| 宝塚の徒然草 |
| 平成20年1月3日(木) | 初湯千両 2008年、平成20年戊(つちのえ)子年が明けた。 健康ランドはいざ知らず、昔からの町の銭湯は正月二日が初湯の日。 浅田次郎氏の作品、天切り松に「初湯千両」という話があるが、江戸っ子は初湯に入るためなら千両払っても惜しくない気質を持っていたそうである。 で、近くにある大型銭湯に車で行ってみたが、駐車場の前には係員がいて、なにやらボードを持っている。 側に寄ってみると、そこには「二時間待ち」と書いてある。 ここは人気のある銭湯なので「さもありなん」と納得し、別の所に向かったが、しかし待てよ、ボーリング場でもあるまいし、何で二時間なのだろう。 お湯に入っている客はしょっちゅう出てくるはずであり、誰かが出ればその分駐車場は空くので、車は入ることができるはずである。 第一、二時間も誰も出てこないなんて事はありえない。 なのに、一瞬たりとも納得した自分は随分固定観念に捉われていたことになる。 とはいえ、あの混雑した道路で待つわけにもいかず、仕方ないのであるが、何か釈然としない思いがする。 さて、別の銭湯に行ってみたが、人はそんなに多くなく、ゆっくりと入ることができた。 昔の銭湯は概ね大小二つの浴槽があって、壁には富士山の絵が定番となっていたが、最近の銭湯は色々なタイプの風呂があり、結構楽しめる作りとなっている。 只、富士山の絵がないのは少し残念だ。 しかし、昔の銭湯との最大の違いはなんといっても入浴客の層である。 その昔の銭湯は子どもから老人まで各層の人が平均しており、中には見事なもんもんのお兄さんもいたりして、とにかく活気があって賑やかだった。 しかし、最近の銭湯(除く、大型銭湯)は老人の姿が圧倒的に多く、逆に子どもが少なく何かしら寂しげである。 子どもが少ないのは各家庭に風呂が出来たことが原因ではあるが、なら、老人が多いのは何故なのだろう。 今、老人になっている方は、子どもの時分に家に風呂があった人はそう多くはないだろう。 そんな生い立ちから家庭に風呂を持つことに憧れ、自分で家を建てたときには恐らく風呂付の家を建てたと思われる。 しかし、馴れとは恐ろしいもの。 家庭風呂の便利さを手にいれると、今度は狭さが不満の種になる。 自然、よりゆったりしたかつての銭湯に憧れを抱くようになる。 幸い、かつての老人と違い、自動車を運転できるので足の不便はない。 こうした、かつての逆の思いと自動車という足を持っていることが老人の多い原因ではないだろうか。 ま、そんな七面倒くさい事を考えなくとも、お湯に浸かると江戸っ子でなくとも初湯は千両の気分がする。 |
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| 平成20年1月7日(月) | 七草 今日七日は七草、お正月でお節やお酒で疲れた胃袋を休める意味でこの日があると聞いています。 しかし、これだけでは素っ気無いのでも少し調べてみると、そもそも七草は端午や七夕などと並ぶ五節句の一つで、無病息災を願って七種類の薬草を入れた粥を食べる行事とのこと。 古くからのやり方によると、六日にこれらの薬草を年神様に供え、七日に粥に入れて食べるのだそうだ。 平安時代には十五日に七種(ななくさ)粥を天皇が食べる習慣があり、これが七草粥の本とみられている。 鎌倉時代には七草を吸い物にして食べていたが、今日と同じ粥となったのは室町時代以降とのこと。 ちなみに宝塚の古くからの風習は次のようなものであったそうだ。 7日になると、朝、近くの畑に七草を取りに出かけ、取ってきた七草をまな板の上に乗せ、 「七草、なずな、唐土の鳥の、渡らぬ先に、すっとんとん、すっとんとん」と言いながら七草をきざみます。 出来あがったお粥は最初に仏さんにお供えしてから、その後、家族全員が食べます。 宝塚の小浜地区では、この日お寺のお坊さんは線香を持ちながらお正月のお礼参りに各檀家を回り、各家ではお坊さんが来るのを待っていたそうです。 