弘一独白の目次

 挿絵

 論文

2005-1-10 ことし元旦の、中島夫妻の、烏帽子岳行は、昨年の僥倖を得ること

2004-12-18 我が家の萩が、今頃になって咲いた。数えるほどの花だが、去年

2004-11-2 頂いて、デスクトップにしている白萩の翡翠の濁り。零れて咲き切る

2004-8-31 豪快に活けたひまわり。見え隠れのコスモス。

2004-8-5 青空と勢いの良いひまわり。電柱と電線がにぎやかしに写り込んでい

2004-7-20 中島さんから頂いた、富士山頂の一枚。地面というものの、最も凄い

2004-7-3 六月二十四日、七月一日の二回に分けて、「心太俳諧通信」の掲示板に

2004-7-3 八ヶ岳の、写真写りの良いクロユリ。 黒百合ヒュッテ入り口に咲

2004-6-20 六月十九日に、重田仁美氏にメールをお出しした。不躾な事だったが

2004-6-14 いくら気に入っていても、いつまでも深夜の夜桜では、叱られそうだ

2004-6-13 「心太俳諧通信」というホームページの掲示板に、投稿者 yayoi 氏が

2004-5-9 宜しき絵が手に入らないままに、心ならずも折角の丸子・依田川の桜を

2004-4-17 今日は、旧閏二月二十八日だそうな。晴々と咲く、千曲川?堰堤の桜

2004-4-6 中島さんから、茅野の白梅。と、諏訪の御柱の山出し祭。先頭の本宮

2004-3-29 三月二十八日の丸子便り。中島さんの若い友人みすずさんが、難関の

2004-3-23 三月二十二日の丸子だより。夕暮れの雪中梅。東京は雨。

2004-3-14 この良い子達は中島さんの小さい姻戚。ビニール袋には蕗の董が‥

2004-3-6 先の二枚と同日のもの。数日前から、デスクトップにしている。影は

2004-2-27 二枚とも筑波の病院で撮ったもの。遅まきながらこの日、デジカメ

2004-2-22 デスクトップの様子をそれらしく作った。絵は、机の前にながく張っ

2004-2-15 山麓の薄明の中に、先行者の跡を見た。いくつもあったがそのうちの

2004-2-6 快晴の元旦。中島夫妻の、雪山行の二枚を戴いた。烏帽子岳2065.6M

2004-2-1 昨秋の荒川土手、日曜日の午後。遠くで見ている私と、孫と犬を、妻

2004-1-31 暫らく前の、私のデスクトップにあった、2001年末の集合写真。毎

2004-1-27 カウンターを外した。動かない数字を見るためにだけ、カウントされて

2004-1-26 現在の私のデスクトップの絵。画面いっぱいに大きいと、隅々まで美

2004-1-19 これは、三年近く前に、尾形仂先生の朝日カルチャーセンターのご講

2004-1-17 次の二句は、猿蓑前後の句とだいぶ趣きが違っているので、小論の置

2003-12-24 パソコンは、遂にメーカー修理となって直った、らしく見える。今度

2003-11-28 パソコンが壊れた。いつ、きちんと直せるかわからない。たまたま起

2003-11-23 弘一が最も尊重し、愛読する、清水哲男『増殖する俳句歳時記』の、

2003-11-8 いつもながら、深山木、もしくは路傍の石の御扱い。中身は少しも変わ

2003-5-26 三点について、追加・改変した。その一。猿蓑「鳶の羽も」歌仙私解

2003-4-20 先月18日に、入院して、この9日に退院した。面倒なので、委しくは

2003-3-2 表紙から、上下の絵をしばらく削除してあったが、許諾を得て、再掲し

2003-2-13 隣区集の頁を作った。褒めて書いたつもりが、書いて眺めてみると、褒

2003-2-9 付録として、「三冊子」を載せた。本編にいくつか引用し、自家検索用

2003-1-30 芭蕉と曾良を送って、一行大勢が、出立を前にして滞在したと思われる

2003-1-11 以下は、タイトルどおり、S氏宛の、「出せなかった手紙」である

2003-1-2 新年から、医者の言う、三叉神経がひどい。今が一番いけない。しらぬ