宝塚の四季、季節の道標9月(遠藤農林水産大臣辞任、政治資金報告書、台風9号関東直撃、関学初等部、お受験、ジオタワー)
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宝塚の徒然草

平成19年9月4日(火) 9月3日は何の日
8月の20日過ぎ辺りから、宝塚の野山では群生した白い鉄砲百合があちこちで花を咲かせ、その清純な姿に似せず百合の勢力範囲は年々拡大しており、去年は無かった所にもいつの間にか花を咲かせるようになった。

この勢力拡大の様はどこかの政党のように見えなくもなく、反対に勢力低下の危機に晒されている政党においては見習いたいところであろう。

さて、9月1日は宝塚レビューの日、1927年(昭和2年)我が国において初めてのレビュー「モン・パリ」を上演したのがこの日である。

そして9月3日はドラエモンの誕生日で9月4日は櫛の日。 しかし9月3日はもう一つ何かの日でもあるのです。 それは何?・・・正解は遠藤農林水産大臣の辞任の日、ちょっと、それ昨日のことやんか、そんなんあり?

其の疾(はや)きことは風の如く、其の徐(しず)かなることは林の如く、侵掠(しんりゃく)することは火の如く、動かざることは山の如し、とは孫子の兵法の中からとった武田家の旗印となっている、ご存知「風林火山」の四文字。

この漢字、CPU、bps、FTP、HDDなどと同じコンピュータでお馴染みの三文字略語、いや四文字略語ですが、今回の農林水産大臣の辞任に戦いの極意である風林火山はどのように反映されているのだろうか。

先ず、「疾(はや)きことは風の如く」はその字のとおりで、これ以上は望めそうもないくらいに早かった。 この疾(はや)きは、攻めることも退くことも含まれているので、素早い退きかたであった。

次に、「徐(しず)かなることは林の如く」はどうであろうか。 しかしこれについては、これから動き始めようかという矢先で辞めるわけであるから、結果として一応静かだったといわざるを得ない。

車でいえば、エンジンをかけてアイドリングの状態で直ぐにエンジンを切ったようなものであるから、その静かなことは雌伏する軍隊の見本の様なあり方である。 これなら待ち伏せ策戦は成功疑いなしであろう。

「侵掠(しんりゃく)することは火の如く」に至っては、侵略も何も、未だ何にも動いていないのだから判定のしようがない。

最後に「動かざることは山の如し」は、たった一週間で動いたのであるから、表面上はこの言葉とは逆の形になっているが、果たしてどうであろうか。

「過ちを改むるに憚ることなかれ」という言葉がありますが、ご存知のように誤った場合は速やかに訂正する(動く)ことが肝要です。

逆にこのような時に山の様に動かなければ事態は悪化し、後々やっかいな事を抱え込むことに繋がります。

この様に孫子の兵法は敵の状況に応じてこれらを臨機応変に使い分けるものでありますが、今回の件については概ねうまく対応しているのではないかと思えます。

では、政治資金収支報告の領収書のコピーによる二重計上についてはどうだろうか。

先ず、よもや見つかるまいと「徐(しず)かなることは林の如く」こっそりと行い、
他所もやっているからと「侵掠(しんりゃく)することは火の如く」あれもこれも行い、

「動かざることは山の如く」その後はそ知らぬ顔で頬かむり、
そして昨今の動きからヤバイとみるや、「疾(はや)きことは風の如く」訂正したのであろう。

一応、「風林火山」ならぬ「林火山風」で応用してはいるものの、誤った使い方で仕える先生方は辞任する有様。 これでは孫子もあの世でさぞや頭を抱えているのではないだろうか。

やはり孫子の兵法を使いこなすには優れた軍師が必要で、誰でもというわけにはいかないようである。

平成19年9月7日(金) 商業放送下の台風ニュース
八丈島の下の方にいる台風9号が静岡県から関東にかけて進路をとろうとしており、5日水曜日の午前中には宝塚でもやや強めの風が吹いていた。

この台風の影響で伊丹空港へ着陸する飛行機も普段とは逆の方向、つまり、一旦大阪から宝塚方面に旋回してから再び機首を大阪に向けて着陸するルートをとっている。

昔から二百十日は台風が最も発生しやすい頃として知られているが、9月1日前後が二百十日に当たるとのことで、今回の台風は統計上からいっても発生して当然の台風であるといえそうだ。

