| ボーゲンでシーズンイン! |
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●2001.12/6〜9 キロロスキーワールド ホテルピアノ泊 ●のり・みきぞぉ・しのん ![]() 近年まれに見る大雪での初滑りであった。 12/6 午後、キロロに到着。もうすっかりお馴染みとなったキロロでの初滑りだ。 みきぞぉはキロロは初めてだった。のりは2回目だ(と思う)。しのんにとってキロロとは、自分が「超初心者」からどのぐらい成長したかを確認する為のスキー場である。二人を誘っていきなりゴンドラへと向かう。 朝里パノラマコース・・しのんのライバルコースである。おもひおこせば1996年の12月には、サカイサンに担いで運び降ろされ、1998年には、「必殺ターン」等のずるを多用した自力滑降に満足した、あのコースである。難を言えば、キロロにはいつも初滑りで訪れるため、そのシーズンの成果を試している訳ではないと言う事だ。だって3月のが滑れたはずだからだ。 半年以上置いて、錆び付いてもなお残っている自分の能力を試すのである。 天気が悪く、朝里トップの見晴しを楽しむ事は出来なかったが、いざコースへ。「ン?」無い。無いよ。怖い斜面が無い。だるだらの緩斜面と緩めの中斜面?という程度の斜面の繰り返しだ。さすがにそれでも上級コースとの分岐では、迂回路に入ったが、みきぞぉものりも物足りない様子。だってしのんだって物足りなかったんだよ。 これはびっくりだ。ずるするどころか・・正直言ってゴンドラに乗っている時は、降りられるかどうかドキドキものであった。それが、単なるボーゲンでとはいえ、ごく普通に降りる事が出来た。嬉しいと言うより、拍子抜けだった。でも・・・ボーゲンなのである。幾ばくかシュテムちっくに滑っている事もあるが、パラレルではない。 それで今年は、まだチャレンジした事の無い、余市第一Aコース(10/26 中級表示)に行くことにした。別グループで来ているおおすぃたちもAコースに吸い込まれて行く。いままでは余市第一Bコース(10/25 初級表示)をえっちらおっちらすべっていたので未知の世界だ。 ・・数字では最大斜度が1°しか変わらないが、目視の斜度は全然違っていた。ただ、ゆきはばふばふと降り積もっていたので、途中2・3度立ち往生したものの、なんとか降りてくる事が出来た。 じゃあ、センターABCの3コースでは?と言う事になり、チャレンジは続いた。さすがに中級表示はしのんには厳しかった。特にセンターAの出だしは、田代の第一ゲレンデよろしく、リフト終点の平らな部分から、がくっと角度がついていたので、出だしのしのんの気持をくじくのに十分であった。 12/7 スキーツアー幹事のマシコさんたちと話がまとまり、一緒にスクールに入る。余市第2Aコースと第一Bコースを使ったレッスンだ。 プルークボーゲンを丁寧に教えて下さる。ただ、緩い斜度に吹雪でどんどん雪が降り積もり、エッジをたてなくても止まってしまう悪条件の中であった。丁寧にボーゲンをすると停止してしまう。漕ぐ事が多くなってしまった。 それから、「またスクールでボーゲン習うのか・・」という気持が芽生えたのはこの頃だった。上級者でも、ボーゲンの練習も大事だとは聞くが、しのんは近年の上達のなさに少しいらだちを覚えはじめていた。斜面が多少きつくてもこなせる様になって来てはいても、所詮ボーゲンなのだ。そして今また、プルークボーゲンを習っている。講師の「これが出来る様になれば自然と板がそろってきますから」などという言葉でさえ、「だからその状態が何年も続いているんだってばっ。」と突っ込みを入れたくなる始末。 その当時のしのんにとって「パラレル」は憧れであり羨望であり、未知の技術であった。板がカービングになっても、そう簡単にしのんをパラレラーにはしてくれなかった。浅くボーゲンになっている自分の足下が恨めしい・・・ 今回のスクールでは、ボーゲンでの癖をなおして頂いただけで、あたらしく修得した喜びは得られなかった。 残りの時間も板を揃えたい様な、そろえられない様なもどかしい滑りのまま、楽しかったけど、もどかしい初滑りであった。 12/8 半日滑ってから札幌へ。なんで後泊札幌がついているのだ。もっと滑りたいんだよー。 12/9 PM2:00まで自由時間。イシヤチョコレートファクトリーにて、砂糖細工作りを楽しんだ。本来は予約が必要だったのだが、たまたまその日に予約が少なく、特別にやらせていただいた。 万年初級者スキーヤーが「パラレル」への執着心を呼びさまされた初滑りだった。 [前へ][レポートトップへ][次へ] |