節目節目に仏教が生活の中に顔を出し、生活と信仰が一体となっていたことが伺えます。 無信心な現在の家庭とは大違いですね。 ところで七草の種類ですが、せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろこれぞ七草、というのを昔ある落語家さんが喋るのを聞いて一遍に覚えることができた。 五七調で語呂がいいので覚え易かったんだと思います。 話はガラリ変わって今年の衆院解散選挙、テレビの政治番組によく出てくるある政治評論家は4月解散説、一方、小泉首相の元秘書は今年はないと予想。 どちらも政治の裏側をよく知っている人なので、果たしてどちらの予想が当たるのか見物である。 只、小泉チルドレンは実力で当選したのではなくおこぼれに与っただけのことである。 彼らは解散時期に関係なく、殆どの人は大人になれずに子どものままで落選すると思うが、果たしてどうなることやら。 |
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| 平成20年1月9日(水) | えべっさん 関西の年明けは忙しい。 他県なら七草の次は15日のどんと焼きとなるところであるが、関西ではこの間、9日から11日まで戎さんがあるのだ。 ちなみに9日は宵戎、10日は本戎、11日は残り戎となっており、そんな訳でスケジュールが次々とあって何かと気ぜわしいのである。 まるで葬式の日程のようで、お通夜から本葬、そして初七日まで一気にこなしているような感がある。 とすれば、どんと焼きは四十九日に相当するのかも。 関西で有名なのは西宮市の西宮戎、大阪市の今宮戎であるが、宝塚では小浜の皇太神社、逆瀬川の宝塚神社などが耳にする所である。 この戎さん、謂われを調べてみると、その昔、西宮の鳴尾浜に住んでいるある漁師が漁をしていると、網に神様の像のような物がかかってきた。 しかし、漁師は気にも止めずそれを捨て、又、別の場所で漁をしていた。 ところが、もう一度先程の像が網にかかってきたのである。 不思議に思った漁師がそれを拾い上げ、家に持って帰ったところ、その晩、夢に神様が現れ、自分を祀るように告げたのである。 こんな事があって土地の人々がこの像を奉ったのが、現在の西宮の戎神社といわれている。 戎さんが釣り竿と鯛を持っているのは、こんな経緯があったからであるが、それにしても、自分を祀れなどど、随分自惚れが強いキャラクターのようですね。 しかし、こんな戎さんがいつの頃からか知らないが、耳が悪く聞こえにくい、つまり難聴のキャラクターになっているのだ。 で、こんな戎さんに願い事をする場合は、神社の横にある木鐸を木槌で叩くことになっている。 とはいえ、いつの時代の誰がこんなキャラクターにしたのであろうか。 余程無理なお願いをして、戎さんを困らせたことがあったのだろうか。 そのために戎さんは聞こえないふりをしたのでは? それとも、都合の悪いことは聞こえないふりをする船場吉兆の様な、極めて人間臭い何かがあったのかも? |
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| 平成20年1月11日(金) | 餅と行事 毎年恒例の福男の競争が10日西宮神社であり、その様子がテレビで映っていた。 それにしても本殿間近のコーナーでは毎年のようによく転ぶ。 あんな全力で走って90度も曲がるのだから、転ぶなという方が無理な注文かもしれない。 とはいえ、観ている此方も今年は誰が転ぶか秘かに期待しているむきも無いとはいえない。 おっと、こんな事をいうと一生懸命走っている人に対して失礼というもの。 福男となった男性は学生さんで就職活動中とのことだが、これなら就職がすんなり決まるかも。 さて、今日11日は残り戎、別名残り福ともいわれるこの日は鏡開きの日でもある。 現在は鏡餅をぜんざいなどで食べるが、その昔は水菜の澄ましであったそうだ。 