ところで、最近は台風も西欧風に名前を付けるようになってきたが、今回の台風9号はFitow(フィートウ)という花の名前がついている。 でも、たまには和風で「お菊」に「お定」なんて、おどろおどろしくていいんじゃないでしょうか。

それにしても、関東地方にルートをとる台風が現れると、東京のテレビ局は毎度のことながら大騒ぎをする。 やれ、このままの勢力で首都圏を直撃すると、過去に通った台風のうち最も被害の大きかったものと同じだとか、兎に角、首都圏直撃の恐怖をしきりに煽るのである。

宝塚に住んでいる身とすれば、たまには首都圏以外でもそれぐらいの心配をしたらどうかと思うくらいの心配の仕方である。 とはいえ、ああもヒステリックに騒ぐ様は、まるで昔のお姫様のお世話をする老女にも似て、過保護すぎて見苦しくもある。

さて、針小棒大という言葉があるが、何年か前、東京をさほどでもない勢力の台風が通ったとき、あるテレビ局は小さな下水の蓋から水が少し吹き上げているのを、さも大変なことのようにアップで映していた。

全体から見れば、たかだか20cmぐらいの下水の蓋から水が少し吹き上げるくらい何でもないのだが、この局にかかれば「東京ではこんなに被害が」となるのである。

思わずニュースを観ている此方側が興醒めするくらいの映像なのだが、放映する側はそんなことは何とも思っていないようである。

恐らくニュース映像を選定する担当者の頭の中では、「ワァー大変」とか「そんな被害があったのか」という驚きにも似た視聴者の声が聞こえているのだと思われる。

だが、実際にはその人の頭の中で想像しているだけであり、己の描くシナリオに自分自身が陶酔しているだけのことである。 そして、その中には事実をありのままにという考えはなく、小さな事実を上手く利用して大きな驚きを取ろうとするさもしい根性が垣間見えるのである。

事実だけをいえば、そのとき東京はいう程の被害は出ておらず、関東ローカルならいざ知らず、少なくとも全国的なニュース・バリューはなかったのである。

しかし、そのニュース番組の担当者の頭には折角の台風であり、何としてでも東京に被害が欲しかったのであろう・・・本来の事実とは関係なしに。

さて、こうなるとニュースもいささかその担当者の「何とか劇場」を見せられているような観があり、ニュースの品質というか品格に疑問符がつくことになる。

今回の台風9号は6日(木)14時現在では、中心気圧965hPa、最大風速35m/s、最大瞬間風速50m/s、時速20km/hで八丈島の西約130kmを北上中とのこと。

今後の予想では7日には首都圏を通るようですが、担当者の頭の中にはどのようなシナリオが用意されているのでしょうか。

6日の夜のニュースでは予想どおり、台風に最も近い静岡県の様子はちょっとだけで、後は「近づく大型台風に首都圏の様子は」とか何とかで、ひたすら東京の映像ばかりを流していました。

この夜の時点で台風の影響が最も強い市としては、静岡県の清水市、熱海市などがあると思うのですがさっぱり映りません。 やはり、担当者の頭の中にはどういう訳かこれらの市よりも東京の方が重要なようです。

翌7日朝のニュースを観ていると、やはり、自然災害のニュースは商業放送ではなく公共放送の方が地域に偏りがなく、一番正確に分かるように思えます。

それにしても不思議なのは、台風が東京を通過してしまうと極端に扱いが小さくなるのは何故でしょうか。 別に勢力が極端に弱くなったわけでもないのに。

平成19年9月11日(火) 宝塚市の新しい魅力?
薄紅色の米粒のような萩の花が公園などで見かけるようになり、暑いとはいえ季節は緩やかに秋の気配を強めている。 最近のことであるが、ある新聞記事の中で宝塚の文字が見えたので読んでみると、宝塚に関するアンケート結果が載っていた。

それによると、宝塚市のイメージとしては
歌劇の本拠地:96%、阪急沿線の良好な住宅地:44%、武庫川などの自然が豊かな土地:34%

と、好感は持たれているようではあるが、やはり歌劇のイメージが圧倒的に強いことが分かる。

次に、観光資源としての認識度合いは
宝塚歌劇:9割、宝塚ファミリーランド:43%、阪神競馬場:26%

これも歌劇が断然トップであるが、面白いのは大分前に閉園してしまった宝塚ファミリーランドが今だに入っていることである。 宝塚は観光資源はそんなに多くないため、かつてこの園を利用した人はどうしてもこの名前を挙げたくなるのであろう。

