その2:あの頃の私〜小学生編


映画を観たもっとも古い記憶は、まだ小学校低学年かそこらに観た、東映まんがまつりだと思われる。

「長靴を履いた猫」とか「森は生きている」などの名作アニメと、当時テレビで人気のあったアニメや特撮モノの劇場版との併映だったはずだ。うーん、懐かしい。

入場すると、映画に出てくる主役キャラたちが描かれた、厚紙で作った黄色い帽子が手渡されたものだ。形的にはサンバイザーである。側頭部の帯の部分は、後ろで輪ゴムで止められていた。映画が終わった後の近くの商店街では、この帽子をかぶったお子様連れが山のようにいたものである。

この帽子は、まんがまつりに行ったという証であり、最先端を行っているというシンボルでもあった。同じ帽子をかぶる同朋と行き会い、目があったりすると、なんとなく親近感が湧いたものだ(でも知らない奴)。言葉にはしないが、心の中では

「お、おまえも観てきたか」
「おうともさ、やっぱデンジマンだろ」
「いやあルンルンもイカしてたぜ」

などという論争が、繰り広げられていた(たぶん)。この帽子は今でも配っているのだろうか。もしあるなら懐かしくてなんとなく嬉しいが、私はいらない

それにしても「まんがまつり」とは……今思うと思い切ったタイトルだといわざるを得ない。「まんが」と「まつり」の組合せである。しかも頭に「東映」と、ガキにしてみればよくわからない、しかしながら威圧感のある単語がくっついているのだ。

今は東映アニメフェアというらしい。いつの間にそんな名前に……。ちょっとこじゃれたつもりか?これも時代の流れか?いいじゃないか「祭り」で!「まんが」はどうした!「まんが」が「アニメ」になったのか?……それは正しい。

小学校も高学年になると、字幕の洋画も観にいくようになった。

まず思いで深いのは、名作「E.T.」だ。母親と友人一人の3人で観にいった。ところが当時「E.T.」は「国民の3人に一人がみた!」とかいう触れ込み(5人に一人だっけ?忘れた)があり、普段は映画なぞ観に来ないうちの田舎の人々もこれには触発されたらしく、劇場は大混雑であった。時間ぎりぎりに着いたわれわれ3人が並んで座れる席などとっくにない。うちの母親なんぞは焦ってしまい、

「早く!空いてる席に座って!早く!」

とせかしまくり、結果我々3人はひとつだけポツンと空いてる席に散り散りになった。初めての「同伴者と別々の席」の体験である。

せかされた友人は早まって最前列に座ってしまい、あとで首が痛いとぼやいていた。結果的には、頬を濡らす感動の涙のあとや、同時にたらした鼻汁のあとを、親や友人に観られなくて済んだけど。「早く行かないと座れない」という教訓を学んだ日であった。

初めて「友達同士で観にいく」という体験をした映画は、忘れもしないディズニー配給、ジェフ・ブリッジス主演の「トロン」であった。友人二人と連れ立っていく映画館というのは、妙にワクワクしたものだ。

CG映画の元祖とも呼べる作品で、暗い画面に蛍光のラインを引いて、電子の中の世界を表現しており、その当時としては未来的な映像にワクワクしながら観たものである。「MATRIX」などの斬新な表現と比べると古くさいが、今観るとかえって新鮮でよいかもしれない。

だが、そのときも着いたのは開映ぎりぎりだった。そして私たち3人が並んで座れる席は、最前列しか空いてなかった。当然首が痛かった。

いくら知恵の足りない小学生とはいえ、教訓がまったく生かされていない。ちなみにその教訓は、高校を出るまで改善されることはなかった――。

2000/7/17