鏡餅を食べることは家族の無病息災を願う意味があり、鏡餅は丸く、魂を表わしていることから刃物を使うことはせず、手か槌で割っていたとのこと。 江戸時代ではこの日は仕事始めの日でもあり、主従が鏡餅を一緒に食べることにより、主従の絆を一層深めたともいわれている。 しかし、日本人は昔からことある毎によく餅を食べる民族である。 正月の雑煮、鏡開き、どんと焼き、寒餅、ひな祭りの菱餅、春分と秋分の日のぼた餅、田植えが終わった際の五月の餅、月見団子、そして年末の餅。 更には棟上式の餅まき、満一歳の初誕生で背負う餅など実に多才です。 どこの地方かは分かりませんが、お嫁さんが嫁ぎ先の家に入ったときの落ち着きの餅、出産間近の犬の日に贈るころころ餅。 宝塚では四十九日に一升の餅から四十九個の小さな餅を取り、傘を被せて仏壇に供えるという習慣があります。 兎に角、誕生してから結婚、そして死んでからまで、餅は日本人と密接に関わっていることがよく分かります。 そういえば、自民党の代議士の間では「餅代」と称する怪しげな餅があるようですが、一臼何百万もする、この世に存在する一番高い餅ではないでしょうか。 |
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| 平成20年1月14日(月) | 成人の日、本来はいつ? 今日第二月曜日は成人の日だが、どうも覚えにくい。 2000年から施行されたハッピーマンデー制度という、祝日を従来の日付から特定の月曜日に移動する制度のお陰でこのようになったのだが、誰がこんな事を望んだのだろうか。 これを決めたのは当時の小渕内閣であるが、連休にすれば皆が喜ぶだろうと思ったのであろうが、果たしてそうであろうか。 結果からいえば残念ながらあまり有り難いとはいえない制度である。 祝日というのは、それが出来るまでの苦難の歴史や社会の要求などの背景があるものが存在する。 それを連休になるからといって日付をずらしてしまうような事をしてもよいのであろうか。 例えてみれば、連休になるからといって誰かの誕生日を月曜日にするようなものである。 第一、一国民としては連休ばかりを望んでいるのではない。 それどころか、飛び石の休みは週の間に安らぎをもたらしてくれる効果があるのだ。 ところが、これのお陰で本来の祝日の日付を忘れてしまい、かえって祝日の存在意義が薄れてしまう結果を招いている。 とにかくその当時、連休にしてくれと望んだ人は果たしてどれだけいたのだろうか。 覚えているかぎりでは、連休を望んでデモをしたとのニュースは全く聞かなかったのだが。 ま、そんな事は横に置いとくとして、今年も一部のバカにいちゃん達が成人式を台無しにするのだろう。 成人式を酒が飲めて乱痴気騒ぎをする日と勘違いをしている無知な輩と、他人に迷惑をかける事を厭わない無恥な輩。 一方、こうした輩の恥知らずな姿を期待するテレビのワイドショー。 こうした姿を映して彼らの行動を非難してはいるものの、反面、次の成人式予備軍の呼び水となっている面も見逃せない。 放映するならするで、その後の彼らの罰も受けるところも引き続き放映するべきであり、一時的な騒ぎだけを興味本位で捉えるのは止めるべきであろう。 それとも思い切って、「今年はどこも騒ぎはありませんでした」と嘘をつくのも一つの手かも。 |
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| 平成20年1月16日(水) | どんと焼きと阪神大震災 昨日15日はあちこちでどんと焼きがあったことだろう。 しかし、最近では15日に近い休日にする所も多く、私の住んでいる町でも祝日の14日に行われた。 誰でも知っているこのどんと焼き、少し変った謂れがないかと調べてみたが、残念ながら期待したものは無かった。 ちなみちにその内容を書いてみると、 神社や空地等に竹や藁を積み、しめ縄等の正月飾りや書き初めを焼く祭で、15日の朝燃やされる。 この火で焼いた餅を食べると一年間無病息災で過ごせるとされ、「書き初め」が高く燃え上がれば書道が上手くなるといわれている。 