宝塚の四季、季節の道標6月(梅雨入り、社会保険庁、社保庁、年金問題、夏至、茅の輪)
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宝塚の徒然草

平成20年6月1日(日) ガソリン節約運転術?
6月からまたガソリンが高くなる。 レギュラーでリッター当り170円とは・・・・全く、こう高くなっては自動車も気軽に乗れなくなってくる。 こうなったら如何に節約して乗るか、真剣に考えるときにきているようだ。

今迄も節約を考えたが、正直、具体的な行動までには至っておらず、何処か精神訓話論的なものであった。 ではどのようにして節約するか、と考えてはみたものの、それほど目新しいものは浮かんでこない。

・下り坂ではニュートラルにする。
・赤信号ではエンジンをストップさせる。
・赤で停止する場合、赤になった直後から信号までギアをニュートラルにする。
・運転術ではないが、ハイオク車はレギュラーガソリンに変更する。
たった四つ、しかも、どれも実に月並みな考えである。 で、この他となると・・・・・・・全く浮かんでこない。

しかし、当方が住んでいる所は坂道が多く、しかも坂道の距離が長い。 と云う事は、これは意外に効果がありそうな予感がする。 今まではそんな事に思いも及ばず、ギヤをドライブモードにしたまま運転をしていた。

一つには下り坂でのエンジン・ブレーキ効果を考慮に入れたものであったが、残念ながら、オートマではそれほどのブレーキ効果は得られない。 と云う事は、ここは一つ試してみる価値がありそうだ。

坂道では度々フットブレーキを踏みスピードを抑えようとするが、直ぐに時速60km近くなってしまう。 で、この時のタコ・メータは、と見ると約1千700回転前後となっている。 これをギヤをニュートラルにすると750回転となる。

約半分以下に落ちるのだ。 これは実に大きい、只、フットブレーキばかり踏んでいるとブレーキ焼けを起こすので、あまり多様はできない。 次に坂道の時間である。 坂道を下るのに約4〜5分、この坂道は必ず通らなければならない道なので、この節約効果はかなりのものが期待できる。

次に赤信号でのエンジン停止であるが、いつでも止めるかと云うと場合によりけりである。 青から赤に信号が変わったのを見て停止する場合はエンジンを停止する。 エンジンを停止している時間が長いので、節約するメリットが大きいからだ。

しかし、既に赤信号で停止している車が数台いた場合はエンジンは停止しない。 赤になって時間が経っていると思われるので、エンジンを止めても直ぐにかける必要があるからである。

三つ目の信号で停止するまでの間をニュートラルにする方法は、この間の距離は短いが、市街地であれば信号で停まる頻度が高いため、意外に効果が得られるかもしれない。

最後の手段として、ハイオクガソリンの車はレギュラーに変更するのだ。 点火タイミングは昔の車と違い電子制御なので、ノッキングやカラカラ音もなく、出力は落ちるとは云うがそれ程のことはない。 リッター当り10円強違うので、節約効果は大である。

とにかく、自衛手段を講じなければ、このガソリン高は乗り切ってはいけない。 ガソリンバブルでぼろ儲けしている輩、こんな不条理、お天道様が許しゃしねー、その内バブルがはじけて暴落が待っているぞ! byごまめの歯ぎしり。

平成20年6月4日(水) コメンテータの質
日本人宇宙飛行士、星出さんが乗ったスペースシャトルが打ち上げられた翌日の6月2日、近畿や関東地方に梅雨入り宣言が出された。 テレビでは昨年より20日早いと言っていたが、そんなに早いのかなと思って昨年の近畿地方の梅雨入りを調べてみると、何とH19年6月14日(木)で12日早いだけである。

と云うことは、あれはどこの事なのだろうと思っていたら、関東甲信地方(H19年6月22日)のことであり、調べなければ危うく間違えるところであった。 全く、これだから東京キー局は自分本位だから困る。 ちょっと「関東地方は」と言葉を添えれば良いのに、それをしないのである。

