| 宝塚の徒然草 |
| 平成19年8月3日(金) | 政治と蝉時雨 8月1日はご存知、とは言っても大阪周辺の人に限定されるがPLの花火大会の日である。 確か花火の数および豪華さは日本一の花火大会として聞こえているが、残念ながらこの日は大阪方面は雲がかかってぼやけて花火は見えなかった。 只、音だけはドーンドーンと聞こえており、富田林から大阪の町を越えてよくここ迄届くものだと思うと共に、会場にいる人はさぞや煩かろうと思う。 宝塚も今日3日と4日に花火大会があるが、無論PLの花火ほどではないにしても大勢の人が訪れる大会となっている。 最近とは言ってもここ十年ほど前からでもあろうか、花火大会やお祭りになると若い女性が浴衣を着るようになってきた。 一時は浴衣を着る人が少なくなっていたが、復活してきたのはいい傾向だと思う。 それに祭りや花火に風情を添える浴衣は日本女性に一番よく似合う。 一方、昨日から今日にかけて台風5号の影響でやや強めの風が吹き天気も曇っているが、 この調子であれば今日はあまり汗をかかずにすむ涼しい花火大会になりそうである。 ところで、この夏の政治の世界は蝉の鳴き声にとてもよく似ている。 自民党敗退の責任を追及する首相退陣、退陣、じーん、ジーン。 おっとジミーン、ミーンってのもありますね。 参議院で第一党になった民主党、民主、みんしゅ、ミンシュ。 内閣を立て直すための人事刷新、人事、じんじ、ジンジ。 兎に角、新聞を開くかテレビのスイッチを入れるとマスコミはまるで蝉のようにやかましく鳴いている。 それにしても総理になった人は何をしても叩かれるのだから大変な職業である。 閣僚に任せれば「丸投げ」と言われ、かといって自分が全て口出しすれば「閣僚を信頼していない」とか何とか言われる。 まるでお嫁さんのすること為すこと全てが気にいらないお姑さんのようである。 傍から見ているとお嫁さんの粗を探し、この家から追い出す事がこの世の唯一の楽しみであるかのようである。 だが、不思議なのはこれだけお嫁さんを叩き出すくせに、「政治に空白の日が一日もあってはならない」と、直ぐに又新しいお嫁さんを募集するのである。 そこまで不満なら、いっそのことご自分で切り盛りした方が早いと思うのですが、このお姑さん、何故か巌として手を出そうとはしないのである。 ペリカンの様にあくまでも口だけ出すのです。 只、こうした人達の中で政治記者から政治家になった人はいるようですが、新聞等の論説委員から政治家になった人は果たしてどれだけいるのでしょうか。 しかし、人間これだけ指弾、糾弾を浴びると自然と蝉のように面の皮も厚くなるでしょう。又、心臓に毛も生えるでしょうから、総理の職は人格形成にはもってこいの場といえましょう。 恐らく福井県の永平寺で座禅を組んでもお坊さんに背中を叩かれることもないでしょう。 今週も宝塚のあちこちで盆踊りが行われるようですが、ご先祖の御霊を癒すこの踊り、当然口だけでは踊れません。 あくまでも手と足が動いてこそのお踊りなのです。 口は所詮お囃子でしかないのです。 |
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| 平成19年8月7日(火) | 夏の甲子園まもなく 先週末も宝塚市内のあちこちで夏祭りや盆踊りが行われ大勢の人で賑わっていた。 今年の夏は当初は猛暑との予想がされていましたが、実際は熱帯夜は未だ一度もなく、むしろ凌ぎ易い毎日となっている。 高校野球は兵庫県代表の報徳学園は青森県の青森山田と対戦することになったが、 この高校はここ数年の間にかなり強くなってきており、十分気を引き締めて戦う必要がありそうだ。 今年から高校野球の抽選は東西対決を廃止したため、群馬県対埼玉県など早くも近県同士でぶつかるケースが発生している。 尤も、これはかつてのやり方に戻しただけであり特に目新しいものではない。 新聞によれば廃止になった理由として、東西対決の趣旨である近県回避に北信越地方は問題があるとして、今回の措置になったとのことである。 スポーツ全般として見れば今回のやり方は極めて一般的なことであり、今までの方が異例なのである。 矢張り注目度が高いスポーツであるが故に見る側に配慮したというか、阿った措置が取られたのであろう。 