| 行事名 | お宮参り | 戻る |
| 祝いの時期 | 男は生後三十二日目 女は生後三十三日目 |
| 謂れ 子供の忌明けは三十三日といわれ、宮参りを三十日ぐらいに行うのは、そうした理由によるものである。 姑などが産婦に代わり赤ん坊を抱いて氏神様に参るが、これは産婦の忌明け(きあけ)は七十五日といわれ、 穢(けがれ)れがあるものは神前に出ることができないからである。 参考文献:人生儀礼事典 宝塚での祝い方 晴れ着を着せた赤ん坊を姑が抱き、嫁の里から贈られた二重の祝着を掛けてお参りをする。 このとき隣近所・知人から貰った祝儀袋は祝着の紐に結び付ける。 祝儀の意味は小遣いに困らないよう、もしくは一生金銭に困らないようにとの意味が込められている。 お寺では赤ん坊の額に赤い字で、男の子は「大」、女の子は「小」と書く。 かつて妊婦は穢れているとの理由からお宮へは行かなかった。 なお、二重の祝着は、三歳と五歳の晴れ着に仕立て直すために使われる。 お返し お返しはお宮参りのころに行い、お返しの額は貰った金額の1〜2割が目安。 なお、夏場以外はこれに赤飯を加える所もある。 蝶結びの水引とし、上中央に「内祝」、下中央に赤ん坊の名前を書く。 出産祝の額が多い場合は、更に家としてのお返しも行う。 この場合、上中央に「内祝」、下中央にその家の名前を書く。 |
| かつての宝塚では 男は31日目、女は33日目に宮参りを行った。 生児は嫁の里から贈られた晴着を着て、姑か嫁の里の母親に抱かれて宮参りを行った。 宮参りの途中で出会った子どもには菓子を配り、親しい人に出会うと、その人達は「ヒボセン」を産着につけて祝ってくれた。 参考文献:宝塚の民俗 |