ARTN TOP

ARTN TAP DANCE STUDIO TOP

ARTN PHOTO GALLERY


2005年5月 Dianne Walker 初来日


千秋楽の本番10分前に、出演者全員がJimmyの楽屋前に呼ばれました。そこでJimmyは涙を流しながらこうメッセージを下さいました。
「ここにいる事が幸せです。皆さんの事を誇り(日本語でHOKORIとおっしゃいました)に思います。日本に来た時、実は体調が悪かった。でも皆の笑顔に治してもらい回復しました。ありがとう! タップを楽しんで下さい。SHIAWASE! Be happy.Enjoy.
タップはスペシャルなんです。ダンスできる人は沢山いますがタップ出来る人は少ない。だから皆はスペシャルなんです。常に学び続けて下さい。常に生徒でいなさい。私もまだ生徒です。
タップを人生を楽しんでそして愛して下さい。
皆、互いにケアしあって、タップを生き続けさせて下さい。
(Jimmyもダンサーも涙・・涙)涙はだめだよ。スマイルだ。
皆は私の子供です。I LOVE YOU. Enjoy and keep on Dancing, tap dancing!」

5月16日無事に成田を発たれました。空港でも、教えてる私達に対しこんなメッセージも下さいました。「基本をまずしっかり学ばせる事。タイムステップが大切。それを学んでからシムシャムだ。基本を学ばないでルーティンを学んではいけない。ルーティンを学ばずに即興をしてはいけない。」



みすみ振付「High Jazz」。
久々のタイツ&ハイヒールです。足さばきって大事だな〜って思いました。
「High Jazz」 自称選抜良い女6人衆(?!)
左より吉澤、佐々木、橋本、みすみ、青木、栗原
親友の藤林真理ちゃんと。
加藤先生作品「コペンハーゲン」の白燕尾でサチズの金子さんと。
すごく早いステップと複雑なフォーメーションで胃がおかしくなりました(笑)
「コペンハーゲン」
Jam創設メンバー仲間の青木さんを交えて。
「フィナーレ」では真理ちゃんとJimmyのエスコートを。
この時、舞台裏でJimmyより色々貴重な話を聞けました。
左からはるちゃん、サチと。
5/16 Jimmyを見送りに。成田にて。
今回は体調が悪かったにもかかわらず、いつも暖かい、彼のサービス精神に心を打たれました。
出国審査直前。No tear・・・
5/17 サラご夫妻の希望で鎌倉へドライブ、大仏へ。
宇川さんも一緒に。
長谷寺にて。3人とも足に反応!
友人のやってる純和風旅館「一の湯」へ。
刺身も納豆も食べてました。和食は大好きだそうです。
夜は橋本さちさんも合流!
露天風呂と川のせせらぎに感動してらっしゃいました!
サラと。
サラとご主人のピーター。
彼は写真家で舞台写真をたくさん撮ってくださいました。
(さすが撮る視点・角度が違う!!)
とてもやさしく、理解のある旦那様です。

写真は入手し次第UPさせていただきます。
ピーターはガーデニングが趣味だというので、箱根恩賜公園の日本庭園へ。
あいにくの雨でしたが、緑はきれいでした。
そして成川美術館で日本絵画を鑑賞。
山の上ホテルのつつじを見に。ちょうど見頃できれいでした。
色とりどりの花にサラは大感激!
本当にきれいでした。
サラ&ピーターと。
昼は蕎麦屋へ。そばビールにトライ!


2006年5月20日
サラご夫妻も無事に帰国の途につかれました。成田で最後の最後まで色々なレクチャーをしてくださいました。
そしてサラとドライブ中にも貴重な話が出来ました。
サラはインドで生まれ育ちました。色々なダンスをやっていて、タップもやっていましたがタップは好きではなかったそうです。
後に家族でアメリカへ渡り事務仕事をしながら家計を支えていたそうです。そんな時ご主人と知り合い、結婚後フランスに行きました。
ジミーとの出会いはParisで、Jazzの映画2本立てを見た時のこと。1本目が終わり休憩時間に余興としてドラムの人とジミーがセッションしたそうです。
もともとお兄さんがJazz Musicianだったので、Jazzは生活の中にあったそうで、ジミーを見てサラは「私がやりたいのはこれだ!」と思ったそうです。
そしてJimmyの出待ちをして「私にタップを教えてください!」と頼み、電話番号を交換したそうです。
でも全く連絡がとれず、結局当時TAPがすたれていたので、ジミーの生活環境はよくなく、その電話はドラマーの人ので連絡がとれなかったそうです。
あきらめていた1年後くらいにジミーから突然電話があり、なんとなく親しくなっていたそうですが、当時のジミーは自分は転々としていて突然いなくなったり帰ってきたりの繰り返しだったそうです。
そんなジミーの生活をサラ夫妻は支え続けて、やっと1980年代にパートナーとして踊り始め、現在の成功へのスタートを切れたそうです。
お二人は人間愛と友情という深い絆で結ばれています。
それを支えるピーターの夫婦愛もすごいなって思いました。

今回の舞台袖でジミーを見守るサラの姿には心を打たれました。
ジミーが残してくれたメッセージの「互いにケアしあいなさい」って言うことを目の当たりにしました。
楽日は2人で踊りましたが、これは体調が悪いので一緒に踊って欲しいとジミーがサラに頼んだのだそうです。
「素敵なデュエットだった」と私達が言うと、「あれはデュエットではなく会話なのよ」
「あの瞬間、私も何か特別なものを感じたの。アメリカでは人種の問題で一緒に踊れないの。日本で踊れてよかった。でもこれが最後のような、何かそんな感じがしたの・・・」とサラ。
あの瞬間は鳥肌が立ちました。本当に凄く神聖な空気でした。
若い斬新でエネルギッシュなタップもすごくいいけど、人生を重ねた人がテクニックとかそんなものだけでない、とても真似のできない何かがあること、踊り続けることの意味を伝えてくれました。
そしてそれが彼らの今回のメッセージで、「何人の人が理解してくれたかどうかはわからないけど」とおっしゃってました。

個人的には公演が終わって、「みすみ先生のソロが見たかった」とか、「出番がもっといっぱいあれば・・」とか言ってくださる方々が多く、それはそれで心から感謝してます。
確かに今回は若手中心の舞台でしたが、でもその中で自分しか出来ない振付を任されたり、こういうナンバーも大事だって事の役割を担ったり、アテンドのお手伝いをさせて頂いたり、久々にアンサンブル作品を踊ったり、貴重な体験でした。
私は今回、自分がどう出演するとかでなく、私自身の長いタップ人生で、母や夫の死や様々なことを乗り越え、心身ともに踊れなくなった時、Jimmyに救ってもらった事。
そのお礼の気持ちもあり、「踊り続けています」って言葉で言うより、そこで踊ってる姿を見てもらう事が感謝の気持ちの表現だと思ったんです。
だから今は心地良い充実感です。

ちょうど1ヶ月前にセビオン公演もあり、彼は2時間踊りっぱなしで8千円いくらで、今回Jimmyはあまり長く踊らなくて7千円は高いと言う声も耳にしました。悲しくなった反面、舞台を作り上げてきた一員として反省もしました。
Jimmyは伝説のタップダンサーで世界中のタップダンサーの父。そしてタップ界の宝です。この日本でしかもサラと一緒に見れた事、これはまさに奇跡です。
タップは本当に深い。人生そのものなんです。目先だけでなくその事に少しでも多くの若い日本人が気づいてくれるよう、私達今回の公演に携わったメンバーは彼らから感じとった大切なメッセージをきちんと伝えていかないといけないと思いました。