最後に20、30代の男性の回答で、宝塚を訪れない理由として、「魅力的な場所や施設がない」というのがあったが、宜なるかな、といったとろである。

女性ならいざ知らず、歌劇大好き人間は男性においてはそう多くはないであろうし、ましてや年の若い男性ともなればレアケースといっていいであろう。

第一、男性はあのヒラヒラした衣装や華麗な装束にほとんど興味はないのである。 更に、物語の設定としてフランスや中国、日本の平安時代などの王朝貴族物がやたらと目に付き、男性の好きな歴史上の戦いや国取りの話はほとんどない。

ましてや、科学ものに至っては皆無といってよいであろう。 理由は簡単、要するにあの華麗な衣装はメカニカルな雰囲気にはそぐわず、つまり華麗な衣装を見せるシーンが全くないからである。

ついでにいえば、あの男役の何ともいえない中性のような雰囲気はどうにもいただけない。 特に恋人同士のシーンなどは、花を四隅にちりばめた正に少女漫画の世界が舞台に出てきたような感がある。

しかし、女性は年齢に関係なくそうしたものを素敵なものとして捉え、うっとりと見つめることができるようである。 だが、こうした嗜好を持つ男性陣は今後とも歌劇のファンになることは望み薄であろう。

となれば、男性陣を宝塚に呼ぶには何か別のものが必要になってくる。 男性陣の中でもアンケートにあった若い男性を呼び込もうとすれば、一つの手として考えられるのが漫画ではないだろうか。

漫画の人気は男女ともに高く、その漫画と宝塚を結びつける何かがあればよいのである。 幸い宝塚は、あの漫画の神様と呼ばれる故手塚治虫氏が少青年期を過ごした町でもあり、市内には手塚治虫記念館がある。

しかし、この施設は建ってから既に十年以上も経っているが、アンケートにもあるとおり、魅力的な施設とは映っていないようである。 第一、施設がない、といっているのだから、存在さえも知らないのではないだろうか。

実際に入ってみて思うのだが、施設の規模がやけに小さく、外から見ると何だか別の付属施設のような感じがしないでもない。 とはいえ、箱物行政の失敗例があるように、やたら施設だけが立派であれは良いというものでもない。

ただ現状は、建物を建てて中身を展示してハイ終り、という従来型のやり方を踏襲しているように見える。 つまり、ソフト面の拡充が見られないのである。

せっかく漫画の神様の聖地というネームバリューがあるのだから、漫画、アニメーターの養成機関を作れば、人は自然に集まってくるのではないだろうか。

そうした人達が寄れば、その成果を披露する場が自然発生的に必要となり、それがイベントや施設を造る原動力となる。 そして、それがやがて新しい観光資源になれば、宝塚は更に魅力を増す町になるのではないだろうか。

平成19年9月14日(金)

32階建ツインタワーマンション、ジオタワー宝塚の一棟目



建築中の関西学院初等部の校舎

宝塚ファミリーランド再開発その後
今年の始め頃に着手された宝塚ファミリーランド跡地東プロックの再開発だが、現在工事は着々と進んでいるようだ。

5月頃には未だ4階くらいであったマンションも、現在は16階部分にまでその高さを伸ばしてきている。

いつもながら、建物は基礎部分が終わると階数を伸ばしてくるのがとても早い気がする。 このペースでいけば後5、6ヶ月ぐらいで最上階の32階に達するのではないだろうか。

このマンション、名前は「ジオタワー宝塚」とのことであるが、最近のマンションの名前はとかく洒落た感じのものが多い。

しかも圧倒的に欧米風の名前が多いのが特徴で、ここにも欧米に弱い日本人の気質がよく表われている。

今建築中の一棟目の入居予定は平成21年2月だそうで、後1年5ヶ月程で宝塚で二つ目の高層タワーマンションが出来ることになる。

もう一つの二棟目はこの建物の西側に位置し、現在は基礎部分の輪郭が見え始めてきたところである。

このマンションの直ぐ東隣に建設中の建物が、関西学院初等部(小学校)の校舎で開校は来年4月だそうである。 写真の建物の左側に直角に繋がっている校舎は、外壁は薄い茶色で、屋根はスペイン風の瓦で葺かれた瀟洒な感じがする建物となっている。

先日、この学校の生徒募集があったらしく新聞に記事が載っていた。 それによると、初年度は1〜3年生を90人ずつ募集するとのことで、1年生は五百数十人の応募者があり、倍率は約6倍の超難関。

