ。3月のアサマ2000と比べて、いかがでしょうか・・・
朝、もの凄い積雪。吹雪はまだ続いていた。コースはほぼ全域が一気にオープンしていた。今日はスキーツアーに同行したPityの有資格者である、コヤマさんが、初級者10人程を、まとめてレッスンしてくださるという。さちい、ゆあさ坊、のりと4人で参加。余市第一Bコースを使い、ボーゲンまたはプルークボーゲンのレッスンが始まった。
12/13 今日は、午後には札幌に行く事になっていた。最後の滑りを自由に楽しんだ。 行った事がなかったが、初心者でもOKとMAPPLEに書いてあった、長峰第一コース(6°/15° 1900m)に、のりと二人で向かった。それにしても思う事は、キロロは本当にフード付きクワッドが多い事である。さむさむの北海道でこれは本当にありがたい。そして、長峰第一コースは、本当に出だし以外はただの真っ平らなコースであった。しかし、なんだか3回くらいすべってしまったよ。 夕方には、札幌へ・・・。札幌で一泊して、翌14日、お土産をたんまり買って、帰路についた。 今回のキロロでは、朝里パノラマコースの自力滑降により、自信をつけたしのんしのんであった。 [前へ][レポートトップへ][次へ] |