その昔、宮中では15日と18日に清涼殿で天皇が書いた書き初めや短冊などが燃やされた。 現在の宝塚では特に変わった風習はないが、昔の小浜地区での風習は次のようなものであった。 14日の晩にとんど焼きを行い、15日は燃やした残り火でお鏡、お餅を焼き、小豆粥を作った。 お粥は神様、仏様に供えた後、家族全員で食べた。 又、残り火の灰を持ち帰り家の周囲に置いておくと、蛇などの長い物が家に入ってこないと言われていた。 と、まー最後の灰を置くところがなかなか変わった風習ですが、燃えた書き初めが高く舞い上がって嬉しいのがどんと焼き、しかし嬉しくないのが家の燃える火が高く舞い上がったとき。 そう、阪神間に住む者として、この時期忘れられないのがあの阪神大震災。 1月17日、明日になりますが、早いものでもう13年も経つのですね。 しかし、あんな強烈な地震を経験した者とすれば、容易に忘れることなどできません。 生まれて初めての上下左右の物凄い揺れ、シェーカーの中の氷の気持ちが良く分かりました。 とにかく住んでいる所がマンションの八階なので、それはもう物凄い揺れでした。 本当にマンションが倒壊しなかったのが不思議なくらいでした。 沢山の家やビルの倒壊、沢山の人の死をあんなに身近に見聞きしたのはあの時が初めてです。 被害状況をビデオカメラで撮ろうとも思ったのですが、人の不幸をビデオに収めることに抵抗があり、結局は止めにしました。 被害者があまりに身近すぎると撮れないものですね。 更に報道の被写体になったときのなんとも嫌な気持ち。 人に憐れみをこうようで、とにかく嫌でした。 それだけに、昨年の能登半島地震や新潟県中越沖地震の際、被写体となった人々の気持ちが分かるような気がします。 後、新築のマンションが倒壊して、新たに建てたマンションのダブルローンに追われる人、身近にいました。 そんな不幸を沢山撒き散らした地震ですが、一つだけ戦争と違うものがあります。 それは恨みを引きずらないことです。 天災だけがなしうる驚異の恨みの清算式、恨み−諦め=ゼロ、天を恨んでも仕方ありませんからね。 誰かがいってましたが、天災は一つだけ良い点があります、それは被害を与える人を分け隔てしないことです。 |
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| 平成20年1月18日(金) | 重箱の隅 細かい事までを干渉し詮索することを重箱の隅をつつくと言うが、誰でも知ってるこの言葉、しかし、これを歓迎する人はまずいない。 今年のNHK大河ドラマは篤姫であるが、昨年、本屋でふと宮尾登美子さんの原作、天璋院篤姫を見かけたので読んでみた。 天璋院なんとかとくれば大奥物などでよく耳にする類の名前だが、恥ずかしながら正確には誰なのかは知らなかった。 しかし、大奥と聞けばお得意のお世嗣を巡る争いで、どちらが先に男子を産むかの寝屋争奪戦が頭に浮かぶ。 ライバルが先に妊娠すれば、階段や廊下などから事故と見せかけ突き落して流産をさせたり、誕生しても、あの若君は優柔不断で聡明さに欠け、次期将軍としての器としては如何なものか、などの口さがない陰口攻撃をかける。 さぞかし女同士の妬み、嫉みが渦巻くどろどろした世界の話、かと思ったら案外そうでもない。 世嗣は世嗣でも、もっと大きな時代背景があってのお世嗣陰謀プランで、それを描いたのは島津斉彬と老中阿部正弘それに水戸斉昭。 更に島津斉彬は別途、父、島津斉興から薩摩藩主を譲らせるための策謀も含んでおり、篤姫はそのグランドデザインの中の操り駒にすぎないのである。 と、まー読んでいくうちに、物語の中にどんどん引きずりこまれていくのだが、最初の話の山、島津家のお由羅騒動のところで、おや?と思う文章があった。 それは、島津斉彬の二男寛之助が亡くなって床下から調伏の人形が出てくる場面だが、原作では三子盛之進が亡くなったとき、となっている。 更に原作では、かなり後のページで同事件を書いてある箇所があるが、そこではなんと二男寛之助と書いてある。 