| 行事名 | 正月 | 戻る イベント1月 |
| 時 期 | 1月1日〜3日 |
| 謂れ 明治5年以前の日本は太陰太陽暦(新月から満月の間約29.5日)を使用していたが、明治6年から太陽暦(太陽一周が一年、2600年でT日の誤差)を使用することとなった。 明治5年12月3日を明治6年1月1日とした。 朔旦(ついたち)正月は三日間や五日間あるいは七日間の地方もあるが、三日間が一般的になっている。 「松の内」は七日、十日、十五日などところにより異なる。 参考文献:年中行事歳時記 (株)世界聖典刊行協会 |
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| 元旦 一月一日の朝のこと。 |
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| 門松 門など各家の入口に立てる松や竹や梅(松竹梅)などを使った飾りで、神様が降りるための目印となる。 ここに降り立った神様はその家に幸運をもたらすといわれており、常緑樹である松の生命力にあやかりたいという謂れもある。 参考文献:年中行事歳時記 (株)世界聖典刊行協会 |
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| 注連縄(しめなわ) 正月の神である年神様のいる場所を表わすもので、神棚に張ったり、注連飾りに用いる。 注連縄に付るものとして、裏白、橙、譲葉などがある。 参考文献:年中行事歳時記 (株)世界聖典刊行協会 |
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| 初詣 新年に初めて神社仏閣に参拝するもので、かつては元旦だけであったが、今日では松の内までが範囲とされている。 その昔は氏神様またはその年の恵方にあたる神社やお寺にお参りをした。 参考文献:年中行事歳時記 (株)世界聖典刊行協会
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| 若水 元旦の朝最初に汲む水で、神棚に供えたり雑煮などに用いる。 参考文献:年中行事歳時記 (株)世界聖典刊行協会
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| 屠蘇 平安時代に中国から伝わったもので、天皇の長寿を願い、正月に屠蘇、白散(びゃくさん)、度嶂散(どしょうさん)の薬酒を差し上げたのが屠蘇 の始まりとされている。 お屠蘇を注ぐときは三回に分け、三口で飲む。 参考文献:年中行事歳時記 (株)世界聖典刊行協会 |
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| 雑煮 元々は年神様に餅や野菜を供えたものを、元日にこれらを煮て正月三が日間の食べ物としたもの。 こうした雑煮を食べるようになったのは室町時代ぐらいからとされている。 参考文献:年中行事歳時記 (株)世界聖典刊行協会
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| お節料理 正月、3月3日、5月5日、7月7日、9月9日の5節供に神様に供えた食べ物のこと。 節句は節供(せちく)とも書き、お節のもとになっている。 特に正月は仕事始めのため、お節料理を準備するようになった。 参考文献:年中行事歳時記 (株)世界聖典刊行協会
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| お年玉 目上の者が目下の者に贈るもので、室町時代には年頭に家来に物を贈っていた。 参考文献:年中行事歳時記 (株)世界聖典刊行協会 |
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| 鏡餅 三方(さんぽう)に昆布、ウラジロを敷き、大小二つの丸餅(白と白)を重ね、 その上に串柿、ダイダイを置く。床の間、神棚や台所などにも飾る。 参考文献:年中行事歳時記 (株)世界聖典刊行協会
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| 初夢 元旦から二日にかけて見る夢で、かつては夢の内容によりその年の運勢を占っていた。 夢には神秘的な力があると考えられ、宝船とよばれる縁起物の絵札を神社から貰い、枕の下に敷いて寝ると良い夢(吉夢)を見るとされていた。 代表的な吉夢:「一富士二鷹三茄子」 <初夢の絵に書かれた廻文> なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな 永き世の 遠の眠りの 皆めざめ 波乗り船の 音の良きかな *廻文:(どちらから読んでも同じ読み方になる文) 参考文献:年中行事歳時記 (株)世界聖典刊行協会 |
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| その他の宝塚の古い風習 縫い染め 正月2日に女性は黄色の布で財布を作り、それを1年間使用した。 黄色は宝物が入るようにとの意味合いがあり、子ども達の分も作った。 初風呂 町に共同風呂がある所は正月2日が初風呂であった。 お湯が沸くと「風呂が沸いた、風呂が沸いた」と「りん」を振って町内を振れまわり、一番風呂に入った人には鏡餅が当ったそうである。 参考文献:宝塚の民俗 |