応募者の中には東京や福岡からの人もいるとのことで、宝塚に新たな「お受験」の場が追加されたようである。 でも、こうした県外者の子どもが受かった場合、子どもと親は一体どこに住むのであろう。

恐らく父親は仕事のこともあり、当然地元に残ることになるであろうし、母親は無論子どもと一緒に行くであろう。 つまり、これは単身赴任の逆パターンである単身留任ということになりそうである。

単身赴任は男性が仕事のために県外に出かけ、家庭は主婦が守ることになるが、単身留任は男が仕事もし、かつ家庭も守らなくてはならないのである。

で、その間奥様はというと、子どもと二人、新たに買ったか借りたかしたマンションで、お金の心配もなく優雅な生活をご堪能と相成るわけでございます。

無論、家にあった高級車は「子どもの送り迎えに必要」とかなんとかで、当然こちらへ持ってくることになるでしょうし、残った旦那はその辺の軽で我慢するしかありません。

しかし、あんまりご亭主を放っておくと世間の聞こえも悪いので、当初は週末帰省と相成るわけでございます。 でも、それも最初の1、2年ぐらいの間だけ・・・・・。

母親は亭主にご飯を作るよりも子どもの方が何倍もやる気が出るもの。 それに、行ったり来たりは本当に疲れる、との理由で、帰るのが月に1、2度になり、その内に二月に1度となるかも知れません。

こんな勝手な想像はさておくにしても、実際問題こんな生活パターンが展開されそうな予感がします。 一方、こんな諸々の事情に関係なく、ご子息、ご令嬢は以降の受験勉強に晒されることもなく、大学まで優雅な学園生活をお送りになるわけでこざいます。

しかし、こんなボーっと、いやいや、こんな優雅な生活をお過ごしになられましては、バイタリティーのあるお子様は果たしてお育ちになるのでございましょうか。

そういえば、今週12日、突然首相の職を辞されましたさるお方も、さぞかし優雅な学園生活をお過ごしになられていたのではないでしょうか。

平成19年9月21日(金)

筋雲と飛行機雲、まるで、後発の福田氏の飛行機雲に一気に抜かれて行く麻生氏のように見えなくもない。

総裁選も彼岸まで
去年の9月は14日頃にはもう秋めいた日が多くなっていたが、今年は猛暑が依然として残っており、今週も連日の30度超えで、中でも17日の敬老の日はとくに暑かった。

それでも空を見上げると、やはり秋空特有の筋雲が出ており、高く澄みきった青空を眺めると気持ちが爽快になってくる。

ところで、今、世間の注目を集めている自民党の総裁選挙は、候補者が17日大阪に来ていたそうで、ニュースを観ると黒山の人だかりとなっていた。

それにしても、この自民党総裁選を見ていると素朴な疑問が湧いてくるのである。 それは、マスコミは立候補者が出た時点でどちらが有利かと世間調査に大忙しであるが、それを調べたところでその数字は総裁選に一体どんな意味をもつのであろうか。

というのも、一般国民は議員を選ぶ権利はあっても総裁(首相)を選ぶ権利はなく、今回の場合は自民党の各都道府県連代表3人以外は何のアクションもとれないのである。

そんな圧倒的に何のアクションも取れない人達に対し、自説を披露するのはいいにしても、それで私を応援して下さいと言われても、聞く方はどうにもならないのである。

歌手のファンクラブならコンサートに出かけて応援することもできようが、この場合は各都道府県連代表3人以外は現実には対処のしようがないのである。

漫才なら「わしらにどないせーちゅうねん」といった突っ込みが出るところであろう。 更に、世間には与党を応援しない人もいるわけであり、こんなごった煮みたいな世間の声を集約してみても、それに一体どんな意味があるのだろうか。

それとも、これらの声は各都道府県連代表3人の意識と似たものがある、とでもいうつもりなのだろうか。 違うというのであれば、こうした数字は総裁選の何を占うことに繋がるのであろうか。

単なる町の声であるというならば、くだらない雑学のうんちくを披露するどこかのタレントと一緒である。 当然返す言葉は、「ふーん、でもそれがどないしたん、それよりも肝心の投票をする人の動向は?」となるであろう。

しかし、残念ながらそんな世論調査は目にする限りにおいてお目にかかっていないようである。 つまり、見る側からすれば、こうした調査は刺身でいえばつま程度にしか相当しないのである。

だが、マスコミは相も変わらずこうした世論調査の声をまるで神の声の如くに扱っている。 しかし、注意しなければならないのは、日本には天照大神から厄病神といった八百万の神々がおり、一律に崇めるととんでもない災いをもたらす神様もいることである。