つまり、作者は一作品中で異なる記述をしているのだ。 当然、誤りは最初の三子盛之進の箇所である。 最初はこんな間違いに全く気付きもせず読んでいたが、ある時、ネットで篤姫関係のページを見ていると、偶然、記述が違っていることに気がついた。 しかし、ネットの情報は信用度は高くないことは知っているので、「ふん、何を小賢しい」、当然、小説が正しいと思っていた。 ところがである、本が間違っていたのである、しかも、信頼度が高いと信じていた歴史小説が、である。 人間、一度こんな間違いを見つけると他の個所もそんな目で見てしまうもので、今度はなんと誕生日が違っているのである。 原作では天保7年2月19日となっているが、NHKや書店の篤姫関係の書籍を見ると天保6年12月19日となっている。 人間、誰しも誤りはあるとはいうものの、私の中の歴史小説の絶対ともいえる信頼度が音を立てて崩れていったのである。 だが歴史小説というものは、あまりにもこうした事を調べすぎると原作の話の流れや面白さを阻害する弊害を生むものである。 数学を解く訳でもあるまいし、多少の違いがあったからといって話の面白さに関係はないのである。 何事もほどほどが一番、多少の間違いはなあなあで消化した方がかえって幸せなのである。 重箱の隅はどうやら相手だけでなく、自分にとっても歓迎できない両刃の剣である事に気付いた本であった。 |
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| 平成20年1月21日(月) | 宝塚、恵方巻きは二度食べる 昨日の午後から小雪が降り続いて、夕方には家々の屋根は真白になった。 この調子では、あしたの朝は道は雪で真白になり通勤の足も乱れてさぞかし大混乱、と思ったら案に相違して道は黒々、少し拍子抜けしてしまった大寒の朝だが、各地でもかなり寒かったようだ。 スーパーでは早くも節分の海苔巻の宣伝にやっきになっている。 最近、関西以外でもこの恵方巻きがかなり浸透してきたらしいく、関東などのニュースでも観ることがあります。 ちなみに今年の恵方は南南東。 ところでこの恵方巻き、宝塚ではその昔、何と節分以外でも食べる習慣があったのです。 それは何時?・・・それは大晦日なのです。 宝塚の古い(明治、大正時代)習慣が載っている資料に、大晦日について次のような箇所がありました。 巻き寿しを食べると良い年が来るといわれており、大晦日の朝になると、一番鳥が鳴かないうちに東の方を向いて巻き寿しをかぶりついて食べた。 方角は恵方ではなく東と決まっているようですが、一番鳥が鳴かないうち、というのが修行めいてなかなか渋いじゃないですか。 秘密の県民ショーに出れそうな習慣ですね。 おっと、県民レベルの話ではありませんので、秘密の市民ショーになるのでしょうか。 来年はいい年でありますように、と朝の冷気漂う暗い闇の中で、家族が巻き寿しを食べながら願う気持ちが伝わってくるようです。 現在のような商業主義とは違って素朴な信仰心が感じられます、と言ったら言い過ぎでしょうか。 昔も案外ドライで、「良い年がくると言われたら悪い気もしないんで、チョコっとやってるだけですわ」と言いそうな気もします。 でも、本当に良い年になるのは当人ではなく海苔の業者ではないでしょうか。 今、恵方巻き効果が欲しい人々 ・ガソリン値下げ隊で解散選挙に持ち込みたい民主党小沢氏 ・サブプライムローンで株価低迷を何とかしたい福田首相 ・インサイダー取引問題を払拭したいNHK ・大阪府知事選挙立候補者 |