しかし、こうしたやり方は、シンプルで公平なやり方にいつかは戻ってゆく事を今回の例は示している。 ところで、甲子園といえば選手のプレーと共に学校の応援が風景としてワンセットになっている。 その応援であるが、その昔、甲子園の応援に行った経験がある。 現代とは異なり高速道路はある程度開通はしていたものの、かなりの部分は地道を走らなければならい時代であった。 夜中とはいえ大勢の人に見送られ、その町の県庁付近から出発して甲子園に着いたのは次の日の午前7時頃。 延々十時間ぐらいのバスの旅であった。 今にして思えば浜甲子園のどこかの駐車場でもあったろうか、その頃は当然地理も知るはずがなく、寝不足の頭とだるい足をひきずりながら甲子園球場迄歩いた。 どこで入場を待ったのか細かい事は思い出せないが、球場の蔦が絡んでいた事だけは覚えている。 試合は午前中だったが、一塁側のアルプススタンドに陣取って応援をした。 試合は静岡県の高校に4対0で敗れたが、選手には悪いが敗れた悔しさよりも滅多に来れない所に来た嬉しさの方が勝っていた。 ところで何の因果か天佑か、我が母校にとって降って沸いたような甲子園出場はその時の一度きりで、その後現代に至るも果たせていない。 在校中にこうした運に恵まれたのは、正しく宝くじに当たったと同程度の出来事といえよう。 今でも夏の甲子園を見る度にふとあの頃の応援を思い出す。 今にして思えば、野暮ったい田舎丸出しの応援であったろうが、ひたむきに声を出した事は心の片隅に残っている。 一方、甲子園球場が直ぐ側にある報徳学園の生徒達は、応援する情熱は同じでも遠路はるばる駆けつけるしんどさは味わえない。 このしんどさであるが、試合結果は別にして不思議と記憶に残っているものである。 車中で体が痛かった事や道中の他愛もない出来事など、これは応援が夏の甲子園という料理なら、しんどさはこの料理にかけるちょっとしたスパイスである。 このスパイスは勝ち負けだけでなくそれにまつわる様々な出来事を思い起こさせ、又あの夏の甲子園に引き戻してくれる魔法のスパイスなのである。 |
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| 平成19年8月10日(金) | 宝塚の☆Star Festival☆ 甲子園の開会式が行われた8日はこの夏にしては珍しく朝からカンカン照りであった。 これまでの凌ぎやすい天候では汗がキャッチフレーズの高校野球にそぐわないと思ってか、天の神様も結構気を使ったかのような青空であった。 今年は大阪桐蔭の中田選手が大阪大会の決勝戦で敗れたため、超目玉の選手はいないものの、昨年の斎藤投手のように試合を進める中で注目を集める選手が出ないとも限らない。 いや、前評判だけで野球を知らない女性陣がキャーキャー騒ぐよりも、こうした注目のされ方の方が実力が伴っているのでかえって好ましいと思う。 |
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![]() 祭りに先立ち観音様にお詣りをする祭りの代表者達。 白く見えるのがこの祭りの象徴である梵天。 そう、伊達政宗の幼名(梵天丸)も同じ字でしたね。 ![]() 午後3時から始まる稚児梵天おねり |
ところで、宝塚市の夏のお祭りで最も歴史があるものといえば、やはり9日に行われた中山寺の星下りであろう。 このお祭り、平安の昔は星祭りと言われていたそうですから、京都の祇園祭り並みに随分古くからあるお祭りなのである。 その後、慶長元和つまり豊臣家から徳川家に政権が移ろうとする頃に「星下り」という名前になったそうである。 名前の由来は三十三所の観音様がこの日中山寺に降臨され、そのお姿がまるで星が降るようであることから、こうした名前になったとのことです。 如何です星祭り、英語ならStar Festivalとでもいうのでしょうか、とてもロマンチックな名前ですね。 言い伝えによると、この日にお詣りすると四万六千日お詣りしたのと同じ功徳が得られるとされています。 これと似たものにチベット仏教のマニ車がありますね。 一回転させると教典を全部唱えたのと同じご利益があるというやつです。 手軽で簡単とはいえ、宗教がこんな安易なことでいいのでしょうか。 さてこのお祭り、祭りのメインイベントの儀式が行われるのは何と夜の9時からなのです。 |