暑さ寒さも彼岸まで、とはいいますが、今年の強烈な残暑にはどうやらこの言葉は当てはまらないような気がします。 しかし、とある政党は正にピッタリ、総裁選、暑さ寒さも彼岸まで。

平成19年9月26日(水) 月見る月は
暑さ寒さも彼岸までとはよくいったもので、今年はこの言葉は当てはまらないと思っていたが、なんの、この日から気温はぐっと下がって涼しくなってきた。

とすれば、これ迄の異常な暑さは、総裁選を巡っての政界の熱い争いが原因だったのではないだろうか。 その証拠として、22日の総裁選の選挙期間が終わった途端、温度が急に下がったのはどうした訳であろうか。

さて、自民党三役も決まり、25日の夜には新しい閣僚も選ばれましたが、この日は奇しくも十五夜、 新閣僚となった方々はさぞかし万感迫る思いで今夜の月を眺めたことであろう。 宝塚も雲もないきれいな月が拝めました。

「月々に月見る月は多けれど、月見る月はこの月の月」、毎年中秋の名月になるとこの歌がでてきますが、今年ほどこの歌がピッタリくる年は他には見当たらないのではないでしょうか。

特に新内閣の方々は、この歌を詠んだ人の気持ちがとてもよく理解できたのではないかと思います。 中には「名月や池をめぐりて夜もすがら」、なんて、嬉しすぎて一晩中庭で月を眺めた方もいたかも知れません。

ところで、十五夜の前日は小望月(こもちづき)といいますが、この日には小さな望みどころか、大きな望みを密かに抱いていた方々もおられたことと思います。

只、前回のようにタキシートを吊り下げて待つような事をされますと、「月」が逃げてしまいかねませんので、お避けになられた方が懸命のようでこざいます。

さて、首尾よく閣僚の椅子にお「月」になられた方々も、ここに至る迄にはいろんな条件を「月」つけた、なんてこともあったのではないでしょうか。

一方、病により運が「月」られた首相は25日でお辞めになりましたが、お「月」の方々でお辞めになったのはわずか2名。 再任された方々は、首相官邸に次々にお「月」になったので分かりましたが、この夜の首相官邸は光輝き、さぞかし「月」の宮殿のように見えたのではないでしょうか。

それにしても、あっという間の官房長官だった人を見ると、権力の座は陽炎のように例えられるとはいえ、最近の政治家の短命ぶりは本当に陽炎そのものといえましょう。

が、こうした対極にいるのが、かの有名な藤原道長。 「この世をば我が世と思う望月の、欠けたることもなしと思えば」、これは平安時代中期に全盛を極めた藤原道長が詠んだ歌として有名ですが、 よくもここまで高慢な歌が読めるもんだと思うものの、現代の政治家にはもう少しじっくりやって欲しいと思うところです。

ところで最近の政治家を見るにつけ、政治の世界はもしかしたら江戸時代に逆戻りしているのでは、と思うことがあります。 それは、二世、三世の政治家の何と多いことか、石を投げれば当たりそうなくらいです。

江戸時代でいえば、各藩の若様、姫様がそこらじゅうに居るような感じです。 一体、いつから日本の政治家は世襲制になったのでしょうか。 政治家はそもそも家業なのでしょうか。

・・・御先代様がせっかく築いたこの地盤を、このまま人手に渡してしまうのは何とも口惜しい、この辺が世襲となる理由なのでしょうが、何とも藩の存続を願うその昔の人々と同じ考えではないでしょうか。

さて、現在の政治は時代劇でいえば徳川家の何代目に当たるのか分かりませんが、そういえば病気がちで短命だった第13代将軍家定は、先ほど病気でお辞めになった前総理とどことなく似ているような気がします。

となれば、時代は幕末に向かって進んでいるところなのだろうか。 そんな目で見れば、次の将軍を巡って争った紀州家の慶福(よしとみ)は人にやさしい素直な人であり、一橋慶喜は個性が強い人として知られているが、どちらが福田氏でどちらが麻生氏かは大方の予想どおりであろう。

結果は慶福が第14代将軍家茂(いえもち)になったのであるが、現代においては福田氏が総理の座に就いたことで跡目争いは決着をみた。

こんな幕末にも似た時代にあっては、この先どうなるか誰にも予想はつかない。 だが、そんな世の中にあっても、武庫川は相変わらず豊かな水をたたえ、いつの時代もただ静かに流れている。


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