| ザ・ビンボースキー |
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●2000.3 菅平高原(太郎山・ダボス側) リゾートハイランド●●●●泊 ●れーでこ・あおい・しのん(かよ吉さま、お風邪を引かれて直前キャンセル) 高校の同級生の結婚式で、わたしらはかよ吉さんの持って来た、激安スキーに行く事を決めた。 1999.12.26の事であった。当時はまだ、皆の意見がまとまるには、安い事が絶対条件だった。 夜行バス+一泊、食事無し、9800円。しのんは生まれて初めてのボンビースキーを味わう事となった。 これからきっと安さ故の罵詈雑言を書く事になるので、宿の名前は一部伏せ字としよう。 また、菅平高原は、「太郎山・ダボス」側と、「ホワイトダボスツバクロ・ホワイトダボスオオマツ」側に分かれていて、徒歩での行き来は出来ない事を頭に入れて読んで頂きたい。 さて、我々は、3人という、夜行バスでは禁断の奇数人数になってしまった。言い出しっぺのかよ吉様が体調をくずして不参加となった為だ。かよ吉様が手配してくれたツアーのため、私たちはツアーの全様も知らずに、池袋に集合し、夜行バスに乗り込んだ。バスに乗るまでの間、トイレを探してサンシャインの一階をさまよい歩いたりもした。 バスに乗って、「寝るだけだから別に良いよ」と、れーでこが言ってくれて、わたしとあおいちゃんが並んで座った。れー様は、通路側の席を割り振られていたが、隣の人が来ないので、とりあえず窓側に座っていたのだが、ほどなくおばちゃんが現れ、「あーれー?私の席、窓側じゃなかったかしらぁー」とまくしたてた。れー様はビックリしてしまったが、その場は黙って場所をかわった。(あとで皆で愚痴。)なんでおばちゃんってこうなのだろう、「そこの席、私だと思うんですけど。」って言えば良いのに。しかも、夜行って窓側は寒くて私は嫌いなのだが、そのおばちゃんは絶対窓際に座りたかったらしかった。 走り出してほどなく消灯。しかし、トイレ休憩のたびに、運転手さんがマイクでトイレ休憩を告げるので(運転手さんとしてはしごく当然の事だが)2時間置きに目が覚めて、目が覚めるとトイレが気になってしまい、すべてのトイレ休憩でトイレに行ってしまった。これでは、ほぼ徹夜に近い・・。それから、4時過ぎには既に菅平に着いていて、ガソリンスタンドを駐車場代わりにして、バスは既に停止していた。動いていないバスに座ったままというのも結構退屈で、ほんとにあきた。 やがてバスはリゾートイン菅平スイスホテルの前に停車した。そこでバスから降ろされ、何の説明も無く、次の停留所に、バスは走り去った。(はて?私たちの泊まるホテルってどこ?)ツアー会社から受け取った、おおざっぱな手書きの地図を頼りに大荷物を担いだまま雪路をさまよう事20分、ついに今日泊まる宿を発見。鍵は開いていて、2階に休憩室があるというので、荷物をかついでやっとこさ階段を登った。 部屋はけっこう広かった。うすきたない絨毯だったが、暖房が効いているのがうれしかった。そして部屋の隅にはカーテンの仕切りがあり、女性の更衣室代わりになっていた。 やがて7時過ぎに、宿のおやじが出て来て、朝食が800円で食べられると言う。パンとかお菓子をさっきから食べてはいたが、温かいご飯が食べれれば・・と思い、朝食を申し込んだ。 が、しかーし、出て来たのはどれも冷たいおかずばかりであった。冷えたオムレツ(多分冷凍)、ハムぺらり、千切りきゃべつ等、みそ汁もなまぬるく、ご飯が唯一まあまあ温かかった。こここれが800円!?なめんなよ。と、思ったが、仕方が無いのでぺろりと平らげた。大変寒い食堂だった。 やっとスキーの話だよ。 さて私たちは、今度はリフトにどこから乗れば良いのか解らずうろうろするはめになった。スイスホテルまで坂をのぼって行ったのに、そこに「白金トリプル」が架かっている事を発見出来ずにもどり、逆側の「太郎第一フォー」までやってきて、春スキー料金で安くなっていたリフト券を購入した。 