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祇園祭でも何でも、一般的に祭りの儀式が行われるのは日中の方が多いのですが、やはり祭りの名前が「星下り」と言うだけあって、それに相応しく夜に行われるのです。 午後9時になると最初に衣冠束帯を着けた人が現れ、続いて雅楽を奏でる人、その後に中山寺のお坊さん達が静々と本堂に向かって進んで行きます。 その後、先頭に白い梵天を持った白い襷がけの男達が山門付近に現れます。 この梵天といわれる物ですが、星、つまり観音様を表わしているようで、約2m程の竹の先に白い紙の房が球状についています。(上の写真参照) この男達は十数名程で一グループとなり、それぞれ前の人の襷を掴んで数珠繋ぎのようになります。 こうしたグループは幾つもあって、境内を右に左に練りながら順番に本堂向かって進んで行きます。 本堂に入るとこのグループは梵天の竹で何度も床をドーンドーンと突いて、双六でいうなら上がりとなります。 この様は恐らく観音様が無事中山寺に着いたことを表わしているのだろうと思われます。 それにしてもこんなパフォーマンスは一体何処の誰が考え出したものでしょうか。 現代でいうなら舞台演出家それとも振付師みたいなものでしょうが、とても興味のあるところです。 さて、この星下りも終わると、宝塚は直ぐにお盆を迎えます。 その昔、宝塚のお盆にはこんな麗しい風習がありました。(地区によってやり方は多少異なります) 13日:川の洗い場に仏さんを迎えに行き、その場で線香をつけ家に持って帰る。 仏さんはこの線香の煙に乗って帰って来るといわれ、家に着くと角に一本線香を立てておき、残りの線香はそのまま仏壇に立てておく。 その後、お茶湯(おちゃとう)を行うが、これは48回終わるまで真夜中になろうが行う。 注:お茶湯とは仏前にお茶を献ずる事で、このお茶湯をすると周囲がビシャビシャになり、餓鬼は喜んで辻々に来てこれを待っていたという。 仏壇には「落着きぼた餅」(大きなおはぎ)のほか、畑で採れた野菜物、茄子、トマト、西瓜、ナンバ、葡萄、白瓜、桃等を供える。 14日:朝から御馳走を供え、朝、昼、晩と取り替える。昼頃になるとお寺のお坊さんがやって来て仏壇を拝む。 注:この日お坊さんは大忙しであろうから、この家はたまたまお参りが昼頃になったのであろう。 15日:この日になると、仏さんの足が速くなって早くあの世に帰れるようにとの意味合いから、「白蒸し」とシンコマイ(団子を捻じった物)、それに「奉げ御飯」を炊く。 その後、仏壇の供物を持って線香をつけ洗い場迄送って行き、線香を立てて供物を流す。 ・・・如何です、何かホッとするというか暖かいものを感じませんか。 この風習で特徴的なのは、全国的に広まっている迎え火と送り火がなく、代わりに先祖の霊は川から線香の煙に乗ってやって来ることです。 地方によって風習は変わるとはいえ、何か三途の川と関係でもあるのでしょうか。 それにしても現代では考えられない程信心深く、先祖をとても大切に扱いますね。 こうした風習を見ていると現代人が捨て去ったものがここにはあるような気がします。 お盆の供養をとおして伝わるもの、それは他人を思いやる麗しい心遣いと礼儀ではないでしょうか。 | ||
| 平成19年8月21日(火) | 夏の甲子園、新たな郷土代表 先週の日本列島はどこも酷暑で、岐阜県の多治見市と群馬県の熊谷市は74年ぶりに40.9度の最高気温を記録したとのこと。 宝塚も17日(金)には36.9度の気温があり、とにかく暑い、いや、熱い。 もうこうなると仕事どころの話しではなく、スペインの習慣であるシエスタ(昼寝)を日本でも新たに取り入れたらどうかと思うほどである。 ところで高校野球も準決勝の段階まで進んできましたが、我が兵庫県といえば、代表校の報徳学園は一回戦で青森山田に5:0で敗れ、早々とフェードアウトしてしまいました。 しかし、ここ二十年近くのことですが、高校野球が昔のからいうところの郷土代表であるという思いは徐々に薄れてきたような感じがします。 