お宅の局を観ているのは何も関東地方の人ばかりではないのである。 この辺の気配り目配りがNHKと大いに違うところである。

ところでテレビの情報番組、以前はワイドショーと呼ばれている番組に出ているゲストコメンテータ、中でもタレントや文化人といった輩のコメントであるが、聞いていると実に程度が低い。

特に政治に関する場合は、とにかく政治家を悪く言えばそれでいいと思っているようだ。 代表的なものに、政治家はどこかの業者とつるんで私腹を肥やそうとしている奴らばかりだ、と云うのがある。

中にはそうした輩がいるかもしれないが、最近はかつての田中角栄時代のような、土建業者べったりな議員が減ってきていることも事実である。 そうした変化にも目を向けないで、その昔、誰かが言ってきた事をおうむ返しに言っているだけでは、お頭の程度が知れようと云うものである。

で、こうした輩が、あっちの局、こっちの局と、実にまーよく出ている。 それにしても、どうしてこんな輩をテレビ局は使うのだろうか、実に不思議である。 聞くに堪えないコメントを公共の電波を使って流す事は、ある種の公害ではないかと思うが、テレビ局の皆さんはどう思いますか。

平成20年6月7日(土) 橋下知事、大阪維新宣言
6月5日(木)午後4時過ぎ、就任から4か月経った大阪府知事の改革、否、維新プログラムの内容が発表になった。 府庁には大勢の報道陣が詰めかけ、知事の発表を一斉に生中継し始めた。

こんな風景は国会でもないかぎり地方レベルでは今迄見たこともなく、それだけに真剣に語る橋下府知事の姿が新鮮に映ると共に、十分な意気込みを感じた。 これに対して東京のニュース番組では「せめて文化施設は残して欲しい」などど、上っ面を見ただけの無責任なコメントがあった。

「無論、不要な施設は廃止するのは賛成なんですが・・・・・」とも言っていたが、それなら、その文化施設が不要でない根拠は何なのだろうか。 恐らく感覚で物を言っていると思われるが、難癖を付けるためのコメントとも受け取れ、発言も軽々しいものを感じる。

維新プログラムを作った当事者は4か月もの時間をかけ検討し、府下全市町村との討議をかけてこの結論を出したのだから、それをちょっと見ただけの者が軽々しく物を言ってはいけないと思う。

尤も、橋下府知事もこの辺は十分承知しているらしく、東京のメディアは無責任に叩くだろうと言っていたが、全く予想通りである。 コメンテータは弱者の味方をすればそれでいいと思っているらしく、「この削減は止めてもっと他のものを削ればいい」などど言うが、では他の物とは具体的には何で、どういう根拠でそんな事が言えるのだろうか。

この辺が朝、昼、午後と、一日3回ある情報?番組に出ている低能コメンテータと一緒で、全体を管理するものにとって、時には冷酷非情にならなければ全体としては改善できない事が全く分かっていないのである。

今回の維新プログラムにおいて、当事者側は「うちの削減は御免被る、削るなら他所で」と金太郎飴の如く同じ言葉が聞こえてくる。 でも、そんな姿勢が長い間続いて来たからこそ今日の事態になったのである。

なのに「私には何も責任はない、こうなった責任は他のせい」とのたまうのである。 こんな考え方、組織風土だからこそ、人件費削減について「私は何か悪い事をしましたか」という情けないくらい幼稚な言葉になったのだろう。

無論、議会の決議によるものが原因の大きな要素だとは思うが、職員に全く責任がないとは言えないであろう。 民間であれば、会社が大赤字であれば、例え自分が悪くなかろうと人件費の削減は止む無しと考える。

が、物は考えもの、今回、維新ショックを与えたことで、こんな大甘な考えの持ち主が大勢いることが分かったし、世間とのギャップがさらけ出され、世間の後押しが更に得られる効果を生み出したのである。