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| 平成20年1月23日(水) | 世界童子株安 世界同時株安、米金利0.75%利下げ、日経ダウ1万2573円、1万3千円割れは2年4か月ぶり、こんなセンセーショナルな見出しが新聞に躍っている。 経済評論家はテレビで大忙しで、テレビによく出るどこかの大学教授はこの先もっと悪くなるとコメント。 尤もこの教授、5年程前の株が低迷していたときは、株価は7千円を割ってもっと悪くなるといっていたので、その点からいえば逆に安心である。 なにせこの教授、いつも悪い方ばかりに予想するので、この人の予想どおりであれば今頃世間は真っ暗な大不況のド真ん中のはずである。 そして、この教授はなおも言うのだろう、この先もっと悪くなると。 どうもこの方、思考がブラックホールのようで、底なし沼的理論がすこぶるお好みのようだ。 知ってますか、いかにブラックホールといえどもちゃんとホワイトホールという出口があるのですよ。 一方、ぶら下がりの新聞記者は、福田首相に株価下落は政治のせいでは、とかなり的外れな質問をする始末。 何処かに原因を求めたい気持ちは分からないでもないが、質問する相手を間違えているのでは。 安易な政治批判は子ども(童子)には格好よく見えるかもしれないが、見る人が見れば、逆に記者の見識の低さを満天下に晒しているようなものである。 政治記者はその新聞社の優秀な人がなると聞いたことがあるが、これで優秀なのか、と思ってしまう質問であった。 次に証券アナリストだが、去年はジャパン・バッシングだが、今年はジャパン・パッシングで更にはジャパン・ナッシングだと、世間の不幸を嘲笑うようなコメントをしていた。 まるで自分は何処かの国に住んでいて、日本という国とは関係無いみたいな言い方に聞こえ、いい気はしない言い方であった。 株とはこの先を予想するものであり必ずしも現在の実態を反映していない、とはよく聞く言葉ではある。 しかし見ていると、世界全体が右往左往、当てもなくワーワー騒いでいるようで、その姿は子どものように見えなくもない。 矢張り投資家ではなく、投機家が市場を支配するとこうした状態を引き起こすのはバブルで経験済みなのですが。 おっと、中国やインドはこうした経験は無いようですが、アメリカは過去に無かったのでしょうか。 それとも、喉元過ぎれば何とやら・・・なのかも。 |
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| 平成20年1月25日(金) | どないやねん 昨日はぐっと冷え込むと天気予報でいっていたが、その通りで、朝方から降っていた小雪が牡丹雪になってきた。 この調子でいけば、夕方にはかなりの雪が積もるのでは、と思っていたら、天気の野郎は実に気まぐれで、晴れてきたなと思ったらまた降り出した。 全く、どないやねん、と天に向かって突っ込みを入れたくなるような天気であったが、北日本は爆弾低気圧で大荒れ、この影響を受け、夜はこの冬一番の冷え込みであった。 ところで、携帯の画像エリアの容量はそう大きくないのでパソコンに送れるのかな、とふと思い付き、携帯電話から画像をパソコンに送ってみたところ、これがうまく受信ができた。 と言うことは逆もまた真なりで、今度はパソコンから携帯に画像を送ってみることにした。 しかし、パソコンにある画像はデジカメで撮ったもので携帯のサイズと違うと思い、まずは携帯のサイズを調べることにした。 幸い先程携帯から送った画像があるので、デフォルト・プログラムであるWindowsフォト・ギャラリーで開いてみた。 しかし、サイズを表示する機能がなく、仕方がないのでペイントで開くことにした。 サイズを表示する画面を開くと、横240×縦432ピクセルとなっている。 そこで、携帯の待ち受け画面にしたらいいなと思う写真を選び、ペイントで開いてみた。 デジカメで撮ったサイズは横768×縦432なので、そのまま横を240にすると画像が左端から1/3程度だけになってしまう。 これではまずいので、画像の真ん中をおおよそ240ピクセルに相当する部分を切り取り、左側に貼り付けた後、サイズを横240×縦432にした。 我ながら慎重な進め方で内心よしよしと思っていた。 後は携帯のメールアドレスをパソコンのOutLook−Expressのアドレス帳に登録して、画像添付で送信。 