ではどういう風に感じているかというと、サッカーなどのクラブチームに近いものを感じるのです。 一応その県の代表校であることは間違いないのですが、甲子園に出てくるような学校であれば、純粋にその県の出身者だけで構成されたところはあまり多くはないと思います。 その昔であれば遠くの県に行くことが困難であったため、必然的に一つの県に留まったのですが、交通機関と交通網の発達がそうした制約をとき払ってしまった今日、スポーツ留学に待ったをかけることは誰にも出来ません。 考えてみれば、勉学のために他県に出向くことに文句をいう人はいませんが、スポーツは何故かそういう目ではあまり見られてこなかったのではないでしょうか。 「わざわざ野球をするためにあんな県にまで行くなんて」とスポーツであればこういわれますが、 勉学となれると、「勉強するために親元を離れてあそこの県まで行くなんて、えらいね」とこうなるでしょう。 しかし、どちらにおいてもいえるのは己の能力を高めるために出向くのであって、そのためにしんどい思いをするのです。 一方、見る側である我々は高校野球に何を求めているのでしょう。 鍛えられた能力の競い合いを見たいのは勿論であるが、反面、勝てばその県のレベルが高いと他から評価される嬉しさや誇らしさも感じていたいのです。 しかし、こうした思いは観客席から見たいわば受動的なものであり、やはり野球をする本人の意思が優先されるのは仕方のないことであるといえよう。 郷土出身者のみでチームを固めたい思いは否定することは出来ませんが、人々がダイナミックに動きまわる今日、もうこうした思いを高校野球に求めても時代とそぐわなくなっていると思わざるをえません。 ならばここは考えを変え、地元に根ざすクラブチームのように学校を捉えれば、新たな郷土代表という思いも出てくるのではないでしょうか。 |
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| 平成19年8月24日(金) | 地蔵盆と三丁目の夕日 水曜日は晩方から雷が鳴り響き、雨も強く降りだす荒れ模様の天気となった。 8月に入ってから宝塚はあまり雨も降らず久々の恵みの雨となったが、特に雷は物凄かった。 2時間近くにわたって雷鳴が轟き、青白い稲妻が何本も真っ黒な夜空を駆け巡った。 この間に落雷は何度もあったが、まるで映画の嵐のシーンそのもので、久々に見た天然のエレクトリックショーであった。 この日行われた高校野球の決勝戦は、佐賀北が公立高校として久々の優勝を果たしましたが、 去年の今頃は、ハンカチ王子で一躍有名になった早稲田実業の斎藤投手と駒大苫小牧の田中投手の引き分け再試合で、巨人の星も顔負けのドラマチックな決勝戦がありました。 あのときはあちこちの番組で、テレビタレントやアナウンサーが青いハンカチでわざとらしく汗を拭いていましたが、観ている此方側が興ざめするほどのはしゃぎぶりでした。 特に女子アナが、昨日までは○○選手と言っていたのに、人気がでると突然○○ちゃんと言うのには閉口しました。 その傾向は今年になっても一向に改まる気配はないようです。 女子アナの皆さん、テレビは公共の場であって貴方の個人的な思いを伝える場ではありません。 それに比べると今年はそんなマスコミの狂騒もなく、本来の高校野球らしい試合だったと思います。 さて、夏祭りに花火大会、盆踊り大会にお盆と夏の大きなイベントも終わりかけのこの頃ですが、関西にはもう一つこの季節ならではのイベントが残っています。 |
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![]() 山本地区は宝塚でも特にお地蔵さんが多い所です。 |
それは地蔵盆なのです。
近畿地方以外においてはあまり馴染みのないこの行事、歴史を遡ると平安末期から信仰されるようになった地蔵菩薩が事の始まりだったようです。 その後、鎌倉時代から江戸時代にかけて身代わり地蔵としての信仰が近畿地方を中心として広まり、今日に至ったようです。 地蔵盆は子ども達にとってはお菓子が貰える楽しい行事ですが、その昔、宝塚の地蔵盆は次のようなものでした−−。 |