それから太郎第一フォーリフト(DQ570m)にのり、太郎山の上へ、初級者らしいかわいさをだして、「太郎ロングコース(6°/15° 2200m)に向かう。このコースは、隣接する「太郎コース(15°/30° 700m)」の、いわゆる迂回路である。その他、「白金林間コース (8°/17° 1060m)」、「裏太郎うさぎコース(8°/14° 1000m)」と、太郎山にある初級表示の迂回路ばかりを何度か滑った。しのんは、ここには私のこなせるコースはこんなのしか無いのかとちょっぴりかなしくなった。そして、太郎山の頂上に登ると、はるか彼方にひろがるコースがあるのだが、ものすごく遠くに思えて、ホワイトダボス側だと思い込んでいたのだが、コースマップを改めて見ると、それがこちら側にある事にやっと気が付いた(いままでは、それぞれが、ほとんど誰かのガイドでコースを先導してもらっていたため自分達だけで行き先が決められない状態だった)。「ダボスだ!!」。ひろびろと広がる斜面群に心踊らせながら、私たち3人のミニツアーが始まった。
表ダボス上部より、太郎山とホワイトダボスを臨む。(撮影/しのんしのん)![]() れー様のサングラスにご注目!! * * アスタリスクだ。もちろんスキー用ではない。 うさぎコースを使って、まずダボス側に太郎山を滑った。しかし、ここからが長い長い歩き・・上級者の方なら、「シーハイルコース(16°/22°)中級表示」や「チャレンジコース(13°/26°)上級表示」を使って、わりと楽にダボス側に滑り込めるのだが、太郎山の上から、そのコースを眺めて、崖だと認識していたので、使えなかった。 太郎山のダボス側ベースは賑やかだった。レストハウスが数件と、ヘリポート(菅平はヘリスキーが楽しめるそうです)、スクール事務所等が並んでいた。その真っ平らなベースを、たいしてスケーティングも修得していない私たちは、どたどたとあるいて、必死にダボス側へ向かった。そしてそこで運命の出会い!?「ホテルやまびこ」と出会う。その時点でお腹の空いていた私たちは、丁度太郎山とダボスの境目にあるホテルで、昼食を取る事にした。れー様は、オリジナルアイスに酔いしれ、しのんはオリジナルカレーがそれなりに美味しかったので嬉しかった。3人で「ホテルやまびこオリジナルバージョン」のプリクラを撮影した。「オリジナル」には、みんな弱い。一つの記念となった。 さて、お腹も一杯になって、いよいよダボスへ。裏ダボスフォー(DQ600m)に乗車して、表ダボスへ、太郎とは打って変わって、ひろびろとしたコースが広がっていた(しかも緩斜面天国)。目指すは「奥ダボスロングコース(12°/17° 1300m)」表ダボスのリフトを乗り継いでいく。どこも圧迫感の無い広いコースで、私たちを喜ばせた。「菅平」の「たいら」感がよく分かった。それぞれのコースを楽しみながら、奥ダボスへ到着。そこにはフード付きクワッドが架かっている。 あおいちゃんが、「蓋付きだ!!」と叫んで、たいそう喜んだ。しのんも、キロロでは蓋・・いやフード付きは当たり前だけど、菅平では初めてお目にかかったので嬉しくなった。しのんはフード付きデタッチャブルクワッドが一番好きである。ゴンドラは、板をもって階段を登らないと乗れないし、フードが無いリフトは寒い。それから、デタッチャブルじゃ無いリフトは、遅いことよりも、当時は乗る時にスピードが落ちないのが嫌いだった。ストックを落としたり、足をいすで打ったり、ひざ裏の肉を挟んだり、はては、座る位置がずれてしまい、ひじ掛けの上に座りそうになって痛い思いをした事もあるのだ(どこでだったか忘れたけど)。 それからは、戻るための時間が許す限り、「奥ダボスロングコース」を楽しんだ。出だしは広々とした緩斜面、途中も広めの谷間というか、ボウル状になっていて、コースアウトする心配が無い安心感漂うコースだった。 3人は夢中ですべった。初めてのメンバーだった。れー様は、れー様の母上の職業柄、子供の頃からスキーに親しんで(でもスパルタだったという)、きっちり板の揃ったパラレルだった。