送信済みのフォルダーにもその送信メールは入っているので送信はOK、と、ここまでは良かったのである。 ところが、何時まで経っても携帯のメール着信メロディーが鳴らないのである。 そんな馬鹿な、と思い、メールの問い合わせをしたが、新着メールは無しとのつれない表示。 もしやと思い、パソコンのメールを開けるとメールが届いている、それも差出人が「Mail Delivery System」となっている。 こんな差出人は今まで見たことがない。 嫌な気持ちで開けてみると英語のメッセージが目につく。 タイトル部分が「Mail delivery failed: returning message to sender」となっている。 メールの配信に失敗しましたので、差出人にこのメッセージを送っています、と、まーこうだ。 更に続くメッセージには「SMTP error from remote mailer after end of data・・host mfsmax.docomo.ne.jp・・・・550 Unknown user・・・・」。 SMPTは送信メールの通信規約のことだから送信でエラーが発生したのだな、と思ったがどうしてだかは分からない。 続くメッセージの後の方に「550 Unknown user」とあったので、550はプログラムが出しているエラーメッセージだと思い、ネットで調べると「メールボックス利用不可のため失敗(恒久的)」とある。 利用不可ってあんた、携帯でのメールは利用しています。 それじゃー私はどうすればいいの・・・。 いつも思うのだが、コンピュータ関係のメッセージはどうしてこんな対応の仕方が分からない突き放した様な文章を書くのだろう。 まるで困惑するユーザーを楽しむかのような文章だ。 ユーザーのために問題を解決します、とはコンピュータ関係の常套文句だが、一見親切そうで、その実極めて不親切なこんな文章で一体何が解決できるのだろう。 一度、家電関係のアニュアルの爪の垢を煎じて飲めば・・・とも思うが、結局、私の試みは失敗の憂き目に。 本当に、どないやねん! 念のためにネットで探してみたところ、携帯のほうで着信制限の設定になっているのでは?とあったが、携帯の設定のどの項目を指しているのか分からない。 これも、どないやねん。 |
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| 平成20年1月28日(月) | 世界同時株安の犯人探し 世界同時株安で日本の株価の下げの原因を福田総理にマスコミは持っていきたがっている。 幾つかのワイドショーではその犯人探しを次の様に述べていた。 ・小泉首相は改革を唱えた。 ・阿部首相も改革続行を唱えた。 ・福田首相は改革の言葉は一言もない。 これに失望した外国人投資家が、日本には期待が持てないとして中国やインドなどの外国に逃げていった。 そして日本の株価は低落したとする崇高な論法である。 また某タレントは、現在の日本の投資家の6割は外国人投資家であり、そうなった原因は小泉元首相の改革の掛声に引き寄せられたからであると言っていた。 あれ!規制緩和で禿鷹ファンドが日本市場に入り込み易くなったのではなかったかと思うが。 その時の世論は確か、あまり禿鷹ファンドが日本に入り込みすぎると経営権を乗っ取られてしまうので危険だという声があったはずだが、 何時の間に歓迎したことになっていたのでしょうか。 更にワイドショーは、株価低落は日本社会に次の様な影響をもたらすと警告する。 株価が下がる→会社の業績が落ちる→給与が下がる→消費が落ちる→景気が冷え込む→企業の売上が落ちる。 経済の知識といえるものは持ち合わせていないが、株価が下落して影響を受けるのは投資家、もとい投機家ではなかったのでしょうか。 株価が下がったからといって、即、企業の売上が落ちたという話は私の会社勤め人生の中では経験がありません。 バブルのときは企業が不動産投機で焦げ付いたため収益を減少させたはずですが。 