橋下知事の大阪維新は、今後、日本全国の府県行政に大きなインパクトを与えると思うし、正しく本物の維新であると思われる。 明治維新は長州、土佐から始まったが、平成維新は大阪から始まったようである。

平成20年6月11日(水) サンデー・プロジェクトあれ?これ
久し振りに6月8日(日曜日)のサンデープロジェクトを観た。 かつてはこの番組は度々観ていたが、司会者のご老人があまりに自分の発言を優先させ、ゲストの発言を遮る身勝手な振る舞いが多いため、次第に嫌気がさしてあまり観なくなっていた。

ところが新聞のテレビ欄を見ると、大阪維新で橋下知事が出ると載っていたため、あの知事なら我がまま司会者とどんな遣り取りをするのか興味が湧いたので、野次馬根性を出して観ることにした。

さて、この番組に出ているコメンテータは他のいい加減な情報番組とは異なり、そこそこ質の高い人が多いので、発言もまあまあ頷けるところがある。 で、橋下知事の出番となり、司会者が「貴方の以前の発言では、××の費用はもっと削ると言っていたが、この案をみるとそれほどでもない、これは、これは知事の考えが間違ってた?」と、例の詰問口調で得意満面に質問していた。

老司会者にすれば、「どうじゃ若造、痛い処を突いただろう、ふふ、答えられまいて・・・」、と独特のウルトラ・ビット思考で自分の言葉に酔っていた。 が、そこは日本一の超過激討論番組「たかじんのそこまで言って委員会」で鍛えられた知事、「以前の言葉は改革を進めるための叩き台に過ぎず、私の案ではありません。本来の案は今現在の内容です」と軽く切り返した。

「これは以前から言っている事で、関西のメデイアや府民には常にオープンにしています。逆に東京のメデイアはどこまで見て言っているのでしょうか」と質問されたからたまらない。

格好よく振り上げたつもりの拳のやり場が無くなったくだんの司会者、逆に言葉に詰まり、お得の「コマーシャル」コールで早々に逃げを打ったのであった。 橋下知事、返し技一本、お見事!

さて、その後に質問をした経済ジャ−ナリスト氏の発言が興味を引いた。 曰く、「大阪府の改革案を見たが、どうも改革のビジョンが見えてこない」と言い出したのである。 一見、誰でも頷くこのフレーズ、いろんな番組で評論家や大学教授などのコメンテータなどが好んで口にする言葉である。

「政府のこの案ではこの国をどのようにするのか、5年先、10年先のビジョンが見えてこない」etc・・・・、 しかし、本当にそうだろうか。 世の中にあまたある改革案は、それぞれの期間に応じた目標(ビジョン)を達成するために、様々な施策が記載されている。

が、当事者であれば、こうした細目から設定したビジョンは見えると思うが、第三者にとってそうしたディテールから元のビジョンを逆読みするのは、かなりの能力がいると思われる。 と、言うよりも無理だと思われる。

とすれば、こんな発言をするコメンテータ諸氏には、ロゼッタ・ストーンの象形文字を読むが如く、改革案の施策からそれらを読み解く能力を備えている事になるが、その辺は本当に大丈夫なのだろうか?

では聞くが、橋下知事は「今回の改革案はとりあえず出血を止めるためのものである」と言っているのに、どうして、そんな簡単な事も見えないのだろうか。 もしかして、こうした人達は幸せな未来像を描くのがビジョンだと思い込んでいるのではないだろうか。

ビジョンとは将来の見通し、未来像であって、それが幸せかどうかは別物である。 赤字を垂れ流さないようにすると云う事は、短期に於ける立派なビジョンであり、これが見えない同氏は、格好いい事を言う割には、本当に読み取る能力があるのか甚だ疑問である。

しかし、実際のところ、対策からビジョンなんて読めるなんてことは、まず出来ないと思うのですが、こうした人達はできると思っているようです。 そして言うのです、改革案には将来のビジョンが見えなければならないと・・・・。

