| ニセコがアイスバーン |
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●1998.2.20〜22 ニセコアンヌプリ国際スキー場 ホテルニッコーアンヌプリ泊 ●まさおさま しのん 往路のバス中から、ニセコひらふを臨む。くどいが、すでに婚約していたしのんとまさおさまは、二人で思い出のニセコに行く事にした。 でぇっきらいな飛行機にのって一路北海道へ。 閉鎖されているコースは無かったが、スキーロッカーの白板には、本日の雪質「アイスバーン」と書かれていた。普通「パウダー」と書かれていても、え、これがパウダー???と、思わせられる硬いバーンである事が多いだけに、すでに「アイスバーン」と宣言されている所に、空恐ろしさを感じた。滑る前にカウンターパンチくらった様だった。 まずはジャンボ第一クワッドでファミリーコースへ・・。出だしは固めのバーン、それからピステンで無理矢理ほじくり返した雪の固まりがゴロゴロしている状態の場所になった。丁度、砂利道を自転車で走っているかの様な状態で、大変安定性に欠けていた。スキー板は、自分でコントロールしていると言うより、ごろごろに連れて行かれている状態であった。 ![]() まさおさまもずるずる・・・・バックの「ダイナミックコース(19°/33° 390m)は、未だ滑った事の無いあこがれの世界だ。 しかも、その先のジュニアコースがますます最悪で、「キング・オブ・アイスバーン」の称号を与えてやりたいと感じた。あめ玉の表面に粉砂糖をふりかけた様なテクスチャのそれは、スケートリンクをスキー板で滑っているといっても過言ではなく、太陽の光を反射・吸収して、青光りしていた。 転んで頭でも打ったら、大変痛そうだったので、びびってしまい、へんなボーゲンで、後傾になってすべってしまった。途中、まさおさまにも巡り会ったが、上部の方が雪質がましだとの事だったので、ゴンドラに切り替える事にして、ユートピアコースに向かった。 そして、上部に到達してからは、「ジャンボ第二」や「ジャンボ第三」のペアリフトを使用して、上部で繰り返しスキーを楽しんだ。とはいっても、昨年より硬いバーンになっており、あいかわらず「必殺ターン」を多用して滑っていた。 まさおさまには、あいかわらず「へこみん」な言葉を浴びせられていたが、あまり気にしなくなった。また、ユートピアコースの上部にある「チャンピオンコース(森林限界より上部のコースで広々。MAPPLE では中級表示/スキー場のコースガイドでは上級表示になっている。21°/25° 565m)」を眺めては、憧れた。 硬いバーンに恐々としながら一日の滑りを終え、夕食へ。レストランからはベース前の壁「ダイナミックコース(19°/33° 390m)」が真正面に見え、ナイターを楽しむ人々が、雪煙をあげながら豪快に滑り降りて行く姿がよく見えた。グルーミングされた、コブの無い急斜面で、ここもしのんはまだ挑戦したことがなく、あこがれのコースの一つとなっていた。初級表示のコースで必殺ターンを多用するしのんが、恐れ多くも滑れるバーンでは無い。 夜になって、粉雪が降ってはいたが、強い風に舞い上がり、全く積もる様子も無く、明日の雪質も期待できそうになかった。 ![]() 結局、最終日まで、目立った積雪も無く、つるんつるんのアイスバーンは健在であった。 「なんでわざわざ北海道まで来て、アイスバーンすべんなきゃならない訳?」 という言葉が頭をめぐりめぐったが、どうしようもない。 転ぶ事への恐怖で、すっかり後傾・へっぴりのへんてこボーゲンのフォームを身に付けてしまった。 キロロで、初心者から初級者への脱却については実感できたが、この1998シーズンは、これといった上達のないシーズンであった。(だって、初心者から初級者になったのって、1997シーズン中にすでになってたし・・) ホテル客室から、キタキツネに出会ったよ。 良い事と言えば、ホテルニッコーアンヌプリの洋食のコース料理がサイコーにおいしかったことかな。 [前へ][レポートトップへ][次へ] |