企業の体質及び企業活動とは関係のない理由で株価が下落したからといって、消費者や取引先の会社がその会社の製品を買わなくなるのでしょうか。 あの会社の株価が下がったから、あそこの会社の物は買わないでおこうという消費者の声は聞いたことがありません。 なんとも奇妙なワイドショー論理です。 もし、この理論が正しければ今年の3月決算では各社の売上がかなり減少していなければなりませんが、結果が見ものです。 ところで昨日の大阪知事選挙ですが、予想どおり橋下氏が当選した。 何でも知事では全国最年少とかで、若けりゃいいってもんでもないが、日本も38歳の知事を選ぶ時代になったのですね。 「行列のできる法律相談所」を観ていた人は、あんなちゃらちゃらした人がと思うかもしれませんが、それは同氏の見せかけを観ていたに過ぎません。 同氏の本当の考え方は「やしきたかじんのそこまで言って委員会」での発言に一番よく出ていると思います。 本当は硬派で真面目な人だと思います。 しかし、この番組は凄いですね。 番組出席者の内、舛添厚生労働大臣に橋下大阪府知事と大物政治家が二人も出たことになります。 最早、松下政経塾を超えてしまったんでは?番組名も「政治家をそんなに出して委員会」に変える必要があるようですね。 その内、首相も出てくるんでは。 |
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| 平成20年1月30日(水) | 中東の笛吹き男 にわかハンドボールファンが増えそうだ。 当方もファンというわけではないけれども、現時点では気になるスポーツである。 無論、こうなった原因は中東の笛といわれるアンフェアな審判のせいだ。 そして、その不正な判定により日本チームが負けたのだから、日本人としては当然ナショナリズムの血が騒ぐのである。 更にその裏というよりも、表で堂々と糸を引いているのがクエートの王族でアハマド会長という馬鹿殿様らしい。 テレビを観ていると、試合中にクレームをつけたり審判を換えたりと、とにかく、映画に出てくるような典型的な悪玉キャラなのだ。 更に、国際ハンドボール連盟の裁定を無視し、今回のアジアハンドボール代表決定戦に出る韓国と日本をアジアバンドボール連盟から除名すると言ってのけたり、 はたまた日本のオリンピック立候補を妨害すると言ったり、とにかく、自分が地球の中心だと勘違いしている救い難いボケナス王族なのである。 ちょいとばかりオイルマネーを持っているからといって、我儘が過ぎるんじゃないでしょうかね、このおっさんは。 お金に影響力がある事は否定しませんが、お金を使って不正を働くなど言語道断、断じて許されない行為である。 このようにお金の力を過信するとその内に痛い目に合うでしょう。 クエートや中近東では少しばかり影響力があるからといって、調子に乗って他の国もあんたの言うことを聞くと思ったら大間違い。 こういうのを典型的な田舎もん、井の中の蛙大海を知らずというのでしょう。 言わせてもらえれば1990年の湾岸戦争、イラクに攻め込まれ助けを求めたのはどこの国だったのでしょう。 助けて貰った恩も忘れて国際連盟に難癖をつけるなんて、百年早いわ! 資源という物はいつか無くなりますが、技術という物は決して無くなりません。 石油しかない国は今は一時的には栄ても、技術力という国家の基盤がない所は直ぐに滅びの時が待っているのです。 今、クエートやUAEなどでは建築ラッシュですが、その高層ビル群がいつしか砂漠の中の廃墟にならないとも限りません。 兎角、どこの国でも王家が代々続くと、その内に出来そこないの阿呆が出てくるものですが、どうやらこの人もその内の一人のようですね。 驕れるものは久しからず、まして権力を傘にきて高ぶるとなれば最早言うに及ばず。 中東の笛は滅びの笛、吹けば人心が離反し、やがて滅びの道を行く。 |
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