ならば、将来のビジョンが見える改革案とはどんなものか、一度、模範的な回答を見せて欲しいものである。 こうなると、コメンテータ諸氏が好む「将来のビジョン」とは最早、難癖をつけるためのフレーズに近いものを感じてしまうのである。

俳句の下の句で困ったときに使う、「それにつけても金の欲しさよ」と同様、クレーム用ユーティリティー・フレーズではなかろうか。

平成20年6月14日(土) At your own risk(責任はご自分で)
気になる見出し
・職員「士気下がる」  それなら職を変えてください  橋下知事、批判に応戦
・首相問責参院が初可決  首相解散せず  民主審議拒否へ

→最初の見出しは6月12日(木)、大阪府庁の朝礼において橋下府知事と職員の間でこんなやりとりがあったと新聞に出ていた。 記事によれば、職員からは「改革案は思いつき」「知事は尊敬できない」等の批判があり、これに対し知事は、「ここは団体交渉の場ではない」として見出しの言葉になったとのこと。

これは近年にないくらいの痛快な出来事だ。 これを言われた職員はさぞや面食らったであろう。 まさか、こんな事を言う人が出てくるとは夢にも思わなかっただろう。 と言うのも、こうした建設的でない自分本位の発言の裏には、組合が長年、職員の意識に及ぼしてきた歴史が背景にある。

経営者が強かった昭和20年代、これに対抗して労働者が組合を結成し力を付け始めた昭和30年代、 そして、更にその力が強くなった昭和40年代、日本人の大半が中流意識を持ち、経済闘争の意味がほぼ無くなった昭和50年代、そのピーク時の象徴がかつての国鉄であったように思う。

これと歩調を合わせるように、自治体の組合も次第に強力になっていき、かつての国鉄並みの力を持つようになったと思われる。 つまり、何をするにも組合の了承が必要で、組合が「ノー」と言えば何もできない組織になったのである。

その端的な例として、あの社会保険庁の一日5千タッチの端末入力がある。 業務を推進させる側とすればこんな労使協約は非効率極まりないが、組合サイドはそんな事はどうでもよく、 ひたすら労働者擁護、否、超過保護の立場を取り続けた。

その結果、業務に弊害が発生してもなんのその、組織の社会的使命、存在意義が何たるかを全く分かっていない。 この辺がかつての国鉄とそっくり。 この日、朝礼に集まった職員は46歳以上の非管理職の人達だそうだが、この人達が入所した時期は昭和40、50年代で、組合の力がピークを迎えた時である。

つまり、入所した時から労働者の権利意識がやたら高く、そうした組織に長い間いたため、何とかするのは経営者の責任、我々労働者は考える必要はなく、決められた事をこなすだけ。

そして、その労働の対価として賃金を貰うのであって、その対価を削減されてはかなわない、と云う考え方であろう。 そこには現状をなんとかしようと建設的な考え方はなく、このため、相手を非難するばかりの発言となったのであろう。

組織が非常事態となっているのに自分の事しか見えず、高い見地から立案した改革案を思い付きとしか見えないのであれば、最早、こうした職員は不要と言うしかないであろう。

言われた職員は今まで組合のバックがあるため、まさかこんな事を言われるとは思ってもいなかったであろう。 それにしても、未だこんな考えをしているとは、長年しみついた甘ったれた考えはノアの方舟クラスの荒療治をしなければ治らないようだ。

→次の問責決議採択は、野党の意地ぐらいにしか見えない。 とにかく、「与党の言いなりになっていないよ」と、国民に向けたポーズにしか映らないのである。 小沢さんはしきりに解散、総選挙に持って行こうとしているが、進め方に無理、つまり、人の気運が読めていないように見える。

人々の運気がそれ程高まっていない時に無理して戦っても、恐らく勝利はおぼつかないであろう。 それよりも来年の任期切れまで待って、その間、法案成立に有効な提案をし、それをマスコミを通じて十分にアピールした後、選挙に臨んだ方がいいのでは、と一国民としては思う。