しかし、優雅にすべるその姿は、「体力温存滑り」だという。あおいちゃんは「パワースキーヤー」という感じで、スピードは3人の中で一番だった。6年前に買ったキラキラライトブルーのウエアで、どーっと滑って行った。しのんはこの中で一番へたっぴいだなと自覚しながらも、斜面に圧迫感がなかったのでボーゲンだが、二人に追い付ける様に、スピードを上げる様に滑った。 まだ二人、バブルウエアで、カービングでもなかった。滑りながらの撮影技術も無し。リフト営業終了時刻が近付いて来て、またもダボスと太郎山の間を歩く事になるが、今度は登るだけなので、一番近いリフト、裏太郎第一トリプルを使って、シュワルツ側のあの宿へ戻って行った。 また宿のはなしー チェックインした宿はぼぼかった。お風呂も(新館のお風呂なのに、天井がカビだらけで真っ黒だった 宿の夕飯は付いていない。2種類から選べるのだが、カレー800円・しゃぶしゃぶ3000円。・・・こんな所でしゃぶしゃぶたべてもねぇ・・・私たちは全員一致でカレーにした。多くのお客さんがいる中で、カレーは私たち3人だけであった。でも、カレーはまあまあおいしく。量も丁度良かったので、私たちはとても得した気分になった。 翌朝。昨日の朝食べた様なつべたい朝食を食べてからゲレンデへ。もう半日しか滑れないから、朝早くから宿を飛び出し、奥ダボス方面に向かって滑り出した。とにかく遠い。来年菅平にくるなら・・・と、裏・表ダボスの宿を物色した。立地条件の良い所に、来年は泊まろうと思った。 奥ダボスは本当に広々としていて気持ちが良い。ただ、菅平はどのコースも短いのと、思ったよりリフト同士の連絡が悪いので、登りこそ余りなかったが、平たんな場所をかなり歩いた。もう少しどうにかならないものでしょうか? 時間のある限り、ダボスを楽しんで、また「ホテルやまびこ」で昼食をとり、帰路についた。 さて、帰りは荷物を送るしのんであったが、宿で聞くと、くろねこ様は無いと言う。時間指定出来ないので「ちっ」と思ったが仕方が無い。フロントで荷物伝票を書いて、お金をはらうと、何か高い。ふと伝票を見ると、荷物カバーのビニール代が勝手に加算されているではないか。私はカバーを持って来ているし、いると聞かれた覚えも、言った覚えも無い。とりあえず、ビニール代を返してもらおうとフロントのベルを押すと、 「なんですかぁ?」 と、面倒腐そうに、しかもたかぴしゃにいかにもバイトらしき女が出て来た。私がビニール代の事を告げると、一度も謝る事も無く、ただぽいっとお金だけ返した。 こんな宿、2度と泊まってやんねーよ。部屋の掃除だって行き届いてないし、風呂だってカビだらけじゃないか。飯もまずいしさ。愛想だって、昨日着いてから一度だってないよ。と、言いたくもなったが、9800円で往復のバスも付いている事を思うと、まぁこんなものかとおもって諦めた。そのかわり、いつもだったら絶対言う、「お世話になりました。」を言わずに、フロントに宿のおばぁちゃんがいたけれど、無視して出て来てしまった。(あおいちゃんも、宿に良い思いは無かったが、年寄りには優しくしたいという気持ちがあったから。と、おばぁちゃんに会釈をして出て来たと言う。やさしいなぁ。)とにかく、しのんは、今回の宿に、「ひどいスキー宿ランクNO.1」の称号を与えようと思う。建物が古くても、きちんと清掃されていたり、宿のご主人や従業員の方々があたたかい宿だったら、こんな事は思わないさ。(これを書いている2003.3.9現在、これ以上ひどい宿にはとまってないぞ)。 なんか、スキーレポというより、スキーのひどい宿レポになってしまった。でも、3人の旅行にインパクトを与えてくれた宿だった事は確かだ。 救われた事は、その宿のレンタルブーツがあおいちゃんの足にピッタリで、とても履きやすかった。と言う事かな。 とにかく、記念すべき「第一回、同級生スキー」は、今後、毎年の行事として定着する事となったのである。 [前へ][レポートトップへ][次へ] |