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・地蔵盆の世話係は当番制で、当番になると朝早くからお地蔵さんの掃除や飾り付けを行い、 お昼過ぎになるとお寺に数珠、鉦(かね)、撞木(しゅもく)、札の用具を借りに行く。 ・夕方になると三々五々、町内の子ども達とお婆さん達が集まり、やがて数珠くりが始まる。 ・まずお地蔵さんの前にござを敷き、その中心にお婆さんが一人座って鉦(かね)を打ちながら札で数を数える。 ・その周囲に子ども達が大きな輪を作り、その間に適当な間隔で残りのお婆さん達が座った後、借りてきた大きな数珠を全員で持つ。 ・鉦を撞木で打ちながら「南無陀仏」と唱える。 この念仏は本来一万回唱えることとなっているが、その当時でも既に子ども達が飽きない程度で終わらせていた。 ・右回りで数珠をくりながら、数珠の大玉が自分の前に来ると両手で差し上げて拝む。 ・数珠くりを行っている間に当番の人はお供物を子ども達に分けておき、町の外からお供えを貰った場合は、お下がりをお盆に載せて持って行く。 ・数珠くりが終わると子ども達はお下がりを貰う。 その後、お地蔵さんにお参りをしてから線香を2,3本貰って帰り、家の戸口に線香を刺しておく。 これは悪い病気が家に入らないようにという意味がある。 −−今日ではこの数珠くりをしている風景はあまり見られませんが、お婆さんを中心に子ども達が一生懸命お経を唱える様子が瞼に浮かぶようですね。 こうした昔からの風習には何故かほのぼのとしたものを感じますが、丁度、西岸良平氏の映画「ALWAYS三丁目の夕日」も同じものを感じます。 そこでは現代のようにノルマや時間、コスト削減にヒステリックに追われることもなく、アメリカ型の豊かな社会を夢見て、貧しくとも人と人が支え合う穏やかな世界が広がっています。 只、この世界の人々は他人の生活に対して首をつっこみ、良くも悪くもおせっかいな人が多いようです。 人は貧しければ助け合わなければ生きてはいけません。 但し、その場合、他人の生活領域は少し踏み込んでしまうことになります。 これを煩わしい、プライバシーの侵害だといって排除する人が多くなってきたことが、今日のような他人に無関心な社会を造り出してきた大本のような気がします。 |
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| 平成19年8月28日(火) | 神から宿題を与えられた夏 長かった夏休みも後一週間となった。 子ども達にとってはあっという間の休みだったと思うが、お母さん方にとってはやっとお昼ご飯を作る苦労から開放されると思えば、知らず頬が緩んでくる時期ではないだろうか。 まだまだ熱いとは申せ、ピーク時の熱さも少し和らいだ感があるこの頃ではあるが、今年の暑さはいつもと違い何か異常なものを感じた夏である。 40.9度という地獄の釜の熱波が現世にこぼれ出たかのような炎熱地獄は、未だ懲りもせず二酸化炭素を吐き続ける人類に対する閻魔大王からの警告メッセージのような気がする。 しかし、ノアの箱舟の町の人々のように、人というものは結局重大事になるまで目先のことにうつつを抜かし、事が起きてから始めて慌てふためくようにできているらしい。 只、ノアの箱舟と決定的に違うのは、あのとき神の啓示はノアだけにしか聞こえなかったが、今回は神の声は聞こえなくとも、かなりの人々が危機を自覚している点である。 それでもCO2排出にブレーキがかからない現状は、結局はノアの町の人々と大差がないのかも知れない。 いくら燃費の良い車でも、販売台数が増加すればCO2の絶対量は増える一方である。 かといって、従業員の生活のために車を売らなくてはならないのは、まるでこの先に大きな滝があるのを承知で滝に向かって進んでいるようなものである。 ノアの町の人々は享楽に溺れ、何も知らない内にある日突然降りだした豪雨のために洪水に見舞われたが、我々は行く先の事態をある程度予見しながら、それでも破滅の道を進んでいることになる。 その原動力となっているのは豊かさへの追求なのであるが、そのアプローチの仕方が環境をあまりにも無視したものであったため、罰として神から温暖化という凄い宿題をもらったわけである。 この宿題、あまりの難問に漫画サザエさんでのカツオ君のように、夏休みの宿題を怠けていたため、波平さんとマスオさんに手伝ってもらって片付けるようなわけにはいかないのである。 