とにかく、今の民主党のやり方は、女子バレーのテレビ局のような低レベルの演出のような感じがする。 つまり、見ていてもわざとらしく、嫌な感じしかしないのだ。

一の矢を放っても衆院の内閣信任決議で軽く切り返され、その後の二の矢、三の矢と見れば、これが全く無い。 こんな二の矢、三の矢が無い時は雌伏の時、じたばたせずに天の時を待つしかないのだが、これができない民主党は正に軍師が居ないと思われる。

となれば、民主党のなすべき事は野に雌伏していいる真の軍師を探すことだろう。 それも来年の任期切れまでに。

平成20年6月27日(金) 奥飛騨偽装と狭窄視野
気になる見出し
・大阪府本格予算案 1割カット超緊縮型
・橋下流 現場に危機感 あまりに影響大、教育や福祉「節約も限界」
・改革にスピード、文化虐待

6月25日の新聞を見ると、テレビのワイドショーが連日取り上げている、岐阜養老町食肉卸売会社「丸明(まるあき)」による「飛騨牛」偽装問題はどこにも載っていない。 しかし、こうした新聞のこうした姿勢とは異なり、今朝もテレビでは大々的に取り上げていた。

それもワイド特有の擬音効果たっぷり、やや低音のシリアスな女性アナウンサーのナレーション付きだ。 で、この食肉卸売会社のおっさん、弁明の内容が驚くほどミートホープや吉兆と似ている。

曰く、「自分は知らない、従業員がやった」とお定まりの責任回避、被害者を装って同情を誘っているが、 その実、経営者として見ると、管理者不在ぶりをさらけ出してしている事に当人は全く気付いていないのだ。

そして、その後は同じく自分の指示、つまり、嘘がばれて会社の転落が待っているのだ、と、誰もが予想して、 6月27日(金)の朝刊、飛騨牛偽装「私の責任」丸明社長、指示認める、と、まー誰もが予想した通りの結果となった。

となれば、後は誰もが予想した通りの会社の転落が待っている・・・・・・、 とにかく往生際が悪いと言うか、同じ醜態をさらすのは人間の持つ悲しき業か、それとも自分だけは違うと云う何の根拠もない超楽天的な思い込みか。

どうやら、この種の情報だけはDNAに引き継がれていかないため、人はその昔から同じ事を繰り返すようだ。 ところで、この問題でテレビのワイドショーに出ていた某コメンテータの発言が振るっている。

曰く、「消費者はもっと早くこの種の問題に気づくべきだ」・・・??、 こんな混ぜ肉を見抜く舌は、余程のグルメでもないかぎり不可能だと思うのですが、このおっさんの頭では可能な事らしい。 よっぽど、お育ちがおよろしいのでは。

で、冒頭の見出しになるのだが、橋下知事の改革案に対する文化人の評価が載っていた。 概ね評価は良いようだが、文化虐待予算としてクレームをつけている御仁もあった。

自分がその方面に関わっているようだが、何とも視野の狭いコメント。 こうした改革案は大きな視点に立ち、費用対効果の観点で改革していかなければできるものではない。

が、このコメントであれば、自分の処はそのままに、関係ない処を改革せよと、すこぶる自分勝手な考えだ。 こうした御仁は一度、知事を実際にやってみたらいい。 そうすれば、こんな狭窄視野な発言は出てこなくなるだろう。

でも、こんな人がもし知事になったらどうなるのだろう、文化面は擁護しても、その他の政策は・・・想像するだに恐ろしい、恐らく府政はひっくり返るだろう。 それでもこの種の人々は叫ぶのだ、「文化はとても大切だ」と、厖大な支出で府政が左前になっていると云うのに・・・・。

それにしてもまたもや発覚、魚秀のウナギ偽装・・・麦と兵隊ではないが、 偽装、偽装と人馬は進む、偽装いよいか住みよいか、うまい利益に振り返えりゃ、社員不在の恨み節、金がほほ笑む無義畑


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