この壮大な宿題を解くには人類の英知に頼るしか方法はなく、現に様々な方策が講じられ始めている。 知恵があるもの知恵をだせ、知恵のないもの汗をだせ、うろ覚えなので正確ではないが、これに近い言葉をどこかで聞いたような気がする。 後者である知恵がない身とすれば、せめて車やクーラーの自粛など、正しく汗を出してできる範囲で協力するしか手立てはないのではあるが、発展途上国を盾にあまり協力的でない国をみると、何故かノアの町の人々に見えてしまうのである。 猛暑が続くこの夏、2007年8月16日は日本での最高気温の日としてついにメモリアル・デーになってしまった。 否、それよりももっと深刻な「神から宿題を与えられし日」として、長く日本人の心に残る日となるかも知れない。 |
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| 平成19年8月31日(金) | 皆既月食と超短期大臣 火曜日は6年ぶりの皆既月食があり、この日は曇りではあったが、宝塚では6時過ぎになると雲も切れがちになり、7時過ぎには雲間から薄赤い月を見ることができた。 週間予報ではこの日は雨が降るといわれており、月食を見るのは無理だと思ったが、良い方に予想が外れお陰で思わぬ天体ショーを見ることができた。 よく映画などでは、天変地異が起きる前には太陽が隠れたり月が赤くなったりするシーンがあるが、その影響を受けてか月が薄赤いのはどうにも不気味な感じがする。 この皆既月食、見方を変えてみると、丁度現在の与野党の勢力図のようでもある。 どちらが月でどちらが地球かは知らないが、お互い相手方を隠そうとはするものの、時が経てば(院が違えば)相手側に顔を出される運命にある。 こうした政界皆既月食の元を創ってしまった安倍内閣であるが、月曜日にリニューアルした顔ぶれは惑星並みに引力が強い人が多くなったため、スィングバイを利用して相手を大きく圏外に飛ばしたいところであろう。 それにしてもよく人が入れ替わる内閣ではありましたが、中でも防衛大臣がこんな短期間で交替とは・・・、そもそも任命した人も拝命した人も一体大臣の職を何と心得ているのでしょうか。 パートやアルバイトでもあるまいに、二ヶ月経ったら「気が変わりました、私この職場の人と合いませんわ、辞めます」、「そうでっか、なら別の人用意しときますわ、ほな、さいなら」 なんて、信念というか考え方があまりにも軽すぎるように思えます。 「百万人といえども我行かん」というのは大袈裟であるにしても、大臣という職責を果たすにはそれぐらいの気概が必要なのではないかと思うのですが、それはこちらの勝手な思い込み、現実は全く違うようです。 大臣は金太郎飴やロシアのマトリョーシカと同じで誰がなっても皆同じ。 −−大臣の行動につきましてはこちらの行動マニュアルに書いてありますので、よくお読みになって下されば何方でも簡単に大臣職を遂行になれます。 これではまるでファーストフードの店員のようだ。 だからこんなに早く簡単に替われるのか。 −−実際はこんなことはないでしょうが、傍からみるとこんな風に見えてしまいます。 小池さんは兵庫二区から出発した人、つまり宝塚は選挙地盤でもあったわけで、全く関係のない人ではなかっただけに今回のことは少し残念に思います。 とはいえ、政界は人の欲望と思惑が交錯する江戸城は大奥のような世界、とはよく耳にする言葉ですが、綺麗ごとでは生きていけない世界であることも確かなことである。 只、さっきカウンターに出てきたと思ったら、あっという間に店の奥に引っ込んでいったあの素早さは、Madam Sushiというよりも「マダム回転寿司」のほうが似合うような気がする。 さて、水曜日の明け方と木曜日の日中、それに今朝の明け方と強い雨が降りましたが、気温がぐっと下がるのはよいにしても、その雨の降り方が何か熱帯地方のスコールのようで、何だか日本が徐々に熱帯に近づいているような気がします。 宝塚は日本の植木の三大産地ですが、そのうち熱帯地方の樹木が主流を占めるようになるのかも知れません。 |
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